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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
36/213

35話 Dr.サガラと礎気

 ユーウに言われた通り、五分ほどしてからセリクは脱衣所を出た。


 左手の壁にそって歩いて行くと、エレベーターのあった場所に辿り着く。貸し切りになっていたとのことで、やはりこの階では誰とも出会うことがなかった。

 今思えば、エレベーターに案内した兵士は仕事に慣れていない様子だった。何の考えもなしに、封鎖命令が出ていたはずの五階に案内してしまったのだろう。

 あの人の良さそうな兵士が、あとで怒られたりすることがなければいいと、セリクは少し心配になっていた。しかし、ユーウがあえてそんなことを話すとは思えないし、自分が見つかりさえしなければ何の問題もないはずだとも思う。

 何事もなく無事にエレベーターまで着いたまではいいのだが、まだ問題があることに気づく。操作方法が解らないのだ。

 そういえば、何やらカードのようなものを差し込んでいたが、セリクはそんなものを持っていない。

 エレベーターの前で右往左往していると、ちょうどチーンという音がして一人の男が出て来た。


「…んあ? どこだ、ここは?」


 一歩進み出て、見慣れぬ場所だと思ったのか、クルリと回って戻る。

 これはチャンスだと、セリクは慌ててそれに乗り込んだ。

 男の脇をすり抜けて入ると驚かれる。


「あんだぁ?」


「ご、ごめんなさい。でも、俺、下に行きたくて…」


「下?」


 男が怪訝な顔をしたので、もしかして上の階に行くのだろうかと思った。

 だが、男はそれ以上は何も言わずにエレベーターの中にある基盤を操作しだす。


「一階でいいのか?」


 それを聞いて、どうやら男も下に行くようだと、セリクは安堵する。


「あ、いえ…。その、俺、研究所に用があるんですけど」


「あん? 研究所に?」


 そう言うと、男はセリクに興味を持ったようだった。

 ボサボサの白髪まじりの頭。鼻の先まで落ちた丸縁の眼鏡。しゃくれた顎には無精髭。やつれたような青白い顔は不健康そうで、年齢は四十代半ばといったところだろうか。もしかしたら、もっと若いのかもしれないが、くたびれた様子もあり、その上にかなりの猫背なのもあって、老人のようにも見えなくもない。

 そして、大きめの白衣を着ていた。白衣といっても、青や赤や黄の染みだらけで、元は白だったであろう…としか言えない状態だ。

 ネクタイも適当に巻いただけで、ひん曲がっている。ツンツルテンの小汚いスラックスは裾がほつれて、使い古しの雑巾のようになっていた。しかも、履いているサンダルは形どころか左右の色までも違う。

 まったくもって、容姿や格好に無頓着なのだろうと解った。


「ラボに入るにゃ、ちぃと小汚いなぁ」


 いま風呂入ったばかりなのに汚いと言われて、セリクはちょっと嫌な気分になった。

 少なくともこんな不衛生の見本のような男だけには言われたくはない。


「…消毒室に行けと言われています」


「んあ? あー、違うぜ。汚いってのは意味が違う。それだ、それが汚い」


 男は長い顎をしゃくるようにして、セリクの腰に帯びた剣を示す。


「色んな血垢を吸ってんだろ。そんなのはラボには入れさせねぇ。ガキのくせに血の臭いがする」


 クンクンと鼻をならし、男が言う。

 セリクも自分の剣を嗅いだが、臭いなんてまるでしない。しっかり手入れしているのだから汚れなんてついているはずがないのだが、男の嗅覚はかなり鋭いのかもしれない。


「……ついたぜ」


 チーンと音がして、エレベーターが開く。

 地下もどうやら新城の中らしい。建物の雰囲気が五階のそれと似ていた。古城の下に増設したということなのだろうとセリクは思う。

 降りると、強い消毒液の匂いが立ちこめている。


「ほれ、行くぞ」


 先を行く男に促され、セリクは研究所へと向かう。

 厳重に閉じられた分厚い金属の扉。それが自動的に開き、いくつかの扉をくぐる。

 何枚目かの扉をくぐった時、ピピッと音がなる。男が笑いながら、セリクの剣を指差す。どうやら金属探知機が剣に反応したらしい。所員が近づいてきたので、セリクは渋々と剣を預けた。


「利口だな。前に抵抗した野郎がいてなぁ。顔に薬剤をぶっかけてやったよ。ケッケッケ」


 シャックリをあげるような奇怪な笑い声をあげる。聞いていてあまり愉快な笑い声ではない。


「さて、こいつが消毒室だ」


 男と一緒に、さっきのエレベーターのボックスのような部屋に入る。

 出入口が閉まったかと思うと、いきなり左右からブシューッと冷たい煙を全身にかけられた。ミントのような香りだ。あまりに勢いがよかったために少し咳込む。

 終わると、進行方向の扉が開いた。


「ほい。ごくろーさん」


「え? 消毒……身を清めるってこれだけ?」


 時間にすればほんの数秒のことだった。


「これだけときたか! ケケッ。これだけでも、いろんな薬使っているんだぜ。一度の散布で……そうだな、お前の一ヶ月分の飯代は軽く出せるかな」


 男はそう言って面白そうに笑う。

 今の煙がどうしてそんな値段がするのか、見当もつかないセリクは戸惑うばかりだ。


「……で、俺はどこに行けばいいんですか?」


「んーあ、まずは身体測定してもらう。この先を右、“礎気そき”医科学部門だ。似たような名前のあるから間違えんな。真っ直ぐ行くと、礎気学研究部門。左に行くと礎気工学部門だからな」


