93話 狂気のダルダング
レガンティの屋敷は、レイム港を一望できる高い岬の先端にあった。
断崖絶壁にある細い道を歩き続けていると、眼の端に港の桟橋が見える。船に乗らねばならないのに、なんでこんなところを歩いているのかという気分にさせられた。
西方を治める大貴族にも関わらず、郊外の外れに居を構えているのは、"レイムの支配者は貴族ではなく、商人たちだ"というアピールなのであろうとヘジルが言う。
「…うあー、悪趣味」
屋敷を前に、開口一番にそう発言したフェーナだった。
金ピカのタマネギを思わせる屋根、薔薇の装飾が施されたこれまた金光りの門。眩しいぐらいに黄金色に全体が輝いていたのだ。
他の三人はそれに反論できなかった。普通のセンスではないことだけは間違いないと思ったからである。
門の上には、黄金の蠍が魚を掴んでいる紋章があった。
それを見たヘジルが、「レガンティ家のものだ。間違いない」と少し緊張した顔つきで言う。
入口にいた門兵が、セリクたちに気づくとゆっくりと近づいてくる。
「…お客人でしょうか?」
若い男の声だった。黄金のヘルムで顔を隠していて、装備も屋敷に合わせたかのようだ。持っている槍までも同じ色である。
「…神国ガーネット帝国から来た、ブラッセル将軍指揮下のトレディとランドルだ。連絡もせずにお伺いした非礼をまずお詫びする。危急の用件にて、レガンティ伯爵にお会いしたいのだが」
「そうですか。それは遠路はるばる、ようこそお出で下さいました…。大変失礼ですが、ご用件をお聞きしても? 主人に伝えねばなりませんので…」
丁寧な対応に、ヘジルは気をよくしたのかコクリと頷く。
「ギルドマスターが、僕たちの渡航を禁じた理由について…と、言って頂ければ解る」
あえてヘジルはブラックリストという言葉を使わなかった。下手に警戒されたら困るという理由である。
「…承知致しました。主人に確認して参りますので、どうぞこちらでお待ち下さい」
そう言って、男は門柱の扉を開いて招く。
どうやら、門番たちが休憩所として使っている場所らしい。ちょっとした客室も想定しているのか、私兵が使うにしては豪華な造りだった。
男はカップとティーポットを置くと、「どうぞ、ご自由に」と言って部屋を出て行った。もちろん、それら食器も金であったりする。
「…なんか、スゴイ丁重だよねー。もっと、『なんだ、貴様らは!』なんて言われるかと思ってた」
「ああ。身分証の提示も求められなかったしな…。警備としてはどうかと思うが」
すでにくつろいで茶菓子に手を付けているブロウを見やり、ヘジルは眼を細める。
「なんか、ギルドマスターって言葉にも反応してなかったね」
セリクが発言したことで、ヘジルとフェーナは少し面食らう。今までずっとだんまりだったので、なんだか妙な空気になった。
「あ、ああ。セリクも気づいたか…」
「どういうこと?」
「俺たちが用事があるのはギルドマスターのはず。だから、先にレガンティ伯爵のところに来たら怪しむんじゃないかと思う…。そうだよね?」
ヘジルに代わってセリクがそう説明するが、なんだか声色は暗く、落ち込んでいるようにも見えた。
「そうだな。考えられるのは、門番が何も聞かされていないか…。もしくは、すでに僕たちが来ることを想定していたかだろう」
「でも、見張りが何も聞かされていないことってあるかな?」
「ああ。すでに対処を考えてあるなら、わざわざ下っ端に話す必要はないだろう。いずれにせよ、これで面会ができるかどうかで相手の考えが解るさ」
そんな話し合いをしているうちに、さっきの門番が戻って来る。
「……主人がお会いになるそうです。ご案内致します。どうぞ」
外観だけでなく、中もやはり金色ばかりで造られていた。それ以外の色を探す方が大変なんじゃないかと思わせるほど徹底している。
真ん中の宮殿のような場所に向かって歩いていくと、中庭で訓練している私兵たちがいるのが見えた。
皆、セリクぐらいの少年ばかりで、上半身裸で剣と盾を使って打ち合っていた。
「あ!」
何気なくそれを見やっていたセリクが声をあげる。
「戦技『バウンド!』」
一人の少年兵の剣に戦気が集まり、剣先がゴムまりのように弾んで二連撃を放つ!
