77話 意外な一面(フェーナ視点)
ピチョン、ピチョン。
遠くで、水が落ちるような音が響く。
「おい。起きろ」
誰かが私の肩を揺さぶった。
いや、まだ寝てたい気分だし。起こさないでほしい。
なんかここ温かいし。もうちょっとだけ横になりたい気分なの。
「ううー。もう少しだけー」
「おい。フェーナ」
名前を呼ばれ、私はわずかに目を開いた。
そこには、不機嫌そうな顔。眉の間にシワをよせ、口をへの字にさせたヘジルがいた。
なんで、いつもこんな顔をしているのか私には不思議でしょうがない。
「んーん? ここ、どこ?」
薄暗く、辺りはかなり暗い。周囲が土に囲われてていて、穴の中みたいな場所にいるのだと解った。
さっき水が落ちるような音がしていたのは、近くに水たまりがあったからだ。天井から雫が落ちているらしい。
私が横たわっていた場所は、茂みのようになっていた。これが布団みたいで柔らかく心地よかったんだ。
「菜園洞だ。セリクが上手く風洞を見つけたらしい」
「菜園洞?」
そうだ。私たちは菜園洞を探していたんだ。
その途中で、颯風団に襲われ、そして四龍のガルって人まで出てきて……。
「セリクは!? それと、お兄ちゃん!?」
「落ちている最中で、別の通路に入ったのを見た。ブロウは僕の後から来たようだが、セリクと同じ方向に進んだんだろう」
なんか落ちた感じがしたのは解ったけれど、私はその先のことはよく覚えていなかった。
あんな状況でも、ヘジルは冷静に自分たちがどうなるか見ていたんだと思うとちょっとスゴイと思う。
「バラバラになっちゃマズイんじゃない? セリクと同じ方向に行けなかったの?」
思わず私がそんなことを言うと、ヘジルはムッとした顔をする。って言っても、いつも不機嫌そうだからあんま変わらないんだけど…。
「フン。無茶を言うな。かなりの速度が出ていたし、それに…」
ヘジルはその先を言いかけて止める。
「それに…なに?」
「いや、別に大したことじゃない」
「なによ。言いかけたなら、最後まで言ってくれないと気分悪いじゃない」
「……途中で、君が岩に激突しそうになったんだ。それで方向転換する際に別々になってしまった」
あ。思い出した!
そうだ。私、滑っている時に、変に飛び出た横岩にぶつかりそうになったんだ。
それで、ヘジルがかばってくれて…。
「ヘジル! 怪我してるんじゃ!?」
かばう時、ヘジルがその岩にぶつかったはずだ!
ヘジルの身体を見ると、左肘の服が大きく裂けていた。なぜかヘジルはそこを私に見えないように隠してる。
「軽い傷だ」
「いいから、見せて!!」
嫌がるヘジルを捕まえて、左腕を引っ張る。すると、かなり痛かったのか「グッ!」だなんて言って…。
裂けた服をめくると、肘上が青黒く腫れていた。血は出ていないようだけれども、やっぱり強く打ち付けていたんだ。
「ごめんね。私のせいで…。すぐ、治すから」
「いい! 余計なことはするな! 治療の力を使うほどじゃない!」
「そんなわけにはいかないじゃない! これじゃ、動かせないでしょ!」
きっと肩は上がらないはずだ。ちょっと強く触っただけで、かなり痛そうだし…。
ヘジルはまだ何か言いかけていたけれど、私はそんなこと構わずに治癒の力を使う。
「……解っているのか?」
私が放った光の珠が、ヘジルの傷口に吸い込まれ、腕が元通りになっていく。
そんな様子を見ながら、なんだか怒ったよう感じにヘジルは言った。
「解っているって、なにが?」
「…同じ時代の証人でも、治癒の力は、僕の召還の力とは違う」
「そうね。私は召還はできないし、逆にヘジルは治癒の力はないわ」
「フォン老師が言っていた。治癒師の力は、大幅に生命力…命とやらを消耗すると」
それについては、マトリックスさんからも聞いている。
治癒師の力は、代償。自分の生命力を使い、イバン様の奇跡を引き起こすことができるもの。
レノバ村の神父様は、私がそれを行使することで短い時しか生きれないと説明していた。
それが後どれほどなのか…ハッキリとは解らないけれど、確実に私の命は蝕まれているんだろう。
以前に無茶をして、倒れたことからもそれは解っている。
「うん。知っている。だけど、それについては私は覚悟してついてきてるんだから」
目の前で人の命が失われるのを見るよりも、私は自分の命を削って人を救う方を選ぶ。それが私が選んだ道だから…。
「それでも…寿命が減るんだぞ?」
なんだろ。いつもは冷たいことばかり言うのに…。
