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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
82/213

80話 悪戯に深みゆく謎

 召還神の儀式を終え、ヘジルもプラーターもフウッと小さく息を吐き出す。


「植神プラーター。あの……神様に色々と聞きたいことがあるんだけれど…」


「構わないわよ。ただ、ここに封じられていたアタシが知っていることなんてたかが知れていると思うけど」


 プラーターは鷹揚に頷く。


「そうだな。だが、中級神とはいえ、貴神は神だ。その知っていることの範囲は人間以上だろう。今の僕たちは何よりも情報を必要としている」


「“中級神とはいえ”…ってのは余計ね」


 連続の戦いで疲弊した四人は、プラーターが用意した草の座布団の上に座る。

 プラーター自身は中空を漂っていた。実体は持っていないようだが、輪郭をかたどるように神気シンがキラキラと舞っている。


「さぁーて、何が知りたいの?」


「まずは…レイドのことを教えて欲しい。彼は、たびたび俺の夢の中に出てくるんだ」


「なんだって?」


「え? セリク! レイドって人のこと知ってるの!? 夢に出てくるって……どういうこと!?」


 セリクの言葉に、ヘジルもフェーナも驚いた顔をする。

 自分の妄想の産物かもしれない……そう思っていたので、セリクは今まで仲間たちにあえて言わなかったのだ。

 だが、神がレイドを知っているというのならば、夢に出てくる彼は本物なのだろうと思ったのである。


「さっきも言ったけれど、アタシもよくは知らないわ。

 ただ間違いないのは、上級神である天空神と『大地神だいちしん』の二神柱と共に、『天界軍てんかいぐん』を率いていた人間…『天界人ヨニマ』だってことぐらいだわね」


「えーと、知らない単語ばっかなんだけど…天界軍ってなに?」


「イバン教では、『天軍てんぐん』と呼ばれている神々の直轄軍のことだ。

 龍王アーダンを倒すべく、神界セインラナスから遣わされたという人類の祖たちのことらしい」


「え? そんなの初耳なんですけど! 私たちの祖先って神様の世界にいたの?」


「あまりイバンの信徒には伝わってないみたいだな。飽くまで伝承としての話だが、そう言われている。三神教では、神龍大戦の始まりの部分でそういった記述がある」


 イバン教は、イバン・カリズムの地上での活躍に焦点が当てられている。三神教と違い、神々や神界についてのことは熱心に話されていなかったのだ。


「いや、それはホントのことよ。アンタたちの祖先が地上に降りて、“神界と地上の間に生きる者”として…“人間”と呼ばれるようになったんだわさ」


「オウ! なるほどなぁ!」


「え? お兄ちゃん、まさか理解できたの?」


「いんや、まったく解んねぇってことが解ったぜ!」


 大笑いするブロウに、フェーナは前のめりにずっこける。


「その天界軍中でもレイドは、神王ラクナ・クラナに可愛がられていたんだわよ。まるで“神の子供”という扱いでね」


 レイドから聞いた話とほぼ同じだったので、セリクはその存在により確信をもった。

 ただ感情的にはどう反応していいのか解らなかった。レイドが空想の存在じゃなかったことは喜ばしいが、そうだとしたら自分に恐るべき力が宿っていることも本当なのだ。

 龍王に対抗できる唯一絶対の力。欲しいと願って手に入れたわけじゃないので、まだ“なぜ自分なんだろう?”という疑問がセリクの中で燻っていたのである。


「レイドは天界軍の中でどういう存在なんだ? 率いてたというからには、何か特別だったんだろう?」


「どういう存在…かぁ。うーん。はしょって言えば、彼は人間の身にして最高三大神に匹敵する力を持ってたんよ」


「さ、最高三大神に匹敵する!? そ、そんな者の存在なんて文献には載ってなかったぞ!」


「そりゃそうよ。切り札なんだから秘匿するのは当然でしょ。知ってるのは、アタシら神々と、極一部の天界人ヨニマだけよ」


 予想通りの答えだっただけに、セリクの唇が緊張に震える。

 最高三大神、神王ラクナ・クラナに匹敵する…それはどれほどなのだろうか。予想すらできない。


「さっきアタシが使ったじゃない? 神格だけが持つ“世界の管理者”としての支配力…『神聖能力しんせいのうりょく』っていうんだけどさ。レイドはそれと似た力を持っていたわ」


