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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
28/213

27話 “寄生虫”殲滅作戦(1) 

 観音開きの扉を乱暴に開け、礼拝堂にイクセスが入ってくる。ふてぶてしい態度は相変わらずだったが、今回はずいぶんと神妙な顔つきをしていた。

 望まない来客に、ちょうど祈りをあげていたマトリックスは露骨に不快感を示す。


「…いったい今度はなんですか?」


「おいおい、なんだよ。少しは歓迎しろよ」


「こちらの話を聞こうともしない人を受け入れろ、と?」


「イバン様の教えは万人平等じゃねぇのかよ」


「あなたが改心に来たのではないことは最初から解ってます。…ともかく、まだあれから半月しか経っていませんよ?」


 神告まではまだ時間があるし、メンバーは鍛えている途中なのだと、マトリックスは眼で訴える。


「んなことはわーってる。別件で来たんだ。つまり、依頼さ。皆を集めてくれ」


「依頼ならば、まず隊長の私に話して下さい。受けるかどうかはそれから決めます」


「そんな形式張ったことやってられっかよ。どうせ受けてもらわなきゃなんねぇんだ。俺から全員に話す。そっちの方が早いぜ」


 不審気な顔をしながらも、マトリックスは言われた通り皆を呼び集める…。


 屋上で修行をしていた皆が降りてくる。

 一人一人の顔を見て、明らかに戦闘力が増しているのだと察し、イクセスは一瞬だけ口元をニヤリとさせた。

 対するセリクたちは明らかに警戒したような顔をしていた。誰もがDBを解散させようとしたイクセスに良い印象を持っていない。

 しかし、突き刺さるような冷たい視線も元もせず、イクセスは長椅子にドカッと腰掛ける。


「…帝国の将軍とやらは、随分と暇な仕事のようだな」


 鼻を鳴らしてシャインが皮肉を言う。


「クロイラー将軍が戻ってきてるからな。俺は自由に動ける。そもそも俺の分野は諜報だ。こういう民間組織にまでちゃんと目を配ってるってわけさ。そこは評価してもらいたいぜ」


「そんな能書きなんてどうでもいいですわ。依頼ですって? 内容をさっさと言ったらどうなんですの?」


 イライラした様子で、サラが腕を組んで足を踏み鳴らす。


「そうだな…。依頼ってのは、“寄生虫”の駆除だ。軍を挙げての一大プロジェクトさ」


「うえぇー。寄生虫ぅ? って、人間の身体に取りついてウネウネグネグネとしたやつぅ!? いやーッ! そんなの私絶対にできないもん!!」


 何を想像したのか、ブルッと身震いしてからフェーナが叫ぶ。


「この期に及んで、まーだ雑用やらせるっちゅうんか! ワイらは清掃屋ないちゅうねん!」


 ギャンが真っ赤になって怒鳴る。


「…いえ、“寄生虫”というのは、颯風団のことです。彼らの隠れた破壊活動を、“帝国内に巣くう害虫”に見立てて、そう揶揄するのですよ」


 マトリックスが説明すると、フェーナもギャンもキョトンとした顔をした。


「颯風団…」


 セリクは苦い顔をする。あれだけ嫌な思いをさせられて忘れるはずもない。あの忍者のような服装をした連中だ。


「神告を前に先にこちらから叩くというのか。確かに良案だとは思うが…」


 シャインはマトリックスをチラッと見やる。


「ええ。その依頼内容自体には問題はないようですが…。ただ納得はいきませんね。なぜ、今の今まで颯風団を野放しにしていたのか」


 心なしか、マトリックスもシャインも怒りを抑え込んで話しているように見えた。


「放置したくて放置していたわけじゃねぇ。ただ、ヤツらの“本体”が尻尾をつかませねぇんだ。末端をいくら叩いても、すぐに組織は元に戻っちまう。まさに害虫みたいにしぶとい連中さ」


「今回は勝算があると?」


「ああ。ヤツらの正体がキードニアの隠密だってことは掴んでる。で、建国当初からある地下水路に身を潜めてるってのもな」


「そこまで解っていたのか! だから、帝国軍は信用ならんのだ! 情報は得ていても、手は打とうとしない! 惰弱どもの集まりだ!」

  

 シャインが烈火の如く怒る。なぜか隣にいたギャンが悲鳴をあげて頭を抱えた。


「あーあ、どうとでも言ってくれ。だがな、さっき言ったように好きで放置していたんじゃねぇ。言いたかねぇが、中には“寄生虫”を使って、美味い汁をすすっている上役もいる。政治的利権を絡んでいるんだ。ただ軍を動かして潰せばいい…そんな簡単な話じゃねぇんだよ」


「国家規模のテロリストを利用しているヤツらがいるのか!? まさに売国奴ではないか! どこまでも腐ったヤツらだ!」


「ところがだ。今回は神告という大義名分がある。そんな腐ったヤツらも、龍王を怖れているし、神々には跪かなきゃなんねぇ。ま、颯風団が龍王アーダンの首をとれるってなら話は変わってくんだろうが」


 セリクにはイクセスの言っていることの半分も理解できなかった。なぜ、悪いヤツがいて、それを倒すのがダメなのか。人殺しの集団を使って、どうして利益を得られるというのか。懸命に思考を巡らせても答えはでなかった。


「颯風団叩きの人手は幾らあってもたりねぇ。それに異端者は貴重な戦力だからな。なぁに、下水道の中を潜る必要はねえさ。俺たちが追い立てるから、ひょっこり出てきた所をブッ叩いてくれりゃいいんだ。お前らにも簡単にできる仕事だろ?」


