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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
54/213

52話 魔物たちを率いる者(3)

PV10.000突破いたしました! 感謝です!

 パリッパリッと、エネルギーの余韻が周囲に迸る。

  

「…フン。奥の手は最後までとっておきたかったんだがな」


 左腕の水晶石を掲げたまま、ヘジルがズレた眼鏡を直す。心なしか疲れた表情を浮かべていた。

 召還自体は生命力をほとんど使用しない。だが、召還した“聖獣の持つ特殊能力”や“本来の力”を使うときに、代償として生命力を消費するのである。


「フェーナ! ヘジル! 大丈夫か!!」


「わ、私は大丈夫。だけど、ヘジルが…」


 ペタリと座り込んだフェーナが心配の眼を向けるが、ヘジルは問題ないと首を横に振る。


「助けてくれてありがとう」


 フェーナが頭を下げると、ヘジルはギラを警戒しつつもセリクとフェーナを見やった。


「まだお前たちを信用したわけじゃない…。

 だが、あいつを倒すためには誰一人欠けさせられないからな」


 ヘジルは小さく息を吐く。そして、キッと二人を睨み付けた。


「フェーナ。治療と防御役の君が真っ先に危険に飛び込んでどうする? 君がやられたら、誰が傷を治療するんだ?」


「え? あ、うん。…ご、ごめん」


 ヘジルの叱責に、フェーナはしょんぼりとした顔をした。


「それと、セリク。デュガンが一目置いている様だったのを奇妙に思っていたんだが…。今の戦いぶりを見て納得がいった」


「納得…?」


「並の剣士とは比較にならないほどの強さだということだ。

 ブラッセル将軍が民間人の君を寄越したわけが解った」


 ヘジルが自分を褒めたのだと知り、セリクは意外そうな顔をする。

 プライドの高そうなヘジルが、そんなことを言うとは思わなかったからである。ましてやこんな戦いの最中に言うべきことではないような気がした。


「でも、相手の方が俺よりもっと強い…」


 セリクはギラを見て悔しそうに言う。力も技も速度も相手の方が遥かに格上だった。


「そこだ。君は一人で戦ってるのか?」


「え?」


「君は確かに強い。だが、周りを見て動てはいない。僕やフェーナが側にいるのに、まるで一人で戦っているようだ」


 ヘジルの言葉に、セリクはズキッと胸が痛くなるような気がした。

 まるで心の中を読み透かされたような気分になる。


「誰かが傷つくよりは、自分が傷ついた方がいいか? そんなものは優しさでもなんでもない」


 言われている通りだった。できるだけ自分でなんとかするつもりで戦っていたのだ。

 フェーナやヘジルが傷つかないように…だが、それで勝てる相手でないのは剣を交えた自分が一番よく解っていた。


「さっきのように敵の守りを崩せたのだから、僕の攻撃もダメージが通ることが解った。

 だが、一番のダメージソースとなるのは君だ。それが考えなしに特攻を行うのはどう考えても効率が悪い」


「まるでヘジルって先生みたいね」


「なんだそれは」

 

 フェーナがそう言うのに、ヘジルは鼻を鳴らした。


「そんなに私たちと年齢違わないのに、なんかすごく大人みたい。フツーはそんな風に人のこと言えないし」


「僕は一組織の隊長だぞ。戦いは僕一人で行っているんじゃない。隊員を効率よく使うのに、その利点と欠点をきちんと把握するのは当然のことだ」


 それを聞いて、ヘジルは合理的に物事を考えてるのだとセリクはようやく理解した。

 自分の感情ではなく、いまなにが必要か、どうするべきか…それを正確に判断することにヘジルは重きを置いていた。

 だからこそ、時によってはまったく情も涙もなく見えるが、それはヘジルが冷たいのではなく、不合理を徹底して排除しているからなのだろう。


「…解った。ヘジル。君の言う通りにする。指示してくれ」


 セリクはヘジルの眼を見て言う。戦法を考えるのは、ヘジルの方が得手だと思ったのだ。


「元よりそのつもりだ。

 しかし、ヤツにはもう小手先の技は通用しないぞ」


 ヘジルは細くした眼で、ギラを見やる。

 そういえば、さっきからギラは攻撃を仕掛けてこないでいた。だからこうやって悠長に話し合えていたわけであるが…。


「もしかして、私たちが話終わるのを待ってくれているとか?」


「そんなわけあるか」


 ヘジルが呆れたように肩をすくめる。

 