それを受けた相手の盾がボウンッ! と、吹っ飛んでいった!
すかさず、戦技を放った少年が剣を相手の喉元に当てる。
「ま、参った!」
「一本! それまで!!」
笛が鳴らされ、お互いに距離をとって頭を下げた。
「…あそこにいる者たちは、まだ未熟ではありますが全員が戦技を扱えます」
「全員が?」
門番の説明に、セリクたちは驚く。
「ここは、主人が作られた戦闘者養成機関なんです。ここで優秀な成績を残した者は、帝王直属近衛兵ブラックナイツになります。入隊最低条件は戦技を扱えることですからね。いまのダフネス帝をお守りしているのも、ここで鍛えられた者が殆どなんですよ」
「オウ。すげぇな。闘ってみてぇぜ…。だがよ、優秀じゃなかったヤツはどうなんだ? ひーふーみー、っと、ザッと100人近くいるんじゃねぇのか?」
「ええ。そうした場合は、このレガンティ家の私兵として留まるか…。または、他の貴族の方の私兵となる道もあります」
「え? 帝国軍には入らないの?」
「はい。こういう話はよくないかも知れませんが…。私兵の方が賃金が高いですからね。戦技まで扱えるのに、軍に入られる者はあまりいないかと。さ、参りましょう。主人が待っております」
促され、セリクたちは再び歩き出す。
さきほど戦技を使った少年が、チラッとセリクの方を見た。だが、それはほんの一瞬だけで、再び向き直って特訓を再開したのだった………。
宮殿の中に入り、私室と思わしき大部屋に通される。
やはりそこもゴールド一色で、眩いばかりに光り輝く金の玉座に一人の青年が足を組んで座っていた。
黒い長髪、細長い手足をした美しい男だ。女性のようにも見えるが、羽織っている豪華な毛皮のコートは男性物だったので、性別は男で間違いないだろうと四人は思ったのである。
「ようこそ。レガンティ家へ。親愛なるガーネットからお越しの、小さな御客たちよ」
やけに高い声だった。両手を開き、迎え入れるように微笑む。
その時、まるで三日月のように口が歪んだ。なまじ美形なので、それが台無しである。好感が得るための笑顔が、逆効果になってしまっていた。
「はじめまして。急に訪問、申し訳ありません」
「ノンノン。気にしないでいいさ。レガンティも貴族議会の一員。帝国から来られた方を迎えいれるのは最低の礼儀だよ。こんな場所でよければ何日でも滞在してくれたまえ」
「いえ、宿泊させてもらいに来たわけでは…」
「ああ、はいはい。もちろん用件は聞いているよ。まあ、その前に歓迎をさせておくれよ。伯爵家ともあろう貴族が、食事ぐらい振る舞わないでは、帝都の笑い物になってしまう。食べながらでも話はできるさ」
笑顔は不気味だったが、なんだか気さくな人物であるようだった。ヘジルの緊張していた顔が少し和らぐ。
「オウ! 飯か。そういえば今日は何も食ってなかったぜ!」
道中、港で買った惣菜を食べていたはずだが…と、セリクは思ったが、どうやらブロウにとっては食べたうちに入らないらしい。
「なら、なおさらだ。すぐに用意させよう。お前たち!」
青年がパンパンと手を叩くと、少年たちが両脇にある扉から出てきて、テーブルやイスや食器やらをあっという間にセッティングする。
促されるまま席に着くと、エプロンまでつけようとしてきたので、四人は首を横に振って断った。
「さあ、どうぞ!」
青年がそう言うが、四人は困ったように顔を見合わせる。
「お、オウ……。でも、これは、よ」
「うん。食事っていうか…フルーツ盛りだくさんね」
テーブルの上には、綺麗にカットされたスイカやメロンやらの果物が並ぶ。バナナやブドウ、ナシやらリンゴまで…。帝都では見られないような果物まであった。
スープの代わりに置いてあるのは、ココナッツみたいな木の実を半分に割ったものだ。甘ったるい香りが部屋に充満している。
「オウ。肉とかは…」
ブロウが言うのに、青年は自分の額をパチンと叩いて大げさに嘆いてみせた。
