73話 巨人の影
山脈沿いを歩き続けること、五日間ほど。
ブロウが近くにいる魔物にちょっかいを出す以外は、ほぼ敵と遭遇することもなく順調に進んだ。
食料に関しては、携行食がなくなると、サバイバル訓練を経験しているヘジルとブロウが先頭に立って調達してくるようになった。
旅慣れないセリクとフェーナは、二人から火の起こし方からテントの設置方法まで、事細かに教えてもらえた。
川の位置は常に把握して動いていたので、飲み水や身体を洗う水を確保するにも困らない。
フェーナも二、三日ほど風呂に入れない程度では文句を言わなかった。その点は覚悟してついて来ているのである。
「……ここで間違いないな」
地図と地形を見比べ確認し、ヘジルは頷く。
目の前には、ツタに覆われた大きな洞窟の入口があった。
木の柱で周囲を固定してはいるが、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。側の立て札は苔に覆われているが、『菜園洞』とうっすら辛うじて読める。
「ここが植神の祭壇があると思わしき場所…」
レマの話だと、昔はここでストス村の人々が貴重な薬草などを栽培していた。
このように人目に隠すようなところにあるのは、他の誰にも知られぬようにする為との事だった。貴重な薬草を盗まれたら大変だ…と、当時の村長がそう考えたのかも知れない。
ここが利用されなくなったのは、これだけ離れた不便な地だからか、またはメルシー畜産で他に収入が得られるようになったせいなのか。あるいはその両方の理由だったのか…。そこは定かではなかったが、いずれにせよ、次第に来る人はいなくなってしまい、徐々に寂れていったのだという。
最後にここを訪れたのは、薬師であったレマの祖父だったが、洞窟内に魔物が現れるようになり、晩年は洞窟付近で採取するだけだったそうだ。
入口にも薬となる珍しい薬草があるようで、ウラーゼルがセリクたちを無力化せんと使った狂乱仙の元となる草もこの辺りに群生しているのだ。
逆に狂乱仙が大量に作れるからこそ、ストス村はメルシーを家畜化するのに成功したとも言えるだろう。
レマが菜園洞の中に入ったのは、それよりも少し前、魔物たちがまだ巣くう前のことだったという。
そのたった一度だけのことだったので、中がどうなっているのかなんて覚えているはずもなかった。祭壇らしきものを見たというのもその時である。
「薬草栽培の話も、植神が関わっているならば、こんな僻地で行っていた理由も頷ける」
ヘジルは、貴重な薬草を作るのに植神プラーターの力が働いているのではと考えていた。
もちろん盗まれないように秘匿していたのもあるのだろうが、それ以上に神が宿る祭壇の周りだからこそ、薬草の生長を助ける御利益のようなものがあるのかも知れないと考えていたのではないだろうか。それも迷信深い昔の人々ならば尚更だろう。
むしろ、植神がここに居ることを悟られないようにするためにこそ、隠し続けていた可能性の方が高いとも思える。
「まあ、中に入れば解ることだよ」
思案しているヘジルに、セリクがそう声をかける。
ここで考えていても答えはでてこないのだから進んでみるしかないのだ。
四人は装備を見直して、いざ菜園洞の中に入ろうと進み出す。
その時であった。ヒュンと風斬り音が聞こえたかと思いきや、入口の木枠に何かが突き刺さる。
「オウ!? なんだこりゃ? 危ねぇな!」
「これって…。あれ? どこかで見たような…」
「ロダムさんを襲ったアサシンが持っていた武器だよ!」
帝都で戦った暗殺集団。それらが腰に帯びていた投擲武器だとセリクは思い出す。
「フン。颯風団が扱うクナイというヤツだな…。
残党が、僕たちの跡をつけてきたのか? まさか、こんなところで襲ってくるとはな」
セリクが剣を抜き、ブロウが拳を握りしめる。ヘジルがボウガンを構え、フェーナはいつでも聖盾を発動できるよう両手を広げた。
「ハッ! 残党だと…。まるでウチらの組織が潰れたみたいな言いぐさじゃないか。この首領エンロパはこうやってピンピンしてるってのにね!」
「まったくでゲショ! あの時の恨み、ここで晴らさせてもらうでヤンス!」
「…フゥム。我らの尾行にまったく気づかぬとは、やはり子供ですな」
木の上から、三人が地上に降り立つ。
ラウカンを見て、セリクとフェーナは「ああッ!」と声をあげた。苦戦させられた嫌な記憶が思い起こされる。
「首領だと? まさか、颯風団最高幹部か!? なんでこんなところに?」
ヘジルは、聞いていた颯風団の首領と幹部の特徴と一致することを素早く確認した。
「ウチのラウカンが、そこの黒髪の坊やと、茶髪のお嬢ちゃんに世話になったみたいでね。その礼をしに来たってわけさ」
「オウ。礼か? なんだ、義理堅いヤツだなー」
「ホント、おバカ! 普通にそんなわけないでしょ! 私たちをボッコボコにするって意味よ!!」
ブロウとフェーナのやり取りを見て、エンロパは肩を落とす。が、すぐに頭を振ってニヤリと不敵に笑ってみせた。
「さて、ここだったら誰にも見られないだろ。死体だってそこらへんに捨てても帝国にバレることはない。いい場所に来てくれたもんだよ」
「フン。その為に、首領自らが僕らを尾行したのか? ご苦労なことだ。颯風団もよほど暇なんだな」
ヘジルの挑発に、エンロパの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「殺す! その澄ました面の皮を剥いで、命乞いをさせながら刻み殺してやるよ!!」
エンロパの指示で、ドルドグとラウカンが動き出す。
ドルドグは黒い装束の内側から、二本の短刀を取り出し、木を蹴って飛びはねながら接近する!
