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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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33話 復刻ロギロス流

 翌日。セリクは紹介状を手に、ガーネット帝国城へと赴いた。

 超高層ビルのような外観。先日の龍族の襲撃で、割れた窓や破損した外壁を修復しているのが見える。

 物々しく重厚な鉄のゲート前に、二人の門兵が立っていた。いずれも覆面をしていて、剣ではなく槍を携えていた。

 セリクが紹介状を見きつきせようとすると、門兵は手を横に振る。


「一階は民ぬ間人にも開放している。それはロビーにある受付で見せてくれ」


 意外なことに、剣を持っていることも咎められることはなかった。すんなりと通されたことで拍子抜けしてしまう。


 ゲートを抜け、兵の出入りしている待機所や、大砲などが整列している庭を横目に、城の大きなガラス張りの扉をくぐる。

 中に入った瞬間、セリクはゴクリと息を呑んだ。建物の中とは思えぬほど広大な空間。およそ五階ぐらいの位置まで続くと思われる部分までが、すっぽりと巨大な吹き抜けになっていたのだ。

 そのちょうど中央に、古びた建築物が建っていた。色とりどりの旗を掲げた尖塔や、三ツ葉のようなアーチ状をした小洒落た出窓、古くて頑丈そうな門扉。真新しい造りのビルの中に、古城がまるまる存在していたのである。


「驚いたかい? あれが、かつてのガーネット城だよ」


 セリクの背中に声がかかる。

 振り返ると、黄色いバンダナを額に巻いた、人の良さそうな若い男が歯をキラリとさせていた。


「え? じゃあ、この大きな建物は…」


「そうだよ。このビルが新しい城ではあるんだ。これ自体に実質上の政治機能は移したのだけれどもね。だからといって、一〇〇〇年近くもの歴史あるガーネット城を壊すのは忍びないということで…旧ガーネット城は観光名所として見学できるようになっているんだよ」


 人が良いのは見た目通りで、丁寧にそう説明してくれる。

 ふと視線を落とすと、男の腰元に刀が二本差してあることに気づく。


「あなたは?」


 少し警戒しつつ、セリクは問う。


「うん? ああ。名乗り遅れたね。俺は何を隠そう、“復刻ロギロス流“正当継承者! アレン・ロギロスだ! ひとつよろしく!」


 ニカッと爽やかに歯を光らせながら笑い、セリクの手を両手でガシッと握る。見た目と違い、なんだか態度はひどく暑苦しい。


「ロギロス……確か、すごい強い剣士の名前ですよね?」


 ギャンやシャインが言っていた言葉をセリクは思い出していた。


「ああ。そうさ。老剣豪バージル・ロギロスの真の後継者がこの俺なんだ!」


 アレンがどこかを指差しながら言う。その指先を眼で追うと、古城の入口を守るように立っている一体の大きな銅像があった。

 二つの剣を交差させて構えた、屈強な体躯をした老人。長い髪を束ねて一つにし、マントとともに風に靡いている様を克明に彫りだしている。厳めしい表情で、まるで見えない敵と相対しているかのようだった。像なのにも関わらず、今まさにここまで気迫が飛んできそうである。


「あれが老剣豪バージル?」


「そうだよ。神隠歴五〇年に、キードニアの初代『機工王きこうおう』を倒し、ガーネット帝国を護った伝説の英雄さ! “老剣豪”、“最強の守護者”、“双刀のバージル”、“全刀剣技の父”……色んな名を持っているけどね。そうそう、イバン教徒には“第一の救済者”とも呼ばれているよ」


「なんだか全部は覚えきらないですね」


 あまり興味なさげにセリクは言う。


「それだけじゃないよ! 今でも老剣豪が使っていた刀剣、"真火月"と"真水月"がガーネットの国旗になっているんだ!」


 まるで自分のことのように語るアレンに、そういえば帝国兵がつけている紋章が、交差した曲刀だったのを思い出す。あれが老剣豪バージルが由来であったのかと、初めてセリクは知る。


