79話 植神プラーター(2)
「さあ、妾を喚び出す力があるのかを見せてみるがいい!」
「神と…戦う?」
そんなことはまったく予想だにしてなかったのか、ヘジルの表情は強張ったままだ。
「そんな……なんで、戦わなきゃいけないんだ?」
「ちょ、ちょっと! 助けて下さいってお願いしているのになんでなのよ!?」
「オウ。女の…ましてや子供と戦うってのは乗り気にならねぇぜ…」
「そんなことを言っている余裕があるのか? すぐに草木の肥料になってしまうぞ!」
槍のようなツルに突かれ、ブロウは慌てて避ける。
「危ねぇぜ! 何しやがる!?」
「神の力を得るには、それ相応の力がなければならん! それはパドラも認めた正当な手続きだぞ!」
すでに説得で止まるような雰囲気ではなかった。
力なき者に力を貸せない……それは理解できるが、セリクやヘジルは神という存在と果たして戦えるのかという疑問を抱いていた。
「この祭壇に残された妾の力は、ほんの一割程度…。神界凍結の影響でここに封じられたままであるが、召還師を試すために一時的ではあるが本来の神力を取り戻せる!!」
プラーターの身体が持ち上がり、その言葉を証明するかのように鮮やかな白の混じった緑色の神気がみるみるうちに膨れあがっていく!
「神聖能力発動!! 『神樹操装曲』」
プラーターの背に、多重円をした光輪が輝き回り出す! 植神としての神格が持つ、神のみが使用できる力が動き出したのである!!
その神気に呼応し、植物たちが凶悪な戦闘形態に変化していく。葉は鋭く刃を持ち、枝が槍に、ツルが鞭となり、セリクたちを標的に定める!
「神の力、その総身に刻んでくれる!」
「くるぞッ!!」
「う、うんッ!」
「やるしかないのかッ!」
「オウ! 攻撃してくんならしゃあねぇ! 任せろッ!!」
一カ所に集まっていてはまずいと、皆がバッと散開する!
「神技!! 『堅実針!』、『深緑刃!』、『木蔦鞭!』」
木の実が細長い針状になり発射され、葉が手裏剣のように飛び交い、そして木のツタが勢いよく振り回される!
「クッ! 植物がすべて武器になるのか!?」
全方位攻撃を必死で避けながら、ヘジルは攻撃パターンを読みとろうとする。
「花は美しく愛でられるだけではない! 時に牙を持ち、知恵を得て思い上がった人間たちに猛省を促すのだ!!」
「なんだと!?」
その台詞と熾烈な攻撃から、ただの試練というわけではなく、何か別の意図も隠れていることにヘジルは気づく。
「僕たちを試すために戦うんじゃないのか!?」
「フフン。この試験で死したらそれもまた必然だろう? お前たちが弱いのが悪いだけのこと!」
手加減をしようとする気はまったくない。本当に死んだとしてもいいと思っていそうな攻撃だった。
「植物界の恩恵をただ預かり受けていながら、お前たちは感謝したことがあるか!?」
「え?」
「お前たちは木を燃やして暖を取り、花の蜜を絞り飲み、その実を貪り食う。それだけに飽きたらず、森を崩してまで街を築くではないか! そこに感謝や反省があるのかと聞いておるのだ!」
プラーターの言葉に、セリクは少し考える。
植物は食物になるし、燃料にもなってくれる。植物は自分たちの生活に欠かせない存在だ。だが、あまりにも身近な存在すぎて、当たり前に存在していた。故に、その恩恵も当たり前だと思っていた部分はあるのではないかと。
森を崩し、街を作っている…そう言われれば、確かにその通りだ。それは先住民とも呼べる森があっては、快適に暮らせないという人間側の一方的な理由が強かった。森からすればただの侵略に他ならないだろう。
そのことに、感謝したことがあるかと問われれば、ない…としか言いようがないだろう。あえて、植物たちのことを考えたことなんてなかったのだから。
「その顔だとないのだろう? 生かされていることを忘れた高慢なる者どもよ!
にもかかわらず、龍王に追いつめられ滅ぼされんとなるや、恥知らずにも神に泣き縋り頼る! ましてや、植物を統べるこの妾にだ!」
植物を統べる神からすれば、人間の態度が不遜に映るのは仕方がないのかも知れない。
それなのに、人間たちが困っているから力を貸せ…と言うのが、どれほどプラーターにとって腹立たしく思えたであろうか。
「最高三大神の命は妾にとっても無視はできぬがな!
