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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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76話 悲しい顔と怖い顔(セリク視点)

 その頃は、怖いという印象しかなかった。

 ただひたすら怖く、逃げるしか俺にはできなかったんだ……。

 

 心臓の鼓動が早くなっている…。

 俺は小屋の陰で、荒い呼吸の音を隠そうと、両手で口元を抑えていた。


 見つかったら殴られるのは間違いない。

 なんでこんな目に遭わなきゃいけないのかと、泣きたくなるのを必死で堪える。


「オウ! “泣き虫セリク”、どこ行った!?」


 その声を聞いただけで、全身が強張るのを感じる。

 陰からこっそり盗み見ると、木の棒を振り回した茶髪の少年と、その手下たちが俺を捜している姿があった。


「こっちにはいねぇぜ。山の方かな?」


「川の方かも知れない。あっちにいたことあったし」


 手下たちは、一番大柄な茶髪の少年に次々にそういった報告をする。


 ここに隠れていれば見つからないはずだ。

 息をこらして、物音を立てずにジッとしていれば…。

 そのうちに、山か川の方にさえ行ってくれれば、その隙に俺はこっそり家に戻れる。


 もう少年たちの方は見れない。視線で気づかれるかもしれないから…。

 声がしなくなったことから、リーダーは悩んでいるのだろう。山に行くのか、それとも川に向かうのか。


「……いや、たぶん、この辺だ。俺様には解るぜ」


 ようやく聞こえてきた言葉に、わずかな望みも断たれた気分になる。

 この辺だと断定した以上、くまなく捜すのは解りきっている。見つかるのは時間の問題だった。


 なんとか、なんとか今この場所から逃げないと。

 誰にも気づかれないように上手く…。


 気配を感じてハッと振り返ると、そこにあの怖い顔が浮かんでいた…。


「やっぱな。いると思ったぜ。見つけたぜ、セリク!」




---




「うわあッ!」


「うおっ?!」


 飛び起きると、目の前で大きな声が聞こえたのでビックリして息が止まる。

 ぼやけていた焦点を合わせると、ブロウが俺の顔をのぞきこんでいたところみたいだった。


「驚かすなよ! いきなり起きあがりやがって。心臓に悪いぜ!」


 ブロウの方も驚いたようで、大きく仰け反っていた。


「ここは……確か、ガルと戦っていて…」


 薄暗い土壁の中から察するに、どうやら俺たちは洞窟の中にいるようだった。

 視界はあまり良くないが、俺たちが落ちてきた穴から光が漏れていおかげで全く見えないというほどではない。


 ガルとの戦いの最中、レイドが指さした方向に向かって走り、その結果でここに落ちたというわけだろう。

 頭上の穴は見えはするが、斜めになった壁をよじ登るにはちょっと無理がありそうだった。かなりの急勾配だったからだ。


「あれ? フェーナとヘジルは?」


 側に二人の姿はなく、ブロウしかいないので疑問に思って尋ねる。


「どうにもはぐれちまったようだな」


 そう言って、ブロウは頭上を指さした。


「滑り落ちる途中で分かれ道になっていやがった」


「二人はこの壁の向こう側に?」


 ブロウはそうだと頷く。


「呼びかけてみた?」


「オウ。だが、返事はねぇな。よっぽど遠くにいるのか、壁が分厚いせいなのか。試しに、一発。ブチ破れるか試すか?」


 拳をポンと叩いてみせるブロウに、俺は慌て首を横に振る。


「ダメだよ。衝撃で、全部が崩れ落ちちゃうかもしれない……そしたら、俺たちは生き埋めだ」


 そんなこと考える前に解るだろうに…と思うけど、俺がそう言ったのに頷いていたぐらいだから、きっと解っていなかったんだろう。


 戦闘能力のないフェーナのことは心配だけれど、ヘジルが側にいるならきっと大丈夫だろうと思う。

 フェーナとヘジルが別々になってしまっている可能性もあったけれど、俺とブロウが一緒になったくらいなんだから……きっと二人一緒の場所に落ちたはずだ。

 俺は無理にでもそう思いこむことにした。心配したとしても、いまの俺に何かできるわけじゃない。


 むしろ問題とするならば、俺の方だ。

 よりによって、苦手なブロウと二人っきりになったので気まずかった。

 戦闘じゃブロウが頼りになるのは解っていたけれど、どうにも昔にイジメられたせいで苦手だ。