 マトリックスとシャインが顔を見合わせる。依頼を受けるべきか悩んでいる様子だった。


「やりましょう!」


 セリクは思わずそう口にしていた。言ってから、自分で少し驚く。

 それは皆も同じようで目を丸くしていた。


「だって、ロダムさんを襲ったようなヤツらがまだ悪さしようとしてるんですよね? それを放っておくなんて……なんか、間違ってると思います」


 決まり悪そうにしながらも、セリクは自分の気持ちを素直に口にした。


「……せやな、ヒーローになるっちゅうたんはこういうことやるためやしな」


「まあ、泥にまみれたり、猫に引っ掻かれるよりはマシですわね」


 今まで怒っていたギャンとサラも少し考えてからそう言う。


「…セリク」


 フェーナは不安そうに、セリクの腕をつかむ。大丈夫だと、心配させまいとセリクは笑った。


「本当にやれるのか?」


 シャインの問いは、“本当に敵を殺せるのか?”という意味を含んでいた。セリクは決意したかのように頷く。


「…そうですね。いつかは向かい合わねばならない問題ではあります。後顧の憂いを断つならば今ですか…。その依頼、引き受けるとしましょう」




ーーー




 あれから三日後。夜間の帝都に突如として警戒令が発せられる。

 城から鳴り響くサイレンと、外出禁止命令放送が繰り返し流れ、そして各地区への移動を封鎖するべく巨大な隔壁が出現する。

 こうして、中央路には一台の車も走らなくなった。その代わりに、深緑色をした軍用車が、城の入口から、そして各待機所から何台も走り出てくる。


「指示通り、マンホールは全部塞いだな?」


「ハッ! 工作兵は予定通り作業を終えています!」


「よし! では、作戦確認だ。A地区の三二番と五三番、五五番、C地区の一一七番に一一九番、そして一二八番から兵突入して中で挟撃する。とりあえず最所は北側に敵を追い立てろ。水路の分かれ道じゃ部隊を二つに分散させつつ展開。分かれた時点で随時報告だ。最低でもツーマンセルで行動しろ。数が足りなきゃ無線を飛ばせ。戦闘に入ったら……」


 イクセスが無線を使って指示を飛ばす。車に搭載してあった無線機から幾つも声が響き、その度に何かしらの命令を下す。


「…見ての通りだ。俺はここで指揮をとる。お前達は城の裏手にある出口から逃れてきた連中を殲滅しろ。あそこでなら派手に暴れても帝都に被害はない。全力で戦えるぜ」


「裏手ですか?」

 

 教会前に停められた車を見て、マトリックスは訝しげな顔をする。

 具体的な作戦内容は、情報漏洩を避けるためという名目で全く伝えられていなかったのだ。作戦の決行日も、サイレンを聞いてようやく解ったぐらいである。

 DBの面々は不満そうな顔をしていたが、イクセスはそんなことを全く意に介してはいなかった。


「ああ。かつて王族の避難経路として使っていた地下道がある。城を建て替えた際に潰したって話だが、通路だけはまだ活きているってのが解った」


「颯風団のヤツらもそれぐらい承知しているのではないか? わざわざそんな道に逃げ込むとは思えん」


 シャインが言うと、イクセスは喉の奥で笑う。


「“現帝国軍はその経路の存在を知らない”ことになっている。だから、そっちから兵をあえて入れねぇんだ」


「お得意の情報操作ですか…。味方に伝えないのはどうかと思いますけどね」


 作戦に組み込まれる以上、最低限として知っておかなければならない内容のはずだ。イクセスのやり口に、マトリックスはどうしても信が置けなかったのである。


「情報ってのは、秘匿すれば秘匿するほど価値が高くなるんだぜ。…いいから、指示通りに動けばいいのさ。俺の言うとおりにやりゃ、確実に“寄生虫”どもを駆除できる」


 イクセスが近くにいた兵士に短く指示を出すと、一台の車が教会の側に寄せた。その荷台は空だった。これに乗り込めということなのだろうとセリクは理解した。


「さて、無駄話はこれで終いだ。ある程度は期待しているぜ」




ーーー



 

 城壁をグルリと回り、城の裏手に出る。木々がポツンポツンと生えているだけで、ただ広くて寂し気な場所だ。

 その中で不自然に草に覆われている窪地がある。この茂みの奥が地下水路の大きな通り道となっているのだ。

 元は大きな土壁で隠してあったようだが、長い年月を経てそれは風化して崩れ落ちてしまい、沈み込んだ傾斜路が地上からも見えている。草で覆われていなければ、これが出入口だということが丸解りだ。


「なんや? ワイらだけやないのか」


 自分たちが乗ってきたもの以外にも、何台かの車が集まり、扇状に連ねて停車した。


「総員配置につけ! もたもたするな!」


 車の上に立ち、赤い頭巾…レッドフードをかぶった兵士が声を張り上げる。どうやら部隊長らしい。

 車からゾロゾロと気だるそうに降りてきたのは、甲冑を身につけた兵士たちだった。

 いつものローブ姿ではなく、全員が厳めしい甲冑姿だ。着ている鎧はそれぞれ人によって違っていたが、胸に付けた青いワッペンだけは皆が同じものをつけている。

 武装も剣だけではなく、槍や斧といったものまで持っている。中には農耕具ではないのかと思えるような物を持っている者までいた。

 どうにも慌てて間に合わせに用意した装備のようだ。


「祭服でも軍装でもないということは……ブラッセルの直轄する“青年兵団”か。正規兵でない者を、この作戦の要に組み込むとはな」


「イクセスの考えそうなことです。この機会に、第一線での経験を若者たちに積ませるつもりでしょう。そうすることで、強い人材を素早く育成する…。後の龍王との戦闘を見越しての事でしょうね」


