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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
93/213

91話 15歳の誕生日

 レイム港に向かう途中、セリクたちは"デンドラの憩い亭"に立ち寄った。

 ここに来る旅人の例にもれず、やはり女将デンドラの手厚いもてなしを受けることになる。


 港町から運ばれてきたランスー、その魚による煮付けなどを堪能し、昼食後のコーヒーを味わっていた。

 セリクは砂糖入り、フェーナは砂糖とミルク、ヘジルとブロウはブラックだ。

 妖精の里でカリファラの蜜をもらってくれば良かったと、フェーナは口を尖らしていた。


 これから向かうラーム島についての説明をヘジルから受けていると、フェーナが落ち着かなさそうにキョロキョロしだす。


「…なんだ? 僕の説明に解らない点でもあったのか?」


「え? ううん。そういうわけじゃなくて…」


「お? 飯が食い足りなかったか。お代わりもらうか?」


 食後にもらったらしいハムを頬張ってブロウが問う。


「お兄ちゃんみたいに食い意地はってないから! えっとね、そうじゃなくてね」


 フェーナはチラリとセリクを見る。


「…俺がいたらできない話?」


「そういうわけじゃないんだけど…。うん。まあ、そうかな」


 セリクは首を傾げ、ヘジルとブロウの顔を見る。二人ともさっぱり解らないといった感じだ。


「それなら、俺、ちょっと…散歩してくるね」


 セリクはコーヒーを飲み終えると立ち上がり、食堂を出て行った………。



「…うー。冷たい言い方だったかな? セリク、傷つけちゃったかな?」


「いや、大丈夫だろう。気にした様子はなかった」


「はあ。もっと、ちゃんと言いわけ考えておくんだった」


「オウ。で、セリクがいちゃマズイ話ってのはなんだ? 他に好きなヤツができたとか、か?」


 ブロウの言葉に、ヘジルがわずかに目を細める。


「んなわけないでしょ!」


「じゃあ、なんなんだ?」


「あのね。ホントは昨日に言おうと思っていたんだけれど…。疲れすぎてて、すぐ寝ちゃったじゃん」

 

 妖精の里からぶっ続けで歩き続け、ここに辿り着いたのは夜も遅かった。それなので、ちゃんと夕飯も食べることができなかったのだ。


「そうだな。今日の夕飯だってあるだろうに…。昨日の残り物を出せと騒いだヤツもいたな」


 ヘジルの目が、ジトッとブロウを捉える。


「オウ? 今日の夕飯は、今日の夕飯だぜ。昨日の夕飯は、昨日の夕飯。食べ損ねたらもったいねぇじゃねぇか!」


「……だからといって、昨日の夕飯と、今日の昼食を同時に食べるヤツがあるか」


 ブロウは、昼食にでたハンバーグも平らげていた。他の三人は、昨日の夕食の残りだけでもお腹一杯だったのにも関わらずである。

 ちなみに残り物から食べたのは、デンドラが「もったいないから、食べるならこっちから食べておくれ」と言ったからだったりする…。まあ、残り物でも味は絶品であった。

 そして、三人が残したハンバーグは残り物になることはなく、もれなくブロウの胃袋にと入ったわけである。だったら、ハンバーグを食べれば良かったとヘジルが思ったのは言うまでもない。