 『神樹操装曲』…そうプラーターが叫んだ時、全ての植物が攻撃態勢になったのを思い出す。

 森羅万象を従える…これは神だけが持つ権能なのだ。


「…レイドが持つ力、絶対拒絶。すべてを拒絶する紅い力」


 セリクはポツリと独り言のように、レイドが語ってくれたことをそのまま言う。


「なんだ。知ってるんじゃないさ。そうさね。龍王の力に対抗しうる唯一無二の力。龍王アーダンに致命傷を与えて退けた…ということまでは聞いてるだわさ」


「龍王アーダンに致命傷だと!? ということは、神界大戦で龍王を退けたのは、最高三大神じゃなかったのか?!」

 

 ヘジルは驚愕の表情のまま、セリクを見やる。審判の書には詳しい経緯は書いてないが、龍王を退けたのはてっきり神々以外にないと思っていたのだ。

 ましてや召還神を手にせよという命令を受けたのだからこそ、神々こそが龍王を倒す最大の手段だと思っていただけに、ヘジルの驚きは尋常じゃないものがあった。

 それはセリクも同じで、プラーターの言うことに疑問を感じる。


「どういうこと? この前にレイドと会ったときに、彼は“龍王アーダンとの戦いを拒否した”と言っていたよ?」


 プラーターが大きく首を傾げる。


「レイドが戦いを? まさか、そんなことはありえないわさ」


「でも、本人がそう言ってたんだ」


「もしそれが本当だとしたら、なぜ龍王アーダンは逃げたのさ? アタシらですらほとんど傷を与えることができなかったほどの怪物よ。そんなヤツを誰が降参させたってーのよ?」


「そんなこと俺に聞かれたって解らないよ…」


 セリクは弱ったような顔をする。


「それにラクナが神界凍結を行ったのは勝利を確信したからだし…。龍王を倒してなきゃそんな事してないわよ」


「勝利を確信したから? どういうことだ?

 いや、その前にだ。そもそもなぜ神界凍結を行う必要があったんだ?」


「それは、神様が人間が苦しんでいるのを見て悲しんで、これ以上の戦いはしないようにって、龍王アーダンが神界を襲って来れないようにしたんでしょ?」


「その話は前からおかしいと思っていたんだ」


「おかしいって…どこが?」


 フェーナは不満そうにする。小さい頃から正しいと聞かされてきた話を疑われて気分を害したのだ。


「龍王アーダンは神々に敗れてファルドニアに退いたんだろう? だとしたら、なぜ勝利したはずの神々が、なぜわざわざ神界の門を閉じる必要があるんだ?」


 三神教でもイバン教でも、神界凍結は神々が龍王との諍いを嘆いて行われたとされているが、ヘジルはそれを不自然だと考えていたのである。


「んー、まあ、地上の被害が甚大であったのを憂いたのもあっただろうけど、何よりも神界側も相当なまでに消耗したからこそ眠りを必要としたんだわさ」


「最高三大神も?」


「ええ。彼らというより、神界そのものが疲弊していたのは確かよ。龍王アーダンが形振り構わず乗り込んできたら、それこそただでは済まない被害になっていたでしょうしね。

 六神柱を地上に封じたのも、使い果たした力を回復させるのが主な目的よ。次に龍王がいつ攻めてくるか解らなかったしね。備えとく必要があったのよ」


「それだと、龍王アーダンが反旗を翻すと知っていて……。地上に人間を放り出したまま、神々は神界を封じたというのか? そう聞こえるぞ」


 神学的にはまずい質問に聞こえるが、理論的じゃないと納得できないヘジルは臆すことなく問う。そのせいでプラーターはちょっと困った顔をした。


「別に放り出したつもりはなかったと思うわ。

 うーん。龍王アーダンがどう考えてたか、ラクナがどこまで予見してたかなんてアタシも知る由もないけど…。

 ただ実際に一〇〇〇年は平和だったんでしょ? それは、神界側が力をとりもどすまでは、攻撃されることはないって自信があったんでしょうよ。

 もしかしたら、龍王アーダンが本当に反省したかを見るための猶予期間とかを与えたのかもね」

 

