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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
94/213

92話 レイム港にて

 ガーネット領西方の最大の都市、港町レイム。


 海路から特産物がやって来ては、ジキル街道を渡り、神国ガーネット帝国を通じて領地全体に行き渡る。

 独自の商工会を持ち、中には帝国政府や上級貴族ですら意見を言えないほどの力を持った商人が存在していたりもする。

 帝都内では、唯一、帝国の力が完全には及ばない場所と言えるだろう。半ば自治領のような扱いになっているのである。


 潮風が吹き、蒼く広い海には石造りの桟橋が幾つも見えた。家は平屋が多く、港町特有の塩害対策を施した建物が立ち並ぶ。

 初めて海を見るセリクやフェーナは、大きく眼を開き、カルチャーショックを受けていた。


「うあー。スゴイ。水が一杯。果てが見えないよー。湖なんかよりももっと広ーい!!」


 大きく腕を広げ、フェーナがはしゃいで言う。


「ねえ、セリク。スゴイよね? ここの水を全部集めたら、世界中の村の水問題なんてなくなっちゃうじゃない」


「あ…。うん。そうだね」


 セリクは小さく頷いて、フェーナからフイッと顔を背けてしまう。

 このところずっと、こんな感じであった。一人、物思いに耽り、仲間ともあまり口を利いていないのだ。


 フェーナは不満気な顔をしたが、ちょっと頬を膨らませただけで何も言わなかった。

 ついこの間まではしつこく声をかけていたのだが、それでもセリクは嫌がって逃げていってしまうのだ。

 時が解決するだろう…そう信じ、声はかけるが、その後に続けて話しかけたりするのは止めているのである。


「…ここのは塩水だ。飲むには処理が必要だからな。飲料に使うには手間がかかる」


 ヘジルが言うと、フェーナは「ふぇー」と驚きの声をあげた。


「塩水? なんで、どこからそんなに沢山のお塩がでてくるの?」


「フン。そもそも海自体が岩盤を溶かしたミネラルを含んでいて…」


「ミネラルって何? なんで、そんなものが含まれているの? 岩盤って岩よね? なんで、岩盤が溶けるの?」


「それは酸性の………いや、止めよう」


「え? なんで?」


「キリがなさそうだからな。それに、今の礎気科学では解らない点も多いんだ。……そんな根本的な理由は誰も知らない」


「へー。ヘジルも知らないことあるんだね!」


「な! いや、それは…知らないこともあるが、知っていることだって」


「オウ! ヘジルが解らねぇんだな! だったら、お兄ちゃんが教えてやるぜ! 海は魚がいんだろ? 魚が動き回ってるから、汗かいて海はしょっぱくなったんだぜ!」


「ああー。なるほど。お兄ちゃん、変なところ頭良いね」


「オウ! だろ? ………変なとこって、なんだ?」


「……いや、馬鹿だろう」


 三人がそんなやり取りをしている中でも、セリクはボーッと海を見続けていた。

 見れば見るほど、蒼く果てしない。セリクは自分の思考もこの海の中に流れていってしまえば…そんな風に考えていた。


「…コホン。まあいい。とりあえず、ラーム島に行く船を探すとしよう」


「オウ! …って、なんでラーム島に行くってなったんだ?」


 ブロウの台詞に、ヘジルがあんぐりと口を開く。


「…お前! 僕の説明を聞いてなかったのか? ラーム島には、僕が知っている祭壇の一つがある。それ以外に島自体が、剣神や、この契約書の拳神を奉っているらしい。祭壇がある可能性は高いだろう。昨日だって、説明したことだぞ! これで何度目だ!」


 妖精の里でもらった契約書を懐から出し、ヘジルが言う。


 ラーム島で剣神や拳神を奉っているというのは、"デンドラの憩い"で得た情報だった。

 そこで数年に一度の武術大会が催されるらしく、"戦いの神"に捧げる奉納祭として執り行われるという内容である。

 武術大会そのものはヘジルは知っていたのだが、"戦いの神"という部分は伝承として語られるだけで、そこに祭壇があるかどうかまでの確証は得られていなかったのだ。


「えーっと、デュガンさんも…ラーム島にいる可能性が…高いのよね?」

 

