26話 シャインの過去話 後編(シャイン視点)
私は少し間をとり、気づかれないようにリオの後を追う。
尾行するのは気が引けたが、やはり本当のことを知らねばならないだろう。私には師としてその責任があるように感じたのだ。
リオは、真っ直ぐに貧民街と呼ばれる場所へと向かっていた。
貧民街とは単なる蔑称で、住んでいる人が実際に貧困に喘いでいるというわけではない。住宅事情が悪く人気がない場所なので、地代などが安い。だからこそ、低所得層が自然と集まっているというだけのことなのだ。また低所得層といっても、帝都に住んでいるというだけでも、近隣の村民などよりは遙かに良い暮らしをしている。
「…見失ったか」
細い通りを曲がって行くところまではついていけていたのだが、十字路に出たところで姿が見えなくなる。
所狭しと木箱や空樽といった廃材などが道に置かれているので、小さなリオが物陰に入りでもしたら見つけるのは難しいだろう。
もし尾行に気づいて逃げられたとしたのだったら、言うまでもなく地理感のあるリオの方が有利だ。
「すまない。聞きたいんだが、ここを子供が通らなかったか? 少し大きめのリュックを背負った子だ」
もしかしたら、リオが通ったことに気づいたかも知れないと、角地の家でテラスに座っている老婆に聞く。
老婆は鼻にかかっていた眼鏡をあげ、目を細め、私の顔をしげしげと見た。
「…あー? もしかして、リオのことかい? ああ、見たよ」
ことのほか世間は狭いようだ。リオを知っている人にすぐに出会うとは運が良い。
「どちらに行ったか教えてもらえないか? 途中ではぐれてしまってな。できれば、彼の家を知りたいんだが…」
「家だって? ちょいとお待ち。…あーあー、おおい! デクの坊、デクの坊や!」
老婆は口の横に手を当て、自分の家に向かって大きな声を出して叫んだ。
「ママ! その“デクの坊”っていうのやめてって言ったでしょ! 自分の一人息子にむかってなによ」
四十代半ばぐらいの男が家の窓から顔を出す。
んん? 男……だよな。おそらく。化粧はしているが。これは、女装か?
「うるしゃい! 女になった息子なんて持った覚えはアタシャないよ! ほら、お客さんだよ!!」
「お客さんですって?」
老婆は杖で窓枠を乱暴に叩く。男が私の方を見た。ツケマツゲがバサバサッと動く。
「あら! 良い男! と、思ったら……なーんだ。女の人じゃないの」
「いいから! 説明してやんな! リオの家のこと!」
「リオの家? またあの悪ガキが何かしたの?」
ホウッと息をついて、腰に手を当てる。女らしい仕草だが、図体は男そのものなので少し気味が悪い。
「いや、リオは私の道場の弟子でな。彼の家に行きたいんだが…。知っているか?」
「家ですって?」
女装の男はギョッとした顔をする。
そして、言いにくそうにしながら口をすぼめた。
「おかしいわね。確か、リオが住んでいた家はもう空き家になってるはずよ。いま、あの子は住所不定よ。下水道で暮らしてるんじゃないかしら。マンホールから出入りしているのを見たって話を聞いたことあるし」
「下水道だと?」
帝都の地下には、古の時代に作られた、今ではもう使われていない巨大な下水道が存在する。
複雑怪奇、編み目状になった水路はさながら迷宮のようだと聞く。
あまりに古すぎて、経路図も存在しないのだとか…。帝国政府ですらその全貌は把握しきれてはいないだろうと言われていた。
「そうそう。あの子も可哀想にねぇ。国の施設に入るよう通知も来てたんだよ。でも、リオは嫌がってねぇ。本当は悪い子じゃないんだよ」
嗚咽をもらしながら、老婆はハンカチで目元を拭きだす。
施設に入るように…とは、リオの面倒をみれないぐらいに母親は衰弱しているのだろうか。
だが、あのリオのことだ。母親が心配で側にいる方を選ぶのは理解できるな。
「だが、なぜ下水道で暮らしているんだ?」
下水道は、立ち入り禁止となっているはずだ。
だが、出入口自体が、街の至る所にあるせいで、完全に閉鎖というわけにはいかないらしい。
追われた犯罪者が潜伏していたりすることも考えられるだろう。危険な場所には違いない。
「そこで暮らす理由まではわからないけれどさ。悲しい思い出がある前の家にはいたくなかったんじゃない?」
「悲しい思い出? だからといって、薬を必要とするような病人をそんなところに…」
さすがに入ったことはないが、地上に比べてれば環境は劣悪に違いない。
リオのような子供や、病気持ちの母親がいていい場所ではない。
「薬? …ああ、そうね。もちろん経済的な理由もあったでしょうね。あの頃は薬を手に入れるために苦労していたみたいだったし」
「本当に可哀想な子だよ。もう薬は必要なくなっても、生活は一杯一杯だろうに…。お腹がすいたら、いつでもウチにおいでとも言ったんだけどねぇ」
さっきから、どうにも話に齟齬があるように感じる。
「違う。今しているのは最近の話だぞ。ついこの間、大量の薬を買っていったんだ」
女装の男と、老婆が顔を見合わせる。
「最近に薬を? そんなはずはないわよ。だって、リオのお母さんは……半年前に亡くなっているんですもの」
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いきなり降り出してきた雨。
重く垂れ込める黒雲によって、ただでさえ灰色の多い街並みが一層のこと暗く沈む。
強く打ち付ける雨が、ビルに黒い引っ掻き傷をつけていくかのようだった。