「えっと、“ソキイカガクブモン”……ですか?」 

 

 男が早口なので、セリクは聞き漏らすまいと懸命に聞く。


「そうだ。いいか。右だかんな。…文字ぐらい読めなくても、右は解るよな? フォークを持つ方だ。あ? そっちは左だったか? ケッケッケ」


 馬鹿にされたのだと解り、セリクはムッとする。

 ここまで連れてきてもらったことの礼を言うと、その場をさっさと離れた。相手の軽薄な態度にどうも好感を抱けなかったのだ。

 セリクのそんな不躾を気にする様子もなく、男はヘラヘラと笑いながら「またなー」と手を振る。


 何度も案内プレートを確認した上、医科学部門の扉をくぐると、すぐに女性の研究員がやってきた。セリクが紹介状を出すと、手早く確認する。


「……承知しております。セリク・ジュランドさんですね。この紹介状はサガラ所長にお渡しします」


「はい。よろしくお願いします」


 さっきの男とは違い、身なりもしっかりしていたし、受け答えも礼儀正しかった。

 他の所員もちゃんと真っ白な白衣に、ネクタイもきっちり締めている。髪だってちゃんと整えていた。なんでこんなにもさっきの男だけ違ったのだろうとセリクは思う。


「では、まずは身長体重を計ります。それから、血液検査と礎気測定を行いますね。最後にサガラ所長の問診を受け、今日は終わりです」


「今日は?」


 一日で終わらないのかと、セリクは困った顔をした。休みをもらったのは今日だけなのだ。


「ええ。明日からは入院の準備をしていただきます。薬物投与による身体反応を見るので、最低三ヶ月は……」


「三ヶ月!? そんなに?」


 大声を出したセリクに、女性所員が驚いた顔をした。


「……もし異端者なのでしたら、こちらにデータがいくつかあるので、過去の被験者のものと符合した時点で検査は終わりなのですけれどね」


「たぶん、俺のは……異端者とは違うんじゃないかと思います」


「ええ。ですから、そのような、ブラッセル将軍が仰る“未知の力”となると、解明にも時間がかかるのは仕方がないかと……」


「でも、三ヶ月も入院するのは困るんです」


「もしこの検査にご不満があるのでしたら、問診の際、サガラ所長にお話して頂ければ…」


「そうですか……。解りました。そうします」


 きっと女性所員では勝手に判断できないのだろう。サガラに直接言うしかないのだとセリクはそれ以上のことを言うのを止めた。 


 それからして、青い妙なヒラヒラした服を着せられ、様々な実験器具の中に入れられる。

 調理される食材になった気分だったが、不快なのは自由を拘束されているからだけではない。所員の態度が、検査に入るやいなや、まるで自分のことを“物”を扱うようなぞんざいな感じになったのだ。

 セリクの意志も確認せずに、両手両足に電極をつけて電気を流したり、何の説明もなしにいきなり注射を打たれたりするわけである。

 もしこれが自分の意志で、目的を持って来たのでなかったら、ただただ恐怖でしかなかっただろう。

 これが何日も続くかも知れないと思うと、気が滅入るのも当然だ。サラが強く非難した理由がようやくセリクにも解った。


 ようやくして検査を終え、フラフラの状態でセリクは椅子に座らされる。

 半日近く、食事はおろか飲物すらも与えられず、いつ終わるとも知れない長い検査だったのだ。

 最後に与えられたのは、コップ一杯の水だけである。


「これからサガラ所長がお見えになります。では」


 そう言って、検査の間ずっと側にいた女性所員は頭を下げていなくなった。

 会ってから検査の間、その所員は自分をどう思っていたのだろうとセリクは考える。彼女の対応は、ただ事務的だっただけなのだと終わり際に解ったのであるが、少なくとも人間としては見ていなかったのだろうと思う。

 しばらく眠気と戦いながら待つと、ギィッと奥の扉が開く。他は自動なのに、ここだけはなぜか手動だ。


「…うぃー。おつかれさん。また会ったな」


「え?」


 椅子にもたれかかっていたセリクが身を起こす。

 現れたのは、さっきのヨレヨレの男だったのだ。

 サンダルで、ズルペタ、ズルペタとやかましい音を立てながら入ってきたかと思うと、目の前の所長席に座った。


「……えーっと、名前はセリク・ジュランド。十四歳ね。随分と若いな。うちの馬鹿息子よりガキじゃねぇか」


 机にあった書類に眼を通しながら男は勝手に続ける。


「頭と眉以外の毛はもう生えてきたか?」


「は、はぁ!?」


 いきなり失礼なことを聞かれ、セリクは思わず立ち上がりそうになった。


「あー。まだか。まあ、まだ成長初期だから気にすんな」


「ちょ、ちょっと! 何を書き込んでいるんですか!?」


 カルテらしきものに記入しようとしたのを止めようとしたのだが、男は知らん顔で続ける。


「んーあ、身長一五八センチ、体重は四〇キロ。んだこりゃ。小せぇな。何食ったらそんなに小さくなれんだ?」


 “何食べたらそんなに大きくなれるのか?”という台詞は聞いたことがあるが、そんなことを言われたのは初めてだった。


「いったい、何なんですか? あなたは!?」

 