かといって、他の植物たちのように妾が従順に言うことを聞くと考えるのは大間違いだ! この力、欲しくば奪い取ってみせよ! 妾を倒してみせろ!」
おそらく、これがプラーターの本心なのだろう。
召還神を定めたのは、プラーターよりも上の立場にいる存在だ。それを拒否できない神の力関係というのも存在するに違いない。
だからこそ、セリクたちを試すという名目で怒りをぶつけることにした…ということなのだろう。
さっき、プラーターが“パドラも認めた正当な手続きだぞ”と強調したのもここに関係してくると思われる。
憤るプラーターを見ていて、セリクは石碑に書いてあった言葉を思い出す。
「“植物の心を識る者のみがその御心に辿り着く”…こういうことだったのか」
振るわれる鞭を斬り落とし、刃をかいくぐり、セリクは素早くプラーターの元に駆け寄る!
「ム!?」
「やあッ!!」
渾身の突き!
だが、プラーターの髪がハラハラと落ちることで生じた花弁が、シールドを作ったことで難なく防御されてしまう!
「ほう! まるで獣のように俊敏な動きだ!
だが、ほら、お返しだぞ!! 神技『花咲爆!!』」
プラーターの手に、ポンッとピンク色の蕾が現れる! それがみるみる内に膨らみ、ボンッ! と爆発した!!
「うあッ!?」
セリクは爆風に吹っ飛ばされ、ブロウがそれを受け止める!
「オウ! 大丈夫か!?」
「う、うん…」
「ガルとの戦闘でかなり消耗しているせいもある…。早く終わらせないと、ジリ貧になるのはこっちだ」
ユニコーンを召還し、それに跨りながらヘジルが言う。
「チッ! せめて近づけりゃあよぉッ! うぉらッ!!」
迫り来る木の鞭を殴り飛ばし、ブロウは悪態をつく。
攻撃に転じたかったのだが、近接技がメインのブロウは今はフェーナとヘジルを守ることで手一杯だった。
ましてや相手の見た目が女児とあって、それが理由でも戦いにくそうにしていた。女子供には手を上げないというブロウ独自のルールが足枷になっているのだ。
「…『衝遠斬』なら、プラーターにまで届くよ」
セリクとしても、あまり戦いたい気持ちにはなれなかった。
だが、激昂するプラーターの様子からすれば、話し合う余地なんてまったくないだろう。
まずは、その振るわれる巨大な力を無力化するのを優先すべきだ。でなければ、ただ全滅を待つことになる。
「ああ。その手しかないだろう。セリクの持つ力に賭けるしか…」
その時、ヘジルは一瞬だけ不満げな視線を送ったのだが、セリクはそれには気づかなかった。
すぐにフェーナが、セリクの力を解放させんと癒しの力を放つ。
「何をこそこそとやっておるか! 向かってこなければ、力試しにならないではないか!」
可憐な見かけとは裏腹に、好戦的なプラーターが迫り来る!
「ブロウ、僕たちのことはいい! セリクをサポートしてくれ!」
フェーナを乗せ、ヘジルは馬を走らせる。
どうしても避けられない攻撃は、フェーナが聖盾で受け止める。
「ふむ。時代の証人……治癒師までいるのか?
やはり解せぬな。ラクナめ、人間に神気を分け与えて何をする気だ?」
「うおっしゃあッ!!」
ブチブチブチッ! 床を張っていた根が切れる音が響く!
「な!? お前ッ!! 妾の眷属を!!」
ブロウは手近にあった木を引っこ抜いたのだった。それを盾にして突っ込んで行く!!
自分の配下を利用されたとあって、プラーターはさらなる怒りの表情を浮かべた。
「人間めッ! なんという醜悪な戦いをするのかッ!!」
「うるせぇッ! テメェこそ、遠くから飛び道具ばっかり投げてきやがってからに!」
「て、テメェだと…なんという神をも畏れぬ態度だッ!! 妾を本気で怒らせたな!! これでも喰らうがいいッ!!!」
プラーターと大樹に、神力が満ちていく!!
