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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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57話 ファバード流の新門下生


「えー、なにそれ!」


 夕刻頃ようやく目覚めたフェーナに、ゲナから聞かされた内容を伝えるとすぐに頬を膨らませた。


「ってことは、DBは解散なの!?」

 

「そうなりますね」


 マトリックスは、帝国からの提示が書かれた書面に眼を通しながら言う。イクセスが置いていったものだった。


「みんなはいいの? 今のままじゃダメなの?」


「仮に断って、このままDBを残せたとして、だ。間違いなく、帝国からの何かしら圧力がかかるだろう。帝国からの依頼がなくなるだけでなく、最悪、活動もままならなくなる」


「なによ! それ! 単なる弱い者イジメよ! イヤがらせもいいところじゃない!」


「それが帝国のやり方だ。前に我々を潰そうとしたのはブラッセルの独断だったが…今度は、副総統とロダム・スカルネからの働きかけがあるかも知れん」


「そうですわね。帝国軍だけじゃなく、政府や貴族まで敵に回してでは、帝都での活動は絶望的ですわね。要請とか提案と言えば聞こえはいいですけれども、選択肢が最初から無い出来レースもいいとこですわ」


「なんや。給与上がるってのに反対なんか?」


 ギャンが唇を尖らすと、サラは馬鹿にしたように肩をすくめる。


「給与が上がるって…そこにしか興味がないんですの?

 反対してるんではありませんわ。利用してやろうと向こうから近づいてきたんですから、逆にこちらが上手く利用してやるべきと言ってるんですの」


 サラが説明していることが理解できず、ギャンは首を傾げる。


「でも、サラはスカルネ家の人が苦手じゃないの?」


 サラがロダムやクロイラーに対し冷たい態度をとっていたことをセリクは疑問に思う。軍に入るということは、スカルネ家と関わっていかねばならないのだ。


「あら。嫌いだからって逃げるつもりはなくてよ。クロイラー将軍の下で…なんてなったとしたら、反対したかも知れませんけどね。

 リーダーが将軍となるならば結構なことですわ。それこそ逆にミルキィ家再興の絶好のチャンスですとも!」


 ウインクするサラを、セリクは素直に凄いと感心した。

 家柄や権力というものはセリクにはよく解らなかったが、それでもその並々ならぬ決意というものは伝わってくる。


「シャインさんはいいの?」


 ギャンとサラを味方に引き込めないとみたフェーナは縋るような眼差しを向ける。


「正直、あまりに話が出来すぎているとは思う。

 かといって、今の私たちのままで、龍王と魔王を相手にできるかといったら難しいだろう。国や軍隊という後ろ盾も必要なのは、魔王侵攻軍を話を聞いて改めて考えさせられた。何万もの魔物の群れ……そんなのが相手では、DBだけでは何の役にも立つまい」


「はいはい、つまり賛成ってことね」


 フェーナががっくり肩を落とすと、シャインは少し変な顔をしてから頷く。


「セリクは?」


 諦めたような眼をして、フェーナはセリクを見やる。


「う、うん。俺は…」


 セリクが発言しようとするのに、皆の注意深い視線が集まった。


「さっきから考えてたんだ。どんなことを頼まれるのか解らないけれど、俺はゲナ副総統の話をとりあえず聞いてみたいと思う…」


「な、なんやて! ちょい待て!」


 ギャンはセリクの肩を掴んで揺さぶる。


「今の話は、セリクも同じ軍に入る前提やで! せやから、ワイらからも条件だそうってなったやんか!」


 マトリックスとシャイン、サラも“そうだ”と頷く。皆、セリクの発言は予想外という顔だった。

 ゲナの話は内容如何(いかん)に寄らずに拒否し、むしろ自分たちが軍属になるのはセリクとフェーナも一緒でなければならないと、条件を逆に提示してやろうと少し前に結論づけたのであった。

 セリクは何やら悩んでいる様子ではあったが、その時には何も発言しなかったので、納得したとばかりにギャンは思っていたのである。


「なんでそない蒸し返すこと言うんや!? ワイらと同じ軍に入るんが嫌なんか!?」


「そんなわけじゃないよ」


「ならなんでや!」


「ちょっと、落ち着きなさい」


 サラがたしなめるが、ギャンは火を吹いて眼を血走らせる。


「セリクがいのうなるなんてワイはイヤやで! せやったら、今の薄給でも構わへん! このままDBを残したろうやないか! 徹底抗戦や!」 


「ギャン…」


「リーダー、セリクは仲間やろ! あんなヤツらに勝手に連れて行かれんのは許せへんわ!! 

