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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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67話 ストス村での十日間

 ストス村になぜか集まる魔物たち。

 その原因が魔玉石にあると考えたセリクたちは、村の中をくまなく探すことになる。

 納屋の中、メルシー飼育小屋の藁束、繁みの奥、朽ちた空き家、怪しいと思う場所を徹底的に洗う。

 村人は何事かと不審そうな顔をしたが、その中にブロウがいるのを見るや、「ああ、なるほど」といった顔でニコリと笑って立ち去る。魔物退治の功績が、こういったところでも役立っていたのである。


「ふぇー。もう、ダメ。私、動けない」


 一日かけて村の中を巡り、疲弊したフェーナは広場のベンチに座り込む。


「どこにも何もなかったね」


 セリクは、夕日に染まりつつある村を見やる。広大な牧草地帯、ポツンとポツンと建つ民家からは夕げの煙が上がり始めていた。

 同じ村でも、レノバ村とはなんだか時間の流れが違うような気がした。もっとゆっくりで、もっと静かで、落ち着いているような雰囲気なのだ。

 この平穏な村に、そんな怪し気なところはないような気がしていた。自分たちの思い過ごしなのではないか、とそう思い始めていたのだ。


「フン。スベアのハルフゥがいれば、こんな面倒なことはしなくて済むんだがな…」


 スベアの聖獣は積載運搬能力だけでなく、周囲の魔気《マガ》などを探索する力なども備えているという話であった。


「オイ。ヘジル。オメェの勘違いなんじゃねぇのか? これだけ探したんだぜ」


 頭についた葉っぱを払いながらブロウが言う。繁みの中をもぐる時に全身についてしまったのだ。


「…そうだな。何か他に魔物たちが集まる要因があるのかもな。僕は何かを見落としているのか」


 眼鏡をさすって思案に入るヘジルに、三人は顔を見合わせる。こうなったヘジルは声をかけても返事をしないことが多いのだ。


「…歩いて帰れないー。お兄ちゃん、おんぶして!」


「オウ? 珍しいな。フェーナが甘えてくるなんてよぉ」


 そう言いつつも、嬉しそうにしながらブロウがしゃがむ。

 小さな頃も、フェーナはブロウにあまり甘えたりはしなかった。むしろ、頼りない兄貴を注意する側だった。レノバ村ではしっかり者のフェーナで通っていたのだ。


「今日だけは特別なの! 足、パンパンだし」


 恥ずかしくなったのか、フェーナはちょっと頬を膨らませる。そして、ブロウの大きな背中に寄りかかった。


「ガッハハ! なんだ、軽いもんだな!」


 ブロウは苦労することなく立ち上がった。


「うわ、高い! ふぇー。私とお兄ちゃんの目線てこんなに違うんだ」


 感動したように辺りを見回し、フェーナは嬉しそうに笑う。

 ブロウの身長はこの中では一番高かった。まだ成長途中ではあるが、ヘジルよりも数センチ、セリクとは二〇センチは違うだろう。


「あ! 誰かこっちに来るよ」


 フェーナが言う方向を見やると、坂の上から誰かがやってくるのが見えた。あちらはウラーゼルの屋敷がある方角だ。


「ン? あれは、レマじゃねぇか」


 レースのついたメイド服からして間違いなかった。村人でこんな服を着ている者はまずいない。

 手には水筒のようなものを持っている。


「…お帰りが遅かったので、お迎えにあがりました」


 広場まで来ると、レマはペコリとお辞儀をする。


「わざわざそんなことまでしてくれるんですか?」


 セリクが驚いて言うと、レマは小さく微笑む。

 そして水筒を開け、コップに薄茶色の液体が注がれる。


「大事なお客様ですから…。主人が心配して、私を遣わせたのです」


 皆に飲み物が入ったコップを配る。


「わー。ちょうど、喉乾いていたんだー。ありがと。レマさん!」


「オウ。せっかくだが、俺様はいいわ」


「え?」


 申し訳なさそうに笑い、ブロウは手を横に振る。レマはちょっと驚いた顔をした。


「初めて来た時に貰ったが、ウラーゼルのオッサンとこの茶はなんか合わなくてなぁ」


「高すぎて味がわからないからじゃないの?」


「ン? オウ。それもあるかもなぁ! ガッハハハ!」


「そう…ですか」


 ブロウが笑うのを見やり、少し困った様子でレマはコップを見やる。なんでそんな顔をするのだろうと、セリクは不思議に思った。


「では、お食事の準備が整っております。……本日は、ぜひともブロウ様もお越し下さるようにと」


「オウ? またかよ。俺様は宿でいいって。オメェらはどうするんだ?」


 ブロウが尋ねると、セリクとフェーナは顔を見合わせる。


「私はお兄ちゃんにおぶっていってもらうつもりだから…。お兄ちゃんがウラーゼルさんのところで食べないなら、このまま宿にお泊まりしようかなぁ。だから、今日はそこで食べるね」


「俺は…。ヘジルはどうするんだ?」


 セリクが問うと、思案中のヘジルはあまり興味なさそうに眼を細めた。


「…考え事がしたい。夕食は簡単なものでいい。僕も宿に行く」


 短くそう答える。屋敷に行けば、ウラーゼルと社交辞令を応酬をすることとなるだろう。それが煩わしいと感じたのか、ヘジルも宿での食事を希望した。


「それなら、俺も宿で…。せっかく、用意してもらったのは申し訳ないけれど」


 セリクも心底悪いと思いつつそう言う。なぜか、レマは凍り付いたような強張った表情をしていた。


「…困ります。主人には、ぜひに…と、言われておりますので」


 連れ帰らないとウラーゼルに叱られるのだろうか? それとも、用意した食事が無駄になってしまうだからだろうか?

 こういう田舎では食事は無駄にはしない。生産者としてそういう点には厳しいのだ。仮にセリクたちが食べなかったとしても、屋敷の使用人たちで分けたりするだろう。そう思ったからこそ、皆も普通に断ったのである。


