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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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55話 『絶対拒絶』

 ガーネット帝都D地区、聖イバン教会。

 ユーウ王女による公開演説により、詰めかけていた人々もようやくのことで落ち着きを取り戻し、それぞれの家に戻って行った。

 対応に追われていたギャンとサラは、ぐったりとした様子で長椅子に座り込む。


「…ホンマ、お姫はんには助けられたわぁ。あのまんま人が増え続けたら、こんなオンボロ教会すぐに潰れてまうとこやったで」


「でも、げんきんなものですわね。王女の話ひとつで納得するんですから…」


「解決したんやからなんでもええやん。下手をしたら魔王と戦うことよりしんどかったかもしれへんわー」


「そうですわね。信徒でもないのに、“お祈りの仕方は?”なんて言われても教えられるわけありませんことよ」


「ワイなんか延々とバアちゃんから愚痴聞かされてたわ。話してる方が気が楽になるのはわーってても、聞かされる方はたまったもんやあらへん」


「まったく。これもDBの仕事だというのであれば、臨時ボーナスでもなければやってられませんわね」


「その点は安心しろ。イクセスのヤツに出させるつもりだ。お前たちも重傷を負ったのだから当然だな。もし出し渋るようならば、二度と帝国の依頼は受けん」


 シャインもそう言う。気丈にこそ振る舞っていたが、目の下には深いクマが出来ていた。


「はい。皆さん、冷たいお茶ですよ。お疲れ様でしたね」


 三角巾を頭に巻いたマトリックスがニコニコ顔で台所から姿を現す。

 緊急事態とはいえ、いつもはガラガラな教会に人々が集まったのだ。マトリックスからすれば信者獲得の絶好の機会となったので、疲労もなんのそので機嫌が良いのだった。


「サンキュー。リーダー」


「ありがとうございます」


「マトリックス様。そのような些事は私が…」


 三人はそれぞれそんなことを言いながらコップを受け取る。

 一口飲むと、カラカラになっていた喉が潤って生き返った気分になった。


「ぷはー! いやー、仕事の後の冷たい一杯はたまらんなぁ!」


「それってお酒を飲むときに言うことじゃありませんこと? まあ、美味しいのは確かですけれど…」


 ギャンは、コップの茶色い液体を見ながらふと寂し気な顔をする。


「……それにしても、セリクとフェーナ。無事やろな」


 それを聞いて、皆も暗い顔となった。

 決してセリクとフェーナのことを忘れたわけじゃなかった。だが、忙しさにかまけて気にする余裕がなかったのだ。

 

