70話 平和な村に現る創母神?(2)
「そうダ! 何をやっていル! さっさト、ヤツらを仕留めヨ!!」
バッサバッサと木陰から何かが飛び出してきて、女性の周りを飛び回ってがなり立てた。
「あれは!」
羽の生えた醜悪な赤子、それには確かに見覚えがあった。
「ギラの周りにいた魔物だよ! 黒い球いっぱいもってたヤツ!」
「ああ。魔玉石を砕いていたグレムリンだな。魔王トトに従う下級魔族だ。フン、ますます怪しくなってきたな」
「このジジイ!! なんと使えぬヤツなのダ! あのガキどもの力を削ギ、魔界への土産にしてやる算段ガ滅茶苦茶ダッ!!」
「ウワアォ! あ、悪魔だぁ! ヒィイ! か、神様ッ!! こ、腰が抜けて立てないぃ! マリン・ホロス様ぁ! お、お助け下さいぃぃ!!」
怒り狂うグレムリンに蹴り飛ばされ、ウラーゼルは頭を抱えてうずくまってしまう。
「フン。あの様子だと、猊下は利用されただけみたいだな。となると、あの女も…」
「さア、さっさと殺レ!! ヤツらを殺らないト、どうなっているか解っているだろうガ!」
「話が違うわ! あの人たちに神々の力を…地下書庫にある物を渡さないようにするって話だったでしょう!?
私はこうして書庫を破壊したわ! 最低限の約束は果たした! もういいじゃない!」
「そんなことは知らヌ! 戦えイッ!! 戦わぬと言うならバ、どうなっても知らぬゾ!!」
「くッ。わ、解った…だから…」
「ヨシ! まだ勝算がないわけではなイ!!」
グレムリンはそう言って、黒い液体の入った小瓶を渡す。女は少し迷い、それでもそれを口に含んだ。
「どうにも、あのちっこいのが一番悪いみてぇだな」
「…となれば、倒す敵はあいつだね」
ブロウが拳をガツンとぶつけ合い、粘着液から抜け出したセリクが剣を構える。
「あの黒い液体はなんだ? 僕の考えが正しいとしたら、かなりまずい状況だな」
「え? 何か解るの?」
「ああ。あれは…」
ヘジルが説明しようとした矢先、女性は再び水球を作り出す。
「クソッ。フェーナ、僕の後ろにいろ!
なんなんだ今日は! 少しは説明させろ!」
「でも! セリクの力を解放してあげないと!」
フェーナが言うが、セリクは首を横に振る。
「え?」
「大丈夫。少しだったら、もう自分で力を使えるから…」
セリクはそう言うと、全身に拒滅が漲るのをイメージする。
眼の奥に紅い光が僅かに迸り、淡く紅い不安定なオーラに包まれる。
「オオウ! 戦気か? あの泣き虫が戦気を使うとはちったぁ見直したぜ!」
「戦気? 改めて見るが、なんだ、これは…。むしろ神気に近いじゃないか。人間でそんなことが…」
ブロウとヘジルはそれぞれ違う感想を述べる。
フェーナは唖然とした後、複雑とも悲し気ともとれるような妙な顔をしていた。
「ハァハァ! もう…お願いだから、退いて…」
弱々しげな様相とはうってかわり、物凄い勢いで攻撃的な水球が飛んでくる!!
「さっきと同じだ! 通常の攻撃は通用しないぞ!!」
「オウ! んなのは解ってんよ!! どりゃッ!!」
闘気をまとい、連続の掌打で水球を弾き飛ばしていく!
「『紅流砕!!』」
流れる剣戟が水球を打ち据える!
剣に宿った拒絶の力は、粘着液を弾かせることなく、水球そのものを消滅させてしまう!
「ヒュウ! やるじゃねぇか! ガッハハッ!」
「す、すごい…。セリク」
「やはりあの力は……戦技ではないようだな」
仲間からの賞賛の声に応える余裕もなく、セリクは次々と水球を壊していく! ブロウも負けまいとに掌打を繰り出していく!
「グギギッ! あのガキどもめガ!! さすがギラ様を破っただけはあル!
