28話 “寄生虫”殲滅作戦(2)
セリクとフェーナは懸命に走った。必死で戦っている仲間たちのことを考えるならば、スピードを緩めようなどという気すら少しも起きなかった。
小高い丘を過ぎると、荒れた岩地に出る。暗闇の中、セリクは松明に火を灯して辺りを探った。
「ハァハァ…。ホントにこんなところに出入口があるの?」
肩で息をつきながら、苦しそうにフェーナが問う。
「こんなところだからだよ!」
紅い瞳が辺りを油断なく探るが、意図的に隠されている場所だ。それを見つけ出さなければならないというのは難儀だった。そんな簡単に見つけられるなら苦労はしないだろう。
ましてや今は急いでいるせいもあって、冷静に探してもいられない。焦燥感だけが募る。
「でも、こんな岩ばっかで隠れてちゃ見つけられないよ。ひとつずつどかすってわけにもいかないし…」
岩は身の丈ほどもあるものも含まれている。辺り一面の岩場を見ると、いちいちその周囲をグルリと回って探さねばならない。時間がいくらあってもたりないだろう。
「『『衝遠斬ッ!』」
いきなりセリクが紅い三日月を放つ!
真横に飛んだそれは、辺りの岩山を一気に吹き飛ばしてしまった!
いきなりのことであったので、フェーナは目を丸くする。
「セリク。な、なんだかヤケになってない?」
「そんなことない! でも、今は一刻も早く見つけないと!」
言葉とは裏腹に、明らかに焦りの生じたセリクの顔を見て、フェーナは不安を覚えた。
「見つけた! あそこだ!」
言うが早いか、セリクは駆け降りて、ポカンと開いた岩の隙間を見つけた。それは確かに出入口らしきものに見えた。フェーナも慌ててそれに続く。
その隙間は人がちょうど大人一人が入れるほどの大きさだった。
用心して覗き込み、松明で照らすと古い煉瓦で組み合わされた通路が現れる。どう見ても人工物だ。それはどうやら延々と城の方角に向かって続く通路のようだった。
「間違いない。行こう!」
「うん。でも、気を付けないとね。敵がいっぱいいるんでしょ?」
フェーナは小刀を握りしめて言う。護身用にとシャインから譲り受けたものだ。
小刀といっても、指先から肘ぐらいまでの長さしかないもので、武器とは呼べないような代物である。何もないよりはマシという気休め程度のものだ。
「ああ。フェーナは俺の後ろに下がってていいよ。大丈夫。戦うのは俺だけだ」
自分がいまいち役立っていないことに、フェーナはわずかに悔しそうな顔をする。
「私も…異端者みたいに力を強くできればいいのに。治すだけじゃなく、敵をやっつけたりもできたらセリクの助けになったのにッ」
マトリックス曰く、時代の証人である治癒師は、イバンの力を使って当人の生命力を奇跡に変換させているとの事だった。異端者とは違い、その能力を伸ばしたり強化したりすることは不可能なのだ。
フェーナも皆の修行に付き合って、マトリックスたちの行っていたイメージトレーニングなどもやっていたのだが、治癒の力が増したりするような事はなかったのである。
「そんなことないよ。俺がケガをする可能性はあるしね。いざというとき、フェーナの治癒は助かる」
フェーナはまだ難しい顔をしていたが、やがて小さく頷く。
「そだね。セリクは私を守ってくれる…。私はセリクを治せる。私たち、いいコンビだよね?」
地下水路への道は果てしなく長く続く。多少の起伏があるものの、基本的には煉瓦が敷き詰められた通路が続く。
セリクたちにとって救いだったのが、それが単なる一本道だったということだ。下手な分岐などがあれば、敵とすれ違う可能性以外にも挟み撃ちにされてしまう危険性があった。目の前にだけ注意していればいいというのは、余計な神経を使うことがなくよかった。
かなり進んだとき、セリクは何かを感じて目を細める。そして、持っていた松明をフェーナに手渡した。
「む? なんだ!? …て、敵だと?」
「馬鹿な! ここの場所は帝国には知られていないはず!」
通路の先にアサシンが二人いた。
セリクたちに気づいて、激しく動揺している。
「や、やっぱりここから逃げるつもりだったんだ!」
「逃げる、だと?」
「何を…?」
敵がフェーナの言ったことを考えている隙に、セリクは剣を持って駆けだしていた!