 二人には特別な任務が与えられ、それらを本人たちが承諾して向かったのだとイクセスは説明した。

 それは間違いなく過酷な戦場だろう……魔王トト本人と戦ったDBには、それが容易に予想できたのである。


「セリクくんもフェーナさんも強い子たちです。だからこそ、私はDBの入隊を許可しました。彼らならば、必ず良い報せを持ってきてくれるでしょう」


「せやな」


 できることならば、ついて行って手助けをしてやりたいと思ったが、彼らには彼らの仕事があったのだ。

 別な場所で二人が精一杯頑張っているのだから、自分たちも自分たちのできることを懸命にしなければ…そう言ったのはマトリックスである。


「魔王トトの復活をイバンは予言していなかったんですの?」


 サラが尋ねると、マトリックスはコクリと頷く。


「龍王の反逆については、神告でも審判の書でも記述があります。

 ですが、魔界の統治者、“魔王トト”…という単語は一切でてきませんね」


「“老剣豪物語”では、確か魔王なる存在がでてきた覚えがありますが」


 あまり本を読まないシャインは、自信がなさそうにそう言う。


「ええ。老剣豪物語では、敵役がキードニア初代“機工王きこうおう”とあり、“魔王”というのは俗称であったとされていますね」


「でも、バージル・ロギロスの英雄譚は創作混じりのものばかりですわ。どこまで本当なんだか怪しいのでは?」


「老剣豪物語も後世に作られた娯楽小説ですから、フィクション要素が強いのは否めませんね」


「せやけど、魔王自身もキードニアがなんとか言うてたやんか。まるで関係があらへんとも思えんな。

 教会やとどう教えてはるんや?」


「聖教会も三神教でも、“魔術を扱う魔王”をバージルが倒した…ということを伝承にしていますね。しかし、そちらにはキードニアも機工王もでてきません」 


「どちらにしても、魔王を倒した…という部分だけは共通しているのか」


「今回の場合、トト本人の話が正しいとすれば、魔王と機工王は同一人物となるのでしょうが…」


「キードニアの王様が魔王だったって、なんや頭の痛くなる話やな。トップが人間やなかったってことやろ?」


「そうですね。初代となると一〇〇〇年前の人物でしょうから、今のキードニアでも知られてはいない可能性もあります」


 四人は難しい顔でしばし考え込む。

 

「…帝国はどう動くのでしょうか?」


「具体的には解りませんが、体勢を立て直して、早急に対抗策を講じることになるでしょう」


「対抗策いうたって、将軍やワイらかて一方的にボコボコにされたやん…何をどうしろちゅうねん」


「ならば、やられたままにしておけとでも言うつもりか!?」


「へ? 別にワイはそんなつもりで…」


「力が足りないのは確かです。皮肉なものです。あれだけ強い力が疎ましかったのに、今ではそれを欲している…」


 自身の手を見やり、己の無力さを思ってマトリックスは顔を歪めた。


 そんな折り、ガチャリと礼拝堂の扉が開く。皆が一斉にそちらに目を向けた。


「ようこそ。聖イバン教会へ!」

 

 マトリックス以外の全員が引きつった笑顔を浮かべた。多数の来客を相手にしたので、それでも挨拶は板についてしまい、反射的にできるようになっていたのだ。

 だが、入って来た人物が視界に入った瞬間、皆の顔が驚きにと変わる。


「せ、セリク! フェーナ!!」

 

 そこには、セリクとフェーナが立っていたのである。


「あ、あの…すみません。勝手に留守にして…」


「いま帰りましたぁ!」


 服はボロボロで、疲れた顔をしてこそいたが、無事であるのは見て解った。

 飛び上がり、椅子を蹴っ飛ばしながらギャンが側に駆け寄った。


「ああ。帰ってきましたか。良かった……本当に良かった」


 マトリックスが胸を抑えてホウと息をつき、シャインが大きく頷く。サラはスンッと鼻を鳴らした。

 ギャンはボロボロと涙を流しながら、セリクとフェーナの肩を抱いて頬ずりする。


「ううぅ! 苦しいってば。ギャン!」


「もう、ギャン。離れてったら! 鼻水がつくじゃない!」


 セリクもフェーナも口では文句を言ったが、照れくさそうな顔をしていた。こうやって帰還を喜んでもらえるのも満更でもないのだ。


「うぉおぉおん! 心配したんやでー! ホンマに!!!」


 二人を離すまいと、しっかりと抱きしめて、ギャンは大泣きする。セリクもフェーナもされるがままにしていた。


「心配だったのは解りましたわよ。でも、そのへんで離してあげたらどうですの? 二人をずっと入口に立たせたままにしておくつもり?」


 サラに言われ、ギャンはキョトンとする。それから二人に回していた腕をゆっくりとほどいた。

 セリクとフェーナはギャンに頷きかけ、一緒にマトリックスの所まで歩いていく。


「セリクくん。フェーナさん。よく戻りましたね。おかえりなさい」


「はい。ただいま…です」


 恥ずかしそうにそう言って、セリクはようやく戻ってきたのだという実感が湧いた。

 「おかえりなさい」と言ってもらえることが、こんなに嬉しいものだとセリクは初めて知ったのだった……。




---




 何度か見た暗くて深い闇の中……。


 セリクはすぐにここが夢の中であることに気づく。


「やあ、セリク」


 今回は向こうから声をかけてきたのにセリクは驚いた。


「レイド!?」


 眼を…というよりは、意識を声の方に向けると、レイドがそこにいた。

 レイドは黒い布にグルグル巻きに縛り付けられ、どこからか宙吊りにされた状態だった。


「なんだよ。これ?」


 黒い布には、道領国の漢字が書かれていた。セリクにその文字は読めなかったが、それが決して良い内容ではないだろうことだけは解る。


「僕の力を封じるトルデエルトの封印呪さ」


 レイドは苦笑いして答える。


「大丈夫? 苦しく…ないの?」


 セリクが問うと、レイドは首を横に振る。


「平気だよ。あの女ごときの力なんて苦でもないさ。こんな物で僕を止められると思っているならば、随分と見くびられたものだよ」

 

