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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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5話 漆黒の剣士

 脱出の道を探すため、龍王城の中を宛もなくセリクは歩き続ける。

 しばらくして、カーンッ! という甲高い音がどこからともなく響き渡って聞こえてきた。それも一度だけではない。少しの間隔を置いて何度も同じ音が響き渡るのだ。

 何だろうかと、セリクはその音が響く方へと足を向ける。

 食堂への連絡通路を抜け、大広間を通り、正面入口から一直線に続いている奧の大きな廊下に入っていく。

 ふと、ここが龍王アーダンの間に通ずる廊下なのではないかとセリクは思った。

 開け放ってこそいるが、妙に思わせ振りな大きな鉄扉。それを守るかのように屹立する龍の像たち。装飾品などが少ないこの城の中ではかなり手が込んだ作りだ。一番重要な場所でもなければ、ここまで重苦しく作る理由などないだろう。

 ベロリカに言われた事を思い出し、立ち去るべきかと少し悩むが、どうにもこの先から音が響いているのは間違いない。今でも 、カーンッ! という金属音が長い廊下を反響している。

 恐怖心がないわけではないが、その音への好奇心は抑えられなかった。危険そうならば、すぐに戻れば良いだけのことだと、腹を決めてセリクは先に進む。


 龍の彫像が延々と立ち並ぶ、紫色の絨毯に飽きてきたとき、ようやく突き当たりが見えてくる。

 先の大きな鉄扉よりも、遙かに大きい扉がそこにはあった。それこそ馬車から降ろされる時に見た正門と同じぐらいの大きさがあるだろう。それが屋内にあるのだ。上部は光も届かず、暗闇に隠れていて見えない。

 扉の真上には、何やら巨大な槍を抱えた龍のレリーフが描かれていおり、威圧感や圧迫感は今までのものとは比べものにならなかった。

 間違いなく、ここが龍王アーダンの間なのだとセリクは確信する。

 不思議と守衛らしき存在は見あたらない。強大な力を誇る龍王に、護衛なぞ不要ということなのだろう。

だが、その代わりに、黒いマントを羽織った男が扉を前に立ちふさがっていた。

 この男はどうにも龍王の兵士といった感じではない。侵入者であるセリクに背を向け、扉の方をジッと凝視している。そして、右手に持った剣を横に振った。目にも止まらぬ速さの凄まじい一撃が、カーンッ! という甲高い音と共に、扉の上に一文字を描く!

 セリクが聞いた音は、この斬撃音だったのだ。


「……チッ。これでもダメか」


 ビーンッ! と、しばらく青白く光り輝き、扉は揺らめいてこそいたが、傷は一つもついてはいなかった。

 男は自身の剣をジッと見やり、首を横に振る。そして、なにやら諦めた様子で、剣を腰の鞘に収めた。


「またですか。デュガン様」


 セリクの後ろで声がする。

 驚いて振り返ると、いつの間にかロベルトが立っていた。


「ロベルト…さん?」


「セリクさんもここにいらっしゃったのですか。ここは龍王アーダン様のお部屋です。ですが、今は結界が張られていて外部から入るのは不可能ですよ。我ら龍族ですら、アーダン様のお姿をもう10年近く見ていません」


 ロベルトが、デュガンの方を見ながら諭すように言う。


「……まだ不足と言いたいのか。アーダン」


 デュガンと呼ばれた男が、ゆっくりと振り返った。


 血に赤く染まったバンダナを、片目を隠すように頭に巻き、もう一つの眼も長い黒髪に隠れんばかりだ。

 蒼い眼光は鋭く、その物腰は油断も隙もない。その漆黒のマントの下から、すぐに剣を抜けるようにしているのだとセリクにも解った。

 顔の感じからしても、二十代後半ぐらいだろう。若いのだろうが、放っている雰囲気は並大抵のものではない。  

 彼こそが、ルゲイトとベロリカが言っていた人間なのだろうとセリクは思った。


「デュガン・ロータスの実力を疑う者は龍族にもいないでしょう。……ですが、相手が龍王アーダン様ともなれば話は別です」


 デュガンは少しだけ目を細めて不快感を露わにした。

 だが、特に何を言い返すこともなく、セリクとロベルトの脇を通って早々に立ち去ろうとする。


「……あっと! 少々お待ち下さい。ちょうどいいですね。一つ仕事を頼まれてはいただけませんか?」


 ロベルトはその背に声をかける。そのまま去ってしまうかに見えたデュガンは、意外にも歩みを止めた。


「仕事…だと?」


「ええ。報酬は……そうですね。“契約書”などはいかがでしょうか?」


 その言葉にデュガンの片目が大きく見開かれる。


「契約書、だと…? まさか“神々の遺産”と呼ばれているあれか?」


「まさしくそうです。しかも、剣神けんじんの物ですよ。デュガン様ならば喉が手が出るほど欲しい物ではありませんかな?」


 図星をつかれたようで、デュガンは小さく舌打ちをする。


「ロベルト。どうして貴様がそんなものを持っている?」


「妖精族の子供らが、ブフの森で見つけたものらしくて……。私らに始末を依頼してきたんですよ。龍族には縁のないものですし、神々の品などがある事をエーディン様に知れれば、大事になりかねませんからね。できれば、貴方に持っていてもらったほうが都合がいいんですよ」


