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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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44話 召還師ヘジル・トレディ(1) (ヘジル視点)

 “時代の証人”。

 聖イバン教会によれば、聖イバン・カリズムによってもたらされた大奇跡の一つ。

 最高三大神教によれば、神王ラクナ・クラナが地上に与えた奇跡の遂行者。

 いずれの説が正しいにしても、そのように呼ばれる特別な者が世界に存在していることに違いはない。


 時代の証人の総数は、きっちり百十一人。

 この一〇〇〇年もの間、決して変わらず、誰かが死ねばその代わりの者がどこかで出現するという。

 そして、選ばれた者は、身体のどこかに“水晶石”が現れることが証拠となるのである。


 そのうち一人は、フガール家のみに現れる“告知師”。

 そのうち一〇〇人は、人々の傷を癒すことのできる“治癒師”である。

 

 そして、残りの一〇人……

 時代の証人の中でも奇異な存在……それが『召還師』である。




---




 神国ガーネット帝国から、北東に位置する『ラムの森』。

 南方にあるブフの森に次ぐ大きさを持つ、領内最大級の森林地帯である。

 比較的に強い魔物が自然発生することから、民間人が立ち入る場所ではない。

 中に入れば、鬱蒼と茂る陰樹林によって覆われ、常に霧が発生しているので昼間でも視界が悪い。危険な場所である。


 この僕が率いる、“第二十六青年部隊”。

 ブラッセル将軍の指示により、僕たちはそんな物騒な森の中でテントを張って待機していた。

 

 颯風叩きが終わった以上、神告の間に最も警戒すべきこと。それは、龍王エーディンによる攻撃だと思うのは当然だ。

 しかし、それならなぜガーネットの北側に僕たちを配置したのか疑問だろう。そして実際、「ファルドニアに面した南にこそ軍を集中させるべきではないか?」という意見も出ていた。

 だが、ルゲイト・ガルバンの千変万化する策を誰も読めないでいた。迎え撃つために入念な準備をしていた地点はかわされ、戦略上どうしても手薄になる部分を探して嫌らしく攻撃してくる。軍備の穴はどうしても存在する。敵が知り得ないはずの補給路、常駐兵の臨時移動……そういった隙を巧みに狙ってくるのだ。

 それは何か情報を得て判断しているのではなく、ルゲイトはブラッセル将軍やゲナ副総統の思考を呼んで手を打ってきているらしい。

 散々に煮え湯を飲まされ、こちらの被害は拡大しているのに、龍王側には一切の損害を与えられていない……それに帝国軍上層部は苛立ちを隠せないでいる。

 読めないならば、読めないなりに、あらゆる状況に即対応できる備えを…それがブラッセル将軍の考えだ。

 そこで敵の裏をかくというよりは用心のため、敢えて北側からの奇襲に備え、帝国の裏側に当たるラムの森に僕たちを配置したというわけである。

 

 実際にその読みは……違った形で当たることになったわけだが。




「ヘジル隊長! この携行スープ。飽きたっす!」


 いつも文句を真っ先に言うのはコイツだ。

 ミシール・アンバが乱暴にスプーンを皿に放ったので、カーンという音が辺りに響き渡る。


「我慢しろ。食えるものがあるだけありがたいだろうよ」


 そう答えるのはベン・キッカだ。モクモクと乾パンをかじっている。が、その顔は“気持ちは同じだ”という感じだった。


「えー。だって、あの“寄生虫”退治からもう何日っすか!?

 アタシら、あと何日こんな陰気な森で待機してなきゃならねぇんすか!?

 黙ってないで、スベアも抗議するっす!」


「ミシール……うるさいですよ」


 スベア・ロハルテ。この中では一番の常識人ではある。

 側にいた子リスに自分のパンを分けてやりながら素っ気なく答えた。


「へ? な、なんなんすか! もう!!」


 ふて腐れた顔をして、ミシールは皿を掴むと、ズズッと一気に飲み干した。まったくもって下品なヤツだ。


「フン。神告さえ終えれば帰還が許されるはずだ。それまで辛抱しろ」


 僕が言うと、ミシールは諦めたように頷く。


「……でも、退屈なのは事実っすよね。飯がまずいのは我慢するっすけど。歯応えのない『ブラッドバッド』とか、『トレント』とかの相手はうんざりっす」


 それには皆同じようで、反論する者はいなかった。


 血吸いコウモリことブラッドバッドは、並の剣士では歯が立たない強敵だ。闇夜に紛れていきなり現れるのは厄介極まりない。

 樹木が魔気に晒されたことで変質したトレント……これも、決して弱い敵ではない。群生地に入り込み、集団で遭遇した場合は面倒だ。

 だが、今の僕たちからすれば弱いとしか言いようがない。出てくれば倒さなければならないので、辟易こそすれ、苦戦することなど有り得なかった。


「あー。そいえば聞いたっすか? 帝都にドラゴンでたらしいっすね!」

  

 その情報は僕が皆に話したやつだろう。この中でそれを知らないヤツなどいない。どういう思考回路をしているんだコイツは?

