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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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87話 大流砂の暴龍ツァーリドム

 呪われた大地ファルドニアの砂漠地帯を、轟音を響かせ飛ぶ龍形態のエーディンがいた。

 そのスピードは、この地上に置いては並ぶ者がいないほどであろう。鳥などの動物のみならず、魔物に類する巨大な怪鳥まで慌てて進路を譲る。触れた瞬間にバラバラにされるのが自分であると解っているのだ。


「ああ、もう! エーディン様、ステキですわ! 人の姿もいいですけれども、やはり本来の姿は雄々しくいらっしゃいますわ!」


 身悶え、背中にガシッと抱きつくベロリカに、エーディンは不愉快そうに眼を細めた。


『おい。あんまくっつくんじゃねぇ、振り落とすぞ』


「ああ! しっかり掴まらないと、それこそ落ちてしまいますわ! 離しませんわ! 絶対に死んでも離しませんわ!」


『そうか。なら、死にやがれ』


「ひどい! アタクシ、泣いてしまいますわ!」


 本当にポタポタと涙をこぼすベロリカに、エーディンは舌打ちする。


「………そこまでにしろ。遊びに来たわけではない」


 冷たい目で、ルゲイトがベロリカを睨む。


「ふん! アンタがいなきゃ、エーディン様と二人っきりのデートだったのに!」


 なぜかバーナルもエシュロンも誘われなかったので、ベロリカはご機嫌だった。だが、それもルゲイトがいれば台無しである。


「………エーディン。かなり進路を外れているぞ。魔物がいるということは、かなりデイルダに寄っている」


 ルゲイトがコンパスを片手に、周囲の地形を見回す。

 左側の山脈がかなり近い。これを越えれば、大陸南東にあるデイルダ領に入ってしまうのだ。


『かなり久しぶりに来たからな…。もっと西側だったか?』


「………ああ。高度を少し落としてくれ。あの頃はここまで高くは飛べなかっただろう」


『イヒヒッ、そうだな。それだけ俺も成長したってことだろうが』


 言われるがまま、エーディンは徐々に高度を落とす。そして、ルゲイトが指さす方向に合わせて一直線で飛ぶ。


「えーっと、それで、いったいどこに向かってるんですの?」


「………ファルドニア領南方に位置する『シオメン大流砂』だ」


「シオメン大流砂? あら、聞いたことないわ」


「………それはそうだろう。生物に適さない地形のファルドニアの中でも極めて僻地だ。水もなく、常に流れる砂のせいもあって龍王城周辺よりも過酷な環境と言える」


「はぁん? そこに何があるっていうのよ?」


「………戦力だ」


 ルゲイトがそう答えた瞬間、エーディンが大きく旋回しはじめる。



『あったぞ。ここだ』


 大流砂と呼ばれるだけあって、アリ地獄のような円形になった大渦が砂漠に出来ていた。

 まるで海峡にできる潮流の如く、かなりの早さで流れていて、地上を歩く生き物だったらあっという間に呑み込まれてしまうのだろうと解る。


 エーディンがさらに下降しようとした瞬間、どこからか羽ばたきが聞こえて来て、二匹のドラゴンが姿を現した。人翼龍ワイバーン種だった。


『マニ・ラ・アハ!? (待て、何者だ!?)』


 明らかに警戒した様子で、エーディンの左右でホバリングして威圧する。


「なぁに? エーディン様を知らない龍族ですって?」


 いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくないと知り、ベロリカが油断無く構える。だが、それをルゲイトが片手で制して前に進み出た。


「…ママ・ハ・ネエ・ツ・ダノス・エーディン(控えよ。我々は龍王エーディンである)」


 ルゲイトがそう言うと、二匹のドラゴンは驚いたようで羽をビビビッと振るわせた。


『ダノス? ダノス・アーダン・ス・リコ?(龍王? 龍王はアーダン様ではないのか?)』


 ベロリカは通じていないようで首を傾げる。ルゲイトには解っていたが、サングラス越しにチラッとエーディンを見やった。


『セコ・エルネル?(疑って帰すつもりか?)』


 エーディンが低い声で問い、睨め付けると、二匹の龍族は怯えたように引いた。


『………ナナ(それでいい)』


 ゆっくりと降下し、流砂に近づいていく。


「え? まさか………」


 流砂に近づいていくに連れ、ベロリカの顔が引きつる。


「………ああ。そのまさかだ」


「エーディン様! お待ちになって! まだ心の中の準備が!」


 ベロリカが抱いた嫌な予感の通り、そのままエーディンはその流砂の中に突っ込む!