「ファハハッ! 小賢しく作戦会議でも何でも好きにするがいい。それが長引けば長引くほど、こちらが有利になるだけのこと!」


 ギラはさっきのユニコーンの技を見てから、一撃必殺の力を溜めて、待ちの体勢に徹していた。辺りの空間に強い魔力が集中しているのが見てとれた。


「フン。やはりな。僕たちにヤツを一撃で倒す手段はないと悟られてしまった。

 さっき使った奥の手も、至近距離でなければ効果がない上、必殺というには物足りない威力だ。

 致命傷さえ負わないと解れば、反撃にのみ集中して待ち構えるのは有効だ」


 この短時間でそこまで分析してみせた、そのヘジルの観察眼はたいしたものだとセリクは思った。


「じゃ、どうするのよ? 打つ手ないじゃないの」


 フェーナが口を尖らせると、ヘジルは馬鹿にしたように笑う。


「あるんだろう? 君たちにも奥の手が。おそらく、それはヤツを一撃で倒せるものだ」


 ヘジルが言うのに、セリクとフェーナが顔を再び見合わせる。


「そこまで解るのか?」


「フン。でなければ、あんな無謀な特攻をする意味はなんだ? 一人で倒せる自信と手段があるから向かって行ったんだろう? それも“何かを狙っていた”ように僕には見えた。

 もし計画もなく斬りつけてたとしたら、本物の馬鹿だ」


 ヘジルの言葉は辛辣だったが、そこにはセリクとフェーナを認めているがゆえの部分が感じられた。


「でも、ここで使っても避けられるよ…。

 この距離で当たったとしても、倒すには至らないと思う」


 ヘジルは眼鏡のツルを何回かさすって思案する。


「…よし。一つ考えがある。とりあえず、二人ともユニコーンに乗れ」


 言われるがまま、セリクたちがユニコーンにまたがるのを見て、ギラはフッと口元を弛める。


「覚悟は決まったようだな。ちまちまとした小競り合いは性に合わぬ! 勝負は一瞬一撃! これこそ騎士の闘いに相応しきものよ!」


 四本の脚をしっかり踏ん張り、全身から溜めていた魔気マガを一挙に解き放つ!


「神々の力を扱う哀れな子供たちよ! 全心全霊で来るがいい!! 

 トト様に代わり、この自分が冥界の門まで案内してくれよう!」


「フン。冥界に帰るのは貴様の方だ!」


 ヘジルはユニコーンにそのまま走るよう指示を出す。つまり、ギラの方向に向かって真っ直ぐだ!


「ええ! このまま行くの!?」


 フェーナが心配そうに叫ぶ。

 ギラは準備万端だ。何の策もなしに懐に飛び込むなんて単なる自殺行為でしかなかった。


「フン! そんなわけあるか!」


 ヘジルはそう言って、左腕の水晶石に意識を向けながらブツブツと呪文を唱える。


「むッ!? またか!」


 ギラは再び『聖角円陣ホーリーサークル』が放たれると思い身構える!


「応えよ! 『聖翼天馬ペガサス!!』」


 その叫びと共にユニコーンが神界へと還り、代わりに翼の生えた白馬を召還する!