「神法『植神劇毒放射網!!!』」
巨木の根が光輝き、地響きと共に一気に持ち上がる!
それは蜘蛛の巣のような網目状に部屋を覆った!!
「グッ! これほどか! これが神の力か!? なんて規模の神気だ!」
「きゃあッ!! こんなの避けられっこないよぉッ!!」
ヘジルとフェーナはユニコーンごと捕らえられる!
「クヌォヤロッ!! セリク、行けッ!! 行きやがれッ!!」
「ああ!」
捕らえられるかと思った瞬間、ブロウの肩を蹴ってセリクが飛び上がる! ずっと、ブロウの背中に隠れていたのだ。
「!? なんだ!? お前! そ、その紅い眼はッ!?」
「『豪衝遠斬ッ!!』」
紅い眼、真紅いオーラをまとったセリクの拒滅が放たれる!!!
「破滅の力だとッ!? しまった…。今ので力を使いすぎたッ!!」
プラーターは防御しようと、慌てて周囲の植物を掻き集める!
だが、全てを拒絶する力は、枝を根を花を葉を…すべてを消滅させていくッ!
「ううッ! 抑えきれぬッ!!」
その身に斬撃が直撃するのをプラーターは覚悟した。
「……ッ!?」
しかし、『豪衝撃斬』は、プラーターを直撃するかといった瞬間、軌道を逸らして脇を通り抜けて飛んでいってしまう。
「外れただと? …いや、違う。わざと外したのか?」
セリクを見て、プラーターは眼を細める。
この距離で外すはずがない。また防御によって威力が弱まった風でもなかった。間違いなく、さっきのは直撃していてしかるべきだ。
それが外れたとなれば、最初から当てるつもりがなかったのだとプラーターは理解した。
「…神を相手に、情けをかけたつもりか?」
「そんな余裕なんて…なかったよ」
「…ならば、なぜだ? 今が妾を倒す最大のチャンスであっただろう」
「…ここの入口に書いてあった言葉。“植物の心を識る者のみがその御心に辿り着く”だよ」
「なんだと?」
セリクは、千切れ落ちた花を一本手に取る。
「あなたは植物の神だ。そして植物たちの犠牲に心を痛めている。だとしたら、こんなこと望むはずないよ…」
プラーターの眼に動揺が走る。
「人間…いや、俺は、今まで植物たちに本気で感謝したことなんてなかった。
けれど、こうやって戦ってお互いが理解できるとも思えないんだ」
「理解だと? 随分と上から目線ではないか…」
「違うよ。そんなつもりで言ったんじゃない。
皆、心の中では感謝しているはずだ。だけど、あまりに身近に存在していて、当たり前になってしまってて、助けられていることに気づいていない」
「それが人間の烏滸がましさだ」
「うん。俺たちはつい、“ありがとう”……その言葉を言い忘れてしまう」
プラーターは腕を組んで考えこむ。
「もし、感謝や反省が少なくて……俺たちが傲慢だって言うなら、植物たちの神であるあなたが教えてくれればいい」
「…ふむ」
わずかに警戒が緩んだのか、プラーターは初めて眼をそらす。
「神様から言われたら、人間たちだって考え直すと思う。感謝の気持ちがないわけじゃないんだ」
「……なるほど。この菜園洞に入ってきた最初の人間と同じようなことを言う」
「え?」
「お前が見た石碑を作ったのは、最初、ここで薬草を栽培させてくれと懇願しに来た人間だ。
妾は姿こそ見せてやらなかったが、その者はそれでも毎日、妾の祭壇で祈り、日々の収穫を感謝しておったよ。
その者の常套句は、確か……『もし私があなたに不作法を働いたとしたらお教え下さい。私は深く反省します』…だったな」
セリクはすぐにストス村の人々を思い出した。きっと、彼らの祖先がここでそうやって生活をしていたのだろう。
そういえば、ここの栽培室があるのは入口側だけで、奥に行くにつれて人のての入らぬ自生地になっていた。これは、やはりストス村の人々が植神プラーターに敬意を払っていたからではないだろうか。
それなのにも関わらず、植神は人間たちにこれほど怒りを覚えていたのだろうかとセリクは疑問に思う。その疑問に気づいてか、プラーターが小さく笑う。
「人間がすべて植物の敵ではない…それは妾も知っておる」