「オウ。ウラーゼルのオッサンもしつこいなぁ!」


「お兄ちゃん! 暴力はダメだかんね!」


 ブロウが拳を握りしめたので、その頭をフェーナがポンと叩いた。


「レマさんが何か言われるの?」


 セリクが聞くと、レマは少し悩んだ末に首を横に振る。


「…いえ、別にそういうわけでは」


「猊下に言っておいてくれ。僕たちは客人としてここに来たわけじゃない。任務で寄っただけなんだ。毎日、豪勢な食事を用意する必要はない」


 冷たくヘジルが言い放つ。


「そういう言い方はないんじゃないのか?」


「そうよ。せっかくレマさんが気を利かしてくれているのに」


 セリクとフェーナがたしなめるのに、ヘジルはフンと鼻を鳴らした。


「……差し出がましいことをして、まことに申し訳ございません。承知しました。主人にはそのように伝えます」


 ペコリとレマは頭を下げ、屋敷の方へと引き返していく。


「…なんだか悪いことしちゃったかな」


「うん。そうだね」


 セリクとフェーナは、寂しそうなレマの後ろ姿に少し罪悪感を覚えたのであった……。




---




 十日間は、魔物の襲撃らしきこともなく、また魔玉石が見つかることもなく、本当に何事もなく過ぎ去った……。


 屋敷のベランダで、ヘジルの声が響く。


「いったい鍵屋は何をしているんだ? 帝都から村まで二日かかるとしても、鍵を作るのに八日もかかるものなのか!?」


「まあまあ、落ち着いて下さい。ヘジルさん」


 優雅に紅茶を飲みながら、ウラーゼルがやんわりと言う。


「猊下。失礼ですが、依頼を出された職人のフルネームは解りますか? 帝国に無線を飛ばし、作業を急がせます」


「それが、この村で帝都情勢に詳しい若者に職人選びを任せたものでして…。私はどこの誰なのか存じないのですよ」


「職人はこの村に来たんですよね? その時、実際に会ってはいないのですか?」


「ええ。会ってはおりますが…。名前は……うーん」


 ウラーゼルは禿頭をかく。


「それでは、その若者に会わせてもらえますか?」


「いえ、その者も職人が鍵を仕上げるまで帝都に留まる手筈。その間の宿も本人が好きに選んでおります故に、捜すのも困難かと…」


「…そうですか」


 苛立たし気に、ヘジルはため息をつく。


「容姿は、長い茶色い髪をした、五十代半ばの細身の男性でしたね。

 確か名前は……グラッセ? いや、グランマ? 違うなぁ。グーイス?」


「グイース? あ、私、その鍵屋さんだったら知ってるかも…。セリクの部屋のを直すのにお願いしたの、確かその人だったと思う」


 フェーナがそう言う。

 以前、無理にセリクの部屋に押し入ろうと錠を壊したことがあったのだ。相部屋を断られた次の日の出来事である。


「グイースとは、大昔のベテラン鍵師の名だ。今では鍵屋の屋号でも多く使われているんだ。無許可で勝手に名乗っている者も少なくない。

 それだけで調べても、何人も出てくるだろう」