傘を用意していなかった者たちは足早に過ぎさり、通りに人気がなくなった。それを見計らうかのようにして、ゴトンッと裏路地のマンホールが開く。そして、リオがそこから姿を現す。
鬱陶しそうに空を睨み、そして、無造作にポケットに突っ込まれていた札束を取り出して数えた。
「…下で確認すりゃいいじゃないのさ。そうやって見せびらかすから、この前みたいなチンピラに絡まれるんでしょ」
リオの出た後から、深編み笠をかぶった人物が出てくる。
その高い声質からしても、女であることに間違いはない。ただ解ることと言えばそれだけであったが…。
「真っ暗な中、確かめられるわけねぇだろ。ちょろまかされたらかなわねぇし」
雨で張り付く紙幣に、リオは嫌な顔をする。それでも、一枚、一枚、丁寧にはがしては枚数を数える。
「そんなことするもんかい。で、例の薬……また仕入れてきてくれるね?」
編み笠の女が問うと、リオの顔が曇る。
「まだ一週間も経ってないよ…。さすがに、フォンじいさんに気づかれるよ」
「あと一回だけ…。そうしたら仲間に入れてやるさ。店主にはこう言えばいい。『母さんとちょっと遠くへ出掛けなければならない。いつ帰れるか解らないから、多めに薬が欲しいんだ』ってね。なーに、いつも買いに行ってたんだろ? 相手が子供なら、店主も怪しまないさ」
そう言われて、リオは視線をさまよわせる。
だが、やがて仕方ないという感じに小さく頷いた。
「…なるほどな。そうやって、子供を使えば足がつかない、か。いざとなれば、始末してしまえばいいんだしな」
「誰だ!?」
路地裏に無造作に置いてあった木箱。その陰から、私は身を出す。
私の姿を捉えると、編み笠の女はチッと舌打ちした。
「ウチに気取られないよう気配を消すなんて、ただ者じゃないねぇ…」
「そんな変な格好をしていてよく言う。姿を隠しているつもりなんだろうが、余計に目立つぞ」
そう指摘すると、編み笠越しに悔しそうにしたのが雰囲気で解った。
「…シャイン師範」
呆然とした様子で、リオが呟く。
雨に打たれている様は、まるで捨て犬のようだった。
いつもの元気で明るい姿ではない。今のリオはとても痛々しく見えた…。
「師範だって? ああ。そういや、最近、道場に通ってるとか言ってたねぇ。で、その師範様が何の用さ? 出稽古でもしにきたなんて言うんじゃないだろうね」
「何の用だと? それはこちらが聞きたいことだ。リオに金を渡し、薬を仕入れてどうするつもりだ?」
「そんなことをアンタに答える必要があるっていうのかい?」
「説明できないのであれば、後ろめたいことをやっていたのだと捉えるぞ」
面倒くさそうに、編み笠の女が肩をすくめてみせた。
「…人知れずの、人助けってとこさ。リオの母親のような病気を持った人は沢山いる。ウチはそれを見過ごせなくてねぇ。だから、薬が必要なんだよ。大量に仕入れ、貧しい人に配ってるってなことさ。それが何か問題あるってのかい?」
しれっとそんなことを言うのに、憤りを通り越して呆れかえる。そんなことで騙しきれると思っているのだろうか?
「嘘をつくな」
「嘘って証拠はないだろ?」
「いんや、嘘ぢゃな」
私の後ろから、フォンが傘を持って姿を現す。
それを見て、編み笠の女が一歩退き、リオも目を丸くした。
リオの母親の死を知った後、私はすぐに仙人屋に行き、フォンにその話を伝えたのだった。
「儂がリオに売っておったのは、“乱正仙”という薬ぢゃ。体内の乱れた気を正し、錯乱や幻覚症状を和らげるものぢゃ。リオの母親の心臓疾患にも、痛み止めとしての効能がある」
「…それが何だっていうんだよ?」
苛立たしげに、編み笠の女が言う。
リオは悲痛な面持ちでうつむいた。
「この乱正仙なんぢゃが、“キクランソウ”という毒草がほんの少しばかり入っておる。極少量を、他の薬草と混ぜて使えば促進薬としての役割を果たすんぢゃがの。量を間違えるとな、重篤な精神障害を引き起こすんぢゃよ」
「だから! それが何だって言うんだいッ!!」
ドンッ! と、編み笠の女が木箱を蹴り飛ばした。
「ホホホッ! ちなみになぁ、リオが二度目に買っていった薬にゃあそれを入れとらんでなぁ」
「は?」
驚いた様子に、フォンはしてやったりの顔だ。
「単なる痛み止めとしてなら、別にキクランソウ入れんでも成分に問題はないのぢゃ」
それを聞いて、編み笠の女が息を呑んだのが解った。
「素人にキクランソウの精製は難しいでな。毒の成分だけが欲しいならば、儂が調合した薬から単離させたほうが遥かに楽ぢゃね。それを多量に集め、抽出して再結晶化させりゃ、純度の高い毒薬の出来上がりぢゃよ。そんなことを儂が気づかんわけなかろう」
「え!? ただの…麻薬じゃないの? それ売って、金を儲けるって…」
リオが驚いた顔をする。
なるほどな。それ以上のことは知らされてないわけか…。
「麻薬も毒薬も同じ薬ぢゃ。使い方と、使う者の意図で変わるだけのことぢゃて。…ま、今回の薬はお遊びで使うにしちゃ度が過ぎておるがな」
「クソッタレ! このクソジジイがッ。ウチに一杯喰わせるとはね! 黙って、知らん顔してりゃいいものをさ!」
そう言って、編み笠の女はリオの側にスッと寄る。そして、袖から短刀を抜く!
「させるか! おい!!」
「わかりやした! 姉御!」 「おっしゃぁ!!」 「ゲヒヒ! 女だぁ!!」
合図すると、トリプル・ベアーの面々が叫び声をあげて突進した!