 きっと研究所に閉じ込められて終わりやぞ! 変態科学者に弄くり回されてボロ雑巾にされてまうわ!」


 ギャンの頭には、セリクがサガラの実験台になりそうだった出来事が強く残っていたのだ。その任務がもしかしたら、“実験に協力せよ”…のような場合があるかも知れないと思っていたのである。

 そんな必死なギャンの姿を見て、セリクは申し訳ないけれどちょっと嬉しい気持ちになる。それだけギャンが自分を心配してくれているのが何ともありがたかった。


「セリクくん。もし、私たちを気にしてそう言っているのであれば…」


 マトリックスは、セリクが脅されてるのではないかとも考えていてそう言った。

 隊長である自分に内密で、セリクとフェーナを魔王軍討伐に向かわせたイクセスのことだ。その時に、何かよからぬ取引を持ちかけられたのではないかと疑ったのである。


「いいえ。これは俺が自分で決めたことです。今のままじゃ俺は皆に守ってもらってばかりだ」


「何言うてんねん! セリクは…」


「ギャン! お願いだ…。俺の話を聞いて」


 セリクの懇願に、ギャンはようやく口を閉じる。


「もし、俺にしかできない何かがあるんだとすれば……それは、俺が本当にやらなければならないことだと思うんです」


 セリクの黒い瞳の奥で、キラリと小さく紅い光が見えた気がした。マトリックスは少し悩んだ後で頷く。


「……解りました。セリクくん。私は止めません。君がしたいようにして下さい」


「リーダー! なんでや!

 セリク! 考えなおせや! なんでや!? ワイらと一緒にいるのが不満なんか!?」


 ギャンは泣きそうな顔で喚く。


「不満なんかないよ! 俺だって、ギャンたちと離れたくなんてない……」


「せやろ、ならなんでや!?」


「それは!」


「…皆を護るためでしょ」


 フェーナが静かに答えたのに、セリクは驚いた顔をする。


「セリクの不思議な力。きっと、イバン様から与えられたものなんだよ。私の治癒の力と同じでね」


 手をパンパンと叩き、フェーナは立ち上がる。その表情は何か吹っ切れたような、決意したような感じだった。


「龍王エーディン、魔王トト。この二人を倒すのは……きっとセリクなんだと思う。だったら、倒すために何かしなきゃいけないんじゃない?」


「何か…ってなんや?」


「だ・か・ら! それをゲナ副総統って人が教えてくれるって話じゃないの?」


「……ふーん。まあ、ちょっと飛躍しすぎかもしれませんけれども。異端者よりも強いセリクの力となれば、その可能性はありますわね」


 サラが、セリクの頭をクシャクシャと撫でる。


「えっと、フェーナ?」


「うん? もちろん、私もセリクについていくからね。メンバーには私もちゃーんと入ってるんでしょ?」


 腰に手を当てて自信満々に言うフェーナに、セリクはホッと安心したような顔で頷く。


「な、ならワイだって!」


「ギャン。お前の気持ちは解らないでもないが、友達を思うならばあまり無理を言うものじゃない。それに残された隊のこともよく考えろ」


 いつもよりは優しい声でシャインが言うと、ギャンは悲し気な顔をした。そして、今度は悔しそうに渋々と頷く。

 ギャン自身もこの隊で戦い始めてから、自分の能力が役立つ要所というものをわきまえつつあった。ギャンの力は集団戦にこそ最も発揮するのだ。セリクとフェーナに加え、さらにギャンが外れたとなれば、マトリックスが率いる部隊は大幅な戦力低下となるだろう。だからこそ、ギャンはついて行くことは許されないのだ。