 いつものことなので、ベンもスベアも聞き流している。


「くぅー、いいっす! ドラゴン、戦いたいっす!! 戦士の憧れっす!」


 食事時、ミシールはいつも一人で勝手に喋っている。

 僕やベン、スベアも会話は少ない。いつも同じ顔を突き合わせているのだ。話題も尽きるというものだが、返事しようがしまいが、ミシールは楽しそうにいつも話を続ける。こっちが聞いてようと聞いていまいとお構いなしだ。


「あ。ヘジル隊長! どこ行くっすか!?」


 僕が立ち上がると、ミシールはウキウキとした表情で見上げてくる。別に遊びにいくわけじゃないんだが…。


「帝国に無線を飛ばしておく。神告が開始された時刻だが、北側に異常がないことを伝える」


「おお! アタシも行くっす! お手伝いするっす!!」


「……ミシールは遠距離無線機使えないでしょ。トレディ隊長。私がやります」


 スベアが子リスに別れを告げ、それから立ち上がる。


「ズルイっす!」


 ミシールの考え無しの発言には頭が痛くなる。何がどうなって、“ズルイ”となるのか理解できない。

 論理的思考ができないヤツをまともに相手しても仕方ない。


「もういい。ミシールとベン。二人は念のため辺りをもう一度見回りに行け。僕とスベアで連絡を行う」


「ええッ!?」


「了解!」


 文句が言いたそうなミシールを、大柄なベンが首根っこを引っ張って連れて行った……。



 テントの中に入ると、スベアがすぐに無線機の調整をする。

 ラムの森は電波の通りが悪い。気象によっては、丸一日間、音信不通になることもある。

 今回は幸いなことに、一時間もしないうちに繋がった。


「……こちら“NET部隊”。こちら“NET部隊”。現状を報告する。どうぞ」


『ザーザー、ガー……こちら本部。了解。どうぞ……ガー』


「こちらは異常なし。“寄生虫”及び“蜥蜴”は確認されず。引き続き警戒に当たります。どうぞ」


『ガーガー! 了解。引き続き警戒の件よろしく…………ガッガー』


 マイクを外し、スベアが後ろで束ねた髪を鬱陶しそうに払う。


「フン。何事もなく終わりそうだな」


「ええ。ですが…」


「なんだ? 何かあるのか?」


「いえ、なんて言いますか……。さっきから胸騒ぎのようなものを感じています」

 