 ズドンッ!!



「キャアア! って、あっら?」


 眼をつむり、息を止めたベロリカだったが………苦しいだろうと思っていたにも関わらず、砂のジャリッとした感覚も圧迫感もほんの一瞬のことだった。


「………滝のようになっている流砂を横に抜けたのだ。先は長く深い洞窟になっている。ここしか入口はなくてな。龍族じゃなければまず立ち入れない場所だ」


 そこはヒンヤリとした空気の漂う広い洞窟だった。

 龍状態のエーディンがいても、それでも天井にまだまだ余裕がある。後ろでは、砂が滝のようにいつまでも降り注いでいた。

 ルゲイトはコートを翻しつつサッと降り、地面に着地する。物珍しそうに周囲に気をとられつつ、ベロリカもそれに続いた。

 二人が降りると、エーディンは人の姿へと変化する。


「イーヒッヒ。用心しろよ、二人とも。一応は身内とはいえ、龍王城の管轄外だ。周りは敵と思えよ」


 エーディンがそう言うのに、ルゲイトはコクリと頷く。沢山の疑問符をつけた顔をしているのはベロリカだった。


「ええっと、どういうことかしら? 外にいた龍族は、龍王城のヤツじゃないですわよね?」


 龍王城の者だったら、誰もがエーディンに敬意を払うだろう。「何者だ?」なんて聞く無礼者はいない。


「ああ。ま、先は長いんだ。行きながら教えてやんよ」


 エーディンが奥に向かって歩き出すと、ルゲイトも続く。ベロリカも慌ててそれに続いた。



「ガルとバーナルは?」

 

 エーディンが問うと、ルゲイトはコクリと頷く。


「………ガルは神々の対策に向かった。恐らくは、セリク・ジュランドと接触するだろう。バーナルはエシュロンとブフの森だ」


「妖精どものところに? まさか、この俺が怪我でもするとでも思ってんのか?」


「………頼もしい台詞だが、"アレ"を相手に、無傷というわけにはいかないだろう。ついてこなかったのは、お前の勝利を信じているからだろう」


「昔とは違うさ。ま、良く考えればそうなるな。…んで、ガルはセリクとやりあうってのか?」


「………可能性とすれば高いという話だ。帝国側は防備を強めた。が、セリク・ジュランドを帝都守備に回したりはしないだろう」


「なんでだ?」


「………人間側は、私たちや、魔王トトを討つ手段を見出したいはずだからだ。防御だけは状況は打破できない。先の魔王の攻撃傾向から、二度目の大攻撃はないのは既に予測しているだろう。それに、龍王側も魔王を警戒していて、ここで攻勢にでられないとも解っているはずだ。そうなると、帝国に必要以上に戦力を置いているのが妙だ。つまりそちらに眼を向けさせるための作戦といったところだろう。参謀にゲナ・ロゲアとロダム・スカルネ。武力としてイクセス・ブラッセル、クロイラー・スカルネ。そして、マトリックス・ファテニズム。明らかに過剰とも言える戦力だ。だが、だからこそ本命はこっちじゃない」


「それが、セリクだって言いたいのか?」


「………あの神々のものと思わしき紅き力。手持ちの駒としてならば、懐には入れて置かない。が、送りつける爆弾としては使えるだろう。神々の計画が失敗することも見越しての作戦だ。かりにそれが失敗しても、人間の力は弱まらない。未だ確証を得られない、神の力を試すのにはちょうど良い存在だ」


