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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
203/213

200話 最後の召還神

おかげさまで200話突破です!

ここまで読んでくださってる方はなかなかいないとは思いますが、もしおられましたら心から感謝致します( ‘ 0 ‘)ノ

更新はできるだけ滞らせず完結させたいと思いますので、何卒最後までお付き合い頂ければ幸いです!

「久方ぶりだな! 以前と同じ場所…いや、今は遥か天空高い場所ではあるが、こうして雪辱を晴らせる機会を与えて下さったことを魔王トト様に感謝せねばなるまい!」


 ギラはセリク、フェーナ、ヘジルを順繰りに睨みつけて不敵に笑う。


「オウ。なんだ? ガルのオッサンよりずっとデケぇヤツだな。知ってんのか?」


「以前、大群を率いて帝都に進行していた魔物どもの首魁だ。魔王の側近でもある。強さは…」


 ヘジルはギラの下半身が以前と違うことに気付いて眼を細めた。


「…以前と同じなら勝機がある。しかし、そうでなければ」


「ドラゴンの脚…もしかして変えられるのか?」


「察しの通りだ。自分は寄生型の魔族! 相手の半身を乗っ取ることで、当然ながら戦力も戦法も変わる!

 以前の半人半馬ケンタウロスなどとは比べ物にならない、半人半龍エキドナの脅威をその身を持って味わうがいい!」


「『イバンの聖盾!!』」


 振り下ろされる一撃に、フェーナが聖盾を作り対処する!


「今更そんな手が通用するか! くだらん!」


「キャッ!」


 あっという間に聖盾は砕かれるが、フェーナはしてやったりの得意気な顔をした。


「私だってあの時のままじゃない! 『イバンの聖痕スティグマ!!!!』」


「なんだ?!」


 聖盾の“表層”だけが弾け飛び、その破片が礫となって一斉にギラを襲う! 思わぬ反撃に、ギラはたまらずに身を庇った。


「フェーナ! いつの間にそんなこと…」


「エへへッ! 私だって戦えるんだもん!」


「よし。いける! 一気に倒すぞ!」


「オウ! 相手は女…っぽいが、今はそんなこと言ってられねぇしな!」


 この勢いに乗ろうと、ヘジルとブロウも前へと進み出た。


「倒せる? このトト様の魔力を得たギラを倒せると!? 面白い!!」


 ギラは破片を振り払い、前脚を上げて威嚇した。


「…裏から侵入したのか。神々による加護を受けている防壁を破って」


 侵入経路と思わしき割れた天井窓を見やってヘジルは眉をひそめる。

 迷路の外壁はブロウですら壊せなかった物だ。恐らく一番重要なこの間は最も堅牢にしてあるだろう。それをギラが破壊したということは、その力は決して油断できるはずはない。


「…オウ。俺様とセリクが注意を引くぜ」


「ああ。その隙にヘジルは天空神を」


 二人が小声で言うのに、ヘジルは視線だけで了解したと伝える。

 そして立ちはだかるギラの先に祭壇があるのだろうと、ヘジルは眼を凝らす。


「よし。あそこか…ッ!?」


 細まっていたヘジルの眼が見開かれる。


「ん? ああ、これか?」


 ヘジルが驚いていることに気づき、ギラが視線だけを自身の後ろへと向ける。


「その反応だと、余程重要な何かだったみたいだな」


 そしてギラが脇にずれたことで、部屋の奥が明らかとなる。それを見て、セリクやフェーナ、ブロウもヘジルと同じような顔をした。

 それは粉々に砕かれた祭壇であった。円形の台座には執拗に打ち付けられたであろう斧の爪痕があり、中央の紅い石にも大きなヒビが入ってしまっていた。


「そんな…これでは…」


 ヘジルは神宿石が全く反応しないのに愕然とする。召還の条件が整わないのだ。つまり、天空神を喚び出すことができないのである。


「ここまで来て…そんなことってある?」


「残念だったな。小さな希望すら打ち砕いてしまったことは同情するぞ。しかし、半端な抵抗をして、魔王トト様に八つ裂きにされるよりは、このギラによって首をはねられた方がまだ苦しむまい!」