ラウカンは鉄球の“傲楼核”を大きく回転させ、勢いよく撃ち出す!
「セリクはその老人を!
ブロウ、そっちのデカブツを食い止めろ!」
盾を出そうとしたフェーナを制し、ヘジルがセリクとブロウにそれぞれ短く指示を出す。
「やぁッ!」
「ヘィヤッ!」
逆手持ちに持った短刀で、左右から斬り掛かってくるドルドグ!
前の戦ったことのあるアサシンとは段違いで、本当に老人かと疑いたくなるほどのスピードで攻撃を繰り出してくる。
セリクは攻撃が来るタイミングを見極め、できるだけ最小限の動きで攻撃を受け止めて反撃を試みる。
「ウオラァッ!」
「フホホホッ!」
木々の間をすり抜けて迫る鉄球を、ブロウは闘気を込めた拳で跳ね返す!
ラウカンは跳ね飛ばされると態勢を崩したが、そのまま反動を利用してクルリと回り、反対方向から“傲楼核”を繰り出す!
上半身を奇妙にくねらせながら、ドルドクはぶれるような斬撃を放つ! それは攻撃パターンを読ませまいとしてるのだった。
事実、セリクは呼吸を乱され、踏み込むタイミングを計りかねていた。
「隙がないッ! これじゃ技が出せないッ!」
「いかにも! 戦技や闘技を出される前に速攻で潰す! これこそ、我らの基本戦法ッ!!」
ドルドクは回し蹴りを繰り出し、セリクが体勢を崩したところで口から針状のものをプッと飛ばす。セリクは首を曲げてそれを辛うじて避けた。
「卑怯だぞ! オラァッ! 近づいて来やがれ! 拳で勝負だッ!」
「相手の不得意なところを攻めるのは常識でやんショ! オタクは見たところ接近戦タイプでゲス! ならば近づいて戦うなんて愚の骨頂でヤンス!」
ブロウは跳ね返すタイミングで素早く近寄ろうと走るのだが、ラウカンの鉄球操作は巧みで、一定の距離を保ちつつ、嫌な方向から攻撃を仕掛けてくるのだ。
何も考えずに力と反射神経だけでブロウは跳ね返してくるので、ラウカンにとってはやりやすい相手だったといえよう。翻弄しつつ、自分の間合いで一方的に攻撃を繰り返せるのだから…。
「ヘィヤッ!」
「うおッ!?」
「そっちでヤンス!」
「えッ!?」
いきなりドルドグとラウカンが交差するように入れ替わる。
そして、ドルドグがブロウに、ラウカンがセリクに、その攻撃対象を変えたのだ。
大きくテンポを狂わされ、セリクもブロウも慌てて対処に入ったが、相手の攻撃のペースは決して乱れることはない。
「うえッ! このままじゃ二人ともやられちゃうよ!」
「チッ。連携じゃ向こうが上か…」
セリクもブロウも協力し合って戦うというよりは、各々が別々に戦っているという感じであった。出会って日も浅いし、息を合わせて共に戦えという方が無理なのだ。
「僕もサポートを……」
ボウガンを放とうとしたところを、エンロパのクナイが飛んできて邪魔をする。
「そこでジッとしてな。アイツらを倒した後は、アンタらなんだからさ」
「うーっ! 私も、私も戦えれば…」
ヘジルが身動きがとれないのは、フェーナをかばっているせいもあった。
仮にヘジルだけならば、なんとか聖獣を呼び寄せて攻撃に転じることもできただろう。
それが解っているフェーナは悔しそうな顔をする。
「なんとか状況を変えなければ…」
エンロパを牽制しつつ、ヘジルはフェーナと共に後退る。
再び、ドルドグとラウカンが入れ替わる!