「とりあえず、こちらからは条件をださずに、まずはゲナ副総統の話を聞きましょう」


「はい」


「その内容にお二人が納得したのであれば、除隊を認めます」


「うぅぅ…。こんなんあるか! これからもずっと同じ仲間でやってけると思うてたのに!」


 涙を拭き、ズズッと鼻水をすするギャン。


「別に今生の別れってわけでもないですのに」


「そうだよ。俺、いつでも戻ってこれるし…」


「そんなん解るわけないやろ! どんな任務かも聞かされてへんのに! 遠くへ飛ばされたらどないすんねん!」


 机にしがみついてオイオイと泣くギャンに、セリクもサラも困ってしまう。


「もう。いつまで泣いてたって……。あ、そうだ!」


 フェーナが何かを思いついたらしく、ポンと手を叩く。そして、ギャンの耳元で何かを囁いた。


「……へ? なんやって?」

 

 ギャンが聞き返し、笑顔のフェーナが再び何かを言う。


「お、おお! それは……確かに、そうやな! それはありやな!」


 涙を拭き取り、ギャンがガッツポーズをとる。


「でしょ? 良いアイディアじゃない?」


「せやな! 良いことを言うやないか! フェーナ!」


 二人して盛り上がっているが、セリクやサラには何がなんだかさっぱり解らない。マトリックスとシャインも首を傾げた。


「えっと、当日でもまだ予約とかできた?」


「いんや、別にここでだってええやろ。食材は……オカンに聞いてみるわ!」


「うん。なら、私は雑貨屋さんに行ってくるね!」


「何の話?」


 セリクが尋ねると、フェーナとギャンはニタッと同じような笑みを浮かべた。


「ヒミツ♪」


「せや! ワイに黙っていなくなる罰や! セリクには教えてやらへんで!」


 ギャンはセリクの鼻先をチョンと突く。


「な、なんだよ、それ。それにまだゲナ副総統の任務を受けるか決めたわけじゃ…」

 

 そんなことはすでに聞いておらず、フェーナとギャンは顔を見合わせ、ニヒヒッと笑い合う。


「いいですかぁー! みんな、今日の夕方以降はぜっーたいに教会にいてね! ぜーったいだからね!」


 大声をださなくても聞き取れる位置にいるというのに、フェーナは口元に手を当てて言う。何がなんだか解らなかったが、皆がとりあえず頷く。

 そして、我先にという感じに、フェーナとギャンは慌ただしく教会から出て行ってしまった。


「何だあれは? いったい何をするというのだ?」


「さあ? なんでしょうか?」


 開け放たれた扉を見て、残された者たちはしばらく唖然としていたのだった……。




---




 フェーナとギャンが出て行ってしまい、サラも所用があるとのことで外出した。

 マトリックスとシャインは、DB解散に当たっての手続きのための書類を揃えるということで城に赴いている。

 結局、セリクだけが残ったが、一人教会に夕方まで残っていても仕方がないので、ぶらぶらしようと街中に出ることにした。


 いつも忙しく行き交っているはずなのに、今日はやけに車通りが少ない。商店街の方も人はまばらだ。

 神告の結果は未だ告知されなく、魔王トトの襲撃があったせいもあって、なんだか雰囲気が暗く重い感じがした。

 ユーウの演説のお陰で目立った暴動や混乱などはないが、街角には兵士たちが多く配置されているので、やはり異常事態であることを嫌でも思わせられる。


 エーディンが放った『タオ・ウェイブ』の爪痕は深かった。石壁が砕け、屋根は剥がれ、鉄骨は折れ、それらが無尽蔵に転がった瓦礫道を形成していた。一応、周りをブルーシートで覆っているが、全部を隠しきれずに隙間から見えてしまっている。