「肉だって? ああ、邪道だねぇ。ノンノン。肉はよくないよ。体臭を強くするだけじゃなく、身体を酸性にして老化を早めてしまう。その点、果物はいい。ここにあるのは採れたての、新鮮なものばかりだ。みずみずしいエネルギーに満ちている。若さと美しさと保つにはこれが一番。さあ、遠慮しないで召し上がって!」
青年はそう言って、ブドウ一房を摘むと、大きな口でバックリと一口に食べた。皮も枝も丸ごとである。
繊細な顔つきとは裏腹の行動に、フェーナはあんぐりと口を開ける。
「ブロウ。……貴族からご馳走になるんだ。ワガママなど言うな」
「…オウ。まあ、しゃあないか」
渋々といった感じに手をつけるが、一度それを口に入れたら最後、物凄い勢いで平らげていくブロウだった。
それを横目にしながら、セリクとフェーナも果物を食べ始める。
「…それで、ダルダング様はどちらに? 僕たちが話したいのはご当主なんですが」
ヘジルが控えめに言うと、青年は眼を丸くした。
「ん? なんだ、会ってないの? ニシシッ」
歯を剥き出しにして笑う青年。やはり笑顔は奇妙で不気味である。
「…会ってない? ええ。ダルダング様の顔を存じませんので」
「いやいや、そうじゃないんだよね。本人にすでに会っているのに、会ってないって言っちゃうわけ、って聞いてんだよね」
「すでに会っている? なにを? ……ッ!? ま、まさか」
ヘジルが眼を見開いて、青年の顔をジッと見やる。
「やっと気づいた? 私がダルダング・レガンティだよ。よろぴくー、なんちって! ニシシシッ!」
「そ、そんな。ダルダング様は、前大総統の時代から仕えていたはず…。年齢で言えば、ロダム閣下と同じぐらいのご年齢だと…」
「そうだね。こう見えても、年齢はオジイチャンだねー。でも、フルーツの効果で若さを保ってんのさー」
そう言って、ナシを丸ごと口の中に放る。真っ白い歯でバリバリと食べる様からしても、その見た目はどう見ても二十代にしか見えなかった。
「ウソー! 超若作り!? ええ、フルーツ食べるだけで…」
信じられないといった感じに、フェーナは刺したスイカをマジマジと見やる。
「ま、美容の話をしたいんだったら幾らでもしてあげるけどー。そりゃノンノンでしょ。今はそういう気分じゃないんでしょ?」
「…ええ。そうですね」
「ラーム島に渡りたい件ね。そうそう。君たちをブラックリスト登録したのは私。私がギルドマスターに指示して、やらせたことだよ」
ダルダングがあっさりとそう認めるのに、四人はビックリする。
「そ、そんなに簡単に…自分が行われたと言っていいんですか?」
「ああ。私が黒幕だと見抜いた時点で合格だよ」
「合格? …どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ。もし、私にまで行き着かず、ヘルマン・ポアーズごときで止まるなら…会うつもりはなかったんだよねぇ。ま、予想していた以上にすぐに解っちゃったみたいだけど。誰かの入れ知恵でもあったのかなぁ?」
ヘジルは不機嫌そうに眉を寄せる。
「…なぜですか? どうして、僕たちを試すような真似を? それだけじゃない。僕たちをラーム島に渡らせない目的はなんです? あなたは帝国の作戦を妨害していることになる。理由によっては、処罰対象にもなりうる。いくら上級貴族とはいえ、許される行為ではない」
ハッキリと言うヘジルを見て、ダルダングは面白そうに笑う。
「ここに来るまで見ただろう? 私の鍛えている兵たちを…。若く、美しく、そしてなによりも強い。彼らであれば、スカルネ家私兵よりも、いや帝国軍よりも遙かに良い働きをすることだろう」
「なんの話ですか?」
イライラしたように、ヘジルが言った。
「ノンノン。せっかちはよくないよ…。君たちは若い。そして、なによりも美しい。時間は有限だが、まだ君たちには多くのチャンスがある。焦ることはないんだよ」
ダルダングの視線が、四人をいやらしく見回す。
