210話 未だ過ぎ去らぬ嵐
何基もの攻城櫓に梯子を取り付け、急拵えで改良した重機が走る。そして無線で事細かにやり取りをしつつ、アンカーを打ち込んで通したワイヤーを少しずつ締めて行く。負荷がかかっている部位を補強しているのだ。
そんな応急工事がようやく始まった帝国城を下から見やり、ユーウは小さく溜息をついた。
「…こんな形だけ取り繕ったってムダだろうにさ」
根本的な解決にはならない。内部は施しようもないくらいほど壊れてしまっており、気休めにしかならない工事であった。
「んまあ、どっちみち撤去するにも金はかかりますからな。崩れないようにするだけの方が安上がりでさぁ」
サガラは赤ペンのキャップで頭をガリガリとかいて言う。赤ペンで図面に数字を書き足して、現場と見比べては書き加えたり消したりを繰り返す。
「帝国城は象徴です。見かけだけたったとしても、まずは民衆に安心を与えることが非常に大事かと」
クロイラーがそう言うと、ユーウは納得いかなさそうな顔をしつつも頷いた。
「…でも、いいんですかい?」
「なにが?」
「魔王を倒した勇者に凱旋パレードもなしってのは…ねぇ」
何かを企んでいたであろうサガラは、若干突っかかるような態度で尋ねた。
「それがセリク自身が望んだ褒美だよ」
ユーウは自嘲気味に笑う。
セリクたちを讃えたい気持ちは充分にあった。彼らが民衆に歓声を持って迎えられる様を見れば、ユーウだって誇らしい気持ちになることだろう。
民の中には魔王を倒したことを信じない者たちもいた。そういった臆病で頑迷な者には、目に見えて解る勝利宣言をあからさまに示してやった方が効果的だ。
だが、ユーウは勝利を祝わないというセリクの言い分を受け入れた。これだけは、帝国のよりもセリクの気持ちを優先させて上げたいと思ったのだ。
「キミは思わない?」
「は、はぃ?! …な、何をでしょう?」
いきなり振られ、クロイラーは戸惑う。
「魔王トトを倒した英雄だよ? 褒美に王女…いや、女王が褒美に欲しいですとでも言ってくれればさ、ボクも断ることなんてできないし、みんなも納得してくれるハズじゃない?」
「は、はぁ。うー、ご、ごめんなさい。そうなんでしょうか?」
クロイラーが困ったような視線を向けると、サガラは肩を竦める。
「…でも、それが彼らしいっちゃ彼らしいよね」
結局、ユーウは自分で結論を口にして鼻で笑い飛ばした。
「ユーウ様が追いかけても良かったんじゃねえんですかね?」
サガラが意地悪く言うと、ユーウは一瞬だけ寂しそうな顔をして、すぐに女王の顔に戻った。
「ボクにはボクの、セリクにはセリクの役割がある」
そしてしばし間を置いて、ユーウは決意したかのように言う。
「…それに嵐はまだ過ぎ去ってはいないよ」
ーーー
田舎道をひたすら車が下って行く。それなりに整えられてはいたが、雨などの影響で路面はデコボコになっているところもあり、時折大きく揺れる。気を付けないと泥濘にハマって出られなくなりそうな箇所も幾つかあった。
助手席に座ったブロウは退屈そうにアクビをすると、紙袋からリンゴを取り出して齧る。
「オウ。あれから調子はどうよ?」
「まあまあだな。日常生活では不便ない」
ハンドルを握ったへジルが答える。
「なーんで、神サンでてこなくなったのかね?」
あの戦いの後に天空神を得てからというもの、へジルは召還が行えない状態になってしまっていた。
「…神々と意思疎通できないのは、過剰な防衛反応を起こしているのが原因らしい」
「防衛反応?」
「命の危険に晒されたことで、身体が神宿石との繋がりを一時的に断ったんだろう。稀だがそういう症例も過去にはあったみたいだな」
「じゃあ、また召還は使えるようになんのか?」
「…いつとまでは明確に言えないがな」
ブロウがリンゴを渡そうとするが、へジルは首を横に振る。
「それ知ってんのは…」
「僕とお前、そしてパパ…父だけだ」
