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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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58話 解散パーティー

 夕方にフェーナとギャンは同時に帰ってきた。何やら大量の紙袋を抱えてのことだ。

 と思いきや、他の皆を礼拝堂から追い出し、「ぜったい覗いちゃダメだからね!」と言って内側から錠をかけてしまう。

 祈りをあげていたマトリックスは困った顔をし、シャインは二人の傍若無人な振る舞いに怒ったが、結局は「好きにさせてあげましょう」との一言で許されることとなる。

 マトリックスがそう言ったのは、隊長としてDBの存続を守ることが出来なかった負い目などもあったからに他ならない。


 小一時間ばかりドタゴトと中で音がしていたかと思いきや、扉からフェーナが顔をヒョイッと出し「入って良いよー」などと言う。

 セリク、マトリックス、シャイン、サラは互いに不思議そうに顔を見合わし、それから手招きされるままに礼拝堂の中にと入っていく……。


 礼拝堂の中は、普段の質素さとはうってかわった状態で、これでもかというぐらいに飾り付けられていた。

 色紙をリングにしてつなぎ合わせたものが天井の端から端を渡し、くす玉の小さいものが連なってぶら下がっている。

 椅子は可愛いフワフワしたモールで縁取られ、壁にはハートやスターのステッカーがベタベタと貼られ、イバンの絵画の上にも花束やクラッカーが両手に持たされているような有り様であった。

 平行に並べられていた長椅子は、円形状に並び替えられ、ちょうど開いた真ん中に、白い布がかけられた机が用意されている。

 その机上には、セリクがギャンの家で馳走になった以上の料理が所狭しと置かれていた。その膨大な量に加え、種類の奔放さ、見た覚えのある食器からしても、それはギャンの母親が作ったものであることがすぐにセリクには解った。

 何事かと皆は思ったが、教会の一番奥の壁にかけられた『ドラゴン・バスターズ解散パーティー』との文字を見て、ようやく納得する。


「急だったからちゃんと用意できなかったけれど、どう? スゴイでしょ?」


「ワイとフェーナで用意したんやでー」


 二人は会場の真ん中で、得意げな顔でそう言う。


「なるほど。こそこそ何かしていたのはこれだったのですか」


 マトリックスは感心した様子で飾り付けを見回す。審判の書にまで、紙で作られた花がつけられているのを見た時にはさすがにちょっと苦笑いをした。


「今は決して浮かれていていい時ではありません。ましてや教会でこのようなことを行うのはいかがなものかと…」


 渋い顔をしていたのはシャインだ。だが、マトリックスは首を横に振る。


「いえ、こういうことを提案するのは、本来、隊長である私がしなければならないことです。

 非常時ではありますが、こういう節目を大事にできないとしたら……これから皆を引っ張っていく者としては失格でしょう」


「しかし…」


「解散パーティー結構じゃないですか。今日だけは羽目を外させてもらいましょう。企画して下さったお二人に本当に感謝します」


 マトリックスが微笑むと、フェーナとギャンは「イェーイ!」と、手を叩き合った。

 シャインも眉間のシワを解き、フッと小さく笑う。心底から反対していたわけではなく、体面上そう言っただけに過ぎなかったのだ。


「パーティーをやるんでしたら、ちゃんとしたドレスを着てきましたのに」


 サラが自分の改造ドレスの裾をあげて言う。


「何言うてるんや! サラはそのままでじゅーぶんに可愛いで!」


「え!?」


「へ?」


 軽口のつもりでヘラヘラとギャンはそんな事を言ったのだが、一瞬だけ場が止まる。

 驚いた顔をしていたサラの顔が、カーッと赤くなった。


「な、何言ってるんですの!!」


「うげッ!」


 バチンッ! とサラに頬をはたかれ、ギャンが吹っ飛ぶ。


「な、なんでやぁ! ワイ、何も悪いこと言うてへんやんか!」


「うるさいですわ! もう知りません!!」


 そのやり取りを見ていて、誰からともなくプッと吹き出して笑いが巻き起こった。


「さあ、楽しもうよ!」


「うん」


 フェーナはセリクの手を取って引っ張って行った……。



 和やかな談笑。気心の知れた仲間たちと一緒にパーティーを行う……それはセリクにとってもちろん初めての経験だった。

 同じ部屋で、同じ皿の食事を口する。一口サイズのナゲットをケチャップを付けて口にいれ、紙コップに注がれた果汁ジュースを飲む。ただそれだけのことが、仲間と共に行うだけでこんなにも楽しいものだということをセリクは知らなかった。