 簡単にそんなことを言うレイドに、セリクは驚く。


「あの女って……。レイド、もしかして魔王のことを」


「ああ。よく知っているよ。彼女も僕の力を知らないはずはないんだけれどね。どうやら都合よく勘違いしてくれたみたいだ」


「勘違い?」


「そうだよ。その勘違いのお陰で……ああ、この中途半端にかけてくれた封印呪のお陰で、いま僕は“僕のまま”で、君と会話ができているんだ」


「……どういう意味?」


「君は、紅絶我他ド・ル・アエを発動させただろう?」


 言われて、セリクは黄龍バイゼムと戦った時のことを思い出す。

 今までは紅い力を発動させた時は意識を失っていたのに、この時だけはハッキリと戦いの記憶が残っているのだ。


「これは、僕の力の第一段階の解放を意味する。この時点で僕の役目は終わりなんだ。

 そして後は、神王ラクナ・クラナが君を導くことになるはず…だった」


「だった?」


「そう。だけれど、この封印呪…『魔円封緘まえんふうかん』によって、一時的とはいえ、紅絶我他ド・ル・アエの力が弱められた。

 第二段階や最終段階まで力が解放されていれば、封印自体を無効化できただろうけどね」


 いつもより言葉数多く説明してくれるのも、その結果なのだろうかとセリクは思う。

 となれば今はチャンスだった。聞きたいことは山ほどあるのだ。


「レイド。教えて欲しいんだ。この俺の力はなんなんだ? 神々は…俺にいったい何をさせようとしているんだ?」


 その質問は覚悟していたのか、レイドはコクリと一つ頷く。


「君の力は、端的に言って、僕が“かつて持っていた能力”だ。

 それは、龍王アーダンの持つ『無限波動』に対抗する唯一の力…『絶対拒絶』さ」


「『むげんはどう』、『ぜったいきょぜつ』??」


 聞きなれない単語に、セリクは戸惑う。


「僕の力は使いこなせれば、この世に存在するあらゆるオードだけでなく、ローウですらも絶せられる。

 もちろん、神気シン魔気マガだって例外じゃない。すべてを他の力を“断絶する絶対の力”なんだよ」


「……絶対の力って、エーディンの力よりも強いの?」


 帝都を破壊したエーディンの力を思い起こす。あれを見たとき、自分はなんて巨大な存在と戦っているのかと感じたのだった。


「あんなものじゃないさ。『タオ・ウェイブ』だってその気になれば無力化できるよ」


「ほ、本当に?」


「それだけじゃない。『タオ・ウェイブ』のように、“拒絶の力を放つ”こともできる。それ自体が武器にでもなる」


 セリクは信じられないといった感じに己の手を見やる。


「君が使っている戦技『衝遠斬』…あれは形だけ真似て、拒絶の力を放っているんだよ。威力が桁違いなのはそのせいさ」

 

 エーディンの力以上であるという大きい事実に怯え、セリクはブルッと震える。

 敵だけではなく、街や人々をも消し去ってしまう強大な力…正直、そんなものはいらないとセリクは考えてしまった。


「神々は僕の力を、“破滅なる紅”と呼んでいた。

 “拒絶のオード”……『拒滅ルン』こそ、波動タオに並ぶ最強の力の一つだよ」


「やっぱり、俺の力は…戦気や神気シンなんかじゃないのか…」


 研究所でDr.サガラに説明されたこと。容器の中で渦巻く力が弾け飛び、その瞬間に紅い輝きが放たれた光景を思い出していた。


「ああ。そういえば、君が出会った科学者は随分と見当違いのことを言っていたようだね」


 レイドが苦笑するのに、セリクは首を傾げる。


「エネルギーを抑え止めることで紅く輝くんじゃないよ。あの現象はただエネルギーが、粒子となった紅玉石を弾き飛ばして光ったに過ぎないんだ」


「え? なら、紅玉石とかは? エネルギーを安定させて結晶化した物だって聞いたけど…」

 