 フェーナがチラリとセリクを見て言う。

 が、セリクは何の反応をも示さなかった。あいかわらず海を見続けている。


「ああ。剣神の契約書を持つデュガンも、剣神に出会うつもりならラーム島に向かっただろう。"デンドラの憩い"にも滞在していたようだしな。女将の話じゃ、武術大会にも興味を示していたらしい」


「オウ! ってことは、デュガンと会えれば…二つの神と契約できるってことだな!!」


 ブロウがポンと拳を叩いて言うのに、フェーナとヘジルが眼を丸くする。


「お、お、お、お兄ちゃん…。大丈夫? 何か悪いものでも食べたんじゃない? そんな、まともなこと言うなんて…」


「…なんてことだ。ちゃんと理解できたのか」


 明らかに馬鹿にされたと知り、ブロウは渋い顔をする。


「船ってあそこに一杯あるやつよね? あの海を越えるのかー。ちょっと信じられないけど、楽しみ! さ、早く行こう!!」


 フェーナは我先にと、眼下に見える港町に向かって駆けだしたのであった………。




---




「なんだと!?」


 船着場の発券場でヘジルの大声が響き渡った。

 船に乗り込もうとする人々が、ちょっと驚いたように横目でそれを見てくる。


「船が出せないというのはどういうことなんだ!?」

 

 カウンターに手をついて怒るヘジルだが、筋肉隆々としたスキンヘッドの男はシレッとした顔をしている。受付にしては粗野な感じのする男だ。


「あー。だからよ、船が出せないなんて言ってねぇだろ。オタクらを乗せらんねぇって言ってるだけだ」


「それがおかしいだろう! 席がないというのならば、別に客船じゃなくても、商船でも構わないんだ! 部屋は貨物倉だって厭わない! ラーム島にさえ行ければ!」


「ちょっと、ヘジル。落ち着いてって…」


 フェーナが袖を引っ張ると、ヘジルはフーッと息を吐き出して少し落ち着く。


「席がないわけじゃねぇよ。ま、武術大会が行われるってんで沢山の人が移動しているんだがな。その分、チケットは値が張るが…。船の数も、席の数もまだまだ余ってる」


「オウ。じゃあなんでだ? 金ならあるぜ。こんで四人分足んないなんてことねぇだろ?」


 ブロウが丸めて束になった紙幣を取り出す。分厚さから、それがかなりの大金であることが解った。

 危ない顔つきをした人々がチラッとみるが、このブロウを相手にそれを奪おうと考えるような者はまずいないだろう。いたとしても返り討ちになるのが目に見えていた。


「…はぁ。とりあえず、ダメなもんはダメなんだ。ギルドからのお達しでよ」


「ギルド…って?」


「商人たちの作りだした組合のことだ。帝国では商工会と呼んでいるんだが、レイムではギルドと呼んでいて、あらゆる取引に対して強い発言権を持っている。この街の商業を発展させ、かつ公正な取引を維持するために存在する集まりだ」


「ああ。ただの売買だけじゃなく、船の管理も行っているわけでな。船がなきゃ、ここの商売がなりたたねぇ。この港で一番の権力を持っているのが、ここの商人ギルドってことさ。俺たちもそこには逆らえねぇ。逆らったらここで仕事できなくなるんだ。な、解ってくれよ」