「そっか…。なるほどな」
ブロウは食べ終わった芯を外に投げ捨てると、口にチャックする真似をした。
「……一緒に帰らなくてよかったのか?」
「あ? あー、いや、そりゃよ。ま、でもセリクに例の薬を渡したもんで…フェーナに、な。ちぃと気まずいじゃねぇか」
「当たり前だな。…ちゃんと謝ったのか?」
「まあ、赦してくれたかは微妙なとこなんだがよ…。とりあえず、フォンじいさんのとこの出入りは禁止だ。それ破ったら兄妹の縁を切るってさ」
ブロウのしょげた様子を見て、相当な剣幕で叱られたのだろうとへジルは思う。
「それだけ心配してるってことだ。反省しろ」
「オウ。わーってるよ。…あ、そっちは右だな」
分かれ道を見て、へジルはハンドルを切り直す。
「もう入口が見えてくんぞ。ギャンも来たがってたからな。連れてくりゃ良かったのに」
「大勢で押し掛けても迷惑だろう。それに感情で訴えるのは良くないと…」
「おお! あのきったねぇ正門! まだ使ってんのかよ!」
自分から振ったはずの話を途中で遮り、ブロウが窓から身を乗り出す。
「かー、懐かしいな。俺様が出て行ってから何も変わってねぇ! 相変わらずのシケ具合だな!」
半ば朽ちかけた門をくぐると、村の大通りの端に車を止める。車どころか荷馬車すらまともに通らないので、真ん中に駐車していても何も問題なさそうなぐらいだ。
村人は不安そうな顔を向けてきたが、帝国のマークが描かれた車に近づいてくる者は一人もいなかった。遠巻きに何事か様子を探っている。この余所者を歓迎しない閉鎖的な在り方は、典型的な村社会の姿だとへジルは感じる。
「知り合いはいそうだが…俺様の姿もガキンチョん時から大分変わっちまったからな。遠くからじゃ解んねぇんだろ。ま、話しかけて来ねぇなら好都合だ。行こうぜ」
ブロウの記憶だけを頼りに進んで行く。ただでさえ人気がないのに、より建物すらまばらな方へと入り進む。へジルは一瞬だけ道に迷ったのではないかと思った。
「…おい。ブロウ。村から出てしまうんじゃないか?」
「オウ。心配すんな、合ってる。もうすぐだ」
そしてブロウは粗末な小屋を指差す。それを見てへジルはそこに人間が住んでいるとはすぐには信じられなかった。まるで単なる物置や家畜小屋のように見えたからだ。
「おーい! ん? なんだ。留守か?」
外からでも人の気配が察せるほど、壁が薄くしかもところどころ割れていたのだ。冬場だとしたら遠慮なしに隙間風が入るだろうし、雪でも降ったら命に係るだろうとへジルは考える。
「あっちか?」
建物の裏に回ると、何やら大きな声が聞こえてきた。
「だから、毎日毎日! そんな貢物なんて必要ないの!」
「で、でも、村長が…」
「私、ちゃんと言ったから! いまはそっとして欲しいだけなの!」
見ると、畦道で仁王立ちになったフェーナが腰に手を当てて怒っている。向かいにいるのは女性数人で、それぞれ料理や果物をふんだんにに盛ったバスケットを抱えていた。
「なら、せめてセリク“様”にお目通りを…。心からの謝罪をお伝えしたいのです。村長だけでなく、それは村人全員の想い。なにとぞ、フェーナ“様”からお言伝を…」
「やめて!」
いきりたつフェーナに、先頭に立っていた若い女性は視線を彷徨わせた。
「ずっといないものだとして扱ってきたじゃない! それを魔王を倒したからって、急にムシが良すぎるわよ!」
「オウオウ。ま、ありがたく受け取っておくぜ」
ブロウが間に割って入り、女性の持つバスケットを受け取り、その中にあった鶏の揚げ物を一つツマミ食いする。
「お兄ちゃん?」
「さ、俺様が渡しといてやっからそこに置いて帰んな」
「ちょっと! 何を勝手に!」
ブロウが指示を出すと、女性はこれをチャンスとばかりに小屋の近くにあった朽ちかけた作業台にバスケットを置いてそそくさと立ち去った。
「余計なことしないでよ!」
「そう怒んなよ。食いモンに罪はねぇだろ」