 時々、スベアはそんな発言をすることがあった。

 なぜだかその予感というのは当たることが多い。それによって部隊が窮地から助かったことは一度や二度ではなかったのだ。

 非論理的だとはいえ、結果に左右することならば僕も無視することができない。


「……根拠は?」


 いつもする僕の問いに、スベアは予想した通り困った顔をする。感覚的なものを口で説明するのは難しいのだろう。

 でも、僕がそれで納得できないのを知っているスベアは何とか言葉で表現する方法を考えているようだった。


「空気ですね。この森の空気がざわついているような……そんな感じを受けます」


「いつからだ?」


「……小一時間ほど前からです、か」


「フン。そんなに前か……。そうした場合にはすぐに報告しろと言っているだろう」


「すみません……。まだ、確信が持てないことだったので……」


「確信があろうがなかろうが関係がない。僕が判断することだ」


「……はい。申し訳ございません。トレディ隊長」


「注意しておくに越したことはないな……。

 よし。僕も周囲を見て回って来るとしよう。

 君はこのまま他の部隊にも無線を飛ばせ」


「はい。しかし、各隊には何と?」


「何と、だと? 君の予感をそのまま言えばいいだろう。そんなこといちいち僕に確認することじゃない」


「は、はい…」


 喋っていて疲れてくる。こういう頭の悪いヤツは嫌いだ……。


 スベアは自分ではそれなりに役立っているつもりなんだろうが、くだらないことまで僕に確認をしたりする癖がある。

 “何をすべきか?”という思考を持たず、ただ指示を待って行動するだけのパターンだ。こういう輩は非常時に即応できないことが多い。

 それが通用したのは、旧ロダム将軍時代までだ。ブラッセル将軍は自分で考えて行動できる軍隊を必要としている。少しは頭を使って努力してほしいところだ。

 これだから、いつまで経っても帝国軍の質が上がらないままだと解らないのか……。


「……いいか。今のところ緊急無線は入っていない。他の部隊も敵とは遭遇していないということだろう。

 杞憂に過ぎない予感であったとしてもだ、とりあえず警戒を促しておけばいい。

 どうせ何事もないと気が抜けているだろうからな。特にあの“筋肉馬鹿”のところはそうだ」


 僕がそこまで説明すると、スベアはようやく理解したようで頷く。

 ここまで言わないと解らないほど、君も馬鹿なのか……。


「フン。じゃあ、言われた通りにやっておけ。僕は出る」


「はい。お気を付けて……」


 なにが“お気を付けて”、だ…。僕はいつも気を付けているじゃないか。くだらない気休めなどならばいらない。



 テントの外に出ると、霧が僅かに濃くなっていることに気づく。


「スベアの予感が当たったとでも言いたげな天候だな……気にくわない」


 内ポケットから布を取り出し、眼鏡のレンズを擦る。

 霞む眼を凝らすと、鼻当てが少し曲がっていた。もうかなり使っているからな。帝都に戻ったら新調するか…。

 

 森の中を少し進み、僕は肩に装備したトランシーバーで部隊に連絡を飛ばす。


「こちらトレディ。ベン。いまどこらへんだ? どうぞ」


『…ジジッー。こちらベン。今は古橋らへんです。そこで小休憩してるとこで……自分たちは北から西へと回っています。どうぞ。…ガーッ、ガー』


 古橋というのは、ここからかなり行った崖にかかっている橋のことだ。

 大昔に誰かが作ったようで、ほぼ朽ちていて使い物にならない。補強工事すらされてない粗末な橋だった。


「フン。そうか。解った。

 僕は泉のある逆側から回っていく。南の小屋で合流しよう……。

 あとスベアのか“いつもの予感”があった。一応、気を付けろ」


『ジー。…スベアの予感ですか? ハハ、良い思い出はありませんね。……ザー』


 確かにベンの言うとおりだ。

 予感が実際に当たったときは良い目にあった試しがない。魔物の集団に囲まれたり、天候が悪化して進軍が遅れたり……そういう事が多かった。

 まあ、今回も似たようなことがあるかも知れないが、仮にここの森に出てくる程度の魔物が集団で襲ってきたとしても、僕らの部隊なら難なく対処できる。


 東にある湖に向かう。地図を見ずとも、ここらへんの地形は完璧に把握していた。

 他の連中は地図を見て目印を確認しながらじゃないと進めないようだが、記憶力が良い僕はそんなことはまずしない。

 一度、ミシールを先頭に立たせて歩かせたら、「みんな同じ場所に見えるっすよぉ!」とか言って、来た道を引き返そうとしたことがあったな…。いま考えても馬鹿としか言いようがない。


 湖……と言っても、かなり濁っていて沼のように見える。

 水辺に辿り着くと、すぐに僕は妙なことに気づいた。


「ん? ……トレントか?」


 淀んだ湖の先、霧の奥で蠢く木々が見える。動いていることから、魔物に違いない。

 だが、一体だけではない。三体…六体…九体……いったい何体いるんだ? ザッと見ただけでも数十体はいそうだ。


 トレントは意志がない魔物だ。たまたま群生している時もあるが、それでも五体ぐらいがせいぜいだ。それにしても偶発的なものであり、何かの意図を持って集まったとは考えられない。

 となると他の可能性だが、魔気マガが広範囲に発生したことで群生するトレントの量が増えたと考えるのが妥当なところだろう……だが、今まで何十体も一気に魔物になるなんて見たことがない。 


 始末するべきかと悩むが、そう考えているうちに、トレントたちは蠢きながら森の奥へと消えていってしまった。

 追いかけてもいいが、グルッと湖を回っていたのではすぐには追いつけないだろう。ああ見えても、ヤツらは意外と素早い。

 魔気マガや人間のオードを本能的に求めるだけの怪物なので、そのうち僕に気づいて向こうからやってくるだろう。そう結論づけて、今は捨て置くことにした。

 

