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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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50話 魔物たちを率いる者(1)

 セリクたちを乗せたユニコーンはひたすら走り続ける。その速度たるや、並の馬では勝負にすらならないだろう。下手をしたら帝都で乗った車などよりも遥かに速かったのだ。

 深い森をあっという間に抜け出て、草原を延々と北上していた。

 そして、魔物の群の一部を見つけ、ヘジルはユニコーンを止める。


「な、なんだこれは…。いくらなんでも数が多すぎる!」


「なにこれ! 信じられない! なんか、見たことない魔物とかもいるし!」

 

 それは大陸の果てまで続くかと思われるような大軍隊。黒々と蠢くそれらは一つの巨大な生き物のようで、草原にだけ夜の帳が下りてしまったかに思われた。


「予想していた以上だ…。いったい魔王はどこからこんな軍勢を連れてきたというんだ」


「俺たちだけじゃ倒しきれないな…」

 

 セリクが困った顔をして言うのに、ヘジルも力なく頷く。


「…とりあえず、作戦通り各隊に連絡を取る」


 岩場の影に降り、ヘジルは背負っていた無線機を設置しだした。それは森の側にいた別動隊から借り受けたものだった。

 しばらくガチャガチャとチャンネルを合わせていたのだが、ヘジルは首を横に振り、電源を落としてしまう。


「…どうしたんだ?」


 セリクが問うと、ヘジルは苦い顔をしながらイヤホンマイクを外す。


「まったく通じない。きっと電波障害だ。この辺りに漂う強い魔気マガのせいだろうな…。

 今まで森で通信が通じにくかったのもこれが原因だろう」


「ええ!? じゃあ、どうするのよ!? アレがあのまま帝国に向かってるんでしょ!?

 このままじゃ帝都にいるマトリックスさんたちも…」


「フン。そんなこと解ってるさ。やることは決まっている」


「指揮者を倒す」


 セリクは魔物の群れを見据えて言う。


「ああ。どのみちここでボスを倒せなかったら、あの軍勢を止める術なんてない」


「でも、一番の問題は、あのいっぱいの魔物の中のどこにボスがいるかでしょ!」


 フェーナの言う通りだった。これだけ大小の種類の違う魔物がごったがえしているのだ。その中でたった一匹を見つけるのは至難である。


「……俺がリーダーなら、全体が見渡せる位置につくと思う」


 セリクがポツリと呟く。

 力は封印されているはずなのに、なぜかレイドが小さく笑ったような気がした。


「フン。そうだな。どう見てもあの魔物どもは正気を失っている。やはり魔気マガに酔った奴らを、何かの手段で一つの方向に向かわせているんだ」


「手段ってどんな手段よ?」


「そんなことまでは知らない。だが、セリクの言う通りコントロールしやすい場所にいようとするはずだ。それは…」


「…群の中央」


 ヘジルは頷いて軍団の中心部を指さす。そこにはひときわ強そうな魔物に囲まれた場所があった。


「ボスがいるならば、そこの守りは堅くしているはずだ。まず当たりで間違いないだろう」


「それって、一番突破は難しいってことでもあるよね?」


 フェーナが引きつった顔で言うと、セリクとヘジルが同時に頷く。


「僕のユニコーンならば……恐らく、強引に突破はできる。

 だが、途中で力尽きたとしたら魔物に囲まれた中、あそこまで自力で目指さなければならなくなるだろう。

 それにボスもそう簡単に倒せる相手でない可能性も高い」


「でも、やるしかないんだよな?」


「……フン。そうなるな」


 無線機を放り出し、ヘジルはユニコーンにまたがる。


「……あれ?」


「なんだ? 怖じ気付いたなら止めてもいいぞ」


「違うの! あそこを見て!」


 フェーナが軍団の進む先の末端を指さす。

 その方を見やると、魔物の進軍が遅れている箇所があることに気づいた。

 何もない草原のはずなのに、大きな壁があってそれが魔物の侵攻を止めているように見える。


「なんだ? あれは?」


「ヘジル。あそこまで行けるかい?」


「……ああ。行くのは問題ない。だが、魔物の罠ではないか?」


 明らかに怪しいとヘジルは渋る。


「そうかな? あっちはちょうど帝国のある方向だよ。もしかしたら、誰か援軍が来たのかもしれない」


 セリクの言葉に、ヘジルはそんなことは絶対にありえないと考えていた。

 イクセスが軍を動かしたにしても、自分たちより早く到着することは考えにくい。それに敵の規模を把握せず、いたずらな数を送るメリットもないはずだ。兵士を無駄に疲弊させてしまうだけだろう。