 確かに、龍王アーダンは一〇〇〇年もの間、人間に何かしてくることはなかった。現在も、実際に動いているのは息子の龍王エーディンの方である。

 セリクにもヘジルにも、ラクナ・クラナの考えはいまいち解らなかった。他に何かしらの理由があるにしても、そこまでプラーターは知らされていないのかも知れない。後半については、ほぼプラーターによる憶測のようだった。


「それなら魔王は? 魔王トトは……神界凍結は、龍王と魔王を一度に相手にできないから、神様が自分たちを守るために神界凍結したと言ってた。いったい、どの理由が本当なんだ?」


 魔王の言葉を信じるつもりはなかったとしても、それは神界凍結の理由として考える余地のあるものだった。

 攻めてきた龍王を迎撃するつもりだったのが、魔王というイレギュラーな存在に邪魔をされ、やむを得ずに神界凍結した……ということならば、一応は話に筋が通っているだろう。

 だが、今のプラーターの話通りに完全に龍王を倒したのだとすれば、その後で魔王に追撃されることを神々側がまったく予期していなかったことになる。

 龍王に勝利したのにも関わらず、後から魔王に襲われて、慌てて神界凍結した……これが本当だとしたら、なんとも間抜けなことだろう。

 どっちにしろ、神界凍結の理由がこの二つの内容のどっちかだとしたら、審判の書が偽りということになってしまう。


「魔王トト? 誰よ、それ?」


 プラーターは首を大きく傾げる。


「魔王って…今の魔界の統治者は『魔王ゼルナデューグン』じゃないの?

 彼ならば、神界が龍王と戦う際、決して手出しをしないという盟約を結んでるわさ」


「? 魔王ゼルナンデューグン? え? はあ? 魔王って二人いるの?!」


 フェーナは混乱して、頭をグルングルン回す。ブロウもなぜか同じように回していた。いや、彼の場合は最初から話の内容についていけてないだけなのだが…。


「…なんだ? 随分と僕たちの知っている情報と違うことが多いが。

 それにさっき“六神柱”と言ったな? パドラ・ロウスは七神柱と言ってたそうだぞ。そこもどうなっているんだ?」


「え? あー、そっか。うん、それはそうよね。色々あんのよ」


 プラーターは苦い顔をして曖昧なことを言う。明らかにはぐらかそうとしている様子であった。


「なんだ。色々とは…」


「いいから!」


「よくはないだろ」


「あーもう! 別にそこは何の問題もないわ! アンタらはとりあえず封印された神々を解放していけばいいのよ! そうすれば答えに行き着くようになってんだから!」


 プラーターは強引に話を終わらせてしまった。

 確かにセリクたちが知っている審判の書からの情報、魔王トトの話、そして今のプラーターの語ったこと……微妙にそぐわないことばかりだ。

 魔王トトが嘘をついている可能性もあるが、その存在が脅威として動いている以上、神々が果たしてどこまで把握しているのか疑いたくなる。

 もちろん、魔王トトが出現した時に、裁定神パドラ・ロウスは明らかに狼狽した様子だったことから、神々の予測すら上回るなにかしらの事態が起きているのかも知れない。


「でもさ、いったい、アンタたちは何と戦ってるのさ。敵は龍王アーダンと龍族じゃないの?」


「俺たちは、龍王エーディンと、魔王トルデエルト…これらと戦っているんだ」


「エーディン? 知らない名だわねぇ。

 トルデエルト……それだったら、どこかで聞いた覚えがあるけれど。うーん、どこだったかなぁ」


 プラーターは腕を組んで考えるが、何も出てこなかったのか肩をすくめてみせた。


「ともかく、アタシは前線部隊じゃなったから…龍王アーダンも遠目にしか見たことないしね」


「なんだそれは…。なら、全然何も知らないってことか」


「だから、アタシの知ってることなんてたかが知れてるったじゃん!

 もっと細かく聞くなら、上級神か最高三大神に直接のほうがいいに決まってるわ!

