95話 一時帰還での再会
レイム港を後にして一週間後、セリクたちはガーネット帝都へと戻ってきていた…。
帝都の様相は、旅立った時となんら変わることはない。人々や車が、アスファルトの上を忙しなく行き交う。
旅だった時と違う点は、魔王の襲撃にあったという暗く陰鬱な感じがほとんど消えていたことだろう。
子供たちも普通に出歩いているし、大人たちにも笑顔が見えた。街の活気は少しずつではあったが広がっていた。
そして、街のいたるところにポスターが貼られているのも大きな違う点であった。
「これって…」
「ユーウ王女だな」
誰が描いたのか解らないが、ユーウの特徴をよく捉えたイラストである。
祈っている姿、笑顔を向けている姿、帝都を優しく包んでいる姿……様々なユーウが、ポスターとなってそこら中に貼られていた。
ポーズや衣装はそのイラストごとに違っていたが、そこに書かれた文章はどれも同じである。
『ガーネットは神の国。神を信じて進む明日は、必ず輝かしい勝利となる』
「オウ。王女様は民に見せないとかって話じゃなかったか?」
「ああ。こんなこと、ダフネス大総統が黙っていないはずだが…。いったい何がどうなっているんだ?」
「…とにかく、ロダムさんのところに行こう。そうすれば解るよ」
セリクの言葉に、ヘジルもブロウもコクリと頷いた。
スカルネ邸の訓練場では、いつものようにギャンたちが走り込みをやらされていた。
遠目にセリクの姿を見つけると、ギャンは口元に手を当てて大声を出し、すぐさま皆を集め、走ってやってくる。
「セリクゥ! フェーナ! 戻ったんか! よう無事で戻ったでぇー!!」
ギャンが大泣きしながら、セリクに頬ずりする。
最近、沈んでいたセリクも、その顔を見たときばかりは少し笑顔を取り戻していた。
「サラ。ただいまー!」
「ええ。お帰りなさい。あら、ちょっと見ない間に、髪の毛がだいぶ傷んでますわね。後で手入れして差しあげますわ」
「うん。ありがとー。えへへ」
フェーナはニコニコと笑ってサラに甘える。
「…また一段と強くなったようだな」
「シャインさん。ええ。少しは…たぶん」
「謙遜するな。弟子の成長ぐらい、見ただけで解るさ」
シャインに褒められ、セリクは嬉しそうに笑った。
「えっと、なんだか見慣れない人がおるようやけどー」
ギャンがチラッとブロウの方を見やる。
「うん。これ、私のお兄ちゃん」
フェーナの言葉に、ギャンたちは驚いた顔をする。
「オウ。なんか、フェーナとセリクが世話になったみたいだな。身内として礼を言うぜ。俺様はブロウ・ランドルだ」
「えーっと、フェーナのお兄さんにしては……なんだか」
「おお。なんや、あんま似てへんなぁ」
「でしょ? 私もこんなマッチョになってるとは思わなかったし…。ましてやヘジルと同じように隊長になってるなんてね」
ブロウを見て、シャインが顎に手をやる。
「帝国軍の隊長か…。確かに腕に覚えがありそうだな」
「オウ。そういうアンタも強そうだぜ。俺様よりデカイ女なんてそうはいねぇしな」
「で、デカイ…だと。グッ!」
恐れを知らないブロウはそんなことを言ってのける。ギャンたちは、それが禁句だと知っていたので青くなった。
殺気を放ちつつ、シャインが刀に手をかけるのに、慌ててギャンが間に入る。
「まあまあ。こんなところでケンカしててもしゃあないやん! えっと、ワイはギャン・G・クックルやで。セリクの友達や。よろしゅうな!」
「オウ。セリクの友達か?」
「せや。セリクの"一番"の友達やで。な!」
ギャンに背を叩かれ、セリクは照れたように笑う。
「オウ。そうか! 一番か!! 俺様は、セリクと同じ村出身の幼なじみで友達だぜ! "一番"、古いな!」
ブロウがそう言うのに、ギャンの頬がピクッと動く。
「へー。幼なじみでっか。なるほどー。せやけど、ワイは"一番"に最初の友達や。そりゃもう、心の友と書いて、"心友"って呼んでもいい間柄やで!」
ギャンがそう言うのに、ブロウの口がヒクッと動く。
「オウ! 俺様はセリクが小さい頃から知っててるしな! 付き合いとしては"一番"長いな!」
ブロウとギャンが間近で目線をぶつけ合う。不穏な空気に、セリクは少し慌てだした。
「ちょ、ちょっと…。二人とも」
「でも、しばらく会ってなかったんやから、そこはノーカンやないかなぁ?」
「オウ! そんなことはねぇだろ! 心が繋がった時点でダチだぜ! 心友だ! やっぱ、そうだとしたら古くからの知り合いってのが大きいだろ!!」
「せや! そうなんやで!! 心が繋がってなきゃあかんで! ってか、ワイが心友いうたんやでー! パクりはあきまへんなぁ!!」
「ガッハハ! そんなケツの穴の小さなこと言うんじゃねぇよ! オウ? なんだ、オメェ、口から煙が出ていやがるぞ?」
「不完全燃焼してるところやで! ほっといてもらおか! そないなことより、その繋がりの度合いが何よりも重要や!! 付き合いの長さやないで!! ワイとセリクは超ブッとい繋がりやで!!」
バチバチッと血走った二人の視線の間で、火花が散る!
