6話 剣の才能
龍王城の地下道は、かなり深いものだった。
小一時間ほどかけて長い階段を降りきり、すでに城から出たと思われるその場所は、セリクの背丈の三倍はありそうなほどに天井の高い通路だ。
真っ暗というわけではなく、所々に光るコケのようなものが生えている。かなりの光量があるので、松明などは必要なかった。
砂漠地帯から流れてくるのか、ときおりサラサラと砂が頭上から落ちてくる。そのせいで黄色い小山がいくつもできていた。
デュガンは何も言わず、黙々と歩き続ける。歩き慣れていないセリクはそれに追いつくのでやっとであった。
「…道を知っているんですか?」
分かれ道でも迷わずに進んでいくので、セリクはそう思って尋ねた。だが、デュガンはなぜか答えなかった。声が聞こえなかったのだろうかと思う。
実のところ、セリクは答えが欲しかったわけではなく、あまりに長い沈黙に耐えられなかったのだ。緊張と不安で気が変になりそうになっていた。少しはなにか説明してくれてもいいんじゃないかと、少し腹立ちを覚える。
「……風のニオイがする。行き止まりは淀んでいる」
セリクが再び同じ質問をする直前に、ようやくになってデュガンが答えた。聞こえてはいたらしい。しかし、振り返りもしないところを見るや、立ち止まる気なんてさらさら無いようだった。
次の分かれ道で、セリクは試しにニオイを嗅いでみたが、まったく違いが分からなかった。
「えっと…。デュガンさんは、冒険者…なんですか?」
少しでも話ができれば気が紛れる。そう思い、必死で会話をつなぐ。セリクも話が得意な方ではない。あのお喋りな幼馴染みがいれば……と、彼女の顔を思い浮かべた。
「似たようなものだ」
素っ気なく答えられ、それ以上は会話が続かない。だからといって、あまり話しかけて機嫌でも損ねられたら事だ。
セリクはグッと口を閉じる。そして、歩くことだけに意識を集中させた…。
さらに三時間、ずっと無言でひたすら歩き続ける。
足がだるくなり、指先の感覚が鈍くなっている。小山に足をとられたりしながらも、それでも必死にデュガンを追った。こんなところで迷子になってはたまらない。
そして、もう限界に近いと、休憩させて欲しいと伝えようと思った矢先であった。
デュガンがいきなり立ち止まる。
もう出口に辿りついたのかとセリクは目を輝かしたが、デュガンは無表情のままだった。
「…どうしたんですか?」
「静かにしろ」
デュガンが周囲を見回す。何事かとセリクは眉を寄せた。
「…上だ! 避けろ!!!」
大声を出し、デュガンがセリクを押しやる。
次の瞬間、頭上から多量の土砂が注ぎ落ちてきた。
「うあああッ!?」
尻餅をつき、這うようにしてセリクは土砂から逃げる。砂が口の中に入り、ジャリジャリとしたイヤな味が広がった。
「『ビッグワーム』か! チッ、ここで戦うには厄介なヤツだ…」
デュガンはマントで顔を覆いながも、土砂の中から現れた敵を睨み付けていた。
全長は五メートルはゆうにあるだろう。不気味な赤褐色をした太いミミズの化け物だった。
敵はツルリとした頭を持ち上げ、大きな口を開く。酸っぱい臭いが辺りに漂った。二人を丸飲みする気満々なのだ。
その巨大な頭が振り下ろされる瞬間、デュガンはマントの下から剣を抜き放つ。衣装と同じ色の漆黒の剣だ。
ビュンッと、細長い直剣を水平に振るう。ビッグワームは頭部を斬り付けられ、大きく仰け反った。粘着質な鮮血が散る。
「逃がすか!!」
慌てて地中に潜り込もうとするビッグワームに、デュガンは追撃をするが、間に合わずに地を抉っただけだった。
「耳をすませろ! 上下左右、どこから来るか解らないぞ!」
そう言われるが、セリクはパニックを起こしていて、耳をすませるなんてできそうになかった。
目眩のする中、腰に差してある武器をまさぐる。ようやく剣を引き抜いたはいいが、それを振って戦うなんてできるわけがない。
デュガンが駆け寄ろうとするが、その行く手を阻むようにして地面が盛り上がる!