 その後、魔物に遭遇することもなく、休憩を挟みながら、半日ほどで南の小屋の傾いた屋根が見えてくる。

 日はだいぶ傾いてきている…だが、日没前にはテントまでには戻れるだろう。日が落ちてからの見回りは危険だ。

 僕が到着すると、すでにベンとミシールが待っていた。


「ヘジル隊長! 聞いてくださいよー!」


 僕の姿を見つけるなり、早速、ミシールがやかましい。


「ベンったらヒドイんすよ! 泥で真っ黒になったからそろそろ風呂に入りたいって言ったら、川に放り込んでやるって言うんす!」


 しばらく一人だったことで、静寂のありがたみが身に染みる。こいつの甲高い声は耳に毒だ。


「ハン! お前が“トレディ隊長と一緒にぃ~”だなんてくだらないことを言うからだろう」


 ベンが苛立たしげに言う。


「あー! それは言わない約束っすよ!!

 なら、アタシも暴露しちゃうっす! ベンも“スベアとお風呂入りたいっすよね?”って言ったら真っ赤になったこと本人に言うっす!」


「嘘つけ! 俺は赤くなんてなってねぇ!」


「いんや、茹でダコより赤かったす!

 アタシは知ってるんすよ! ベンの胸ポケットにはスベアの似顔絵が…」


「なに…? なんで、そんなこと知ってる!?」


「この前、ニヤニヤしながら見てたのを確認したっす! これもスベアに言うっす!」


「そ、それはマズイ! ミシール! 人間にはな、言っていいことと悪いことが……」


 コイツらは……本当に馬鹿ばかりだ。疲れる。


「おい。そんな無意味な茶番をいつまで見せるつもりだ?」


 僕の不機嫌をようやく察したのか、二人は慌てて口を閉じて敬礼する。


「結果は?」

 

