32話 紅き力の正体を知るために…
「…ギャン。俺、その…」
「…なんや。セリク。ワイが同級生を燃やしたって話を聞いて怖くなったんか?」
「そ、そんなこと!」
「ああ! せや! ワイはな、この力でぎょうさん人を傷つけたんや! 怖いなら近寄らんほうがええでッ! セリクまで燃やしてまうかもしれへんからな!!」
「ギャン…」
セリクとギャンの仲は、“寄生虫”殲滅作戦以来ずっとギクシャクしたままだった…。
ギャンはセリクの顔を見る度に、気まずそうにしてから視線をそらし、わざとらしくサラやシャインの方に声をかけるのだ。こんな態度をとられるぐらいだったら、いっそのこと怒鳴られた方がマシだっただろう。お互いに言いたいことを言い合った方が、まだ進展があるというものだ。
またセリク自身も、ギャンに話しかけられる状態でもなかった。初めて人を殺したその日の晩は、悪夢にうなされ、罪悪感に苛まれ、夜中に起きては嘔吐するを繰り返していた。憔悴しきったセリクに、しばらくギャンに気を遣うなんて余裕がなかったのである。
そうこうしている間に、お互いに何となく余計に声をかけ辛くなり、こんな現状が今なお続いているのである。
数日して、ようやくセリクはまともに食事ができるようになった。
ダイニングテーブルの向かいに座られて、食事をしている様をジッと見られるというのは何となく気まずいものだ。あまりに真剣な表情なので、シャインに至っては怒っているのではないかとセリクは思った。
「人を斬るのは慣れてはいかんが……それでも、最初の頃のような恐怖はなくなる。これは時間が解決してくれるものだ」
パンをかじりながら、シャインはそうセリクに諭す。
セリクが精神的に参っている間、シャインはセリクに付きっきりだった。フェーナと揉み合いになるぐらい、しつこくも側にいることを望んだのである。
「…すみません。いろいろと心配させてしまって」
温かいクリームシチューを口に向けるのを止め、セリクは申し訳なさそうにする。
「意志は強かったとしても、感情まではなかなか律せないものです。戦って敵を倒す……それが正しいのか正しくないのか、答えは決して出ることはありません。悩むのは無理もないことですよ」
マトリックスは三角斤をたたみながらそう言う。
教会でセリクたちが食べる食事は、ほとんどがマトリックスが作るものだった。凝り性かつ細やかな性格のせいか、料理のセンスや味はかなりのレベルである。ちなみにフェーナ、シャイン、サラの女性組は残念なことにいっさい料理ができない。
「そうそう。マトリックスさんみたいに『ファック! ぶっ殺してやるーッ!』ってなのはセリクには似合わないよー」
フェーナが茶化すように言うと、マトリックスは何とも言えないような顔でうなだれた。
「ま、まあ。とりあえずは、セリクくんが少し元気になってよかったです。つまるところは、戦いへの復帰を意味しますから……必ずしも喜ばしいことではないのかもしれませんが」
「いえ。もう大丈夫です。剣を握って、龍王と戦うことを決めたのは自分自身ですから。俺は戦えます」
セリクの決意が固いのだと知って、シャインは満足気に頷いた。
「そうか! ならば遅れた分の鍛錬をさっそくしなければな。もう神告まで日がないぞ」
まだ食事中だというのに、シャインは椅子から立ち上がる。
「あ。その、今日は…」
セリクは困った顔をした。
「なんだ? 何か用事でもあるのか?」
シャインは落胆の表情を浮かべた。
セリクの剣の腕前はかなり上達し、今ではシャインにとっても格好の修行の相手として充分なまでに成長していた。ずっと復帰を待ち望んでいただけあって、残念がるのもしかたがなかった。
「はい。実は、その……Dr.サガラって人に会ってみようと思ってて」
セリクの言葉に、マトリックスとシャインが顔を見合わせる。
イクセスからの紹介状は、セリクが伏せっている時に送られてきていた。むき出しの紙にただ判が捺されたような物ではなく、ちゃんと木製の書簡箱に納まっていたものだ。箱にも帝国印がきちんと施されていて、それが重要な物だと一目で解る。イクセスが用意したにしては妙に律儀な感じだったので、マトリックスは何か裏があるのではいかとかなり訝しがっていた。
「あ、なんか聞いたことある名前。えっと、確かキードニアから亡命してきたっていう偉い科学者さん? 車とか、イクセスさんの持ってる光る剣とかを作った人でしょ…たぶん?」
フェーナの問うような視線に、マトリックスは合っていると頷く。
「うん。それ以外にも、戦気とかも研究しているらしいんだ。俺の……この紅い力。その人に調べてもらえば解るかもって」
「……わたくしは危険だと思いますわ」
ちょうどダイニングに入ってきたサラがそう言った。今の話が聞こえていたのだ。その表情は険しい。