殺すつもりで攻撃してきたのに、本当にそうだったのかと疑いたくなったが、実際にプラーターの顔からは怒りが消えていた。
「それに、その力は…」
力を放ち、薄れつつあるセリクの紅いオーラを指さす。
「ええ。俺は…レイドという名を知っています」
「そうか。お前がレイドの……。なるほど。そういうことか」
納得したように、プラーターは頷く。
そして、シュルシュルという音を立てて地面に降り立った。戦闘態勢を維持していた植物たちも武装を解除する。
「植神プラーター。教えてほしい。あなたはレイドのことを…」
「今はそれどころじゃあるまい? ほら、後ろの仲間を見てみろ」
言われてセリクが振り返ると、網に捕らわれて宙づりになっていた三人が苦しそうな息をしていた。心なしか、顔が黒ずんでいる。
「え? みんな!? これは…」
プラーターが手をかざすと、網が緩やかに降りて拘束を解く。
「神樹の根には毒があるから当然だ。神気をまとえば、その一滴で龍すらも殺せる」
「ええ? そんな…。解毒するのはどうすれば?」
「妾ならばできる」
「なら、早く!」
慌てるセリクとは対称的に、プラーターはニヤリと笑う。
「…人間の生き死になど、妾には関係がないこと」
「え? いや、だけど…」
不穏なことを言うプラーターに、説得が通じなかったのではとセリクは嫌な予感を覚えた。
「お前は植物の心を少しは解ってるようだが、その後ろの三人はどうか? 示してもらわねばな…」
「そんな…。でも、解毒してからでも!」
「人間は平気で嘘をつく。この状況ならば本心が聞けるであろう?」
絶望的な表情で、セリクは剣を取り落とす。頭の中が真っ白になった。
苦しんでいる三人が、いま植物に敬意を払うなんて余裕があるはずがなかった。手遅れになるまでどれくらいかかるのかは解らなかったが、切迫した様子からしてもそんなに時間があるようにも思えない。
ここで仲間を失ってしまうとなれば、何のためにここまで来たのか解らなくなってしまう。
セリクは青ざめた顔で、必死に正解を導きだそうと思考を巡らせた。
「…キャ」
「え?」
「キャハハハハハッ!!!」
プッと吹き出したかと思いきや、プラーターは大きく笑い出す。その笑いに反応し、神樹もユラユラと揺れた。
「…あー、もーダメ。もー演技はムリ。その顔! なんて顔してんのよ!
ジョーダン、ジョーダンよ。ちゃんと治してあげるってばさ」
いきなり口調が変わったことにセリクは呆気にとられるが、そんなことはお構いなしという感じに肩をすくめてみせる。
三人の側に近づくと、プラーターは指先から滴をたらし、彼らの頭上にパッパと振りかける。
「…グッ。クソッ」
「ハーハー! 息できなかった、死ぬかと思ったし…」
「オ…ウ? あ? 俺様はどうなったんだ?」
みるみるうちに肌の色が元に戻り、三人は解毒したようだった。
「…良かった」
「ふふん。『解毒しなきゃ伐採するぞ!』とか言ってアタシを脅せばいいのにさ。
ホント、お人好し…は違うか、お神好? …んー、変かな。ま、そこはなんでもいいだわさ」
気楽にそんなことを言って、自分より少し大きいセリクの肩をポンポンと叩く。
「植神プラーター? 何があったんだ…。その喋り方は…」
ヘジルが怪訝そうな顔をするが、セリクも何がなんだか解らないという感じに首を傾げる。
「ああ。これが、本来のアタシの喋り方だしー。
パドラのジッサマがうるさいのなんの。『儀式は威厳を示すためのもの。格式高く行うのぢゃ!』だなんて…。あの喋り方、肩がこるのよねー。顔もこわばるし」
やたらとフレンドリーに話すプラーターに、一行は面食らう。さっき、自分たちを試すといって一斉攻撃したとは思えないような豹変ぶりである。
「なんか、神様って…感じじゃないね」
「ま、でも、俺様には解りやすくなったな。さっきは“ワラワ”だのなんだの、何言ってっかさっぱりだったしな。今の方がいいぜ!」
「でも、あなたは…人間が嫌いなんじゃ?」
不安気にセリクが問うと、プラーターはコクッと頷いて見せる。