「やあッ!」
もう心の準備はできていた。敵が人間であるという考えを棄て、シャインのアトバイス通り無心に剣を振る!
「がッ!?」
浅いが、それでも敵の防御しようとした左手に斬り付ける。一瞬、目眩のようなものが生じたが、勢いに任せて二撃目に入る!
「ぎゃあッ!!」
ザグッ!
確かでいて、かつ嫌な手応えが手の内に伝わる。突き入れた剣先が、胸元を貫いたのだ。鎖帷子を破り、肉を断ち、骨を砕く。一人はしとめたのだとセリクは感じた。
「き、貴様!」
敵の激昂に一瞬だけ恐怖が沸き上がって震えたが、ここで考えてはいけないのだと自分に言い聞かせる。そして、溢れそうになる暗い考えを打ち払う。
もう一人が短刀を抜き放ち、セリクを目掛けて振り下ろそうとした! だが、仲間をやられて及び腰になっているせいか動作は鈍い。
「せいッ!」
振り下ろされる直前、先程倒した敵を力任せに押しやって盾にする。仲間の背を向けられ、アサシンは立ち止まった。死んでいると解っていても、そう簡単に割り切れるものではないだろう。
セリクはそれを見逃さない。剣を引き抜き、身を屈めて大きく進み出た!
ズザンッ!!
「ギャアアッ!」
この世の物とは思えぬ絶叫が響き渡る!
二人目のアサシンはそのままひっくり返った。ジタバタともがきながら左の太股を抑える。おびただしい量の血が通路に飛び散っていた。その先には、すでに物体と化した左足が転がっている。セリクが敵の足を斬り落としたのだ!
「アグオォオ!」
怯えた顔のアサシンに、セリクは冷たい眼を向ける。凍り付いたように無表情のままだった。
敵の顔がエーディンとダブる。頭の中で、敵をエーディンにすり替えるとざわついた心が何故か静かになった。こんなに簡単なことだったのかと、セリクはなぜだか笑いたい気分になる。
『まだ大丈夫…』
遠くでレイドの声がした気がした。だが、ほんの微かに聞こえた程度だったので空耳だったのかも知れない。
目の前が揺れ、セリクの眼に白昼夢が映る。白い仮面とそれを覆うような無数の手が蠢く奇怪なイメージ、そして鐘の大きな音が響き渡る。しかし、それが何なのか考える間もなく、とらえどころない波のようにかき消えてしまう。
ゆっくり、ゆっくりと、立ち上がれない敵に近づいていく。その紅い眼は、流れ出て通路を汚している血と全く同じ色をしていた…。
「…討ち滅ぼせ」
放った台詞は、自分の声である実感がまるでなかった。
剣を掲げ、怯えた敵の頭上に振り下ろす。勢いよく!
ズシャッ!
一度ならず、二度、三度と……グシャ! ズヂャッ!
血や脳漿が飛び散り、それらが自らの顔にかかっても、何度も、何度も執拗に斬りつけた。腕の感覚がなかった。振る感じも、手応えも感じない。
「セリク! やめて!!」
気づいた時には、フェーナが涙目にセリクを羽交い締めにしていた。
「もう、もう死んでるよ!! これ以上は…もう!!」
そう言われ、ハッと我に返る。
「…あ、俺、何を……いったい?」
意識はあった。意識はあったのに、なんだか寝ぼけていたような……奇妙な感覚だ。
自らの剣を見やると、血や脂肪、肉片で汚れていた。ねばついて地面に滴るそれらの痕跡を見て、わずかに嘔気を覚える。
「これ……俺が? そんな」
肉塊となった無惨な敵を見て、これを自分がやったのかと真っ青になる。敵は倒さなければ、殺さなければならないとは思っていた。だが、ここまでやるつもりはなかったのだ。
「セリク。本当に…大丈夫?」
フェーナが、セリクを死体から遠ざけるように押しやる。
「…う、うん。戦わなきゃって思って必死で。俺も戦わなきゃいけないんだ」
視線が定まらないセリクに、フェーナは悲しそうな顔をする。セリクの胸元をキュッとつかんだ。