「え? 危険ってどういうこと?」
フェーナが問うのに、サラはますます苦々しい顔をする。
「Dr.サガラには幼少の頃会ったことがありますの。ミルキィ家が政府の役職者から没落しそうな時でしたからね。わたくしも研究対象に選ばれたんです」
話し続けながら自分でシチューをよそい、そして席につく。
「あの男は、人間を人間として見てませんわ。わたくしもそこで単なる実験材料のように扱われました……今でも思い出したくはありませんわね」
「そ、そんなにヒドイ人なの?」
「ヒドイだなんてものではありませんことよ。ギャンが逃げたしたって話を聞いたとき、わたくしもつい頷いてしまいましたわ。…つまり、そんな人物ってことです」
ギャンの名前を聞いて、セリクは沈んだ顔をする。
「……実験材料にされても、俺は…自分の力の正体が解るならいい」
セリクがポツリと呟いた言葉に、サラは少しムッとした顔をした。
「いいですこと。裸にされて、一日中寒いところに放っておかれたりするなんてものは当たり前。全身に針を通されて発電しろと言われたり……三日三晩、食事をまともに与えられないまま、ケーブルにつなげられて電圧を調べられたりするんですのよ」
サラは身を乗りだし、先割れスプーンの先をセリクに向ける。
「行ったら最後、正体が分かる前にバラバラに解剖されて殺されますわ!」
思い出すだけでもおぞましいと言わんばかりにサラは身を震わせる。セリクは一瞬だけ怯えたような顔をしたが、すぐにキッと口を結んだ。
「……理由も解らず、ただ紅い眼だからって…それで皆から嫌われるよりはいい!」
セリクが大声をだしたのに皆が驚く。
「俺、最近、自分が自分じゃない気がして……。この力、本当にコントロールできるのかって不安で……このまま何もしないでこの力を使っていたら、俺が俺じゃなくなって…もっとおかしなことになるかもしれない。そんなのは耐えられないよ! やっぱり…本当に俺は“悪魔の子”なんじゃないかって思うんだ!」
自分とは違う存在を感じたのは今に始まったことではない。夢にでてきたレイドや、あの白い仮面。それが何なのかをセリクは知りたかった。
龍王を倒せる唯一の存在、呪われた紅き救済者。なぜ自分がそういった存在なのか、そしてそれが一体どういった存在なのか、もっとよく知る必要性があるとセリクは感じていた。今のままでは解らないことだらけなのだ。
「俺がもし人間じゃないなら……それならそれでいいんだ。そうしたら、諦めがつくと思うから……」
言葉ではそう言ったが、セリクはその自信がなかった。もし人間ではないと言われたら、その事実を受け止めきれないような気がしていた。仮に龍王を倒して皆に認めてもらっても、人間でなかったとしたら、まず種族として受け入れてもらえないかもしれない。そうしたら、本当に自分はひとりぼっちになってしまうこと、それをセリクは恐れていた。
「セリク…」
フェーナが、ギュッとセリクの手を握る。
自分が人間でないと解ったら、きっともうこの場にはいられないと思っていた。マトリックス、シャイン、サラ…そして、フェーナ。仲間たちの顔を見ていて、セリクは思わず泣きそうになる。初めて自分が手に入れた居場所を失ってしまうのは本当に怖かったのだ。
だからといって、このまま自分のことを知らないでいるわけにはいかない。この力は龍族をいとも簡単に屠るほどに恐ろしく強力だった。これがもし制御できなくなって仲間たちを傷つけるとしたら、それは独りになることよりもセリクには我慢ならないことだった。
「……そこまで言うなら、勝手にするといいですわ」
サラは投げやり気味にそう言って、パンを乱暴に頬張った。
「でも、セリク。忘れないでおいて下さい。わたくしたちは、決して憐れまれる存在ではなくてよ」
「そんなの解って…」
「いいえ、解ってないから言ってるんですのよ。あなたが仮に人間でなかったとしても、悪魔の子とやらだったとしても、そんなのは関係ありませんわ。周囲の視線で自分を決めて、卑屈になることこそ滑稽ですわよ」
セリクには、サラの言っている意味はよく解らなかった。
周りに認められてこそ、人間は価値があるのだとセリクは思う。デュガンは誰もが認めるほど強いからこそ剣士の間で尊敬されているし、マトリックスなどは人望があるから、神父をやっていて信者が集まってくるではないのだろうか。
自分を“悪魔の子”としたのは自身のせいではない。それは周囲の大人たちだった。それは明らかに周りの評価が自分自身の価値観を上回っているからなのではないか。だからこそ、龍王の生贄にされて恐ろしい思いをする羽目になったのであるから……。
そして、セリクはこの時、サラの忠告を真剣に聞かなかった事を後に大きく後悔することになるのであった…………。