私が前もって指示して、女の反対側の通りから回り込ませていたのだ。
編み笠の女は、私たちに気を取られていたせいで気づくのが遅れた。
リオを人質にすることができずに、その場から飛び跳ねて距離を置く。
「え? テメェらが…なんで!?」
脅された相手に助けられたとあって、リオはとても驚いていた。
なぜトリプル・ベアーがこの場にいるのかといえば、リオと怪しい女がここのマンホールに入っていくのを見た…ということを、こいつらが教えてくれたからだ。
実のところまったく期待はしていなかったのだが、私に言われた後、ちゃんと裏路地の監視をしていたらしい。
ただの小悪党かと思っていたが、根は真面目な連中なのかもしれない。
「ヘッ! 俺らは子供から小遣いを巻き上げる真似はしても、変な薬を作らせるために利用なんてこすい真似はしねぇぜ!」
「おう! 子供は殴っても、女は殴らねぇ!」
「それがトリプル・ベアーだぁ! ゲヘゲヘ!」
全然、自慢も出来ないし、格好良くもない名乗りだが…。とりあえず、リオを助けたことは賞賛に値する。これで帳消しだな。
「…形勢逆転だな」
私は刀を抜き放ち、編み笠の女に近寄る。
「形勢逆転? は!? このウチが? 有り得ないね。出てきな! アンタら!!」
編み笠の女が、ピューッと口笛を吹き鳴らす。
ダダダッと屋根を駆け回る音がしたかと思うと、人影がビルの上に並んだ。
「応!」「応!」「応!」「応!」「応!」
ロープが何本も垂れ落ちたかと思うと、5人の男たちが滑り降りてくる。
覆面に鉢がねを頭に巻いた、道領国風の異様な男たちだ。この格好は間違いない。アサシンだ。
「…はぁーん。なるほど、裏におったのは颯風団か。やはりな」
剣呑な状況だというのに、フォンは顎髭をさすりながらのんびりとした口調で言った。
「全員、下がれ。こいつらは私が相手をする」
私が言うと、トリプル・ベアーは、リオを抱えてそそくさと壁際へと逃げた。前にも思ったのだが、本当に逃げ足だけは早いようだ。それだけは感心する。
「…首領。やはりこの作戦には無理があったんでは?」
アサシンの一人が、チラッと編み笠の女に目配せする。
首領ということは、この女が送風団の頭なのか? しかし、なぜか5人の男達の目が訝し気だ。
部下に窘められ、少し狼狽した様子で編み笠の女が首を横に振る。
「黙りな! ドルドグもラウカンも、ウチに黙って動いているじゃないか! このウチが、首領エンロパがやらなくてどうする!? 祖国に示しがつくものかッ!?」
男たちは呆れたような様子だった。どうにも統率がなっていないようだ。こちらとしては好都合なことだが。
「いいからウチに言われた通りにしろ! 強烈な精神破壊薬を作って水源に撒き、こんなガーネットなんて滅ぼしてやるんだ! この計画は必ず成し遂げてみせる!!」
言わなくてもいいことまでベラベラと喋る編み笠の女、颯風団首領エンロパが地団駄を踏む。部下たちは慌ててそれを止めようとした。
「離せ! アンタら! アンタらは、アイツらを始末すればいいのさッ!!」
エンロパの指示で、仕方なくという感じにアサシンたちが動き出す。
「シャイン師範!」
「リオ。そこでじっとして見ているがいい。これがファバード流の実戦だ!!」
アサシンはそれぞれ手に短刀を握っている。短刀術を主に使うと聞いてはいたが、それは本当のようだ。
颯風団と交えるのは初めてだったが、見たところ、ヤツらの腕前はそこそこという程度か…。戦気までは扱えそうになさそうだ。
こうやって、恥ずかしげもなく数で押してくることから見ても、こういう手合いは真っ向勝負に弱い。
私の読み通り、こちらの刀のリーチを警戒して、男たちは距離を置こうとする。こんな無駄な戦いで怪我をしたくない…と、そう思っているのが、目に見えて解る。指揮が悪いので、戦意は高くない。
そんな程度の技量と覚悟で、私の懐に入れるはずもないだろう。
「ぬう…。隙がない。強いぞ、この女」
私が仕掛けるのを待っているようだ。
左手が遊んでいる様子からして、短刀での攻撃じゃなく、何かしらの小細工を考えているのだろう。
「何をしている! さっさと仕留めないかい!!」
戦況を全く読めていないエンロパが怒鳴り散らした。
よし、いいタイミングだ!
「いや、それが……。う、うおッ!」
惜しい! いまエンロパに反応した男に一撃くれてやれたとこだった!
寸前の所で避けられ、私の攻撃は空を斬った。
「いまだ! 一斉にかかれ!!」
アサシンの目がキラッと輝いた。私の大振りの攻撃後を見逃すはずもないか。
だが、こちらも何も考えずに刀を振るわけがないだろう!
「甘いぞ!! 『回払!!』」
飛びかかってきた男たちを、私の戦技が円形に薙ぎ払う!!!
戦気を極力出すのを避け、刀身にこっそりそれを集めていたのだ。
「うがっ!」
男たちは吹き飛ばされ、ひっくり返って悶絶する!
多対一だと思って、油断したのがこういうあっけない結果となるのだ。
まあ、加減はした……死ぬことはないだろう。おそらくはな。
「なんだ? 一撃!? たった一撃で…全員を倒したというのかいッ!?」
編み笠を脱ぎ、目を見開いてエンロパが言う。
緑色のボブカット、聞いていた声よりも幼い感じがする少女だった。見たところ、二十歳にも満たないだろう。
これが首領か? と、思わず私は目を疑ってしまった。こんな少女が率いる颯風団とは、いったいどういう集まりなのだろうかと思う。
「テロリストだの、暗殺集団だのと、世間を賑わしているわりには弱すぎるな…。さあ、観念して降参しろ!」
「ドルドグが、忍の質が年々落ちていると言っていたが。撃って出られない理由はこういうことか……。たった一人にやられちまうなんてねッ」
エンロパが短刀を構える。
こいつは…弱いとまでは言わないが、私と対等に戦えるというほどではない。少なくとも、ここで倒れているアサシンたちよりは少しはマシというぐらいだ。
肩書きと実力がまったく見合っていない。それに暗殺者くせにおしゃべりが過ぎるのも欠点だろう。
「フン。いずれにせよ、戦うというなら…」
「いかん! 後ろぢゃ!! シャイン嬢!」
フォンが私の後ろで叫ぶ!