おのレ! さっきから馬鹿の一つ覚えばかりではないカ! 魔導士ならバ、もっと強力な魔術を放テ!!」
グレムリンの言葉に、黒い砂を吐き出しながらも、女性はさらに交差する腕からエネルギーを放つ!!
「やはりか! 魔導士とはな!」
ボウガンで水球を遠くから割りながら、ヘジルがそう叫ぶ。
「え? どういうことなの?」
「君たちに解りやすく言うならば、異端者だ。あの女は“水の異端者”なんだ。
神などでは、ましてや創母神マリン・ホロスなんかじゃない!
ウラーゼル枢機卿は上手く騙されたんだろう! 神々の姿を実際に見た者なんてまずいないのだからな!」
それを聞いたウラーゼルは、絶望の表情を浮かべ、そしてマリン・ホロスだったはずの者をあんぐりと口を開けて見やる。
「……そんな。私は、確かに神を観たのだ。神から命を受け、書庫を守ろうとしたんだ。
私の長年の信仰に神は応えて下さった。神告の過ちを正そうとしたことで追放された私を、この歳になって神は…ようやく選んで下さった。私は間違ってなかったんだと…」
茫然自失となり、うわごとのようにウラーゼルは繰り返す。
「アアアアッ!!!」
女性は相変わらず黒い砂を吐き出していたが、それが吐き出す量が徐々に増え、今度は全身を痙攣させる。
「様子がおかしい!」
「異端者って…。ギャンやサラはあんな風にならないわよ!!」
女性の震える両腕から、バシュッ! バシュッ! っと水で出来たブーメランが飛び出す! さっきの水球とは違い、それは鋭利な刃物となって周囲の木々を切り落とす!!
すでに女性の意志などは反映されていなく、力が暴走しているのは明らかだった。
その水のブーメランの一つが、ウラーゼルめがけて飛んでいく。ブツブツと独り言を言っているウラーゼルはそれには全く気づいた様子がなかった。
「危ない!!」
思わずセリクは駆けだしていた。そして、ウラーゼルと水のブーメランの間に立ちはだかる。
剣に意識を集中することを忘れていたので、『紅流砕』は放てない。拒滅の宿ってない剣で防御してもしきれないだろう。だが、ここで避けたらウラーゼルは間違いなく死んでしまう。
セリクは剣と一緒に自らの胴体が真っ二つになるのを想像して眼を閉じた。
…だが、いつまで経っても痛みはない。
「ッツ! イッテェ!!」
「ブロウ?」
眼を開くと、セリクをかばうようにして、ブロウが立ちはだかっていたのである。水のブーメランを背中で受け止めたのだ。
「馬鹿が! 無茶すぎるぞ! いくら闘気によって防御力があがっているとはいえ危険な行為だ!」
ヘジルがたしなめると、ブロウは腰に手をあてて、大きく息を吸ってから笑い出す。
「ガハハ! 俺様は丈夫だからな!」
そう言うが、痛みを堪えているのか脂汗が額を伝っていた。強がりを言っているとしか見えない。
「…なんで?」
びっくりした表情のままのセリクが問う。
「オウ? なにがだ?」
「いや、なんで…俺なんかをかばったの?」
「なんで? 変なことを聞くヤツだな。オメェがウラーゼルのオッサンを助けようとしたのと同じ理由に決まってんだろうが」
ブロウは何を言っているんだと首を傾げる。
セリクはウラーゼルを見て、わずかに眼を細めた。
なんで助けようとしたのか? 自問自答するが、答えは言葉になってでてはこない。そうしなければならないと思い、自然に身体が動いただけのことだったのだ。
「……違うよ。俺がウラーゼルさんを助けるのと、ブロウが俺を助けるのじゃ…ぜんぜん違う」
セリクはブロウにイジメられていた記憶を思い起こす。
セリクからすれば、今までイジメてきたブロウがどうしてセリクを庇ったのか理解できなかったのだ。
あの幼少期から年数が経っているとはいえ、セリクにとってブロウは、未だ自分を受け容れていない存在なのである。
「あー、なんかオメェ難しく考えてねぇ?
