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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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2話 少年セリクと龍王エーディン

 わずかにカビの臭いがする部屋。

 本棚、机、椅子といった調度品。それに幾何学模様が描かれた紫の絨毯。そこには本当に最低限必要なものしかなかった。

 

 そんな狭い部屋の真ん中で、机を挟み、足を組んだエーディンと一人の少年が向き合っていた。

 

 少年は憔悴しきり、怯えた様子で俯いていた。

 顔は蒼白く、小柄で華奢な体つきだった。身体は傷だらけで、むき出しの腿や素足が痛々しい。そして、ただの布きれを合わせただけのような服はボロボロだ。

 夜露に濡れた狼を思わせる艶やかな黒髪であったが、今はもつれてボサボサになっていた。長い揉み上げが頬にかかっているのが、さらに疲弊を感じさせる。

 やつれてはいても、整った綺麗な顔立ちをしているというのは、人間ではないエーディンにも解った。もう少し身なりを整えれば、それなりの美少年なのだろう。

 龍王とはいえ、精巧なる技工品に感銘を覚えないわけではないし、シンメトリーという美的感覚に置いては人間のそれとさほど違いはない。ただ蒐集といったような執着心がないので、芸術品などを身近に置いたりしないのだけのことだ。


「フーン。紅い瞳の子供とはねぇ」


 物珍しそうにしながら、エーディンはそう口走った。


 この少年の他と違う点といえば、そのガーネットのように紅く光り輝く眼だった。

 それもウサギのように、血管が透き通って見えるような赤眼ではない。薄暗い部屋でもそれ自体が光を持つかのように、キラキラと大きな眼が輝いているのだ。

 人間という種族の中で、こんな変わった眼を持っている者はいないだろうという事はエーディンも知っていた。

 ルゲイトを含む何人かの人間の事は知っているが、いずれも濃淡の差はあれど、茶色や水色といった瞳をしていたし、そもそも暗闇の中で、自発的に光る眼を持つ者など龍族の中でもいない。


 エーディンの黄色い眼が細まる。少年は見られていることに落ち着かず、しきりに服の裾をつかんでいた。


「……で、手前の名は? どうして生贄なんかになった?」


 少年はその質問には答えず、ただ俯いたままだ。

 答える様子がないのを見て、エーディンはしびれをきらして机をドンと叩く。


「オラッ! 人間ッ! 俺を見ろッ! 手前は誰だと聞いてんだよ!? さっさと答えやがれ! 殺されたいのかッ!!」


 怒鳴り散らすと、少年は恐怖に強張った顔をしてエーディンを見た。

 視線が交差すると、エーディンは内心動揺を覚えた。あまりに強い瞳の色、その奥に強靱な意志の力を感じ取ったのである。

 動揺を悟られまいと、エーディンはますます怖い顔をする。


 少年が恐る恐る口を開く。


「……セリク・ジュランド」


 小さな声であったが、龍王の優れた聴覚はそれを確実に聞き取った。

 龍族は名字という概念がないので、エーディンはどちらが名前なのか少し考えてしまう。


「……セリクか。歳は? 人間の年齢で構わないから答えろ」


「……十四歳」


「十四、か。なるほどねぇ……」


 そう言ったまま急に黙り込んだので、セリクは不審そうな顔をした。

 とりつくろうようにして咳払いをし、エーディンが続ける。


「それで、生贄になった理由は?」


 これには、セリクは答えるべきかを迷って視線を彷徨わす。

 だが、きっと話すまでエーディンは許さない事だろう。堪忍したように、唇を少し噛みしめてから答えた。


「俺が……悪魔の子、だから。この紅い眼のせいで……みんなに嫌がられて……」


 自分で言っていて情けなく、悲しくなってきた。セリクの紅い眼が哀しげに伏せられる。


「はぁん? 悪魔の子だぁ? 眼がちっと紅いだけで、悪魔の子だとは笑わせてくれるぜ!」


 エーディンは大袈裟に手を広げて鼻を鳴らす。


「それでそんなガキは、怖い怖い龍王様に喰われちまったほうがいいとでも思ったわけか。奴らは? ついでに俺の怒りも、腹が一杯になれば収まってくれるとでも考えたのかねぇ? はん。ムシのいい話だぜ。馬鹿馬鹿しい。実に人間らしい頭の悪いやり方だぜッ!」


 一方的にまくしたてられ、セリクはまるで自分が罵られているような気がした。恐怖していただけの心に、少しずつ怒りが込み上げてきた。


「おい、ガキ! もしかして、手前もこの俺に喰われてしまえばいいとか思ってんのか? 嫌われた挙げ句、とっ捕まえられて、それでも逃げ出しすらしなかったのかよ? それともなんだ? 皆のために生贄になってやろうなんていう、クソみたいな偽善心でもここまで来たのか!? イッヒッヒッ! めでたいな! ホント、おめでたい連中だよなぁ!! 人間はよぉ!!!」