 一瞬のことで、セリクとフェーナは自分たちの乗っている馬に翼が生えたのかと思ったぐらいだった。


「え!? これは!?」


「聖獣は一体じゃない! 僕は二体操れるんだ!」


 ヘジルは走ってる最中に、聖獣を一瞬にして入れ替えて見せたのだ!

 ペガサスは嘶きをあげながら、翼を羽ばたかせて空を駆ける。しかも、それはユニコーンよりも速かった!


「味な真似を! だが、上空に逃れたとて意味はない!

 喰らうがいい! 魔技『追葬嶽弾ついそうがくだん!!!』」


 ギラがハルバードを突き立てると、溜まっていた魔気マガが弾け飛ぶ!

 それらは深緑色の弾丸となり、四方八方へ飛び散ったかと思いきや、敵であるセリクたち目がけて一斉に飛んできたのだ!! 


「いまさら避けたりなどするものか! このまま突っ切れ! ペガサス!!」


 ヘジルの指示通り、最高速度でペガサスはギラに向かう!

 一見して無謀のようにも見えるが、それはもっとも被害を少なくする最良の手だったといえよう。

 ヘジルは一瞬で敵の技の性質を把握したのだ。その追尾弾は、ペガサスよりも遅い、と。従って、最短距離で真っ直ぐ進むならば、いったん四方八方に飛び散った追尾弾が追いつけるはずがない。

 幾つかは危ういところを掠めるが、ペガサスは避け続け、ギラの目の前まで近づく!!


「まだだ! 叩き潰してくれる!」


 それでもギラは動揺することはない。

 ハルバードに魔気を集中させ、次なる技を放とうと構えた!


「いい!? セリク!?」


 フェーナがセリクの肩をつかんで問う。


「ああ!!」


 合図と共に、自ら持つ癒しの力を発動させる!

 セリクの眼に紅い輝きが戻った!! そして、紅い光が全身から溢れだす!!

 治癒師の力によって、ほんの一瞬だけ魔王のかけた封印呪から解放させたのだ。これは帝都でセリクを治療した時に、フェーナが気づいたことだった。 


「なんだ!? こんな子供が神の力を!?」


「ううッ!? なんだ、この尋常じゃないエネルギーは!?」


 ギラとヘジルが同時に驚きの声をあげる。

 大上段に構えたセリクの剣に、紅い力が瞬時に迸る!

 そして、全力で振り下ろした!!!


「『豪衝遠斬ッ!!』」


 ズアアッッ!!!!


 強大な紅い斬撃が放たれる!!!

 色こそ違うが、それはさっきデュガンが放った『衝遠斬』と同じ三日月であった!!

 威力が同じだとしたら、至近距離で撃ち放たれた時の破壊力は先ほどの比ではない! ましてや、ギラの身を守った防具は壊れていて使い物になっていなかったのだ。


「うおおおおおおッ!!!」


 ギラはそれを耐えきろうとして、ハルバードを持つ手に力を込める!!

 だが、セリクの放った斬撃の方が強かった!

 程なくして、ハルバードを真っ二つに叩き折り、それでも威力をほとんど殺せず、ギラの馬部分の胴体に突き入る!!


「かはあッ!! こ、このままでは!!!」


 ギラは痛みに呻きつつ、ドンッ! と自ら腹部の辺りを拳で殴りつけた!


「なにをする気だ!?」


 反撃されるのを警戒して、ペガサスを後退させたヘジルが眉を寄せる。

 ズルリと気味の悪い音がしたかと思いきや、ギラの人間部分が馬から抜け出た! それはまるで蛇の脱皮のようで、下半身だけ剥いだかのように見えた。

 馬の下半身からでてきたのは、人間の足のようなものだった。だが、たくましい上半身に比べ、蒼白く細く弱々しい。

 抜け出たギラは、その場にベシャッと崩れ落ちる。

 次の瞬間、馬の下半身は『豪衝遠斬』によって真っ二つにされ、多量の血を巻き散らしながら倒れた。


「ハァ、ハァ…。もう少し遅ければ、“寄生体”と共にやられるところだった……」


 ギラは無惨な姿となった半身を見て、ゴギリと歯ぎしりする。

 そして、折れたハルバードの下半分を杖がわりにして身を起こした。だが、立ち上がれはしなかった。自身の“本当の足”は、歩行可能ではないのである。


「さあ! 自分はまだ負けてはいない! 生きているぞッ!!