 セリクが少し怒りながら聞くと、男はニタリと気味の悪い笑みを浮かべる。


「んーあ? まだ解んねぇか? 俺ぁ、サガラ。Dr.サガラだ。ここの所長様さ」


 セリクは耳を疑う。

 このいい加減な中年男性、清潔感すら微塵も感じさせないこんな男が、ガーネットに技術革命を起こした張本人だというのだから無理もない。


「……イクセスのヤツから話は聞いてる。戦技や異端者の能力とは思えない技で、龍族をブッ殺した物騒なガキがいるってな。

 ま、さっきのはご挨拶程度の冗談だ。ちゃんと調べてやってるから安心しな。ケッケッケ」


 その軽薄な口調のせいで、セリクは全然に安心なんてできない気がした。

 サガラは立ち上がり、セリクの側にやってくる。


「実に研究心をくすぐる、紅い目ん玉だぜ。瞳、光彩に至るまでな真紅ときたもんだ。しかも、先天性白皮症…アルビノのような症例で、眼底の血液の色が透き通っているとかじゃねぇ。眼、それ自体が紅く光る何かしらの発光体を持ってやがる」


 ジロジロと見られて、セリクは気分が悪くなる。レノバ村の皆に、紅い眼が気味悪いと罵られたのを思い返していた。


「さて、結論から言うとだな……」


 目を細めたサガラの言葉を待ち、セリクはハッと真剣な顔をする。

 何を言われるのだろうかと、自分の心臓が早鐘を打つのを感じた。


「……と、その前に」

 

 もったいぶった挙げ句、サガラはクルッと背を向ける。


「ふざけないでください!」


 心の準備を整えていたセリクは激しく怒った。どこまで人をおちょくればすむというのだろうかと思う。

 普段、声を荒げることのないセリクを怒らせるのだから、よほど人の神経を逆撫でするのが上手いのだろう。


「別にふざけちゃいねぇよ。その前によ、お前、“戦気”と、龍族の扱う“波動”の違いが解ってるのか?」


 サガラの言葉に、セリクは眉を寄せる。

 デュガンからは、名称が違うと教えてもらった。人間は戦気と呼び、それを集めて放つと戦技となると。そして、龍王などはそれを波動と呼び、その力が人間よりも遙かに莫大なのだと。