ベンさんやミシールさんにスベアさん…自分たちの隊員にすら優しくできない最低な人だと思ってたのに。
「…ヘジル、私のこと心配してるの?」
「フン。そういうわけじゃない。無意味に命を減らす意味がないと言ってるんだ」
やっぱり、いつもの冷たい言葉。だけど、なんでか今の言葉は私にはそれほど冷たくは感じられなかった。
もしかして、ヘジル…。そんなことを言って、わざと人を遠ざけようとしてるんじゃないのかな? なんかそんな風にしか思えない。
「ここまでするのは、セリクのためか?」
ヘジルは傷のあった場所を見やってから、真剣な顔で聞いてくる。
なんでここでセリクの名前がでてくるのか不思議だったけれど…。
「そうだね。セリクのため…。だけれど、それだけじゃない。私は誰にも傷ついて欲しくないって思っているし」
ヘジルはフウッと小さく息を吐き出して髪をかき上げる。
そういう仕草をしている時は、ヘジルの眉の間のシワは消えるのを私は知っていた。
目鼻立ちは整っているし、最初に会ったときも思ったけど、帝都でもかなり上位。普通の顔をしているときは、かなりカッコイイと思うんだけどなー。もったいない。
「……そこが、僕には理解できないな。セリクが大事なら、セリクだけのためにその力を使うべきじゃないのか? スベアの命を救ったり、僕の傷を癒す意味が解らない」
うーん。なんか、ヘジルの言う事って極端な気がするんだよね。
私って、そんな単純な思考しかしてないように見られているのかな? だとしたら心外だわ。
「私、そんな心の狭い女じゃないしぃー」
「だが、帝都で…自分の首に短剣を当てた時は演技には見えなかった」
あー、アレか。うん、まあ、後で自分でもちょっと思いきったなぁと反省したけど。
「あそこまでしたのは、セリクのためだからだろう? 違うのか?」
セリクには、私が倒れたせいで、かなり心配をかけてしまったんだろう。
それは解るんだけれど、あまりにしつこく連れていかないとねばるんで、私は自分の首に短剣を抜いて当ててみせたんだ。
セリクが私をどうしても連れて行かないっていうなら、本気で自分の首を切るつもりでいたけど…。
きっと、ここまですれば、セリクは折れるだろう。それが解っていたから、やったってのも正直あるんだよね。
最悪、仮に首切っても治癒の力あるし。結構、私なりに計算してたんだけどね。
「前から不可解だった。そのセリクに対する執着はどこからくるんだ?」
「なにそれ? 執着なんてないもん。セリクが…私を必要としているんだよ」
なんだか、ヘジルの眼が怖い。
私の考えを読もうとしているんだろうか? だとしたら、そんなことは余計なことだよ…。
「セリクが必要としているから、それに君は応えているのか?」
「うん? そうなるの、かな?」
なんだろ。なんかヘジルは難しく考えすぎな気がする。
「…僕はそうやって誰かに拘る理由が解らない」
「理由? そんな大げさなことじゃ…」
「僕は自分を生きるので精一杯だ。誰かに認めてもらうには、自分自身が自分のために努力するしかないじゃないか。なんでそこまで他人を気にかけられる?」
いつものように私を非難しているのかと思ったけれど、それは違うんだと気づいた。なんか、本当に知りたがってるみたい。
ヘジルはいつもの不機嫌そうな顔だったけれど、なんだか私には泣いているように見えた。
「…天才じゃないから?」
いつものヘジルが口にする台詞、『僕は天才じゃない』って言葉。
もしかしてそれに関係しているのかと思って尋ねると、ヘジルはギョッとした顔をした。
私にはヘジルは頭がいいし、天才みたいに見えるけれど…それを言うと、本人が凄く怒るのはなんでだろうと気になってたんだ。
「フン。そうだ。僕は努力しなきゃいけないんだ。
召還神を手にしたとしても、僕はあの人にはまだまだ及ばない」
ヘジルはスッと立ち上がる。
誰に及ばないのか…とっても気になったけれど、たぶん聞いても今は教えてくれなさそう。
「……僕は、セリクみたいに周りから支えられて成長していくっていう人間は好かない」
一瞬、ヘジルらしくない台詞だと思った。
そんなこと、わざわざ私に言う必要はないはず。私にだってそれぐらい解る。
それに、さっきからなんでセリクのことばかり言っているんだろう? なんか、ヘンな感じ……。
失敗したと思ったのか、ヘジルは気まずそうに眼をそらす。
「もしかして、ヘジル。独りだから…寂しい、とか?」
「なんだと!?」
あれ? なんとなくで言ったつもりだったのに…もしかして図星?
