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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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1話 生贄

 呪われた大地ファルドニア。

 

 砂漠を一台の馬車が、凄い勢いで駆け抜けていく。

 星の光輝く夜だというのに、“龍王の涙”と呼ばれる異常な大雨が降り注いでいた。

 二匹の馬は濡れた砂地に足を取られつつも、いくたびも振るわれる鞭に、半ばつんのめるようにして先を急ぐ。


 無精髭の生えた荒っぽそうな大男は、酒袋を握りしめてゴクゴクと飲み干した。

 隣で鞭を振っている出っ歯の小男は、羨ましそうにチラリとそれを見やる。


「村長の命令だとはいえ、こっだらおっかねぇ場所にワシらが来なきゃいけねえとはな! 教会で毎日、イバン様に祈っているってのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけねぇわけだか!」


 赤ら顔で、酒臭い息を撒き散らしながら大男は愚痴る。


「まったくだぁ…。でんも、こんで厄介者を追んだすことができんべ。そんで龍王のお怒りさぁ止めてもらえりゃ、一石二鳥ちゅうもんだよ」


 小男はケラケラと笑い出す。しかし、急な稲光が光ったのに笑うのをやめてゴクリと息を呑んだ。


「龍王のお膝元、ファルドニアか…。いつまでもこんな所にいたとしたら、ワシらいつ死んでもおかしくねぇな」


 大男は深く溜息をつき、荷台の小窓を開いて中を覗き見る。

 薄暗い闇の中、紅い二つの光がキラリと光った。それを見て大男はブルッと身震いし、慌てたように小窓を閉める。


「……“悪魔の子”か。はやく龍王の城に送り届けて帰るとすんべ」


 大男が言うと、小男も頷き、さらに鞭を入れる回数を増やした……。


 砂漠地帯を抜け、ファルドニア地域の中央に位置する大森林に入っていく。

 このような乾燥した不毛地帯に樹木が生えることなどあり得ないはずだが、龍王の力による奇跡によって、自然までもが操られているのではないかというのが、学者たちによる見解だった。

 もちろん、無学な田舎者の二人にとっては全く縁のない話であり、ただ恐怖心に急かされて森の中を突っ切って行く。


 森は見た事もない木々が多く繁ってはいるが、不思議と生き物の気配がまったくしなかった。薄暗く陰鬱としていて、生気の欠片すら感じられない。

 ただ深い悲しみと虚しさ、その奥底に隠れるかのようにして行き場のない憤り、そういったものがその森全体を覆っていた……。




 半時ほどかけて森を抜けると、黒一色の不気味な城が姿を現した。


 それは鷹揚おうようでこそあったが精緻にかけ、必要最小限度の装飾しか施されていない無骨な建築物だった。

 建築者は何を考えていたのだろうか。ただ指示書の通りの必要なものだけを揃えて、形だけを城に整えたという感じであり、職人の遊び心や心意気というものは全く感じさせなかった。


「…これが龍王城だべか」


 二人の男は呆気にとられていた。馬車を止め、その巨大な城を下から上まで見やる。

 空を破らんばかりの鋭い尖塔の側で、一匹の龍が咆哮を上げながら旋回していた。

 その姿を見て、二人は思わず身を震わせた。スッと目を逸らし、ひたすら城門を目がけて馬を走らせる。


 城の周囲は外堀に囲われていたので、そこを渡す橋の上を行く。

 長く続く石畳の脇には、全て同じ形をした黒い龍のモニュメントがズラッと並んでいた。屈強な太い両腕を組んで、威圧するように侵入者である馬車を睨み付けている。もちろん歓迎されている雰囲気ではない。