 偵察を送り込んではいるだろうが、それとて無線が使えないことに気づき、本部に直接報告をするため引き返している最中に違いなかった。


「……行ってみる価値はあると思う」


「うん。私もセリクに賛成かな」


 ヘジルは小さくため息をついた。


「……仕方ない。敵の正面に回るなんて愚策もいいところだが、正体を確認すべきと言うのは確かに一理ある」


 ヘジルはそう答え、ユニコーンの角先を向けて走りださせる……。


 いつもだったらこのような直感に頼るような選択をヘジルはしなかった。スベアの予感などを信じたのも、理屈は説明できなくとも統計的な見方をした時に警戒するに越したことはないという考えに至ったに過ぎない。

 だが、セリクとフェーナの存在が状況に変化をもたらせている現実は認めなければならないとも感じていた。

 彼らを信じているのかと聞かれれば違うと答えるだろう。だが、世の中には個人では抗いがたい“場の流れ”というものが確かに存在している。

 自分の召還師としての力、龍王の宣戦布告、神告に魔王の復活……そして、今回の事態 すべては論理だけでは片づかないことなのだと、ヘジルはよく理解しているつもりだった。

 論理的ではない……ただ、それでも“場の流れ”を引き込んで、“結果”さえ出すことができればそれに越したことはない。そうヘジルは考えていたのである。




---

 



 敵軍の末端に辿りついた時、三人は唖然とする他なかった。


 見上げるほどの高さの死体の山。壁だと思われたものは、うず高く積み上げられた魔物よる肉壁だったのである。

 肉壁からはピチャピチャと雨の血が滴り、緑色であった草原を紫や黒に染めている。獣特有の悪臭が漂い、血と臓物の臭いにむせかえりそうになる。

 