 同情を求めるような視線を向けるが、ヘジルは納得できないという感じに眉を寄せた。


「もしかして、私たちが皆未成年だから、とか? 保護者…必要だとか? そんな理由?」


 フェーナが尋ねるが、男は苦い顔つきで何も答えない。


「セリクとフェーナはともかく、僕とブロウは成人扱いだ。それに…」


 ヘジルは手帳を取り出し、その裏表紙を出す。ブロウもそれを見て、慌ててポケットを探り、ボロボロになった手帳を出した。

 そこには帝国の印章があり、大総統や直属の将軍のサインなどが書かれている。自分の身分を示すものだ。


「本来ならばここまではしたくなかったんだが…。僕たちは、帝国軍兵だ。ある任務についていて、どうしてもラーム島に行かねばならない。ガーネット帝国の名に置いて、船を借りる。もし断るならば、反逆罪で投獄されることになるぞ。商売ができなくなるどころの話ではない」


「おいおい。勘弁してくれよ。今度は脅しかよ」


 男は頭を掻く。それでも、シレッとした顔つきは変わらない。


「おたくら、この港がどういうとこか全く解ってねぇみてぇだな。あのな…」


「これ以上、無駄話をする気はない。船を貸さないと言うのならもういい。…帝国軍の駐在所はどこだ? 教えろ。お前で話にならないのであれば、そこに掛け合う」


「だから、無駄だって…」


 受付の男はヤレヤレと肩をすくめ、奥の部屋に向かって声をあげた。

 そこから、レッドフードの帝国兵が現れる。ようやく話が解る人間が来たと、ヘジルはホッとした顔をした。


「なんだ。ここにも帝国兵いたのか…。なら、話が早い。民間船がダメなら、軍船を借りたいんだ。手続きを…」


 帝国兵は、ヘジルの身分証をしげしげと見て、一つ頷いてから口を開く。


「ヘジル・トレディ隊長。申し訳ございませんが、軍船もすでにギルドの管理下にあります。よって、ギルドの許可なしに動かすことはできません」


 その言葉に、ヘジルが驚愕する。

 帝国兵の後ろで、受付の男が"だから言ったろ~"みたいな顔つきをしていた。


「軍船が…ギルド…民間の管理下だと? そんな馬鹿な話があるか! 軍船は、単なる木製の帆船じゃないんだぞ。戦闘用に造られた、礎気工学を駆使した"礎気動力船"だ。それを…」


「ええ。その通りです。帝国礎気学研究所より、その技術をギルドが購入しました。いま現在では、礎気動力船は全てギルドの所有物です。軍船もその際に買い取られました」


「な…なぜだ? なぜ、帝国が軍船まで売る必要があったっていうんだ?」


「詳しくは存じません」


「それが本当だとしたら、お前はここにいて何をしているんだ? ここの船団を監視しているんじゃないのか?」


「はい。監視はしております。ですが、飽くまで船を悪用させぬようにする最低限の監視です。運行そのものは、帝国政府に反した動きをしない限りは罰せません。有事の際には、ギルドを通し、我ら駐在兵が軍船を借り受けて対処する手筈になっています」


「と、そういうわけだ。諦めて帰ってくんな」


 受付の男が肩を竦めてみせるのに、ヘジルはグッと悔しそうにした。


「ぼ、僕は諦めないぞ…」


「はあ。ヤレヤレだ。文句ならギルドに言うんだな。……取り合ってもらえるかまでは保証しないけどよ。ここで騒いでてもしゃあないぜ」


「オウ。そうするつもりだけどよ…。だが、なんで俺様たち四人だけがダメなんだ? そこは知りてぇな、どうしてもよ」


 ブロウがチラッと後ろを振り返ると、旅の剣士らしき若者たちが船に乗り込もうとしているところだった。ヘジルやブロウとそう年代が変わらない若者だ。


「あー、それ聞いたら帰ってくれるか?」


「オウ。ま、理由がわからねぇと、そのギルドとやらにも話できねぇだろ」


「今日、お兄ちゃんどうしたの。ちょっとまともすぎない?」


「…フェーナ。オメェ、お兄ちゃんをなんだと…」


「あー、わかった、わかった。ずっと受付の前にいられても商売になんねぇーよ。ホントは言っちゃまずいんだけどな。負けたよ…。理由を教えてやる。これを見な」


 そう言いつつ、受付の男が帳簿の名前を指さした。四人が名前を書いた部分だ。


「セリク・ジュランド、フェーナ・ランドル、ヘジル・トレディ、ブロウ・ランドル…この四名の名前が、ギルドから直々にブラックリストに指名されてんだよ。だから、チケット売れねぇのさ」