「…すべてブロウの言う通りだとは言わないが、村の女たちも村長の命令で来てるんだろう。引くに引けなかったんじゃないか」
「…へジル。そんなのは解ってるわよ。でも、受け取ると明日から断り辛くなるからイヤだったの」
フェーナは諦めたように頷く。
「はー。…ゴメン。せっかく来てくれたのに。変なところ見せちゃったわね」
フェーナは気を取り戻そうと頭を振り、表情を柔らかくする。
「あれから一ヶ月ちょっとかな? お兄ちゃんもへジルも元気だった?」
「オウ。オメェこそ…ま、見りゃ解るわな」
「帰って来ないの?」
フェーナはそう言ってしまってから、少し悩んだ後、首を横に振って答えなくていいと肩をすくめる。
「お兄ちゃんの部屋はそのままにしてあるけど。…今日はこの村に泊まるんでしょ?」
「オウ。…いや、親父とお袋の墓参りがまず先だな」
気まずそうにブロウはそう言って頭をかく。フェーナは少し複雑そうな顔をしたが、特に何も言わずに小さく頷く。
「へジルはどうするの? うちは空いてる部屋はあるけど…」
「セリクの家にと思ったが…」
「無理だと思うわよ」
「だろうな」
「…どんなに言っても、家財道具いらないって。散々言って、ようやくベッドひとつだけ運び入れたんだから」
「帝都に戻る気はないのか?」
「…今はないと思うわ。しばらく静かに暮らさせてあげて」
ようやく取り戻した平穏だと、フェーナは懇願するように言う。
「僕たちと会うのはまずいか?」
「え? あー、ううん。そんなことはないわよ。きっと顔を見せたら喜ぶんじゃない?」
「そうか…」
「でも、その…戦いの話とかだったら…もしかしたら…」
「いや、今日はそういうことで来たんじゃない。様子を見てくるようにブラッセル将軍に言われて来ただけだ」
へジルがそう言うと、フェーナは安心したように笑う。
「オウ。そんで肝心のセリクはどこなんだ?」
「畑の方よ」
フェーナが先に立って歩き出す。畦道を進んで行き、覆い茂る枯れ草を掻き分けて行くと、荒れ果てた畑が姿を現した。
見るからに生気のない痩せ細った土で、端に岩や小石、瓦礫や朽木などが山積みになっていた。必死で整地しようとした人の手が感じられる。
「セリクー! お兄ちゃんとへジルが来たわよ!!」
フェーナが声を上げると、畑の中央にいたオーバーオールにハンターキャップを被った小柄な人物が立ち上がって振り返る。
「やあ、二人とも。久しぶり」
やや緊張した面持ちでセリクはそう言い、片手を上げて向かってくる。へジルとブロウもそれに応えて手を上げた。
「わざわざ来てくれたんだね」
嬉しそうにははにかむ。軍手だけでなく、鼻先まで土にまみれていた。
とても少し前まで熾烈な戦いを繰り広げていた少年と同一人物だとは思えぬほど、穏やかな笑みだったのに違和感を覚え、へジルとブロウは一瞬だけ顔を見合わせる。
「自分で畑を?」
「うん。色々試してはみているんだけどね。今までやったことない事だからさ。なかなか難しいよ。芽も出る気配ないし」
土を掴み、手の中からパラパラと落としてセリクは笑う。
「オウ。そんなら村の連中に…イデッ!」
フェーナが思いっきり尻をツネったのでブロウは悲鳴を上げた。
抗議しようとしたブロウであったが、笑顔のフェーナの背後に燃え盛る炎を幻視してゴクリと息を呑む。
「…軍の中に農業に詳しい者がいるかも知れない。当たってみてもいいが?」
「んー。そうだな。…いや、いいよ。自分で色々考えてやるのがちょっと楽しくてね。もし、これから厳しいようだったら相談させて」
それだけで、セリクがレノバ村にとどまるのが少なくとも数ヶ月以上、下手をしたら年単位のものになるのだろうとへジルは察する。
イクセスからは何とか連れ帰ってくれと言われていたが、それが達成できそうにないことをへジルは心の中で謝罪した。
「まだ当分先だろうけど、収穫できるようになったらご馳走させて…あ、もちろんフェーナなの次になっちゃうけど」