何事かと振り返った瞬間、右肘に激痛が走った。
「がッ!?」
見やると、小さな針のようなものが突き刺さっている。
どこから来たのかと目を見張ると、気絶していたはずの男の一人が、口元に何かを当てていた。吹き矢だ!
「グッ。手が…痺れて!」
刀を取り落としてしまう。ガシャン! と、金属音が響いた。
「痺れ薬が塗っておるんぢゃ!」
「クソッ…。なんだと。ひ、卑怯な……。だ、だが、手加減したとはいえ…私の戦技を受けて…」
気づくと、アサシンたちが起きあがる。
ビリッと胸元を開けると…鎖帷子が見えた。そうか。中に着込んでいるのか。戦技で攻撃したせいで、金属の手応えを感じられなかった。私としたことが……。
私は力なく膝をつく。そして、前のめりに倒れた。泥の混じった水しぶきが飛び散る。
クワン、クワンと、頭の中が上下左右の感覚を失って揺れているようだった……。
「ンハハッ! 勝負ってのは勝てればいいんだよ! ウチが慌てた姿を見て、勝ちを確信したろ? いいね。戦闘者は愚直なのが多くてさ! 楽だよ! ホントに!!」
エンロパが高笑いする。
そうか、あれも演技だったのか。それに気づかないとは、私もまだまだだな……。
「でもな、アンタがウチらに恥をかかせてくれたことには変わりない。バラバラにして、城の裏庭にでもばらまいてやるよ!」
「やめろッ!!」
うっすらと目を開くと、リオが私の目の前に立っていた。
小さな身体を広げ、エンロパの前に立ち塞がる。
「あん? なんだい? アンタはウチらの仲間になりたかったんじゃないのかい? 金が欲しいんだろ? 颯風団の給与はいいよぉ。ケチな帝国軍よりもね」
「ああ、そうさ! オイラは母ちゃんを失って…金がなきゃ生きていけないんだって……生きていちゃいけないんだって思って! だから、金は欲しい! 金があれば道場だって通える! 金があれば、母ちゃんだって治ったかもしれないんだ!」
「なら、簡単じゃんか。ウチらの仲間に入って大金を得なよ」
「違う! でも、もう悪いことはしたくないんだ! オイラ、オイラ…シャインの姉ちゃんに助けられて思ったんだ。姉ちゃんみたく強くなって…そんで、金ない人でも、守ってあげられるようになりたいんだ! だから、オイラは正しいことのために刀術を…」
「もうめんどいからいいや」
ピッと、エンロパが何かを振った。
私の顔に、雨ではない何かが飛び散る……それは血だった。
「え…? …ゴポッ!」
私は我が眼を疑う。血泡を吹き出し、リオがガックリと両膝を崩した。そして、横向きに倒れたのだ。
大量の血が身体の下から流れでてきて、雨水と混じり合う。それが私の鼻先にまで流れてきた……。
見間違いならばどんなに良かったことか。しかし、見間違いなどてはなかった。エンロパに首を斬られたのだ…。
「リ…オ! リ…オッ!!」
呂律も回らなくなった舌で、私は慟哭する!
リオの側に寄りたい…でも、私の身体はいうことをきかない。
悲しみが、怒りが…私の目から涙となって溢れる。
なにが「見ているがいい」…だ。
目の前の弟子、一人守れないで…なにがファバード流だ!
「ハ…ゴポッ! シャ…イン…し…は…ん…ゴポ。オ、オイラ…す、すこ…しは…つ…つよ……く…なれ…た…か…な?」
掠れた小さな声でリオが私に問う。単語を一つ話す度に、傷口が赤い気泡を生む。
気道を裂かれ、言葉にならない言葉なのに私には何を言ってるのかハッキリと解った。
私は舌が回らず、答えられない代わりに何度も頷く。
だが、虚ろなリオの視線には私は映ってはいないだろう……。
「いかん! 止血しなければ!!」
フォンが駆けようとしたが、アサシンたちがそれを阻む。
エンロパは、トリプル・ベアーにもちゃんと睨みを利かせていた。頼りはこいつらだけなんだが、すでに実力差を感じ取って戦意を喪失しているようだった……。
「笑える…。正しいことがどうしたってんだい。ホント、生きていられるだけでも幸せなんだってことをまるっきり解っちゃいないねぇ」
エンロパは、リオの目の前を何度も行き来する。
「ウチらは帝国のせいで、祖国まで失ったんだよ。ウチは父親も母親の顔もまったく知らない。アンタとは不幸の度合いがまったく違うのさ。…それでも生きるためになんでもやった。なんでもさ! 悪いからやらないなんて選択肢はウチらにはなかった!」
顔をひきつらせて激昂する。
「そんなウチに、アンタみたいな夢見たガキが偉そうにするんじゃないよ! この甘ちゃんが! 反吐がでる!」
ペッと吐いた唾が、リオの頭にかかった。
私は無力だ。何も出来ないじゃないか……。なにが免許皆伝だ! なにが師範だ!
私は…なんだ。今まで何をやってきた!? ここで戦えなくて、どうする!?
「グッ、グウゥ…」
指先に力を入れて立ち上がろうとする。
立て! 動け! 私の身体よ!
なぜだ!? 何年も血の滲む思いをして、ファバード刀術を修練してたのはなんの為だった!? こういう時にこそ! 戦うためなんだろうが!