「話は簡単さ…。君たちを足止めした大きな理由の一つ。私は見てみたかったんだよ。"破滅なる紅"こと、拒滅の力を使う少年をね」
その言葉に、セリクはピタッと固まる。
「…な、なんで、拒滅のことを」
セリクの力については、ヘジルも知らなかったことだ。それをダルダングが知っていることに驚く。
「ついておいで。教えてあげよう…。帝国が知らないことを、ね」
ダルダングに連れられ、私室の奥にあったカーテンから隠し通路に入った。
数段降りて、暗い廊下を抜けると、先ほどの部屋よりも大きな場所にでる。だが、周囲は金色ではなかった。赤っぽいレンガで囲まれただけの簡素な地下室だ。
「…私のコレクションルームだよ。本当に大事なものは、地味な場所に隠してある。なぜか? 防犯のため? ノンノン。それは宝の魅力をより引き立たせるためさ」
誰も聞いていないのに、大げさな身振り手振りでそんなことを説明する。
すぐに突き当たりに行き着き、奥の鉄扉をガチャリと開いた。
扉が開いた瞬間、中にあるものを見てフェーナはヒッと悲鳴を上げた。
「な、なにこれ…」
部屋の中に、台座に載せられた子供がズラッと並んでいた。いずれも美しい顔立ちをしている少年少女だ。
拳闘をイメージしたもの、茶会をイメージしたもの、狩猟をイメージしたもの、談笑をイメージしたもの…など。それぞれが、何かしらのポーズを取り、ここではないどこかを見ていた。
何気ない日常生活を意識しているのだろうが、茶器や弓は持っていても、どの子供も衣服を一枚も身につけていなかった。全裸なのだ。だからこそ、余計に奇妙に映る。
「…私の最高の宝たちだよ。良いだろう? 皆、ちゃんとコーティングしてある。腐ることも、朽ちることもなく、永久にその美を維持し続けるんだよ」
子供たちはピクリとも動かない。虚ろな視線を中空に向けているのだ。
それは生きた人間ではなかった。全部、死体だったのだ。死体を使ったアートなのである。
セリクとフェーナの肩を抱き、ダルダングがニイッと笑う。本能が危険と察し、二人はすぐにバッと離れた。
「…まさか、殺して?」
震えるフェーナの問いに、ダルダングは喉の奥底で笑いを噛み殺す。
「まさか、だよ。私は猟奇殺人者じゃない。病気、事故で亡くなった子供たちを…親の承諾を得て買い取ったんだ。ノンノン。そんな犯罪者を見る眼は止めてくれよ。私はアーティストだ。ちょっと三神教に知り合いがいてね。ちゃんと、そこの許可はもらってやっていることだよ。合法さ」
「…合法。でも、それにしても、良い趣味とは言えないな」
「オウ。胸くそ悪いぜ…」
ヘジルとブロウは苦い顔で小さく呟く。
すぐ側だったので、ダルダングに聞こえなかったわけはないだろうが、敢えて聞かない振りをしたようだった。
「ニシシッ。…君たちももし死ぬことがあったら、ぜひここに並べさせてね。特等席を用意しよう」
「そんなことにはなりません…。こんなものを、俺たちに見せたくて連れてきたんですか」
セリクが怖い顔をして問う。ダルダングは肩をすくめてみせた。
「まあ、そういうつもりでもあったんだけれど…。この先だよ。おいで」
少年少女の間を通り抜けて、ダルダングは進んでいく。
時たま、死体に話しかけたり、握手したり、キスをしたりと…まったくもって、それは奇行としか言いようがない。
立ったままに飾られている死体は、今にも動き出しそうで不気味だ。それに全員裸なので眼のやり場に困る。
ダルダングが合法と呼んでも、四人にはどうしても死者への冒涜にしか思えなかった…。
セリクたちは、できるだけその死体には眼を向けないようにしながら、意気揚々と歩く背だけを追った…。
「ここだよ」
一番奥の壁で、ダルダングが立ち止まる。そして、手に持ったカンテラを上げた。
仄かな光が壁を映し出す。それを見て、四人は眼を見開いた。
それは一片が5メートルほどはある、正四角形をした壁だった。
明らかに今までのレンガとは違う材質の石で、どこからか別の場所から持ってきた物なのだと解る。