 立ち入り禁止ロープの外側では、兵士と建築業者が話し合っており、どうやら復興に向けて動いてはいるようだ。


 セリクの足は、休みの時にたまに散歩に来る国営公園に向かっていた。

 C地区とD地区をまたぐようにして存在し、コンクリートとアスファルトに囲まれた街中で、唯一の憩いの場として利用されている。

 こんな時に誰も散歩なんてする気なんて起きないのか、そこにも誰一人いなかった。

 平日でも、老人たちや子供らだけでなく、労働者がちょっとした休憩に来ているというのに、今日に至ってはまったく姿が見えない。


「…迷惑がかからないなら、ちょっとだけいいよね」


 誰もいないことを再確認すると、腰に帯びていた剣を抜き、息を整えながら構える。

 日の光に照らされ、人工池の水面が反射し、セリクの顔を明るく照らす。


「『衝遠斬!』」


 いつもであれば剣に拒滅ルンの力を纏うはずだった。そして、袈裟斬りに衝撃波が放たれるはずだ。

 だが、今はビュンッという風斬り音しか響かず、何も飛び出すことはない。力の胎動を全く感じることができないのである。


「フェーナがいないと力が出せない。なら、俺自身がもっと剣を使えなきゃならない」


 セリクは『衝遠斬』に頼りすぎていた自身を反省し、シャインと共に行ってきた素振りを行い始める。


 戦技よりも遙かに強いセリクの拒絶の力。放てば並の戦技では止めることはできない。だからこそ、必殺の技たり得るのだ。剣の技量だけで圧倒されたとしても、その補って余りある力に助けられて来たのは事実である。

 シャインはいち早くその危険性に気づいて指摘した。セリクの戦技を鍛えることよりも、基礎としての剣の扱い方そのものを鍛えようとしてきたのもそのためである。でなければ、龍王や魔王といった圧倒的なエネルギー量を持つ相手と対等に渡り合うことはまず不可能だからだ。


 セリクの型は基本的に独自のものだ。構えなどはデュガンの真似こそしているが、実際には『衝遠斬』以外の技を見せてもらってはいない。

 シャインは敢えてファバード流の型や技を教えようとはしなかった。すでにセリクの剣は完成の域に達していたので、それを崩す必要がなかったからである。

 だが、数千、数万に及ぶ打ち合い練習…それにより、セリクの頭の中には、計らずともシャインの動きが入っていた。振り方、間合いの取り方、歩法。それらは手に取るように解る。


 いつもの自分独自の型から、セリクは見よう見真似のファバード流に変えていってみる。


「ハァ、ハァ…」


 剣と刀では扱い方が異なる。それでも、セリクはシャインの振る一撃一撃を思い出しながらそれを真似る。


「…強くなりたい」


 セリクの剣の扱いを天賦の才だとデュガンは評した。だが、磨かなければその天才性も発揮できない。

 生まれ持つ才能、戦気・戦技を持てる素質、それらがあった上に血を吐くような努力があってこそ、デュガンやシャインのような強い剣士となれるのだ。


「“枝折らず振れ、葉落とさず突け…”」 


「え?」


 誰もいないはずなのに声がして、セリクは驚いて後ろを振り返る。

 そこには着物に身を包んだ老人がいつの間にか立っていた。背は曲がってはおらずにシャンとし、かなり大柄な体格をして、雪のように真っ白な頭だった。

 これだけ背丈があれば気配も大きいはずだ。それなのに、側に来るまでまるで存在を感じさせなかったことに驚く。


「“しずかなる水。転じて、万難砕く流水と成れり…此、『流打』と称す”」



「『流打』? え? おじいさんはいったい…」


 セリクが疑問を口にした瞬間だった。老人が持っていた杖を振り上げる。


「常技『流打!』」


「うわッ!?」


 いきなり打ち込まれ、セリクは慌てて避ける。

 老人の身には、ユラユラと戦気が立ち上り揺らめいていた。


「なにを!?」


「常技『本突!』」


 振り下ろしたはずの杖を、掬うように突き上げる!