「前から思っていたのだが、サラ。お前のその巻き髪は自分で巻いているのか?」


「いいえ、電気を帯びているせいなのか自然と巻くんですわ。気に入らないところは力を調整して、いくらか巻き加減を変えれますから……自分でやっているといえばそうなるかもですけれど」


「うあー。いいなぁ、便利な上にオシャレもできるなんてー! 私もサラみたいな綺麗な金髪だったら巻くのに!」


「フェーナはそのままがいいですわよ。綺麗なツヤのあるストレートで逆に羨ましいですわ。枝毛もほとんどないんでしょう? だったら下手にいじらない方が良くてよ」


「えー? そうかなぁ?」


「……ン、コホン。私も髪をのばしてみるかな」


「え?」「ふぇ?」


「な、なんだ?」


「巻き毛にした副リーダー……ううん、ちょっと別な意味で圧力があって怖いですわ」


「う、うん。私もシャインさんは短い髪の方が似合うと思うなー!」


「…………そうか」


 シャインは自分の髪をつまみ、少し残念そうな顔をした。



「ギャンくん。なかなか言い出す機会がなかったのですが…」


「なんや、リーダー? 改まってからに?」


「ええ。実は君のボール男についてなんですが…」


「おお。見たいんか!? 魔王とのバトルで死にはぐったせいか、ワイもレベルアップしてな! ボール男にようやく胴体もついて……ちょっと待っててや!」


「いえ、違います。その、何と言いましょうか。ずばりネーミングセンスがいまいちかと思いましてね」


「ネーミングセンス…って、ボール男の何がいけないんや?」


「いいですか。技名というのはとても大事なのですよ」


「はあ。せやな」


「技名を言うことで、自分の中の具現イメージが明確になり象徴化された力がより増します」


「あー、そら前にも聞いたことあるわ」


「さらにそれだけではなく、一緒に戦っている仲間たちにも自分の戦術を伝える意味合いもあります。連携をとる上でも、使用技を宣言するというのは意義があることなのです」


「…は、はあ。なんかカッコええから叫んどるんやと思うてたわ」


「ということで、私がボール男に勝るネーミングを考えてさしあげました!」


「はあ……って、ふおぁ!? な、なに言うてんねん自分!?」


「フフ! 驚かないでくださいよ! 新名は、“グレート・サンシャイン・ファイアー・メェン”!」


「ぐーれーと、サンシャイン!?」


「一晩寝ないで考えました! 良い! これ、凄く良いですよ!」


「良くないわ!! 言いづらいやんか!! イメージもしにくいわ!」


「イメージなんてどうでもいいんですよ! 格好いいでしょう!? 格好良さが大事です!」


「アンタ、さっきと言うてること違うやないか! どないなってんねん!!」


 マトリックスは執拗にボール男の改名をせまり、ギャンは慌てて逃げ出す。



 こんな実に他愛もない会話が続く。いつも一人ぼっちだったセリクにはなかったものだ。


 幼い頃からほぼ今に至るまで、自分は何をしていたのだろうと、セリクは記憶の断片を探り、必死に想い出す……。

 フェーナとの会話は幾つかは思い出せる。だけれど、それは本当に会話していたのかどうか怪しい。暗く沈んだ心は、フェーナの話をまるで他人事のようにただ聞き流してた気がする。

 心はいつも独りぼっちだった。会話も思考もなく、ただその日が暑いか寒いかどうかぐらい。そして膝をかかえ、配られる少量の食事を待つ日々。その月日が長いのか、短いのかすらハッキリとは解らなかった。

 たまに繋がれた鎖の届く範囲で外にでても、辺りは村人から捨てられた荒んだ手つかずの森林地帯。野生のキツネやウサギを見かけることはあった。だが、彼らはセリクとは違い自由の身なのだ。彼らは紅い眼を見て怯えて逃げて行ってしまうので触れることさえできない。