「その逆さ。この紅く輝く拒滅ルンこそが、“あらゆるエネルギーを拒絶する力”なんだよ。それを利用して、石の中からエネルギーを出さないようにしているんだ。

 この力は、神々や人間、魔族が扱う力とは性質がまったく違うんだよ」


「でも、魔物たちは…俺の力を神々の力だって……」


 魔物やルゲイト、魔王までもがセリクの力を見て神気シンと思ったのだ。


「…それも間違いじゃない。

 この絶対拒絶を、現状安定させているのは神王の神力シンだ。それがなきゃ、今頃には君の身体は拒滅ルンに耐えられず消滅してしまっている」


 セリクは、たびたび脳裏に浮かびあがってきた白い仮面をした神を思い出す。


「神王ラクナ・クラナは、『超界域支配ちょうかいいきしはい』という神能を持つ。時間や次元を自由に操る能力だ」


「時間や次元???」


「神王でも拒滅ルンそのものはコントロールすることはできない。おそらく、僕の力を異相次元に分断したんだと思う」


 セリクが理解するのに困っているのを見て、レイドは少し視線を泳がして考える。


「イメージ的には、大きなアップルパイを切って幾つもの皿に分ける…そう思ってくれれば解りやすいかな。小分けにして扱い易くしたのさ」


 セリクは神王が無数の手にパイを載せた皿を持っている光景を思い浮かべた。急に俗っぽくはなったが、こちらの方がまだすんなりと頭に入る。


「君が能力を使いこなせるその時まで、絶対拒絶の能力を段階的に目覚めさせるつもりなんだよ。

 つまり、ひとつひとつのパイを食べれる量で与えていく…ってことだね」


 神王がパイをセリクに手渡すイメージを抱く。真面目な話をしているはずなのでかなり滑稽な感じがした。


「それが…まず最初の紅絶我他ド・ル・アエという第一段階。“自他の間に拒滅ルンを、異端者のように象徴化させ、形成展開させる解放”だよ。これによってある程度の拒滅ルンを意識的に操れるようになった」


 セリクは呻くように頷く。レイドはその苦悶した表情を見て小さく笑う。


「簡単に言えば、君の成長に合わせ、拒滅ルンもさらに強くなっていくってことさ」


 そう易しく説明してくれたお陰で、セリクは何となく解ったと頷く。

 

「レイドは……神様なの?」


 神々について身近なように話し、普通の人間には知り得ないことまで知っている……なら、レイドも神々の一柱である可能性が高いようにセリクは思っていたのだ。

 だが、予想に反してレイドは静かに首を横に振った。


「ラクナ・クラナは僕の事を“愛する子”と呼んでいたけれど……僕に“神格”はない」


「じゃあ、人間? もしかして、俺の……生まれ変わり、とか」


 セリクは考えていたもう一つの可能性を問う。

 紅い眼は同じだったし、見た目は似て無くもない。生まれ変わりならそういった特徴が似ていてもおかしくはないだろう(ただ、今のセリクは封印で紅い眼そのものは失われてはいたが)。

 これにはレイドは何とも答えずらそうに、少し悩んだ挙げ句に答えた。


「……転生とは違うと思う。そこは、僕にも何がどうなっているか解らないから説明のしようがないんだ」


「? それってどういうこと?」


「記憶が曖昧でね。気づいたら君の中にいたんだ。そして、君を護らなければならないことと、君に力を扱う選択を問うことを……約束したことだけは覚えている」


「約束? 神王との約束なのか?」

 