「あっらー。やっぱりダメでゲスね。帝国でスカウトした軟派ボーイたちは。アッサリと死んじまったでヤンス」
奥から響く野太い声に、セリクもフェーナも顔をあげた。
さっきの肉塊よりさらに一回り以上も大きい塊が通路を塞いでいた。違うのは手足が生えて動いていること。…今まで見たこともないほどの巨漢がそこにいたのだ。
忍装束を着ているので颯風団には違いないだろうが、サイズが小さいのかピチピチすぎて、まるでレオタードでも着ているかのようだ。後ろにも何人かのアサシンがいるようだったが、まるっきり隠れてしまっていて足先しか見えない。
「…誰だ?」
セリクがフェーナを背にかばいながら問う。
雰囲気から強敵だと感じ取り、冷や汗がもみあげを伝って流れ落ちた。
巨漢はフンと鼻息を吹き出し、長い金髪をかき上げる。
「誰とは誰でゲショ? それはこっちの台詞でヤンスよねぇ? ま、名乗っても損はしないでゲス。アッシの名はラウカン。颯風団のナンバー2でヤンス!」
「ナンバー2…ってことは、二番目に偉くて強い人ってこと?」
「ほほー。なんだか小さい二人だけど、頭はそれなりに動いてるみたいでヤンスねぇ。立派、立派。で、こっちは名乗ったんでヤンスから、そっちも名乗るのが筋ってもんでゲショ」
「俺はセリク・ジュランド。DBの隊員だ」
「同じく! フェーナ・ランドルよ!」
二人が名乗るのに、ラウカンは顎髭に手をやってジョリジョリと撫でる。
「んー? DBとな? ほほー。確かドラゴン・バスターズって組織でヤンスか。なら、敵だということゲスねぇ。ま、これを見りゃ解ることでゲスが」
チラッと肉塊になった死体を見て、ラウカンは笑う。
セリクは冷や汗を拭い、剣をグッと突きだした。
「殺る前に…なぜ、アッシらと戦うでヤンスか?」
「なんだって?」
ラウカンの質問の意図が解らず、セリクは顔をしかめる。
「おたくらは、帝国軍じゃないんでゲショ? 龍王と戦う組織なら、龍王と戦えばいいでヤンスよ」
真面目にそんなことを問われ、セリクは少し戸惑う。てっきり話が通じない連中とばかり思っていたので、そんなことを言われたのが意外だったのだ。
「それはそっちが、俺たちが龍王と戦うのを邪魔するつもりだからだ! 神告だってさせない気なんだろ!? ロダムさんを狙ったりすること…そういうテロ活動そのものを止めるんだ!」
ラウカンが耳をほじり、大きく息を吐く。
「…そうでヤンスか。アッシらの活動はまだまだ理解されんのでゲスね。だけんども、神々に従っていればガーネット帝国は間違いなく腐っていくでヤンス。それを止めるためにアッシらは闇で動いているんでゲスよ?」
「そんな話を信じられるもんですか! いきなり斬り掛かってきたりする組織がまともなはずないもん!」
フェーナが怒る。セリクも気持ちは同じで頷く。
「…大義をなすためには悪事も、たま~には必要でヤンス。大人の事情ってヤツでゲス。だけんども、実際には帝国の方がひどいことしているじゃないでヤンスか。アッシらをこうやって武力で追い立て殲滅しようとしてるんでゲショ? アッシらは、まだその神告ってヤツの邪魔すらしたことがないっていうのに。それについては冤罪でゲスよ」
そう言われ、セリクは少し考える。
確かに数で圧倒して敵を殲滅しようとするやり方は卑怯と言えば卑怯だ。だが、捨て置けば残虐非道なことをする颯風団をのさばらせる事になる。
やり方が正しいとは言えないが、帝国軍にもDBにも、颯風団を抑えるそれ以外の方法は考えつかなかった訳である。
「セリクッ!」
フェーナの叫びで、セリクはハッと顔を上げる。
目の前に、巨大な鉄塊が迫っていた!! 慌てて身を屈めてそれを避ける!!
ドッガーンッ!!
セリクの横にあった煉瓦の壁が打ち砕かれた!!