 挑発するようにそう言い、馬鹿みたいに笑うエーディンの姿を見て、これにはセリクもついに怒りを抑えきれなくなる。


「黙れよッ! お前なんかに何が解るッ!? 人間を虫けらのように殺せるお前に、俺の何が解るっていうんだッ!」


 セリクは馬車の中で、カーテンの隙間から村の男たちを殺した瞬間を見ていたのだ。

 鬱積していた怒りを吐き出したセリクは、肩で荒い息をつきながら、さらに強い瞳でエーディンを睨み付けた。

 ずっと強い恐怖や理不尽に耐えていたのだ。それがエーディンのあからさまに侮辱する態度に、恐怖を通り越して爆発したのである。


「ほう! 吠えるか。ただのビビリじゃねえってわけだな。ま、そんなとこは“アイツ”に似てなくもないな……」


 龍王相手に根性あるじゃないかとエーディンは思ったが、同時にこんなチンケな人間が自分に逆らった事が非常に腹立たしかった。


 おもむろに片手を突き出し、青白い波動を飛ばす。

 セリクの喉が、グッと超常的な力に締められる。


「……だがな、相手が悪かったな。俺は龍王だぜ。言葉づかいには気をつけやがれ」


 ググッと力を込めると、息ができなくなったセリクは激しく頷いた。

 エーディンはパッと波動を止める。一瞬にして力は消え、喉を抑えてセリクはゴホゴホと咳き込んだ。


「確かに、俺が人間共を滅ぼすなんて言わなきゃ、手前は疎まれはすれど、生贄なんかにならずに済んだだろうな。その怒りの矛先が俺なのは正しいとは思うぜ」


 椅子から立ち上がり、見下ろすようにしてエーディンは語り出す。


「だが、いいか、セリクとやら。よく聞け。この俺たちがいる地上フォリッツアは、元々は俺ら龍王や龍族の物なんだよ。それをいつの間にか、人間共が這い出てきて、ウジャウジャと増えだしてきやがったわけさ」


 エーディンは両手を拡げ、人間が増えた様子を表現してみせる。


「龍族が黙って見てるうちに、今や世界は人間だらけ。そんな手前らを、俺が少し掃除してやろうって話をこの前したわけだ。本来の持ち主の元に戻すためにな。さっきのゴミのような人間を消すみたいな感じにチョチョイと、だ!」


 手を開いて、グッと握る動作をする。人間なんて簡単に潰せるというジェスチャーである。


「どうだ? 人間である手前にも、俺の気持ちも少しは理解できただろ?」


 セリクは涙目になりながらも、エーディンの顔をジッと見て問う。


「でも、なんで今になってするんだ?」


「なに?」


 セリクの問いの意味が解らず、エーディンは首を傾げる。


「いま、“黙って見ているうちに”って言ったじゃないか。……そうなる前に、人間を滅ぼしたほうが楽だったんじゃないのか?」


 エーディンは呆気にとられた顔をし、答えに窮して天を仰ぐ。 まさかこんな年端もいかない少年に、その盲点をつかれるとは思わなかったのだ。


「手前、なかなか賢いな。まあ、そこは……そうだな。こっちも色々と事情があるわけだ」


 どう説明するべきか悩んだが、歯切れ悪くそう答えただけだった。

 気まずそうなエーディンの態度に、セリクは訳が解らないといった顔をする。人間が我が物で地上を支配するのが腹立たしいならば、さっさと制裁を与えれば良かったはずだ。龍王にその力があることは、セリクはいま体感したばかりだったので余計に不思議に思ったのである。


 ガチャリと扉が開かれる音がして、何者かが入ってきた。


「おやおや。エーディン様。もうそれぐらいで許してあげて下さいな」


 そう言った龍の姿は、人間とよく似ていたが、黄色い鱗に全身が覆われていて、セリクを連れてきた大男よりもさらに倍は大きかった。

 タキシードのようなものを窮屈そうにまとい、ズボンからは尻尾がはみ出ている。

 見た目からは年齢はわからないが、仕草や物腰からかなりの年寄りなのだとセリクは思った。 


 気まずくなっていたエーディンは、話をすり替えるチャンスとばかりにすぐに答える。


「誰が入って来ていいった? ロベルト! それに、まだ俺は何もしてねぇぞッ! ただ話をしていただけじゃねぇか!」


 ぶっきらぼうにそう言うが、その表情は少し安堵しているようにセリクには見えた。

 年老いた龍は優しく微笑んだまま、手に持っていたティーセットの載ったお盆を机に置く。


「人間と我々では体力が違いますとも。このような小さな子であれば尚差のことでしょう。ましてや意に介さぬ長旅を経てきたとか……。かなり疲れているのではないでしょうかね?」


 随分と流暢な喋り方だった。門兵たちよりは人間に慣れているのだろう。エーディンもそうだったが、仕草も人間とほとんど変わらなかった。

 年老いた龍は人差し指を立てて笑っていた。長いカギ爪は凶悪そのものだったが、人間の身を案じるような龍が、それを戦いに用いることはないようにセリクは思われた。


 エーディンは気にいらなそうにフンと鼻を鳴らした。だが、ロベルトの意見は尊重しているのだろう。否定しなかったことがその証だった。


「エーディン様」


「あー! いい! 解った。だが、この城をでることは許さねぇからな。手前にはまだ聞きたい事がある。ロベルト、こいつに部屋を貸してやれ!」


「はい。かしこまりました」


 その言葉を聞いて、嬉しそうにロベルトと呼ばれた龍は深く頷いたのだった……。


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