「…そう、だね」


 セリクが首を傾げると、レイドは悲し気に笑うだけで明確には返答しなかった。


「……ああ、すべては龍王アーダンを滅ぼすためなんだろう」


 デュガンの台詞みたいだとセリクは一瞬そう感じる。


「神王ラクナ・クラナは、龍王アーダンを倒すようために動いているのは間違いないから…」


「龍王アーダンを倒さなければならないって言われても……俺には、そんな悪い敵には見えないんだ」


 会ったこともない相手である。それをただ倒せと言われても、セリクには実感が湧かない。


「龍王エーディンや魔王トトは悪いヤツらだ……だから、俺だって倒すのは納得できるよ。でも、なんで龍王アーダンとまで戦う必要があるんだ?」


 龍王アーダンは閉じこもっていて出てこない。ということは、戦う意志がないということだとセリクは思う。


「前に出会った龍族が言ってた。全部の龍族が人間と戦う気があるんじゃないって。アーダンも、もしかしたらそうなんじゃないの?」


「仮にそうだったとしても、息子のエーディンが倒されれば、龍王アーダンは出て来るだろう」


「それは…」


 セリクは親子関係であることを忘れていた。それは自身に親がいないので無理からぬことではあった。


「それは、君が倒されることを、神王ラクナ・クラナが望まないのと同じだよ」


 レイドはセリクから目を逸らし、独り言のようにそう呟く。


「神王ラクナ・クラナの力は強大だ。だけれど、地上に降臨して龍王アーダンと本気で戦ったとしたら……この地上フォリッツアは跡形もなく消し飛ぶだろう。

 だからこそ、僕を……いや、セリク・ジュランド。君が龍王アーダンを倒す存在として選ばれたんだ」


 その言っている意味自体は理解できた。でも、納得できないといった感じにセリクは顔を歪める。


「でも、そんなことはどうだっていい。僕は言っただろう? 君は君自身の選択に従うべきだ」


 最初にレイドと出会ったときの会話が思い起こされる。レイドはセリクに龍王と戦うことを強制したわけではなかった。


「僕が……アーダンと戦うことを拒否したように。君にも選択する権利があるはずだ」


「レイドも……龍王アーダンと戦おうとしたの?」


 寂しげにレイドはコクリと頷く。


「……僕は君を護る。こんな封印なんていつでも解けるからそれは安心して。でも、できればそれは避けたい」


「こうやって会話ができなくなるから?」


「そう。僕の意志が消えれば、きっと君の意志を無視して、神々は何としてでもアーダンと戦わせようとするはずだ」


「うん。俺もレイドが消えるのはイヤだよ。

 それに今はフェーナがいれば、少しだけ紅い力が使えるよ」


「そうだね。魔気マガに、治癒師が放つ神気シンを放てば…力が幾分か相殺されて、わずかだけなら力が戻るだろう」


 レイドはなぜか浮かない顔でそう言う。

 あまり望ましい手段とは言えない……という感じだったが、それについてそれ以上の話はなかった。


「セリク。君は魔王トルデエルトを倒すつもりなのかい?」


 話をすり替えるようなタイミングでの問いだったが、セリクは迷うことなく即座に頷く。


「ギャンたちを傷つけた。放っておけば、大事な人が殺される…。

 俺はそんなことイヤだ。皆に必要とされない以上にイヤなんだ。俺が戦って、俺の大事な人が護れるなら……それが一番いいことなんだよ」


「そうか……。自分のためから、皆のために、か。随分と変わったね、セリク。でも、それもいい」


「いや、変わらないよ。俺は、最初から“俺の都合”で戦っている。救済者だからとか、正義のためとかじゃないよ」


 レイドの紅い双眼が、セリクをジッと捉える。逆にセリクの双つの黒もレイドの顔を映していた。


「できるだけ、俺は自分の力で頑張るよ。だから、レイド。君には見守っていてほしいんだ。今まで通りに」


 セリクはそうハッキリと宣言する。

 最初の頃に比べれば、大きな成長を遂げたものだとレイドは思った。セリクが自分の手を離れていってしまうようで寂しかったが、それが成長なのだと思えば不思議と嬉しいような気もした。


「…もちろんだよ。忘れないで、誓いは果たすから。僕はいつも君の側にいるよ」


 レイドはそう言って、安心したように眼を瞑った。

 そして、セリクの心の奥底へと消えていったのだった…………。

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