 ニコニコと笑いながら説明するロベルトに、デュガンは肩をすくめた。


「貴様にいいように使われるのは癪だが……。まあ、いいだろう。引き受けてやる。内容を話せ」


 ロベルトは満足そうに頷き、セリクの顔をチラリと見た。当の本人はどういう話になっているのかついていけずに眼をしばたたいた。


「簡単なことですよ。この人間の子供……セリクさんと言うんですが。彼を人里まで送り届けてもらいたいのです」


 デュガンはセリクに視線を移す。ここで初めて興味を示したようだった。


「……それだけか?」


「ええ。軟禁されている状態なので、私が勝手に逃がしたならば問題になりますがね。デュガン様に連れさらわれたということならば……これは致し方のない不可抗力というものでしょう?」


 揉み手をしながら、大きな口をニンマリとさせてロベルトは笑う。 


「……下らぬ知恵がまわるものだ」


 デュガンはセリクを値踏みするかのように上から下へとみやる。居心地が悪そうにセリクは視線を彷徨わせた。


「剣は扱えるのか?」


 デュガンの問いに、セリクは助けを求めるかのようにロベルトを見やるが、小さく首を傾げてみせただけだった。


「いえ、剣なんて。握った事もない…です」


 兵士の息子というならばまだしも、辺鄙な村の村民の子供に過ぎないセリクが剣を持つことなんてありえないことだ。

 デュガンはマントをバサッと翻した。そして腰に帯びてあった二本の剣の中で短い方、その留め具をバチンと外して鞘ごと引っ張り出した。それをセリクの目の前に突き出す。


「……これをくれてやる。使えないなら足手まといになる」


 セリクは驚いた顔をして、イヤイヤと首を横に振った。

 小さなナイフを悪戯してても指を怪我してしまうぐらいだ。剣を持つなんてとんでもないことだった。

 

 だが、そんなセリクの心境など関係がないとばかりに、デュガンは無表情のままに、剣を突き出したまま微動だにしなかった。

 ロベルトなら口添えしてくれるかもとセリクはわずかに期待するが、我関せずという感じに二人の成り行きを面白そうに見やっている。 

 どうやら諦めて受け取るしかないのだと思い、渋々とセリクは剣を受け取った。 見た目よりもズシッと重く、危うく取り落としそうになる。

 それはデュガンがサブウェポンとして携帯している、剣と言うよりはダガーなどに近い護身用の小剣だった。だが、かえって、それが小柄なセリクには丁度良いサイズではある。これよりも長ければ、腰に帯びたときに剣先が地面に付いてしまうだろう。

 華美な装飾は一切なく、無造作に布を巻いた柄や、T字型の銀色した鍔も何のへんてつもないありきたりのものだ。

 戸惑いつつ、鞘から少しだけ抜き出して見ると、剣身はよく手入れをしてあり、鏡のように輝く刃はいかにも斬れそうだった。見ただけで急に恐ろしくなり、すぐに鞘に戻す。

 ロベルトが手伝い、腰のベルトに剣をつけてもらう。かなり重いので、なんだか身体が傾いてしまいそうだ。歩く時に変な感じである。


「逃がしてあげるのは簡単なんですが、魔物が出る道中が問題でしてね……。デュガン様に出会えて運が良かったですよ。セリクさん」


 そんなことを言われても、どういう状況なのかすら解っていないので、セリクは何も言えずに黙っていた……。




ーーー




 それから案内されるままに、セリクとデュガンは食堂の方を通って地下へと降りていった。

そこは薄暗く、埃っぽく感じられる小部屋だ。

暗闇に慣れると、窮屈に感じられたのは、所狭しと棚やツボが並べられているせいだったと気づく。実際には相当の広さがあるのだろう。

 ツボの中をみると、塩漬けされた何かの肉やら、色々な野菜やらが無造作に詰め込まれている。あまり衛生状態は良いとは言えなかったが、龍族が食中毒などになるとは思えなかったのでそこまで気にしてはいないのだろう。