 そういえば、さっき少し気を失っている間だろうか……小さい頃、ブロウに追いかけ回された記憶を思い出してた。


「たぶん、ここは菜園洞に続いているんだと思う。フェーナもヘジルもきっと先に進むだろうから、俺たちも先に向かおうよ。早く合流しないと…」


「オウ。そうだな」


「じゃ、出発しよ…イタッ!」


 立ち上がろうとして、急に右足に激痛が走る。


「どうした? どっか痛めたのか?」


「う、うん…。足がちょっと」


 ブーツを脱ぐと、足首が赤くひどく腫れていた。ブロウが覗き見て、痛々しいとばかりに顔を歪める。


「変な風に落ちて、打ったか捻っちまったんだな。それで歩けるのかよ?」


「うん…。大丈夫だよ」


 今度はゆっくりと立ち上がろうととしたけれど、それでもズキッとした鈍い痛みが走る。

 しゃがみたかったけれど、ブロウが見ている。俺は無理して身を起こした。でも、痛みは少しも引かない。むしろひどくなっている。


「やせ我慢してねぇ?」


「してない!」


 思わず声を張り上げてしまったので、ブロウは少し驚いた様だった。


「そんなムキになんなって」


「別に…ムキになんて…なってない」


 大声を出すつもりはなかった。けれど、ブロウに弱いところをどうしても見せたくなかったんだ。

 横になって動かさないでいれば大した痛みじゃないが、普通に歩くのは厳しそうだ。立っているだけでもキツい。剣を支えにして、少しずつ進むしかないだろう。


 この場にフェーナがいれば、あっという間に治療してもらえただろう。

 こんなことでフェーナの寿命を減らすような力は使わしたくないが、まるっきり歩けない状態で敵に襲われる方のが最悪なはずだ。

 でも、こんな時にだけフェーナに頼ろうだなんて調子がいい話だ。俺は自分を情けなく感じる。


「オウ。おぶされよ」


 何を思ったのか、ブロウは俺に背を向けてそんなことを言い出した。


「いいよ。なんとか自分で歩くから…」


 誰も見てないとはいえ、ブロウの背中におぶさるなんてしたくはなかった。

 ブロウが苦手だからっていうのもあるけれど、役立たない荷物のような扱いになるのもイヤだった。


「なんだ。いいから、強がってねぇでよ」


「強がってなんかいないッ!!」


 ブロウの言葉が苛立たしく感じられてしまい、俺はつい怒鳴ってしまっていた。

 フェーナもお節介なところがあるけれど、ブロウはそれ以上だ。俺としてはあまり構ってほしくないのに、なんでしつこくそんなことを言うのだろう。

 ブロウはため息をつきつつ、自分の頬をかく。


「なんだよ。さっきからカリカリしやがって。

 あー、オメェ、もしかして昔に殴ったことまだ根にもってんのか?」


 心の中を読み透かされたような気がしてドキッとする。

 ちょうど、今まさにブロウに殴られた嫌な思い出を浮かべていたからだ。 


「……別に」


 なんだか気まずくて、俺はそんな風に嘘をついた。


「だーったら、なんでそういう態度なんだよ?」

 

 ブロウは俺の正面にドカッと座る。俺はつい眼を背けてしまう。

 なんだろう。こういうところも苦手だ。どうしてそんなにしつこいんだろうか…。


「ちょうど良い機会だ。じっくりそいつを聞かせてくれや」


 理由を聞くまでは動かないという感じのブロウだ。自分が納得するまで意見を曲げないのは、本当に兄妹でそっくりだ。

 俺は根負けして、大きく息を吐いてから口を開いた。


「……久しぶりに会って、仲間だって言われてもすぐには信用できない」

 

 できるかぎり冷たい口調で俺は言う。

 怒るなら怒るでいい。呆れて放っておいてくれるならそれに越したことはないんだから。


「ブロウこそ、何を考えているんだよ。俺のことがキライなんだろ? なんで、そうやって俺に構うんだよ」


 紅い眼だから、俺は皆に嫌がられる。気味が悪いと言って、からかうか無視するかだ。村ではいつもそうだった。

 そう。キライだから、わざわざブロウは俺のことを追いかけ回したんだ。

 それを今になって、優しくする意味が解らなかった。


「あん? オメェのこと嫌ったことなんて一度もねぇけどな」


 まるであの時のことなんて忘れてしまったという感じのブロウに、俺は思わずカッと頭に血が昇る。


「じゃあ、なんで俺を追いかけ回したんだよ!?」


「追いかけ回すも何にも、オメェが勝手に逃げ回ってたんだろ」


「なんだって?」


 ブロウの言い分に、俺は眼を丸くした。

 俺が勝手に逃げていた? どういうこと?