「そんな話はどうでもいいのよ!」


「ん? そうか…。まあ、それならもったいぶらずに早く話せ」


「今日ね、実はね、セリクの誕生日なの!」


「誕生日? あー、そういや、アイツは夏生まれだったか? 幾つになるんだっけか? 13か?」


「お兄ちゃん。本気で言ってる? セリクは私と同い年でしょ! 15歳よ、15歳!」


「オウ? あー、そうか。ガッハッハ! ま、細かいこと気にすんな!」


「ぜんぜん細かくないんだから!」


 いつも変わらないランドル兄妹を冷ややかに見やり、ヘジルはコホンと咳払いする。


「フン。で、セリクの誕生日だからどうしたというんだ?」


「え? そりゃもちろん! お祝いでしょ! パーッと誕生日をお祝いしてあげないと!」


「オウ! そりゃいいな。美味いもの食えるしな!」


「もう! お兄ちゃんはいつも美味しいの食べてるでしょうが! それ以外の楽しみはないわけ!?」


「ねぇなー。あとは強いヤツと闘うことだな!」


「ホント、おバカなんだから!!」


 しかめ面でヘジルが口を開こうとした時だった。


「…話は聞かせてもらったよ」


 いつの間にか、デンドラと、その孫娘で手伝いのヒシナが側に立っていた。


「お客様の話を立ち聞きなんてするつもりはなかったんだけどねぇ。あれだけ大きい声で喋られちゃ耳にも入るってもんださ」


「ええ。お連れ様の誕生日ですね」


 フェーナは罰が悪そうに、今さらに口を抑える。


「ま、料理の方は任せな。作った料理を残さずに食べて貰った御礼さね」


「え? 任せな…って、もしかして、何か作ってくれるんですか?」


「ああ。聞いちまったからね。お節介ばあさんとしてはほっとけないさ」


「ええ。私はケーキを焼けます。もし、よければ一緒にどうですか?」


 ヒシナの言葉に、フェーナは感動して泣きそうになる。


「ホントに? ありがとー。手作りケーキだなんて、ぜったいにセリク、喜んでくれるよ!! ぜひ、お願いします!!」


「フン! 僕たちの旅の目的が解っているのか? 誕生日ごときで浮かれていたら…」


 不満そうなヘジルの顔に、フェーナの指が突きつけられる。


「ただの誕生日じゃないの! 15歳! 帝都じゃ将来をの職を決められる、いわば成人として認められる大事な日でしょ!」


 フェーナの言うとおり、15歳を越えれば"みなし成人"となり、青年兵などにも志願できる。保護者の同意なしに、賃金を稼ぐこともできるようになるのだ。

 

「だからといって…」


「はい。質問。ヘジルとお兄ちゃんは15歳の時は祝わなかったの?」


 ヘジルとブロウは顔を見合わせる。


「僕たちは…その頃は、軍学校にいたからな」


「オウ。食堂のおばちゃんが、ラーメン、エビチリ、カニ玉、ピッツア、ダンゴやら美味いもんだしてくれたぜ。後輩の女がなんかペンダントとかくれたな。俺様としては食い物の方が良かったが…ガッハッハ!」


 フェーナはフンと鼻を鳴らして、胸をそらした。


「二人とも祝ってもらったのね!? 私も村で盛大にお祝いしてもらったし…。セリクだけなしってのはあり得ません!!」


 絶対に引かないという感じのフェーナに、ヘジルは渋々と頷いたのだった………。




---




 俺の目の前にある、緑の絨毯。

 冷たい風が吹き抜け、辺り一面の草がザーッと一斉に揺れた。

 それを見ながら、俺は側にあった切り株に座った。


 遠くには黒い塊のようなものが見える…。

 眼を凝らして見なくても、それが魔物たちの死骸であることは知っていた。

 デュガンさんに殺され、ガーネットの兵士たちに焼かれた跡なんだ。


 カチャン。

 俺は、腰から剣を鞘ごと引き抜いた。


 俺の腰には、二本の剣が差さっている。

 一本は、植神プラーターから貰った神樹の剣。こちらは木剣だから鞘がない。


 もう一本は、デュガンさんから貰ったショートソードだ。

 手入れはしていたけれど、色々な戦いを経て、小さな傷や汚れが沢山できていた。

 鞘から剣を抜くと、大した手応えもなく、スルッと抜けてしまう。

 刀身が半分もないから…軽いのは当然だ。


「…デュガンさんに会ったら、謝らないと」


 折れたショートソードを見やる。ガルとの戦いの途中で折ってしまったんだった。


 ガーネットの武器屋さんの話では、とてもスゴイ剣らしい。

 俺には話はよく解らなかったけれど、サラが買値を聞いて、とっても嬉しそうな顔をしていたのだけは覚えている…。


 もし弁償するとしたら……今まで俺が働いた給料でなんとかなるのかな?