 マトリックスは、セリクの顔を見て少し悲し気な顔をする。


「…俺たちとそんな変わらない年齢だな」


「うん。もしかしたら、私たちよりも年下の子もいそうだよね」


 鎧を着込んでいるので断定はできないが、背丈などを見れば何となく解った。鎧がブカブカなせいで、左右にヒョコヒョコと揺れながら歩いている。足の長さが合わないのだろう。

 子供が戦っていると言うのならば…セリクもフェーナもまだまだ子供なわけだが…それよりも幼い子が戦っていると思うと、なんだか複雑な気分になった。

 青年兵達がガチャガチャと音を鳴らしながら、不器用に隊列を組む。並び方を間違えたり、手間取ったりすると、ブルーフードの正規兵が怒鳴り散らした。


「…DBのマトリックス・ファテニズムか?」


 偉そうに周囲を見回していたレッドフードが、車から降りてきて、マトリックスをジロッと睨み付けた。


「ええ。そうです。今回は…」


「殲滅作戦は私が指揮を執り、我々の主導で行う! DBにはその援護を行うことになる!」


 マトリックスの言葉を遮り、レッドフードがそう告げた。有無は言わせないという高圧的な態度である。


「なんですって!? わたくしたちは帝国兵ではありませんことよ!」


 怒り狂うサラをマトリックスがやんわりと宥める。


「指揮を執られるのは結構です。異論はありません。ただ私たちの能力は混戦状態では充分に発揮できないものでして、兵の配置だけは代えて頂きたいのです。味方を私たちの“力”の犠牲者にはしたくはありませんから…」


 それを聞くと、レッドフードの目がわずかに細まる。


「そんなことはすでに考慮済みだ! この現場での指揮者はこの私だ! 無駄な意見はせず、今後は私の命令に従った方が利口だぞ! マトリックス・ファテニズム!」


 マトリックスは穏やかに話そうとしているにも関わらず、レッドフードはあからさまな敵意を向ける。


「…なるほど。しかし、これは私の勝手な予測なんですが。もしかして、ブラッセル将軍から、“DBの自由にさせよ”という指示が下っているのではないのですか?」


 その問いに、気まずそうにレッドフードが咳払いをした。


「異端者の能力など借りなくても、“ネズミ”の駆逐は我々だけでも充分だ! 本作戦はそれを証明する良い機会になるであろう!!」


「今度は“ネズミ”かいな…。“ネズミ”か“寄生虫”なんか、どっちかはっきりしてほしいわ」


 レッドフードはジロジロとDBの面々を見やって、フンッと鼻で笑った。


「DB……噂には聞いてたが、実際、目にしてみれば、まこと色物集団だな。イバン教神父、ファバード刀術士、後は戦いも知らなそうな甘そうなガキどもだ。それに比べ、我が青年兵団を見てみよ! すでに龍王とすら戦う気概を持った強靱な…」


「ハンッ。どいつもこいつも大したレベルには見えんがな」


 シャインは肩をすくめて見せる。


「なんだと!?」


 レッドフードは目を血走らせて、怒りにプルプルと震えた。


「ここにいる連中は、まだ若いとはいえ、クロイラー将軍が開発した兵士育生カリキュラムを乗り越えたエリートの集まりだぞッ!」


「そうか。こいつらがエリートならば、うちのセリクなどはエリート以上だな。さしずめ、“スーパー”エリートとでも言えばいいのか?」


「え?」


 シャイン何の前振りなしに自分の名を出したのでセリクが驚く。レッドフードも同じようで、セリクの顔をマジマジと見やった。


「こんなガキが? 冗談も休み休み言うんだなッ。……ともかく、作戦以外のことであれば貴様らは自由にしろ! 私は一切の責任を負わぬ! だが、我々の邪魔だけは一切するな! いいな!」


 レッドフードは捨て台詞のように残し、その場から離れた。


「なんやあれ! 依頼やから、ワイらここにおるんやろ? あないなこと言われんなら、もう戦わなくていいんちゃうか?」


 ギャンはやる気をなくしてしまったようで、ドサリとその場に座り込む。


「うん。私もギャンと同じかな。なんか、バカにされてるみたいで気分悪いし」


 フェーナが同意して、レッドフードの後ろ姿にアッカンベーをする。


「気持ちは同じですけれどもね。どっちにしても、颯風団は叩かねばならないですわ。軍の思惑など、この際、関係ないですわね」


「サラの言うとおりだ。どうせ、連中では敵の足止めがせいぜいだろう。劣勢と見れば、さすがにあの無能な部隊長も撤退命令を出すさ。むざむざ大事なエリートを殺されたくもないだろうしな。その時に、我々が前面に出て行けばいい」


 シャインに同意して、セリクはコクリと頷く。


「敵の規模が正確に解らないからこそ、イクセスも我々を後処理に回したんでしょう。…時を待つとしましょう」


 マトリックスの指示で、セリクたちは青年兵たちから少し離れた所で待機する……。

 