 同じ神って言っても、アタシは戦闘タイプじゃないし。前線で戦ってた天空神ならレイドのこともよく知っているわよ」


 中途半端な情報と憶測のせいで、余計にセリクたちは混乱することとなる。


「戦闘タイプじゃねぇって…よく言うぜ。バンバン攻撃してたじゃねぇか」


「そりゃ、本気で力を試さなきゃ意味無いって言われてたしー。試験は試験でしょ。

 この召還神の儀式だって、最高三大神が命令したことよ。その理由だって、アタシは最小限のことしか知らないわ」


「神がそれでいいのか?」


 ヘジルの眼から、わずかにあったはずの敬意すらもが失われていく。


「上の命令には従うけれども、龍王アーダンが植物界に手をださないってなら、本心としてはアタシにはどうでもいいことだわよ」

 

 あまりに無責任な気がしたが、プラーターからすれば直轄の眷属である植物たちに害が及ばなければいいという感じなのだろう。

 がっかりしたような顔のセリクに、ふて腐れたプラーターは鼻を鳴らす。


「腑には落ちないが、倒すべき敵は解っているからそのことはもういい。

 それよりももう一つ別のことが聞きたい。いいか?」


 すでに対等な口調でヘジルが問う。


「別のこと? 質問攻めだわね。うん。別に構わないけれど、なに?」


「貴神は治癒師の…その命を延命する方法を知らないか?」


 ヘジルがそんなことを言い出すのに、フェーナは驚いた顔をする。


「オウ? 延命…??」


 ブロウが怪訝そうに腕を組む。


「なに? 契約結んでやっぱり命が惜しくなったとか? 勘弁してよー。アタシ、ちゃんと説明したじゃん!」


「違う。僕じゃない。治癒師と言っただろう」


 プラーターは、フェーナの方をチラッと見やる。そして、ヘジルとフェーナを交互に見比べて「ははーん」と頷いた。


「…んー、まず、時代の証人についてどの程度のことを知ってるの?」


「えっと、イバン様によって地上に遣わされた奇跡の代行者よね? 世界に百十一人しか現れなくて、告知師、召喚師、治癒師に分かれてて…」


「はい。もういいわ。そこもやっぱり本当のことは伝わってないのね」


「え?」


 プラーターは面倒くさそうに少し言い方を考えながら説明を始める。


「まず時代の証人が何者かと言えば、天界軍の中でも“神気シンの力を持ったエリート集団”のことだわさ。

 紅玉石は、優れた霊体マハスを持つ人間ヨニマにしか現れない。適性がないと与えられることはないのよ」


「もし、普通の人間に現れたとしたら?」


 セリクの問いに、プラーターは悪戯でもするかのような笑みを浮かべる。


「強い神気シンローウが削られることで、存在そのものが消滅するわよ。あっという間にね」

 

「……フォン老師の言っていたことに近い」


「ま、紅玉石についても色々な話があるんでしょ? とりわけ、人間ってのは想像力豊かだからね」


「…想像力か。道領国の原始的な思想が、神国の科学的推論よりも上だったとはな」


 ヘジルは少し悔しそうな顔をする。


「それで命を延ばす方法だけれど。それは知らないけれども…」


「だったらもったいぶって…」


 ダラダラと話を続けるのにヘジルは苛ついた様子を見せる。


「最後まで話を聞きなさいよ!