フェーナは嬉しそうに頷く。
「オウ。フェーナが先?」
「そうよ。私だって手伝ってるんだから。野菜できたら、私が真っ先に料理して二人で食べるのよ」
セリクの腕をとってフェーナは悪戯っぽく舌を出す。
(そうか。セリクだけじゃない。フェーナもまた普通の村娘に戻ろうとしているのか…)
前の自分だったら感傷的で、実に非論理的な行動だと一笑に付しただろうとへジルは思う。
「あ! そうだ! ちょうどいいわ。今からご飯に…」
フェーナが仕切ろうとした時、セリクは一瞬だけ俯きかけて顔を上げる。紅い光が瞳の奥で炎のように煌めいた。
「…エーディンは?」
そちらが本題だろうと、セリクから口火を切る。フェーナが一転して不安そうな顔を浮かべた。
「…今のところ動きはない。魔王から受けたダメージは軽くはなかったということだろう」
フェーナを見やり、どこまで話すべきか思案しつつ、へジルは必要最低限と思えることを伝える。
「……そう。俺に遠慮しないで。いつでも戦う準備はできているよ」
「セリク!」
フェーナがセリクの胸に触れる。
「…今は、まだ…もう少し、もう少しだけ休まなきゃダメだよ」
「うん。解ってるよ…。けど」
「…帝国城は防備を再度固め直している。各貴族の全面的な支援もあってな。セリクがいなければ戦えないということはない」
嘘はついていない。しかし、かといってセリクが不在で帝国の防衛が完璧とは思えなかった。
今現在、エーディンとツァーリドムと辛うじて対等に渡り合えるのはマトリックスぐらいだろう。もし全面対決となった場合、召還神が使えない今、人間側が負ける可能性は濃厚だ。
へジルは召還神の件を伝えるか悩む。しかし、泣きそうなフェーナの顔を見て止めた。今は不安を伝えるべきではない、と。
「僕もブロウもいる。そう簡単に帝都は落とさせはしない」
「オウ! もう少し“ハロー・ライブ”っいうのか? そういうの満喫したって罰は当たんねぇぜ」
「…“スローライフ”だな。ああ。僕も同意見だ。お前は充分に休んでいい。それだけの偉業を成し遂げたんだ」
「偉業…」
セリクはブロウが抱えているバスケットを見て眼を細める。
レノバ村に戻ったのは何のためだったのか。故郷だから…そんな単純な理由だったのかもしれないが、本当は“必要とされる人間”となったのか確認したかっただけなのではないだろうかとセリクは自分で思う。
最初にレイドと出会った時、何のために龍王と戦う決断をしたのかと問われた際、セリクはそんな後ろ向きな本音を口にしたのだ。誰かに認められたいという承認欲求は、最も自分を蔑ろにした相手で判断したかったのだ。なんともみっともない情けない話だろうと自分でそう思う。
しかし、そうまでして得たものは、単なる虚しさだけであった。
土下座して、地面に額を押し付けて出迎える村長たち。怯え憔悴しきったその姿は、かつて生贄だった自分を見るようでやり切れないものがあった。ふてぶてしい一言でも放ってくれれば、恨んだり憎んだりもできたかも知れない。むしろそちらの方がスッキリしたことだろう。
結論から言えば、セリクは彼らを許した。だが、決して気持ちよく許せたわけではない。ただ単に、それ以外の答えを見い出せなかっただけなのだ。
そして今自分はここにいる。嫌なら村から出て行って信頼する皆のところへ戻ればいい。そうできるにも関わらず、セリクは村外れに住み着き、フェーナに世話を焼かれながら、ずっと鬱々とした生活を続けていたのだ。
「…セリク」
「うん?」
思案に耽っているセリクを、三人は心配そうに見やる。
「俺は大丈夫。…今は待とう。時が来るまで」
セリクはユーウに言われた言葉を思い出す。
「まだ戦いは終わっていないんだ」
ちょうど強い風が南から吹き荒れる。
山を覆うかのように暗雲が立ち込める、呪われた大地ファルドニアの方を四人は見やったのであった……。
ーーー