敵がセリクに狙いをつけたのだ。砂の中から現れ、横一文字の傷から緑の血を滴らせ迫り来る!
「く、来るなッ!!!!」
剣を突き出すが、敵は怯まない。カタカタと震える剣先では威嚇にすらならなかった。
このままあの大きな口に丸飲みにされるのだろうか…と、迫り来る敵を前に、セリクは観念したかのように目をきつく瞑った……。
『安心して。僕が君を守るよ』
どこからかそんな声が響いた。
その声が聞こえた瞬間、セリクは紅い眼を見開く!
「でやあッ!!!」
大声にびっくりする間もなく、セリクは剣を振っていた。
その声は紛れもなく自分が発したものだった。まるで自分の身体じゃないかのように、その瞬間に勝手に動いていたのだ。
剣はビックワームの額部分を深く縦に切り裂いていた。
デュガンの付けた傷の上に、さらに傷を付けられて、ビッグワームは取り乱して暴れ回る!
あまりに無茶苦茶に暴れるので、周囲が崩れてきてセリクは足場を失いそうになった。
「くたばれッ!」
デュガンの放つ一閃により、ビッグワームの動きがピタッと止まる。
何度か口を開け閉めして、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。背中から急所を刺し通したのだった。
血振るいをして、デュガンが敵の背を乗り越えてセリクの側にやってくる。
デュガンの眼は、深く抉られたビッグワームの頭部を見ていた。
「……セリク」
デュガンが口を開いた。
「え? は、はい」
初めて名を呼ばれ、セリクは慌てて返事をする。
「剣を持つのは初めてと言ったな? それは本当か?」
セリクは頷く。剣なんて持ったのは今が初めてだ。
ようやく自分が剣を握りしめていることに気づき、指を離そうとしたが強張っていて動かない。左手で右手の指を一本一本外していくと、剣がカランと地面に転がった。
「……こいつの外皮は、固い地盤を移動するために頑丈だ。それも龍族並の守備力を持つ。剣の達人でもこうはいかない」
「え? それなら、デュガンさんってやっぱり凄い剣士だったんですね。こんな魔物を倒しちゃうんだから」
尊敬の眼差しで見られ、デュガンは居心地悪そうに僅かに目を細めた。
セリクが付けた傷の事を言ったのだが、セリク自身はデュガンが倒したという頭でしかなかったのだ。
「……先は長い。少し休憩してから行くぞ」
デュガンはバッとマントを翻して剣を納めた。
セリクは休めることにホウッと安堵の息をつく。ずっと歩き通しの上、魔物に襲われてすぐには立ち上がれそうになかったからだ……。
それから先、ビッグワームような大物は出ないにしても、吸血コウモリだの、握り拳よりも大きな蜂だのといった魔物に襲われる。
しかし、現れたと思いきや、瞬時にデュガンが斬り伏せてしまうのだ。そのため襲われたという実感すら湧いてこない。
並の強さではないことは、セリクにも解った。息一つ乱してはおらず、普通に歩きながら倒してしまうのだ。
これだけ強い剣士でも通用しない龍王アーダンとは、どれくらいの力を持っているというのか。今のセリクには想像すらできなかった。
さらに三時間ほど歩いて、ようやく外からの風が感じられる。
地下道を抜けた場所は、岩と岩との間にある小さな出入口だった。パッと外から見て、そこが地下道に繋がっているとは解らない。ただの岩の連なりにしか見えないだろう。
外に出ると、すぐ目の前は険しい山岳地帯だった。まだ歩かねばならないのかと、セリクは大きく落胆する。
「あと一時間ほどで日没か…」
デュガンが太陽の位置を確認する。
「…ここは知っている場所だ。もう少し歩けば山小屋がある」
デュガンはポツリとそう言う。無表情な顔からは、それがセリクを気遣って出た言葉かは解らなかった。
フラフラになりながらも山道を行くと、木々の間に隠れるように建った小屋が見えてきた。
木を適当に切り出して、無造作に組み立てただけのバラックだ。本当に雨風をしのぐために一泊できればいいという考えで作られたものなのだろう。