 老人とは思えぬほどの素早い攻撃だ。セリクは避けるのを諦め、剣で受け払うことを試みる。


「常技『回払!』」


 突きが突如として変化し、今度は円形に薙ぎ払われる! 防御しようとしていたセリクは剣をはたかれて態勢を崩した。


「もらったぞ! 常技『流打!』」


 崩された所を、老人の流打が襲いかかる! 避けることも守ることも許されない!

 危機に際し、セリクの眼の奥がキラッと紅く光る。刀身にわずかに拒滅ルンが宿った!


「『流打ッ!』」


 それは咄嗟のことだった。

 老人が放つ『流打』に対し、セリクも拒滅ルンを纏った『流打』を真似た技を放つ!

 

 ガキィーンッ!!!


 『流打』同士がぶつかりあう!

 杖には鉄芯が入っていたのだろう。折れも曲がりもせず、金属音が公園内に甲高く響き渡った。

 老人は戦気を纏えても、戦技が使えないのだろう。それは杖にまで戦気が満ちていないことで解った。

 セリクの『流打』は不完全な型ではあったかも知れないが、それでもエネルギー量に圧されて、老人の方が打ち負ける。手から滑った杖が、クルンと弧を描いて飛んでいった。


「…見事。『流打』とは、水の如く変幻自在なる初手。あらゆる状況下で起点なる攻撃となり、次手へと導くものじゃ」


 老人は飛んでいった杖を見やり、大仰に頷いて見せた。

 それを教えるために打ち込んできたのかと、セリクは気づく。


「ま、童子わらしのは『流打』とはちぃと違うがな。かといって、“豪武ごうぶ”……戦気ともまた違うのう」


「え? 解るんですか?」


 今の一瞬のぶつかり合いだけで、セリクの力が戦気でないと老人は見抜いてしまったのだ。


「戦技の如き紅き光を纏いし水流、岩をも砕く、か。ならば……『流打』の変型、『紅流砕こうりゅうさい』とでも呼ぶがいい」


「“こうりゅうさい”?」


 老人は顎を撫でて笑う。その時、少しだけ右腕の布がはだけて見えた。肘から手首にかけて、前腕に痛々しいまでの大きな古傷がある。

 もしこの傷が無ければ、打ち負けることも、杖を滑らすこともなかったのではないか…と、セリクは思った。ジーンと痺れる右手が、老人の打ち込みの重さを物語っている。


「これで童子わらしもファバード流の門下だな。ファッファッファッ!」


 老人は笑いながら、落ちていた杖をとり、そのまま行ってしまおうとした。


「待って下さい!」


 セリクが呼び止めると、老人は何かを思い出したかのように空を仰いだ。


「おお。久しぶりに楽しかったんで忘れておったわ…。

 おぬしの頭の固い師にこう伝えておいてくれ」


「伝える?」


「“カミユ師も小兵だった”とな」


「師…って、もしかしてシャインさんのことですか?」


「言えばわかるさのぉ」


 老人は肯定も否定もせずに笑い続け、そのまま行ってしまったのであった……。




---




 教会に戻ると、マトリックスとシャインは既に帰っていた。

 キッチンで、難しい顔を突き合わせて今後のことについて語り合っている。軍属になれば、色々と考えなければならない点があるのだろう。

 セリクに気が付くと、マトリックスは飲み物を用意してくれる。その間にシャインに、公園で出会った老人のことを話した。


「『流打』を使う大きな老人に会っただと? …間違いなく私の祖父だな」


 セリクは“やっぱり”と思った。

 腕の古傷をみた瞬間、かつてデュガンに付けられた傷のせいで隠棲したというシャインの師匠を思い出したのだ。


「あの人が龍王や魔王に怯えて外出しないなんてことはありえんからな。散歩途中に剣を振るセリクを見て、興味を覚えたんではないか」


「あ、なんだか、シャインさんに伝えておいてって言われたことがあるんですが…」


「ん? 祖父は何と言っていた?」


「ええ。えっと、確か……“カミユ師もコヒョウだった”…とか」


 その言葉を聞いて、シャインは眼を大きくする。それから、口元を手で覆って気まずそうにした。


「どういう意味なんですか?」