 もう一度かかってくるがいい!!! さっきの戦技で来るがいい!!!」


 ギラはそう言って血走った目を向ける。なまじ美しい顔だけに、その形相はさながら夜叉のようだった。

 セリクとヘジルはチラリと顔を見合わせた後、ペガサスはギラとの距離を少しとって、静かに地面に着地する。

 ギラの顔が憎々し気にさらに歪む。


「なんの真似だ!?」


 すでにセリクの眼から紅い光は失われていた。もはや戦うつもりがないのだということにギラは気づく。


「…あなたの負けだ」


 セリクはそう言い放った。その眼は、ギラの膝につけられた痛々しいまでの古傷を見やっていた。彼女が立てない理由はこれだったのである。

 視線の先に気づいたギラは、その刀傷を隠すように手で抑える。


「愚弄するか! こんなものはこの戦いに関係ない! 自分は戦士だ! 死するまで戦う覚悟があって来た!」


「フン。そうだな。ここで殺すべきだ。生かしておいても僕たちに何の益もない」


 ヘジルがそう言うと、フェーナが口をへの字にさせた。

 ヘジルは二人と同じつもりで着地したわけではなく、ただ単にトドメをさそうと考えていたのだ。


「…いくら敵だって、動けない者を殺したくはないよ」


 セリクがそう言うと、ギラは一瞬驚いた顔をして、その後に大笑いする。


「この期に及んで……甘いッ! まだそのようなことを宣うかッ!!

 何にせよ、後が控えているぞ! 魔王トト様をはじめ、それに準ずる力を持った魔族が地上に侵攻するだろう! 生半可な戦い方で生き残れるなどとゆめゆめ思うな!」


 そんなことを言われてもセリクの考えは変わらなかった。殺さないですむならばそれに越したことはないのだ。

 実際、さっきの『豪衝遠斬』は相手を殺すつもりで放っている。そうでなければ勝てないと思えるほどの強敵だったのだ。それが相手を殺さずに、戦力だけ削げたというのは運が良かったとしか言いようがない。だからこそ、あえてわざわざ命を奪う必要を感じなかった。無力化したというだけで充分に思えたのだ。


「魔王本人を相手にまさか同じことを言うのか?」


「それは…」


 ヘジルの冷たい問いかけに、セリクは口ごもる。

 仲間をやられ、自分も惨敗した嫌な記憶が思い起こされる。かといって、その気分をギラに向けるのも何かが違うような気がしていた。それは、ギラが卑怯な手段を一切使わず正々堂々と戦った姿が、まるで人間のように思われたせいもあるだろう。


「俺は……」


「ククッ! 自分を殺せないというのならばいいだろう! そのまま串刺しになるがいい!!」


 ギラが折れたハルバードを投げる構えをする。体格差からいえばそれだけで脅威なのだろうが、それがセリクに対しては虚勢でしかないことは明らかだった。


「フン! セリクにできないなら僕が引導を渡してやる!」


「ギラ様! 退却命令でス!!」


「帰還するようにとのお達しでス!!」


 対峙したヘジルとギラの周りを、グレムリンたちがバサバサと飛び回った。

 戦いが終わったのをちょうど見計らってやって来た…そうとも思えるグレムリンたちにギラは射殺すような視線を送る。

 参戦をしろなどと言うつもりは毛頭なかったが、こうやって戦いに水をさされるのをギラはよしとはしない。


「退け、だと!? そんな恥さらしな真似できるものか!

