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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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68話 噛み合わない信頼

「フン! ハッ!」


 宿の裏で、ブロウが土埃をたてながら型稽古をしていた。

 半身のまま、すり足で進み、腰に溜めた正拳を繰り出す。そして腰を捻って、裏拳に転じる。その度、ビュッ! という風切り音が響いた。

 側でそれを見ていた女の子たちはポッと頬を赤らめ、男の子たちは眼を輝かせて、今のブロウの動きを真似た。


「ガハハッ! 闘う相手がいねぇと鈍るなぁ! 師父にどやされちまうぜ!」


 腰に手を当てて笑うブロウ。日の光に上半身の汗がキラキラと光り輝く。


「……フン。筋肉馬鹿が。三件隣の家にまで声が響いているぞ」


「お兄ちゃん! 裸で外出しないでよ! みっともないって言ったでしょ!!」

 

 フェーナがタオルを投げつけると、ブロウは器用にそれをキャッチして頭をワシワシと拭いた。


「オウ! 鍵屋はどうなった? 昨日か今日あたり来るんじゃなかったのか?」


 あれからずっと、ブロウは宿に泊まっていて、セリクたちはウラーゼルの屋敷に世話になっていたのだ。

 ヘジルは聞きたくないと言わんばかりに背を向けて腕を組む。


「まだ来ていないんだ」


「オウ。そうかー。なら、まだ出発できねぇのか」


 つまらなそうにブロウは口を尖らせる。

 この何もない十日間は、ブロウには物足りない退屈な時間であった。

 強い魔物はほとんど駆逐してしまったようだったので、だからこそ、ブロウはさっさとこの村から出て行きたいと考えていたのである。


「…ああ。あと、二、三日待って来ないようだったら他の鍵屋に依頼するように話す」


「なんだよ。そしたら、まだ何日もかかるんじゃねぇか。あー、暇すぎで死んじまうぜ」


「いや、その間を待っているつもりはない」


「もしかして、ラーム島に行くのか?」


 セリクが尋ねると、ヘジルはコクリと頷く。


「何かしらの情報を仕入れてからにしたかったが、祭壇からも何か得られるかも知れない。より可能性が高い方から当たって行くべきだ。

 ここで待つ間にも、魔王や龍王が次の手を打ってこないとは限らない。時間をかければかけるほど、人間側が不利になる」


 苛立たしそうにヘジルは言う。早く、神々の召還師としての確証を持ちたい…そういう気持ちだったのだ。


「ま、でも、こればかりは焦ってもしょうがないしね~」


「オウ。フェーナの言うとおりだぜ。ま、今日も美味い晩飯を食って、気合いを補充し…」


「それだからダメなんだ!」


 ヘジルがいきなり大声をだしたのに、フェーナもブロウもビックリした顔をする。

 その声に驚いた子供たちが涙目になるのに、ヘジルはバツが悪そうに眼を細めた。ブロウは肩をすくめながら、子供たちをあやしてやる。


「…期待されているんだ。それには応えなければならない」


「オウ。そうだな、ヘジルは俺様と違って頭いいからなー。その天才の頭がありゃ大丈夫だろ」


「…何度も言わせるな。馬鹿が。僕は天才じゃない。

 だから、人よりも早く、人よりも何倍も努力しなければならない。こんなところでのんびりしているつもりはない」


 まるで挑むかのようにヘジルはブロウを睨む。


「オウ。そうだったな。秀才、だったか。俺様にはどっちも同じに聞こえるんだけどよ」


 何と言っていいのか解らないといった表情で、ブロウは鼻の頭を擦る。

 二人を見ていて、セリクはどういう関係なんだろうと不思議に思う。戦友として、お互いの能力を認め合っているようには見える。憎まれ口をたたく時もあるようだが、それはお互いにそれだけ信用しあっているからこそだろう。

 だが、さっきのヘジルの眼は心底憎いという感じだった。まるで敵を睨み付けているかのようだったのだ。仲間に向ける視線には思えない。

 セリクとギャンも互いに強い絆で結ばれているが、例えケンカをしたとしても、そのような眼で相手を見るようなことは決してなかった。


「オウ?」


 セリクの視線に気づき、ブロウがニカッと笑う。

 気づかれないように見ていたつもりだったので、セリクはハッと眼をそらした。


「ガハハ! なんだ、俺様の上腕に惚れたか?」


 グッと力こぶを作る。盛り上がる褐色のその肌が、見ただけでも鉄のように固いであろうと解る。


「そんなわけないでしょ! このバカ!」


「お兄ちゃんにバカって言うなよ。本当にバカになっちゃうだろうが!」


「そんなこと言ってるからバカって言ってるのよ!」


 フェーナを適当にあしらい、ブロウはセリクに近づいて行く。セリクは怯えた顔で後退った。


「な、なに?」


「なんだ。逃げるなよー。傷つくだろうが! ガハハッ!」


「…別に逃げているつもり、ないよ」


「久しぶりで照れてんのか! ガハハ! オウ! なら、手合わせだ!」


「え?」


 拳を突き出してブロウは笑う。フェーナは眼を丸くし、ヘジルは眉をピクッと動かした。


「何を言ってんのよ! お兄ちゃん!!」


「オウ? 心の距離が開いている時は、拳で語り合うもんだってロダムのオヤッサンが言ってたぜ。昔馴染みだってのに、どーにもこーにもつれないからよぉ!」


 セリクの首に手をまわそうとするのに、サッと逃げられたので、ブロウは肩をすくめる。


「……フン。別に馴れ合いグループを作ろうとしているわけじゃないぞ。任務だからこそ、共にいるわけであってだな」


 さっき激昂したのが嘘のように、ヘジルはいつもの冷静な顔に戻っていた。

 そんな理屈の述べられるのがわずらわしいと言わんばかりに、ブロウはパンパンと手の平を叩いて遮る。


「いいか。俺様たちは仲間だ! 背中を合わせて闘う仲間だ!!