 セリクは自分の名前が呼ばれた時点でハッと顔を向けた。

 ブラックリストという言葉に、四人は驚いた顔をする。


「…ブラックリストって」


「なん…だと? 犯罪者でもあるまいし」


「え、ええ。わ、私たち、何か悪いことやった? あー、お兄ちゃん! なんかやらかしたんでしょ! 私たちの仲間に入る前に、なんか悪さしたんでしょ!」  


「お、オウ? な、なんもしてねぇよ! …た、たぶん」


 セリクは視線を彷徨わせる。だが、またあの蒼い海が視界に入り、吸い込まれたように再びボーッとし始める。まるで自分には関係ないといった素振りである。

 大騒ぎし出したのは三人である。あーでもない、こーでもないと言う三人に、受付の男と帝国兵が顔を見合わせて肩を落とす。


「もし、これ以上、騒ぐというのであれば…こちらとしても拘束せざるを得ません。トレディ隊長、ランドル隊長。何卒、そこをご理解下さい」


 深々と帝国兵が頭を下げるのに、三人は困った顔をした。


「……ま、どうしても納得できないってんなら、ギルドマスターに直訴してみたらどうだ。おたくらをブラックリストに登録したのはギルドマスターなんだからな」




 商人ギルドは、街の中央にあった。

 二階建ての普通の建築物で、大きな看板がなければ目立つ建物じゃないだろう。


「えっと、それで、ギルドマスターっていう人に会うんだよね?」


「フン。無理だな。アポなしでギルドマスターになんて会えないさ。将軍や師団長クラスが来たなら話は別だが、元部隊長二人ぐらいじゃ門前払いだ」


「ええ? じゃ、なんのためにここまで来たの…。その、"あぽ"、とかいうのやりに?」


「オウ。"アホ"ってのを取るんだな」


「阿呆はお前だ…。いや、馬鹿だったな。アポ、アポイントメントの略だ。要は事前に予約をとるってことなんだが…それよりも良い方法がある」


 そう言って、ヘジルはギルドの扉を開き、受付の女性に何やら声をかける。


「やっぱり、僕の予想通りだ。通信機もギルドが持っていたか…。ということは、帝国軍の駐留も形だけのものと化しているのか」


 一人納得して、ヘジルは受付で何かを受け取り、さっさと奥へと進んでいく。

 残った三人は、わけが解らないままヘジルについていった。


「え? さっぱ、意味わかんないんだけど…。ヘジル。いったい何する気なの?」


「このギルド本部には、高性能の通信装置が備えてられている。駐屯所に無線機しかないと言っていたんで、もしかしたらと思ったんだ。やはり、軍船と共に通信機まで売り払ってたのさ」


 ヘジルは説明をしながらも、細い廊下をスタスタと早足で歩いていく。


「えっと、通信装置って…。それを使うつもりってこと?」


「そういうことだ。帝国まで戻って、ゲナ副総統やブラッセル将軍に書状を作ってもらってなんてやっていたら何日もかかる。帝国に連絡し、直接、ここのギルドマスターに話をつけてもらう」


「オウ。なるほどな。さすがヘジルだぜ。頭いいぜ」


「フン。普通、誰でも思いつくことだろ」


 尊敬の眼差しを向けるランドル兄妹に、ヘジルはうんざりしたような顔をした。



 廊下の突き当たりの扉を、先ほど受付で渡されたらしい鍵を取り出して開く。

 中に入ると、狭い小部屋になっていて、中央に机のようなものがあった。その中央が台座のようになっていて、真ん中に紅玉石がはめられている。


「おー、なんか、神々の大水晶柱を小さくしたヤツみたいー」


「ああ。これは、大水晶柱と同じ比率で作られたミニチュア版だ。紅玉石の持つ礎気反響を利用した通信を行える。もちろん紅玉石の大きさも質も、本物に比べればかなり劣るが、ここから帝国城ぐらいの距離だったら問題なく通信ができる」