 貰ったものなんだから弁償は必要ないってフェーナは言っていたけれど、でも、なんか俺としてはとても申し訳ない気持ちがしていた。


 せっかく貰った剣なのに、俺の命を守り続けてくれたのに……。


「…ごめんなさい」


 俺は知らず知らずのうちに謝っていた。

 剣に謝るなんてどうかしていると思われるかも知れないけれど、なんでか謝らなきゃいけないような気がしたんだ。



 わずかな黙祷を捧げ、眼を開く。

 残った刀身に、俺の眼が映っていた。

 

 殆ど黒だけれど、角度によっては、時たまに紅が混じって現れる。


 この数ヶ月、黒眼で過ごして、人々からギョッとされたように見返されることはなくなった。

 だから、鏡を見て、自分が紅い眼をしていたことをようやく思い出すってことが多かったんだ。

 

 人々から嫌われた原因、忌まわしい紅い眼。

 だけれど、それが"力"を意味するならば………いまは、何よりも"力"が欲しかった。

 

 戦いたくはない。けれども、敵は多いんだ。

 魔王トト、死霊僧ピアー、魔騎士ギラ。

 龍王エーディン、四龍であるルゲイト・ガルバン、ガル・ドラニック、ベロリカ・アンニス、バーナル。

 いずれも、話し合いだけで仲良くなれるわけがないだろうし、きっと剣を交えたならば強敵に違いない。


 レイドは言っていた。俺の力、拒滅ルンの力を使いこなせれば、龍王の力をも超えると。

 俺の中に眠る、"絶対拒絶"という力。すべての他の力を断絶するという能力。

 それが意味することはよく理解できないけれども、龍王エーディンを倒すにはこの力に頼らざるを得ないだろう。


「俺は…決断したんだ。俺自身の決断だ」


 そうだ。俺は決めたんだ。龍王エーディンを倒す。魔王トトを倒す。

 俺自身が必要とされるために、皆を守って戦うんだ…。

 俺が神に選ばれた救済者だったとしても、そうじゃなかったとしても、俺には関係ない……。


「そうかえ」


 どこからか、声がした。

 俺しかいないはずなのに!

 

 俺が見ていた刀身に、俺以外の何者かが映る!


「セリク。孤独ゆえに、孤独から逃れよう藻掻く可愛い子よなぁ」


「魔王…そんな」


 何かの魔術をかけられたのか、身体が硬直する。指の先も動かない…。


 スルッと冷たいものが俺の首筋を撫で、後ろから覆い被さるように抱きしめた。

 魔王の濃い紫色の眼が、俺の眼と並んで映った。


「ど、どうして、ここに…」


「神王の力、レイド様の力……龍王アーダンを倒すための切り札。しかし、その為に何を犠牲にしたか覚えているかい?」


「な、なにを…」


 トトが言っている意味が解らない。

 犠牲? 犠牲って…なんだよ?


「知らぬなら、この余が思い出させてやろう」




 途端に脳裏に浮かぶ鮮血。

 紅、紅、紅……すべてが紅く染まった世界。


『なんで、なんでなのよぉ!!』


 幼いフェーナが涙を流し、俺の胸を強く殴りつける。

 彼女も紅く染まっていた。紅い顔、紅い服、紅い手足。

 そして、俺の全身も真っ紅だ。


 ああ、なんだ。これ。

 気持ち悪い。吐きそうだ…。


『お父さん、お母さん! なんで、なんで死んじゃったのよぉ!!』


 イヤだ。こんなフェーナの顔は見たくない…。

 やめろ。やめてくれよ…。そんな眼で俺を見ないで。


 ゾクッ!

 急に、背筋が凍るような感覚に襲われる。

 

 俺の上から見下ろす形で、"誰か"がそこにいた。

 いつの間にか現れて、俺とフェーナの上からジッと見ていた。


 恐怖、嫌悪を纏った威圧感…強大な力を秘めた黄色く輝く眼。

 

 俺は、その眼を知っていた。

 ああ、知っているとも。

 "忘れるはずがない"。

 

 俺の口は、知らず知らずのうちに言葉を発していた…。


「龍王アーダン」


 ヤツの手が、俺とフェーナの頭に伸びる………。




「あ、あああ…」


「思い出したかえ? 何を見た? セリク。良い子だねぇ。このトトに教えておくれ」


「龍王…龍王アーダン………」


 トトの口がニイッと笑う。


「そうか。やはり"接触"しておったか…。そうだよ。だからこそ、神王は残酷なヤツなのさね。その拒滅ルンさえなければ、龍王アーダンは幼き子供など捨て置いたことだろうさ」