 命は延ばせないけれど、発動する神気シンに耐えようとする精神力があれば、ローウが削られるのを幾分か遅らせることができるわ!」


「えっと、それってつまり…“私は負けないぞッ!”ってな気合いが必要ってこと?」


「そうそう。想いによって霊体マハスローウを支えることもあるわさ。

 そっちのマッチョだって、肉体チリルオードを支えてんでしょ」


「オウ? チリル? オードってのは…聞いたことあるぜ。闘気のことだろ? Dr.サガラやブラッセル将軍はそう呼んでたぜ」


「そうよ。頭は悪そうなアンタが肉体を鍛えているのはなんのため? もし、オードの力だけで戦うってなら鍛える必要ないでしょ」


「オオ! そうだな。師父が言ってたぜ! 強力な闘気を纏って、強力な闘技を使うには、強靭な肉体を維持しないとできないってな!」


「そういうこと。それは、剣士だって同じさね」


 シャインは基礎を鍛えることが重要だと言っていたが、実際にそれは戦気や戦技を強めることにも効果があったのではないかとセリクは思った。


「まあ、アンタは拒絶ルンを使うんだから…ちょっと事情は違うけれどもだけど」


 プラーターはセリクをジッと見やって言う。


「レイドとアンタの関係は知らんけど、破滅なる紅であるアンタが龍王を倒すかなめよ。召還神も治癒師もそのためのサポートをする存在に過ぎないわさ」


 その言葉に、ヘジルは眼を見開く。


「なに? 召還神がサポートに過ぎないだと? 神々の力を得ることは、龍王アーダンを倒すための手段じゃないのか!?」


「アンタ、さっきから驚きすぎだから…。

 言ったでしょ。レイドだけが龍王アーダンに勝てる唯一無二の存在。

 んで、レイドの力と同質の力を持つセリクがアタシの前に現れた。

 アタシが考えるに、セリクこそがラクナ・クラナにとっての切り札なんだわさ」


「破滅なる紅…」


 ヘジルは、忌々しそうにセリクを睨む。


「確かに神を喚びだせるアンタは特別。だけれど、それは時代の証人の中での話よ。

 アタシら神々、それが生み出せし三神獣、神々が創りだした兵器の数々…すべてが、龍王アーダンには通用しなかった。レイドの力以外はまったく意味を為さない。まさに正真正銘の化け物。

 アタシらは、レイド…いえ、セリクが戦い良いよう、龍王が率いる龍族を食い止める役割を果たすんよ」


「神王ラクナ・クラナは!? 神の王たる力ならば!? 全てを創りだした最高三大神ならば龍王を倒せるんじゃないのか!?」


 ヘジルの問いかけは、セリクもまったく同じ事を考えていたのでよく解った。

 神々の頂上である存在が、実際に龍王アーダンを倒してくれればそれでいいのではないか。それで解決なのではないかと…。


「さあ、どちらが強いかはアタシにはわかんないけれど…。

 ま、少なくとも神王と龍王がこのフォリッツアで戦ったら間違いなく世界そのものの方が滅ぶわね。

 直接やり合えないから、こうやって別の方法をとってるんじゃん」


「それがセリクが持つ力だというのか…」


「そう。拒滅ルンだけが波動タオを無効化できる…ってなわけ。見たところ、セリクが持つ力は不完全みたいだし。完全解放まではアタシらが召還神となって守ってやれ…ってことでしょ。たぶん」


 確かにセリクは未だ拒滅ルンを使いこなせていない。それは、神王が段階的にセリクの力を目覚めさせるつもりだからだとレイドは言っていた。


「セリクが力を完全になるまでのサポートだと…。僕は……僕は……」


「さ。もう話はこれで終わりでいいかしら?」


 うちひしがれたようなヘジルには気づかず、プラーターは締めくくろうとする。


「あ。あと一つだけ…」


 フェーナが手を上げた。


「まだあるの? なに?」


「えっと、時代の証人って…イバン様が選んで与えてくれる奇跡なんじゃないの?」


「イバン?」


「うん。イバン・カリズム。審判の書を書いて、龍王の反逆を予言した人」


「審判の書? 予言? …さあ。何のことだかさっぱりだわ」


 少しも考える素振りも見せず、プラーターは首を横に振る。


「…そんな。イバン様は神々の代行者じゃないの?」


 フェーナは悲し気な顔をする。プラーターは少し考えてから答えた。


「アタシだって天界軍の兵卒すべてを知っているわけじゃないわ。

 ましてや神界凍結後に、ラクナがどうやって神告以外で地上に干渉しようとしてたのかは解らないし」


 知らないものは仕方ないとばかりにプラーターは開き直る。


「アタシらは、パドラから『傷を癒さんがため眠りにつけ。やがて、召還師が現れた暁には力を貸し与えるのぢゃ』って言われてただけだからね」


「…そう」


 フェーナはなんとも釈然としないといっ顔をしていた。


「久しぶりに喋って疲れたわー。とりあえず、アタシは消えるから。必要なら喚びだしてね。

 あ。それと、大事なことを言い忘れてたわ。今回は祭壇が側にあるお陰で、こうやってアタシ自身の神力でフツーに出てきてるけど、次回からはヘジルの自身の力を使わないと出てこれないから。そこんところはヨロシクー! じゃねー」