それは一抱えはある丸い鉄球だ。鎖がついていて、端をラウカンが持っている。
「ほー、惜しかったでヤンスねぇ!」
「あ、危ないじゃない! 話している途中になによ!」
「はぁー? なに言ってるでヤンスか? ここは戦いの場! 話をするところではないでゲス!」
ラウカンはニタリと笑うと、身をブルッと震わせて鉄球を引っ張る。めり込んだ場所から抜け、ジャララッという音を響かせて手元へと戻っていった。
「俺を油断させるために!? 今の話は嘘だったのか!」
「嘘ではないでヤンスよ! アッシからすれば、おたくみたいな手練れは組織に欲しいぐらいでゲス!! 潰すのはもったいないでヤンス!! だけんども、神々や帝国の考えに毒されているのならばすでに手遅れでゲショ!」
ブンッと鉄球を頭上で小さく振り回し、水平に飛ばす! あの体格で、しかも狭い場所だというのに器用な動作である。
「フェーナ! 離れて伏せるんだ!」
「う、うん!」
フェーナは鉄球の攻撃範囲から離れ、身を小さくする。
セリクは攻撃動線を冷静に見極め、ギリギリのところで身をそらしてかわす。
「話し合いたいのであれば、そちらから剣を下げるべきでゲショ! 剣を抜いたまま、年長者の話を聞こうなんて偉そうでヤンスよぉッ!」
鉄球を回収し、また勢いを付けて放つ!
「クソッ! こんなの一発でも受けたらひとたまりもないぞ!」
逃げるにしても、こんな狭い場所では狙い撃ちにされる。ましてや後ろにはフェーナがいるのだ。
「フホホホ! さあ、ミンチにしてやるでヤンス! 夜食はハンバーグでゲス!!」
三度目の攻撃が飛んでくる! セリクは神経を研ぎ澄ませてそれを避ける!
しかし、状況が変わるわけではない。ラウカンは鼻歌まじりに、同じ動作を繰り返すだけだ。やがてはセリクが疲れて動けなくなるのを待つ算段なのである。
「このままじゃやられるだけだ!」
「え!?」
セリクは後方に下がり、伏せていたフェーナの手をとって、共に前へと駆けだした!
「でゃああッ!」
「きゃああッ!」
放たれる鉄球を、セリクはフェーナをかばいつつ避ける! そして、その内側へとすり抜けた!
あえて突っ込んできたセリクに、ラウカンは驚きつつも嬉しそうに口をすぼめる。
「おおっ!? 怖がる素振りもなく攻めてくるとはやるでヤンスね! アッシの鉄球の内側に入り込んだヤツは初めてでゲス! …でも、チョコケーキのように美味くも甘いでゲェース!」
ジャララッという音が足下でする。何かと見やると、ラウカンが思いっきり鎖を引っ張っているのだった! 投げている途中の鉄球を、無理矢理に引き戻すという強引な力業である。
セリクの背後から、ゴオッ! という轟音と共に、鉄球が物凄い勢いで戻ってくる! このまま二人を背中から押し潰す気なのだ!
「グッ! やらせないぞ!!」
セリクの身から放たれた戦気を見て、ラウカンが小さな目を真ん丸くする!
「なんでヤンスッ!?」
「『衝遠斬ッ!』」
セリクは後方に三日月を飛ばす!
『衝遠斬』は鉄球にぶち当たり、その衝撃でラウカンが逆に引っ張られてつんのめる!
「ととととッ!」
ラウカンはたたらを踏む。その目の前にセリクが迫っていた!
「でやあッ!!」
「グベエッ!?」
セリクの膝蹴りが、ラウカンの顎をとらえた! ちょうど綺麗に顎の中心を蹴りあげられ、グリンッと白目を剥き、ラウカンがその場に倒れる!!
「ら、ラウカン様!」
「貴様ッ!!」
後ろにいたアサシンたちが慌てる。前衛で戦っていたラウカンがやられるとは思わなかったのだ。
「邪魔だッ!!」
セリクはフェーナの手を離し、ラウカンを踏み越えて走る!
壁を蹴って勢いをつけ、敵の喉を、胸を突き、武器をもった手を斬り、足を斬り落とす!
