46話 魔王が去った帝都にて…
魔王トトは、龍王エーディンの横槍を受けて潔く退却したかに思われた…しかしながら、それは違った。
狡猾なる魔王の演目、第三幕はすでに上がっていたのである。
トトが神告間に到達したのと同時刻、その配下はすでにガーネット領の北方に到着していた。
魔界より持ち出した大量の魔気を振り撒き、周囲の魔物を増殖凶暴化させつつ、森の中を進軍しつつあったのである。
トトは最初から、自分が撤退を余儀なくされる可能性を考えていた。
永き封印は解けて間もなく、今の地上フォリッツアの様子はまるで解らない状況であった。
それなのに、自分を封印した主である裁定神の気配を強く感じる。封印が解けた理由と何か関係があるならば、それを確かめなければならない。
配下を遣わしても良かったが、もし裁定神が相手なのであれば、“数少ない戦力”を無駄に投じることとなる。それ故、トトは自らが動かざるを得なかったのだ。
向かう途中、神界凍結は解けていないことに気づいた。ということは、最高三大神が地上に降臨したわけではないのだ。チャンスを感じとり、トトは薄く笑った。
思っていた通り、最後の防衛線とも呼べる神告間への侵入にはかなりのエネルギーを持っていかれた。
神々も人間の主たる誇りがあったのだろう。だが、魔王自身も退けなかった。“自ら過ちにより数百年も封印されていた”という忸怩たる思いがあったからである。
そして、彼女は久し振りに経験する。
人間の生命の輝き、人間の迷妄なる闇を。
人間の生きる強さ、人間の死ぬ儚さを。
……そして、人間が抱く愛を。
人間の王ダフネス・フガール。
その者の目を見たとき、トトは歓喜に震えた。
堅実な信仰者、そして皆から崇められる王……だが、その内側にある黒い闇。浅ましい欲望に陥った愚かな魂を。
魔王は思った。“ああ。相反する様を同時に持つことができる。だから、人間は美しく醜い。だから、羨ましく惹かれるのだな”と。
自分が愛した男、バージル・ロギロスを想い起こす。古傷が疼くが、それが彼女に永き封印を堪えるほどの悦楽をもたらせていた。
時代が変遷しても人間の本質は変わらない。トトにとって人間は愛おしいままだったのである。
「余に抗うかえ? ならば、やってみせい。余は手加減などせぬ」
魔王は全力を尽くす。
いま持てる全ての軍勢を集結させ、一気にガーネットを蹂躙せんとして……。
人はこれで滅ぶか?
否。そのようなことはありえない。
苦難こそが人の物語を彩る。苦痛こそが強さをもたらせ、絶望こそが希望を見出すための最高の調味料なのだ。
トトは望む。バージルのように全てを斬り裂き、己が元に来る勇者を……。
今度はその者を完膚なきまでに叩きのめし、それからゆるりと喰らってやろうと。その時を考えると心が踊った。
神や龍を下すのはそれからでも充分に間に合うのであるからして……。
すべてを絶望の淵に落とした後にこそ、世はトトが望む完全なる魔の世界へと化すのである…………。
ーーー
話は少し遡る……。
魔王と龍王が去った後の帝都にて……
魔王の軍勢がガーネット領北方に集結しつつある。総数は不明。だが、各地の魔物を吸収しつつ、軍勢は爆発的に増えてきている……との情報が、帝国軍に飛び込んできたのは、魔王が退いて間もなくしてのことだった。
クロイラーとロダムはすぐに銃撃隊を組織し、帝都郊外に防衛ラインを設置したのだが、それは何とも急拵えで、配置する人数からしても心許ないものだった。
なによりも、魔物の侵攻よりも問題となったのは、帝国内に生じた大混乱である。
民衆は魔王と龍王の襲撃で恐慌状態にあり、暴動を防ぐために兵力をかなり割かねばならなかった。これが防衛ラインが手薄になってしまっている原因である。
龍王エーディンが放った『タオ・ウェイブ』のせいで帝都の機能が半壊し、騒乱に乗じた颯風団かぶれなどもここぞとばかりに不安を煽り立てる。
信仰深い人々は神々に見捨てられたのかと嘆き、今度は聖イバンの加護を得ようとして教会に殺到した。
マトリックスはフェーナに傷を治してもらうと、その人々の対応に付きっきりになってしまう。シャインやギャン、サラも同じだった。
そのような状況を鑑みて、イクセスは北方に待機させてあった青年兵団を動かすことを決意する。
帝国内ではかなりの実力を認められていたが、それは飽くまでシュミレーション上での話であり、経験の浅い若人を前線に向かわせることは危険であるとの反対意見もでた。ましてや相手は得体の知れぬ魔物どもである。