「俺と、フェーナを殺そうと……した? いや、それだけじゃない。フェーナのお父さんやお母さんを殺したのは………」


「龍王アーダンは、自らを滅ぼす可能性のある力の芽を摘みに来たのだよ。その周囲にいる者も犠牲になったことであろうな…。だが、そちの心の中にいるレイド様がそちを護ったのさね。傷を負ったアーダンは、再び己が居城に戻った………」


「じゃあ、アーダンが………姿を現さないのは………」


「そうさ。セリク、お前が退けたからさね。弱って身動きのとれなくなったアーダンは、己が力の一部を"息子"に分けることにした…。遙か昔にも似たような事があったよ。"天軍長てんぐんちょう"レイド様によって深手を負い……"娘"を生み出したことがね。そうすることで、龍王という存在は"永続"するのさね。それこそが、"無限波動"が為せる業だよ」


 なら、エーディンは…俺が…俺が原因で生まれてきた存在?

 龍王アーダンは身動きがとれないだけ……。本当は、俺やフェーナを殺そうとした。いや、殺そうとしただけじゃない。フェーナのお父さんやお母さんを………。


「幼き子供には理解できなかっただろうよ。だが、"己が持つ力"こそが、友やその親の死に繋がった……それが、無意識のうちに、そちの罪悪感となって残った。常にそちの心を嘖んでいた要因だよ」


 トトの言葉に、俺の心臓がズキリと痛んだ。

 そうだ。俺が…俺が……こんな力を持ってなければ、アーダンに狙われることなんて、なかったんだ………。


 フェーナの顔。疎ましく感じられるのは、こういった出来事があったからだったんだ…。


 俺は忘れていた。フェーナ。君の方が、"哀れ"で"可哀想"なんじゃないか…。

 こんな俺に関わったせいで、君はお父さんもお母さんも失った。

 それなのに、なんで俺にそんなに良くしようとするの?


「俺は……俺は、悪いヤツだ……俺なんかに、誰かに、必要とされる……価値なんて……ない」


 俺の眼に、涙が溢れる。

 悲しい、辛い…この力が、この力こそが、すべての"悪"の元凶じゃないか!!!!


「違うよ。違うのだよ。セリク。よくお聞き。悪いのは、そちじゃないさ。悪いのは、災いを降り注ぐ龍王さ。悪いのは、お前を利用しようとしている神王さ。悪いのは、そちを疎う人間たちさ」


「俺は……悪くない?」


 答える代わりに、トトが俺の耳をかじった。鋭い犬歯がズブリと鋭い痛みとなり、紅い血が散った。


「これは人間の血ではない。かといって、龍でも神でもない存在だ。だが、余は受け容れよう。余がそちを必要として愛そう」


「………魔王が、俺を、愛する……」


 頭が……痺れる。なんだ、これ。


「そうだ。余が、そちを包み込もう……。セリク・ジュランド。余がこれからは、そちの"母"だ」


 トトが、俺の身体をギュッと抱きしめた……………。




---




「わー。お上手、フェーナさん」


 そう言って手を叩くヒシナの顔は引きつっていた。

 顔を白まみれにしながら、スポンジの上にクリームを絞っていくフェーナ。辺りは"白"の惨状だった。


「あー! 足んなくなっちゃった!! ヘジル、追加して!!」


 眼鏡を真っ白にしたヘジルがコクリと頷く。


「キーッ!! なーんで、このアタシがこんなことを! アタシ、神よ! 神なのよ!!」


「…フン。いいから、黙ってやれ」


 泡立て器を木の台座で固定し、ツタをそれに巻き付けて引く。そうやってホイップを延々と作り続けるプラーターがいた。


「ちょっと、お兄ちゃん! イチゴは、イチゴ!!」


「オウ! 食ったぜ!」


 空になった籠を掲げ、ブロウがニカッと笑う!


「おバカ!」


 オタマが飛び、ブロウの頭にクリーンヒットした!


「うあーん! どうしよう、どうしよう、ヒシナさーん! イチゴがなきゃ、ショートケーキじゃないよう!!」


「だ、大丈夫。落ち着いて。フェーナさん。確か、桃が残ってるから…。それでも飾り付けできるわ。ちょっと食紅でピンク色にして、お花にすれば綺麗よ」


「な、なるほど!! さっすが! よ、よーし」


「オウ! 桃か! 桃も好物だぜ!」


 今度はまな板が飛び、ブロウの頭に当たる!