この前も言っただろ。もう俺様たちは仲間だ。俺様はセリクを信じている。信じている仲間を守るのは俺様にとっては当然だ!」
「……仲間」
そう言いつつ、ブロウはグルンと背を向け、さらに飛んできた水のブーメランを拳で打ち落とす。
セリクの眼に、真っ二つに切り裂かれたシャツと、その下に一直線のミミズ腫れが浮かび上がった背中が映る。
この原因が自分にあるのだと考え、ズキリと自分の胸が痛むのをセリクは感じた。
「ゲハッ!!」
大きな砂の塊を吐き出し、ついに女性は崩れ落ちた。
「あと少しダ!! アイツらを倒セ!!」
グレムリンはそう叫び、女性を何とか戦わせようとする。が、もはや無理なのは誰の目にも明らかだった。
「さア! 立テ! 戦うのダ!! 勝てバ、オマエの家族ハ、無事に帰れるのだゾッ!」
耳元で叫ぶが、女性はピクリとも動かない。痺れを切らし、グレムリンは何度も女性の身体を蹴りつける。
「……フン。やはり、そういうことか」
「な、なんだトッ!? いつの間ニィッ!?」
側で声がしたのに驚き、グレムリンが振り返る。
次の瞬間、ドシュッという音と共にその額が撃ち抜かれた。紙切れのようにグレムリンはその場に落ちる。
「セリクとブロウが、お前たちの気を引いてくれていたから、近づくのは容易だったさ」
倒れた女性の周りに皆が集まる。
ヘジルは痙攣している女性を抱き起こし、その頭にかぶっているフードをどけた。
「レマ!?」「レマさん!?」
驚きに、ブロウが眼を見開き、フェーナが口元に手を当てる。
マリン・ホロスを名乗っていたのは、ウラーゼル家のメイドであるレマだったからだ。
「…どうしてレマさんが…俺たちを?」
セリクがウラーゼルの方を見やる。だが、ウラーゼルも何も知らなかったのかブンブンと首を横に振った。
「猊下に聞いても解るはずないさ。僕たち全員を騙していた張本人が、グレムリンに脅されていたレマだったんだからな」
「な、なんですと…。おお、なんと。私が……本当に、本当に、騙されていた? 神に選ばれたのでは…なかった、と?
おおおお! 神よ、お許し下さい!! おおおおおッ!! 私は、なんという罪を!! ああおおッ!!」
レマの顔を見て、疑念が確信に変わったのだった。確信は罪の意識を強める結果となる。
愕然とし、地べたに額を押し付け、ウラーゼルが嗚咽混じりに泣き出す。
「…ゲハッ! ガハッ!!」
「オウ! レマ!! しっかりしろ!!」「レマさん!!」
眼をカッと見開き、レマが苦しげに砂を吐き出す。どこから出てくるのだというぐらいの量をすでに吐いているのにも関わらず、黒い砂は止まらない。
ヘジルは吐き出された砂を摘んで見やる。
「これは魔玉石か? 粉末状にしてあるが。もしや、これが魔物を引き寄せていた原因か…」
「…キキキッ! そ、そうヨ! その不完全な魔導士ニ、それを飲ませて、人間ごときでは考えられぬ魔力を得させてやったのダ!!」
額に矢を受けても、まだ息があるグレムリンが下品にニタリと笑う。
「不完全な魔導士だと? 確かに体内に魔玉石があっても異端者としての能力を発揮しない者もいると聞くが…」
セリクは、ギャンの両親が異端者の力を持っていないと言ってたのを思い出す。
そういえば、Dr.サガラも個人の適正が合ってなければ力を発揮できないようなことを言っていた。
「そんなこと関係ないワ! 人間の気が少なくとも、こうやって外部から魔気を注いでやることで、リミッター解除させて戦力になるのダッ!!」
「リミッター解除…それで、強大な力を放つのに、異端者特有の象徴化などが起きなかったのか。そんな作用があるのは初耳だ」
苦しそうにしているレマを見て、ヘジルはチッと舌打ちをする。
「そ、その女はもはや助からン! 直接、魔気を摂取した人間の身体はボロボロになっテ…」
勝ち誇ったようにするグレムリンだったが、驚きに喋るのを止めた。
フェーナが治癒をレマに施していたのだ。神聖な光を浴びることで、レマの表情が和らぐ。
「オノレ! か、神々の力…カッ!