 フェーナにイバン教の事を聞かされ、見たこともない聞いたこともないイバンや神に祈ってみたとて応えはない。怒りや苛立たしさ以前に、悲しみだけが募る絶望の日々だった。

 生きることだけに精一杯で、そこから逃げることすら頭に浮かばなかった。

 ボロ家と森林、そしてフェーナ……それがセリクの世界の全てだった。それ以外はセリクにとって未知で恐ろしい事でしかなかったのだ。


 それが、一つの出来事を切っ掛けにして、すべてが一気に変わってしまった。


 セリクに最も恐怖を与えた存在……それは、龍王エーディンである。

 皮肉にも彼の存在が、セリクの頸木くびきを砕き、自由をもたらせ、この場にいることを可能にさせたのだった。

 DBや帝国の人々との関係以外にも、レイドとの対話、そしてユーウとの出会い……どれをとっても、龍王エーディンという存在なしには語ることはできない。

 それを考えると、セリクは複雑な気持ちになる。倒さなければならない憎い相手ではあるはずのに、感謝しなければならないのではないか、と。できることならば話し合うことはできないのか、と。

 だが、頭の片隅に浮かぶ存在がそれを常に否定し続ける。闇に浮かぶ白仮面……神王ラクナ・クラナ。


『……滅ぼせ。龍王アーダンを。我らが神敵を』


 考えてみれば、なんとも勝手な話じゃないだろうか。今の今まで放置していたというのに、今になってセリクを救済者だと言い、龍王を倒すことを命じることに理不尽さを感じざるを得なかった。

 望んでもいない、紅い力こと拒滅ルンを与えられ、その影響でセリクは村人たちから疎まれ、煙たがられていたというのに……。

 だが、今のセリクはこうも考えるのだ。“はたして、もうそんなこと関係があるんだろうか?”、と。

 いま目の前に大事な人々がいる。誰かに頼れるということを知ることで、セリクはフェーナの大事さを本当に認識できるようになった。

 もうただ怯えるだけの無力で保護される存在じゃない……セリクは戦えるのだ。望むと望まぬとに関わらず、剣の才能があり、龍王を凌駕するほどの力を持っている。

 大事な人々の存在は、過去のセリクの苦痛や悲しみの牢獄から救いだし、それ以上の恩恵をもたらせたのである。

 やっと手に入れたそんな大事なものを失っていいのか? いや、いいはずはない。だとしたら……やることは決まっている。

 神々も龍王も魔王も関係ない…セリクは“自分のために、人類に敵意する者たちと戦えばいい”のだ。

 そうすれば、“人々は自分を認めてくれる”だろう。もっと仲良くして大事にしてくれるだろう。それが、セリクにとってとても重要なことだったのだ。



「セリク?」


「……うん?」


 ジュースを持ってきたフェーナが声をかけてくる。視線を床に向けていたセリクは顔を上げた。


「大丈夫? なんだか考え込んでいたみたいだけれど…」


 セリクの横に座りながら、ジュースを手渡す。礼を言ってそれを受け取った。


「うん。大丈夫だよ」


「もしかして楽しくない?」


「そんなことないよ」


 いつもフェーナはセリクのことばかりを心配している。

 それは喜ぶべきことなのかも知れなかったが、セリクにとっては『なんでそこまでしてくれるんだろう?』という気持ちの方が強かった。


「……俺って哀れかな?」


「え?」


 セリクがポツリと呟いた言葉に、フェーナは驚いた顔をする。その顔を見て、セリクはちょっとしまったと思った。


「セリク。どうしたの? 悩みがあるなら言ってよ」


 フェーナは席から立ち上がり、セリクの正面に立つ。そして、しゃがみ込んでセリクの顔を覗き込んだ。

 

「……大丈夫。ごめん。本当に何でもないんだ」


 フェーナは優しい。フェーナは心配してくれる。そう考えて、セリクは自分を嫌悪した。

 どうして、こんなにもフェーナが時々に煩わしく感じられるのか、と。

 こんなにも自分を守り、自分を助け、自分を心配してくれる大事な人なのに……どうして鬱陶しいのだろう。


「…ウソ。セリク、何か隠している」


 セリクは下を向いて、眉を寄せる。

 そういう言葉をかけられる度に、心の中がざわめく。ドス黒い何かが心から滲み出て、油断してるとすべて覆われてしまいそうな気になるのだ。


「何も隠してないよ。本当だよ」


 セリクはフェーナに対する苛立ちを振り払い、無理に作った笑顔を向ける。


(ああ、そうだ。あれは同情する眼だ。自分より可哀想な存在を憐れむことで、優位に立とうとする者の眼だ……疎ましい)