 与えられた軍をほぼ壊滅させられたのだぞ! 一矢も報いずになるものかッ!」


 そう叫ぶギラであったが、その足下に魔方陣が浮かび上がった。


「これはッ……ピアーの移送魔術か! ググッ! やめろ! ピアー!」


 ギラは抵抗するが、魔術の力には対抗できずにそのまま吸い込まれるようにして消えていってしまった……。


「みすみす逃したか…」


 いつの間にかさっきのグレムリンたちも姿を消していた。

 ヘジルは自分の手を見やる。召還はできるが、手負いとはいえピアーを殺すほどの技は放てなかっただろうと思った。その事実を思うと、自身の不甲斐なさに少なからず苛立ちを覚える。


「……なぜ殺さなかった?」


 ヘジルが苦々しい顔で尋ねる。

 その言葉の裏側には、“殺そうとしなかったから余計に苦戦したんだろう”という叱責が含まれていた。

 敵に隙ができたとき、セリクが迷わず敵の心臓を貫いていれば…そこで戦いは終わっていたはずなのだ。


「俺が甘かったのは解ってるよ。でも、もう相手は戦えなかった…」


「次も間違いなく、敵として立ちはだかることになるぞ」


「……そうしたら、また倒せばいい」


 ヘジルは小馬鹿にしたように眼を細める。


「またこんな苦労をして、か…。

 叩けるときに叩く…殺せる敵を殺さないのは慈悲でもなんでもないぞ」


「本当はあそこまでしたくはなかったんだ…。それなのに、なぜ殺したがるんだよ?」


 セリクは忌々しそうにしながら問う。

 殺さずに倒すだけですんでよかった…どうしてそう考えられないのか、セリクには本当に解らなかったのだ。


「……傲りだな」


「え?」


「いつでも倒せるなどという考えが、敵に情けをかけた。それは優しさでもなんでもない。単なる自己満足の偽善だ」


「偽善だなんて…俺、そんなつもりは…」


「帝国で魔王に敗れたと言ったな? それで生き残ったのはただ単に運が良かっただけだ。だがそんな考えでは、やがて自分だけじゃなく、仲間も死に追いやる羽目になるぞ」


 セリクは唇を噛む。悔しいがヘジルの言う通りだった。


「戦場では生きるか死ぬかしかない。僕ならば自分が生き残る道だけを選ぶ」


 ヘジルは眉を寄せ、プイッと顔を背ける。


「二人とも……。とりあえず敵のボスはやっつけたけど。まだ敵の中だってこと、忘れてないよね?」


 フェーナが困った顔で言う。

 周囲には、まだ魔物の群がいくつも残っているのだ。距離は離れているが、一斉に襲いかかられては逃げ道はない。

 他のグレムリンたちもギラと共に撤退したようだったが、凶悪な魔物たちがまだまだ数え切れないほど残っている。

 だが、その魔物たちはまるで指向がなかった。真っ直ぐ進むこともなくなり、種族の違う者同士が敵対し合い、盛大な仲間割れを起こしていた。リーダーがいなくなったことで、単なる暴徒と化したのだ。