 小一時間経っても、未だに颯風団と接触したとの報は入らなかった。

 正規兵たちは無線機を持ったままイライラしていた様子で、上級兵と下級兵が混じって何やら話し合っていた。

 監視の目が遠のき、青年兵たちも次第に気が抜けてきたのか、コソコソと内輪でおしゃべりをはじめる。小さな笑い声があがると、さすがに叱責が飛んだが、それでもまたしばらくすると無駄話が始まるという有様だった。


「…ここが戦場だと解っていない連中ばかりだな」


「仕方ありませんよ。味方の数が多いと気が弛むものです。初陣とはいえ、彼らにはまだ訓練の延長線上なんでしょう。…まあ、セリクくんみたいに緊張しすぎちゃうのも考えものですがね」


 マトリックスはポンとセリクの肩を叩く。ずっと出入口を集中して見ていたので驚いて振り返った。


「セリク。まだ敵の姿みえてないんだし…」


 フェーナが言うと、セリクはちょっと恥ずかしそうにうつむいた。


「あ、うん。でも、いつ来るか解らないし。もしかしたら、連絡がくる前に襲ってくるかもって…」


「それはないだろう。少なくとも、敵と接触した時点で無線が飛ぶはずだ。仮にその余裕もなく全員やられてしまったとしても、定期連絡がなければ怪しいと思うだろう」


「そうですわね。地下水路が思った以上に広くて、まだ敵を発見できていない…と考えるのが妥当ですわ」


「潜伏しているわけやしな。入りました! はい、見つけました! …ってなわけにはいかんか」


 そう言ってから、ギャンはブルッと身を震わせた。


「あかん! 敵がまだ来ないと思ったら、急にもようしてきたわ! セリク、ちぃっと付き合ってくれや!」


「え?」


 ギャンがセリクの手をつかむ。


「イヤだ! なによ、こんな時に! ギャン、一人で行きなさいよ!」


 フェーナが、セリクの反対の手を引っ張って引き留めようとする。


「なんや! こんな、いつどこで敵が出てくるところか解らへん場所で一人でできるわけあるかい! ちょんぎられてまうやろ!」


「どこをちょんぎられるのよ!!」


「そんないなこと、フェーナに言えるわけないやろ! 男同士、セリクだから解るんや!」


「すでに言ってるも同然じゃない!!」


 ギャンとフェーナが真っ赤になって言い合う。二人に挟まれ、セリクは目をグルグルと回した。


「…なんて下品で低俗な。うちも戦場を理解していないという点じゃ負けてませんわね」


 サラが大きくため息を吐き出す。マトリックスもシャインも苦い顔をしていた。


「おい。もしかして、お前…」


 そんな騒ぎを遠くからジッと見ていた、鉄仮面をかぶった青年がギャンに近づいてくる。


「んあ?」


 ギャンが振り返ると、鉄仮面の青年は大きく頷いた。


「ああ。やっぱりだ。お前、ギャン・G・クックルだろ?」


「へ? いきなり、なんや? なんでワイの名前を??」


 ギャンは驚いた顔をする。

 鉄仮面の青年は、自分の隊に向かって手招きした。何人か連れ立ってやってくる。


「俺、俺だよ。ああ、これじゃわからねぇか…」


「ッ!?」


 そう言って、青年は鉄仮面の庇を開ける。素顔を見て、ギャンの顔が険しくなった。


「まさかこんなとこで会うとはな。同じ学校だったろ。こいつらも知ってるだろ?」


 青年が親指で自分の仲間を示す。

 親しげそうにギャンに声をかけてくるが、当の本人であるギャンは浮かない顔をしていた。


「俺たち、帝国軍高等訓練校を卒業して、今じゃ揃って青年兵団に入ったんだ。ギャンとは何年ぶりだろうな」


「中等で一緒だったんだから…四、五年じゃねぇ?」


「ホント、懐かしいな。そのトサカみたいな髪型、忘れたくても忘れられねぇし!」


 楽しそうに思い出を語るのを見て、ギャンはギリッと歯ぎしりした。

 そんな苦しそうな表情を見て、セリクは心の中がざわつくような不安を覚える。


「…で、ギャンがそこにいるってことは、まさかDBっていうやつに入ったのか?」


 好奇心一杯といった様子で青年が笑う。それは友達がするような親しげな笑みでないとセリクも気づいた。


「…ああ。せや。ワイはDBや」


 静かに、それでいてハッキリと、ギャンは自分の胸元についているピンバッチを摘まんで言う。


「へえー」


 青年たちは、DBの皆をジロジロトと遠慮なしに見やった。


「そういや、ギャンってさ。確か異端者だったよなぁ」


「そうそう。クラスで火だしてさ。隣の席の女子、丸焦げにしたことあったっしょ!」


「ああ、あれねー。悲惨だったわー。確か、顔半分が火脹れになってたよな」


「あったあった! マジ可哀想だったよー。けっこーグロかったし。俺、あれ見て一週間は飯食えなかったし」


 可哀想などという言葉とは裏腹に、ジェスチャーで火が燃えて顔に着いた様を面白そうに演じる。


「…グッ!」


 ギャンの顔が蒼白くなり、ワナワナと唇が震えていた。


「ギャン?」

 