「ここは私が休憩室としても使っている食材庫なんですけどね。ちょっとした秘密がありまして……」


 ロベルトが部屋の隅にある棚をずらす。

 その場所には、石畳に小さな切れ目が四角を描くように入っていた。両端を握って持ち上げると、隠された下り階段が現れる。

 カビの臭いに、隙間に溜まっていた埃が舞ってセリクは咳き込んだ。


「…地下道か? こんなものがあるとは」


 デュガンがそう言うと、ロベルトは微かに喉を鳴らしながら笑う。


「この龍王城が建つ以前からあるんですよ。私しか知らない道だと思います」


「どこに出る?」


「ローダリア山岳帯の中腹ですね。長い道のりですが、関所を抜けたり、山を乗り越えたりしない分は楽ですよ」


 デュガンがコクリと頷く。そしてから、チラッとセリクを見やった。


「どんな魔物が巣くっているか知れん。覚悟はいいか?」


「は、はい。お願いします」


 緊張した面持ちで、セリクは頷いた。

 魔物と聞いて、正直、この中に入るのはためらわれるが、いつ殺されるか解らない状況で龍王城に軟禁されているよりはマシなはずだ。

 帰るところなんてもうないのかも知れないが、かといって、ここでデュガンに置いていかれても困るわけである。

 セリクには選択肢は残されていなかったのだ。


 確認を終えると、デュガンは注意深く階段を降りていった。


 セリクは迷ったような顔で、ロベルトの方を向く。


「大丈夫ですよ。デュガン様は優れた剣士です。必ず、セリクさんを安全な場所にまで送り届けてくれますよ」


 魔物のことを不安がっているのだろうと思ったロベルトはそう言う。

 だが、セリクは首を横に振った。それについてはすでに覚悟したのだ。迷っているのは別のことである。


「いえ、そうじゃなくて」


「では、なにが?」


「……その、俺がいなくなったら、ロベルトさんがエーディンに怒られたりしませんか?」


 セリクは、短気なエーディンのことを思い浮かべていたのだ。

 自分がいなくなったことで、ロベルトが責められる可能性は充分にあるだろう。 いくら相手が龍族とはいえ、親切にしてもらったのだから、それが申し訳ないような気がしたのだ。

 そんなことを言い出すセリクが意外だったのか、天を仰いだロベルトは片眼鏡を直しながら言った。


「ご自分の心配より、私の心配ですか? 普通ならば、逃げることで頭がいっぱいのはずですよ。長年、多くの人間は見てきましたが、なかなかどうして……」


 おかしそうに笑うロベルトに、セリクは首を傾げた。何を笑う必要があるのか解らなかったのだ。


「でも、ロベルトさんは優しくしてくれたから……」


 正直にそう言うと、ロベルトはセリクの両手をとってやんわりと包み込んだ。

 ゴツゴツとした龍族特有の手だったが、それでも温かさは人間とそう変わらないんだとセリクは感じた。


「まあ、うまく誤魔化しますよ。エーディン様も、あなた一人くらいを実際にどうこうしようと考えているわけじゃありません。ただ親しい人間の知り合いと、セリクさんの境遇が少し似ていたので興味を覚えたのでしょう」


「エーディンの知り合い?」


 自分以外に生贄として連れてこられた人でもいたのだろかとセリクは思う。


「ええ。そうですよ。そんなことより……ほら、早く行かないと」


 もっと詳しい話を聞きたいところだったが、先に行ってしまったデュガンの方をロベルトは指差す。 


「ああ。それと、忘れるところでした……これも持っていって下さい」


 ずっしりとした重さのある、青い肩掛けのナップザックを渡される。

 軽く中を開き見ると、干し肉や水、傷薬やコンパスに地図などといった、冒険に最低限必要と思われる装備が入っていた。小袋には金もいくらか入っているみたいだ。

 どうやら、セリクがいつ脱出してもいいようにと準備してくれていたのだろう。


「……こんなに。ロベルトさん。本当に色々とありがとうございました」


 ロベルトの心遣いに、セリクは深く感謝する。


「いえいえ。こんなことしかできませんから……。セリクさん。あなたは他者を気遣えるとても優しい子です。どうか、お元気で。無事に帰れるよう祈っておりますよ」


「はい。じゃあ……さようなら」


「ええ。さようなら」


 ほんの短い関わりだったが、なんだかロベルトとの別れが名残惜しい気がした。

 人間でも、こうやって親切にしてくれたのは、セリクには一人ぐらいしか思い当たらなかったから尚のことだ。


 かなり先に行ってしまったデュガンを追いかけ、慌ててセリクは階段を降りていったのであった…………。


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