「そうだったんですか……。勉強になりました。ありがとうございます」


「ちょ、ちょっとちょっと! 待って!」


 ペコリと頭を下げ、そのまま行こうとしたセリクを、慌ててアレンが止める。


「え?」


「……コホン。君さ。ほら、剣を持っているじゃない?」


 セリクは自分の剣をチラッと見やった。


「はい。それが何か?」


 剣を持って城に入ることを咎められたのかとセリクは考えた。だが、入口では何も言われなかったし、そもそもアレンだって持っているじゃないかとも思う。


「いやね、その歳で立派だなぁと思って。俺もまだ二〇歳なんだけどさ! ま、それでも超優秀なわけで、復刻ロギロス流の師範にまで登りつめたわけだけどもね!」


 いきなり自慢話になったので、セリクは怪訝そうな顔をした。


「そのさ、君はまだ十二か十三歳ぐらいでしょ? それなのに安易に帝国軍に入る道を拒否して、自ら剣道を行く心意気が立派だと言っているのだよ! うんうん。ロギロスの名を持つ俺が言うのだから間違いない!」


「何を言っているのかさっぱり解らないんですが……」


 セリクは首を傾げる。アレンが自分の何を褒めているのか理解できなかった。


「へ? 俺と同じように、今の“軍剣技ぐんけんぎ”に抗議しに来たんだろ?」


 今度はアレンが首を傾げる。


「なんですか、それ?」


「え? ち、違うのかい? なら、その格好で……もしかして帝国剣士とか?」


 セリクの姿はラフすぎて、青年部隊にも見えないはずだ。それに紋章もつけてない。

 あるのはDBのバッジだけだが、それについてはアレンは知らないのか何も言わなかった。知らない人がみれば、単なるアクセサリーにしか見えないのだろう。


「いいえ。帝国軍じゃありませんけど」


「…じゃあ、えっと。流派は?」


 セリクは困ったように考え込む。デュガンが何流なのか知らないし、シャインからは技や型は教わってないので、ファバード流を名乗る訳にもいかなかったのだ。


「もしかして我流かい? それは驚いたなぁ…。いや、ごめんごめん。君はどこぞの流派の剣士で、軍剣技を制定したクロイラー将軍に文句を言いに来たものとばかり……」


「さっきから言ってる軍剣技って何ですか? えっと……帝国軍が使っている剣技のこと?」


「そうだよ。帝都には様々な流派があるのは知っているよね? ロダム将軍の時代には、兵は今まで自由に剣技を選んで精進することが許されていたんだ。そして、英雄の遺した復刻ロギロス流こそが、最も生徒数が多かったんだよ」


 老剣豪が使っていたという剣技ならば、確かに皆が習いたいと思うのは自然のことだとセリクは思う。


「でもさ、クロイラー将軍の代になってからは、各流派の技をいくつか抽出抜粋し、独自に制定した剣技……つまり軍剣技のみを学ばせているんだ! 有用な技だけを盗んだ“帝国式にわか剣法”だよ! そんなことがこのガーネットで許されるはずがないとは思わないかい!?」


「はあ、そうですか……」


「帝国兵であれば、最強剣技こと復刻ロギロス流こそ学んで使うべきなんだ!!! ねえ!? そうは思わないかい!?」


 唾を飛ばし、拳を振りあげるアレンだ。それは実に暑苦しい演説だった。


「はあ、そうなんですか……」


 セリクは繰り返して気のない返事をした。そう熱心に語られても、復刻ロギロス流がどんなものか知らないのだ。すぐに共感できるはずもない。


「もうハッキリ言っちゃうけどさ! 君もロギロス流を学べばもっと強くなれるよ!」


 その言葉で、自分がスカウトされていたんだと初めて気づく。

 帯剣している場合、他流派の者から試合を挑まれたり、または転向を勧めてくる輩もいるとシャインから聞いていたのだ。セリクのような若い場合は、後者が特に多いだろうとも……。


「すみません。俺、和刀は使えないです。知り合いに刀術を使う人がいるんですが、俺には向かないって言われましたし…」


 セリクは、アレンの刀を見て言う。バージル像を見る限りでも、刀を二本扱うのがロギロス流なのだろう。

 和刀を扱うのが……というより、シャインにはファバード流が向かないと言われたのであるが、セリク自身も和刀は使えないだろうなと思っていた。試しにシャインに刀を借りて振ってみたこともあるが、なんだかしっくりこなかったのだ。