 その周囲を、一人の漆黒のマントを着た男が飛び回っていた。

 壁を縦横無尽に走り、襲いかかる敵を飛び越えて剣を振る。それだけで、凶暴な魔物の頭がいくつも落ちる。


「で、デュガンさん!」


 セリクの呟きに、ヘジルもフェーナも目を丸くする。


「ふえぇ? あの人がそうなの!?」


「あ、あれが…“無影のデュガン”だと言うのか。一人で何体を相手にしてるっていうんだ。次元が違いすぎる強さだ。ブラッセル将軍…以上かも知れない」


 驚きが隠せない三人の目の前に、ドズンッ! と、グローリーベアーの首が落ちてくる。

 フェーナは泡を吹いて気絶しそうになるところをセリクに支えられた。


「……セリクか?」


 デュガンの攻撃が、空を飛ぶ一陣を崩す。そして、バラバラと散る魔物の四肢と共に、彼らのすぐ側に着地した。

 感情のまるで読めない片眼が三人を捉える。セリクが紅い眼でないことをデュガンはふと疑問に思ったのだが、それをあえて口に出すことはなかった。

 敵は今なおも迫りつつあった。向こうで咆吼をあげながら壁を登ってくる音がする。だが、少しの会話をする間ぐらいはありそうだった。


「はい。お久しぶりです。でも、なんでこんなところに?」


「それは俺の台詞だが…。

 しかし、見たところ無事にやっているようだな」


「はい。おかげさまで」


 デュガンは値踏みするかのように、セリクの姿を見やる。そして、腰の剣を見ると気取られないようにフッと笑った。


「…強くなったな」


 褒められたのだと知り、セリクは嬉しく感じる。


「今は見ての通り少し忙しくてな」


 “少し”という言葉に三人は違和感を覚えたのだが、汗ひとつかいてないデュガンにしてみれば本当に大したことではなかった。

 そんな風に喋りながらも、敵の侵攻は決して許さず、壁を乗り越えようと高く飛んでくるブラッドバッドを、その場にいながら静かに斬り落とす。

 剣が届く位置ではないはずなのに斬ってしまえる…その原理が理解できず、ヘジルは首を捻る。


「どうしてデュガンさんが魔物の相手を?」


「…ん? ああ、まあ、成り行きでな」


 デュガンは素っ気なく答える。


「成り行きって……そんな簡単なことなの?」


 フェーナは魔物の死骸を見やって気の毒そうな顔をした。

 いくら理性もない怪物とはいえ、成り行きで斬り殺されてはかなわないだろうにと少し同情してしまったのだ。


「だが、この調子で敵軍を潰せれば言うことはないな」


 目の前で起きていることは信じられなかったが、ヘジルはこのままデュガンが魔物たちを全滅させられるならそれもよしと考えていた。


「仮にこのまま敵を足止めをしてもらえるだけでも、残りは帝国軍で叩け…」


「ダメだ!」


 セリクがいきなりそう叫んだので、ヘジルは怪訝そうな顔をする。


「龍王エーディンだって、魔王トトだって……デュガンさんだったら一人で倒せるかもしれない。でも、それじゃダメなんだよ!」


 悔しそうに唇をかむセリクを見て、ヘジルはますます顔をしかめる。“コイツは何を言っているのか?”との問いが表情に浮かんでいた。


「何が駄目だと言うんだ? これは遊びでやっているわけじゃないぞ。敵を倒す手段を論じる時では…」


「そうだな。俺はエーディンには興味がない。魔王…とやらは知らんが、同じように戦う理由がない。

 俺が滅ぼすのは龍王アーダン…ただ一匹だけだ」


 デュガンの一撃にわずかに憎しみがこもる。それだけで威力を増した剣閃が、より多くの敵を一瞬にして葬る!


「自分勝手な理由かも知れない。だけれど、俺にできることなら俺がやらなくちゃいけない。そうじゃなきゃ…俺が護るべき人も護れないから!」


 セリクはフェーナの顔を見て言う。


「……セリク」


 嬉しそうに、それでもなんだか物悲しそうにフェーナは僅かに微笑む。


「フン。まったく意味が解らない。セリク。君はもう少し話ができる人間だと思ったんだが、僕の思い違いだったようだ」


 ヘジルは眼鏡のツルをさすり、蔑むようにセリクを見やる。

 そして、ヘジルはデュガンに向き直り、その側に一歩近づいた。 


「デュガン・ロータス。帝国軍の代表として僕が交渉しよう」


「…交渉? お前は?」


「ああ、僕は第二十六青年部隊の隊長を務めるヘジル・トレディだ。

 このまま魔物を全滅させてくれたならば、あなたに報労金を支払う約束をしよう。…ッ?!」


 壁からシーコンドルが飛び出して来たのを見て、ヘジルはわずかに後ずさった。しかし、ヘジルをついばむ寸前で、デュガンの剣がその頭を叩き潰す!

 ヘジルはゴクリと息を呑むと、気を取り直して続ける。


「金額は言い値で支払おう! どうだ? 不服はないだろう?」


 デュガンはチラッとヘジルを一瞥し、血振るいした。


「ああ、もし全滅が不可能だったとしても、この軍の中心にいるであろう指揮者を倒してさえくれればいい。あなたならそれは可能だろうし、軍も協力は惜しまない」


「…なるほど」


 ヘジルはデュガンの気持ちが傾きつつあると確信し、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「ただ金だけじゃない。その貢献度次第では、上層部もあなたの軍への徴用も考えるだろう。そうすれば、龍王アーダン攻略戦にも当然参加できる。