「勝手を言うな!」


「オウ! こちとらピンピンしてんだ! やられるって決まったわけじゃねえ!」


 セリクとブロウが敵に集中しているのを見て、ヘジルも気を取り直そうと頭を振る。


「まだだ。ここで終わってたまるものかッ」


「うん! そうだよ! いまはコイツを倒そう! 倒してから考えよ! きっと何かまだあるはずよ!」


 四人が向けてくる圧力を一身に受け、ギラは一層不敵に笑う。


「魔王様の膨大な魔力を借り受けたこの力に勝てるものかッ!」


 ギラの全身から魔気マガが迸る! そして四人は気づいた。彼女の身体のいたるところに、龍である下半身も含んで魔玉石が取り付いていることに。それはまるで植物の根を生やしたかのように、甲冑ごと取り込んで組み合わさっているのだ。


「魔技『死樓追葬嶽弾しろうついそうがくだん!!!!』」


 魔力を溜めることなく、ハルバードから追尾性のある弾を無数に飛ばす!!


「『衝遠斬!』」


「うおらッ! 『鋼発拳ッ!』」


 セリクとブロウがほぼ同時に繰り出すが、押し負けて後ろにと下がる。


「以前戦った時とは別人みたいだ」


 痺れる自分の手を見やり、セリクは額に冷や汗を流した。


「これが本来の自分の力だ!」


 ただの突き払い、突撃に置いてもパワーもスピードも段違いであった。

 拒滅ルンを常時纏っているセリクが押され、ブロウの攻撃もほぼ通用しない。

 フェーナは回避できそうにない攻撃に聖盾を張り、二人が受けた傷を治すことで手一杯となる。


「そんなものかッ!」


「クッ!」


「チッキショウが!」


 ギラは二本の前脚を大きく振り上げる!


「『覇龍八宝震撼はりゅうはっぽうしんかん!!!!!』」


 床に叩きつけられる瞬間、セリクはギラが波動タオを発したのを見やった。

 ギラを中心に八方向に強い衝撃波が放たれる! 慌ててフェーナが守護方陣を作るが、すぐに崩され全員が床に倒れ込んだ。


「龍族の技まで使うのかッ」


「オウ! こんなん反則めいた強さじゃねぇか!」


 ブロウは自身の懐を見やり、そして皆を見やって強く舌打つ。


「戦いを愉しみたいところだがな! 自分もまたトト様にいち早く合流せねばならん! 悪いが全力で即殺させてもらう!」


 ギラの上半身から魔気マガが迸り出て、下半身からは波動タオが渦巻く、そして身体の境目でバチバチッと火花が散るかのような現象が生じた。


波動タオを魔力で抑えつけて無理に発動させている? それを可能にしているのは魔玉石…聖剣セラフムを使ったベロリカとは反対の理屈か?)


 ヘジルは眼鏡をかけ直して懸命に敵の情報を読み取ろうとする。


「…であれば、これが有効だ! 獣神!!」


 即座にアニマーレを召還する。突然現れた大狼に、ギラは警戒してハルバードを構え直した。


「そうか。一人、神々の力を使う子供がいたな!」


「“神々の力”ではない! “神々そのもの”、だ! 獣神やってくれ!」


 ヘジルの意思はすでに獣神に通じていた。承諾の合図に大きな咆哮を一つ上げる。


「神技『狂然叫喚きょうぜんきょうかん!!!!』」


 不協和音がギラの魔力を酷く揺さぶる!


「直に自分の魔力に作用する技か! 良い視点だ! だが、その程度! 舐めるな!」


 集中させた魔力が、『狂然叫喚』を正面から打ち払う。


「なんだと! ベロリカには通じたはず!」


「彼奴の魔力は不可逆的に強く結束しているなり。その強き魔力で波動を覆ってしまっているせいで揺さぶりをかけられぬ」


「そうか。魔族と魔玉石の相性は良すぎるということか…しかし」


 ヘジルはふと疑問に思う。もし魔玉石を取り込むことでここまで強くなれるのならば、どうしてわざわざそれを砕いて魔物どもに与える必要があったのか、と。

 軍を増強するという意味だけならば解るが、前の戦いでギラがこの手段をとらなかったことが不可解に思われたのだ。


「ならば何かのリスクがあるはず…」


 アニマーレを戻し、グライドとリグルスを喚び出す。


「ヤッバー。ちっと強くない〜?」


「下半身の龍…元は相当な手練であったように見受けられるでござる」


 二神の評価に、四人は驚く。


「判るものなのか?」


「放たれるオードの総量からおおよその見当がつきまする」


「寄生型の魔物って、寄生する相手によって力量を大幅可変させられるんだよ〜。上位魔族になると下手をしたら軽く数倍とかあり得るね〜」


「数倍? マジかよ! そんな他人の力使ってまで強くなりてぇもんか?」


「フン! 何とでも言うがいい! 魔王トト様のお役に立てるならば、自分は何でも利用するだけ! それが魔王様ご自身の御力であってもな!」


 叫んだギラの仮面の下から血が垂れ流れ出る。


(身体に負荷がかかってるのか? キャパシティ以上の力の発露がダメージとなっている?)