「うん? ああ、ロギロス流は、剣でも刀でもいいんだよ。そこは本人の自由さ。バージル老の時代には、まだ刀と剣は分かれていなかったからね。ほら、よくあの武器を見てごらん」


 アレンに言われ、セリクはバージル像が持つ二本の武器に視点を合わせる。


「……あ。和刀…じゃない?」


 バージル像が持っている刀剣は妙なものだった。片刃の曲刀で、一見すると和刀なのだが、よく見ると切っ先から中ほどまでは両刃になっている。


「どっちかっていうとサーベルに近い造りだろう? 昔は刀と剣の違いはなくてね。同じ意味で使われていたんだ。双()の老()豪バージル……よく考えればおかしい名称だろ? そんなわけでね、俺らのは“復刻ロギロス刀剣術”…ってのが正式名称さ」


「なるほど……。でも、やっぱり俺はいいです」


「ええッ!?」


 あっさりとそう言うセリクに、アレンはがっくりと大袈裟に肩を落としてみせる。


「んー、ホント? あー、うんー、マジで? えー、あー、そうかー。残念だなぁ~。あー、ホント、マジで? もう一度聞くけど、マジで? 実に、まことに、ありえないほど、残念だなぁ~!!」


 もったいぶったように、アレンは額をかきながら言う。仕草がさっきから実にわざとらしかった。なぜかイライラとしたものを感じる。もし、この場にフェーナがいたら拳が飛んでいただろうとセリクは思った。


「ロギロス流であれば、龍王すら敵でないのになぁ~。龍族が攻めてきたのにも、重火器みたいな兵器なんて使わずに済むはずなんだけどなぁ~」


「龍王を倒せる?」


 龍王という言葉にセリクは反応する。アレンはしてやったりの顔で、少しにやけた。

 剣士である以上、龍王を出せば食いつくと思ったのだ。若い剣士の中には、「龍王を倒して功名を得るんだ!」なんていう鼻息の荒い者たちも多いからである。


「ああ! そうだとも! 我が流派が他と違うのは、対人戦だけではなく、魔物や龍族との戦闘も視野に入れている点なんだ。実際、バージル老はキードニアの異端者や、凶悪な魔物たちとも死闘を繰り広げたんだしね」


 まるで見てきたかのようにアレンは身振り手振りを交えて言う。

 異端者と戦ったと聞いて、セリクはちょっと不快な気持ちになった。


「三年ほどみっちり修行をすれば、俺みたいに戦気・戦技も操れるようになるさ! ああ、それにしても、この前の龍族の襲撃は本当に悪いタイミングだった! 俺が田舎に帰省さえしていなければ、真っ先に飛び出して、帝国兵などよりも早く片をつけられたのに! 惜しい! ホントに惜しいことだ!!」


 ブルブルと拳を震わせて悔しそうに言う。あまりにオーバーなリアクションで、剣士というよりは俳優の方が向いてそうなほどだった。


「……戦技、か」


「見たい?」


 アレンがチラッと横目でセリクを見やる。口元がひどく弛んでいる。どちらかというと、アレンの方が見せたくて仕方ないというような雰囲気だ。


「そうですね。俺、戦技を使える人を二人ぐらいしか知りませんから…」


 戦技となれば興味があった。セリクはデュガンとシャインぐらいしか戦技を使える人物を知らないのだ。

 自分はなぜか剣を握ってすぐに、当たり前のように使えてしまったので実感がないのだが、本来は向き不向きがあって、一生修行しても使えない人もいると聞いていた。ならばこそ、数少ない使い手の戦技が気になるのは普通だろう。


「二人も……き、君はどうも良い剣客に出会うのに恵まれているようだねぇ。まあ、よし! ならば、見せてやろう! あそこにある旗を見るがいい!!」


 アレンがバージル像の横にある二本のポールを指差す。いちいち何かを指差すのが好きなのかも知れない。

 セリクが眼を向けると、ちょうど像の頭上に国旗があった。二本のポールの間を通すように旗が結ばれているのだ。


「フフーン。眼をそらさず、よーく見ているのだぞ!」


 あれを落とす気なのだろう。しかし、果たしてやっていいものなのかと、セリクは疑問に思ったのだが、そんな心配はよそに、すでにアレンは薄緑色の戦気を放って構えに入っていた。