「ハッ! 異常ありませんでした!」


「ハッ! 異常なかったっす!」


 ミシールは相変わらず口の利き方がなってないが……まあ、元は兵士ではないのだから仕方ないな。

 ただ、敬礼は手の平を見せるな…。みっともないし、余計に馬鹿に見える。


「……フン。そうか。こちらではトレントが大量発生していたようだったが、そちらにはいなかったんだな?」


 僕がそう言うと、ベンとミシールが目を瞬く。


「…なんだ?」


「あ。いえ……。その、大量発生……自分も橋の側で見たもので」


「なに?」


「見たっす! 橋の裏側に、コウモリどもが一杯ぶらさがってたっす! 危うく橋が落ちるかと思ったす!」


「……それを異常というんじゃないのか?」


 僕が詰問するようと、ベンは慌てて首を横に振った。


「い、いえ。その……いつも見る魔物でしたし、魔物の行動としては珍しくありましたが……報告するようなことではない、と判断しまして……」


「コウモリはいつもいるっす! 数が多いだけじゃ負けないっす!」


 馬鹿かコイツらは……本当に。


「それが報告すべき内容かどうかは、隊長である僕の判断だろう。お前たちが勝手に判断していいことではない」


 僕がそう言うと、ベンもミシールも謝罪の言葉を並べ立てる。……いらん。無意味だ。


「トレントだけならまだしも、ブラッドバッドの大量発生か……この森に何か異変が起きていると見るべきだな」


 僕がそう言うと、ようやく事の重大さに気づいたようで、ベンもミシールも神妙な顔を作る。


「龍王側が何かやったんでしょうか? 確か、ビッグワームなども龍族が使役していることがあるとか……」


「使役しているわけじゃない。目の見えないビッグワームを、超音波などで誘導しているだけだ。“進め”、“止まれ”ぐらいの簡単な指示しか出せないはずだ」


「さ、さすがヘジル隊長っす! 物知りっす、天才っす!」


「フン。秀才であったとしても天才ではない。勘違いするな、ミシール」


 そうだ。僕は決して天才ではない……天才とはもっと違う存在だ。

 僕は努力して、知識や能力を得てきてこの地位にいる。天が与えてくれたものなどではない。

 僕のこの努力を、天才なんて言葉で片付けられてしまうわけにはいかない。天才という言葉は嫌いだ。


「どうしますか?」


 ベンもスベアと同じか……。

 少しは自分で考えて、意見を述べることができないものか。


「情報が少なく、今の状況が正確に解らない以上、一度テントに戻るべきだろう

。本部の判断も仰ぎたいしな。

 そして、周辺の部隊たちにこの異変を伝える。もしかしたら、これはラムの森だけではない可能性もある」


 まずは情報交換だ。発生場所、規模、魔物の種類……そういったことが解れば、原因が特定できる可能性が高まる。

 あの“筋肉馬鹿”だったら、「とりあえず魔物をブッ倒す!」とか言って、手当たり次第に殲滅を行っているかも知れないが……。


「ハッ! では…」


 そう言いかけて、ベンが何かの気配に気づく。

 ミシールも腰のナイフを引き抜いていた。


「オイ。嘘だろ……」


 小屋の裏から、黄色い眼がギラギラと光る。それも一つだけではなく無数にだ。


「『ファントムウルフ』だと…。レベルDじゃないか」


 怨念によって形作られた、幽体しか持たぬ狼。陽炎のように全身が揺らめいている。

 ベンが驚くのも無理はない。こんなラムの森のような場所にいるようなレベルの魔物ではないからだ。


「散れ! 一カ所に固まっている馬鹿があるか!」


 僕が言うと、慌てたようにベンとミシールが左右に広がる。

 

 ファントムウルフは集団戦を得意とする。それ故、発生した際には三〇~四〇人規模の小隊クラスを率いて対応するのが決まりになっていた。

 知能の無いと思われるトレントやブラッドバッドとは危険度が明らかに違うのだ。


「ヘジル隊長! コイツはヤバイっすよ! ビンビン、ヤバイのを感じてるっす!」


「そんな解りきったことをいちいち説明しなくていい。

 ……ここで全部倒す。それ以外にない」


「撤退して、応援を呼んだ方がいいんじゃないんですか?」


 本当に馬鹿か……。


「フン。逃げ切れると思うか? 仮に、だ。逃げ切れたとしても、付近の隊がくるのにどれくらいかかると思う? その間に僕らはコイツらに喰い散らかされてるさ」


 わざわざ説明してやると、ベンもミシールもバラバラにされた自分の状態を想像したのだろう。青ざめた顔をした。


「いいか! ここをさっさと片付けて、本部に連絡をしなければならない!

 よって、これより“召還発動”を許可する!」


 僕がそう言うと、怯えていたミシールとベンがようやく笑みを見せた。

 許可しないとでも思っていたのか? そんな訳ないだろうが…。

 そして、この状況で使わないで戦うつもりだったのか? 本当に馬鹿なヤツらだ……。

 袖をまくり、僕は左腕をかざす。

 意識を集中させると、血液が集中し、手の甲に紅く光り輝く“紅玉石”が現れる。

 ミシールもベンも同じだ。持っているナイフを鞘に戻して石を出していた。


「……ラタレダ・パドラ・ロウス!

 テス・トロイ・ストレオ・クハレシ・エ・ユマレス!」


 僕が呪文を唱え始めると、ミシールもベンも続けて同じように唱える。


「来るっす! 『聖幻惑猫ケット・シー!』」


「カモンだ! 『聖剛雪熊イエティ!』」


「来たれ! 『聖一角馬ユニコーン!』」


 僕たちの生命力と礎気オードが混ざり合い、紅玉石という水晶を通って神気シンを放ち出す!!

 それが聖なる呼び水となり、凍結されている神界セインラナスに小さな門をこじ開ける……本当にそれは指先が入る程度のような亀裂だ。  

 その亀裂から聖なる光が溢れ出て、裁定神が施した結界が構築展開された。光が中空に幾何学模様を幾つも描く。

 世のことわりを支配する裁定神だからこそ出来る、強大な力による地上フォリッツアへの干渉であり、それは権威ある手続きでもある。

 そして、神界と地上との摂理が安定化され、本来は神界に住まう生物……『聖獣せいじゅう』が、界域を跨いで降臨する!!

 二本足で立つ赤い猫、そして灰色の体毛に覆われた巨人…そして、頭頂に角の生えた白馬が姿を現す。

 三体とも神気シンを帯びていて半透明な姿だ。神界から一時的に呼び出されただけなので、実体そのものは存在していないからだ。


「フン。よし。殲滅するぞ!」


 僕はユニコーンに飛び乗って指示を出す。


「あいっす!」


「了解!」


 紅玉石に力を込め、聖獣に命ずる。

 神気シンを感じ取ったファントムウルフたちは警戒に歯を剥き出しにしていた。だが、今さら遅いことだ。

 ユニコーンの高速移動により、眼にも止まらぬであろう早さでファントムウルフの大群に突撃する!