そこに描かれたものは、紅い眼をした剣士が、強大な黒い龍を刺し貫いているというものであった。
剣士の後ろには、その仲間であろう戦士たちまでもが描かれていて、後から続いて龍を倒そうとしているようにも見える。
絵画技術は未熟で、絵にはあまり色は使われておらず、平面でしか場面を捉えていない。そこからしても、相当なまでに古い時代の物なのであろうと思われた。
「これは…」
「レイドと、龍王アーダン…」
セリクが言うのに、ダルダングはコクコクと頷く。
「そう。天軍長レイド、そしてそれに従う天界軍兵だ。これは、龍王アーダンが倒された瞬間を描いたものらしいよ」
「天軍長…? レイドは、天界軍のまとめ役だったのか?」
「なんでこんなものを…いったい、どこで? レイドの存在は、三神教やイバン教も知らないはずだ!」
「ああ。だろうねー。この古代壁画は、中央大陸の遙か東南にある"コルゴラ"と呼ばれる民族が持っていた物だ」
「コルゴラだと? まったく聞いたことがない…」
「そりゃそうでしょ。ガーネットの航海術はまだまだお粗末なレベルだ。ほんの偶然に、道領国へ向かうのに逸れた商船が…たまたま、コルゴラに辿り着いて、これを持って帰ってきたんだ。命がけでこんなものを持って来ただけあって、かなり吹っ掛けられたけどねぇー。ま、私にとっちゃ良い買い物だったさ」
そう言って、ダルダングは壁画のレイドを優しく撫でる。そして、ホウッと息を吹きかけた。
「…とっても、美しいだろう。この少年は。紅き破滅の力。神告の内容を聞いたとき、"ああ、この子のことだ"ってピーンときたね」
公表されてないはずの神告の内容まで知ってることから、本当に三神教に知り合いがいるのだと知れる。
「……そして、この壁画の子と同じ眼と力を持つ君だよ。ああ、君に会いたいと思ってた」
セリクに顔を近づけ、ダルダングは不敵に笑う。まるで果物のように一口にされるのではと感じて思わず後退ってしまった。
「魔王の封印とやらで、今は紅い眼じゃないようだが…。それでも、私の想像を超えて美しい。美しさまでもは封印しきれないものなのだよ」
「…レイドのことをどうやって? この壁画だけじゃ得られない情報なはずだ」
「ノンノン。それは残念だけれど教えられないね。私も苦労して調べたんだ。そう易々とは売れないよ…。ニシシッ、さすがに商人を相手にしているとね。そういう悪知恵も働くのさ」
「天軍長レイドの情報…これはエサか。目的はなんなんだ? セリクか?」
「正解。と、言いたいところだけれど…。今の黒い眼の彼を手に入れても仕方がないさ。もちろん、彼ほどの美は逸材だ。今の内にコレクションに加えたい、そういう気持ちもあるんだけどねぇ。だけれど、そんなことをすれば、魔王と龍王を倒す存在がいなくなっちゃうんだろ?」
名残惜しいと言わんばかりに、セリクの顎を撫でる。払おうとすると、その前にダルダングはパッと手を離した。
「…なら、なんだと言うんだ? あなたの倫理に外れた道楽に付き合う気はないぞ」
「ニシシ。せっかちだ。本当に…。まあ、いい。それが若さというものだよねぇ。ああ、私の望みはもう一つあるんだよ。妥協…それも、商人にはとても大事なスキルさ」
「もう一つの望み…。うう、私たちの剥製を作りたいとかだったらやめてよ」
フェーナが顔を引きつらせて言う。
「ああ、それもいいね。でも、違うんだなー。言っちゃっていいのかな? 本当に? いいのかなぁ?」
「オウ。なんだ、じれってぇな! いいから、早く言えよ!」
「ユーウ・ライオネル王女に会ってみたい」
「ユーウ・ライオネル…? ユーウに、会いたいだって?」
思いもしていなかった言葉に、セリクは驚く。
「ああ。言っただろう。私は美しいものが好きなんだ。紅き少年は私の手に入らない…。なら、妥協しよう。世の全ての者が、虜になるほどの美貌を持つ…と、謳われる人物に直で会ってみたい。上級貴族の私とて会えることのできない唯一の人だね。うん」