「まったく、さかしいことだな…。で、ガルはセリクもろとも神々の力を始末するって考えてんのか?」


「………フッ。エーディン。お前はどう思う?」


「ま、無理だろうな。戦闘能力じゃガルの方が上だろうが、あいつは子供相手に本気はだせねぇだろ」


「………それでは、私と同意見だな。追い詰めこそすれ、セリク・ジュランドは生き残るだろう」


「んじゃ、まったくの無駄じゃねぇか」


「………そんなことはない。少なくともガルは、神の力の実体は掴むだろう。正体さえ解れば、それを阻止する手段は考え出せる」


「へッ。またその先を考えてんのか?」


「………いや。セリクと戦いたいと考えているのがお前の本心だろう。私はその望みも叶えてやりたいと考えている」


「心にもねぇことを…。ったくよ。セリクが俺の脅威になるなら、真っ先に排除するつもりでいんだろうが」


「………フッ。龍王に脅威など存在しない」


「あー、もう! 二人だけでお話しして、ずるいですわよ! さっぱりイミフですわ!」


 ずっと耳を傾けていただけのベロリカが、エーディンとルゲイトの間に強引に割って入る。


「んだよ? おい、デカ女! 腕とんな!」


「ああーん! だってぇ、エーディン様ぁ。ここのこと教えてくれるって仰ったじゃありませんの!」


「あー? まあ、そうだったな」


「で、ここはいったいなんなんですの?」


「………ここは、龍王アーダン様に反逆した龍族の吹き溜まりだ」


 ルゲイトがしれっと答えると、ベロリカが眼を丸くする。そして口がアワアワと震えだす。


「あ、アーダン様に反逆した………って、ええッ!?」


 ベロリカはエーディンの顔を見やるが、気にいらなそうにそっぽを向いて舌打ちした。


「………神界凍結後、地上に溢れた人間。龍王アーダン様はそれを捨て置くことを龍族に命じた。それに納得ができず、反旗を翻した者がいたのだ」


「アーダン様に敵対する龍族がいたなんて………。そんな命知らずな」


 全ての龍族は、龍王アーダンの統治下にあると思いこんでいたベロリカの驚きは尋常じゃなかった。


「………神々と戦った経験がある猛者ばかり引き連れ、龍王アーダン様や穏健派の老龍などに対抗し、このファルドニアで争ったと聞く。だが、その戦いは瞬く間にアーダン様の勝利で終わる」


 あっという間に話が終わってしまったのでベロリカは拍子抜けしたようだったが、次第に当然だろうと言わんばかりに、ベロリカは大きく頷く。


「そうよね。そうじゃなきゃ、龍王城にアーダン様がおられるわけないし…」


「んでだ。親父はその反乱を企てたヤツらを処罰せず、このシオメン大流砂で住まう事を許可したってな話だ…。ま、全部、ロベルトがした昔話の受け売りだがな」


「処罰せず? なんでですの?」


「んなの俺が知るか!」


「………神々との戦いで、龍族はかなり消耗していた。アーダン様はこれ以上に龍族が減ることを危惧されたんだろう。いくら反逆者とはいえ、当時とすればかなり未来ある若い龍族が殆どだっただろうからな」


「はあー。敵対する相手まで赦しちゃうなんて。なんとも…ってな話ね。で、その反逆の龍族に会って、どうするんですの?」


「………聞くまでもないことだ。私たち、龍王エーディン側に引き込む」


「え? は、はぁあ!? 龍王様に従わなかった龍族を? ええっと、もしかして、アーダン様に負けて改心してるとか?」


「………龍族は龍王に従う。反逆したといっても、人間の言う根本からの反逆とは違う。思想の違いを争っただけであって、龍王に対する忠誠は未だあるだろう。だが、考え方が違うが故に、龍王城からこんな僻地に数百年も住んでいるのだ。アーダン様も考えの違いまでを正そうとはしなかった。相容れないなら、側にいなければいいだけのことだ。だからこその、シメオン大流砂への移住を認めたのだろう」


「ということは、大人しくしてたとしても、まだアーダン様のことを面白く思ってないってことじゃないのよ! そんなヤツらを仲間になんか引き込めるわけ!?」


 ベロリカが大声を出すのに、ルゲイトは不快そうに眉を寄せた。 


「………いま龍王城にいるのは、穏健派の老龍。または戦いを知らぬ若龍や仔龍ばかりだ。人間や魔王との戦いでは、神々との戦争を経験した壮年の龍族が必要だ」


「ああ。だからこそ、こうやって説得に来たわけだ。親父じゃなく、この俺がな」



 人間の足では長すぎる巨大洞窟をようやくのことで抜ける。

 そして、ほぼ真っ暗闇に近い大部屋に入ったのだった。だが、そこも洞窟の延長という感じの作りである。


「行き止まり?」


「………静かに」


 モゾモゾと、目の前の闇が動いた。


「え? これって…」


 ベロリカが疑問に感じた瞬間だった、ギラッギラッと黄色い眼が闇の中に開かれる。

 部屋の中に、無数のドラゴンがひしめきあっているのだ。それもザッと数えるだけでも百体以上。もしかしたら、何千体かも知れないほどの数だ。


「こ、これだけの数の反逆龍がいたなんて…。もしかしたら、龍王城よりも数が多いじゃないのよ」


 囲まれていることに、ベロリカは内心焦る。が、エーディンもルゲイトも涼しげな顔で周囲を見やっていた。

 