「セリク?」


 問いかけには答えず、眼をそらしてセリクは立ち上がる。


 ちょうどその時、シャインがおぼつかない足取りでやって来た。

 これでフェーナと二人きりで話さなくてすむとセリクは安堵する。

 シャインの頭には、星マークの紙帽子があり、手には細長い瓶を持っていた。


「おぉ! ここにいたか! 我が愛弟子セリクよ!」


「シャインさん?」


 ガシッと肩に腕を乗せられ、体重をかけられる。あまりの重さにセリクはよろめいて、持っていたジュースを落としてしまった。バシャッと自分の服にそれが引っかかる。 


「おー、悪いことをしたな! よし。シャワーに行くぞ! 一緒に入ろう!」


「え? ええッ!?」


 普段では考えられないような発言に、セリクはひどく驚く。

 シャインは赤い顔をしていて、目の焦点が合っていない。口から香るアルコールのニオイからして、相当なまでに酔っぱらってそうだった。 


「はああッ!? 何言ってるんですか!?」


 フェーナは怒ってシャインを引きはがそうとするが、シャインはガシッと強い力でセリクをホールドして離さない。 


「ぅいッ。あのなー、弟子は師匠の背を洗うもんだぞ! 私だって、師の背中をよく洗ったものだ!」


 顔を寄せ、シャックリをあげるシャインはかなり迷惑な人となっていた。絡み酒をするタイプである。


「シャインさんの師匠って、親戚じゃないですか! それに背中を洗っていたっていつ頃の話ですか!?」


「んぁ? そうだな。確か私が九つ頃のことかな…」


「それって子供の頃の話じゃない!」


「なーにを言っているか! セリクもフェーナもまだ子供だろうが!!」


 シャインはセリクの頭を撫で回す。強い握力のせいで、セリクは髪を頭皮ごと抜かれるのではないかと思った。


「色々問題ありますッ!! この酔っぱらいめ! セリクを離して! 離せぇ!」


 フェーナはシャインの身体を手当たり次第にポカポカと殴る。

 首を脇に抱えられ、セリクはみるみるうちに青くなっていく。


「フハハハッ! 痛くも痒くもないぞ!!」


 胸を張り大笑いする。フェーナの拳が、シャインの胸をボンボンと叩く。大きく揺れる様はまるでパンチングボールのようだ。


「キー! 胸が大きいからっていい気になって! このオッパイ怪人め!」


「悔しければデカくなってみるがいい!」


 シャインはセリクを放り出し、フェーナと取っ組み合いを始める。


「な、なんですの。随分と出来上がっているみたいですけれど…」


「ギャンくん。お酒まで用意したんですか?」


 マトリックスの問いに、ギャンはブンブンと大慌てで首を横に振る。


「まさか! リーダーもオバハンも飲まへん思うてたわ! せやから、ジュースしか持って来てへんって!」


「でも、あの酔っぱらい方は明らかに飲んでますよ。シャインさんが手に持っているものは…」


「いや、あれはシャンメリーやで! アルコールなんて全然入ってないちゅうねん!」


「じゃあ、場酔い? いや、まさかですわ」


 サラはそう呟き、手にもっていたラムレーズン入りのケーキを見やる。


「まてや! ケーキに入ったアルコールで酔ったっちゅうんか? んなアホな! どんだけ弱いんや!!」


「信じられませんわ。ってか、この微量で悪酔いにも程がありますわ」


「そんな話はともかく! 皆でシャインさんを止めないと! あのままではフェーナさんが絞め殺されてしまいます!!」


 慌てて三人はシャインとフェーナの仲裁に入る。

 その際、大暴れする二人を止めるのに、ギャンが誤ってテーブルを一つひっくり返してしまった!

 ポーンと、乗っていた料理が中空に飛び散り、ドチャ! ビシャッ! という感じに皆の上に飛び散った。

 氷入りのジュースを頭からかぶったシャイン、ケーキの破片を顔につけたフェーナ、カニの鋏を頭に乗せたマトリックス、スパゲッティまみれのサラ。そして極めつけは、プティングゼリーまみれになったギャンだ。