「でも単純に一括りになんかしてないわよ。アタシだって、好きな人間と嫌いな人間ぐらい分けてるわさー。
戦っている最中に、少しの反省もなく『たかが植物のボスが!』なんて言うような輩だったらフルボッコ確定だったけどね!」
「なるほど。セリクの交渉は正しかったのか…」
正面から戦うしかないと考えていたヘジルは何とも言えない顔をする。
「まあそーね。試練はただ力を量るだけじゃないわ。人格や頭の良さも見るものよ。そこんとこの判断は各神に任せられてるとこだけど」
「しかし、戦闘はほぼ強制だったじゃないか…」
問答無用で襲いかかられては、話し合う余地もなかったとヘジルは不満に感じた。
「まあ、それはね。ちょびっとお仕置きしたい気持ちもあったりしたのよ…。
アンタたちに恨みはないけど、やっぱ植物の大事さとか解ってないと人間の仲間だと思うとねぇ~」
「オウ。あれがちょびっとかよ…たまんねぇぜ」
「個人の感情じゃないか…。試練とは公正なものではないのか」
「はいはい! もういーでしょ。アタシもここにずっといて退屈だったし。そんなんで、ちょっと脅かしただけよ。試験だって本気でやらなきゃ面白くないでしょ? そーいうことよ!」
分が悪くなったと思ったのか、プラーターは捲し立てる。
「…それで、結果はどうなんだ? 貴神を喚び出す資格は僕にあるのか?」
「うん? 正直、どうかなーって思ってたんだけれど…」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、プラーターはセリクの顔を見やる。
「ほら、そんな顔しないでよー。また笑っちゃうでしょが。結果はね…………」
プラーターはここぞのばかりに溜めを作る。
「ズバリOKでしょ!」
緊迫していた四人が、脱力して肩を落とす。
「アタシをビビらせるほどの力は持っているみたいだしぃ。これは最低限の条件ね。
人格も……まあ、神に対する態度としては及第点だけど、あの土壇場で敬意を示したのはポイントが高かったわ」
花丸をあげるとばかりに、プラーターの手の平でポンポンと花が咲く。
「破滅なる紅、召還師に治癒師…と、ま、一人余分なのがいるみたいだけれど。申し分ない顔ぶれだわ。
ホントに最高三大神に認められた者たちだと思うしね」
「破滅なる紅、だと?」
「え…。もしかして、それって」
ヘジルとフェーナの視線が、セリクに向けられる。
「なーんだ、知らなかった?」
プラーターはセリク以外の顔を見やって肩をすくめる。
「そうね。この子は“破滅なる紅レイド”の力を受け継ぐ者でしょ。
なんかちょっと印象変わっちゃってるけど…。ま、そこは最高三大神に考えがあってのことだわよね」
「…話が見えないんだが。そうだ。そのレイド…とはいったい何者だ?」
「何者かと聞かれてもねぇ。アタシも詳しいことは知らないけれど…。
神界凍結前に、“対龍王における最強切り札”だって…それだけは聞いてるわさ」
「最強の切り札? それがレイド? それとセリクが何か関係してるっていうの?」
「レイドは神王がどっからか連れてきた人間よ。
んーと、時代の証人の仲間じゃないの?」
逆にプラーターに問われ、ヘジルは思案顔になる。
「まあ、その話は後にしましょ…。どうせ長くなるんだから。先に契約を済ませちゃいましょ」
「そうだな…。聞かねばならぬことは多すぎる」
「ほら、そこ立って」
プラーターに促され、ヘジルは祭壇の前に立つ。
「で、契約する前に一つ確認しておくわさ」
「なんだ?」
「アンタが“神々の召還師”となるにあたっては、今まで持っている聖獣との契約は白紙になりまーす。それはOK?」
「ユニコーンとペガサスが…使えなくなるのか?」
「仮にも神による特別な召還師となるための条件だわさ。
親分である『獣神』も契約相手に入るんだから…格下が同じ立場じゃまずいっしょ」
「…そういうものか。解った」
納得いくような説明ではなかったが、神々にも守らねばならゆ規則があるのだろうとヘジルは考えた。
「あと、もう一つ。神の力は、聖獣などとは比べものにならない…ってのは、戦ったアンタなら解ってるわよね?」