「剣刀士たちは“戦気”、拳闘士たちは“闘気とうき“。神々は“神気”。龍王は“波動”。魔族は“魔気”。…と、時代や使う者によって様々な名で好き勝手呼んでる。

 んが、これらの本質は基本的に同じものなんだ。俺ぁ、それらを総称して『礎気セ・オード』とした。ただ単に“オード”でもいいがな。

 ただし、呼び名が違うのにもちゃんと意味があってだな。それぞれ性質が若干異なる」


 サガラはそう言い、自身の机の上に何かを乗せた。

 円筒形をしたガラス張りの金魚鉢みたいなものだ。上下に金属の蓋がなされていて、下側にダイヤル式のツマミがついている。


「こいつぁ、その礎気を様々な状況に変化させて見る機械だ。ま、その扱う量はほんとうに微弱だがな。理解するには充分だ」


 サガラが機械のスイッチを入れると、ブゥンとガラスの中で何かが動き出す。


「いまの状態は、中立状態ニュートラル。空気中の礎気を集めだしている。すると……」


 ガラスの中に、七色に光る小さな粒子が飛び交うのが見える。それはユラユラと陽炎のように揺らめく。それはセリクも見たことがあるものだった。


「あ……。これは」


「気づいたか? お前らが戦気と呼ぶものだ。誰でも本来は持っている力なんだが、扱えるかどうかは個人差が激しい。

 特に一部の優れた剣士等は、この戦気を全身から発せられる。これらはその人物の特性に合わせて微妙に色が変わるんだ。

 いまは“非個性”…つまりは偏りがねぇから、色が次々と変化してんだな」


 セリク、デュガンやシャインの戦気の色がそれぞれ違うのはそういう理由だったのだと初めて知る。


「さらに、こいつを一点に集めると……」


 サガラがツマミを絞っていくと、中でバチバチと弾ける音がする。戦気同士がぶつかりあっているのだ。


「これが戦技の姿だ。集中し、相手に叩きつけて攻撃に使用できる……つまり、物理的干渉を起こせるまでに凝縮させているってことだな。

 いま火花みてぇに弾けてるのは、集中する方向が定まってねぇからさ」


 セリクは装置に顔を近づけてマジマジと見やる。


「戦気を戦技にまで変化させられんのは、凄腕の剣士でも一〇〇〇人に一人ぐれぇの割合だな。

 仮に中途半端に扱えたとして、この中みてぇに暴走しちまって自分自身が危ねぇ。センスがねぇと一生できねぇ代物だよ」


 セリクは、なるほどと頷く。自分が戦技を放ったとき、デュガンもシャインも驚いていたのはこういう理由だったのだ。

 一〇〇〇人に一人にしか使えないのならば、復刻ロギロス流のアレンがあれだけ自慢するわけである。


「で、セリク・ジュランド。肝心のお前の力だが…この戦気とは違う力だな」


「え?」


 セリクは驚いた顔をする。それはそうだ。今まで紅い戦気を纏っていたし、『衝遠斬』だって放てる。これが戦気や戦技でなければ一体なんだというのか。


「ま、その話はとりあえずとして…。

 次を見ていろ。今度はこの戦気をこのまま落としていく。落としていくってのは、なんて言えばいいかねぇ……ま、つまり活動レベルを下げていくってことさ。適切な表現はなかなかねぇんだが、重くしていくとか遅くしていくとか思ってくれていい」


「遅くですか?」


「ああ。“非活性化”と、俺ぁ呼んでいるんだがな。さて、するとどうなるか…」


 サガラが別のスイッチを入れると、火花を散らしていたガラスの中が次第に収まっていく。

 そして、黒に近い濃紺のような、雨雲の様相となった。それがゆっくりと底におちて、グルグルと渦を巻き始める。


「これが“魔気マガ”だ。非活性といっても、決してエネルギーがなくなったわけじゃねぇ。

 んで、こいつに自然界のエネルギーを投入すると面白いことになる」


 サガラはポケットからマッチを取り出し、火をつけ、機械の上部をわずかに開いて中に放り込んだ。

 雨雲のような魔気がそれを呑み込んだかと思いきや、ボッ! と、爆発したかのように火が大きくなる。


「ちなみに電気や氷を入れても似たような現象が起きた。礎気そのものが非活性化してエネルギーを蓄えるぶん、他のエネルギーが入り込むとそれを超活性化させる特徴があんだ……。

 で、ここで問題だ。これが何に似ているか分かるか?」


「え、えっと……」


 セリクは思案するが、何も思いつかない。


「んだぁ。意外と鈍いな……。ほら、テメェの上司とか同僚だよ。同じ力を使うだろうが」


「あ! 異端者の力!!」


 ギャンの炎、サラの雷、マトリックスの氷。彼らが放つ力に似ているのだと気づく。


「異端者の体内には、魔玉石ってのが心臓の近くにあることが解っている。そいつが、その人物の礎気と適合したとき、自然界エネルギーを扱った巨大な力を放つようになる」


「それで、炎を口から吹いたり?」


 そうだとサガラは頷く。


「どうにも、魔玉石には戦気を魔気に転換させる効果があるらしい。それがどれくらいの規模になるか、またはどんな属性を持つか……その人物の特性で大きく変わる。そこは戦気と同じだな」


「だから、異端者の力はみんな違うのか…」


「まだパターンまでは正確には特定するにゃ至ってねぇが、現象には当人の性格なんかが影響しているんじゃねぇかと俺ぁ見ている。イメージの象徴化なんていい証拠だろ?」


 サガラがあっさりと説明してしまう。なんで炎がでるんだろう、なんで雷がでるんだろう……そんな風にただ頭を悩ましていたのが何だったのかとセリクは思った。


「お次だ。今度はこの魔気をニュートラルに戻し、今度は逆に上げていく。つまりは“活性化”させていく。活動レベルを上げて、より早く、軽くしていくんだ」


 サガラが再び装置を動かす。

 すると、黒雲のようだったものが先ほどの七色の光に戻った。それからして、さらに光が増して色彩を失った半透明となる。そしてガラス面の上部に向かって昇っていく。

 上に溜まったエネルギーは、目にも止まらない勢いで動き回り、それが金色や白色にチカチカと光る。


「もう解るな? これが“神気シン”というものらしい。その名の通り、神々が扱う部類の力だと思われるもんだ」


 セリクは初めて見るはずなのに、何か懐かしいものを感じる。


「性質としては戦気と変わらないはずだが、エネルギーの働きが違うからな。戦気は放てばそのまま自然に消えるが、これはかなり残る特徴があるようだ」


「残る?」


「力の残留とでも言えばいいのかな。このままスイッチを止めてもすぐに消えねぇでこの状態がしばらく続くんだ。魔気マガとかには見られねぇ現象なんだよ。

 なんとも曖昧に聞こえるだろうが、神々の扱う力は身近にねぇからな。実験も充分しゃねぇ。これをどう使ってんのかはハッキリしねぇんだ。

 ただ言えるはよ、神界凍結なんかにこの力が使われたのは間違いはねぇだろってことぐらいか」


 自分の力は、神々の力だと聞いていたが、それは違ったのだろうかと思う。セリクの放つ力は明るくこそあれ真紅だ。装置に映っているような光ではない。


「……ま、最初、テメェの力はこの類かと思ったのは本当のところだ。龍を倒す威力で考えるなら、戦気よりも神気に近いと思う」


 セリクの抱いた疑問に答えるかのようにサガラが言う。


「だが、魔玉石が入った異端者みたいな例はともかく、普通だったら自分の身体がもたねぇはずだ。神気なんて活性化された強大なエネルギーを、普通に体内に宿したら、人間の身体だったら千々に散っちまうわな」