 尋ねると、シャインは長く息を吐き出す。


「実はな。少し前、お前のことを祖父に相談したのだ」


「俺のことを?」


「ああ。他流派の者を育てるにはどうすればいいか…ということをな。

 そうしたら、“なぜファバード流を教えてやらないのか?”と逆に質問されたよ」


「俺にはファバード流は合わないからですよね」


 “速近”、“重撃”というファバード流の理念は聞かされていた。素早さならばともかく、体重の軽いセリクでは重い攻撃を放てない。だからこそ、ファバード流の型は役立たないとシャインは言ったのだった。


「ああ。私もそう思っていた…。

 始祖カミユ・アンニスは最初こそ槍術使いだったが、後に老剣豪バージルの影響を受けて刀術に転向したのだ。そこで生まれたのがファバード流刀術だ」


「槍術、ですか」


 セリクは、シャインが槍を持って戦う姿を思い浮かべる。


「小兵とは、そのまま小さな兵士という意味だ。カミユ師は生来背が低く、華奢だったと伝承にある。だからこそ、身長差をカバーし、間合いも取れる槍術を極めたのだろうしな」


 シャインも、その祖父もかなりの大柄だ。この二人が学んだ刀術の開祖が小さかったと聞いて意外であった。


「でも、それだったら…カミユ・アンニスはそんなに強くなかった、とか?」


「いいや。結果的に刀術を生み出してからは負け知らずだったようだ。槍術を使ったカミユ師を完膚無きまでに叩きのめしたのは、バージル老だしな。わざわざ弱くなるために得物を変えたわけではないさ」


「異端者の能力と同じですよ。仮に能力が低くても、状況に合わせた扱い方によって非常に強力な武器となります。

 私には私の、ギャンくんにはギャンくんの、サラさんにはサラさんの……同じ異端者でも、使い方でその強さは大きく異なるのです」


 温かいミルクの入ったカップを机に置き、マトリックスが言う。


「マトリックス様の言われている通りだ。条件にマッチしなければ戦えないでは、ファバード流は価値がないものになってしまう。祖父はそれを私に言いたかったのだろう」


 たった一言に、それだけの考えが込められていたのかとセリクは驚く。


「万人が使える刀術……祖父が目指していた事をすっかり失念していたよ」


 反省しているシャインを見て、逆にセリクの方が申し訳ないような気持ちとなった。


「…あの、ごめんなさい」


「ん? 何がだ? セリクが謝ることなどないだろう」


「俺、その……今まで黙って、シャインさんの型とか真似してました」


 シャインは唖然とした顔をする。


「ファバード流を?」


「はい。シャインさんには向かないって言われたけれど…。

 俺に剣を教えてくれるのはシャインさんだし……一つだけでもいいから、技を覚えたいと思って」


「……そうか」


 シャインは素っ気なくそう言って、クルリと背を向ける。怒らせてしまったのかと、セリクは不安になった。


「フフッ。シャインさん。にやけてますよ」


 マトリックスがクスリと笑いながら言うと、シャインは真っ赤な顔をして頭を横に振る。


「ま、マトリックス様!」


「いいじゃないですか。セリクくんはデュガンの弟子だと言われてましたが、シャインさんの弟子でもあるのです。彼も立派なファバード流の門下生ですよ」


「あ! あの! 俺、シャインさんのおじいさんにも同じ事を言われました!」


「まさか、祖父はそれでセリクに会いに来たというのか……まったく、あの人は」


 シャインは何とも嬉しそうに笑う。


「引退した師や、弟子に教わるとは……私もまだまだ師範の器ではないな」


「弟子って……それじゃ!」

  

「ああ。セリク。お前は私の弟子だよ。大事な一番弟子だ」


 セリクは明るく笑う。シャインは優しい眼をしてコクリと頷いたのであった…。


 こうして、ファバード流道場では、“セリク・ジュランド”の名札が新門下生として掲げられることとなったのである。

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