飛び散る血、そして呻きと共に、何人ものアサシンが倒れた!! それは瞬時の出来事であった。
「す、すごい…。セリク」
ヘタンと座り込んだフェーナがポツリと呟く。
荒い息をつきながら、セリクは血振りをした。油断なく通路の奥を見やる。
「ハァハァ……。おかしい。これしか颯風団はいないのか?」
「んほほー、フホホ。いやー、驚いたでヤンス。まさか、こんな子が戦技を使えるとは思いもしなかったでゲス」
ゴキゴキッと首を鳴らし、ラウカンがゆっくり起きあがる。
「え? 思いっきり蹴られたのに…平気なの!?」
フェーナは這うようにして、慌ててセリクの方へ向かう。
「あんなんで気絶してたら、ナンバー2の名が廃るでゲショ。久しぶりに楽しい戦いでゲスな! もっと、もっとカマーンでゲスよ!」
さっきよりも勢いよく鉄球を振り回す!!
「フェーナ。ここじゃ分が悪い。奥へ逃げよう!」
「逃がすわけないでヤンス!」
「『衝遠斬ッ!』」
ラウカンが鉄球を飛ばすのに合わせ、セリクが衝撃波を放つ!
バッキーン!!!
勢いのついた鉄球に、『衝遠斬』は粉々に打ち砕かれて四散した。
「な!? 戦技を…ただの武器で!?」
「フホホッ! ただの武器じゃないでヤンス! この“傲楼核”は、ハド坑道でしかとれない幻の金属“アルチオン”を使った特注品でゲースよ!」
自慢気に鉄球“傲楼核”を掲げ、ラウカンは腹を抱えて笑う。
「『衝遠斬』が効かないなんて…。とりあえず逃げよう!」
「わわッ! セリクゥッ!!」
フェーナの手を取り、奥へと向かって駆けだす!
「ほほー。逃がすものか、って言ったばかりでゲショ! アッシは走るの大嫌いでヤンスよッ!!」
ラウカンの巨体だ。走るのは不得手だろうとセリクは考えていた。だが、その考えが間違えだったとすぐに気づかされることになる。
“傲楼核”を背負い、肩幅に足を開く。ガチッという金属音がしたかと思うと、ラウカンの足の裏から車輪のようなものが飛び出した。
「きゃあ! セリク! あれ! あれを見て!!」
フェーナの叫びに、セリクは顔だけ後ろに向ける。
「フホホホッ!!」
ジャラアーッ! ジャラアーッ!
二つの車輪に乗ったラウカンが、物凄い勢いで滑ってくるのだ!
「なんだ、あれは!?」
「颯風団とは文字通り、風の如く颯爽とした機動力こそを強みとしているでヤンス! ちょこっばっかし太ってるから遅いだなんて、そんなベタなことはないでゲス!! だから今日もお腹いっぱーい食べれるゲショーー!!」
距離を詰め、それから“傲楼核”を放る! セリクたちは壁際に寄ることで辛うじて避けた。
避けたことで、通路の壁が容赦なく破壊される! その様を見て、セリクもフェーナも身がすくみそうになる。だが、走るのをやめるわけにはいかなかった。逃げ道は前にしかないのだ。
機動力に加え、凄まじい攻撃力を兼ね備えたラウカンはかなり強敵である。セリクは走ることには自信があったが、フェーナを連れてでは、そのうちラウカンに追いつめられるのは目に見えている。この奥がどこまで続いているかも解らないし、前方に敵が出てきたらその時点で終わりだ。走りながら、セリクはなんとか反撃する方法を考えていた。
「…もう一度、あの武器の内側に入れれば!」
今度は蹴りじゃなくて、剣で斬り付ければダメージを与えられるだろう。倒せないまでも、機動力は削げるかもしれない。そう考えたセリクは、逃げるのを止めて振り返る。
「ほほー! 諦めたでヤンスか!」
「誰が諦めるか! 俺は負けないッ!!」
ラウカンが急停止し、“傲楼核”をここぞとばかりに振り回す! そして、放つ!
「いやああッ!!」
セリクが駆けだした時、ラウカンはニタッと歯を剥き出しにして笑った。
「セリク、ダメッ!!」
バホウッ!!!!
目の前が真っ赤に燃える! ギャンが吹き出す炎かと、セリクは一瞬そう思った。
だが、それはラウカンが左手から放ったものだった。左手には筒状の物を持ち、そこから劫火の塊を放出したのだ!