 美しいだけに見えた角は、途端に敵を蹴散らす鋭利な刃と化す! 悲鳴をあげる間もなく、数体が吹き飛んで消えた!


「さあ! こっちも行くっすよ!」


 ケット・シーが動き出した。リズミカルに、左右にヒョコヒョコと揺れながら進み出てくる。


「ニャーン……ンッンッ! ニャワワワワワ~ンッ!!」


 猫の鳴き声をした不協和音が響き渡る!

 それを聞いたファントムウルフたちが同士討ちを始めた。敵を惑わして混乱させる効果のある特殊能力だ。

 そして一足遅れ、大柄なイエティが肩をいからせて進む。


「ウンゴゴガー!」


「お、おい! イエティ! 技だって! 技を使え! 技を!」


 イエティはファントムウルフの首根っこを掴んで殴り付ける。

 幽体に物理攻撃は効きにくいが、聖獣自体が神気シンを持っているのでダメージは与えている。

 しかし、イエティは雪を使った広範囲攻撃手段を持っているはずだが、主人であるベンが従えきれていないのだ。

 僕たちは召還した聖獣の力を使い、ファントムウルフを蹴散らしていく。

 集まれば危険レベルCに相当する魔物でも、聖獣が相手では比べようもない。聖獣は僕の見立てでは個体でもレベルBに相当する実力を持っている。


 人間に害する敵、魔物などは危険度がレベル別に分かれている。

 “外敵戦闘危険度評価指数”というチャートがあり、毎年更新されて各隊に配られるのだ。

 ちなみに、人里周辺に出る『メルシー』が最低のF。トレントやブラッドバッドはE。ビッグワームなどはBだ。龍族といったドラゴンになるとB~Aとなる。

 クロイラー将軍直属の情報部が、集められた戦闘データを元にして振り分けるのだが、魔物たちは個体差もあって確実なものではない。あくまで目安と言ったところである。

 ドラゴンなどは戦闘データが無いに等しいので、実際にはAクラスなのかどうかは疑わしいものだが…。

 実際に、龍王アーダンとかいった存在もAクラスに振り分けられていたりするので、レベルAに至ってはかなりの幅があると考えていいだろう。


 こちらは損害を受けることなく、難なく敵を全滅させる。

 恐怖という概念を知らないファントムウルフは、不利な状況でも戦いを止めることなかったのだ。こちらとしては好都合である。


「フン。やればできるじゃないか」


 僕が労うと、地面にへたり込んだ二人は恨みがましそうな眼で見てくる。


「くぁー。ヘジル隊長! アタシらが召還師じゃなかったらやばかったっすって!」


「ああ、俺もその意見には賛成だな…。今も足がブルってるぜ」


 役目を終えた聖獣たちは、光と共に神界へと戻る。


「……できるだけ、召還は使いたくないっす。今のは簡単に倒せたからいいっすけど」


 “呼び出すだけ”ならば、僕たちの生命力は治癒師ほどには奪われない。しかし、“維持”し続けるのは話は別だ。聖獣を地上に留め続けるのは大きな負荷となる。

 即座に敵を倒せればリスクはさほどのものではない。しかし、その見極めが難しいため、通常戦闘では僕の許可がない限り、召還は禁じている。

 僕ならばともかく、未熟なコイツらでは力を制御できず、下手をしたら暴走させる恐れがあるからだ。


「フン。泣き言を言っている暇はない。 魔物の集団発生に、ファントムウルフの出現……何かがあるに違いない」


「そ、そうっすね!」


「……ったことは、残してきたスベアが危険じゃねぇか!」


 ベンの顔が戦慄に強張る。なんだ。コイツはそんなことも想定していなかったのか?


「トレディ隊長!!」


 あからさまに慌てた様子で、ベンが大声をだした。

 それにミシール。僕の袖を引っ張るな。伸びるだろうが……。


「落ち着け。まずは連絡が取れるかどうかだ」


 スベアにトランシーバーで何度か呼びかけるが応答はない。ベンとミシールの顔がさらに険しくなる。

 この森では通じない事がままにあるので、一概に何かあったとは決めつけられないのだが……。


「…フン。すぐに戻るぞ」


「は、はい!!」


 スベアも当然ながら召還師だが……僕の許可なしには召還を行うことはないだろう。ヤツは生真面目がつくほどの馬鹿だ。

 自分で考えられない馬鹿が僕は嫌いだ……本当に疲れる。

 途中で降り出した黒い雨に濡れながら、僕たち三人は急いでテントへと戻ることになったのだった…………。

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