 入ってきたデンドラが、その光景を見てハーッと溜息を吐いた。


「……うあー。あの"剣士"さんも不器用だったけれど、これはそれ以上だねぇ」


 ヒシナは遠慮がちにコクリと頷いたのだった。




 そんなやり取りをしてから、数時間後……。




 外に散歩に出ていたセリクが戻ってくる。


「あー! やっと帰ってきた! もう外、真っ暗だよ! こんな時間までどこ行ってたの?」


「…え? あ、うん。ちょっと」


 浮かない顔をしているセリクに、フェーナは少し首を傾げた。


「お腹すいたでしょ? ほら、こっち来て!」


「え? あ、俺、別に……」


 手を引き、セリクを食堂まで無理矢理に連れて行く。




 バン!


 勢いよく食堂の扉を開く。

 その中を見て、セリクは眼を丸くした。


 『お誕生日おめでとう! セリク・ジュランド 15歳』との手書きの看板が掲げられ、帝都でのDB解散の時のパーティーを思わせる飾り付けがされていた。

 テーブルの上には、デンドラがここぞとばかりに腕を振るった料理が並び、美味しそうな香りが湯気を上げている。


 ヘジル、ブロウや、デンドラ、ヒシナ…。そして店のスタッフだけではなく、その日に停まっていた冒険者たちまでもが集まっていた。


「15…歳。そうか。俺、今日、誕生日、だったんだ……」


 セリクは自分で誕生日を忘れていた。

 そういえば、いつもフェーナがこうやってお祝いしてくれて気づくのだった。


 なんで自分の誕生日を覚えていないのか? その本当の理由はセリク自身しか知らないだろう。

 セリクにとっての誕生日とは、自分の父と母の"命日"でもある忌まわしい日でもあるのだ。レノバの村長にそれを聞かされたことがある。……それを考えると、心底複雑な気持ちになる。

 

 知らないから、仕方のないことなのだろう。

 そう理解しつつも、ニッコリと微笑むフェーナに、セリクは強い不快感を覚えた。

 だが、その感情はグッと押し殺す。いつものことだ。

 

 カワイソウナ フェーナ ガ ヨロコンデイルンダ……スキニ サセレバイイサ。


 まるで他人事のように、セリクの心がそう囁いていた……。


「オウ! おめでとうだぜ!」


「…フン。僕としてはどうでもいい」


「はいはーい。じゃ、代わりにアタシがおめでとさーん!! アタシも頑張ったんだからね! ほめてよね!」


 プラーターが一瞬だけ姿を現して消えていく。


「はいよ。誕生日おめでとうだね。アンタが主役だからさ。好きにとって食べてくんな」


「セリクさん。おめでとうございます」


「やあやあ、どもども。えっと、おめでとうございます!」


「あ? おお、"セダク"くんだっけが? おめでどざん。……で、こで、なんの集まりなんだぁ??」


「おう。小僧のおかげで、ただ飯にありつけたぜ! え? ああ、おめでとうだな!」


「15歳なんだってねぇ。おめでとうねー。もっと前に聞いてりゃ、プレゼントを用意できたのに」


「ってか、あなた。そりゃ、売り物でしょ。タダであげあれるとでも……」


 知らない人にまで祝福の声をかけられ、セリクは戸惑う。


 嬉しい?


 ウレシイ? アア、ウレシイ………ソンナワケ ナイ。


 セリクの心がまた呟いた。

 呟く度に、なんだかドス黒いものが心臓から染み出す気がする。


「へっへー! これ、私から!」


 いつの間にかキッチンに行っていたフェーナが、大きな白い箱を手に持って走ってくる。


「ちゃんとしたのは初めて作ったから、まあ、ちょっと形は……アレだけど。ま、うん。味は大丈夫! 開けたらビックリするよ!!」


 嬉しそうに言うフェーナが、ズイッと箱を前に差し出す。


「え? あ……。うん」


 受け取ろうとして、セリクは指に力を入れなかった。

 わざと力を入れなかったのだ。

 

 ボシャッ!