 グレムリンたちはその場しのぎのことをやっただけで、実際には鎮静化作業などしていなかった。自分たちが逃げる時間を稼いだだけなのである。


「…この混乱は予定通りだが、脱出手段までは考える余裕もなかったな」


 ヘジルはため息をつく。


「ええ? お馬さんは!?」


「一時的には出せるが、途中で力尽きるだろう」


「そ、そんな冷静になって言うこと!?」


「デュガンの作ってくれた“道”にも魔物も溢れてきてるしな。この疲弊している今、強行突破するのは無理がある」


 来た方向を見やると、死骸を踏みにじって咆哮をあげる魔物たちが列をなしていた。


「このままじゃ僕たちも巻き込まれるのも時間の問題だな」


「仕方ない。手薄なところを切り崩して、俺たちも逃げ…」


 そう言いかけたセリクの頭に大きな影が落ちる。


「おいーっす! ヘジル隊長、助けにきたっすよー!!」


 ミシールの声が空から響いた。

 見上げると、巨大な半透明のクジラが浮かんでいた。その頭の先端にミシールが立って手を振っている。


「…スベアのハルフゥか」


 どうやら歩いて帰る必要はないようだと、ヘジルは安堵の息をついた……。




---




 セリクたちがギラに勝利した同時刻……。


 上空に現れた巨大なクジラを見て、デュガンはセリクたちが勝利したのを確信する。

 危うく魔物だと思って叩き落とすところだったが、ヘジルが操っていたユニコーンと同じく神気シンを纏っていたので味方だと気づいたのだ。


 敵を半数近く減らした時点で、デュガンは剣を納めた。帝国の青年部隊が森から現れ、魔物たちと交戦を始めたからだ。

 数の上では魔物のほうがまだ上だが、指揮者を失った魔物はもはや“軍”などではなく、単なる“群れ”にすぎなかった。ゆえに統率ある人間たちに勝てるわけもなく、破竹の勢いで討伐されていく。