 帝国軍の力を借り、龍王を倒すチャンスを得られるわけだ。そちらにとって決して悪い条件ではないはず…」


 ヘジルの言葉はそこまでで止まった。デュガンの剣先が、ヘジルの喉元に向けられたからだ。


「…なぜだ?」


 悔しそうに、冷や汗を流しながらヘジルが問う。


「『力を持つ者は、その力を扱う責務を負わねばならない』…だったか」


「イバン様の言葉ね」


 フェーナが少し得意気にする。


「俺はイバン信徒でないが、この言葉を嫌いな男がよく口にしていたものでな。覚えてしまったようだ…」


「それが、なんだと?」


「…軍の力を振りかざす奴と話をする気はない」


「まさか、僕に力を負う責務がないから協力しないとでも言いたいのか!?」


「そういうことだな。お前の交渉とやらより、セリクの声の方が俺の耳には良く聞こえる」


 ヘジルは、セリクとデュガンを交互に睨み付ける。


「馬鹿馬鹿しい!! なんだ!? そんな訓戒が何になると言うんだ!?」


 いつも冷静に見えたヘジルが激高するのをセリクは意外に思った。どうやら完璧主義者らしく、理にそぐわないことはよほど嫌いなのだろう。


「必要なのは結果だ! 敵を倒せればいいじゃないか! それに何の違いがある!? 力を持つ者の責務と言うならば、魔物たちを全滅させることがそれだろう!」


 ヘジルが早口に喚くにも関わらず、デュガンは相変わらずの無表情だった。


「……俺はたまたまここに居合わせただけだ。いつもガーネットを護れるわけではない」


「そんな詭弁…」


 デュガンの鋭い視線に気圧され、ヘジルは言い返そうとした言葉を呑み込む。


「俺の剣は…今や何も“護れない剣”に成り下がっている。そんな剣になど頼るな…」


「……デュガンさん」


 その暗い瞳に強い悲しみを帯びるのを見て、セリクは胸が苦しくなるのを感じた。

 しかし、次の瞬間にはデュガンの瞳の奥から憎悪の焔がチラチラと燃え拡がる。


「今の俺に果たす責務があるとすれば……この激しい憤りと恨みをアーダンにぶつけることだけだッ!」


 デュガンのわずかに出した本気が、自ら作り上げた肉壁を一挙に突き崩し、それを這い上がろうとしていた魔物どもを呑み込んで瞬く間に圧死させる!

 崩れた魔物の死体の波で、轟音と共に当たりがグラグラと大きく揺れ動いた。


「ま、まさか……今まで少しも本気を出してなかったのか?」


 ヘジルは無意識のうちに自分の膝が震えていることに気づき、両手でそれを抑えた。“全滅が不可能だったとして…”などと言った自分の愚かさを思い知らされていた。


「セリク。せめて、指揮者……親玉までの道は俺が斬り開いてやろう」


「え?」


 デュガンが黒剣に戦気を集中させる。それは黒炎のようで、蠢いたエネルギーが練られ凝縮されていく!


「『衝遠斬!』」


 巨大な黒い三日月が放たれた! 

 崩れた肉壁をさらに圧し崩す! そして、後ろから迫り来ていた敵を問答無用に薙ぎ倒していく!

 陸を行く者も、土中を進む者も、空を飛ぶ者も、おしなべて黒い衝撃にと呑み込まれて消え果ててしまった!

 後には残ったのは、ミンチにされた敵の残滓だけであり、遙か先の彼方にまで大きな一本道を作り上げていた。

 見ただけで言えば、エーディンが放った『タオ・ウェイブ』以上の破壊力だった。

 ヘジルの眼鏡がずり下がり、フェーナはポカーンと口を開く。


「デュガンさん。もしかして、いままで戦技を使っていなかったんですか?」


 自分の『衝遠斬』とは比べることも烏滸がましいとさえ思わせる威力だ。半ばその強さは想像していたものの、それを目の当たりにしてセリクはショックを隠せなかった。

 もしこれらの敵を倒すのにデュガンが戦技を使っていなかったとなれば、果たして本気になったとしたらどれくらい強いのだろうかと考えたが、もはやセリクには想像もつかなかった。

 ましてや、『衝遠斬』をデュガンは初歩の技だと言っていたのだ。これ以上の威力をもつ技も当然にあるのだろう。


「使うような敵がいなかったからな。

 少し加減はした。これで親玉まで死んでいなかったとしたら戦えるだろう」

 

 これだけの数の魔物も、デュガンにとっては敵ですらないのだとセリクはようやく本当に理解した。

 ヘジルはまだ未練がましそうにしていたが、デュガンはまったく動く気配はなかった。剣はすでに納め、仁王立ちのまま、自分が作った広い更地を無感情に見やっている。


「…くそッ。本当に僕たちだけでやれって言うのか」


 項垂れたまま、ヘジルはユニコーンにまたがる。セリクとフェーナがその後ろに乗った。


「もともと、そういうつもりだよ」


「うん。そうよね…。突破口を開いてくれただけでも感謝するべきじゃないの?」


「…理不尽な死亡宣告を受けた気分だ」


「敗けると決まったわけじゃない」


「うん。そうよ」


 セリクとフェーナが言うと、ヘジルは観念したように何度も頷き、半ばヤケクソ気味にユニコーンを走らせた。


「…フン。さっきのデュガンの技で他のと一緒に死んでいるといいがな」


 ポツリとヘジルはそう漏らしたが、残った魔物たちから戦意が消えていないことからしても、それはないだろうということは明白であった…………。

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