「ンハハハ! 笑える。ほんとに笑えるよ! 無様だね!!」
エンロパの高笑いがこだまする。
「…『汝、己の無力を知れ。汝が立つ処は神々の足先にも及ばず。無知の知を得て省みよ。己が道を棄て、我が声に心を傾けよ。我が道は挺身を標榜とするもの也。しかして恐るるな。困難にはあらず。我が汝らを永遠につれ往こう』」
昔聞いた覚えがある言葉だ。
ああ、そうだ…。思い出した。確か、審判の書にそんな一文があったな。
それが聞こえるとは、無信仰な私にも神々が……もしくはイバンが迎えにでも来たとでもいうのだろうか。
「なんだい? 次から次へと…。今度は神父のお出ましか」
エンロパが吐き捨てるように言う。
私の視界の端に、ファテニズム神父が見えた…。
「…さて、時間がないようですから、さっさと終わらせましょう」
そう静かに神父が言うと、周囲の気温がグッと下がったように感じる。
そして、信じられない事が起きた。
降っていた雨が氷と変わり、霰となったのだ。カランカランッと、あたりに氷の破片が飛び散る。
驚いて、アサシンたちがキョロキョロと辺りを見回した。エンロパも口をパクパクとさせている。
「な、なにをした!? 何者だい!?」
「あー!? 誰だろうが、殺しちまったら関係ねぇだろうが! 頭沸いてんのかぁ!? ファック野郎どもがぁ! ヒッハハハハッ!!!」
一瞬、その言葉を誰が言ったのだろうかと思った。だが、声質は間違いない。ファテニズム神父その人だった。
閉じていた青い双眼を見開き、狂気の笑みで両手を挙げている。
そこには人の良さそうな神父の姿は全くない。吹き荒れる冷気がローブをはためかせていた。
「『コールド・デス・ガーデン!!!!!』」
ピシャーッ! と、地面を白い何かが走ったかと思った瞬間、5人のアサシンたちが一瞬にして氷の彫像と化した。
「!? な、なぁに!? 氷の異端者!!?」
エンロパにも氷が襲いかかろうとした時、その“影”が揺れた。そう。エンロパの"影"がぶれたのだ!
“影”は一人で勝手にむくりと起きあがって、襲いかかろうとする氷に立ち塞がる!
「これはいけませんな」
“影”が、かぶっていた頭巾のような物を氷が走るのを塞ぐように放る。落ちた頭巾がボンッ! と、煙を立てて燃えた。氷の軌跡は、その小さな炎によって防がれ途絶えてしまう。
「ドルドグ!? まさか、ウチの“下”にずっといたのか!?」
エンロパがひどく驚いてる様子からして、その“影”が側にいたことを知らなかったのだと解る。
頭巾が外れたことで、その素性が明らかになった。眼窩が完全にくぼんだ不気味な老人の顔だ。身体は立体的にこそなりはしたが、薄手の黒衣を着ているせいか、“影”の時のままのように細いままだった。暗がり中で見ると、痩せ細った顔だけが空を漂っているようにも見える。
「さて、分が悪いようですしな、ここは退かせてもらいましょうか」
「あーん!? ふざけてんじゃねぇぞ、この死に損ないがぁッ!!」
「へぃあッ!!」
ドルドグという老人が、掛け声を放つと、口からブシシュッー! という音を響かせて黒煙を吹き出した!
「煙幕か! ファックが!! おめおめ逃がすと思うか!!」
ファテニズム神父が、黒煙に向かって勢いよく氷の弾丸を放つ!
煙の中で、バガンッ!! と、鈍い音がしたが、それが当たったのは壁だった。
煙幕を張った瞬間、すでにエンロパとドルドグはその場から消えていたのだろう。
ファテニズム神父が悔しそうに、憤って壁を蹴っているのを見たのを最後にして、私はそのまま意識を飛ばしたのだった……。
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目を覚ますと、そこは薬の匂いが立ちこめる場所だった。
金色の漢字が書かれた装飾品の数々。赤ん坊を喜ばせるための遊具のようなものが、所狭しと天井ににぶら下がっている。
「ッ! リオッ!!!」
私は慌てて起きあがる!
そうだ。私は…颯風団と、エンロパと戦っていたのだ!
「ホッホ。目覚めたようぢゃな。まー。安静にしておれ。解毒薬は射ったが、まだ歩き回るまでは時間がかかるでな」
フォンが急須から、楕円に歪んだ湯飲みに薬湯を注ぐ。苦々しい香りが辺りに広がった。
ここは…そうか。解った。仙人屋だ。
どうやら、私がいるのは急患のための部屋のようだった。私が寝ているところ以外にもベッドが幾つか並んでいる。
「フォン! リオは!?」
私が問うても、フォンはすぐには返事をしなかった。
それから丸薬とともに湯飲みを渡し、「追加の薬ぢゃ、飲め」と言う。
それから、もったいぶったようにしながら、ゆっくりとした動作で椅子を引きずってきて、私の側に座った。
「んまぁ、命に別状はない。荒療治ではあったが、あの神父が氷の力で止血してな…。あとは儂の仕事ぢゃった」
命に別状はない…。
そうか、リオは無事なのか。生きているのか…。
「氷を徐々に解凍させつつ、傷口を縫合するだなんて、帝国お抱えの医師でもできんかったろうのぅ。まあ、そこは儂じゃ。まあ、治癒師でもいりゃそんな手間なくすぐにでも……」
私は大きく息を吐き出す。
よかった…。本当によかった。
「…問題は、低体温による仮死状態ぢゃったわい。これから、復帰させるのが一苦労でな。かなーり値段は高いんぢゃが、ゾンビでも生き返るちゅう秘薬中の秘薬を…」
「ああ、リオを助けてくれたこと感謝している。フォン。それで、リオはどこに?」
治療過程を説明してくれていたのだが、私はそれを遮った。このままずっとそんな話を聞かされそうだったからだ…。今は一刻も早くリオの顔が見たい。
フォンは少し不満気だったが、咳払いを一つして、後ろの赤い緞帳を開く。
そこに、私の隣に、リオが寝ていた。首に包帯を巻かれ、安らかな顔つきで…。
少し顔色が白いようだが、ちゃんと呼吸もできているようだ。耳をすますと微かな寝息が聞こえてくる。
「おおい、無理はせんでくれ」
ベットから降りて立ち上がろうとするとふらつく。
フォンに手をかり、リオのベッドに近づく。
「よかった…。本当に」
「…それがそうでもないのぢゃ」
フォンが不穏な言葉に、私は眉を寄せた。
「まさか…。まだ傷が…」
「いや、傷は完全に塞いでおる。老いぼれたとはいえ、元は戦場外科専門ぢゃ。そこは問題ないんぢゃが…」
「なら、なんだ?」
フォンは大きく溜息をついてから続けた。
「念のためと思い、身体検査をした結果なんぢゃがのぅ…。リオも母親と同じ病気を持っておる」
それを聞いて、頭が真っ白になった。
母親と…同じ? ということは、心臓の病気か?