 セリクが心配して側によるが、ギャンはチラッとセリクを見たかと思うと、その肩を押しやった。まるで自分に近づくなという感じにだ。


「DBは異端者ばっかりって聞いてたけど…。この人らもそういうお仲間なわけぇ?」


「あれ? 異端者って、国の研究所に連れていかれるんじゃなかったっけ?」


「いや、ギャンの場合は、確か研究所まで燃やして追い出されたって聞いたぜ」


 青年たちは好き勝手そんなことを言い合う。不快そうに、サラは目を細めた。


「あ! そういえば、俺、聞いたことあるぜ。DBって正式な傭兵団じゃないんだろ?」


「傭兵じゃねぇよ。確か、護衛団? 違うなー。えっと、ああ、そうそう。消防団だっけ?」


「バッカ! 違ぇよ! 火だすギャンを入れてるんだから! 消火なわけねぇだろ! あはは!」


「お前ら、ぜんぜん違うって! スバリ、宗教組織なんしょ? なんか皆でイバン様に『龍王倒してー』ってお祈りするって噂だけど…これってマジ?」


「おいおい! いい加減にやめろって! 燃やされちまうぞ!」


 そんなことを言い合いながら、互いに小突き合い、ケラケラと笑う。


「ちょっと、あなたたち!」


 我慢ならなくなったフェーナが牙を剥く。


「…待ってくれや。フェーナ」


 だが、それをギャンが止めた。


「…ワイのことはどう言ってもええ。せやけど、DBのこと悪く言うんはやめてくれや」


 怒りを静めようとしているものの、ギャンの口から火がわずかに漏れ、青年たちの笑みが引きつる。


「…へ、へッ。別に悪く言ったつもりはねぇし」


「そうそう。なんだよ。冗談じゃねぇかよ」


 しらけたという感じに、青年たちは肩をすくめてみせた。


「それによ、そもそも、そんな変な力を持ってるからいけないんじゃねぇ? ちゃんとよ、研究所で治療してもらった方がいいだろ」


「おあいにく様ですけれども。わたくしたちは病人ではありませんから」


 サラが見下すように言う。パチパチッと電気が髪の毛に散っていることから、サラも怒りを押し殺しているらしい。


「な、なんだよ…。マジ異端者の集まりだったのかよ…」


「だから、からかうのはよそうって、俺は言ったのによ……」


 ブツブツと青年達は言い出す。


「もう行こうぜ」


「ああ。颯風団と戦う前に殺されたらかなわねぇし…」


 そんな感じで青年達は踵を返して自分の隊へと戻っていった。


「……よく耐えましたね」


 マトリックスが、ギャンとサラに向かって言う。だが、二人とも複雑な表情だ。


「…どういうこと? 今の人は、ギャンの友達…じゃないの?」


「あんなんが友達なわけあるか!!!」


 セリクの問いに、ギャンが怒鳴る。

 驚いたセリクの顔を見て、一瞬、ギャンの表情に後悔が浮かんだ。だが、苦々しい顔をしてフイと顔をそらしてしまった。


「ムカツク! あんなヤツらぶん殴っちゃえばよかったのに!!」


 フェーナがそう言うのに、マトリックスは首を横に振る。


「暴力を振るえば、もっと怖れられて嫌悪されることになるでしょう。言いたい人には言わせておけばいいのです。怒りに身を任せれば、それは我が身に返ってきます」


 それを充分に承知しているのか、ギャンもサラもうつむいてしまった。


「…ギャン。俺、その…」


「…なんや。セリク。ワイが同級生を燃やしたって話を聞いて怖くなったんか?」


 セリクの逡巡を怯えと見たギャンが自嘲気味に笑う。


「そ、そんなこと!」


「ああ! せや! ワイはな、この力でぎょうさん人を傷つけたんや! 怖いなら近寄らんほうがええでッ! セリクまで燃やしてまうかもしれへんからな!!」


「ギャン…」


 サラが何かを言いかけたが、唇を噛んだだけで言葉にならなかった。

 マトリックスは静かに息を吐き、シャインは眉を寄せたまま腕を組む。

 フェーナはセリクとギャンを交互に見やってオロオロとしていた。


「…そんなこと」


 セリクがどう自分の気持ちを説明すべきか思案している中、遠くで無線が入った音がした。


『ザーザ、ガーーッ! 緊急! 緊急! 四八部隊D班が敵と接触! 交戦状態に入ります!! ザー!』


『ザー! 本部了解! 部隊長各位に通達! 計画通り、“寄生虫”掃討を実行せよ!! ザッザー!』


 今までどこか気が抜けていた兵士たちに緊張が走る。

 マトリックスはわずかに首を傾げた。


「……なんでしょうか。妙です」


「ええ。私も気づきました。このタイミングでの発見……まるで誘い込まれてるかのような気が」


 シャインがそんなことを言う。


『ザーーー、ガーーガー!!! こちら! 四八部隊E班! ば、爆破が!! ウワーッ!!!! ピーガッガッガーッ!!』


 無線が入ったかと思いきや、爆発音と共に無線が途切れる。後にはツーという無機質な音だけが響く。


『ザー! おい! どうした!! 四八のE! 応答せよ! 四八のE! ザー!』


『ガーガーッ! こちら一一七部隊A班です。どうやら“寄生虫”どもは水路内を爆破した模様! こちら側の通路も土砂で崩れております!! ザー、ガー!』


『ザー! そんなのは、想定内だ! 通路が塞がった班は引き返し、他の班と合流せよ! 壁に仕込んである発破に気を付けろ!! ガガーッ!』


 イクセスの声がする。ガサガサと紙を擦る音が漏れていることから、図面を見て爆破された箇所を確認しながら指示を出しているようだった。

 微妙な雰囲気になっていたDBだったが、すでに戦闘態勢になっていた。

 無線が聞こえた車の側にまで行く。レッドフードが無線の指示を聞き、ブルーフードに幾つか命令を下しているのが見えた。


「部隊長さん。お聞きしたいのですが、出入口は本当にここだけなのですか?」