『………ヨニマ・ヨマル・ヨヨ・ロ・コルル(人間の小さき臭いがするぞ)』


 沢山いすぎてどれか解らないが、その中の一匹が声を出した。


「ナナ。ヨニマ・ソム・アハ・ヨニマ・ババーロ(そうだ。人間がいるから、人間の言語で話せ)」


 エーディンがそう言うと、周囲からヒュルヒュルという口笛に似た音が響く。ルゲイトたちには笛の音のように聞こえたが、エーディンにはそれが笑い声なのだと解っていた。


『………良かろう。人間に合わせるのは癪ではあるが、その方らは客人。しからば、もてなすとしよう』


 流暢な人間の言葉でそう話し、部屋の真ん中にいた龍が身を起こす。

 ワニのような顔面、短い二本のカギ爪、太い胴体に長い尾………まるで巨大なトカゲを思わせる容貌をした巨躯獣脚龍ビッグ・グランドという稀少種ドラゴンだった。

 大きさたるや、龍化したエーディンの三倍はあるかという程だ。分厚い銀色の鱗に全身が覆われ、左目は潰れているのか、深い刀傷があった。


「久しぶりだな。『暴龍ぼうりゅうツァーリドム』!」


『久しぶり? 人の身ならばこそ、そう思うか? 我からすれば、ほんの瞬きに過ぎぬ。アーダンの仔よ…』


 アーダンの名前に、エーディンの額に青筋が立つ。が、言い返さずに堪える。


『して、我らに何用か? また以前のように小生意気なことを言いに来たわけではあるまい。我らは静かに聖地にて眠る者。人間を龍族の領域に連れてきてはもらいたくないものだな………』


 ツァーリドムが静かにそう言う。

 その言葉を合図に、周りの龍族はかなり殺気立った。龍王城にいる龍族とは比べ物にならない気迫に、ルゲイトもベロリカも臨戦体勢を取る。


「………アーダン様に負けたくせに。なんか、まだ痛い目を見たりないんじゃなくて?」

 

 ベロリカが挑発するのに、ツァーリドムが大きく笑い声を上げた。


『ジャガガガッ! 我が負けたとは、な。短き命しか持たぬ人間とは平気で歴史に嘘をついて消え逝く…。あれは、アーダンの意趣が勝っただけのこと』


 まるで鎖を引きずるような笑い声が響いた。そんな笑い声だけでも、他の龍族よりも遙かに大きかった。


「アーダン様の意趣? はあ? なに言ってんの、このデカブツは」


「親父と、このツァーリドムは直接対決はしてねぇんだ。親父が持つ龍族、そしてこのツァーリドムが持つ龍族。二つの勢力同士が争って、勢力として龍王の方が勝ったという話だ」