さっき猛毒に当てられたのだ。それを思い出して、ヘジルは苦い顔をしたまま頷く。
「三階層に分かれている上・中・下級神…六神柱は、ほんの一割程度の神気と、存在そのものが祭壇に残されているだけ。
神界セインラナスに残った本当の力を引き出すには、聖獣と同じようにアンタを通して発揮するしかない。
つまるところ、召喚神の力の度合いは、アンタの精神力に左右されることになるわさ」
「ああ。それも予想していた。要は僕を媒体にするということだろう」
「それだけじゃないわ。これから先が大事なことで…人間が持つ命が削られる割合も大きくなるのよ。それこそ、治癒師以上に消耗が激しいと思ってくれていいわ」
プラーターはチラッとフェーナの顔を見て言う。
「…オウ? 削られるって…何がだ?」
ブロウはよく解っていないらしく首を大きく傾げる。
「ああ。大丈夫だ」
ブロウへの説明を省かんとするかのように、ヘジルは了承して頷く。
「…ヘジル・トレディだっけ。本当にアタシの言っている意味わかってんの?」
「もちろんだ」
「んー、なんか軽いわね。もう一度確認するわ。アンタ、命を減らしてでも神の力を…地上に残る神々の力を扱う気はあるの? その覚悟がマジにあるわけ? 一度なったら、後から“やっぱ止めます”なんてできないわよ?」
あくまで冷静なヘジルを見て、プラーターは少し苛立った様子だった。
神の力を直接用いる…それが、どれだけの負担かセリクには解らなかった。だが、さきほどのプラーターの力を見る限り、それが治癒師以上の奇跡である以上はその代償は計り知れないだろう。
ヘジルは困惑するわけでも、狼狽するわけでもなく……ただ視線を下に移し、しばらく間をおいてから強く頷く。
「ヘジル…」
「ヘジル、本当にいいの?」
セリクとフェーナが心配そうに問うが、ヘジルはそれ以上は言うなとばかりに首を横に振る。
「…いいんだ。僕は覚悟していた。強い力には代償があってしかるべきだ」
眼鏡をかけなおし、一瞬だけフェーナの顔を見る。
ヘジルは何かを言いたそうにしたが、すぐに前に向き直ってしまった。
「人類の脅威…それに対抗するには、神々の力が不可欠だ。僕に迷いはない」
ハッキリとそう言い切るヘジルに、プラーターはコクリと頷く。
「そう。ならアタシから言うことはもうないわ。じゃ、ここから先は形式通りにやるわね。
……召還師よ。契約書を前に」
プラーターが、さっきまでの厳かな口調に戻る。
「ここに!」
「第四級神にして八番目の神柱。すべての草木花を統べる植神プラーター。我が植神の地上に残された力!! 貴公にすべて託そう! 受け取れ!!!」
植神の神気が一つに集約されていき、それが契約書へと吸い込まれていく!!!
そして、契約書がさらに光の粒子に還元され、ヘジルの紅玉石へと入っていく!!!
「うッ! 腕が…焼けるように熱いッ!!」
ヘジルの持つ紅玉石が明滅し、中でポコポコと金色の光が泡立つ!
そして、紅玉石の中に魔法陣のようなものが浮かびあがり、その一角が金色の点となって残った。
目の前にいた植神プラーター、神樹はスーッと中空にかき消える。
「……終わりか? これで、僕は召還神を手に入れたというのか?」
腕に輝く新しい水晶石を前に、ヘジルは小刻みに震えていた。
次の瞬間、水晶石の中の金色の点がチカッと光り、そこから半透明の植神プラーターが姿を現す。さっきの神樹はない状態だ。
「これで、契約は終了だわさ。アンタの中に植神の力が宿ったことになるわ。
それに伴い、紅玉石も…フガール家の告知師みたいに特別なものになったのよ。今度からは、『神宿石』と呼びなさい」
「神宿石……特別…か、そうか。僕の努力が実ったんだ。ついに」
外の光にかざすと、神宿石の中の金色の点が鮮やかに反射した。感慨深そうに、ヘジルはその光をしばし見続けたのであった……。
こうして無事に試験をくぐり抜け、ヘジルは最初の神を手にすることに成功した。
セリクたちは龍王や魔王に対抗する神の召還師という強力な力を得たのである…………。