「…治らないのか?」
尋ねると、フォンは首を横に振る。
「“魔玉石”という石が、心臓の上に重なってしまう奇形ぢゃ。こればかりはどうにもならん」
私はリオの顔をしげしげと見やる。顔色が悪いのは…ただ血を失ったせいだけじゃないのか?
「その病気は…どんなものなんだ?」
「心臓から送り出す血流に合わせ、魔玉石から生じる魔気が徐々に流れでよる。強い魔の力に、肉体が少しずつ浸食されていくのぢゃ。浸食された肉体は生体活動を維持できなくなり……やがては死に至る」
「そのせいでリオの母親も……」
「ああ。だが、問題はそれだけではない。最悪なことに…今回、首を斬られ、血をたくさん失ったことでな…。心臓に負担が大きくかかったんぢゃ」
「…心臓に負担がかかると…どうなる?」
「魔玉石が宿主の危機と判断し、魔気を大量に流しよる」
「一気に流れると…?」
もはや聞かなくても解る答えだったのだろうが、私は縋るような思いで尋ねた。
「より浸食が早まる…。母親の症状の進行はかなり遅かったが。今回のリオの場合は、もう幾ばくの猶予もあるまい」
私はグッと拳を握る。あまりにきつく握りすぎて、爪が肉に食い込む。血が滲み、ポタリと床に落ちた…。
「……どのくらい、だ。リオが……あと生きられるのは……どれくらいなんだ?」
「…おそらくとしか言えんが。身体の弱りぐらいを見る限り、二、三ヶ月……いんや、一ヶ月……もてばいいほうぢゃろう」
「一ヶ月。たったのか…」
「魔玉石が何なのか、解明は殆んどなされておらん。暴走する時も定かではなく、また魔気が大量に流れでないとは言えぬ。もし再び流れでるようなことがあれば……」
フォンは苦しそうに説明するが、後半の説明を私はほとんど聞いていなかった。これ以上の悪い話を聞きたくなかったのだ。
「…そうか」
そうとしか私には答えられなかった。
一ヶ月が果たして長いのか、それとも短いのか…それすら解らない。頭が回らなくなっていた。
私は優しく、リオの頭を撫でた。そして、髪を梳いてやる。
「へへ…。一ヶ月か」
頬に触れると、リオがニイッと口元だけ笑わせた。
「リオ!?」
「起きて…おったのか!?」
私とフォンは驚く。てっきり寝ているものばかりと思っていたからだ。
「…リオ」
かける言葉が見つからず、私は唇を噛みしめた。何と言えばいい? 何と言ってやれば正解なのだ?
「…なあ、シャイン師範。オイラ、一ヶ月でどれくらい強くなれる?」
リオは天井を見つめたまま、そんなことを聞く。
「なにを…言っているんだ?」
「いいじゃん。…どうせ、死ぬなら…いけるところまで強くなりたいんだ」
その言葉に私は言葉をなくす。
表情は穏やかだ。リオはこんな顔をする子供だっただろうか……。
「オイラ…今まで本気で楽しいって、これを極めたいって思ったの…刀術だけなんだ。最初はただ格好いいとかしか思ってなかったけどさ。でも、オイラ、やっぱり強くなりたい。もっともっとだよ」
私はコクリと頷く。ここで頷いてやれなければ、私はこの子の師とは言えないだろう。
「解った…。リオ。私は、この一ヶ月で、私が持つ全ての技を教えてやる。弱音を吐いたら…承知せんからなッ」
「ヘヘッ。うん…。ってかさ、シャイン師範こそ、もう泣きだしそうじゃんか。だいじょうぶなわけ?」
「違う。これは……特訓の厳しさを考えてしまったのだ。これから受けさせる修行は生半可ではない…からな」
「なるほどね。そりゃ、がんばんなきゃなぁ…。シャイン師匠の修行厳しいもんなぁ…」
「ああ、そうだとも!」
私が大きく頷くと、リオは満足げに笑ったのだった……。
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それから一ヶ月。私はリオとほとんどを道場で過ごした。
家もなく、かといって下水道に帰すわけにはいかぬから、道場に住み込みをさせてのことだ。
フォンも協力を惜しまなかった。普段はやらぬ出張診察もわざわざやってくれるのだ。私もいざという時の処置を学んでおく。リオの体調管理にも万全な態勢ができていた。
朝早く、道場の扉が勢いよくガラガラという音を響かせて開く。
「おはようございやーすッ!!」
「ういッス!」
「ゲヒヒ!」
なぜかトリプル・ベアーのヤツらも道場に入り浸るようになっていた。今まで着ていた怪しげな服から、胴着に着替え、伸び放題だった髭を綺麗に剃っている。粗野な感じは抜けきらないが、もはや汚い小悪党という感じはなくなっていた。
驚いたことに一日たりともサボることなく、毎朝ここまで通い、共に稽古しているのだ。いつの間にか道場生が増えていたことになるが。まあ、今のところヤツらは入門金も未納であり、正式な弟子ではないのだがな…。
「リオ先輩! 毎日、修練ごくろーさまです! お疲れでしょう! お肩でもおもみしやしょーか!」
“元”ヒゲ面が揉み手をしながらそんなことを言う。
一応、リオの方が先輩…兄弟子となるのだろうが、遙かに年上の元ヒゲ面が、子供に媚びを売るというのもなかなか妙な光景だった。
「肩なんてもまなくていいさ。そんなことより、オイラの打ち合いの相手をしてよ」
「え!? そりゃ、ちぃと…ご勘弁を!」
頭をかいて、イヤイヤとトリプル・ベアーが激しく首を横に振る。
リオの技量はそこらへんのチンピラでは太刀打ちできない程にまで仕上がっていた。