キキキッ! オレの作戦ハ、最後で失敗したガ…負けたわけではないゾ! 神々の品ハ、あの通りダ!」
燃えた上、水浸しになった地下書庫を指さし、グレムリンが狂ったように笑う。
「魔王トト様、万歳! 万…ザ…イ!」
最後の力を振り絞り、空を仰いだグレムリンがドサッと倒れ、白目を剥いて事切れる。
「チッ。最期に思いっきりブッ飛ばしてやりたかったぜ……」
パンッと拳を鳴らし、ブロウは鼻の下を擦る。
「オウ。レマは大丈夫なのか?」
「…うん。後は意識が戻るだけ。身体の傷は癒したわ。たぶん、もう砂を吐くこともないと思う」
静かに寝息をたたえるレマの表情は、ようやく苦難から解放されたといった感じだった。
「しっかし、フェーナが治癒師だったとはな…聞いてなかったぜ」
「うん。言ってなかったしねー」
フェーナは悪戯っぽく舌を出して笑う。
しかし、明らかに重体だったレマを助けるのに、仕方なかったとはいえ、かなりの命を消費してしまったのだろうと思い、セリクとヘジルは気まずそうに顔を見合わせた。
そんなことは知らないブロウはひとしきり笑った後、レマを抱える。
「事情はレマが起きてから聞くとして…。問題は地下書庫だな」
「違うよ。ヘジル。まずはレマさんの家族だろう?」
「なんだと?」
「さっき、この魔物が言っていたじゃないか…。レマさんの家族の無事がどうのって」
セリクがそう言うのに、ヘジルは不快そうに眉を寄せる。
「…フン。囚われている可能性が高いな。だが、レマの家族の件は、日が昇ってから村人に捜してもらえばいい」
「そういうわけにはいかないだろ。もしかしたら、危険なところに…」
ヘジルはフウッと一つ息を吐き出すと、人差し指を立ててセリクに詰め寄った。
「いいか。僕たちの使命は、一刻も早く召還神を手に入れることだ。それを優先する」
「でも、困っている人を放って…」
「フン。困っている人を見つけては、いちいち助けていくのか? 合理的じゃないな。
召還神を集め、神界凍結を解き、神々と共に龍王と魔王を倒す…これを成すことが、その困っている人を作らない一番の方法だとは思わないか?」
セリクにもヘジルの言っていることはよく解った。だが、どうしても感情的に納得できなかった。
これがマトリックスやギャンだったらどうだろうか? セリクの意見に賛同し、一も二もなく、「まずは目の前の困っている人を助けよう!」と言うのではないだろうか…。
「とりあえず、もしかしたら、資料が焼け残っていることも考え…」
セリクを押し退け、ヘジルが地下書庫の方へ向かおうとした瞬間だった。
レマが水柱を立ち上げて開いた穴、そこからキラキラと光り輝くものが飛び出してくる。
「なッ!?」
「なにあれ!?」
中空で黄金の光を放ち、クルクルとゆっくりと回転する小さな物がそこにあった。
「なんだ、巻物か? この光は…神気か。紅玉石が反応している」
ヘジルもフェーナも、自身の紅玉石が熱を帯びているのを感じる。
おそるおそる近づき、ヘジルはその巻物を手に取る。手に握った時に、放っていた光は急速に失われていった…。
巻物はかなりの古い物のようで、外側が灰色の鮫肌のようなもので覆われている。
留め紐を外し、スルッと広げて中身を確認した。そこには見たこともない文字がズラッと並んでいて、中央に魔法陣のような紋章が描かれている。
「これは…」
「オウ! なんだ、高い物か!? 高く売れんのか!?」
「そんなわけあるか! 馬鹿か!」
珍しく興奮した表情をしたヘジルが怒る。その手はブルブルと震えていた。
「これは…凄いぞ! まさかこんなものがあるなんて……。
間違いない。神々の契約書だ!! 『植神プラーター』のな!」
ようやくのことで、セリクたちはストス村にて神々の契約書の一つを手に入れることができたのだった……。