だが、イクセスには別の考えがあったのである。
「俺の作った組織だ。一部の者はちゃんと龍王と戦うことだってできる連中だ。そのために備えてきたんだが……いい機会と考えるべきだろう。ヤツらなら魔王にも通じる」
イクセスはセリクの眼を見て言う。
傷はフェーナが治していたが、髪は乱れて服はズタボロになっていた。
「いいか。セリク。その中でもヘジル・トレディってヤツは強い。なんせ、時代の証人…召還師だからな。
それにヤツだけじゃねぇ。ヤツの部隊四名すべてが召還師なんだ。三人もかなりの実力だ」
セリクは、第二十六青年部隊…正式名称、“召還部隊”と接触し、隊長ヘジルと共に状況を打開することを命じられる。
「……俺、力を失ったんです。俺には…もう」
自信なさ気に、セリクはそう言う。
魔王による封印呪により、眼の色は紅から黒へとなり、『衝遠斬』などの技も使えなくなってしまっていた。
これでは魔王どころか、そこらへんの魔物の相手ですら苦戦するだろう……そうセリクは考えていた。
「こんな状態だ。俺もクロイラー嬢も指揮を外れることはできねぇ。でないと軍自体が暴走する可能性もある。
お前んとこのリーダーにも、民衆を…ってか、帝都の混乱を治めるのに一役担ってもらってる。人手はいくらあっても足りねぇんだ。
その中で、お前にしか頼めない仕事をいま頼んでいる。引き受けて貰いたい」
懇願するような眼で見てくる。そんな態度をセリクは意外に感じた。
今のイクセスは、DBを解体するとか、セリクに戦力外通知を言い渡した時とは明らかに違っていたのだ。
「正直なところ、俺はお前の紅い力なんて端っから期待してねぇ。俺自身、戦技は使えないしな…。
だが、お前の剣。“無影のデュガン”に教わった技だけは本物だ」
「そんな……俺なんて……」
かつて、イクセスの攻撃すらまともに受けられずに尻餅をつかされたのだ。セリクはそれを思いだし、悲しそうに眼を伏せる。
次の瞬間だった。イクセスがいきなり“オードソード”を抜き放ち、セリクの頭上目掛けて斬り掛かる!!
ガキンッ!!
気づいた時には、セリクはイクセスの攻撃を自分の剣で弾いていた。
「な、なにを!?」
弾かれた“オードソード”を見て、イクセスはニヤッと笑う。
「…今のは本気だったぜ。この“最速のブラッセル”の不意打ちに追いついたわけだ」
「え?」
「お前の強さは、この一ヶ月で充分に強化されているってことだ。紅い力に頼らずともな。
シャインに教育を任せて正解だったぜ。基礎を徹底的にやったんだろ。元からある才能の上に、努力っていう底上げしてんだから強くなるのは当然だ」
セリクはシャインの指導を思い起こす。基本に忠実に淡々とこなす修行の毎日ではあった。地味でこそあるが、それこそが最も強くなるのに最適な筋道であったのだ。
実感こそなかったものの、シャインの教えこそが、セリク自身の強さを限りなく高めていたのである。
「セリク。お前はデュガンに認められ、ファバード流師範シャイン・ファバードに鍛えられた。そして、三将軍であるイクセス・ブラッセルにも太鼓判を押されてんだぜ。それが弱かったとしたら、俺たちの立つ瀬がなくなるぜ」
セリクの黒い瞳に光が戻る。剣を握る手に思わず力を込めた。
誰かに認められる……それは、セリクが今まで渇望してきたことであったのだ。
「今一度、頼む…」
彼らの信頼を裏切っていいのか? セリクはそんなことは絶対にしたくないとそう思った。
「…俺、やります」
こうした経緯によって、セリクはヘジルの待つラムの森へと向かうことになったのである…………。
ーーー
フェーナは、魔王トトによって傷を負った人々を癒し続ける。
マトリックス、ギャン、サラ……神告間にいた者たちは重傷を負っていた。
そして、帝都ではさらなる犠牲が巻き起こっていた。帝国兵、民間人のみならず、セリクやイクセスも負傷していた。
フェーナは目の前にいる人を片っ端から癒していく。怪我の大小に関わらず、治療を必要とする者に癒しの力を施す。
「ありがとう! お姉ちゃん!」
「うん。いいのよ。気を付けてね」
足の怪我を治してあげた小さな女の子に礼を言われ、フェーナは優しく微笑む。母親がしきりに御礼の言葉を述べて頭を下げる。
「さて、次は…」
まだまだ怪我人はいる。気づいたら、治癒師の噂を聞き付けた人々が列をなしていた。皆、フェーナの力を頼って来たのだ。
