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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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37話 破滅なる紅

 高い雑居ビルの横壁を斜めに伝いシャインが走る! 重力なんてないと言わんばかりの素早い動きだ。


「でやッ!」


 シャインの頭上に影が重なった。

 上空からセリクが剣を振り降ろし、シャインはそれを受ける!

 空中で激しく斬り結ぶ! 剣戟音が狭い通路によく反響した!


「鋭く重い良い斬り込みだ! しかも迷いがない!」


 シャインはそう誉め、力押しで吹っ飛ばす!

 吹っ飛んだセリクは壁にたたきつけられる寸前、壁を蹴ってさらに反撃をしかけた!


「おおッ!?」


 驚きつつも、シャインは嬉しそうに口の端だけを笑わせる。


「覚悟ッ!」


 勢いをつけた薙払いに、刀では受けきれないと見たシャインは両腕の手甲を合わせて受ける! ガギンッ! という金属の鈍い音が響き、盛大に火花が散った。

 勢いよくシャインは着地する! その衝撃でアスファルトがヒビ割れた。

 追撃せんと、セリクは剣を構えたまま突進する!


「エーディンが空中戦を得意とするのを知って鍛えただけはある! 見事だ!! だがッ!!」


 シャインの戦気が刀身を覆う!


「『流打!』」


 空中から迫るセリクを叩き落とそうと、変則的な打ち込み、ファバード流第一型戦技がセリクを襲った!

 その間、セリクは同じように戦気を剣先に溜めていた。それは颯風団ラウカンとの戦いにとっさに思いついたあの技だ。

 セリクは限界まで溜めた戦気を一気に解き放つ!


「『衝遠斬!!』」


 その戦技をすでに知っているシャインはそれを勝機と見た。


「『衝遠斬』は確かに優れた技だが、単発で出しても私の『流打』は潰せ…」


 放たれた『衝遠斬』の紅い三日月が、いつもよりも遙かに大きいのを見てシャインはハッとした。

 

「く、クソッ!」


 いまさら『流打』を止めることはできない。

 シャインは柄を握っていた右手を無理矢理にはずす。そして、刃の裏に手甲を当てて防御の姿勢をとった。

 そのまま、紅い三日月と真っ向からぶつかり合う!


「うおおおおッ!!」


「シャインさん!」


 簡単にいなしてしまうだろうと考えていたセリクは、シャインが予想外の行動にでたことに驚く。

 セリクの放った戦技は、シャインの予想を遙かに上回るものだった。受け流すつもりが、あまりに大きすぎて不可能だったのだ。

 シャインの広げた両足がブルブルと震え、力みすぎた両腕がパンパンに腫れあがる!


「いけない!」


 側で戦いを見守っていたマトリックスが双眼を開いた!


「『アイス・ランス!!』」


 片手から飛び出した氷の槍が、『衝遠斬』に撃ち当てられる!