「……オウ! ギャンくん。ちぃと、裏で話しようぜ! そうだな、じっくりとだぜ!」
ボキボキと指を鳴らすブロウ。
「……せやな! ブロウはん。こりゃ、話せにゃあきまへんなぁ! もちろん、きっちりやで!」
ボッボッボッと、口の端から火を漏らすギャン。
血走った笑顔で、ブロウとギャンがグルリと当時にセリクに向き直る。
「………ど、どうしたの?」
「ちょっと、俺様たちは話してくるぜ。ガッハッハ!!」
「ああ。あの建物の裏がええやろ。ナッハッハ!!」
無理矢理な笑い顔を作り、二人はスカルネ邸の裏へと消えていった………。
「えっと…。なに? どうしたんだ。二人とも………」
「放っておきなさいな。フェーナには悪いんですけれど、ギャン並のおバカさんが一人増えたってことですわね」
「うう、否定できないなぁ…。うん。サラの言うとおりだし」
フェーナは苦笑いして、ガックリと肩を落とす。
「…オイ。いつまで時間をとっているんだ。僕たちはただでさえ足止めをくっているというのに」
ヘジルが苛立たしげに言う。
「ああ。あの、マトリックスさんや、ロダムさんは…」
「ん? ああ。マトリックス様は……将軍たちには緊急召集がかかってな。会議のために城に行っている」
「緊急召集、だと? 帝都の警戒を維持しなければならないのに、将軍を全部集めなければならないほどの問題が起きたっていうのか?」
「ええ。なにやら三神教の神官長が殺されたみたいで…。そのため、上層部はここ数日ずっと会議をやってますわ」
「神官長? グダル・バイアス猊下がか? そんな馬鹿な…。猊下の側には、優れた神殿騎士もいただろうに…。それらの強さだって将軍ないし師団長並のはずだぞ」
「詳しい話は知らないが…。その神殿騎士も何人か殺されているようだな」
ヘジルは眼鏡のツルをさすって少し考える。
「…敵は龍王の刺客か? それとも、魔王の手先か?」
「さあな。犯人は公表されていない。だが、爆発で建物が吹っ飛んだりと…。かなり物騒なことになっているようだな。魔王襲撃に比べれば、民たちに影響はないみたいだが」
ヘジルは難しい顔をして頷く。
「………一刻も早く、ゲナ副総統と話す必要があるな。よし。ロダム閣下やブラッセル将軍がいないのなら、ここにいてもしかたない。僕たちも城に向かうとしよう」
ヘジルがそう言って踵を返そうとした瞬間、こちらを見ている視線に気づく。
ベンたちが、こちらをジッと見ていたのだった。
いままで話しかけるようなタイミングがなくて、少し遠くから立ちつくしていたのである。
「…ヘジル…隊長」
「お、おかえりなさいっす!」
「よくご無事で…」
ベン、ミシール、スベアが気まずそうに言う。
ヘジルが馴れ合いのようなものは好まないのは、同じ部隊だったのでよく知っていたのだ。
セリクやフェーナと同じような歓迎なんてしても、ヘジルの性格を考えれば喜ばないであろうと解っていたのである。
ましてやベンはヘジルと一度険悪になっていた。だから、なんだか余計に気まずい状況にあった。
「ああ。ただいま…。帝都の防衛、ご苦労だな。引き続き頑張ってくれ」
静かに短くそう言い、ヘジルは踵を返した。
言われた三人は、眼を丸くして固まる。
「へ、ヘジル隊長が…。ただいま…って言ったっす」
「お、おい。こんなの初めてだぜ…。俺は夢でも見てんのか。いつもは、"無駄な挨拶はいらない"とか言うのによ」
「なにか…。ヘジル隊長の表情がいつもと違ってましたね。優し気というか…」
三人は顔を見合わせてそんなことを言う。
だが、旅の中でヘジルにどういった心境の変化が起きたのか…どうしても、それを知る術などなかったのだった。
ちなみに余談ではあるが、ブロウとギャンの話し合いはどうなったかというと…
明くる日には、肩を組んで、食べ物屋を仲良く物色している二人の姿が目撃されていた。
それは、拳と炎がぶつかりあったことで、熱い友情が育まれたものと推察される。
お互いを"兄弟"と呼び合い、「ガッハッハ!」「ナッハッハ!」と揃って笑う二人に、それを見たサラはドン引きで「キモイですわ」と言ったのであったという。
そんなわけで、長男ブロウ、次男ギャン、末弟セリク…と、いつのまにか"義兄弟"に入れられているとは、セリク本人はまったく知らないことなのであった……………。