「……あの拳闘士は強いな」


 魔物の壁の上に座り、デュガンは眼を細める。

 部隊の中でも先陣を切り、拳を振り回して次から次へと魔物を倒していく一人の青年がやけに目立っていた。

 戦い方はやや雑で乱暴ではあったが、周囲の仲間を常に気にかけて戦っていた。鼓舞するよう大声を張り上げたり、ピンチのところがあれば真っ先に駆けていく。

 独りで戦うデュガンとは正反対であるが、集団で戦う部隊であれば、ああいう人材こそが重宝されるのだろう……そうデュガンは思う。


「後は任せて大丈夫か」


 戦いの様をしばらく見て、デュガンは壁から飛び降りる。

 と、少し離れたところに一人の少女がいることに気づいた。

 デンドラの憩い亭、看板娘のヒシナだった。デュガンを心配するが余りに飛び出してきたのだ。


「あなたは…私たちを護ってくれたんですか?」


 魔物の死体を見て、一瞬怯えた顔をし、それでも逃げ出さずにヒシナは問う。

 デュガンはチラッと青年部隊の方を見やって肩をすくめてみせた。


「いや。“護る剣"とやらは…あそこで戦っている奴らのものだろう。もし礼を言うつもりならば、奴らに言ってくれ」


「なに言ってんだい。アンタがいてくれなかったら、アタシらはとっくにあの世さ」


 ヒシナの後からやってきたデンドラが言う。


「ほら、アンタも感謝の一つくらい言いな」


「ひ、ヒャイ! な、舐めた口聞いてすんませんでしただぁ!」


 息子が土下座せんばかりに何度も頭を下げる。

 デンドラの家族が揃っていたが、デュガンの人とは思えぬ力…つまりは山となった魔物の死体に圧倒されていた。感謝よりも、完全に恐怖が先だっていた。


「……どう思おうと自由だがな」


「あなたは私たち家族を護ってくれた人! それは間違いないです!」


 ヒシナがハッキリそう言うと、肯定するようにデンドラも頷く。

 人に感謝されるなどと何年ぶりだろうか…そんなことをふと思う。


「さ、はやく帰って、スープの作り方の続きをやらんとね。まずは野菜の皮ムキからだよ」


「おい。俺は…」


「なんだい? まさか、アンタそんな半端で放り出すと思ったかい? 冗談じゃない。アタシが教える以上は最後までキチンと覚えてもらうよ!」


 ろくに芋の皮も剥かずに鍋に突っ込んだデュガンを思い起こし、デンドラはからかうようにして笑う。


「うん! おばあちゃん! 私、畑からいっぱい、お芋とってくるね! いっぱい練習しないと美味しいの作れないもんね! きっと何日もかかるわ!」


「張り切るのはいいけれど、まさか畑の芋を根こそぎ…とかはやめてくんなよ。他のお客に出すもんがなくなっちまうさね」


 デンドラとヒシナはそんなやり取りをしながら笑い出す。

 いつの間にか、怯えていた息子たちも話に加わってぎこちないながらも笑顔を少しずつ見せはじめた。何気ない会話……それが、日常を取り戻せた実感となったのだろう。

 そんな光景を見ながら、デュガンは何か懐かしいものを感じた。

 人との交流……忘れかけていたが、そんなに悪いものでもなかったように思う。


 今まで、こうやって気まぐれでも人が助けたことがあっただろうか? 感謝されたことがあっただろうか?

 “彼女”を失ってから、十数年ずっと心がどこかに消えていたのではないか……と、デュガンはそう最近考えるようになった。

 今まで頭の中を占めていたのは、龍王アーダンへの殺意だけだ。

 どうやって懐に近づくか? どのように剣を振り、いかに斬り裂くのか? そればかりを延々と考え続けていた。

 追求の果てにあったのは、“強くなるにはどうすればいいのか?”という終わりのない問いだ。

 やがて、自分でも“強くなるために龍王と戦うのか”、“龍王を倒すために強くなっているのか”……最初はハッキリしていたであろう、そんな違いすら曖昧となっていたのだ。


 ただそればかりを追いかける日々に変化が訪れたのは、セリクという一人の少年と出会った時からである。


 最初、ちょっと変わってはいるとは思った程度で、デュガンにとって彼は単なる非力な少年に過ぎなかった。

 詳しい経緯は知らないが、龍王城に迷い込んだ薄幸の子供……そんな印象しか抱かなかったのだ。


 ほんの僅かな旅の中で、彼の中に剣の才能を見た。それもデュガンが何年もかけて辿りついた境地のレベルだ。

 しかし、少年はせっかく力があるのに、それを用いることは嫌だと言う。

 デュガンは問う。「なぜ持っている力を使わないのか?」と。龍王アーダンを倒すために、ひたすら力を渇望していた自分には理解できないことだった。


 なぜか彼に興味を覚えたデュガンは、何気なしに戦技を教えた。セリクはそれを難なく使えるようになってしまう。驚くべきことだったが、デュガンにとっては喜ばしいことであった。

 “対等の実力を持つ者ならば、きっと自分がさらに強くなるためのキッカケを与えてくれるだろう”…と、そんな思いがあったからだ。

 というのも、並の剣士や龍族ではもはや相手にもならない。ひたすらに強さを極めようとして、デュガンは強くなりすぎた。だが、それでも龍王アーダンを倒すにはまだ足りないのだ。

 さらなる高みを目指すために、拮抗する力の持ち主…ライバルとなるような存在を必要としていたのである。


 セリクの強さに興味をもっただけ……デュガンは最初そう考えていた。しかし、それは違った。

 今ならば解る。セリクは、どうしてかあの“彼女”に似ていたのだ。

 “強大な力を誇るのに、それを用いることを望まなかった彼女”に……。


 “彼女”を想い出したことで、デュガンの心境に少しずつ変化が生じていた。

 悲しみや空しさをすら呑み込むほどまでに燃やし続けた憎しみという黒炎の中、ポツンと小さく咲いた一輪の白い花。儚くともそれは異彩の存在感を放っていた。 

 それはデュガン自身が気づいていないほどの、本当に小さな物であったのだが、それが結果として、デンドラたちを護ることに繋がったわけである。


 ヒシナに腕をとられながら、デュガンは宿へと戻る。

 途中で空に浮かぶクジラを見上げ、次に出会うときはどれくらい強くなっているだろうか……と、そんなことを考えた。


「……次はもう少し剣を教えてやるか」


 そんな小さな独り言を言ったものだから、ヒシナは小首を傾げたが、デュガンは眼を閉じてそれ以上のことは口にすることはなかった…………。

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