「某らが手数で抑えつけて行きまする。セリク殿とブロウ殿はその間に突破口を…」


「倒す必要ある〜? 別にもうここには…」


「リグルス殿ッ」


「あ。いっけね〜」


 グライドに窘められ、リグルスはペロッと舌を出す。


(どういうことだ? “もうここには”…なんだ?)


 ヘジルは二神を注意深く見やるが、それ以上のことは解らなかった。

 神々は明らかに何かを知っている。その上で試練だとして、必要ではない情報は伝えないのだ。


「さあ! いい加減に消え去れ、人間ッ!」


 魔技と波動による同時攻撃で攻め立てる!

 グライドとリグルスが捌くが、威力を殺し切ることができず、セリクとブロウがさらに重ね当ててようやく相殺といった有様だ。


「このままじゃ持たないよ! 私が盾作るから離れて!」


「駄目だ。それよりも僕が大地神で…」


「上級神の召還はスゴイ負担になるんでしょ! それはまだ使う時じゃないわ! 天空神との契約だってあるんだから!」


「しかし、フェーナ。君も力を使い過ぎ…」


「話す余裕など与えんッ!!」


 ギラの渾身の一撃が全員を一気に薙ぎ払う! 


「『魔波激流鳴渦まはげきりゅうめいか』!!!!!』」


 魔気と波動が激しく反発しあうことで、膨大な歪な力が大渦巻きとなって一気に放出される!!


「これはたまらんでござるッ!」


「受け流し切れないよぉ〜!」


 グライドとリグルスは力を維持できずに掻き消えてしまう。

 そして四人は壁際にまで吹き飛ばされ、受け身も取ることができない。


「ゴハッ! ファハハ…少し、力を使いすぎたか」


 仮面の庇を開き、吐血した血を辺りに撒き散らす。ギラの眼は青く充血し、口や鼻からも大量の血を吹き出していた。

 先程まで溢れていた魔力は心なしか弱くなり、それに比例するかのように下半身の波動も大きく目減りする。


「これで終わりだ! トト様にまで届く甘美な悲鳴を奏でて絶命しろッ!!」


 ハルバードの槍がセリクの頭を貫こうとした瞬間、柄に金属の糸が巻き付いて勢いを止める。


「なんだコレは!?」


──お、起きて…。レイド様──


 糸を飛ばしたのはアラーニェであった。顔を半分に割られ、もはや瀕死であったにもかかわらず、最期の力を振り絞ってセリクを助けたのである。


「死に損ないの雑魚がッ!」


──レイド様。どうか、“コア”にまでお逃げ下さ…──


「アラーニェ?」


「フンッ!」


 鋼鉄糸を軽々と引き千切り、ギラはアラーニェを串刺す!