「今日はここに泊まるぞ。日が落ちれば、餓えた狼が徘徊し出す。はぐれの龍族に出くわせばもっと厄介だ。ヤツらは夜目が利く。人間には不利な相手だ」
そう説明してくれるが、セリクは頷くだけで精一杯だった。
長い地下通路を抜け、山歩きまでしたのだ。もはやこれ以上、歩く気力はない。仮にもっと先に進むと言われても、一歩も進む自信はなかった。
いつから使われていないのだろうか。入らせまいと扉を覆っているツタを、デュガンはブチブチッと乱暴に引きちぎる。
扉を蹴りつけると、呆気なく腐食した金具がはじけ飛んだ。
小屋の中には布団一枚すらない。中央が火を焚けるよう砂地になっていた。
埃まみれの床だったが、それでも構わずにセリクは倒れ込むように座る。
「薪を拾ってくる」
デュガンはそう言うと、セリクの顔色を少し見てから小屋を出て行った。
返事をすることも出来ず、セリクは膝を抱えたまま目を瞑る。
しばらくしてデュガンが戻ってきた。
手際よく薪に火をつけ、セリクの前に何かを差し出す。それはチェリーのような小さな果物だった。
「…食え。疲労を回復する上に腹持ちがいい」
物言いこそ冷たかったが、それでも自分のことを考えてくれているのだとセリクは思った。
礼を言って口に含むと、甘酸っぱい味が口の中に広がる。なんとなしに、疲れが和らいだ気がした。
「早く寝ろ。朝早くには出立する……」
デュガンは短くそう言うと、部屋の隅に寄りかかって目を閉じた。そんな不自然な体勢で寝れるものなのかとセリクはふと思う。
「あの、デュガンさん…」
セリクが小さな声で呼びかけると、デュガンは片目を開いた。
どうやら気はまったく緩めていないらしい。出入り口の側に座ったのも、不審者が入ってきてもすぐに対処できるからなのだろう。
「寝れなくて…」
デュガンの目が怒っているように見えたので、セリクはそう付け加えた。
とても疲れてはいたが、妙に目が冴えてしまって眠ることができないのだ。
少しだけでも話し相手をしてほしいと、縋るような目をしていると、デュガンはフウと小さく溜息を吐き出す。
「……なぜ、お前みたいな子供が龍王城に来た?」
「来たくて来たわけじゃないです。その…ただ無理やり連れられて…」
生贄という言葉を口にしそうになったが、セリクは不快な記憶が浮かんできたので気まずそうにうつむいた。
たいして関心がないのか、デュガンはそれ以上の事を追求はしない。無表情のまま、火の中に薪をくべる。
「どんな理由にせよ、龍王にはもう近づかないことだ。ヤツは不幸を呼ぶ…」
表情こそ変わらないものの、その眼の奥に憎悪が宿るのをセリクは見た。
言い表せぬほどの怒り。底なし沼のように、深い深い負の感情。
「……龍王と戦うつもり、なんですか?」
「戦う? 違う。俺は……龍王アーダンをこの世から消すつもりだ」
物騒な物言いに、セリクは思わず息を呑んだ。
「…お前は……お前こそ、戦わないのか?」
「え?」
言われている意味がわからず、セリクは首を傾げる。
少し間を置いてから、デュガンが続けた。
「自ら命が危ういとき…。大事なものが失われるとき…。お前は剣をとって戦わないのか?」
デュガンの問いかけに、セリクは思わず腰の剣を見やった。ドクンと心臓が大きく脈打つのを感じる。
「力があれば、抵抗できただろう? 力があれば、龍王城から一人で逃げ出すこともできただろう?」
まるで責められているようで、セリクは唇を噛む。
確かにデュガンの言う通りだった。力があれば生贄にされることも、エーディンに屈することもなかったはずだ。
思案している姿を見て、デュガンは小さくフッと笑う。セリクが見た初めてのデュガンの笑みだった。
「……そうだな。明日、剣を教えてやる。…今日はもう寝ろ」
デュガンはそうとだけ言って目を瞑った。
剣を教えてやる? それがどういう意味なのか聞きたかったのだが、もう会話をする気はないようだ。
セリクもナップザックを横にして、そこに頭をのせて横になる。
デュガンの言葉を頭の中で反芻して目を瞑ると、いつの間にか眠りの中に落ちていった…………。