「まあ、オメェがどう思ってたか知らねぇけどな…。

 確かに、俺様もあの時はガキだったからな。そりゃ、ちぃと乱暴だったかもしんねぇよ。けどよ、イジメてやろうとか、そう思って追いかけてたわけじゃねぇよ」


「…そんな、勝手な!」


 殴られたのは事実だ。今さら、イジメるつもりはなかったなんて言われても信じられるわけがない。

 いや、むしろイジメていた自覚がないとしたらそっちの方がひどい。余計に残酷な話じゃないか。


「オウ。俺様が近づくと、オメェはすぐ逃げんだろ?」


「え? そりゃ近づかれたら殴るから…」


「いや、殴る前に逃げてたんだよ」


 どうにも話が噛み合わない。


「だから、つい頭に来て……追いかけて、捕まえた後にゴツンってな。つい、手がでちまったんだよ」

 

 そう言って自分の頭をゴツンと殴るブロウ。まるで、あの時のことを後悔しているようにも見えた。


「それが本当だとして…じゃあ、なんで俺に近づいて来たの?」


「そりゃ…」


 ブロウは顔を少し赤くして言い淀む。


「…フェーナが仲良くしてたからな。その、俺様も…」


 なんとなく、その先の言葉が解って俺は頭を抑えた。


「…じゃあ、俺が逃げなきゃ…殴らなかった?」


 俺の問いに、ブロウはコクリと頷く。

 俺が逃げたから……ブロウはそれに頭にきて殴ってきた。そんな風に考えたことなんて一度もなかった。


「でも、俺は…ブロウがいつも来るとき、怖かった。怖くてたまらなかったんだ」


 その時のブロウの気持ちを知ったからって、恐怖心が消えるわけじゃない。

 もう随分と昔のことのはずなのに、俺は口を震わせてそう言った。


「そうか…。なら、それについては謝る」


「え?」


「ガキの俺様がバカだった。だから、ホントにすまなかった!」


 深々と頭を下げるブロウ。

 俺は何か文句のようなことを言ってやりたかったけれど……結局は言葉になってはでてこなかった。


「急に謝られても…」


「ああ、すぐに赦してくれとは言わねぇ! ただ俺様に謝る気持ちがあるってのだけ解ってくれればいい!」


 そんなの勝手じゃないか…。でも、そういえばブロウはずっとそういうヤツなんだ。そんな風に思うと、複雑な気持ちではあるけど、憎いとかまでは思えなかった。


「俺様はセリクと仲良くしたいと思ってたぜ。今だって、仲間だって思ってる。これはマジな話だ」


 それを聞いていて、レマさんの攻撃から、ブロウが俺を庇ってくれた場面を思い出した。

 あの時、俺を助けたのは仲間だから当然だってブロウは言っていた。そういえば、それ以前からもずっとブロウは俺たちの事を仲間だと言ってた。

 そうだ。行動からしても、言っていることに嘘はないんだと頭では理解できている。

 でも、どうしても、気持ちの整理がどうしてもつかなかった……。

 殴られた恐怖は忘れられるはずもない。ここで素直に「うん」と言えるはずがないよ。


「まあ、すぐに俺様のことを信用できるわけじゃねぇだろうが…」


 ブロウはパンッと膝を叩いて、再び背中を向ける。


「オウ! それでも俺様は仲間は守る。一番、俺様が身体がでっけぇんだからな」


 なんか解るような解らないようないつものブロウの言い回しだ。


「信じなくても構わねぇ。攻撃が来たら、俺様の後ろに隠れりゃいい。俺様を盾代わりに使えばいいさ。な、セリク」


 ハッキリと言い切るブロウに、俺の方がなんだか間違っているような、後ろめたいような気持ちになる。


「まだなんか言い足りねぇことはあっか?」


「…え? ううん、ないよ」


 なんか一方的にブロウが話していただけのような気もするけど…。


「そうか!」


 ブロウは中腰になると、また俺の方に背中を向けた。


「さあ、いいからおぶされよ。このままここにいたってしょうがねぇだろ」


「でも…」