ヘジルは苦い顔をして首を横に振る。
「…それは無理な話です。ダフネス大総統が決してお許しにならない。ユーウ様は、帝都はおろか…帝国城からもほとんど外にでたことがないはず。それがあなたに解らないはずがない」
「ノンノン。だからこそ、君たちに話す意味がある。それができないのなら、君たちの船の利用は許可しないよー。そういう条件にするんだよね。どう? ダフネス帝が、世界の平和と、自分の娘とどちらをとるか見物じゃないか…」
ヘジルとブロウが顔を見合わせた。
「…それはどう聞いても、帝国に対する反逆行為にしか聞こえませんね」
「オウ。オッサン、さっきから調子のってんなよ。なんなら、拳で言うこと聞かせたっていいんだぜ」
神宿石を出すヘジルに、拳を打ち鳴らすブロウ。
「ノンノン。まあ、戦っても負ける気はしないんだけどぉ…。いいのかなぁ?」
「オウ? 上等じゃねぇか。その細い身体でどう闘うってんだ?」
「いや、君、あんまり頭良くないでしょ? よーく考えてごらん。私の部下のほとんどがブラックナイツなわけ。もちろん、ダフネス帝の下についた以上は、帝王にのみ対して深い忠誠を誓っている。でも、何人かは私のことが忘れられないらしくてねぇー。いや、私自身が魅力的すぎるってのも罪な話だよねぇ」
「…あ? 何の話だ!?」
「…フン。あなたがスパイに指示を出す前に蹴りをつければいいだけのことだ」
ブロウは困惑した顔をしていたが、ヘジルはすぐに言いたいことが解ったようだった。
「…いや、ダメだよ。下がって。ブロウ。ヘジル」
セリクが間に入って止める。二人を後ろに退かせると、ダルダングの影から剣を構えた一人の少年が姿を現した。
先ほど中庭で戦技を放った少年だった。いつの間にか側に来ていたのだ。
「このように、ね。良い子だねぇ。スチュワード。私をいつも心配してくれるんだよ」
その少年の頭頂を抱くようにして、チュッとダルダングが優しくキスをする。
スチュワードはなぜか全裸で、フェーナは赤面して慌てて自分の眼を覆った。
「…いつの間に。気配を感じなかったぞ」
「チッ。いま殴りかかったら、そいつに刺されてたぜ」
ダルダングはニイッと嬉しそうに笑った。
「…隠れているのは一人だけじゃない」
セリクは油断なく周囲を見回す。ほんの微かだったが、闇の中、死体の間に生きた人間の気配がしていたのだ。
「…そうか。この中に、裸の兵士を紛れ込ませているか。クッ。用意のいいことだ」
「ああ。でも、あまりここで暴れて欲しくない…というのが私の本音だね。コレクションに傷つけて欲しくはない。まあ、新しい物を得るためには犠牲もやむなし…って考えればポジティブだけれど。それもどうかねぇ」
「……俺たちが戦えないっていうのは解りきっているんだろう。もし、ここで戦闘を行ったら、すぐに帝国に連絡がいくはずだ」
「ああ! すばらしいね! いいよ。セリクちゃん。賢い子だ。ま、少なくともここで私が危害を受ければ…。ダフネス帝、ゲナ副総統、はたまたユーウ王女。全員は無理でも、一人ぐらいなら片付けられるでしょー。私にとっての保険だけれど、できれば使いたくない手段だね。誰を殺すかは、本人に任せてあるからさぁー。ニシシッ!!」
狂ったように笑うダルダングに、ベタベタと触れられても、スチュワードは表情を変えずに敵であるセリクを見据えていた。
「あなたはイカれている…。先ほど猟奇殺人者じゃないと言っていたが、それは大きな間違いだ。あなたは最悪の快楽殺人者だ」
「ノンノン。勘弁してよ。こうやって交渉するだけの理性はあるわけよ? もし殺しが好きなら…そうだな。君の大事な人だって、簡単に殺せるよ。それも大総統に比べれば警護は緩いだろうしね。個人的には、色々な技術を売ってくれる人だからもったいないわけだけれどもー」
ダルダングの言葉に、ヘジルはハッとする。
「ま、まさか…パパを…殺すつもりか」