 セリクの手はダランと下がっていた。


 白い箱は支えがなくなり、重力に負け、固い床に叩き付けられる。白とピンク、黄の中身が飛び散った。

 一瞬の沈黙の後、ヒシナから小さな悲鳴が上がった。

 誰もが眼を丸くして、困惑の表情を浮かべる。どう見ても、手を滑らしたようには見えなかったからである。


「………セリク?」


 表情を失っていたのは、一瞬だけのことだった。

 一番騒いでもいいはずのフェーナは冷静そのものだったのである。

 大声も出さず、泣き出しもせず、ただ不安気な顔でセリクの顔を見やった。

 いつもの心配してくる彼女の顔だ。

 その顔が、さっき見た血まみれの幼い彼女と重なる…。


 セリクの黒い心がザワつく。


 ナンデ、ナンデ、ソンナカオ スル!?

 フェーナ ノ ホウガ! カナシイハズダロ!!! ツライハズダロ!!!


 黒い眼の奥で、紅と金と紫の光が激しく流れていた。まるでそれは互いを攻め消そうとするかのような動きだった。


「アンタ。この子が一生懸命に作ったんだよ。なんで、ちゃんと受け取らなかったんだい……」


 デンドラが恐い顔をして言う。

 心なしか、全員の眼がセリクを責めているようだった。


 いや、セリクにはそう見えていたのだ。

 

 レノバ村で、自分を囲う民衆。"悪魔の子"と罵り石を投げつけられる日々。

 嘲笑、侮蔑、軽蔑、差別、否定、拒否、陵辱………筆舌しがたい苦しみ。嘆き。喚き。


 『我慢しなくていいのだよ』


 優しい"母"が微笑む。


 そうだ。なんで、我慢しなければならない?

 力は、この目の前にいる脆弱な人間よりも上だ。

 なんで、へりくだり、相手の顔色を窺わなければならない?


「もう俺に構うなッ!!!」


 手刀を切り、セリクが叫ぶ!!!


 皆が、唖然とした顔をする。誰も、セリクが激昂した理由が解らなかったからだ。


「せ、セリク?」


 フェーナの泣き出しそうな顔を見て、セリクはハッとする。


「……どうした? 何があった?」


 ヘジルが訝しげにするのに、セリクは眼を左右に泳がせた。


「俺……俺は………」


 セリクはグッと唇を噛み、それからクルリと背を向けた。


「………ごめん!」


 それだけを言うと、セリクは食堂から逃げるようにして出て行った。



「な、なんなんだい?」


「セリクさん、どうしたんでしょう?」


 ザワザワとデンドラたちが囁き合う。

 ヘジルとブロウは目配せして、小さく頷き合った。


「…フン。魔王軍と戦ったり、颯風団や四龍と。色々あったからな。精神的な負荷が大きい任務だ。民間人にはプレッシャーになっていたんだろう」


「オウ! セリクも疲れてたんだろうよ。俺様も解るぜー。腹減るとイライラすんだろ? それと同じだぜ!」


「……いや、それとは違うと思うが。まあ、とりあえず、気にするな。フェーナ。ケーキは残念だったがな」


「オウ! ま、落ちたケーキも……ま、無事なところあるみたいだしよ! あとで、セリクの部屋に持ってってやろうぜ!」


 次々とヘジルとブロウが慰めの言葉を背中にかけるにも、フェーナは反応を示さない。

 おかしいと感じた二人は、フェーナの顔を見てギョッとする。


「………私から逃げるつもり。そんなことさせない。セリクには私が必要だもん。絶対に離れない。離れるわけにはいかない」


 セリクの出ていった入口を睨み付け、うわごとのようにフェーナは繰り返す。

 まるで無表情だったが、その眼の色には狂気が滲み出ていた。


「お、おい。フェーナ?」


「だ、大丈夫かよ。オウ」


 肩を揺さぶられ、フェーナはボンヤリとしたまま、ヘジルとブロウの顔を見やる。


「…え? あ、うん。大丈夫」


 ニコッとフェーナは笑う。それがあまりに自然すぎて、逆に気味が悪いぐらいだった。


「…そうだよね。セリク。ちょっと疲れてたんだね。よーし。ケーキはまた再チャレンジだぞ、っと!」


 ペロッと舌を出して、フェーナが言う。

 ヘジルもブロウも何を言っていいのか解らず、ただいつもと同じテンションのフェーナの言葉に頷くしかできなかった……………。




---




 セリクの心の奥深く………。


 強大な迷路の中で、様々な"記憶の事象"が延々と映画のように流れては消えていた。

 感情を大きく揺さぶる記憶は大きな画面で、たいした内容ではないものは小さな画面で…ノイズ音を響かせ、空間に現れ出ては消えていくを繰り返す。

 