「あー。なるほどね。神告みたいなことができるってことよね?」


「そういうことだな。人間同士で行う神告…と言った方が解りやすかったか」


「オウ。なんか小難しいぜ。ま、無線機と同じってことだろ?」


「…原理は同じなんだが。まあ、百聞は一見にしかず、だ。見ていれば解るさ」


 ヘジルは手慣れた様子で、通信装置を起動させる。

 少し濁った紅玉石から放射状に帯状の光が放たれた。

 しばらくして、光の帯によって作られた画面が揺らぎ、半透明の女性が姿を現した。そして、ペコリとお辞儀する。

 ベレー帽と、詰め襟の軍服といった姿だ。セリクが帝国城で見た受付嬢の格好と同じである。


『………はい。こちらの回線は、神国ガーネット帝国です。レイム港の商工会本部様からですね? どのようなご用件でしょうか?』


 映像と声が聞こえてくるのに、フェーナは驚いた顔をする。

 ブロウは「おお!」と大声を上げて頷いていた。ヘジルはチッと小さく舌打ちして、「静かにしろ」と怒る。


「…僕の名はヘジル・トレディ。ゲナ副総統による特別任務部隊だ。ギルドより"水晶式長距離通信機"を借り受けて連絡を送っている。至急、イクセス・ブラッセル第二将軍に取り次ぎ願いたい。トレディからだと言ってもらえれば解る」


『…かしこまりました。少々、お待ち下さい』


 ヒュンッと音がして受付嬢が姿を消す。

 それから一分もしないうちに、再び画面が開いて受付嬢が再び現れた。


『帝都内緊急無線でお呼び出し致しましたが、繋がらないようでして……。もし、何かお言伝がありましたら承りますが』


「いや、いい。無線が繋がらないっていうことは何かの任務中なんだろう…。直接話したい用件なんだ。ロダム・スカルネ将軍には繋げられるか?」


『はい。しかし、スカルネ邸にはこの通信システムはありません。帝国城までお呼び立て致しますと…かなりのお時間がかかるものと思われますが』


「そうか。なら、クロイラー将軍もダメだな。帝国城内では…ゲナ副総統には繋げられるか?」


『申し訳御座いません。軍部の方からの通信となりますと、将軍以上の重役者へお繋ぎすることは、規則でできないことになっております。……お言伝という形でしたらできるのですが』


「そうだったな…。いや、それでいい。言伝してもらって、ゲナ副総統からこちらに連絡をもらえれば……」


 そこまで言って、ヘジルは眼鏡のツルをさすって考える仕草をする。


「どうしたの?」


「あ、ああ。………いや、一人だけ…帝国城に話を聞いてくれる人がいたことを思い出した。不本意だが…」


 小さく息を吐き出し、意を決したように頷く。


「地下の礎気学研究所に繋いでくれ。所長にだ。どうせ、所長室にも同じ通信機がある。転送してくれればいい」


『え? て、転送…ですか。はい…。かしこまりました。少々、お待ち下さい』


 受付嬢は少し困った顔をして、それから何かを操作するような仕草をした。

 数十秒してから、画面がヒュンッと消える。


「礎気学研究所の所長って…」


 セリクの脳裏に、嫌な男の顔が浮かび上がる。


「ああ。話したい相手ではないが、ちょうどいい。聞きたいこともあることだしな…」


 ヘジルがそう呟いた直後、画面がジジジッと鳴り、先ほどより一回り大きい画面が現れる。

 先ほどの受付嬢がいたようなロビーのような場所ではなく、ただ一面の真っ白な四角い空間だった。

 そこにドカッと安楽椅子に腰をかけたニヤけた男が座っていた。


『ケッケッケ。久しぶりだなぁ~。俺に通信たあ、珍しいこともあるもんだぜ』


 耳を小指でほじり、プッと息で飛ばす。礎気学研究所所長のサガラだった。

 その姿を見た瞬間、セリクは不快そうに眉を寄せる。


「お久しぶりです。Dr.サガラ」


『おいおい。いきなりの慇懃な態度だなー。もっと、フランクにいこうぜ。久しぶりに話したんだ。もっと甘えてくれていーんだぜ。子供は素直じゃねぇといけねぇ…。なあ、"キッド"。』