額を擦りむいた老婆に力を使おうとした時、フェーナは目眩を起こしてしゃがみ込んだ。
「あれ……お、おかしいな」
「お嬢ちゃん。大丈夫か?」
老婆の後ろにいた、腕に怪我をした兵士が心配そうな顔をする。
その兵士の顔がぼんやりと霞む。フェーナは頭を振って意識をハッキリさせようとした。
「え、ええ。大丈夫。ちょっとフラフラってしただけ……。
でも、平気だから! すぐ治しますからね!」
老婆の傷を癒す。周囲から感嘆の声が上がった。
「すごい! ほんと魔法みたいだな。よ、よし! 俺も早いとこ頼むよ!」
「はい。任せて下さい」
フェーナはニッコリと笑うが、顔色は青白かった。しかし、こんなところで倒れるわけにはいかない。はやくこの人たちを全員の治して、セリクの側に戻らねばならないのだから…。
「ホホホ。なんとも無茶なことをする娘子ぢゃな」
フェーナが振り返ると、長い髭をした老人が笑っていた。
「ちょいと失礼」
やんわりとフェーナを押しやると、治療しようと思っていた兵士の傷を、その老人が包帯を巻いて手当てしてしまう。
「え…と」
「ほい。良いぞ。この分なら化膿せずにに治るわい」
何か言いたそうな兵士の言葉を遮り、フォンは次の怪我人を手招きする。
いつの間にか、大きな薬箱がフォンの足元に置かれていた。見たこともない薬や治療器具がびっしりと詰まっている。
「お医者様?」
「ん? まあ、そうぢゃのぉ。ワシは仙人屋という薬屋を営んでおるフォンというもんぢゃ」
そう喋りながらも、フェーナが癒すはずだった人々を次々と手当てしていく。
「お嬢ちゃんはちょっと休んでおれ。治癒師ほどではないが、ワシの医術も捨てたもんぢゃないぞ」
「あ、ありがとうございます」
フェーナは端に座り込み、フォンの治療をジッと見やる。
骨ばった細長い指が、正確に迷いない動きをする。一切の無駄がなく、その手際の良さとスピードはとても老人とは思えなかった。
「……治癒師の力は、“気”ではなく“命”を使う」
「え?」
手を止めず、フォンがフェーナに語りかけ始めた。
「 “気”は自ずと回復するものぢゃが、『命』はそうはいかん。寿命や生命力は人一人にその量は限られておるからな。
そんな使い方をしていては、すぐに枯渇して……早死にしてしまうぞい」
口調は軽かったが、フォンの眼は笑っていないことにフェーナは気づいた。
「……でも、私がやらなきゃ」
そう言ってフェーナは、セリクとイクセスが遠くで話しているのを見やる。
二人の怪我は、フェーナがいなければすぐには治らないほどのものだったのだ。いくらフォンが優れた医術をもっていても、即座に完治させるなんてできないだろう。
「なあ。ジイサン…」
さっきの兵士が遠慮がちに、フォンに声をかける。
「なんだ? まだおったのか? 動けるならそこの包帯をとっておくれ」
「医者の治療もいいんだけどよ。その、俺は治癒師様に治してもらいたいんだが……」
フォンが長い眉をピクリと動かす。
「おう、俺もだぜ! すぐに治るって聞いたから、こうしてずっと待ってたんだぜ!」
いま治療を受けようとしていた、足を捻挫したらしい大男がそうぼやく。
フォンの治療は適切なものだったが、フェーナの癒しの力に比べれば完全とはいえないだろう。治癒師であれば、まったく痛みがなくなるばかりでなく傷口すらなくなるのであるから…。
その思いは皆同じらしく、いま並んでいる人も、すでに治療を終えた人も、フォンよりもフェーナの顔を見やっていた。それは懇願するような視線である。
すぐに元通りになるのであれば、そちらの方が良いに決まっている。
「あ! はい! 私は大丈夫です!」
フェーナは頷いて立ち上がろうとする。それをフォンが肩を抑えて押し止めた。
「ホホホ! 奇跡の安売りはようないのぉ~」
「安売りだなんて、私はそんなつもりじゃ!」
フェーナがムッとした顔をすると、フォンは茶化したように笑う。
「見たところ、ここに並んでおる連中はたいした治療が必要ぢゃないわい。ワシの手当てでも充分ぢゃよ」
「なんですって! うちの子は腕が折れてるのよ!! 早く治してもらいたいのに!!」
並んでいた女性が怒って叫ぶ。自分の子供の腕を指さした。
子供はベソをかいているが、遠目に見ても折れているという様子ではない。せいぜい打撲といったところだろう。
その女性の叫びに反応したのか、周囲がざわめきはじめる。「早く治せ!」、「まだか!?」と、口々に不平不満の声があがった。
ガッチャーン!