「ああッ!」


 セリクは悲嘆の声を上げた。アラーニェはもはやピクリとも動くことはなくなる。


「よくもッ!」


「意識を取り戻したか? しかし無駄なこと。もはや動くこともままなるまい!」


 ギラの言う通り、セリクは立ち上がることができなかった。

 力を温存して戦える相手ではないことは解っていた。しかし、セリクはどこか無意識のうちに魔王トトを相手にすることを考えて全力を出し切れていなかったのだ。


「クソ…。俺がもっとしっかりしていれば…」


 セリクは倒れている三人を見やって悔しそうにする。


「ファハハッ! 反省はあの世で神々に向かってすることだな! “なぜ助けてくれなかったのだ?”とでも問い質すがいいッ!」


 ギラの罵詈に、セリクがカッと眼を見開く。


 そして空間が白く歪み、“天空神の間”を幻視した。

 そこには破壊の爪痕はなく、ギラもいない。そして部屋にはパイプが何本も走っていた。

 ギラの代わりには、祭壇に何者かが立っていた。姿は闇のヴェールに覆われていて、白銀のブーツしか解らない。


──なぜ神は人を助けてはいけない!?──


──愚問! そのような疑問を抱くこと自体が最高三大神への叛意であります!──


──叛意だって? ボクはただ知りたいだけだ! 神は人を愛しているんだろう!?──


──愛しているからこその管理統制! 救済もまた計画あってのもの! それ以外は秩序の崩壊をもたらすであります!──


──苦しむ者や死ぬ者が増えることこそがすでに崩壊とは考えないのか!?──


──くどい! レイド! 忘るるなかれ! 安寧秩序とは、小神らが人間ヨニマに与えるもの! 小事の慈悲に囚われていては大事の救済も成されぬであります!──


 それは激しい言い合いであった。レイドが誰かに向かって大声を張り上げていたのだ。


 すぐに幻視は消え、セリクは現実へと戻る。

 そして壊れた部屋、ハルバードを振り回し迫り来るギラが視界に戻ってきた。


(? あれ…)


 セリクは違和感を覚える。何かがおかしいと。


(ここに天空神はいない…?)

 

 先程に幻視した風景と微妙に異なる。部屋の大きさ、柱の位置…そして何よりも幻視した部屋は配管だらけだった。つまり、ここは“天空神の間”ではないのだのセリクは察する。 


(“コア”? そうだ。アラーニェは確かにそう言った。そこはどこだ…。そして、いま俺たちがいる場所は天空神の間じゃない??)


 そして、アラーニェの台詞を思い出す。


「ヘジル!」


 セリクが叫ぶのに、意識を取り戻したヘジルが顔を上げる。


「ここは“蜘蛛の巣”だよ! ここを吊るしているんだ! それを壊して!」


「吊るしている? そうか! …そいうことか!」


 セリクの叫びに、ヘジルはハッと辺りを見回す。


「何を訳の解らぬことを! 絶望的な状況に気でも触れたか!」


「大地神!!」


 ヘジルはカイオ・ロドムを喚び出す!


「この部屋の四隅を打ってくれ!」


「仰せの通りにですこと。召還師ヘジル・トレディ」


 大地神は石礫を部屋の角に一斉にと放った。


「何をする気だ!?」


 ギラが戸惑う中、部屋全体が奥側へと傾く!


「キャア!?」


「ウオッ!?」


「今だ! みんな今すぐ入口にまで戻れ!」


「させるかッ!」


「カイオ・ロドム! 足止めを!」


 カイオ・ロドムは頷くと、追いかけようもしたギラの眼の前に石壁が生じて阻む!


「垂直になったら登れなくなる! 早く!」


 セリクはフェーナの手を引き、ブロウとヘジルは半ば這うようにして傾きつつある入口へと飛び出した!


「なになに!? どうなってるのこれ!?」


 屋上フロアが支えを失って、大きくひっくり返るのをフェーナは眼を丸くして見やる。


「蜘蛛の巣だよ。あのフロアは俺たちを誘き寄せる偽物の物だったんだ」


「アン? なんだって? なんでそんなこと…」


「いや、充分考えられることだ。この天網宮殿はアラーニェが作り上げたものだとしたら、そもそも最上階だけ床があるのはおかしい。見てみろ。ダミーだったんだ」


 崩壊しつつある最上階の底に、本当に蜘蛛の巣状に糸が張り巡らされていた。そして四隅には途中で切れた糸が残されている。そして本当の建屋の柱から、部屋自体を吊り下げる構造となっていたのだ。


「なら天空神の居場所はあそこじゃなかったってこと??」


 フェーナの問いかけに、セリクは下を指差す。

 アラーニェが死んだせいなのか、強度を失い徐々に壊れ消えつつある糸の束が見えた。天網宮殿の中は吹き抜けのがらんどうになりつつあった。

 さらにその先に比翼の間が見え、無数の糸によって上手く隠されていた下へと続く道が垣間見えた。


「祭壇はもっと下だったんだ。この神翼島の中心にあるはずだよ!」



 比翼の間に再び戻り、明らかになった通路をセリクたちは駆け降りて行く。


「ギラは?」


「大丈夫だ! あの巨体だからな、こんな狭い通路は抜けてくるのも一苦労だろう!」


 そして辿り着く。天空神の名が印された大門へ。


「ここは…まさか、神翼島の動力室なのか?」


 周囲に張り巡らされた配管を見てヘジルが言った。


「そう。この神翼島の本当の姿は…」


 セリクは迷うことなく、大門を剣を叩き付けるようにして開く!