 エーディンがそう説明すると、再びツァーリドムが笑い出す。


『左様。神々との戦いで互いに戦う力は残っていなかった。ならばこそ、数で優劣を決める他あるまい』


「そ、そんなんでよく納得したわね」


『ジャガガガッ! 人間のように、同族で浅慮な殺し合いなどせぬ。我が勝てば、我が既に龍王となっておる!』


「………暴龍は、アーダン様の次に龍王になると目されていた存在だ。力だけならばアーダン様よりも上かも知れない」


 ルゲイトがそう言うのに、ベロリカはゴクリと喉を鳴らす。


「………それで、だ。こっちの用件を言う前にだ。まずは、手前に謝らねばならねぇ」


『謝る、だと?』


 意外な言葉が出たので、ツァーリドムは訝しむ。


「ああ。手前の息子たち、翠黄兄弟のことだ」


『ハウェイとバイゼムのことか? ふむ。二匹は息災か?』


「………死んだ」


 エーディンの言葉に、周囲の龍族はわずかにどよめく。だが、当のツァーリドムは僅かに眼を細めただけであった。


『何者が殺したのか?』


「人間だ」


 エーディンの言葉に、人語を解する龍族はどよめく。「まさか、アイツらが………」というようなニュアンスの言い回しが飛び交う。


『人間? なぜだ? アーダンは人間とは敵対せぬよう我らに………。いや、そうか。龍王の仔よ。その方の考えは違ったな。人間と争い、そして死したということか』


 ツァーリドムは、エーディンが人間に対する敵意を持っていることを思い出す。


「二匹の死は、俺の失敗だ。それについて手前に謝る」


『その方の意志に賛同し、このシメオン大流砂を抜け出した者たちだ。ましてや、あの兄弟は真の戦いを知らぬ弱龍よ。バージルのような強者の例あらば、人に滅ぼされたとて不思議でもない。それでも覚悟あってのこと………。謝罪はいらぬ』


「だが、あの二人はアンタの息子だ。それじゃ俺の気がすまねぇ。ましてや、魔王の傀儡にされたんだ。龍族にとっちゃ屈辱以外の何者でもねえ」


 ピアーに操られ、魔龍に変えられてしまったのを思いだし、エーディンは苦々しい顔をする。


『魔王? ゼルナンデューグンまで動き出しておるのか? やれやれ。このフォリッツアは再び騒がしくなるのか…』


「………ゼルナンデューグン? 魔王はトルデエルトではないのか?」


 聞き慣れない名前を疑問に思い、ルゲイトが問う。


『トルデエルトだと? なんだ、人の国の王が魔王を語っておるのか?』


「……人の王? 魔王トト。そうか、そういうことか」


 ルゲイトはハッとする。


『随分とフォリッツアは好き勝手されているようだな………。世を捨てたアーダンは黙したとしても、『龍女王りゅうじょおう』が黙ってはおるまい?』


 その言葉に、エーディンがドンッ! と地面を踏み鳴らす。


「姉貴はもういない!」


『………なに? "アーダンを越えた女"が、か? まさか』


 翠黄兄弟の死を伝えた時よりも、ツァーリドムは驚いたようだった。


「ああ。だから、この俺が"龍王"だ」


『? その方が、か? ジャガガッ! なんの冗談だ? まさか、龍王の仔よ。その方が、"龍王継承の儀"を終えたとでも?』


「継承はしてねぇ! だが、タオ・ウェイブは使える!」


『それは"龍王であるアーダンの力を分けた"からであろう? 仔であるその方がタオ・ウェイブは使えて当然。それだけで龍王とは認められぬ。その方は、龍女王のように、"父龍王アーダンのタオ・ウェイブを受けられた"のか?』


 ツァーリドムの問いに、エーディンはギリギリッと歯軋りする。


「手前も人間が地上を占拠しているのは許せないんだろうが? ハウェイもバイゼムもだからこそ俺に従った。あんなガキだった俺と手前の戦いを見てな。そして龍族の誇りを取り戻した」


『誇り、だと? 誇りとは自分勝手な意見に惑わされることではないぞ。深遠なる龍族の全体意志を堅持することこそ誇りだ。我もアーダンも、その誇りが故にお互いの主義を賭けて戦ったのだ』


「なら、俺や手前の息子には誇りがねぇとでも言いてぇのか?」


「その通りだ。馬鹿な息子どもが何を選択しようと我に関わりはあるまい。そして、人間が憎かったとて、我がその方らに荷担する理由にはならんな。それは知っておるだろう?』

 

 龍族は約束は守る。龍王アーダンが人間と争うことを禁じ、暴君がそれに屈した以上、どんな不服もツァーリドムは言うことはできないのだ。だが、そんな形だけの約束事に縛られているのを、エーディンは歯痒く感じる。なまじ古い時代の龍族なだけに、翠黄兄弟のような柔軟な考えを持つわけがないのだった。