人と接するのが苦手だから、冷たい言い方とかしてたのかな? 遠ざけてるんじゃなくて、距離感がつかめてなかったとか?
「なんか、さっきの言葉だって、誰も協力してくれないから自分だけで頑張ってるって…そんな感じに聞こえたし」
「僕はそんなつもりで言ったんじゃ!」
「ヘジル…。もしかして、意外と優しい人? 私が勘違いしてただけ?」
「何をさっきから意味不明なことを言ってるんだ!? ただ…その、あまりにセリクのことを…君が!」
なんだろう。やっぱヘン…。
いつものヘジルだったら、これでもかっていう嫌味で返してくるのに。
いまのヘジルは別人みたいに、言葉がスラスラとでてきてない。
「私から、ここではセリクのこと言ってないし。話し始めたのはヘジルの方でしょ?」
それは本当だ。セリクがどうのこうの言い出したのはヘジルだし。
聞いてると、セリクに嫉妬しているように感じる。
「それは…。その、いつも君はセリクがいないと騒ぎだすだろう? だから…」
やっぱり、いつものヘジルらしくない。
「もしかして、ヘジル。私と二人っきりだから緊張している?」
「な? そ、そんなことは…」
私はヘジルにグイッと近づく。
「なんだ!? あまり不用意に近づくな!」
あ。やっぱりだ。ヘジル、なんか赤い顔している…。たぶん。暗いからよく解らないけれど。間違いない!
いつもより不機嫌な顔してたのは、照れてたからか。なるほどねー。
「驚きだなー。いつも何事にも動じませんーって顔してたのに。女の子が苦手だなんて! ミシールさんとか、スベアさんと同じ隊だったのに」
女性隊員と一緒だったはずなのに、女性に免疫がないなんてどういうことだろうと私は思う。
「……ミシールは口で馬鹿なことを言っているだけだ。
スベアは隊員としての分別をわきまえている」
確かに、ミシールさんは過激な発言をすることがあったけれど、実際に何かしらのアプローチをしてはいなさそうだった。
スベアさんは出来るお姉さんっていう感じだし、私生活と仕事をきっちり分けていそうな感じがする。
やっぱり軍隊なだけあって、ヘジルが隊長だったから、上司と部下という線分けがキッチリしてたってことなのかな?
「…ってことは、あれ?」
「な、なんだ?」
「あー! ヘジルから見て、私は節操がない女の子だって言いたいの!?」
あの二人と見比べられたんだとしたら失礼すぎる!
二人は確かに魅力的だけど、私にだって私なりの魅力があるんだから!
「そうだな。少なくとも、僕の身の回りには…自分の胸元をさらす女性はいなかった」
私の胸の紅玉石、それを出し入れする方法を教えてもらう時のことを言ってるんだ。私がそれを見せたとき、ヘジルがやけに慌てていたのを覚えている。
ってか、実物を見せなきゃ話にならないじゃん。それに胸ったって、ホントに上の方だし。鎖骨らへんしか見せてないもん。
「いまだにそんなこと覚えているなんて…。ヘジルってムッツリなスケベ?」
「む、ムッツリ? ゴホッ! なんだ、それは?!」
「要警戒ね…」
はー、やっぱどんな冷静な顔していても男は男だわ。
何を考えているか解らないんだから…。うん。気を付けなきゃ!
「……とにかくだ、こんなことをやっている時じゃない」
あ…。シリアスな顔をしてなんか誤魔化した。
「今はすぐにセリクとブロウを捜し出し、植神の力を手に入れないと…。
四龍や颯風団が次に何をしてくるか解らない」
まあ。けど、ヘジルの言う通りではあるよね。早く、セリクとお兄ちゃんの無事を確認しなきゃいけないわ。
「ここは天然の風洞なんだろう。温度や湿度を一定に保つだけでなく、雨が降れば水を供給する水路にもなるみたいだな」
「あー、この水たまりとかも?」
「名残だろうな。ここで水量を調整しているのかも知れない」
「へー、うまく出来てるのね」
だからここは少し広くなってるのね。沢山の雨が降ったら貯めとくことができるように。
「少し登ると、後は緩やかな坂になっている…きっとさらに下っていけば、本道に入るはずだ」
ここに来るのは初めてなのに、そんなことが解るなんてやっぱりスゴい。素直に感心する。
天才…って言いたいけれど、言ったらまた怒られるから言ってやんない。
「セリクたちとお兄ちゃんはどこにいるのかな? 一緒かな?」
「風洞が二股になっていたということは、もしかしたら栽培地が幾つかの部屋に分かれているのかも知れない。
この先がさらに枝分かれしている可能性があることを考えれば、菜園洞にまで進めばいずれ合流できるだろう。
ブロウはともかく、セリクはそう考えると思う」
「ふーん」
「なんだ?」
私がまじまじとヘジルの顔を見ると、気まずそうな顔で眼鏡をかけ直す。
「セリクのことがキライだって言う割には信用しているんだね?」
「フン。それは僕の感情的な部分だ。それと能力の評価をごっちゃにはしない」
「そんなに簡単なことなの?」
私が尋ねると、ヘジルは嫌な顔した。あ。その顔、なんか見下してるみたいでキライだし。
「どういう意味だ?」
「そんな簡単に割り切ったりできないでしょー。スキなものはスキ、キライなものはキライ。フツーだったらそうじゃないの?」
ヘジルはちょっと考え込む。そしてしばらくしてから首を横に振った。
「…僕は好き嫌いで何かを判断したりはしない。フェーナは…」
「え?」
ヘジルが何かを言いかけた時、物凄い大声が洞窟の中を響き渡る!