 中は無数の配管が壁を走り、中央の祭壇のある台座へと続いている。そしてどういうことか、最上階にあった間のように上半分が総ガラス張りで外の光景が見えるようになっていた。


「ここが天空神の間かよ…」


 どこから一陣の風が吹き抜ける!


「な! 神宿石が勝手にッ?!」


 ヘジルの腕に神宿石が現れ、そして天空神の契約書がカバンから抜け出て輝きだす!


「そんな馬鹿な! 僕はまだ喚び出してなんかいないぞッ!」

 

 力が集約し、祭壇の上に何者かが姿を現す。

 セリクよりも小柄な背丈。羽毛のような白色の長髪、そして漆黒のサーコート。白銀のガントレットとロングブーツといった出立ちをしていた。

 胸を大きく反らし、踵を合わせ、形式ばった姿勢で後ろ手を組む少年である。

 怒る鳥の嘴を模した黄金のマスクを被り、スリットから覗く旭日を思わせる力強い眼が、セリクたちを見下ろす。その眼は子供の持つ甘さは一切なかった。


「悠長! 実に悠長! 小神の予定した刻限はとうに過ぎているであります!」


 部屋全体に響き渡る甲高い声は少年特有のソプラノボイスであったが、そのことが相手がいかにせっかちで神経質なのかを如実に示していた。


「あなたが天空…」


「神の名に置いて世を平定することこそが貴君らの役割!! 命じられた任務を果たすことに、貴君らが心血を注ぎ切るのが神意に適ったこと!」


 ヘジルの問いかけに被せる形で天空神らしき存在は大声を張り上げる!


「オウ!! ちっと待てよ!! こっちの話を…」


 ブロウが大声を出したことで、初めて天空神が個人へと眼を向ける。


「ウガッ!」


「お兄ちゃん!」


 いきなりブロウがその場で弾むようにしてひっくり返る。


「な、なんだぁ?」


 鼻筋に痛みを覚え、手を当てると多量の鼻血が溢れる。

 天空神が小馬鹿にしたように咳払いをしたことから、彼が何か見えない攻撃をしたのは明らかであった。


「何をするんだッ?」


「…? レイドでありますか?」


 セリクの眼が怒りに紅く燃えるのを見て、天空神は眼を細めた。


「天空神とお見受け致します。僕は神々の召喚師として選ばれたヘジル…」


「名乗らずとも結構。小神は貴君ら人間ヨニマの名を覚える気は全く無い故に」


 冷たくそう言い放ち、ブロウやフェーナに睨みつけられるのも意に介さず天空神は続ける。


「しかし、愚昧な貴君らには神名を聞かせねばなるまい!」


 どこまでも尊大な態度に、ヘジルもさすがに不愉快そうにした。


「小神こそは、第三級神にして五番目の神柱。神界セインラナスに通ずる大空の監視の眼! 地上フォリツッアの秩序と安寧を総括管理する上級神にして、神王の代行者! 『天空神エアズ・ノスト』であります!!」


 名乗りと共に室内にもかかわらず風が吹き荒れ、エアズ・ノストの背に翼のような形で多重光輪が生じる! それは黄金の翼と形容してもいいだろう。連動するように、天空神の瞳にも光輪が出現して高速回転しだした。

 そしてヘジルは祭壇から通ずる配管に膨大な神気シンが激しく流れ出すのを眼にした。


「そんなまさか…。信じられない。もしかして、この神翼島の動力源は…」


「そう。天空神自身の神力で神翼島は浮いているんだよ」

 

 セリクが断定するのに、ヘジルは眼を丸くする。

 神々は眠りにつく際、一割程度の力しか地上には残されていないはずだ。ずっと眠っていたわけではないのはグライドやリグルスの例からも明らかだが、少なくとも神界凍結以降、一〇〇〇年以上もこの神翼島を平気で浮かし続けることができる力を、眼の前の子供にしか見えない上級神は軽々とやってのけているのだ。