「それじゃ……俺のこの力はいったいなんなんですか?」


 セリクは段々と自分の力が怖くなってくる。


「それだがな。最後に……」


 サガラが機械を再びニュートラルに戻す。バチバチと鳴り響く戦技の状態だ。


「この状態で、さらに礎気を急激に集中させる。言うなれば、“超高圧縮”状態だ。ただこれは機械の負担がでかくなるんだが…」


 目盛り一杯まで大きくツマミを回す、すぐにヒィーンという音が響き、ガタガタと容器が揺れる。


「これが龍族……いや、厳密には、龍王だけが扱える“波動タオ”だ」


 針のような閃光が、蒼白く周囲を照らす。揺れは大きくなり続け、やがてパーンッ! と、容器が破裂した! 粉々にガラス片が辺りに散らばった。その時、一瞬だけ紅い閃光が輝く。


「……え? なに?」


 セリクはなぜか目眩を起こし、首を振って意識をはっきりさせようとする。


「活性化、非活性化、超圧縮された礎気は安定性を欠く。膨大な力を秘めるが、コントロールは難しいんだ。

 神気や魔気も、さっきみてぇに超小規模でしか展開できねぇしな。波動もさっきみたいに一瞬だけ見せるのが関の山だ」


 戦気以上の力……それを、神々や龍王は扱えるのだ。当然といえば当然なのだが、次元が違い過ぎる話のようにセリクは感じられてならなかった。


「ま、簡単な講義はこれで終わるとしてだ。最後の紅い光を見たか?」


 サガラは下に転がったガラスの破片をとって尋ねる。確かに最後の爆発の瞬間、確かに紅い光が見えた。それも青白い光を覆うようにして発光していたのだ。


「このガラスはな、ただのガラスじゃねぇ。こいつと同じもんで造っている」


 サガラは丸い球を取り出した。そして、机の上にコツンと置く。それは紅く輝く水晶だ。

 どこかで見た気がしたが、それがどこだったのか思い出せない。


「超高圧縮された波動を保つ方法……そいつは俺もかなり考えた。だが、俺の前にどこかの誰かがそれをやってのけた……こいつがそうだ」


「え?」


 セリクはマジマジと水晶を見やる。だが、さっきの蒼白い光ではない。


「そうだ。蒼い光じゃねぇよな? このガラスは、礎気を“抑えて留める効果”があるんだ。そして、膨大なエネルギーを無理矢理に抑える時に、さっきのような紅い光を放つと考えられる。

 ま、実際には波動を抑えきれずに破裂しちまったわけだが、な。

 ガラスが頑丈なものなら、この水晶みたいに紅い色を宿したまま固形化する。こいつを“結晶化”って呼んでいる。結晶化した際、波動……超圧縮された礎気は極めて安定するんだ」


 紅い水晶を指で弄びながらサガラはさらに続ける。


「この水晶石は決して珍しいもんじゃねえんだ。そこらに沢山ある。大きい物なら、神々の大水晶柱。小さい物なら、時代の証人にくっついた水晶……“紅玉石こうぎょくせき”だ。

 余談だが、この色を差して、“ガーネット”という帝国の名はついたんだぜ。柘榴石には似てねぇと俺は思うがな」


 そこまで説明されて、ようやくフェーナの胸元についていた石と同じ物なのだと気づいた。


「人工的にこいつを造れないかと試してはいるが、上手くいった例はねぇ。弱い礎気、つまり戦気程度ならなんてことないが、それを結晶化させても淀んだ赤になるだけだ。ま、こいつはこいつで車の燃料とかになるから重宝はしてるんだがな」


 机の引き出しから、歪な形をした、濁った赤色の石を取り出して見せる。先程の綺麗な球体をした水晶と比べても、その違いは歴然としていた。


「んで、これが結論だ。テメェの体内にはどういうことか、“結晶化状態の礎気”がある。それも波動タオと同等くらいに上質のものだ。紅玉石や魔玉石もない上に、人間の身でありながら神気シン魔気マガに並ぶか、それ以上の力があるってこった。テメェの紅い眼もその影響だろう」


「……なんで? ……なんで、そんな力が俺に?」


「なんで、なんでって…。それを調べに来たんだろうが。責任もって解明はしてやるよ。もう聞いてるとは思うが、明日から検査入院に入ってもらうぜ」


 カルテを閉じ、サガラはニヤリと笑う。


「あ……。でも、それは困るんですけど……」


 DBの仕事もあるのだ。セリクの長期検査を、マトリックスが許可してくれるとは思えなかった。


「あのな、いくら俺ぁ天才って言われてても、さすがに診てみないことにゃ何もわからねぇよ。何かエネルギーを調和させる制御機構みたいなのがあんのかもしんねぇとは思うが、そいつを探すには腹ん中かっさばいてみねぇとな」