早朝。目を覚ますと、デュガンはすでに起きているようで、寝ていたはずの場所からはいなくなっていた。
少しだるさはあるものの、あのチェリーを食べたお陰なのか、昨日の疲労感はすっきりと消えていた。
足の裏にはマメができていたが、ナップザックに入っていた傷薬を塗って包帯を巻けばまだ歩けそうだ。
慣れない手つきで手当をしていると、デュガンが戻ってきた。
茎の根のような物をいくつか手にしていて、サッサと皮を剥き、それを湯がいてアク抜きをする。湯を捨てると、ドンと目の前に鍋ごと置かれた。
茹であがったものをつまみ上げ、そのまま食べるのを見て、セリクも同じように口に入れた。
味はまったくしなくて、ボソボソとしている。美味しいとはお世辞にもいえないが、それでも空腹でいるよりははるかに良かった。
せめて塩でもふって食べればいけるんではないかと思ったが、デュガンはあまり味などにこだわらないのかも知れないと思った。
軽い朝食を終えた後、小屋から出て、すぐ側の少し開けた場所に出る。
お互いに一〇メートルぐらい離れて向かい合う。
剣を教えてやるっていうのは聞き違いではなかった。拒否したかったのだが、デュガンの無言の圧力を前にして有無を言わさせなかった。
「構えてみろ」と言われて、デュガンの構えを真似して剣を持ち上げて見せる。数カ所違う点を指摘され、言われた通りに姿勢を変えていく。
「やはりな…。荒くはあるが、急所は確実に守れている。本当に戦った経験はないのか?」
「は、はい。こうやって握っているだけでも……震えちゃって」
むき出しの真剣を手に握っているだけで怖いものだ。うっかり自分に当てたら怪我をするんじゃないかとか思ったり、そんな危ない物を相手に向けているというだけでもなんだか落ち着かない気分になる。
「天賦の才か…。鍛えれば相当なものになるな」
「でも、俺は…」
戦うということに実感が湧かず、セリクは困った顔をする。
昨日、咄嗟のことでビックワームに剣を向けたが、出来ればそんな危険なことは二度としたくはなかった。
「磨くかどうかはお前次第だ。だが、これから教えるものは、護身ぐらいにはなるだろう。覚えて損はない」
デュガンは脇構えになり、剣を水平にした。その身体からユラリと陽炎のようなものが沸き立つ。
「これを『戦気』という。人間が持つ戦うエネルギーだ。どんな生き物であれ、この“気”というものを持っている。大小は個人差があるがな」
炎の揺らめきのように、黒い炎のようなエネルギーが全身を覆っていた。
「龍王のような強大な生命体は、このエネルギーを特に多く持っている。ヤツらはこれを『波動』と呼んでいるがな」
セリクは、エーディンが放った青白い衝撃波を思い出す。あの正体がこれだったのだ。
「この力を集中させて敵に叩きつければ、大きな一撃と化す。戦気を用いて技にして出すことを『戦技』という。よく見ていろ。これが俺の戦技、『衝遠斬』だ!」
ヒュンッと横に払った剣先から、黒いエネルギーが三日月状に放たれる!
それはセリクの脇をすれすれに通り抜け、草や木々をなぎ倒す!
メキメキと倒れた大木を見て、セリクは目を丸くした。
「……俺に向かってでいい。やってみろ」
「ええ!?」
やってみろと言われても、何をどうしたらいいのか皆目検討もつかない。
「最初から戦技を飛ばそうと考えるな。無心で、俺がやったように剣を動かしてみろ」
半信半疑で、先ほどのデュガンがやったのを真似して、水平にした剣を横から振ってみる。
しかし、案の定、何も放たれることはなかった。ブンッという風切り音がしただけだ。
「刀身に気を集中させねば意味がない」
デュガンはセリクができて当たり前だとでも思っているようだった。
できるわけないと思いつつも、言われるまま、セリクは刀身に意識を向けてジッと見やる。すると、身体の奥底から何か熱いものが込み上げてきた。それが剣先を覆うイメージが広がる。
「……方向を見定め、それを一気に解き放て」
「うわあっ?!」
方向を定めようとする前に、刀身に集まった意識がパーンッ! と弾け、セリクの意図しない形で放たれる!