「……ねえ。これで驚いてくれたら、入門を考えてくれる?」


 アレンがぽつりとそう尋ねる。

 もし『衝遠斬』以上の威力を持つ戦技ならば、教わる価値はあるだろう。セリクは少しためらった後にコクリと頷いた。


「やった! ならば、見るがいい! 俺のスーパー奥義『超次元覇道旋風刃ちょうじげんはどうせんぷうじん!!!!!』」


 そう叫びながら、腰の双刀を一気に引き抜いて十字を作ってみせた。それはバージル像の構えと瓜二つだった。


「…………え?」


 構えてから数秒たったが、戦技が放たれた形跡はない。だが、アレンはまだ構えたままだった。


「…………あの」


 いい加減、セリクが声をかけようとした瞬間、十字を作った剣先から緑の光弾がドシュッ! と、放たれる!


 シュルルルル!


 ヒューーーーーーーーーン! 


 ……パッチンッ!


 決して早いというスピードで飛び、光弾は旗に当たって申し訳ない程度に音を立てた。

 旗は衝撃でしばらく揺れていたが、跡がついたり、破れたりしたような損傷はまったく見られない。


「ハッハー! どうだ!? この距離であの威力! 至近距離ならば、アバラが数本折れるほどだぜ!」


 自信ありげなアレンの様子を見て、どうやらあれが自慢の戦技であることに間違いなかった。

 セリクは返答に困る。あれでは人間に怪我は負わせられるかも知れないが、龍族の固い鱗を砕くなんてとてもできないだろう。

 『衝遠斬』に比べても、パワーもスピードも格段に劣る。手加減した『衝遠斬』だって、旗どころかポールごと破壊することだって可能だ。

 付け加え、隙だらけのこの構えでは、撃ち出す前に攻撃されてしまうのがオチなのは明白だった。とても実戦で使える技ではない。


「…やっぱりいいです」


 申し訳なさそうにセリクがそう言うと、アレンは愕然とした顔をした。


「な、なんだってぇッ!? なぜだ、あまりの威力に臆したのかい!? そ、それなら安心してくれ! 最初からこんな高度な戦技は教えないし、使えないもんだから!! そうだな。よし。最初は蝋燭の灯火を消すことから徐々にやっていこうじゃないか……」


「貴様ァッ! いま何をした!?」


 必死にセリクを説得しようとするアレンだったが、古城のほうからものすごい勢いでブルーフードかぶった兵士が数名走ってくる。


「神聖なる国家のシンボルを攻撃するとは不届きなヤツだ!」


「げッ! …アハハ! イヤだなぁ! 俺はただ本物の戦技を実演して見せただけで……」


「何を訳のわからんことを!」


「おい! コイツ、抜刀しているぞ!!」

 

 アレンは二本の刀を構えたままだ。それを見て、兵士たちはさらに怒り出す。どうやら持ち込みはよくても、さすがに抜いてはまずいらしい。当然といえば当然のことだろう。


「捕まえろ!!」


 アレンの話など聞かず、兵士たちは憤って追ってくる。手には刺又を持っていた。


「お、俺が誰かを知らないのか! 俺はロギロスの名を継ぐ……」


 逃げながら賢明に弁解するが、誰もそんなものは聞いてすらいなかった。 


「ええい! 老剣豪の縁者など、毎月のように来ておるわ! 遠い子孫だの、直系の弟子だの、奥義書を発掘したと喚く墓守までな! どれもこれも証拠もないホラ吹きばかりだ!」


「ぐわーッ! は、離せ! お、俺は将軍に用があって……」


 アレンはあっという間に屈強な兵士二人に捕まれ、ずるずると城外へ連れて行かれてしまった。

 残った兵士が、チラリとセリクを見やる。


「…ヤツの仲間か?」


「いいえ。会ったばかりで……」


 セリクはそう言って、慌ててイクセスの紹介状を見せる。兵士はそれを見ると、納得したのかコクリと頷いた。


「城にはああいう輩が自分を売り込みにくることが多い。関わらぬ方が身のためだぞ」


「……はい。気をつけます」


 アレンには悪いと思ったが、セリクはまったくもって兵士の言う通りだと思ってしまっていた…………。

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