「お腹を?」


 セリクは自分の腹部を抑えて蒼くなった。真っ二つに切り裂かれて内臓を引きずり出されている自分の姿がありありと想像できたのだ。


「これがうまくいきゃ、神気または、波動の力を機械で制御できるようになるかもしれねぇ。とすりゃ、世紀の大発見になるぜ。ケッケッケ! 楽しみだぁな!」


 サガラがポケットからメスを取り出す。その眼はセリクをモルモットにしか見ていなかった。

 セリクは腰を落とし、怯えたように後ずさった。


「…んーあ、なんだその反応は?」


「そんな物で身体を切られるなんて冗談じゃないです!」


「おっとっと、逃亡するってんなら容赦はしねぇよ。なんなら今から強制入院するか?」


 サガラがパチンと指を鳴らすと、所員がなだれ込むように部屋に入ってくる。前もって待機させてあったのだろう。

 剣もなく、ましてや散々検査されて身体はだるい。これではとても逃げられそうにない。

 もしかしたら、こういうことを想定してあんな無茶な検査をしたのかも知れないと思った。


「さぁて、観念しな。麻酔なしでメスは入れられたくはねぇだろ? 泣いちゃうほどイテェぜ。ケッケッケ!」


 恐ろしいことを簡単に言ってのけるサガラは、とても同じ人間には思えない。


「クソッ。力が入らない…」


 所員たちは囲むように近づいてくる。それぞれの手には注射器を持ち、濡れた針先が光る。それは被験者が暴れても一瞬で大人しくさせられる薬なのだ。


「……ごめん。サラ。俺が勝手なこと言って」


 セリクは抵抗する気すら削がれてしまい早々に諦めた。そして悔いる中、心の中でサラに深く謝った。


「まったく。解ればいいんですのよ」


 心の中のサラが答えた……と、思った。 

 いや、違う。これは本当にサラの声だ!

 ハッと振り返ると、サラとギャンが怒りの形相で立っていた。

 二人の側には気絶した所員が倒れている。感電して痙攣していた。


「き、貴様ら! ここをどこだと!」


「そないなことは百も承知やで! 見間違えるわけもない、胸クソ悪い掃き溜め小屋や! こないなとこ、二度と入るかと思っていたけどな!」


 口から火を吹き、周りを牽制する。非戦闘員である所員たちは怯む。

 一人が慌てて電話をとり、軍部に連絡をしようとするが、サラが電撃を飛ばしてそれを壊してしまった。


「……ギャン?」


「アホや! セリク!」


「あ、アホ…」


 ギャンは腕を組んで、フンと鼻から火を吹く。


「なぁにワイに黙って、勝手なことしくさってんのや!」


 怒られたことで、セリクは悲しそうな顔をする。

 またギャンの不興を買ってしまったのかと、セリクの胸がキュッと締め付けられるように痛んだ。

 ギャンは深く細く火の息を吐き出した。そして、片眉をピクリと動かすと、サガラを睨み付ける。


「ワイのダチをな、こないなとこでバラバラにされてたまるかちゅうねん!」


 “ワイのダチ”…その言葉に、セリクはハッと顔を上げた。そして、思わず涙ぐむ。

 ギャンはセリクのことをまだ友達だと思っていてくれたのだ。


「……んーあー? ミルキィ家から頂いたはずの雷の異端者に、俺の研究棟を二棟ほど焼き払った炎の異端者だな」


 サガラは自分の無精髭をブチブチと抜きながら、余裕の表情で机に足を投げ出す。


「覚えていてくださって光栄ですわ。Dr.サガラ。街であなたの名前を聞くだけでもムカムカしていましたのに、目の前におられると殺意まで湧いてくるから不思議ですわね」


 心底恨みがましい目でサガラを見やる。


「……どうやってここに? っと、そうかい。聞くまでもねぇな。ロダムじいさんか。大事な“人間兵器”を壊されたかぁないってかい? ケッケッケ!」


 ギャンもサラも心底不快そうな顔をする。


「頭悪いワイには、アンタが何の研究してるんかはよう知らんしな。実際、役立つもんも造ってるようやし、みな否定する気にはならん」


「へえー。そうかい」


 サガラは値踏みするかのように、面白そうに頷いて見せる。


「せやけどな! ワイらや、ワイのダチを“兵器”呼ばわりするのは絶対に許せへん!」

 

「……嘘を言った覚えはねぇんだがよ。だが、ここで暴れてもらっても困る。

 いいぜ。セリク・ジュランドは連れて帰りな」


 サガラは両手を上げ、降参のポーズを取った。

 所長の意外な態度に、所員たちがさらに動揺する。


「珍しく物解りがいいですわね。研究対象は地の果てまで追うはずのあなたが…」


「神告の前だしな。ダフネス閣下から自重するよう言われてんのさ。検査だって軽いもんだったろ? 前なら、翌日から入院なんて悠長なことはしねぇ。即入院だったさ」


 確かに、あまり良い待遇とはいえなかったが、それでも人体実験と呼ばれるほど過酷なものという感じでもなかった。


「……んあー、だがな、セリク・ジュランド。これだけは言っておく。世界広しといえど、テメェの力の正体をつかめるのは俺だけだ。これは絶対だ。間違いなく俺にしか解らねぇことだろう」