「雑談など無用!! 神々の召還師よ!! 金糸蜘蛛アラーニェを倒し、祭壇まで来れたことはごくごく当たり前のこと!!」


 そこまで聞いて、セリクはアラーニェがそのために天網宮殿で待ち構えていたのだと理解する。

 恐らく最上階で本当ならばアラーニェと戦い、勝つことでここまでの道が開ける仕組みだったのだろう。それをギラによって妨害されてしまったのだ。


「しかし!! 安んずるのはまだ早い!! 試練は終わりではないであります!! この地上統治者代行、天空神が貴君らの力量を正しく推し量る!!」


「お待ち下さい! 天空神エアズ・ノスト! 試練を受けなければならないことは承知しています! しかし、今は魔王の襲撃を受けている緊急事態です!」


「…緊急事態?」


 ここに閉じこもっていたせいでエアズ・ノストは状況が解っていないのかとヘジルは最初そう思った。しかし、即座に鼻で笑われたことから違うのだと理解する。


「確かに魔族ハエどもが我が砦にたかっているようだが…」

 

 エアズ・ノストがパチンと指を鳴らすと、天窓がすべてがスクリーンと変わり、神翼島周辺三六〇度で映し出される。

 飛雷艦からの砲撃は相変わらず止まず、無数の魔物が島の上層に群がり荒らし回っている姿が映し出された。

 スクリーンは目まぐるしく変わり、神翼島だけではなく帝都や地上の状態も見せる。


「な、なんだ? 龍族…いや、あれは魔龍か? 帝都になぜ? どこから現れた?」


「オウ!? なんだ? ゾンビ魔物だけじゃねぇぞ! 見たこともねぇ怪物が出てきてやがるじゃねぇか! どうなってるんだ!?」


「マトリックスさんたち大丈夫かしら…」


「異界のオーガを使役している様子。つくづく神の定めた法を蔑ろにしているであります!!」


「エーディン。魔王トト…」


 エーディンとトトが戦っているのが一瞬だけ映り、セリクは手を握り締める。


「俺は一刻も早くあそこに行かねばならないんだ!」


 感情的になるセリクを抑え、ヘジルが前に進み出る。


「手続きとして試練が必要なのは理解しています。受けないとは申していません。まずは今時分だけでも力をお貸し下さい」


「力を貸せ?」


 エアズ・ノストがピクッと口元を震わせる。


「魔王さえ退けば、契約のために僕らの力をきちんとお見せします。約束します」


「断じて否!! 試練は試練であります!! どのような場合も例外は認めぬ!!」


 一喝され、ヘジルは怯む。


「降りかかる艱難辛苦を全て乗り越えることこそが試練の本質!! それでこそ、この天空神が認めるに値す!!」


「しかしッ!」


「人間風情が!! 小神に意見などするなッ!!」


 全く聞く耳を持たぬ天空神を相手に、四人は苦い顔を見合わせた。


「裁定神パドラ・ロウスが定めた規律は絶対!! 例外など如何な理由であろうと罷り通らぬ!!」


「…やっぱり話が通じる相手じゃない」


 根本的な部分の齟齬を覚え、セリクは剣を構えた。


「…やるしかないのかッ。クソッ。こんな時にッ」


「オウ。ま、そっちの方が解りやすくはあるがな」


「解りやすくはなるのは賛成だけど、戦いたいわけじゃないから。でも話し合って解らないなら殴り合うしかないよね」


 戦う覚悟を決めた四人に、エアズ・ノストは冷徹な眼を向ける。


「ここか! 人間どもめ! 逃しはせんぞッ!!」


 扉が勢いよく開き、ギラが姿を現す!