「あー、じれってぇな! 俺様がいいってんだから、そうしろ!」


 ブロウは後ろ手に、俺を無理矢理に引っ張って背負う。


「おー、やっぱ軽いな。帝国で行軍練習した時に背負わされた荷物の方がよっぽど重いぜ」


 おぶったままヒョイッと軽々と立ち上がられ、俺は男としてなんだかちょっと情けない気になる。

 シャインさんにウェイトが無いって言われてから、ちょっとは食べる量を増やしているのに体重が増えた感じがなかった。


 なんだか気まずくて、降りたかったけれど、何を言ってもブロウは降ろしてはくれないことだろう…。


「よし! 行くか! どっちだ!?」


 行く道は左右に分かれていた。どっちも同じように見える道だ。


「……落ちた位置に寄るんだろうけれど、方角で言えば奥に進むなら左だと思う。右は下手をしたら入口に戻っちゃうかも」


 自分の考えを言うと、ブロウは大きく頭を縦に揺らす。

 間違った判断かも知れないのに、まったく疑う素振りもなかった。


「オウ! セリク、頭いいな! オメェの言うとおり走るぜ!!」


 そう言うが早いか、ブロウは物凄い勢いで走り出す。

 俺は振り落とされないよう、ブロウの肩にしがみついた。


「…そういや一つ聞きてぇことがあったんだんだが」


 走っている最中、ブロウはそんな風に話しかけてくる。

 かなりの速度がでているのに、全力疾走じゃないんだろうか?

 話す余裕があるってことは、ブロウにとってはさほどスピードを出しているわけじゃないのかも知れなかった。


「なに?」


「オウ。妹のことだ。セリクは、フェーナの恋人になったのか?」


「ええ?」


 変な質問に、俺は眉を寄せた。

 いま聞くようなことのようにも思えなかったからだ。


「俺は…別に、そんなつもりはないよ」


 フェーナが勝手にそう言っているだけだ。本人に聞かれたら怒られるだろうけれど…。

 色々と世話にはなっているし、大事な存在であることに代わりはない。でも、だからといって恋愛感情ってものがあるかどうか俺自身はよく解らなかった。

 今までろくに友達すらいなかったんだ。だから、“恋人”と言われても、それがどういう存在なのか知っているはずもない。


 フェーナからすれば、俺は“特別な存在”なんだろう。だから、俺自身にもフェーナを“特別な存在”として扱って欲しい…そう思っているのは解っている。

 でも、俺はどうしてもフェーナの“可哀想な子”として見てくるような視線が、時々とても苛立たしく感じる時があった。


 とても大事な存在。俺にとって、どちらかといえば、フェーナは肉親に近いんだろうと思う。

 もちろん、小さい頃に父さんも母さんも失った俺には、肉親っていう感情がどいうものか定かじゃなかったけれども…。


「そっか。いや、俺様もそうじゃねぇかって思ってたんだ」


「え?」


 ブロウが妙なことを言う。


「オウ。俺様は、フェーナのお兄ちゃんだかんな。アイツの気持ちはよーく解ってるつもりだ」


 それが本当なら、あんなにもフェーナに怒られたりしないと思うけれど…。


「本当の部分は知らねぇが、フェーナはセリクを頼りにしてるんだと思うぜ」


「フェーナが俺を?」


 意外なことを言われ、俺は戸惑う。

 いままでフェーナを頼りにしていたのは俺の方だ。

 村で独りぼっちだった俺を助けてくれたのも、今、治癒の力で支えてくれているのも…俺はフェーナに頼りっぱなしのはずだ。

 現に今の足の痛みだって、フェーナがいれば治してくれたって考えていたぐらいなんだから…。


「オメェがいるから、フェーナは強がってんだろ。俺様はそう思うぜ。しっかり者だが、やっぱアイツも女の子だしな」


 そういえば、村にいるとき、フェーナはブロウがいなくなって俺と同じ一人ぼっちだったんだ。だとしたら、俺と同じように寂しさを感じていたんだろうか?