 確信をもっているかのように、サガラは真面目ぶった顔で言う。


「惑わされたらアカンで。あれが、あの博士のやり口や」


 ギャンがセリクに小さく耳打ちする。セリクはコクッと頷いた。


「あなたに調べてもらうのは止めます。でも、今日だけでもある程度は自分のことが解りました。……だから、それについては感謝しています。ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げるセリクを見て、サガラは拍子抜けしたといった感じの顔をした。


「あ? 自分の正体知りたくねぇのかよ? それでわざわざここまで来たんじゃねぇのか?」


「知りたいです。でも、もういんです」


「ああ? いいって何がだ? 自分の正体がわからねぇで悩みに悩んでいたって話じゃねぇか。そんで、自分でここに来たんだろうが?」


 少し苛立った感じに、サガラはより早口になる。


「いいか。よくよく考えろ。得体の知れないもんと付き合うのはキツイだろ? 俺だったら、その苦痛を取り除ける。その力を扱う術を教えてやれるってんだ。それぐらいのことが解らねぇほど、頭は悪くはねぇんだろ?」


 サガラの説得に、セリクは一瞬だけ迷う。

 だが、隣にいるギャンとサラの顔を見て、首を横に振った。


「仲間を……友達を裏切ってまで知りたいことじゃありません」


 ハッキリそう言うと、サガラはあんぐりと口を開いた。

 相手の返答を待つことなく、ギャンとサラに連れられてセリクは部屋を出ていった。

 部屋を出ると、大きな怒声と共に、何かを蹴り飛ばす音が響いた。だが、それでセリクが振り返ることはなかった…………。



 夕日の中、セリクたちは揃って帰る。

 途中まで誰も一言も発しなかった。というよりも、お互い何を言っていいものか解らなかったのだ。

 大通りをかなり過ぎて、城がもう見えなくなった頃、セリクはピタッと立ち止まる。

 ギャンとサラが少し進んで振り返った。


「……二人とも、ごめんなさい。俺、ギャンが傷つくことした。サラには忠告されていたのに無視した。本当に、ごめんなさい」


 深々と頭を下げるセリクに、サラは小さく微笑む。だが、ギャンの方はクルッと背を向けてしまった。


「まったくや!」


「ギャン。そんな言い方はないでしょうに…」


 サラがたしなめるが、ギャンは何も答えない。セリクはいたたまれない気持ちでうつむく。

 そして、しばらくしてからようやくギャンは思いきったように口を開いた。

 

「ワイはあの研究所で……いや、いたのはあそこやなくて、城の近くにあった研究棟やったんやけどな。そこで、ワイ、検査に耐えられんで、力を暴走させてまったんや」


 語り出すギャンに、セリクとサラは黙って耳を傾ける。


「建物が燃えたんは……そりゃ、ざまあみろって思うた。あんな嫌がらせみたいな人体実験されたら誰だってそう思うはずや」


 セリクはギャンの気持ちがよく解った。強制的に入院させられそうになった時、もし仮に剣を持っていたとしたら間違いなく抜いていただろうと思う。


「せやけど、せやけどな……ワイ、ワイは……」

 

 ギャンの声が震える。


「そんときにな、研究棟で一番仲の良かったダチにまで大火傷を負わせてもうたんや! 今でも、その怯えた顔が頭から離れへん……。『なんでだよ、ギャン。熱いよ!』って、そういう顔でいつもワイに訴えかけてくるんや!」


「ギャン……」


 ギャンは大きく肩を落とす。その背中は寂しく見えた。


「あいつの火傷が治った後に……ワイはすぐに謝りに行ったわ。せやけどな、ワイが謝る前に先にこう言われたんや。“絶交”…やって。怒るでも悲しむでもなく、無感情にたったその一言だけやったわ。

 これだったら、心底恨まれて、怒鳴られて、どつかれたほうがまだスッキリしたかもしれへん」


 小さく自嘲気味に笑ってみせる。どうのしようもない、やるせなさだけが伝わってくる。


「今はそのダチ、どこで何をしとるんか全然知らへん。ワイはその時、謝ることも何もできへんかった……。なんでその時、ワイは黙って立ち尽くしてたんやろ。何か他にやれることがあったかも知れへんのに。

 いまさら何言うても遅いんや。もう、会えんし、永遠に謝れんのや。二度と、謝ることすら赦されん。

 それだけやないで。ワイは他にも……」


 ギャンは握り拳を作って、自分の眉間をゴツンと強く叩く。


「せや! ワイは……ワイは怖かったんや! 今なら炎を制御できてるかもやが、せっかくできた新しいダチを……セリクを燃やしてまったら!! そう考えたら、怖くて怖くて……ワイはどうしようもなかったんや!!」


 セリクと同じように、ギャンも不安だったのだと気づく。

 セリクが紅い眼にコンプレックスを抱いているのと同じぐらいに、ギャンも自分の異能力に負い目や恐怖を感じていたのだ。

 セリクは震える唇を開く。


「……俺だって! 俺だって怖かったよ!