突然響き渡る音に、誰もが驚いて一瞬黙る。
フォンが薬箱の空ビンを何本か地面に叩きつけて割ったのだ。
「…奇跡にはそれ相応の代償を支払っておる。この娘子は命を削ってお前さんらを治しておるんぢゃぞ」
フォンが静かに言うと、騒いだ人たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「この娘子の寿命を奪ってまで……足を捻った程度を治すのに、そこまでの奇跡が必要かね?」
直接に問われた大男、そして側に立っていた兵士も、何ともいえない顔で口をモゴモゴとさせた。
目の前の少女の寿命が減ると聞かされては、自分の怪我は大したことがないと言われても仕方がない。
「いや。あんたの手当ての方でいい…」
恥ずかしそうに言う大男に、フォンは小さく頷く。
「お前さんは?」
「あ……お、俺は早く治れば、軍に復帰ができると思ったまでで……いや、左手でも剣は握れる。大丈夫だ」
気まずそうにしながら、兵士は立ち去っていった。
「フム。他に何か意見はあるかね? ないなら続けるぞい。
あと、歩ける者はちと助けておくれ。軽い傷ならこの薬を塗っときゃ治るでな。持てるだけ持って、配ってきてもらいたいんぢゃよ」
そんなやり取りをみて、フェーナは眼を瞬く。
「不思議そうな顔をしとるのぉ」
「あ、いや、スゴイなぁと思って……。私なんかよりも多くの人を助けてる」
全部自分でやろうとしていたフェーナは、それがおこがましい考えだったと気づかされて恥じた。
「ホホホ! ま、年の功ってヤツかのぉ~」
フォンはさほどのことでもないという感じに笑った。
「…んまぁ、こんな怪我ならば時間が経てば治る。生き物には自ずと自己治癒能力というものが備わっておるんぢゃしの。それに頼るのも人の知恵ぢゃよ」
フォンは薬箱から小瓶を取り出す。そして、おもむろにフェーナに手渡した。
「これは?」
「……ワシが調合した滋養強壮薬ぢゃ。ま、一時的ではあるが“命”を高められる。
かといっと、寿命が延びるような霊薬ではないがの。その目眩や倦怠感はだいぶ和らぐと思うぞ」
「あ、ありがとうございます。……けど、なんで私に?」
どうして見知らぬ人物にそんなに親切にしてくれるのだろうと、フェーナは思う。
フォンはニヤリと笑い、セリクの方を見やった。
「お前さんの力、あの坊主にとっちゃ必要なんぢゃろ?」
「そうです!」
まったく間を置くことなくフェーナが即答したので、フォンは少し驚いた。
「ホホホ。あの魔王たちとの戦いは見ておったよ。
チラッと聞いたんぢゃが、ぎょうさんの魔物がこっちに向かってきておるんぢゃろ?