 軽い感じでそんなことを言い、プラーターは光の粒子となって消えた。


「言いたいことだけ言って、祭壇の中に戻ったのか…。そうか。神界凍結が解けるまでは、地上にいる神々は祭壇からは離れられないということか」


 ようやく気をとりなおしたらしいヘジルが、自身の神宿石を見やって言う。


「契約は成功したから…。いつでもヘジルが喚ぶことができるんだよね」

 

 セリクはそう言うが、ヘジルは返事はせずに軽く頷いただけだった。

 ヘジルの持っていた契約書も、プラーターと共に消える。それは契約が正式に成立したことを意味しているのだろうと思われた。


「オウ。神を得たんなら、さっきのオッサンと決着つけに行こうぜ!!」


 バッと立ち上がり、拳を打ち鳴らして言う。

 ブロウは神々の話などよりも、ガルとの闘いが途中で終わってしまったのが気がかりのようだった。プラーターの話を退屈そうに聞いていたことからもそれは解る。


「…そうだな。植神プラーターの力があれば、例え相手が四龍であっても大丈夫だろう」


 そうヘジルは言ったが、なんだかその表情は浮かなかった…………。




 帰りは、来た道をひたすら戻る。


 その道中、四人ともずっと無言のままだった。来たときも会話が弾んでいたというわけではないのだが、まったく喋らないわけでもなかった。

 フェーナは寂しげな顔で、ヘジルは冷たい表情のまま、ブロウはブスッとした様子だ。

 ヘジルはいつも表情があまり変わらないのだが、雰囲気でそれが不機嫌に近いというのはなんとなく解るものである。

 フェーナとヘジルは明らかに植神の話を聞いてからだが、ブロウが機嫌が悪い理由がセリクには思い当たらなかった。

 時折にフェーナとヘジルを見ていることから、いつもと違う二人の態度に苛立っているのかも知れないが、それはなんだかブロウらしくない対応だろう。いつもであったら、『なにしょげてんだよ!』とか『元気出せ! 元気! ガッハハハ!』とか思ったことをそのまま口に出すはずだ。黙って不機嫌な顔をするタイプではない。