 最初は剣の才能があるって言われて、浮かれていたんだと思う。でも、それだけじゃなくて、時々、自分が解らなくなってしまうことがあるんだ。気づいたら戦って、敵を倒していたりしたこともある。そんな時、本当は自分は悪魔の子だったんじゃないかって思って……。

 いつか、敵だけじゃなくて、ギャンやサラ…フェーナを……皆を傷つけてしまうんじゃないかって! ギャンと同じだよ。俺もずっと怖かったんだ!」


 セリクは泣きそうな顔をして、頭を抱える。

 

「俺……いったい何なんだろう? 俺の紅い眼や、俺のこの変な力はなんなんだろう? 神様が龍王を倒すために与えたって言うなら、どうすればいいのか教えてほしいよ。

 なんで俺がこんなに怖くて、辛い思いしなきゃいけないんだよぉ……」


 レイドも神々も、そして城の科学者ですら、答えを与えてくれないことにセリクは失望していた。

 差別され、生贄にされ、勝手に救済者だと言われ、得体の知れない力に振り回され……セリクはそれを一人で抱え込むのに限界を感じていた。鬱積した様々な感情が涙となって溢れる。

 泣きじゃくるセリクを見て、ギャンもサラもショックを受けたような顔をする。


「……すまん。すまんかった。セリクも辛かったんやな」


「わたくしも謝ります。人に理解されない苦しみは……誰よりも解っていたはずなのに」


 ギャンもサラも、セリクが自分より年下の子供だったことを思い知らされていた。

 セリクは年相応以上にしっかりしていて、あまり自分の感情を出さないので、つい大人のように扱ってしまっていた。だが、それはセリクにとっては大きな重荷となっていた。なぜならば、誰かに頼るという選択をしてはいけないと言われているのに等しかったからである。

 未熟な精神で強大な力を持つこと……それがいかに危険で恐ろしいことか、異端者である二人にはよく理解できた。ましてやセリクの力は正体が分からず、しかも異端者よりも脅威である可能性が高いのだ。

 一人でその悩みを抱え、セリクは自分なりに立ち向かおうとしていたのである。それが今回、彼をサガラの元に向かわせた要因であった。


「セリク。ワイと……ダチでいるのもうイヤか?」


 ギャンは恐る恐る尋ねる。セリクはすぐさま、力強く首を横に振った。


「俺、ギャンと友達でなくなる方がイヤだ…」


「燃やすかもしれへんのやで?」


「……俺だって、ギャンを傷つけるかも」


「……そないやったら、お互い様やな」


「……うん」


 ギャンがプルプルと小刻みに震える。

 そして、次の瞬間には、セリクに向かっていきなり走り出した!

 殴られるのかと思って、セリクが目をきつく閉じる。

 だが、殴られることはなく、ギャンに頭から抱きつかれたのだった。


「うぉおおおん!」


 ギャンは大泣きしていた。

 ボロボロと涙がこぼれ、セリクの頭に落ちる。

 涙と鼻水とで、ギャンの顔はグチャグチャになっていた。

 呆気にとられていたセリクだったが、その泣き顔につられて、自分もさらに涙をこぼす。

 抱き合ったまま、二人はしばらく嗚咽をもらしながら泣いた。

 通行人が何事かと好奇の視線を送るのも意に介さず、ただひたすらに泣いた。


「今度からは何でも相談しいや! もう、あないなとこ行ったらあかんからな! 許さへんからな! あのサガラちゅう男んとこ行ったって聞いた時には、もうこちとら生きた心地がせぇへんかったんやで!」


「……うん、うん。本当にごめん」


 ギャンもサラも強がってはいたが、サガラを前にして青い顔をしていた。それは強いトラウマだったのだろう。わずかとはいえ、その体験をしたのでそれくらいはセリクにも解る。

 それでも、セリクを心配して、勇気を振り絞って、あそこまで助けにきたくれたのだ。そのことに、セリクは心から感謝する。


「……まったくもって暑苦しい友情ですこと。ホントに」


 サラはそんなことを言ってみせるが、少し目が潤んでいた。


「さ。もう涙を拭いて帰りますわよ。目の周りを真っ赤にして帰ったら、フェーナに何を聞かれるか解ったものではありませんわ」


 泣いていたセリクとギャンがピタッと止まる。

 そういえば、フェーナにはちょっと研究所に行ってくるとしか話していないのだ。危うく強制入院させられたなんて言った日には大変なことになるだろう。


「このことは彼女には内緒にしておいた方が懸命ですわね」


「…せ、せやな。このことはワイらの秘密にしとこな」


 ギャンがそう言うのに、セリクは頷いた。


 こうして三人は揃って、教会への帰り道を再び歩き出したのだった…………。


 余談ではあるが、教会に着いたとき、手を繋いで歩いていたセリクとギャンの関係をフェーナに怪しまれ、一悶着あったというのは今回の件とはまた別の話である。

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