「つ、冷たいぞ! グウッ? わ、私はいったい何をしていたんだ…」


「うわわーんッ! な、なにこれー! 髪も服もグッチャグッチャだよぉ!」


「最悪ですわ! よりによってミートソース…この染み、なかなか落ちないですのに!」


「ギャアー! 皿が割れてまっとるやないか!! 母ちゃんにどつかれてまう!!」


「ハハハ。これは、また盛大にやりましたねぇ。後始末が大変ですね、はぁ…」


 その場から離れていたセリクは、ちゃっかりと一人だけ難を逃れた。

 あまりに皆の滑稽な姿を見て、セリクは腹部をおさえて笑い出す。


「フフ…フフフフフッ!」


 セリクが大きく笑い出すのを見て、皆がキョトンとした顔をした。


「あれ、皆、どうしたの?」


 首を傾げて問うと、フェーナとギャンが顔を見合わせた。


「その……セリクがそんなに笑っているところ初めて見たから」


「え?」


 そう言われて、セリクは自分が笑ったということに改めて気づいた。

 小さく微笑んだり、笑顔になったりすることはたまにあった。でも、お腹を抑えて笑うなんて今まであっただろうか?


「せやな。セリク、笑うことあっても、なんや泣き笑いみたいな感じやったしな~」


「ええ。心から楽しいとか、そういうわけじゃなくて、なんだか申し訳ないって笑いでしたわね」


「そ、そうだったかな…」


 あまり意識してないところまで見られているものだと、セリクはなんだか恥ずかしい気分になる。


「ねえ、セリク! もう一度、笑って!」


「え!? そ、そんなこと言われても…」


「お願い! セリクが本当に笑ったところよくみたいの!!」


「お願いされたって、おかしくもないのに笑えないよ」


「お! なんなら、もう一度、料理ひっくり返すで!」


「それは却下だ!!」


 すでに酔いの覚めたシャインが怖い顔をすると、ギャンは掴んでいたテーブルを離して降参のポーズをとる。


「ねえ、お願い!! セリクが笑ってくれるなら、私なんだって…」


 両手を合わせてお願いしてくるフェーナだったが、急に表情をなくす。


「…フェーナ?」


 糸の切れた人形のように、ガクッと頭を落とし、その場に前のめりに崩れ落ちる。


「フェーナ!?」


 床に倒れたフェーナを見て、セリクは眼を丸くした。


「なんや。フェーナ、それが懇願の土下座ちゅうわけ…」


「違います! 本当に倒れたんですよ!!」


 マトリックスが慌ててフェーナの側により、首筋に手をあてて脈をとる。


「さっきの飛んできた皿に当たった、とか?」


 サラの問いに、マトリックスは首を横に振る。


「…脈が早い上に、かなりの熱を帯びています」


「なんや、具合悪かったんか!? せやかて、さっきまではしゃいどったやないか!」


「……もしかしたら、調子が悪いのをずっと隠していたんじゃないでしょうか」


 苦しそうなフェーナの表情を見て、セリクは顔をしかめる。


「フェーナ。なんで…」


 わずかに意識を戻したフェーナがうっすらと眼を開いた。


「……どうしても、パーティーやりたくて……セリクの初めての仲間たち……だから……」


「アホか! パーティーなんぞいつだって出来たやないか!! そない状態でやることやあらへんやろ!!」


 一緒にパーティーを企画したので、ギャンはいっそうのこと責任を感じていたのだ。


「……だって、任務受けたら……私もセリクも…みんなともう一緒に……仕事できない…もん……」


 それだけ言うと、フェーナは意識を失う。


「……素人判断ですが、かなり危険な状態だと思います。

 セリクくん、ギャンくん。私と一緒に部屋まで運ぶのを手伝って下さい。

 サラさん。私が氷を出しますから、それを入れる器の用意をお願いします」

 

 マトリックスが素早く指示を出すと、皆がそれぞれ動き出す。もうパーティーの雰囲気は少しもない、瞬時に仕事モードとなっていた。


「シャインさんは、確か行きつけのお医者がありましたよね?」


「はい。信頼できる、腕の良い医者です。すぐに呼んで来ましょう」


「すみませんが、お願いします」


「お、俺も! 俺も医者を呼んできます!!」


 居ても立ってもいられないといった様子でセリクが言うと、マトリックスはチラッとシャインの顔を見やる。


「……医者はセリクに任せても良いかと。ここまでの道案内だけなら問題ないでしょう。

 私はそのまま帝国城の方に治癒師がいないか聞いてきます。召還師がいるのだから、もしかしたら一人くらいはいるかも知れませんし」


「……そうですね。医者の件はお二人にお任せします」


 マトリックスが頷くと、セリクとシャインは急いで教会から飛び出して行ったのだった……。

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