帝都へ続く大門に立つ衛兵たちに、強い緊張が走る。
馬車が入って来ることは決して珍しいことではない。襲撃以来数はめっきり減ったが、それでも民が困っている時にこそ商売をしようとやってくるキャラバンもいたからだ。
しかし今回はそれとは違っていた。ポツンと古びた馬車が一台。進む度にズシンと地面が大きく揺れるのを感じる。
そう。それを引いていたのは馬ではなく、人の丈の三倍はあろうかという獣脚龍であったのだ。
「す、すぐにブラッセル将軍に報告を…」
無線機を掴み、震える手で兵士が言う。見張り台の上から降りてきた兵士長は努めて冷静に頷く。
確かに龍族は今回魔王との戦いに協力してくれた。だが、帝都を襲撃された恐怖がそれで消えるわけもない。今は大人しくしているが、熱い鼻息を漏らすこの龍が大暴れでもしたら大惨事になることは明白だ。
「あ、あれを…」
部下が指差す。馬車の扉が開き、一人の男が降りてきた。
「人間…?」
迷ったのは、龍族が人間に化けられることを知っていたからだ。しかし、動きや仕草からしてもそれは本当に人間のものであった。
左足を引きずるように歩くのに違和感を覚えたが、恐らくは怪我をしているのだろうと気づいた。
相手がよく観察できる位置まで近づくと、丸いサングラスの下に深い傷跡があるのが見て取れる。
「止まれ! 何者…」
誰何しようとして、要注意人物リストの特徴と一致することに気付いて兵士長は眼を丸くする。
「…貴様はルゲイト・ガルバン」
兵士たちは今更になって身構えるが、ルゲイト以外は馬車を引いていた獣脚龍だけだ。
後はもしかしたら馬車の中に誰かいるかも知れなかったが、降りてくるような気配はなかった。
「……ガーネット神皇国、女皇ユーウ・フガールに拝謁を申し込みたい」
やや掠れた声で、ルゲイトは眉を寄せたままの表情を少しも崩さずに言う。
「拝謁だと? 何を寝惚けたことを! 龍族に与する人間が…」
「……今日、私は龍族の使者として来た」
ルゲイトが手を水平にしてから下げると、獣脚龍が伏せる。風圧でコートが大きくはためく。
「……降伏を申し入れるために」
ここで長々とやり取りをするつもりはないとばかりに、ルゲイトは要件だけを淡々と伝える。
「こ、降伏!?」
一瞬だけ呆気にとられた兵士たちだったが、予想もしてなかった発言に動揺が走った。
兵士長は「落ち着け」と周囲に睨みを利かせる。ここで混乱に陥る方がよほど不味い状況だ。
「降伏とはどういう…」
「……そのままの意味だ。我々の代表たる龍王エーディンは敗北を認め降伏する。従って和平のために話し合いの場を設けてもらいたい」
兵士長は腹に力を入れる。ルゲイトの話術のペースに巻き込まれつつあるのだとは解った。何か策の一つに違いないと、惑わされてはならないと自分自身を心の中で叱咤した。
「どういう心変わりだッ。そんなこと信じられるものかッ!」
このルゲイトという男に散々翻弄され、帝国軍は大打撃を被ったのだ。易々と言葉通り受け取れるはずもなかった。
「……だからこそだ。信用を得るために、龍族の作戦指揮を行っていた責任者の私自身が赴いた」
「それでもだ! 女王陛下がお会いになられるはずもない! ノコノコ出向いて来たのならマヌケな話だ! そのまま獄舎行きだ!」
獣脚龍を警戒して言うが、その敵意を隠さぬ攻撃的な発言にも反応は示さなかった。
ルゲイトはサングラス越しに兵士長をしばらく見つめる。彼にこの場の決定権があるのだと理解してるのだ。
「……嫌でも会わざるを得ないことになるだろう」
「なんだと?」
意味深なことを言い、ルゲイトは馬車の方を見やる。
「……我々は“誠意”を用意した」
「何を言っている…? 貴様…」
周囲の視線が馬車に集まるのを見て、ルゲイトはゆっくりともったいぶって口を開く。
「……あの中に居られる方は、龍王アーダン陛下だ」
獣脚龍が姿を現した時とは比べ物にならないほどの衝撃が走る。