 マトリックスが、忙しそうにしているレッドフードに問いかける。


「なんだと!? 無論だ! 事前調査で、古の時代にここに脱出路があったことを確認済だ! 現に穴が見えているではないか!」


 そう言って、傾斜路の方向を指さす。


「その調査は現地でのものですか?」


 忙しいのに面倒をかけるなという眼で睨み、レッドフードはガンッと車の側面を蹴りつける。


「資料庫から、帝国印のある公文書がでてきた。その中に脱出路と水路の繋がりを示した図面があったのだ! それに基づく根拠ある情報だ! まさか貴様! 我らの調査を疑っているのではあるまいな!?」


「図面? 実際に現場確認していないのですか?」


 マトリックスがそこまで聞いて、ようやくレッドフードの怒気が少し下がる。


「現場は…ちゃんと確認しておる。だが、ブラッセル将軍から、この付近には極力として人を近づけず、現帝国は脱出路の存在を知らなかったことにするとの指示があってだな……」


 さっきまでの勢いはどこにいったのか、レッドフードは何とも言いにくそうに答えた。


「それでも、この中がちゃんと水路に通じているのは確認したんですよね?」


「図面では、間違いなく水路にはつながっておるのだ!」


 視線が泳いでいる。責任者の立場としてはあるまじき、まるで自分に非はないと言いたげの台詞だった。


「ブラッセル将軍はそれを知っているんですか?」


「ほ、報告は……しておる。図面を通して…ここに出入口があるとは…」


 しきりに図面を連呼するだけのなんとも無責任な話に、マトリックスは首を横に振った。


「その図面とやら、見せて頂けないでしょうか?」


 レッドフードは一瞬不快そうにしたが、渋々という感じにダッシュボードに載っていた古びた紙面を取って渡した。

 受け取り、現在位置を確認しつつ、指でなぞりながら水路を確認する。


「……ふむ。これはおそらく偽装ダミーですね。あの出入口は繋がっているように見えますが、図面にある水路の深さが正しいとすれば、まるで高さが合わないように見えます。これを見る限りでは、通路の遙か上を通っていますよ」


 マトリックスは、傾斜を指先で測りながら言う。


「な、な、な! ダミーだと!? そんな馬鹿な! 偽物でこんな大穴を造ったと言うのか!?」


「いえ、もとはこれ自体が自然洞窟のようです。穴は大きいですが、奥に入れば人が通れない道になると思いますよ。水路とは繋がってこそいますが、そこに入るには断崖絶壁を降りなければなりませんね。この数字を見てください。掠れた文字で判りにくいのですが、水路に届くまでかなりの高さがありますよ」


 レッドフードが図面をひたっくって、顔を近づけてワナワナと震えながら見やる。


「馬鹿な! そんな馬鹿な! なぜ公文書に、こんな嘘を! ここが脱出路の出入口と書いてあるのに!!」


「王族が使っていたものならあり得る話だな。本当の脱出路は口頭でのみ伝えられ、書面には敢えて偽りを書く。…暗殺は得てして身近にいる者が起こすものだしな」


「で、では? 颯風団は……ヤツらはここからは出てこないのか? では、どこへ!?」


 マトリックスは渋い顔をする。さすがにそこまでは読みとれなかったのだ。


「あの…それ、俺にも見せてくれませんか?」


 おずおずとセリクがそう言うと、マトリックスもレッドフードも驚いた顔をする。


「なにを! こんな子供に…」


 レッドフードが怒鳴ろうとする前に、マトリックスは図面をセリクに手渡した。


「セリク…。こんな図面なんて、今まで見たことなかったでしょ?」


 フェーナが不安そうな顔をするが、セリクは何も答えずにジッと水路図を見やる。

 古くて黄ばんでいる図面は、説明書きも数字も線がところどころ消えていて読みにくい。書いてある文字の意味も解らないし、迷路のように入り組んだ通路を見るだけで目が回りそうだった。それでも、睨むように見る。

 すると、不思議なことが起こった。自分の頭の中に、立体的に水路の道順が現れたのだ。この大穴はマトリックスの言う通り、奥の幅は狭い上、中は断崖となって水路に繋がっている。向こう側からも登ることはできないほど急な崖だ。イメージでその崖を降り、さらに続く通路をずっと追っていく……


「解った! こっちよりもさらに奥だよ! 岩山の陰に、たぶん本当の出入口がある! それ以外にも……幾つか隠してある出入口が……」


「え!? ウソ!」


 フェーナが驚いて口元に手を当てる。


「なぜ、そんなことが? …いや、それよりも出入口が複数あるということは」


 マトリックスは一緒に図面を見ながら、セリクに隠された出入口の場所を聞き出す。


「……うっ」


 説明を終えると、ズキッとこめかみが痛み、セリクは目眩を感じた。


「大丈夫!? セリク!?」


「うん。…問題ないよ。たぶん、慣れないことしたからだと思う」


「お手柄です。セリクくん。君は本当に不思議な子だ…。でも、これが正しいとなると…」


 マトリックスは険しい顔をした。その場にいる面々がゴクリと唾を飲み込む。


「……颯風団に囲まれたことになります」


 そう言うのが早いかどうか、目の前にある出入口とは反対の茂みから、生え出るようにしてアサシンたちが姿を現した。


「そ、そんな馬鹿な……!?」


「ざっと数えて七〇……いや、一〇〇はいそうだな。奇襲に対する準備は万全だったということか」


 シャインはニヤリと笑い、刀を抜く。


「か、各班! 体勢を立て直せ! 敵は真反対側だ!」


 レッドフードが慌てて指示をだすが、予期せぬ事態に青年兵たちは咄嗟の身動きができない。洞窟から這々の体で逃げ出してきた“寄生虫”を叩けばいいとだけ伝えられていたのだ。まさか、自分たちが囲まれるような事態なんて、想定すらしていなかった。