「でも、フェーナの知ってるそのグイースさんに聞いてみれば? 本人でなかったとしても、もしかしたら心当たりがあるかも…」


 セリクが提案するのに、ヘジルは首を横に振る。


「グイースを名乗っているのに、他のグイース…つまり、商売敵の情報をわざわざ教えてくれるとは思えないな。仮に何かを知っていたとしても黙っているもんさ」


 鍵屋のプロフェッショナルとしての自覚があるのであれば、そう簡単には顧客情報を教えたりはしないともヘジルは続けた。


「帝都の鍵師は、認可を受けている者であればすぐに調べられるが、モグリでやっている者となれば、数も解らないし調べようがない。

 クソッ! その人捜しだけで、丸一週間はかかるぞ!」


 鍵を扱う者は、犯罪者紛いの者も多いのだ。そういう者の方が良い鍵や錠前を作れたりするので、中には違法と知りつつも、闇業者に依頼する貴族もいる。下手な鍵屋よりも、開けることを生業としている泥棒の方が詳しかったりするわけで、より開錠困難な良品を作ってしまうのだから皮肉な話である。 

 そして、五十代半ばの男性という特徴だが、“泥棒家業を引退して安全な定職へ…”などと考える者が、だいたいその年代に多いのであった。さらに、そういう手先が器用なコソ泥はだいたいが細身だ。つまり、殆どの違法錠前師に当てはまる特徴なのである。


「…お手上げですかな」


 ウラーゼルが肩をすくめてみせるのに、“まるで他人事のようだ”と感じてヘジルは眉間にシワを寄せる。


「…若者を当たった方が早い。その彼を捜しに帝都に戻ります。名と容姿を教えて下さい」


 ヘジルがそう言うと、ウラーゼルは大げさに天を仰いでみせた。


「どうにも、冷静さを欠いていらっしゃるようだ。頭脳聡明なヘジルさんらしくない」


 ウラーゼルは新しいカップに紅茶をそそぎ、「どうぞ」とヘジルに勧める。


「待ち人は迎えにいくものではありませんよ。えてして入れ違いになるものです」


「ヘジル。ウラーゼルさんの言う通りだと思うよ」


 セリクもフェーナも頷く。


「すでにこちらに向かっていてもおかしくはないと思いますよ。

 そもそも、私が十日と言ったからといって、十日ぴったりというわけにもいかんでしょう。

 あと、二、三日待ってみてはどうですかな? ゆるりと食事でもして、ティータイムを愉しんで、そうこうしているうちに待ち人というものは来るものですよ」


 ウラーゼルの言うことは筋が通っていた。迎えに行ってすれ違いになったら意味がないのだ。

 ヘジルは苛立ちを抑えるようにして、短くホゥッと息を吐き出す。気に入らないという感じではあったが、それでも待つ以外に他に手段がないと諦めがついたのだ。


「待てば海路の日和あり…とも言うじゃないですか。

 帝王や大神官が神告を待ち望むように、辛抱も大事なことですよ。ささ、冷めないうちに、お紅茶をどうぞ」


 見た目通り呑気ともとれるウラーゼルの態度に、セリクたちは焦っても仕方ないというような気持ちになったのだった……。

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