 真横からの攻撃を受けて『衝遠斬』はブレて歪み、舗装された地面を縦横無尽に深く抉りとった挙げ句、ようやくのことで消滅する。


「グウッ!」


 両腕を血まみれにしたシャインは片膝をつく。手甲が砕け割れ、刀を握っていた左腕がひしゃげていた。

 マトリックスの許可を待たず、フェーナがすぐさま駆け寄って治療を施す。


「……ご、ごめんなさい。俺」


 着地したセリクは青白い顔をしていた。


「お前が謝ることではない。見知った技だと軽んじた私のミスだ…」


 痛みが引き、腕が治る様を不思議そうに見ながらシャインが言う。


「そうですよ! 気をつけてくれないと! 私がいなきゃ、神告までに治らなかったですよ! この傷!」


 フェーナは頬を膨らませて、ペチペチとシャインの腕を叩く。


「そうだな…。感謝する」


 心配してるからこそフェーナが怒っているのだと知り、シャインはかすかに笑った。出会った当初二人が剣呑だった雰囲気はまるで嘘のようである。


「強くなるための努力は良いのですが、ここは街中ですしね。あまり派手にやるのはどうかと……」


 再び目を閉じたマトリックスは、通行人の視線を気にしながら言う。路地裏とはいえ、轟音が響けば覗きに来る者もいるのだ。


「……すみません」


 しょんぼりして謝るセリクに、マトリックスはニコッと笑いその肩にポンと軽く触れた。


「しかし、さっきのは『衝遠斬』ではないな? なんだったのだ?」


「え? いえ、『衝遠斬』です。ただ……いつもよりも戦気を多く入れたものですけれど」


 シャインは眉を寄せる。怒ったのかと思い、セリクはますます縮こまった。


「多く入れた? ううむ。確かに、研ぎすますことで戦技は強くなる例もあるようだが…。あれはすでにまったく別物だったぞ」


 セリクはサガラの言葉を思い出す。

 どうにもセリクが扱っている力は厳密には戦気や戦技ではないらしいとのことだった。だが、それをなんと説明したものかとセリクは困惑する。


「なるほど! 新技ですね! それでは新しい戦技に名前が必要ですよね!!」


 マトリックスがなにやら嬉しそうに言う。


「名前かぁ。カワイイ方がいいよねぇ♪」


「いや、カワイイって……敵を倒す技だよ?」


 呆れて言うと、フェーナはペロッと舌を出して笑った。


「だってぇー。赤ちゃんとかも、お父さんが名前つけちゃうでしょ? 私も名前つけたいしー」


 セリクには、戦技と赤ちゃんがどう結びつくのか理解できなかった。


「おい。犬猫に名前を付けるのとは違うんだぞ」


「えー。でも、マトリックスさんの子供できたら、シャインさんだって自分で名前つけたいと思うでしょ? カワイイのがいいじゃん」


「フン。私の赤子ならば、敵が聞いた瞬間ビビるような強い名を……んッ!? な、なんでマトリックス様がそこにでてくる!!」


 シャインが顔を赤くする。それは怒っていて赤いのか、恥ずかしくて赤いのか定かではなかった。

 フェーナはしたり顔で笑った。


「マトリックスさんも、自分の赤ちゃんの名前はカワイイ方がいいですよねぇ?」


 フェーナがマトリックスを見やる。シャインも気まずそうにしつつも、ゴクリと息を呑んで答えを待った。心なしか、何かを期待するかのような眼差しである。


「……“ギガント・インパクト”」


 顎に手をやったマトリックスがポツリと呟く。


「へ? ぎ、ギガント……ちゃん?」


「た、確かに強そう…ではありますが。そ、それはちょっと……迫力ありすぎというか、迫力しかないような」


 フェーナとシャインの脳裏に、腹筋が六つに割れたマッチョな赤ん坊が浮かび上がる。満タンの哺乳瓶を片手に筋トレをしている。とても可愛いとは無縁なイメージだった。


「ええ! セリクくんの新必殺技は、“ギガント・インパクト”でどうでしょう!? いい! すごくいいですよコレ!!」


 フェーナとシャインは同時に頭をカクンと落とした。

 マトリックスはまったく二人の話を聞いておらず、セリクの戦技の名を神妙な顔をして考えていたわけである。


「えっと……これ、デュガンさんの技が元になってるんで。勝手に変えていいかどうか」


 セリクは困り顔で言う。正直なところ、“ギガント・インパクト”は名乗るときに恥ずかしかったのでやんわり断ろうと考えたのだ。


「いやいや! もうセリクくんの独自の戦技ですから! いいはずですよ! それにこの格好良さなら、デュガン・ロータスも二つ返事で了承してくれるはずですとも!」


 何を根拠にしているのかは解らなかったが、自信満々にマトリックスはそう言う。


「…こ、コホン! あー、そうだな。『豪衝遠斬ごうしょうえんざん』とでもしといたらどうだ?」


「え?」


「ファバード流五型の“常技じょうぎ”…と言っても解らないか。端的に言って、“戦技を纏わない普通の技”のことをそう呼ぶのだ。

 師は流派の技を区別する際にだな、頭に“豪”を付けて呼んでいた。『豪流打ごうりゅうだ』とか『豪回払ごうかいはら』とかいった感じにな。

 昔の武人は戦技のことを“豪武ごうぶ”とも呼んでいたそうだ。だから、そう的外れなことでもあるまい」