「この状態で戦うのは無理です! あの傾斜の中に避難しなさい!!」


 マトリックスが傾斜路を指し、大声でそう言うと、青年兵たちはハッとした顔をして、すぐさまその指示に従った。ブルーフードたちも、なぜか一緒になって逃げる。


「な! に、逃げるな! 今のは軍の指示ではない!! 最後の一兵まで戦うのが帝国軍の……グゲッ!!」

 

 レッドフードがビクビクッと痙攣したかと思うと車の横に倒れ込む。


「テンパった上司の指示なんて、被害を拡大するだけですわ」


 サラが電気ショックを浴びせて気絶させたのだ。


「…まあ、もとよりDBだけで戦うつもりでしたけどね。皆さん、準備はよろしいですか?」


「あいよ! ワイはむしゃくしゃしてん! さっさと暴れたいわ!」


 ギャンがパチンと自分の拳を叩く。


「はい! 大丈夫です!!」


 DBの誰もがコクリと力強く頷いた。


「よろしい! では、失礼して。コホン! ……テメェら! “虫”の氷漬け標本に決定だぁ、ヒッハハハハ!!!」


 マトリックスが開眼して叫ぶ!

 その能力で、辺りに霜が下りたのが戦闘の合図となった!


 シャインが走り、刀を振るう!!


「ぜいよッ!!」


 ズッダン!


 物凄い音が響き、頭蓋から胸元まで敵が斬り裂かれた! 血がバシャッと飛び散る!


「さあ! 剣の腕に覚えがあるものは私が相手をしてやろう!」


 鬼神の如き強さを誇るシャインを前に、颯風団はたじたじとなる。


「『エレキテル・バトラー!!』アーンド『エレキテル・メイド!!』」


 いつもの『エレキテル・バトラー』の隣に、同じく電気で作られた…小太りで丸々としたメイドが現れた。ニコニコとした笑顔の中年女性をイメージしたものだ。


「フフッ。わたくしの屋敷におりましたメイドはお掃除が得意でしたのよ。ま、わたくしのこのメイドに至っては…“敵の掃除”なんですけれどもね!!」


 サラが不敵に笑うと、バトラーが走る。…メイドを片手に掴んだままに! そして、バトラーが腰をひねりつつ、メイドを放り投げた!! それはボーリングをする要領に近かった。

 メイドはバチバチ放電しながらグルグルと回転し、辺りの敵を薙ぎ払う! バチバチッという電撃で、周囲の敵はまとめて感電させられた!!


「おっしゃ! いくでーー! 『フレイム・ボール男!!』」


 ギャンが上空に炎を吐き出す。今回は球体にニョキニョキと手に加えて足が生えて、ギョロンとした目玉が浮き上がった。


「な、なんでや! なんでオマエ、胴体がないんや!!」


 ボール男は、足こそ生えたが……それこそ頭部に手と足がくっついたアンバランスな体型だった。


「あ、あいかわらず気持ち悪い……なんですの、それ」


「やかましい! 見た目やない! 中身や、中身が問題や!!」


 ボール男は器用にも走り出し、口や手から炎の弾丸を撃ち出して敵を倒す。


「キモすぎですわ」


「どこがキモいやねん! カワイイやないか! ええで! ほなら、ワイもいくで!!!」


 ギャンも口から炎を吐き、溜めた炎で『バーニング・ナックル』を放る。そして、それをボール男が受け取り、さらに炎を増幅させて打ちだした!!


「これがワイの超絶秘技! 『フレア・バーニング・ビッグ・ナックル!!!』や!! …命名はリーダーやが、他に名前が思いつかったからや!」


 広範囲の敵が、熱気に巻き込まれ吹き飛ぶ!!


「へえ。やるじゃないですの。技の名前も動作もダサイけれども…威力はまあまあですわね」


「ファックがッ! 熱っちぃいんだよ!」


 マトリックスに睨まれ、ギャンはビクッとする。


「冷やすぞ!! クソッタレが!!」


 チラッと見ると、アサシンたちが洞窟に向かっているのが見えた。手強い異端者より、帝国兵を先に始末しようという魂胆だろう。

 マトリックスはギリッと歯を軋らせる。


「この俺がここに立っていて、んな簡単にいかせるわけねぇだろ、バアーーカッ!! さっさと出てきやがれ! 『フローズン・ジャイアント・ウォールズ!!!!!』」


 マトリックスが両手を広げると、地面が……凍った地面そのものがむくりと起きあがる!!

 洞窟の手前から、巨大な壁のように立ち上がり、傾斜路に向かおうとしていたアサシンたちが転げ落ちる。


「ンオオオォオー!!」


 冷気を吹き出しながら、重低音で壁が鳴いた。そこには氷壁の巨人が立っていたのだ!!!!