 俺様はヘジルを信じている! 俺様はフェーナを信じている! 俺様はセリクを信じている!」


 一人ずつ指さし、ブロウはそう宣言する。三人ともそれに面食らう。


「…馬鹿か」


「ううっ…。何言ってんの。恥ずかしい。我が兄ながら…ホント、恥ずかしい」


 セリクも同じような気持ちで、眼をそらしたままだった。


「……すぐに会って信じられるわけないよ」


 そう言って、セリクは自分でそれは嘘だと解っていた。

 ギャンやサラのことは会ってそれほど時間もかからずに信用したし、ヘジルだって短い間に信頼関係を築けたと思う。

 だが、ブロウだけはなぜか無理だった。頭では“仲間だ。イジメられていたのは昔の話じゃないか…”と理解できるのだが、その顔を前にすると、昔に殴られた痛み、不快な気持ちが先に湧いてきてしまう。


「オウ! だから、手合わせだ!」


「…意味がわからないよ。俺、そんなことしたくない」


「意味ならあるぜ! 殴り合いをすることこそ、互いを知る近道だ!」


「待て。ブロウ。その理屈は誰にでも当てはまるものでは…」


 ヘジルが止めようとするが、ブロウはすでに拳を握りしめて引いていた。


「え?」


 不穏な雰囲気を感じてセリクが顔をあげた瞬間、ガンッ! と、頭に鈍い衝撃を受けて地面に倒れる。

 ブロウの拳が額にクリーンヒットしたのだ!


「セリクッ!? お、お兄ちゃん!! いきなり、なにやってんのよ!!!」


「お、オウ? いや、その…セリクは剣士だろ。今の攻撃ぐらい…」


「いや、明らかに不意打ちだったぞ!」


「オウ…。まさか、一発でよぉ。軽く小突いただけで…」


「何が軽くよ! 思いっきり殴り飛ばしたじゃない!!」


 そんな喧騒がかすかに聞こえる中、倒れたセリクは意識を飛ばしたのだった…………。




---




 月明かりも雲に閉ざされ、深い闇が辺りを覆った深夜。

 書斎で書き物をしていたウラーゼルはふと窓の外を見やる。強い風で、ザワザワと不気味に木の葉が揺れていた。


「今日はいつもよりも冷えますね…。さて」


 羽根ペンをペン立てに戻し、ゆっくりと立ち上がる。

 柱時計で時間をチラッと見て、コートを羽織り、カンテラを持ち、そのまま廊下へと出た。

 足音を立てぬよう気を付けながら、薄暗い廊下を進み、階段を下りていく。


「…こんな時間にどこへ行くというんだ」


 廊下の端、大きな壺の後ろに隠れていたヘジルが顔をのぞかせて呟く。


「いいの? こんな後をつけるような真似して」


 その後ろで、セリクが気まずそうな顔した。

 夜中に「なにか胸騒ぎがする…」とヘジルに起こされたので、眠そうに眼をこする。

 そして、しばらくウラーゼルのいる書斎を見張っていたのである。


「フン。鍵屋の話を曖昧に答えた時点で怪しいと思っていたんだ。猊下は何かを隠している…」


「そうかな?」


 武器まで携帯するのはちょっと大袈裟だとセリクは思ったが、よく考えればヘジルは兵士なのだ。そうやって用心深く行動するのは当たり前なのかも知れない。


「ああ。まあ、これから行く場所で何か解るかも知れないさ」


「もしかして、ただもう寝ようってだけじゃ…」


「そんな人間がわざわざ外套を着るか?」


「あ、そうか…。寝室じゃなく、外に行くつもりなんだ」


 そう答えたセリクの顔を、ヘジルはさっきからジッと見ていた。


「え? なに?」


 居心地悪そうに、セリクが尋ねる。


「いや。今朝、ブロウに殴られたのはもう大丈夫なのか?」


 言われて、ブロウにいきなり殴られ、それで気を失ってそのまま夜まで寝てしまったのだと思い出す。


「あ。うん。触ると少し傷むけれど、動けないってほどじゃないよ」


 小さなタンコブのできた額をさすり、セリクは苦笑いする。

 正直、物理的な痛みよりも、ブロウに殴られた幼い時のことを思い出すという精神的なダメージのがセリクには強かった。

 今でも思い返すと恐怖心が湧いてくるが、頭を振ってその記憶をすぐさま掻き消す。


「大した傷も負っていないのに、すぐに治療するって言い出したフェーナを止めるのも大変だったぞ」


「そういえば、フェーナは?」


「お前を送った後、ブロウに説教すると言って宿に行ったまま帰ってきてない」


 フェーナの性格上、ブロウを怒るだけ怒って疲れてそのまま眠ってしまったのだろうとセリクは思う。


「このまま後を追うぞ」


「うん」


 ヘジルとセリクは、足音を忍ばしたままウラーゼルの後を追って行った……。

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