“傲楼核”に攻め立てられてセリクは苦しげに息を切らせながら逃げ、ドルドグの二刀流捌きにブロウは防御に集中している最中だった。
千変万化する戦いに、二人は少しずつであったが劣勢に追い込まれていく。
「ん? ブロウ…」
ブロウが戦っている様を見て、ヘジルは何かに気づいて眼を細める。そして、額を抑えて大きくため息をついた。
「ブロウ! 次に鉄球が来たら、“手加減なし”に殴りつけろ!!」
「オ? オウッ!」
ブロウは一瞬だけ考える素振りをしたが、考えるのはブロウの得意とするところではない。
すぐに思考するのを止め、飛んできたラウカンの鉄球を目掛けて思いっきり拳を繰り出す!!
「何をやろうとも無駄でやんショッ!!」
「うおりゃあッ!!」
ズガンッ!!
物凄い音がしたかと思いきや、鉄球が飛んできた速度よりも早く跳ね飛ばされていく!
「フホホッ! 同じ同じ! このまま受け流し、反転してそのままお返しコースで…」
ラウカンが片足でクルッと回ろうとする。が、鉄球の勢いを殺せず、グイッと引っ張られていく。
「な、なんで止まらないでヤンスかぁッ!?」
そのままラウカンは尻餅をついて倒れ、手元の鎖が絡まって身動きがとれなくなる。
「ラウカン! 遊んでおる場合かッ!」
「今だッ!! 『紅流砕!!』」
ラウカンに気を取られたドルドグに、セリクの技がヒットする!
上着の布が破け、中の鎖帷子がメキッと嫌な音を響かせた。
「ウッ! いつの間にか近づいておったかッ!」
ドルドグは苦痛の声を漏らし、影の中にと消える。セリクの追撃は虚空を突く。
「なにやってんだい! アンタらは!」
エンロパが怒ると、申し訳なさそうにドルドグとラウカンがその側にと集まる。
「オウ? どういうことだ、こりゃ……」
「敵の懐に入ろうと気を取られ過ぎだ…。変に頭を使うな。お前の馬鹿力なら、そのまま本気で殴ってやればああいう結果になる」
ヘジルの言いたいことが未だ解らないらしく、ブロウは首を傾げる。
ブロウは鉄球を殴り返した後、急いでダッシュして近寄らなければ…と考えていたので、無意識のうちに鉄球を殴りつける力をセーブしていたのだった。
セリクもブロウも体勢を立て直し、再び構えを取る。
ヘジルは紅玉石を出して召還に入った。
「さて、第二ラウンドってところかね…。今度はウチも攻撃させてもらうよ!」
エンロパはチロッと親指を舐め、腰から短刀を抜き放とうとした。
その時、大きな影が洞窟の上から現れる。
「もう良い! 貴様らの力では、彼奴らには及ばぬと知れた。後は拙者がやろうッ! 退けい!」
地の底から轟くような低い声が辺りに響き渡る。
そして、ドッシーンッという地響きが巻き起こった。セリクたちとエンロパたちの間に立ち塞がるように影が着地したのだ。
「旦那ッ! 待ちな! 邪魔するんじゃないよッ! ここはウチらに任せろと言ったはずだよ!」
エンロパが動揺しながらも抗議する。だが、ヌウッと身を起こした巨人の眼光を見て、ビクッと肩を震わせた。
その巨人の顔を見て、セリクとヘジルが眼を見開く。
「あなたは……エーディンの!?」
「最悪だ…。なんで、颯風団に引き続き、こんなヤツがこんなところに?」
セリクたちを見下ろし、歯を剥き出した巨人は嬉しそうに笑う。
「拙者は四龍が一人、ガル・ドラニック! 龍王エーディン殿下の命に置いて、いざ参るッ!!」
ようやく訪れた神の祭壇を前にし、颯風団や四龍といった強敵たちが立ちはだかる。
龍王の精鋭部隊が持つ実力を、セリクたちはこれから嫌というほど知ることになるのであった……。