 その迷路の中央で、帯に絡められて宙づりにされていたレイドが静かに寝ていた。

 彼は"部外者"の存在に勘づき、ゆっくりと紅い眼を開く。


「………トルデエルト」


 静かに声を出すと、"部外者"が反応する。

 あちらこちらの影に隠れていた闇が集まり、一人の女性となった。

 美しい全裸の女性………魔王トルデエルトであった。


「……クハハ。ここは実に居心地が良い」


 そう言って、チラリと上空を見やる。


 ゴォーン!


 先ほどから、大きな鐘の音が響き渡っていた。

 その音に合わせるかのように、巨大な何かが空を蠢いていた。


 無数の手が雲を掴み、星を掴み、ワシャワシャとのたうち回るように空を駆けめぐって行く。

 白面をした異形の者だ。まるで何かを捜すように、金に光り輝く眼をギョロギョロと忙しなく動かしていた。


「おー、コワイのぅ。ラクナ・クラナが、そちとセリクを捜して動き回っているのかえ」


「ああ。見つかれば…僕は消されるだろうね。君の『魔円封緘』のお陰で…見つからずに済んでいる。皮肉な話だけれどね」


「クハハ。レイド様のお役に立てるとは、光栄の極みだねぇ…」


 レイドの眼が冷たくトトを射抜く。


「………さて、聞こうか。君はこんなところまで何をしに侵入はいりこんだ?」


 魔王は上空の神王を眼で追いながら、首を傾げて見せる。


「…僕の力をこんなもので抑え込んだつもりかい? セリクに危害を加えようとも無駄だ。君が魔王ゼルナンデューグンを排除する力を得たとしても…僕には勝てない」


 レイドが紅い光を漲らせる。すると、覆い布がペラリと一枚めくれた。

 その瞬間、何かを感知したのか、ラクナ・クラナがグルリと辺りを見回した。


「勝てない? フゥム。確かにそうだねぇ…」


 面白そうにトトは笑う。


「無駄だ。それに君はバージルに敗れ、消耗したままで魔界に封じられていたはず…。今の君じゃ、僕どころか、上級神にすら劣るだろう」


「ああ、ああ。その通り。今の余は魔力も足りず、"子供"も作れない…。いまの魔界ラゴレームの全勢力をもっても、神国ガーネット帝国と…相打ちがいいところだろうさね」


 妙に芝居がかった仕草をするトトだった。その余裕の笑みを見て、レイドは眉を寄せる。


「……だったら、なにをするつもりなんだ?」


「………強い親と、安全な巣穴。その二つに守られた獅子の仔。それを得るにはどうすればいいか解るかい?」


「…なんだと?」


 もったいぶった言い回しに、レイドは苛立つ。


「親を殺し、巣を破壊する? いやいや、そうじゃないさ。仔が自らでてくればいいのだよ…。違うかな?」


 トトがニタリと笑うのに、レイドはハッとする。


「まさか…。君の目的は、僕の力を封ずることじゃ………」


「クハハ。可愛い男の子を殺すなんてもったない。余は"飼い殺し"というやつが好きでね…」


 トトが呪印を組み、フウッと黒い息を吹きかけると、レイドは虚ろな眼をして俯く。


「最初から、そんな強大な"力"を封印できるなんて思っちゃいないさね…。今はセリクが主体なのだろう。彼の心さえ手に入れれば、たかが心像に過ぎぬそちに用はない。眠っておれ」


 そう呟き、魔王は、空高くにいる神王の姿を見やった。


「……仔に腹から喰い破られる気分はどんなものか、経験させてやろうぞ。ラクナ・クラナよ」


 トトの哄笑が、深い迷路の中を木霊したのだった……………。

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