「え? キッド…って、ヘジルのこと?」


 ヘジルは苦い顔をして、サガラをまるで睨むように見やる。


「ああ。キッドは、僕が幼い頃の愛称だ…。サガラ・トレディ…彼は、僕の父だ」


 それに、セリクとフェーナが驚いた顔をする。


「あの、Dr.サガラが…ヘジルの…お父さん?」


「え? ウソー。似てない! 似てないよ!! 眼鏡しか似てないよ!! あ…。でも、言われてみれば眼がちょっと似てる、かも」


 フェーナの指摘する通り、ヘジルとサガラはあまり似ていなかった。

 姿形だけでなく、潔癖なタイプのヘジルに比べ、不潔感まるだしのサガラでは真反対といってもいいぐらいだろう。


『んーあー、おい。ヒデー言われようだなぁ。ケッケッ。これでもちゃんと血の繋がりはあんだぜ。組織分析した時の証明書でも見せてやろうか、あ?』


「そんなことはいいです。パパ…」


「パパァ!? いま、ヘジル…パパって言ったぁ!?」


 フェーナが大騒ぎし、ブロウがブッと吹き出す。

 ヘジルは少し赤くなって、フンと鼻を鳴らした。


「…コホン。いや、Dr.サガラ。お忙しいところ申し訳ございません。実は、お聞きしたいことがあって連絡をしました」


『そりゃそうだろーが。用事がなきゃ連絡なんてよこさねぇだろうよ…。そんな前置きはいいから、本題チャッチャと言えやー。パパが聞いてやんよー、ケッケ!!』


 どこまでも茶化したような感じに、ヘジルはちょっと苛立つ。それでも、我慢して続けた。


「ゲナ副総統からお聞きしているとは思いますが、僕たちは召還神を探すための任務についています。その際、ラーム島に向かおうとしているのですが…」


『んー、あー、だからよ、それも前置きってやつだな。キッドよ。俺を誰だと思ってんだ? んなことはよ、レイム港から通信してきたことで百も承知だ。肝心なことを言えや。何か問題があったってことだろ?』