「忍法『火焔投』…“傲楼核”にばっかり注意がいっている輩にはよーく効くんでゲスよぉッ!」
モウモウと立ちこめる煙。ラウカンの予想では、目の前には丸焦げになったセリクの死体が転がっているはずだった。
煙が消え、ラウカンは眉を寄せる。
「な、なんででヤンス?」
ラウカンの目の前には、フェーナがいた。
白金の半透明な膜に守られ、フェーナもセリクも『火焔投』による火傷は受けていなかったのだ。かすり傷一つない。
「フェーナ……? こ、これは?」
セリクが問うが、フェーナ自身も驚いた顔をしていた。
「わ、わかんない。セリクが危ないと思って夢中で飛び出して……そうしたら、勝手に」
フェーナは胸元を開く。紅い水晶石が不思議な光を放っていた。
「ま、ま、まさか! 時代の証人!? これは、キードニアの空爆から、レ・アームを護った『イバンの聖盾』でヤンスか!?」
「あ。やっぱり…これって、イバン様のご加護?」
フェーナは、眼をパチクリさせて首を傾げる。
「な!? アッシの方が聞いてるんでゲショ!!!」
ラウカンは憤って、“傲楼核”を半透明な膜に打ち付けた!!
「キャッ!!」
バウンッと大きく歪むが、“傲楼核”でもその聖盾は砕けそうになかった。
「なぁんて癪な防壁でヤンスか! 神々かイバンか知らないけど、本当にむかつくでヤンス!!!」
全力で“傲楼核”を打ち付けるが、破れるどころか傷すらつけられそうにない。
「ど、どうだ! 私だってセリクを守れるんだね!」
強力な防壁に自身の安全を確信したフェーナは、ラウカンを挑発する。
「でも、この力は生命力を使うんだろ!? フェーナ、これ以上は!!」
フェーナは少し青い顔をしていた。状況から見て、『イバンの聖盾』を出している間は生命力を消費し続けるのだろう。
「あとは俺が何とかするから!!」
「で、でも! これ無くなったら、あの鉄球にペシャンコにされちゃう!」
「大丈夫、そうはさせない…」
セリクはフェーナをかばって前に進み出る。
「俺が言うタイミングで、この聖盾をしまって…。俺を信じて」
「フホホ! そうでヤンス! そのまま閉じこもっていてもアッシは倒せないでヤンスよ!」
ラウカンの言う通りだった。敵の攻撃は届かないが、同様にこちらからの攻撃も通りそうにない。
「防壁を解き、その瞬間でアッシの身体を斬り、突くんつもりでゲショ? どうぞどうぞ! だけんども、一撃でしとめなきゃ…この“傲楼核”が、おたくの頭をスイカみたいに砕くでヤンスよ!!」
ラウカンが構えをとる。防壁が消える瞬間を待ち構えるつもりだ。
その言葉に嘘はないだろう。相手の巨大な体躯に、セリクの持つショートソードはなんとも頼りなかった。
ラウカンの太い首からしても、他のアサシンのように一撃で首を叩き落とすには至らないだろう。心臓などの急所を突き刺すにしても、脂肪が厚すぎて、奥まで刺さりきりそうにない。かといって、『衝遠斬』がラウカンには通用しないのは実証ずみだ。
セリクは短い時間で思考を巡らせた。そして、一つの結論へと至る。
「うおおおッ!!」
刀身に戦気を込める!
「フホホ! 何をするかと思えば、なんでヤンスか!? 馬鹿の一つ覚え! さっきと同じ戦技だったらアッシには通用せんでゲスよ!!」
ラウカンは大きな笑い声をあげる!
「まだだ!」
「ふへ!?」
刀身に溜めたエネルギーを両手で柄を握りしめて抑えつける。ブルブルッと震え、危うく離してしまいそうになるのを必死で堪える。そして、さらに戦気を込めた!!
セリクが考えた作戦は至って単純だった。いつもの『衝遠斬』に倍の戦気を込めれば威力も倍になるだろうと考えたのである。
下手な手段にでても成功する可能性は低い。だったら、何度も練習をして自信を持って放てる『衝遠斬』にこそ賭けるべきだと考えたのである。
「いまだ! フェーナ!」
「は、はい!」
セリクの言葉に合わせ、フェーナが防壁を解除する!
「『衝遠斬ッ!!』」
溜めに溜めたエネルギーを一気に放つ!
通常よりも一回り大きい三日月がラウカンを捉えた!