「……我々は和平の証として、龍王アーダン陛下を人質として差し出す」
兵士長の指示もなく、部下の兵士が非常警報を鳴らす。赤いパトランプが明滅し、けたたましいサイレンが響き渡った。
兵士長はギョッとしたが、それでも部下を叱る気にはなれなかった。彼がそうしなければ、間違いなく自分がそうしていたと思ったからだ。
「……さあ、拘束でも何でもするがいい。私たちは一切の抵抗をする気はない」
ーーー
外界が雪の中に閉ざされ、底冷えする回廊をエンロパ、ドルドグ、ラウカンの三者が用心深く進む。
「ここがそうかい」
ようやく辿り着いた最奥の部屋。王族であっても立ち入れないその場所は、キードニアの最高機密を扱う研究所であった。
「あそこにあるのはなんだい?」
分厚いガラスに仕切られており、そこから見下ろす階下には沢山の機械の中、深緑の培養液が満ち満ちた一抱えもある巨大な円筒ポッドがあった。
「機甲体の研究の一環でヤンスかね?」
「ったく、あれがゲナ様が探してたやつかい? でも、近づかなきゃ何なのか解らないじゃないか」
「恐らく実験室に入るには、外廊下から下に回らねばならぬようですな」
ドルドグが周囲を見回し、この部屋からは実験室に入れないことを確認する。
「ど、どうするでヤンスか? お嬢…」
「……ゲナ様に報告するよ」
「誠にですか? このような物を…」
そこまで言って、階下から大きな叫び声が響いた。
ラウカンはヒィと頭を抱えてしゃがみ込む。
「あ、あの声! 国主様を殺したヤツでゲス! やっぱりまだ生きていたでヤンスよ!」
「チッ! さっさと逃げるよ! あの“怪物”がここに来る!」
「おのれ! 郷里に戻りて、仇すら討てぬとは口惜しや!」
「今回は違う! ウチら仕事で来たんだ! 割り切りな!」
エンロパは手近な机にあった書類を適当に掴み取る。
「さあ! 逃げるんだよ!!」
三人は慌てて部屋を出て行く。
階下の円筒ポッドの中で、泡が揺らめいた。“尻尾”を動かして寝返りを打ったのだ。
深緑の培養液の奥、金色の双眼が細められる。“それ”は侵入者たちの姿をジッと観察していたのであった…………。
──第ニ章 魔界の統治者トルデエルト 完──
まだ完結していませんが、一旦ここで書くのを終えたいと思います。
現在およそ200万文字。ここで折り返しなので、恐らく最後まで書くとしたら400万文字近くになってしまうかと…。
一応ラストまでの構想はあるのですが、最後まで書ききる自信がないのと、他に書きたいものがあるのでという理由です。
よく考えれば、いやよく考えなくてもライトではなく「なろう系」で書くには相応しくない作品であったと反省しております。
しかし、趣味で好き勝手に書いてましたので私個人としては楽しかったです。
なにせ中学生の時にRPGにしようとしていたものだったので、当時の設定資料読み返して「なんだこれ! 中二病まるだしやん! 恥ずかしい!」と思いつつ…。如何に当時の浅い話を深掘りして肉付けしていくか。ベースは崩すまいと思っていただけに、大変難解でしたが楽しい作業でした。
肝心の読んでいただいた方に楽しんで頂けたかは甚だ疑問ですが(^_^;)。
しかし、こんな作品にブックマークしてくださった方、そして更新の度に読んでくださった方に心から感謝致します。
更新する度に数字が増えてることだけでも「よし。一人でも読んで下さるならアップしよう!」と励みとなりました。
知人には大学ノートにシコシコ書いてろよなどと辛辣な忠告を受けたこともありましたが、やはり一人でも読んで下さる方がいるんじゃないか…そんな思いが200万文字書く原動力になったのは間違いありません。
三章以後を書くかは現在考えておりませんが、何かの拍子にまた書き始めるやも知れません。もしその時が来ましたらまたよろしくお願い致します。
本当に最後までありがとうございました!