 いまブロウに背負ってもらっていて、俺はあることを思い出していた。

 久しぶりにブロウに会ったとき、ストス村でフェーナはおんぶしてくれと言っていたんだ。

 あんな風に甘えるのは、いつものフェーナらしくないとその時の俺は思ってた。

 けど、もしかしたら、あれが本当のフェーナの姿なのかも知れない……。


「ガッハハ! ま、妹のことはあんま気にすんな! セリクがそうじゃねぇってんだからそっちのが正しいと思うぜ」


「でもフェーナは俺と違う風に考えてるよ」


 フェーナの押しの強さには時々うんざりする。もちろん、ハッキリと断れない俺が悪いんだろうけど…。


「そうだとしても、俺様より強い男にしか妹はやらねぇつもりだしな! フェーナが何を言おうがこれだけは譲れねぇよ!」


 ブロウが言っているのは、本気なのか冗談なのかいまいち解らないけれど…。それでも、フェーナのことを大事に思っているのは伝わってくる。

 それにしても、ブロウより強い男って、そんなのなかなか見つからないんじゃないだろうか。


「なら、俺じゃ不合格だね」


「オウ? そうだな、いい線はいってると思うが、まだまだ俺様を越えるには修行がたんねぇぜ!」


「フフッ」


「お? なんだ? いま笑ったな?」


 思わず笑ってしまったのを、ブロウに指摘されて気づく。


「そうやって笑うこともあんだな。オメェは、いつも悲しそうな顔してたからなー。なんで笑わねぇのかっていつも思ってたぜ」


 自分では気づかなかったけれど、俺はいつもそんな顔をしてたんだろうか? 

 そういえば、前にフェーナにも似たような事を言われたことがあった。俺の笑うところが珍しいって…。


「もし、俺が…」


「オウ?」


「…あの時、逃げずにブロウと話してたら……友達になれてた?」


 そんなことあるわけないって思いながら尋ねる。

 

「オウ。もちろんだぜ」


 そう素っ気なく答えたけれど、俺はブロウの耳が少し赤くなっていることに気づいた。


 そうか。ブロウは俺がなんで悲しい顔をしているか解らないって言ったけれど、俺自身も“ブロウがなんで怖い顔をしている”のか解らなかったんだ…。


 ギャンの時に俺は知った。口では乱暴なことを言っていても、本当は俺のことを本当の友達だと思って、心配してくれるからこそ、たまにはキツイ言い方になってしまうこともあるんだってこと。

 もしかしたら、俺とどう接していいか解らないから、ブロウはあんな風に俺を追いかけ回すしかできなかったのかも知れない…。

 仲良くなりたいけれど、どう仲良くなっていいから解らない…口べたなブロウがそう思っていたかも知れないと、俺は今になって気づいた。

 ただ照れ隠しで、怖い顔をしていたのかも…と。


 仲間だから信じる、仲間だから守る…そう言えるようになったブロウは、村を出てから大きく成長したんだろう。

 俺は……俺はどうだろうか? あの頃に比べて、全然変わってないんじゃないだろうか。怖がって、悲しい顔してるだけで…。俺は、なんにも変わっていないままここまで来てしまったのかも知れない。


「……今からでも遅くない?」


「オウ? ああ、もっとスピードはだせるぜ! うらぁッ!」


 何かを勘違いしたらしく、ブロウはさっきよりも早い速度で走り出す。

 

 もし、あの頃に、俺がブロウに話しかけていたら……今とは違った結果になっていたんだろうか?



『やっぱな。いると思ったぜ。見つけたぜ、セリク!』


『うん。見つかっちゃったね』


『オウ? 今日は泣き顔じゃねぇな』


『そうだね。俺を捜してどうするつもりだったの?』


『え? おー、あー、そうだな。あれだ。あの、オメェ…魚釣りとかしたことあっか?』


『ううん。ないよ』


『お、オウ! なら、俺様たちと一緒にどうだ!? 竿も網も貸してやるからよ!』


『うん。いいよ』



 もしかしたら、こういうことになっていたのかも知れない……俺は、そんな風に思い描いた。

 

 そんなことを考えていると、不思議とブロウの背中におぶさるのも嫌な感じじゃなくなっていた。


「ねえ。ブロウ……」


「オウ? なんだ? あんま喋っていると、舌噛むぜ! ガッ!? ッテエエエ!! ひたかんだぁぜッ!!!!」


「次にガルと戦うときは……俺も守られているだけじゃない。俺もブロウの背中を守るよ」


「あう! あにひってんだ! おれひゃまがまもるっていうひてるたろ!」


「フフッ。なに言ってるかわかんないよ」


 ちょっとだけかもだけれど、ブロウのことが解ったのかも知れない。

 次に一緒に戦うときは、もっと上手くやれるかも知れないな…と、俺はそう想いつつ、力を抜いてブロウの背に身を預けたのだった。

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