「こ、こなくそでゲショッ!!」
一瞬、“傲楼核”で立ち向かおうと考えたが、見た目以上の驚異を感じ取り、ラウカンは身を大きくよじりそれを受け流そうと試みる。その際、“傲楼核”を盾にして衝撃波に向け、その勢いを殺しながらである。巨体が災いして完全に逃げられなかったのだ。
「オンホググウッゥ!!」
紅き衝撃が、“傲楼核”との間で火花のように飛び散る! 押しやられ、頬を大きく歪まして、ラウカンは両足を踏ん張る。だが、その努力も虚しく、やがて耐え切れなくなり、ラウカンは壁にしたたかに頭と背を打ち付けて吹っ飛んだ!
それでも勢いの衰えない強大な『衝遠斬』は、そのまま出口側に続く通路自体を大破させる!
ドガガガガーーンッ!
分厚い煉瓦の壁が割れ砕け、モウモウと粉煙が舞った。セリクとフェーナは口元を抑えて咳き込む。
やがて粉煙が消えたとき、砕けた煉瓦の先を目にして二人とも驚いた表情になる。
「え? な、なにこれ」
松明よりも明るい光が漏れている。通路を補強するかのように煉瓦が組まれた先は、土くれか岩だとばかり思っていたのだ。だが、ぽっかりと開けた空間が現れる。それもかなり巨大なものだ。教会の礼拝堂よりも広い。
「…食料? それに、水も? なんだ、ここ」
開けた空間の中に棚がいくつも並び、木箱に干し肉やドライフルーツなどの保存食の表記がされている。大きなタンクは雨水を濾過して飲料水を溜めておくものらしい。
「…フホホ、ここはアッシたちの隠し貯蔵庫でヤンスよ。元は王族を匿うために作られた秘密の部屋でゲス」
ムクリと起き上がり、口元についた血を拭いながらラウカンが笑う。あの『衝遠斬』を受けても、まだ動けるのだから見た目通りのしぶとさだ。
「なんで、そんなことを颯風団が知っている?」
「アッシらが何年ここに隠れていると思うでヤンスか? 現帝国すら知らない、もっともっと旧いものでゲス。いくら雑兵を集め、地下水路を一斉攻撃しようが、そんなもんは屁でもないでヤンス。この通路に気づけたとしても、隠し部屋までは絶対に見つからないって寸法なのでゲスよ!」
確かに通路だけに囚われていたら気づくことはできない造りだった。
考えてみれば、王族がこっそりと逃げるための通路がただの一本道なはずもない。追っ手がやってきたとしても、この隠し部屋に入ってしまえば、この一本道を通ってすでに外へ脱出したものと考えるのが自然だ。ほとぼりが冷めるのを待って、隠し部屋から出口に向かえば追っ手の目をうまく騙すことができるというわけである。
「でも、これで隠れる場所が丸見えになっちゃったね!」
フェーナがそう言うのに、ハッとしたラウカンは悔しそうな顔をする。
「…だけんども、追いつめられたのはそっちでヤンス!」
言葉の意味を考える前に、貯蔵庫からアサシンたちがワラワラと姿を現す。
「そうか。やけに敵の数が少ないと思ったら…ここに隠れていたわけか」
「今外にいるヤツら、そして先の地下水路で戦っているヤツらは陽動隊でヤンスよ。首領たちはすでにこんなところにいないでゲス。当然でゲス」
この出入口ですら今まで把握していなかったのだ。すでに逃げられてしまったのでは……その可能性は考えていたものの、首領を逃がしてしまったのは本当に手痛いことだとセリクは思った。
「しかし、戦気を倍に集めて戦技を撃ち出してくるとは本当に驚きでヤンス。普通の剣士じゃまずやろうなんて思わないでゲショ。下手したら暴発して自分が危ないでヤンスしね」
暴発と聞いて、セリクは今になってヒヤッとしたものを背筋に感じる。
できると思ったから試したのだが、ラウカンの言葉を聞く限りは危険な試みだったのかも知れない。そういえば、初めの頃は『衝遠斬』をまっすぐ飛ばすことすら難しかったはずだ。あれが自分たちに向かって飛んでこなくて良かったとホッとする。
「その年端で末恐ろしいセンスでヤンスよ。だけんども、もう手加減はできないでゲス」
ラウカンの言葉に合わせ、アサシンたちがゆっくりと近づいてくる。
セリクはガチャッと剣を構えた。さっきの強力な『衝遠斬』を放ったばかりのせいか、腕がだるく感じられる。同じ戦技はすぐには放てそうになかった。
「…ちょ、ちょっと数が多すぎない?」
「でも、やらなきゃならないよ!」
「フホホ! さっきまで戦っていた素人団員とは違うでヤンスよ! こいつらはアッシらとキードニアからやってきた本物の殺し屋でゲス!」
ラウカンの言うとおり、身のこなしからして何かが違っていた。匿っていたぐらいだから、陽動よりも本命の部隊の方が精鋭であるのは当然だ。
「さあ! やるでゲス!!」
ラウカンの指示が飛び、セリクとフェーナがさらに身構えた瞬間だった。
ズッドガガガーンッ!!!!!