「さあねー。でも、そこまでしたくないのさ。私はね。帝国と戦いたいわけじゃないけれど…。ま、もし戦うとなったら面白いから別にいっか。龍王と魔王に警戒しつつ、私まで敵に回ったら…どう戦うのかね? 五将軍はさ。素直に私の提案を呑んだ方が…利口だと思うけどね」
「…僕たちを試したのは、そのためか」
「そうそうー。頭がちゃんと回る人間なら、私が黒幕だと気づくはずだよー。そういう人間なら、私を敵に回すのがいかに愚行か解る。衝動的な行動なんかしない。だから、こんな無茶な要求を私は出せているんだよねぇ。頭の悪い人は、ヘルマンを脅すか殺すかして行き詰まってただろうからさ」
「…だが、なんでユーウ様に拘る? リスクが高すぎる望みだ。仮に上手く会えたとしても、あなたは処分されることになるぞ」
「ニシシ。彼女の価値が解っていないからそんなことを言うんだよ。彼女はダフネス帝の泣き所さ。彼女を抑えておけば、ダフネス帝は私を殺せない。まあ、それよりも…私は見てみたいんだよ。帝王陛下が眼に入れても痛くないほど大事にしている王女様をね」
ダルダングは間を置き、胸に手を当てて悩みに苦しむかのような顔をする。まるで自分の心に問いかけているような仕草だ。
「ただ見てみたい? ノンノン。それだけじゃないさ。その本人に直に聞いてみたいことがあるのさ…うん」
「聞いてみたい? ……なにを?」
「決まっているじゃないか! 義理の父親に"弄ばれる"ってのはどういう気分かをだよ!!!」
狂気の笑顔で、ダルダングはケタケタと笑う。
「…な、なにを」
「ん? 帝国軍兵が知らないとは言わせないよぉ。噂ぐらいは聞いたことがあるだろう? ダフネス帝が神告を誤魔化し、養女としてユーウを手にしたって話を。それで、メリハク・ウラーゼル神官長が更迭されたっていうあの件さ」
聞いたことがあるのか、ヘジルとブロウは忌々しそうな顔をする。
「…えっと、その話って、あの綺麗な王女様と、もしかして…ダフネス大総統…が、ってこと」
フェーナは真っ赤な顔をして尋ねる。
「…え? 大総統と、ユーウが…なに? 弄ぶ…って?」
一人だけ、キョトンとしたセリクが首を傾げる。
「わーーわーーわーーー!!」
大騒ぎしたフェーナが、セリクの両耳を手で抑える!
「い、いいの! セリクはそんなこと知らなくていいの!!」
セリクとフェーナのやり取りを見て、ダルダングは意地悪く笑う。
「…なんの根拠もない話だろう。ダフネス大総統を面白く思わない者が流したデマだという話もあるぞ」
「まあ、そうだね…。だが、本人に聞けば解ることだよ」
「オウ。まさか、王女様本人に…んなこと聞く気かよ。そいつはどうなんだよ」
さすがのブロウも、それは触れてはいけない話題であると解っているらしい。
「ニシシ。美しいものを永遠に保持したいっていう気持ち…と、同時に、私はこうも思ってしまうんだよ。美しいものを滅茶苦茶に傷つけて汚したいとも、ね」
そう言って、ダルダングはスチュワードから剣を取り、彼の頬をスッと裂いて見せた。一直線の傷口から、血が流れ出る。
それでも少年は無表情に敵であるセリクたちをジッと見つめていた。その眼の暗さこそが、主人であるダルダングの異常さをより物語っているようだった。
側で叫び声をあげるフェーナをやんわりと押しやり、セリクはダルダングを睨む。
「…なんだか解らないですけれど。俺はあなたがキライです」
「そう? 私は君が好きだよ。でも、嫌われても結構だね。知っているかい? 嫌いってのは、好きって以上に相手のことを考えてしまうことなんだよ。いま、君の頭には私がいる。それも私が嫌いになればなるほど、より多くの私が君の思考を占めることになる」
「…そんな話はどうでもいい」
吐き捨てるようにセリクが答える。
「…そうかい。そうだね。なら、お話しの時間は終わりだ。ラーム島に行きたければ、ここにユーウ王女を連れてくるんだよ。それもなるだけ、急いでね。ニシシシシッ!!!」
ダルダングの嫌な笑い声が、いつまでも地下で響いたのであった……………。