「クッ! もう追いついたのかッ!」


「魔族? こんなところに?」


 エアズ・ノストは不快そうにギラを睨む。


「…そうか。貴君らが招き入れたのか。この聖域に土足で立ち入るとは恐れ知らずであります」


 ギラの眼が天空神を捉え、憎悪を剥き出しにしてハルバードを構える。


「天空神! 俺たちはまずギラを倒す! 試練はその後にしてくれ!」


 セリクがそう言って切先をギラへと向け直した。

 それが気に入らなかったのか、エアズ・ノストは皆が聞こえるほどの音を立てて歯軋りした。


「この小神に背を向けるとは不届き千万!! 正当正式なる神聖な儀式を穢すことは赦し難し!! それは最高三大神に対する不敬であります!!」


「なんか怒っているポイントが…“俺を無視するな”ってレベルじゃん」


 フェーナは小声で嫌味を言うが、エアズ・ノストは自分の主張を語るのに忙しく聞こえていないようだった。


「オウ! ならどうしろってんだよ、チビ神サンよ! 同時に闘えってのか!?」


「チビ神? 口の利き方に気を付けよ!! 貴君は誰と対話していると考えているかッ!?」


「…まるで初期のプラーターと話してみたいだ」


「プラーターだと!? 小神を下級神と同列に扱うとは遺憾千万!!」


「くだらん! 黙るがいい! 貴公らの話など自分にはどうでもいい! 神がこの場にいるならば好都合! 魔王トト様に代わって、この自分がまとめて始末してくれるッ!!」


「ここでやられるわけにはいかないッ!」


「オウ! さっきと同じようにはいかねぇぞッ!」


 ブロウは懐に手を差し入れて言う。


「不敬!! 不敬な!!!」


 自分を無視して戦おうとするセリクたちと、そしてギラを見て天空神が喚く。

 ヘジルは大地神の要請を感じて召還を行う。


「兄神様。たいへんご無沙汰しておりますこと。

 そのお怒りはごもっともですが、なにとぞ対神たる当方に免じて、この場はご容赦を…」


 カイオ・ロドムの姿を見て、エアズ・ノストの雰囲気が和らいだ。

 しかし、すぐにそれはほんの一瞬で消えてしまい、天空神は仮面の下から見える唇をへの字にしてキリリッと歯軋りさせた。


「神が人間のために弁明すると言うのでありますか!!」


「兄神様。人間は慈悲を必要とする…」


「否!! 人間に必要なのは神々の規律と秩序であります!! だからこそ、神々が人間に使役されるなどと…」


 そこまで言いかけ、裁定神が決めたことに異論を唱えることをためらい天空神は言い淀む。


「…現に示すべきは神の意思!!」


 割り切った様子で天空神は片手を突き出す!

 どこからか風が吹き抜け、ギラは自身の周囲に渦巻いていることに気づく。


「ッ!? 神の力か?!」


上級・・神であります!!」


 吹き荒れる突風により、ギラの身体が浮き上がる!


「兄神様!」


「これこそ神罰!!」


「ゴグワァッ!」


 手足を渦巻く風によって巻き取られ、六肢を突っ張らせながらギラは猛スピードで吹き飛んで行く!


「俺たちが四人がかりで苦戦した相手を一瞬で…」


 セリクたちはその力に驚くが、天空神はごく当たり前のような様子で左右に手を開く。


「聞け!! 神々の召還師!! 試練そのものは変わらずに行うであります!!

 しかし、その方法は貴君らが望むような形に変え、“人間が神の役に立てるのだ”ということを証明するのであります!!」


「あ、ありがとうございます…」


 ヘジルは天空神が妥協したのだと思う。しかし、カイオ・ロドムは浮かぬ顔をしていた。


「神の沈黙を容認と解釈し、傍若無人を振り撒く者どもに鉄槌を与えるであります!!」


「な、なんだ!?」


 ガタン!! 床が大きく揺れ、部屋全体がひどく震動する!!


「あ、ああッ! なんか部屋が割れてる!!」


 フェーナが言う通り、入口の扉が左右半分に割れ、それだけにとどまらす縦に真っ二つに裂けるようにして亀裂が広がる!

 セリクたちが立つ祭壇の付近だけが残り、部屋が左右に展開する。青空が隙間から見えることから、これが島全体規模で起きているのだと解った。

 そして天窓のスクリーンに、天網宮殿や外壁にも影響が生じて建屋が崩れる様が見えた。彷徨いていた魔物は哀れにも落ちてきた瓦礫に潰される。

 震動と共に祭壇が競り上がっていく。最初からそういう設計になっていたのか、配管の繋ぎ目が蛇腹形状になっていて合わせるかのように延びた。

 

「これが神翼島の真の姿であります!!」


「僕たちが進んできたところ全部がダミーだったのか…」


 祭壇から下を見やる。それは島の土塊の中に隠れたいた住居部が剥き出しになっていた。天網宮殿と迷宮部分は半壊し、今ではただ余分なパーツとばかりにぶら下がっているだけだ。

 祭壇部分は配管だらけの支柱であり、その下はほぼ金属の半球体であった。防衛用の石像たちも実は金属でできており、石片のタイルで覆われていただけなのが明らかとなる。その底面には、まさに神々の眼を思わせる装飾が無数に描かれていた。

 その全体像は、空中の監視要塞と呼ぶに相応しいものである。


「さあ!! 裁きの時であります!!」


 下に広がる戦場を見据え、天空神は大きくそう叫んだのであった……。

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