鮮やかな紅色の三日月が、猛烈な勢いでデュガンに襲いかかった! 軽く目を見開いたデュガンは、それを受け止めようと剣を掲げる。
「クッ!? うおおッ!?」
無事に剣を当てて衝撃波を受け止めたのだが、その威力が予想以上に強くて片手では抑えきれない。
両手で剣を掴み、僅かに後退りしながら、無理やりに力押しでそれを掻き消した。
「……グウッ。なんだ、この威力は?」
痺れる自分の手を見やり、デュガンは目を細める。セリクはといえば、青白い顔をしていた。
「ご、ごめんなさい…。その、コントロールできなくて。飛んじゃって…。その、大丈夫でしたか?」
戦技が出たということを驚くよりも、デュガンに怪我をさせたんではないかということをセリクは気にしていた。
「問題ない…」
「良かった」
ホウッとセリクは安堵の息を吐く。
「だが、これでハッキリした。普通ならば、戦気を纏えたとしても、戦技を出すまでにはある程度の時間がかかるものだ。戦う才能は間違いなくあるようだな」
セリクは半信半疑といった様子で、自分の持つ剣を見やる。
ここからさっきの戦技が放たれたのは間違いないのだろうが、未だそれを自分が使えたというのが信じられなかった。
「今の技は、戦技としては一番初歩のものだ。だが、戦気を纏う才能が無い者には、一生かかっても会得できん」
「俺は…別に剣なんて」
「……お前が剣を嫌いだったとしても、剣の方はお前を気に入っているようだがな」
セリクは複雑そうな顔をしてうつむいた。
剣の才能があると認められても、この時のセリクにはその必要性がまだ解っていなかったのである……。
山小屋を出て、数時間。デュガンの知っている近道を通り、山間を進み続けて、ファルドニア領とは反対にあるガーネット領側の山に向かう。
あとは下るだけという道の途中で、デュガンが立ち止まった。
「…ここを真っ直ぐ行けば平地にでる。さらに行けば街道だ。魔物も街道には滅多に近寄らん」
「え?」
なんでそんなことを今言うのかと、セリクは疑問に思った。
「街道には、『神国ガーネット帝国』に向かう商隊の馬車も頻繁に行き来する。普通なら金を払わねばならんが…。まあ、子供だったら無料でも乗せてくれるだろう」
「ガーネット帝国? いや、あの、俺はレノバ…」
セリクはそう言いかけて口を閉じた。村から追い出されて生贄にされた以上、もう自分には帰る場所などないのだと思い出したのだ。
「帝都ならば、お前にもできる仕事が何かあるだろう」
すでに感じてはいたが、一人で生きていかなければならないという事実を改めて思い知らされる。この台詞からしても、デュガンは帝国まではついてきてくれないのだとセリクは理解した。
ロベルトの約束では人里までという話だったが…。セリクにはそんなことを言い出す気は起きなかった。ここまで連れてきてもらったことだけでも感謝すべきなのだ。
「デュガンさんは、これからどうするんですか?」
まだ、もしかしたら一緒に来てくれるかも…そんな淡い期待を抱いて、セリクはデュガンを見やった。だが、デュガンの目はファルドニアの方角をきつく睨み付けていた。尋ねるまでもなく、デュガンは龍王城に戻るつもりなのだ。
「……また会えますか?」
控えめに尋ねるセリクを、デュガンはチラリと見やる。
「……お前が強くなれば必然的にな」
その言葉に、強さというものへの執念をセリクは感じた。デュガン自身の強さも、その執念があって作られたものなのだろう。強くなければ評価さえしてもらえないのだ。
「偉そうなことを言うつもりはないが、強さを持つことをためらうな。そうでなければ、いつか大事な物を失うぞ」
「…はい」
一人で生きていくにはあらゆる意味で強くならねばならない。どうせならばデュガンのようになりたいと思い、セリクは腰の剣柄を握りしめる。
覚悟を決めたことで、セリクの中で甘えようとしていた想いが消えた。
「デュガンさん。本当にありがとうございました!」
真面目な顔を作って、セリクは深々と頭を下げる。もう自分は大丈夫だというのを示したいと思ったのだ。
デュガンはわずかに優しく目を細めた。セリクの中にある種の覚悟が芽生えたことを察したのである。だが、セリクが頭をあげるとすでにいつもの無表情に戻っていた。
「じゃあな」
デュガンはそう言って、マントを翻し立ち去った…。
山間に消えていくデュガンを最後まで見送りながら、セリクは考えていた。次に出会うときには、デュガンに認められるぐらいにもっと強い人間になっていたいと…………。