ファバード理念の“速近”と“重撃”。リオは小柄なせいで“速近”しか習得できていないが、それでもその基礎はほぼ完成に至ったと言えよう。
今後、身体の成長に合わせて“重撃”を覚えていければ……それでいいのだ。彼は立派な刀術師になることだろう。
「さて、リオ。ファバード五型はもう身に付いたな? 後は応用だ」
「…うん。無意識でも、もう型は作れるよ」
「へへ! リオ先輩、ちょっと背中失礼しやすよ! 先輩の型を近場で見せてもらわねぇと!」
「そうだぜ! この腕の部分が…ちぃと、わかんねぇんだよな!」
「ゲヒヒ! 足運び! 足運び!!」
「……へへッ。しょうがないヤツらだなぁ」
私はリオに向かい合い構える。
「…いいか。応用その一だ。手甲を使って相手の攻撃を弾き、五型で敵を打つことを覚える」
私が構えを変える。手甲で敵の攻撃を受ける姿勢だ。
「……うん。いいよ」
「…おい。そっち、ちゃんと持てよ!」
「わ、わっーてる。こっちだよな?」
「ゲヒ! 右だ。右手を前にだ。シャイン師範とは向かい合ってるんだから反対…」
リオも同じ姿勢を取る。
「…敵が剣や刀だけを使うとは限らん。中には飛び道具を使ってくる輩もいる。敵の目をよく見ろ。そして、仕掛ける攻撃のタイミングを見計らうのだ」
右手首を返し、敵の攻撃を落とす真似をする。それから、『流打』の型に入る。
「っっと、おい! 違う! 足、足!」
「半身だ! 半身……横だって!」
「って…いや、これ、危ない! ゲヒィ!?」
トリプル・ベアーがもつれ合うように倒れ……いや、違ったな。リオが尻餅をつく。
「……ハハハ。難しい…ね。これ」
「…そうだな。盾の方が防御としては確実だが、刀は両手で持つからな。基本的には敵の攻撃は完全に避けることが前提だ。ただし戦略的に、敵の攻撃を崩す必要もある。そのために刀や手甲を使う」
「……そういえばさ、シャイン師範の刀…名前、なんて言うの?」
「これか? これは私の師から賜ったものだ。“浮雲”という」
「……ウキグモ?」
「そうだ。“浮いている雲のように自由なる無型の刀術”との意味で付けられた名だそうだ」
「…………自由、か。オイラの好きな言葉だね」
「始祖カミユ・アンニスはこう説いたそうだ。『此即ち型を通して無型と也、無型となりし時に再び型に戻る』…と」
「……うーん。難しいけど。自由はいいけど、ちゃんと練習もしろ、ってことだよね……オイラに…ピッタシの言葉……だな」
私はリオの側に行き、眼前に刀を掲げて見せた。
「……ハハ。オイラも…その刀、ちゃんと…刀術…できるように…なったら」
「ああ。そうだな。今度は私からお前に継がれていく。…この刀は、自由奔放なリオが持つことが相応しいだろう」
リオはニコッと嬉しそうな顔をした。
「…………少し眠るね。続きは…その後に」
「……ああ。まだまだしごき足りないんだからな。起きたら…今の……倍はやるからな」
「………………うん。わかったよ。シャインし…は……ん」
そう言って、リオは目を閉じたのだった……。
リオの身体を支えていた三人が、ゆっくりとその身を横たわらせる。
「……リオ。免許皆伝するまで、お前は私の弟子だからな。ずっと…ずっとだ」
ボロボロと涙を流すトリプル・ベアーと共に、私はしばらく安らかなリオの顔を見つめていたのだった…………。
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私はリオが旅立った後、聖イバン教会に来ていた。
ファテニズム神父の前で、助けて貰ったことの礼を改めて言い、そしてリオの事を伝えて頭を下げる。
「私は……私は、何もできなかった。ただ祈るだけのあなたがたを無力と罵ったのに、力あるはずの私は、リオに何もしてやることはできなかった」
懺悔の言葉に、ファテニズム神父は私の肩に手を置いて小さく頷く。
「……『力を持つ者は、その力を扱う責務を負わねばならない』」
その言葉に、私は顔を上げた。
「聖イバンの言葉です。ご存じの通り、私は…氷の異端者です。それも、かつては制御できぬほどの強力な力。この力を扱いきれず、私は私の愛する人たちを幾人も犠牲にしてきました」
神父は自分の手を見つめ、そして合わせる。そして、まるで見えない血を拭うかのようにゴシゴシと擦った。
「リオくん…。彼の志は、とても高かった」
そう言って、私に一枚の紙を手渡した。それはリオが作ったポスターだ。私が悪人を倒している姿を描いたものだ。
そうだ。リオには私にはこう見えていたのだろう。嗚咽が漏れ、私の目尻に涙がたまる。
「私は…私は……私のやるべきことをやりたい。リオの願いを叶えてやりたいッ」
ファテニズム神父は、そんな私をジッと見て、それから少し考えるように顎に手をやった。
「……シャインさん。ならば、彼の遺志を継ぎましょう」
言われていることの意味が解らず、私は眉を寄せた。
「自警団…ですよ。彼は正しいことを、弱者が守られる世界を望んでいたはずです。それは私も同じです。ただ、守る対象が“龍王から”だけではなくなっただけのこと」
懐から、チラシを取り出す。街頭で初めて出会った時、私に渡そうとしていたものだ…と思う。あの時は見もせずに、受け取らなかったのだ。
「“龍王討伐団ドラゴン・バスターズ”…?」
チラシの文字を見て私は驚く。龍王を倒す組織…そんなものを民間に作ろうとしているのか? この神父が?