「親父はもう戦えない。そして、姉貴もいない…。俺が龍王だ! 暴龍ツァーリドム! これが用件だ!! 今一度、言おう! 俺に従え! このエーディンの下につけ!!」


 エーディンの言葉に、ここにいる龍族がヒュウヒュウと笑い出す。それは嘲笑だった。自らの主が罵倒されたとあって、ルゲイトとベロリカの拳が握りしめられる。


『変わらぬ。変わらぬなぁ…。そう調子に乗り、我を怒らせたのは誰だったか? 我に挑んだ餓鬼の頃と何も変わらぬなぁ!』


 舌舐めずり、ツァーリドムはゴキリ、ゴキリと首を鳴らす。


「一緒にするな! 俺は強くなった! ああ、人間を滅ぼせるだけの力を得た!!」


『龍族は龍王の命に従う……。人と争わぬという意趣も、我が屈服させられた以上は従っておる。だが、我を抑えたのは龍王の仔よ。その方ではない! 龍王アーダンよ!!』


「ならば、暴龍ツァーリドム! 今度は俺が屈服させてやる!!」


『あの時は、姉が助けてくれたな! だが、今はその方を護るものはおらぬぞ!!』


「必要ねぇ! 俺は手前を倒し、親父や姉貴を超える!!!」


 ツァリードムが牙を剥き、鋭い鈎爪を広げる。その身に、強大な波動タオが集まる!!

 エーディンも同じように波動タオを迸らせ、相対する! ルゲイトが、そしてベロリカが各々の武器を取り出した!


「俺が勝つ!! そして、龍王の元で人間と戦え!!」


『争いを識らずに、争いを起こす浅慮なる者よ! あの時のように生かして帰しはせぬ! 我らが聖地の平穏を破った罪、その命で贖え!!』


 こうして、龍王エーディンと暴龍ツァーリドムのいつ終わるとも知れない長い戦いが始まったのだった!!!!!




---




 エーディンの幼い頃の記憶……



『ジェガガガ! 我は龍王アーダンの配下にあらず、上からの物言いで従えられると考えるとは、龍王の仔とはいえ浅慮よなぁ!』


 飛び交う波動弾を必死で避け、エーディンは半べそをかきつつ転げる。脇には、気を失ったルゲイトを抱えていた。


「起きろよ! 殺されちゃうぞ! ルゲイト、ルゲイト!!」


「………う、ううッ」


『小生意気な口を利き、このツァーリドムを怒らせたのだ! 龍王の仔よ、その手足が無くなることぐらいは覚悟するがいい!!』


 ズドドン! ズドドン! ズドドンッ! 物凄い地響きと共に、ツァーリドムの巨体が迫ってくる!


「クソ。俺は、俺は約束したんだ………。アイツの親父に、龍王は帝王なんかよりもスゴイって! 俺は、俺は………」


 袖で涙を拭き、ルゲイトを岩の影に隠す。そして、エーディンはその小さな手に波動タオを溜める。


『なんだ、その矮小な力は!? タオ・ウェイブ? いや、下位互換のタオ・ショットや、龍族が使うタオ・ブレースにも満たぬわ! そんな波動技で、暴龍と呼ばれた我の鱗一枚も傷つきはせぬッ!!』


 ツァーリドムの言うとおりだった。いまエーディンが最大の技を放っても、蚊が刺すほどの痛みも与えることはできないだろう。


「龍王は退かない! 俺は、偉大なる龍王アーダンの仔だッ!!」


『ほほう! その意気や良し! ならばこそ、その軽率な発言にも責任を負うべし! それが、誇り高き龍族の在り方よ!!!』


 泣きながら、全力の力を放とうとしたエーディンの前に、フワリと布のようなものが舞う。


「こぉら、エーディン。ルゲイトと二人だけでこんな危ない場所にきて。お父様に知られたら怒られるわよ~」


 切迫した状況なのにも関わらず、のんびりした口調で叱責する。

 影になって顔は見えないが、それが誰かはエーディンにはよく解った。見慣れた顔を見て、安堵に気も力も抜けてヘナヘナとその場にしゃがみ込む。


「………姉ちゃん」


「ウフフ。龍王がそんなクシャクシャの顔してみっともないわよ。誇り高い龍王が泣くかしら?」


 そんなことを言われて、溢れ出てくる涙をもう一度拭く。

 そんなエーディンの顔を愛おし気に見て、ポンと頭を撫でてから、「ちょっと待ってね」と姉は優しく微笑んだ。


「さぁて。ツァーリドム様。この私が、不肖の弟に代わってお相手致します」


『ジェガガガ! アーダンの娘か。姉弟揃って、小生意気だな!』


「はぁい。でも、ツァーリドム様。龍王の力、お忘れのようですね!」


 閃光と共に駆け抜け、ツァーリドムを圧倒する姉の姿。それを唖然と見やり、エーディンは一生忘れることはないだろうと自分で思ったのだった……………。

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