 いつもやかましいぐらいのフェーナが静かだと、余計になんだか息が詰まるような気がした。

 何か話題を振るべきかともセリクは考えるが、適当な話が思いつかず、セリク自身もモヤモヤとした気分のまま黙々と歩く他なかった。


「あれ?」


 フェーナが声をあげる。なんだか久しぶりに聞いたような気がして、セリクはちょっとホッとした気分になった。


「なんだ?」


 そこは、滝が段になった水路が脇にある道の途中だった。幅の広い水路を挟んで、少し高台になった向こう側が見える。


「あそこがどうしたの?」


「うん。さっき。なんかが動いたのが見えたんだけれど…」


 四人が周囲を見回すが、あるのはゴツゴツとした岩だけで生き物の気配はしなかった。


「オウ。魔物か?」


「ううん。違うと思うんだけれど…」


 フェーナは首を傾げる。


「…今まで通った道からあそこに出るところはなかった。洞窟の中で孤立した場所なんだろう。行けるとしたら、水の中を進める魔物ぐらいだろうな」


 ヘジルの手帳には、菜園洞の略図が描かれていた。

 ほぼ一本道だったが、それでもちゃんとマッピングしているのは性格がそうさせるのだろう。目印となるものや、洞窟内部の縦横のおよその距離まで書き込まれている。

 その図を見ても、フェーナが指した場所に行くには、目の前の水路を飛び越えていかねばならないのが解る。


「だから、魔物じゃないってば。たぶん」


「そう言われても、なんもいないみたいだけれど」


「セリクまで。ひどい! 私がウソ言ってるって思うの!?」


 怒り出したフェーナに、セリクは困った顔をする。


「いや。何かを見たことを疑っているつもりはないんだが…。具体的に何を見たんだ?」


 セリクが返答する前に、ヘジルが間に入ってフェーナに問う。

 いつもだったら、『フン。気のせいだろう』なんて言いそうなのだが、なぜか今のヘジルはフェーナに優しかった。

 フェーナが落ち込んでいたのでそうなのかなと、セリクはそんな風にしか感じていなかったが…。


「えっと、なんか白い布みたいなもの…」


「白い布?」


 布だとしたら、魔物である可能性はないだろう。だからこそ、ヘジルは怪訝そうな顔をする。


「オウ!! あれ、なんだあれ!」


 ブロウが大騒ぎする。三人は慌てて振り返った。

 岩間に立つ白い人影。白い裾がフワフワと揺れ、こちらをジッと窺っていた。

 それは明らかに人の形をした何かだ。


「人、か? まさか、どうやってあんなところに?」


「まさか、幽霊とか!?」


「オオウ!? マジか!? マジでか!?」


 四人が驚く中、白い影がみるみるうちに、精緻な輪郭をともなっていく。

 そして、目元を隠すぐらいに長く明るい茶色の髪、わずかに薄い口髭を生やした細身の若者になった。

 帝都の高級服屋でも見たことがない、不思議な純白のローブに身を包んでいる。

 若者の何よりも特徴的な部分は、頬に深く刻まれた刀傷と、そして深い憂いを含んだ眼だった。


「…なんで、あんなに悲しそうな眼をしてるんだろう」


 思わず、セリクはそんなことを呟く。自分も今までそんな眼をしていたせいなのか、見知らぬ男なのになぜか得も知れない共感を持ったのだ。


「何者だ? 

 …ッ!? この感じは、神気シンだと?」  


「この感じ…」


 ヘジルとフェーナが、自身に付いた水晶石をハッとして見やる。なんと、神宿石と紅玉石が光り輝いているのだ。まるで目の前の男に呼応するかのように熱を持って明滅する。


(運命に呪われし救済者たちよ。ついにこの時が来た…)


 流れる水のような、静かでいて厳かな声。いや、それが本当に声なのか、はたまた頭で勝手に聞いたとそう思っただけだったのか、四人には判別できなかった。


(汝らに祝福あれ…)


 その言葉と共に、男が人差し指を天に向かって立てる。

 次の瞬間、光の風が周囲を吹き荒れた!!!


「うあッ!」「きゃあ!」「くっ!」「うおッ!」


 あまりに凄い風だったので、全員は眼をつむって顔を覆ってしまった。


「こ、攻撃か?」


「…ううん! 違う。これ、癒しの力だ!」


「え? そういえば、傷が…」


「オウ。なんか、疲れていたのが…なくなっちまったぜ」

 

 セリクは、手足についていたちょっとした掠り傷がなくなったのを確認する。 

 光の風に当てられた瞬間、フェーナに治してもらうまでもなかった小さな傷までもが癒え、疲労感もまるで嘘のように消えてしまう。


「なんだ。この力は。まるで神のような…」


 戸惑いながら、ヘジルがさっきの男の方を見やる。

 が、その時にすでに誰もいなくなっていた。いま目の前にあるのは寂寥とした岩地だけだ。


「どこ行ったってんだ? ってか、どうやってあそこまで行ったんだ? 泳いでいったってわりには濡れてなかったじゃねぇか。誰だったんだ、アイツはよ?」


「……たぶん、イバン様だよ」


 フェーナがそう呟く。


「イバン・カリズム?」


 そう言われ、セリクはマトリックスの教会にあったステンドグラスを思い出す。

 確かに、特徴は似ていたように思う。絵はもう少し年齢が上に描かれていたようだったので、セリクのイメージしていた姿とだいぶ違っていたが…。


「イバン・カリズムだと? まさか。一〇〇〇年前の人間が…そんな馬鹿な」


「オイ。ってことは、やっぱり…幽霊ってことかよ」


「そんなわけないよ! だって、この癒しの力だって…時代の証人の治癒師そのものじゃん! それも、私よりも超強力! やっぱり、時代の証人はイバン様が関係してるのよ!」


 意気揚々と言い出すフェーナに、ヘジルは困惑した顔をする。


「イバン様が私たちの前に現れてくれた! きっと、私たちが正しい道を進んでいるって言ってくれているんだよ!」


 セリクの手を握り、フェーナは嬉しそうに笑う。


「…うん。きっと、そうだね」


 同意してセリクも頷く。

 納得できないことは多いが、少なくともさっきの男に敵意らしきものは感じられなかった。

 それに会った瞬間に、同じような悲しみを共有しているような親近感があったのだ。


「……フン。天空神や大地神といった上級神に出会えればそれも解ることだ。さあ、行くぞ」


 ヘジルは一瞬だけ怒ったような顔をしたが、すぐに顔を前に向けて歩き出したのであった…………。

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