「『豪衝遠斬』か……。なんかゴツい感じ? カワイクはないけどいいんじゃないかな」


 フェーナが言うのに、セリクは頷く。“ギガント・インパクト”よりは遙かにいい。


「ちょ、ちょっと待ってくだ……」


「『衝遠斬』の名を残すことで、デュガンへの面目も立つだろう」


「そうですね」


 セリクがシャインの提案を受け入れたのを見て、マトリックスはガッカリした顔をしていたが、誰もがあえて気づかない振りをする。


「でも、シャインさんは、戦技を使ってるのに“豪”をつけてないですよね?」


 セリクはふと疑問に思って聞く。


「ああ。それは師も指摘されたな…。だが、“豪”だなんて付けて呼ぶのは、どうにも大仰な気がしてな。私の技術はそこまで達してはいない」


「じゃあ、俺がそう名付けるのも……」


「いや、あの戦技はそれだけの威力があった。正直に言って、私の持っている戦技であれを止めることができるものはない。撃たれたら避ける以外にない恐るべき遠距離攻撃だ」


 シャインは自らの粉々に砕けた手甲を見せた。


「神告まではまだ一週間あるしな。その力、さらに使いこなせるよう強化しよう」


「はい!」


 シャインが言うのに、セリクは強く返事をした…………。




ーーー




 その夜、セリクは夢を見た……


 いつもの暗闇の中、レイドが一人静かに佇む。

 二人の間には輪郭があやふやな川が流れていた。それは星が流れる川。キラキラと無数の星の欠片が水面に輝いていた。

 出会いたいと切望していたからこそ、ようやくこの機会が巡ってきたことにセリクは胸の高鳴りを感じる。


「レイド!」


 対岸で呼びかけると、レイドが顔をあげる。


「…やあ、久しぶり」


 セリクに気づいたレイドは抑揚のない声でそう言った。


「言いたいこと、聞きたいこといっぱいあるんだ!

 俺、エーディンと戦ったよ! それに自分の力にだって気づいた!

 教えて! 俺のこの力はいったい何なの!? レイド、君なら知っているんだろう!?」


 気持ちばかりが焦って、セリクは舌を噛みそうな勢いで一気に捲し立てた。

 だが、レイドは小さく頷いてみせただけだった。前に会った時と様子が違うことにセリクはわずかに不安を感じる。


「こっちに来てくれよ! もっと話したいんだよ。教えてほしいことがたくさんあるんだ!」


 川を渡りたいぐらいだったのだが、流れが早すぎて入れそうにないのだ。

 レイドは悲しそうにセリクを見やり、それから視線を落とした。


「セリク…。よく聞いてほしい。君は龍王アーダンを倒す。もう、その選択以外はできないんだ」


 そんな諦めにも似た口調に、セリクは怪訝な顔をした。


「もちろん、そのつもりだけれど……。俺が倒したいのはエーディンだよ?」


 セリクはアーダンと戦うつもりはなかった。少なくとも人類に敵対しているのはエーディンだ。悪者を倒すのであれば、息子だけ倒せばいいはずだと考えていたのである。

 しかし、レイドは首を横に振る。


「もうそういう話ではなくなってしまったんだ。開かれた門は、もはや閉じる術がない……。

 龍王アーダンは間違いを犯した。自分の子供を抑止しなかったんだ…。だから、あまりに早すぎる段階で君の力は目覚めてしまった。こうなっては僕にはもう止められない。この世から龍王と龍族を滅ぼすまで続くだろう」


「そ、そんな……俺が龍王と戦うことを選んだから? 選んだからそうなったっていうのか?」


 龍王や龍族を滅ぼす…そこまではセリクは考えていなかった。デュガンはそれを目指しているようだったが、セリクとすれば龍王エーディンを懲らしめて、二度と人類に敵対しないようにさせれば充分だと考えていたのだ。もちろん、力量が肉薄してどうしようもない場合、最悪のことも考えなければならないだろう。それでもセリクは、エーディンや龍族を皆殺したいとまでは思えなかったのである。


「いいや。違うよ。……龍王アーダンはもともと倒されなければならなかった。それを無理に延期したのは僕だ。そして、その責務から逃れたのも僕だ。その負債がすべて君にかかってしまった。……謝るしか今はできない。本当にごめん」


「意味が……言っている意味が解らないよ。どういうことなの? ちゃんと説明してよ」


「…それは」


 レイドが口を開いた瞬間によろめく。

 驚愕のレイドの表情が、突如として現れた白い仮面に覆われる。


『……我は汝が心像なり』


 仮面がそう呟く。それはレイドの声ではなかった。頭の奥底にまで凛として響く声がこだまする。


『龍王が地上フォリッツアを穢し、神の被造物たる人間を害する時、我らは再びに来たらん! 龍王・龍族を廃し、地上を真に人間のものに! 神々による平和を成就するなり!』


 両手を大きく広げ、レイドはそう告げる。


『我は“紅き導き手レイド”! セリク・ジュランドの心に住まう心像なり! 我は神王ラクナ・クラナの子にして破滅なる紅を護りて導く者!』


「ラクナ・クラナの子?」


 そうセリクが口にした瞬間、意識が遠退く。そして本当の眠りへと落ちていったのだった……。

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