「うおおおおおおッ!!!!!」
はい。もう説明しなくても、誰の声かよーく解ります。
「…馬鹿が。追っ手が来ているかもしれないのに、わざわざ叫んで位置を報せるなんて」
ヘジルは肩を落として、壁に手を当てる。
「たぶん、この反対側にもう一本の道があるんだろう。このまま進めば繋がる道もでてくるだろう」
「えっと、さっき追っ手って言っていたけれど…もしかして、ガルや颯風団?」
もし、この状態で襲われたらたまらない…そう心配して尋ねるけど、ヘジルに焦った様子はなかった。
「襲って来るとすれば、すでに入ってきているさ。こんなに悠長にしていられるはずがない。
考えるにガルが止めたか、または別の狙いがあるか…どっちにしても、僕たちには都合が良い。
だが、ブロウがそれを理解しているとは思えないからな。あいつの行動は軍人として軽率すぎる」
確かに。お兄ちゃんのことだから、敵が追ってきているかもしれないなんて頭にないだろうし…。仮にあっても、戦えばいいとか考えちゃうんだから。
「とりあえず、ブロウを追うぞ。セリクも一緒だろうしな」
ヘジルが走り出すのに、私も続く。
「…ねえ」
「なんだ?」
「さっき何を言いかけたの?」
「…何をだ?」
ムム? なんか、とぼけている感じ。
「ほら、お兄ちゃんの雄叫びが聞こえるちょっと前!」
「……ああ。大したことじゃない」
「またそれ! 私、言いかけたことは最後までちゃんと聞かないと気が済まないの!」
私が大声を出すと、ヘジルは諦めたのか首を少しだけ横に振った。
「…好き嫌いで判断するというなら、フェーナはセリクの何が好きなのか聞きたかっただけだ」
小さい声だったんで聞き辛かったけれど…。
えっと、どういうことだろう? なんで、またセリク?
「そんなのわかんないよ! スキだから、スキなんでしょ! スキに理由なんているの!?」
これは本音だ。セリクの何が好きなのか聞かれても…正直、困る。
セリクにとって私は必要な存在だし、私にとってもセリクは必要な存在…そういう関係のはず。
だから、私は、セリクが好きだし、側にいなきゃいけない。だから、恋人になったんだしね。
「好きだから…好きか。フン。全然、論理的じゃない」
なんか独り言みたいにヘジルはそう言う。
「そうなんでもかんでも理屈ですまされないの! そうやって理屈でばかり考えちゃうからヘジルはいけないんだよ!」
ヘジルはちょっと驚いたみたいだった。
「そうだな……。君を見ているとそれは理解できる。不可解だが、その不可解さに僕は助けられているのかもな」
あれ? なんか、今のヘジルの横顔…もしかして、笑ってたのかな?
セリクが笑うのも珍しいけど、ヘジルが笑っているのもなかなか見ない。人に嫌味を言っている時は笑ってるときあるけど、あの小馬鹿にした顔はキライ。
「ヘジルの言っている意味、難しすぎて私にはわかんないよ」
「フン。僕もフェーナの言っている意味が解らないから仕方ないな」
ムカツク…けど、なんかこういう会話イヤじゃないかも…。なんでだろう?
「少なくとも、僕は君が嫌いではなさそうだ」
「え?」
ヘジルの声があまりにも小さくて、私は聞き逃す。
でも、その言葉を聞き返す間はなく、私の視界は開けて……菜園洞の本道の中に入ったのだった。
私にとってヘジルは頭が良すぎて、なんだか冷たい人なんだと思っていたんだけれど…。本当は全然そういうんじゃないかも知れない。
ヘジルの違う一面を見れて、二人だけで会話できたのは良かったのかな……そんな風に思ったのだった。