なら、護ってもらうためにも、帝都民であるワシが協力するのは当然ぢゃて」
フォンは周囲の人々を動揺させないよう、小声でフェーナに言った。
「魔王の使った術式……『魔円封緘』を破る手立てはワシが探してみよう」
「え? おじいさん、セリクの力を封じたやつの正体わかるんですか!?」
フェーナは眼を丸くする。魔王が使った技の名前を、このような老人が知っているとは思わなかったからだ。
「あれは一種の呪いでな。気を封じられたんぢゃろ? あの坊主は戦技も使えまいて」
「…はい。そうです」
治療した際に、セリクが眼の色だけでなく、力そのものを失ったことを知ったのである。
もしかしたら、力を失ったセリクはもう戦わなくてもいいんじゃないか……そんな安堵も束の間のことだった。
フェーナには遠くからでも解ったのだ。イクセスと話しているセリクの顔が、決して戦いを諦めたわけではないのだと。
「呪術は専門外ぢゃが、呪符を使った手のモンは道領国が発祥ぢゃて。古い文献をあたってみれば、解除方法がでてくるやも知れん」
「ホントに!? ああ、良かった! 私だと……“ほんの少しの間しか元に戻して”あげられないから……」
実のところ、セリクには力を取り戻してもらいたいという気持ちもあった。そうでなければ、大きな危険の中を素手で立ち向かうようなものだろう。
それと同時に、できれば何かと戦うなんて危ないことはしないで欲しいとも思う。そんな相反する気持ちがフェーナの中でせめぎ合っていた。
だが、セリクが何かを選択してそれに向かって進んでいくのならば、それがどんな選択だったとしても、フェーナは何が何でもついていくつもりでもあったのである。
「ほんの少しだとしても、魔物どもを倒すには必要ぢゃろ?
本当に必要なことのために、お前さんの力は使うもんぢゃ。
それが解ったら早う行くといい」
「でも……」
フェーナはまだ果ての見えない怪我人の列を見やる。この人数を、フォンだけに任せるのは気が引けた。
「暇な年寄りにでも、この場は充分ぢゃよ。どうにも手伝ってくれる連中も来たようぢゃしな」
フォンが顎をしゃくる。その先を見やると、怪我人の列とは違う人々がポツポツとこちらに向かってくるのが見えた。
それは治療を終えた人々が、自分に何かできることはないかと思って戻ってきていたのだ。
「医は仁術とはよう言うたもんぢゃ。あやつらは、嬢ちゃんの必死な姿に感化されおったんぢゃろ」
自分だけが癒されて、他に苦しんでいる人々を横目に通りすぎれなかったのだろう。戻ってくる人々の表情には罪悪感と決意めいたものが浮かんでいた。
「ほれ、さっさと行った行った。せっかく治した連中を再び魔物に襲わせてもらっては困るでな。はよ片付けてきておくれ」
フォンに急かされ、フェーナは頷いて立ち上がる。
「フォンさん。本当にありがとうございます! この場はお任せします!」
「あい、任されたわい」
「あと、セリクの呪いの件、よろしくお願いしますね!!」
疲労から一転、笑顔になったフェーナを見てフォンはニンマリと笑い返す。
「じゃあ、私、行ってきまーす!!」
フェーナはペコリと頭を下げ、愛想を振りまいてその場を後にする。
治療を待っていた人々は、さっきの殺伐とした雰囲気はどうしたのか、フェーナの笑顔を見てホッとしたような気分になったのだった。
「……なあ、ジイサン」
フェーナがいなくなると、湿布薬を貼ってもらっていた大男が口を開く。
「ん?」
「あの治癒師様。今から……どんだけ生きれるんだ?」
そう問うと、フォンは大きく息を吐く。
「……ワシが聞いた話だと、治癒師と確認されてから生きられる平均年数は一〇年ほどぢゃな」
「…一〇年」
あまりにも短い年月に、男は言葉を無くした。
「あんな良い子がそれっぽっちしか生きられねぇなんて……神様も酷なことをしやがるぜ」
神界にいる神々を睨むかのように、大男は空を厳めしい顔で見やった。
「そうさの。治癒師となる者は、得てして心の優しい者が多いと聞く。ゆえに他の時代の証人に比べ、能力を行使する機会や場合がどうしても多くなるんぢゃ。
だが、娘子は……あれだけ力を乱用していればそれも解らんがな」
フォンはチラリと、駆けて行くフェーナの背を見送る。
そして、奇跡の力を使わないですめばどんなに良いだろうかと思った。だが、これからの戦いでフェーナが治癒の力を使わずに済むことはないだろう。
「難儀な時代ぢゃ。まだまだ血を見ることになろうて…」
不気味な予言めいたことを呟き、フォンはもう余計なことは考えまいと、治療に専念するのであった…………。