 そう言って、サガラはチラッとセリクの方を見やった。意味深な視線だったが、セリクはフイッと眼を背ける。


「はい。実は、船を借りられない状態で困ってます。帝国の軍船を借りようとも思ったのですが、どうやらそちらの研究所が売り払ってしまった…とかで」


 "売り払ってしまった"という部分で、少し憎しみを込めてヘジルは言う。


『んあー? あー、そうだな。そういや、そこの商工会に売った覚えもあんなぁ』


「なんでですか!」


『あ? なに急に怒ってんだよー。カルシウム不足かぁ? 俺が作った薬を飲めや。俺ぁも飲んでんだけどよ、こいつを採りゃ他には…』


「そんな話はいいです! そちらが、前置きじゃなく本題を話せと言ったんでしょう!!」


『んあー、そうだな。ま、売った理由ね。はいはい。そりゃ、研究費が足りねぇから…売れるもんありゃ売るぜ。帝国も意外とケチでよ。申請書だしてもすぐには通らねぇのよ』


 反省した様子もなく、ヘラヘラとした態度をとり続けることに、必死で怒りを押し殺しながら、ヘジルは奥歯を噛み締める。


「待って下さい。それは軍の物…でしょう? 軍の物を、なんで、所長に過ぎないパパが…いや、あなたが勝手に売ったんですか?」


『勝手に売ったわけじゃねぇよ。ちゃんと副総統の許可済みだぜ。その港に船を置くのも金かかんだよ。保管料、維持費とかな。一隻増やすたびに、年間の出費は馬鹿になんねぇー。創母神の加護を失った荒海を越えて、ガーネットに敵対する国家なんてありゃしねぇしな。出費を回収できない軍船なんか持ってたって赤字になるだけだろ。だったら、民間に放流して、平時は運搬船として使ってもらった方がまだ金になる。ま、必要な時は軍令でも出して、今度は逆にありったけの船を接収、そして戦闘用に改造するって手段もとれるしな。ちゃんと、そういうとこは考えてやってんだよ』


「…確かに、内容を聞けば、それ自体は合理的な話かもしれません。………でも、そのお陰で僕たちはラーム島に渡れないでいる」


『あー。ラーム島に渡れない? 定期船は利用できない、ってことか。なんでだぁ?』


 サガラは顎髭を抜きながら、クルリと椅子を回転させ、考える素振りを見せる。

 ヘジルが口を開こうとすると、言わなくていいという感じに手を振った。


『…んあー、おい。キッド。お前、レイム港のギルドマスターが誰だか知ってんのか?』


 こちらから何も言わずに、ギルドマスターという名前が出たことにちょっとヘジルは驚いた顔をする。


「いいえ。商工会の大物である…という話は聞いたことがありますが」


『じゃあ、その大商人の名前を聞いたことがあるか?』


「え? いいえ。そういえば…」


 帝国からかなり離れたレイム港のことを、ヘジルが詳しく知っているはずもなかった。


『いいか。よく聞いとけよ…。ギルドマスターの名前は、ヘルマン・ポアーズっていうチンケな高利貸業者だ。私有地で出た金塊を上手く使って金貸しをやってたんだ。商才なんてまったくねぇヤツさ』


「? 商才がなくて…商人ギルドのマスターに?」


『まあ、それだけならまだ不思議じゃねぇ。有り余る金で上に立つヤツなんてどこにでもいるかんな…。問題はここからだ。俺ぁ最初、礎気動力船の技術のみを売り払うつもりだったんだ。その際、ギルドマスターであるヘルマンと交渉してるわけよ。……んでだ、それから数日してだ。ヘルマンの方から連絡が来て、急に軍船も買いたいと言ってきやがった。さっき俺が話したような内容の条件で、だ。売った方が国のためになると抜かしやがったわけだ。実はよ、こっちから船を売りたいって提示したんじゃねぇんだよ。最初、向こうからそういう交渉してきたんだ。なにか妙に感じねぇかー?』


「妙…とは?」

 

 ヘジルが戸惑うのに、サガラは肩を竦めてみせる。


『まだまだだな、キッド。いいか。商人ってのは、売る場合でも買う場合でも抜け目ねぇんだ。自分に有利な条件で持っていって、なおかつ相手に得だと思わせる必要がある。今回の件、俺が技術を売りに来るって情報だが、交渉前から相手はすでに気づいてたはずだ。だったら、最初から軍船をも買う話を持ってきてねぇとおかしいだろ? むしろ、帝国側から是非売りたいと思わせるようなだけの美味しい話だった。なら尚更に、最初の交渉から足下みて、技術と軍船を同時に買うって条件にした上で、その場で大きく値段を下げることも容易にできたはずだぜ。それなのに、その絶好のチャンスを逃して、後出しジャンケンみてぇに二つ目の交渉として持ってきやがったわけだ。余計な金払うばかりか、相手に売らないって言われる可能性だって高かっただろうよ。抜け目ねえ、商人のやり口にしては変だろ』


「そうか…。交渉をわざわざ二つにしなければならなかった理由。もしかして、ヘルマン自身にその場での交渉権がなかったのか?」


『だと思うぜ。…俺と交渉している最中も、ヘルマンは常に自信なさげだったのを覚えてるしな。その場で自分で決定できなかったんだろ。少なくとも、最初の交渉の段階で技術提供の価格はこっちが釣り上げてたんだ。値下げする手段をヘルマンはまったくといっていいほど持ってなかった。つまり、軍船を買うってアイディアはこいつが思いついたんじゃねぇだろうさ』