「な、なんですの……あれ」


「な、なんちゅう……。ワイらのと規模がぜんぜんちゃうやんか!!」


 確かに、この氷の巨人に比べれば、バトラーもボール男も実に小さかった。


「いいか! 耳かっぽじって、よく聞きやがれ! “力”の象徴化は、持ち手の力量というよりもイメージによるものが大きいんだ、解るか? だから、テメェらに感情のコントロールをまず教えたんだ! そうでなきゃ、ただ怒りにまかせてぶっ放すなんて効率の悪いことやんなきゃいけねぇからなぁッ!!」


 マトリックスが片手を振ると、氷柱が敵を打ち砕く!! 氷の巨人が橋桁のような口をパカッと開くと、猛烈な吹雪を吹き出した!! アサシンが一瞬で氷の彫像になって砕け散る!!


「なんていいますか、リーダーこそ感情のままに戦っているようにしか思えないんですけども……」


「それでも強い。力を持っていて、それを操れるからこそ、あの方が龍王を止めようという言葉には信が置けるのだ」

 

 シャインが氷から逃げようと走ってきたアサシンの首を落としながらそう言う。


「…せやな。龍王倒すには強くなきゃあかんのや」


 ギャンはチラリと、洞窟の横に隠れて、頭だけのぞかしている青年兵を見やる。そこには、知り合いの鉄仮面の青年もいた。


「……やっぱり化け物だ」


「人間兵器……」


 そんなことを呟いているのが時折、聞こえてくる。いや、この騒がしい戦場で解るはずがない。ギャンが勝手にそう聞こえると思いこんでいるのか、それは定かではなかった。

 だが、怯えた恐怖の眼。まるで龍王を見るときのような眼が、同じ人間である自分たちに向けられているのだ。


「……あの人らの為に戦っているわけではありませんことよ。今は戦闘に集中を」


「ああ! んなこと……わーってるわい!」


 怒ったようにギャンはそう言って、再び炎を吹き出した。


 カーンッ! セリクの剣と敵の小刀が撃ち合う!


「クソッ!!」


「もう! セリクから離れてよ!!」


 セリクの後ろにかばわれながらも、フェーナは側にあった小石を敵に投げつける。だが、それは大したダメージにもなってないようだ。


「フッハハハ! 未熟ぅ! 未熟ぅ!!」


 笑い声をあげ、アサシンが爆弾を懐から取り出そうとした瞬間だった。

 ズドッ! 笑い声をあげていたアサシンの胸から刀の先が飛び出す! アサシンはブッと血を吐いてその場に崩れ落ちた。


「フン。未熟はどっちだ」


 シャインだった。地に落ちた、火のついた爆弾をコンッと蹴り飛ばすと、少し離れたところでそれが爆発し、颯風団の何人かを巻き込む。


「……ハァハァ」

 

 荒い息を吐いてシャインを見やる。礼を言いたくても、息が切れていてそれどころじゃない。


「しっかりしろ! ここは戦場だぞ! 龍王は斬れても、人間は斬れないか!?」


「いいえ! 大丈夫で……ッ!」


 パチーンッ! 


 喋り終える前に、シャインの平手打ちがセリクの頬に飛んだのだ。

 赤く腫れ上がった頬から、ジンジンと痛みが広がる。痛みよりも、シャインに叩かれたということにセリクはショックを受けて目を丸くした。


「大丈夫と言う暇があるのなら、斬れ!! 明らかに自分より格下の相手に何を手こずっている!!」


 後ろから襲いかかろうとしてきた敵を、シャインは見もせずに一刀に斬り落とす。血飛沫がセリクの顔にまで飛んできた。


「斬らねば、お前が斬られるのだぞ!」


 シャインは怒っていたが、その表情は辛辣そのものだった。セリクを本当に心配しているのだ。それがセリクにはとても申し訳ないことのように思える。


 マトリックスが氷の橋を上空に作り、それを滑ってセリクたちの側にまでやってくる。


「おい! ここは俺たちだけでも足りる! セリク、フェーナ。テメェらは、さっさと本当の出入口ってところを塞いでこいッ!」


「マトリックス様! 私もセリクたちについて行きます!」


「ファック!! 黙りやがれ!! おりが必要なのはヤツらの方だ!」


 見やると、ギャンとサラが劣勢になっていた。いくら異端者とはいえ、数に勝る颯風団が相手では厳しい状況のようだった。


「クッ!」


 シャインはセリクの顔をチラッと見やる。


「こちとら、あそこにいる帝国のガキどもまで面倒みなきゃなんねぇ! ヤツらは奇襲を逆手にとるつもりなんだろがよ! だったら、この場所に戦力を集中させてると見るのが自然だ! その本物の出入口の方が手薄の可能性もある!」


 氷の刃を放ちながら、マトリックスが言う。


「そいつらも隊員だろうが! ちょっとは信用しやがれ!」


 その言葉に、シャインはハッとする。


「……解りました」


「俺、大丈夫です。一人でもやれます」


「一人じゃない! 私だっているんだから!」


 セリクとフェーナがそう言うのに、シャインは強く頷く。


「解った……。並の敵が相手なら、セリク。お前の方が遙かに強い。だから、斬るとなったら躊躇うな。フェーナを守れ。いいな?」


「はい!」


 セリクは強く返事をして、そしてフェーナと共に、図面で見つけた本当の出入口を目指したのであった…………。

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