「討伐…となってますが、本音を言えば、龍王を止めることが私の目的です。龍王アーダンの息子、龍王エーディンがそのうち人類に敵意を向けるでしょう。私はその悲劇を止めたいのです」
「龍王アーダンの…息子? そんな話は聞いたことも…」
「ええ。知る者はほんのわずかです。そして、その脅威を知る者もまた同じく」
真剣な顔で言う姿からして、とても冗談で言っているようには思えなかった。
「私はシャインさんみたいな力のある人を捜していましてね…。実は、あそこでスカウトをしていたんです。あいにくと誰からも良い返事はもらえませんでしたけどね」
それはそうだ。龍王を知らぬ者はいないだろうが、わざわざそれを倒そうと考えるなんて正気だとは誰も思わないことだろう。
一〇〇〇年も姿を見せない龍王。神話や物語の話として、畏怖の対象だったとしても、実際に帝都に住んでいて脅威と感じている者などまずいないだろう。
ましてや、龍王アーダンに子供がいたなどという話は私も今初めて聞いたことだった。こういった状況下でなければ、妄言だと一笑に付したことだろう。
「なぜ、そんなことを知っている?」
「私は龍王と深い因縁がありましてね…。なかなか信じられるものではないかも知れませんが」
それはそうだ。龍王との因縁を持つ人間……なんとも現実味のない話に思えたが、今の私にはその真偽を問いただす気にはなれなかった。
「リオくんの話を聞いた時、どうせ組織を作るならば、自警団とした方が良いことに気づかされたんです。そこで私は逆に考えることにしました。つまり、治安維持活動を主に行いつつ、かつ龍王討伐もやがて視野に入れていければいいのではないか、と」
確かに、“龍王と戦おう”と言うよりは、“自警団となって街を守ろう”の方がまだ人は集まりそうだ。
「教会に自警団か……。私も真似事をしていたが、街の情報も集まるしな。いるかいないのか解らぬ帝国軍よりは、颯風団のような輩への抑止力にはなる」
「ええ。どうせやるならば、困った人々をも救う活動を…。自警団としての結成ならば、帝国に正式に認可してもらえる可能性も高くなります。本部にも、ただ龍王討伐団を組織したい……と言うより話が通しやすいですしね」
帝国に認可……そこまで考えていることに恐れ入る。
本当にただの神父ではないようだ。氷の異端者であることも含めて謎が多い。
だが、その言葉には何故か信を置いてもよい気がする。その柔らかな表情や物腰がそう感じさせるのか……。
いや、違うな。この神父が本当の“実力者”だからだろう。それでいてそれをひけらかさない。私はそれに感服させられたのだと思う。
「シャインさんの言うとおり、私はただ祈り、神の救いを待つだけの教会にはしたくないのです。本当の意味で、救いを与えられる教会にしたい。リオくんのような子供たちを守れるようなね」
ファテニズム神父が私の手をギュッと握る。その瞬間、ドキンッ! と、私の胸が高鳴った…。
なんだ、これは?
憧れか?
ああ、そうだ…。そうに違いない。
どことなしに、この神父の笑顔はリオを彷彿とさせる。
無邪気……そうだ。この人は、純粋に人のことを思いやれる人なのだろう。
「どうですか? シャインさん」
「…解りました。その話に乗りましょう。私はリオの願いを果たしたい。それに、本当に龍王が襲ってくるならば黙ってはいられない」
私はグッと、神父の手を握り返す。
「ぜひ、あなたについていかせて下さい。マトリックス様」
「ええ。よろしくお願いしますよ。シャインさん」
私とマトリックス様はがっしりと握手する。
こうして、私はドラゴンバスターズへと入隊したのであった……。
それから一年後……。
マトリックス様の言った通りに、龍王エーディンによる人類への宣戦布告が行われる。
帝国政府は緊急事態宣言を発令し、各地に散らばっていた軍の集結に急いだ。
そして、軍の戦力不足を懸念した帝国は、DBを帝国政府公認の龍王討伐自警団として正式に認可したのであった……。
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素振りをしていたセリクは、ふとシャインの視線を感じて振り向く。あまりにジッと見られて気になったのだ。
「なにか間違っていますか?」
「ん? …いや、何でもない。そのまま続けてよろしい」
気まずそうにしながら、シャインはその場を後にした。
セリクは、なんだったのだろうと首を少し傾げる。
「フフフ。セリクくんの稽古姿に、ちょっと昔のことを思い出したんでしょう」
入れ替わるかのようにやって来たマトリックスが言った。
「昔のこと?」
「ええ。シャインさんにとっては忘れられぬ出来事ですよ」
「そうなんですか…」
強い興味を覚えたが、その口振りからなんだか聞いてはいけないことのようにセリクには思えた。
「シャインさんは、セリクくんに傷ついて欲しくないと心から願っています。ですから…」
「はい。俺、強くなります!」
言葉を途中で遮り、セリクは素振りを再開して言う。
その答えは意図していたものではなかったのだが、マトリックスは静かに頷く。
「そうですね。強く…強く、なってください。君には力がある。それだけに、より強くなる必要があるのです。その責務を負えるぐらいに」
セリクにはマトリックスの真意は解りかねたが、強く頷いて応えたのだった…………。