「…ですが、それは商人全体の意見を聞かなければいけなかった、とかじゃないのですか? 他の商人が、軍船を買う条件を思いついたのかも知れない」


『いんや。だったら、ギルドマスターなんて肩書きでわざわざ交渉しねぇだろ。単なる代表者でいいのなら、別にヘルマンでなくてもいいしな。ヘルマンみたいな下手くそが立った時点で、すぐに引きずり下ろされるのは眼に見えてるぜ。ギルドで話し合いが行われてるってんなら、最初からもっと優秀な交渉人を立てる』


「…ギルドマスターとして、ヘルマン・ポアーズが必要だった。だが、彼は無能でかつ決定権がない。必要としたのは、ギルド側ではない。ということは誰が?」


『簡単だろ。ギルドが賄賂を渡して手懐けてたのは誰だ? いや、そう見せかけていたキツネがいやがるだろ…』


「賄賂を受け取っていた人物…。見せかけていたキツネ…。そうか。貴族!? …この地方を治める、レガンティ伯爵ですか!?」


『ああ。正解だ。ギルドが貴族を飼い慣らしてたってより、貴族がギルドを飼い慣らしてたってのが俺にはしっくり来るな。俺が見るに、"グランド・ギルドマスター"…は、ダルダング・レガンティ伯だな。軍船を買うっていう提案もこの男がしたんだろ。条件が軍人臭い内容ばっかりだったからな…ケッケッケ』


「じゃあ、僕たちをブラックリストに登録したのも…」


『ま、たぶんな。ヘルマンがそこまでやる理由が今の俺には思い当たんねぇぜ…ケッケッケ。だけどよ、ギルドマスターに会うよりは…貴族に会う方が楽なんじゃねぇか? それとも、グランド・ギルド・マスターとか宛の書状でも書いてやろうか? ケッケッケ、それ見たら面食らうだろうがな~』


「いえ、もう大丈夫です。充分な情報でした。ありがとうございました…」


『ケッケッケ。ま、だからといって、ダルダングがお前らの邪魔をする理由もイマイチだがよ。そこは本人に聞いてみるしかねぇな~。ま、怪しい男としては一番だしな。当たって損はねぇと思うぜ』


「ええ。少なくとも、ギルドマスターに会うよりは確実に道が開けるであろうことは解りました…。パパ……いや、Dr.サガラのご助言のおかげです」


『んー、そうかい。まあ、がんばんなー。ガキども』


 そう言って、サガラはプツンと通信を切ったのであった。


「………ねえ。まったく、話についていけなかったんだけれど」


 ヘジルとサガラの話をただ聞いているだけで、ゲンナリとしているフェーナだった。ブロウはすでに腕を組んで寝入っている。


「その、ダルダング・レガンティ…って、どんな人なんだ?」


 今まで口を全く開くことがなかったセリクが問う。


「ああ。古くから存在している上級貴族だ。広大なガーネット西領を治めている。対立とまではいかないが、スカルネ家をライバル視していたような武闘派だな。軍船を買い求めたってのは何となく理解できる。ダルダング様本人には、まず帝国に来ることはないので、僕も会ったことはない。だから、その人柄なんかはまったく解らないが…」


「…行って、すぐに会ってくれるのかな?」


「ああ。なんとしてでも会わなければならない。とりあえず…レガンティ伯爵に会う必要があるってことだ。ただ、一筋縄ではいかない相手とは覚悟しなければな…」


 ヘジルはそう呟いて溜息をついたのだった………。



 しかして、その予想はほどなくして当たることになるのであった…。

 まだこの時のセリクたちは、ダルダング・レガンティという男がどれほどの障害になるのか解っていなかったのである………。

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