さっきの『衝遠斬』が煉瓦を崩したときの何倍もの大きな音が響きわたった!
振動が周囲を大きく揺らし、足を踏ん張っていなければ倒れてしまいそうになる。
セリクやフェーナだけでなく、ラウカンまでもが呆気にとられていることから、颯風団が何かをしたわけではなさそうだった。
土煙に視界を覆われ、あたりの状況は把握できない。ただ轟音がしたのは貯蔵庫の中からで間違いなかった。
「ぎゃああああ!!」
「うああああ!!」
次に響きわたったのは絶叫だった。アサシンたちが次々と宙を舞い、壁に叩きつけられて絶命する。
「な、なんでヤンス!? いったいなにが起きていでゲスか!? 帝国軍の増援!!?」
ラウカンが怒鳴りながら聞くが、アサシンの誰もが答えることができない。仲間の悲鳴を聞き、跳ね飛ばされる隣の者を驚いて見やるだけだ。
視界が徐々に開け、アサシンたちを壁に叩きつけているものの正体が明らかになる。
「…ビッグワームだ」
セリクはポツリと呟いた。
龍王城を脱出する際、デュガンと共に遭遇したあのミミズの怪物だった。それが何匹も貯蔵庫の壁を砕いて侵入してきて、あたりを蹂躙しているのだ。
倒れて割れた木箱から飛び出した食料は無視して、巨大な頭を振り回してアサシンを放り、押しつぶし、口でくわえて引きずり回す。もしくは、そのまま丸飲みされるのもいた。凄腕の暗殺者であっても、人外のモンスターが相手では為すすべもない。
「バカな! なんで、こんなところにモンスターがいるんでゲスか!? しかも、こいつらはファルドニア砂漠地帯に生息しているヤツらでヤンス!」
ビッグワームに“傲楼核”をぶつけながら、ラウカンも一緒になって逃げまどう。
颯風団はセリクたちが何もしないでもすでに壊滅状態に陥っていた。ビッグワームは貯蔵庫を我が物顔で破壊する。
手錬のアサシンたちもただやられるがままという訳ではなかった。火薬玉を投げつけたり、短刀で斬り付けたりと抵抗をしている。だが、まるで歯が立たず、何事もなかったかのように暴れ回っているので始末に負えない。
やはりビッグワームはかなり手強い怪物なのだろう。デュガンがアッという間に倒してしまったのは、やはり並の剣士ではないからなのだとセリクは改めて思った。
「…小さな熱源が地中にあって勘違いしたんだな。まだ人間の巣の中じゃあない」
「ビッグワームがしゃべった?」
人の声がして、セリクは目を丸くする。まさか知能が高いとは思えないこの魔物がしゃべるはずがないと思っていたのだ。
だが、声をした方を見ると、それは一匹だけ異質だった。他のがツルリとした平たい表皮なのにも関わらず、この一匹は螺旋状のシワができている。それに全体が鮮やかな黄色だった。ビッグワームは周囲の土と同じか、もしくは茶褐色なので違いは明白だ。
やがてシワがモゾモゾと動き、蕾が花を咲かすようにして、中から本当の正体を現す。それは龍だった。翼の部分が全身を覆っていたので、先ほどのような形状になっていたのだ。
「ど、ドラゴン…」
龍族を初めて見るフェーナ、そしてラウカンですら恐怖に顔が引きつっていた。
「我こそは龍王エーディン様が僕! 土流回潜の黄龍バイゼム!!」
怒号にも似た大声が、地下全体を震撼させた。
颯風団との戦いに突如乱入してきた龍族……セリクたちは絶体絶命の窮地に立たされたのであった…………。