 男たちは、身を寄せ合い、これから待ち受けるであろう恐怖に息を呑んだ。


 やがて人の丈の数倍はあろうかという城門が見えてきた。実に堅牢そうで、鉄の鋲が幾つも打ち付けてある。

 さらに門の上には、先程の像の数倍はあろうかという巨大な龍の頭部が置かれていた。その黄色い瞳が、絶対的な存在がここにいることを強く主張しているかのようだった。

 気の弱い者であれば、これらを見ただけで悲鳴を上げて逃げ出してしまうことだろう。

 馬たちですら怯えて何度も立ち止まろうとするが、二人の男は震える手に力を込めて手綱を操る。ここまで来て、おめおめと引き返すわけにはいかないのだ。


 城門の両脇にいた門兵が、警戒した様子で馬車に近づいてきた。


「…デ・エルネル・オゥス? ラ・アハ?」


 聞き慣れない言語でそう言い、長い槍を突きつけるようにする。

 二人は両手を上げて敵意がないことを示した。


「ラ・アハ?」


 門兵が再び繰り返した。男らが応えないのを見て、兜のひさしを上げて目を細めた。

 顔や体つきは人間そのものだったが、その表情や動きから明らかに別な生き物であると感じ取れる。

 片方の門兵が、おもむろに反対の門兵の胸をドンと殴りつけた。いきなりの事に、二人の男の心臓がドキンと激しく高鳴る。


「エシュア・バールバネア・ホド・ネィア」


 殴った方の門兵が、男たちを槍で指し示しながらそう言うと、殴られた方の門兵は大きく頷く。

 そこで男たちは気付いた。別に殴ったつもりではなく、ただ呼びかけただけなのだ。人間で言うところの、肩を叩くとかに相当する行為なのだろう。証拠に殴られたほうは別段気にしている様子もなかった。


「……お前らは人間か? この言語ならば解るか?」


 殴られた方の門兵が、人間の言葉で聞いてくる。


「あ、ああ。ワシらは人間だ。ガーネット南方領の最果て。レノバ村の遣いだべ」


 そう名乗ってみたものの、門兵たちは訝しげな顔をしたまま歯をガチガチとさせた。どうやら、肩をすくめるといった行為に当たるらしい。


「龍王城ここは、だ。何用か、人間? 応えよ、即座に。私は待たない。それほどには」


 殴った側の門兵が口を開く。先の者ほどには人間の言葉には慣れていない感じである。


「り、り、りゅ…龍王アーダン様にぃっ! お目通りを…を、を、願いたいべ、べ、べ。お、おく、おくおく…お、贈り物を…を、お持ちしただ、だ!!」


 舌を噛みそうな勢いで、小男が答える。

 二人の門兵は顔を見合わせて、ガチガチと歯を鳴らしたり口笛を吹いたりした。どうやら言葉だけでなく、こうやってコミュニケーションをとっているらしい。


「……しばし、そこで待っていろ。ルゲイト・ガルバン様に取り次ぐ」


 殴られた方が庇を下ろし、城門の脇にある勝手口から中に入っていく。

 残った兵士に促されて、二人の男は馬車から降りた。


 待つ事、数分。勝手口から、先程の門兵が戻ってくる。

 そして、金髪を後ろに撫でつけた長身の若い男がその後に続いて出てきた。

 眉を寄せたまま、蔑むように二人の男と馬車をサングラス越しに見やる。


「……私がルゲイトだ。何かを持ってきたそうだが?」


 比較的に落ち着いている大男の方にそう尋ねる。一瞬で、小男の方は緊張していて話にならないと見て取ったのだ。


「へい。あの荷台の中にありますだ」


 大男が指差す。その方向を見やって、ルゲイトはサングラスをクイッと中指であげ、しばし考え込むようにした。

 その時に着ているコートの裾が風にめくれたので、不快そうにそれを手で直す。そうした動作は人間らしく、先の兵士たちのような不自然なものではなかった。大男はそれを不思議に思いながらも、緊張に強張った顔を緩めることなく、ルゲイトの顔をジッと見やる。


「それで? 龍王アーダン様にお渡し願えるんでがしょか?」


「……陛下はいまお忙しい。代理の者が用件に応じる」


 ルゲイトは大男の方を見る事もなく、淡々と答えた。


「代理の者?」


 二人の男は困ったような顔をした。

 用事があったのは龍王アーダンなのだ。代理では話にならないかもしれない。

 慌てて抗議をしようと思った矢先、門が左右に大きく開かれる。


「……龍王アーダン様のご子息で在らせられる、エーディン殿下だ」


 ルゲイトが一歩後退して、胸に手を当てながら頭を軽く下げる。二人の門兵もスッと左右に後退した。


 開放された門から、甲高い笑い声と共に一人の男が姿を現す。


「イ~ヒッヒッヒッ!! 人間がこの城を訪れるとは珍しいことをあるもんだなぁ~」


 ぶっきらぼうな口調で、ガニ股でズカズカと歩み出てくる。とても殿下なんて呼ばれる身分のようには感じられない。二人の男は、その姿を見て唖然とした。


 龍王の子息という肩書きに反して、あまりにも背は低く、細身の人物であった。小男とさほど変わらない体型で、とても威厳などがあったものではない。

 黒い髪は逆立っていて、白髪が何本も混じっているし、肌は色黒で、黄色い眼がギラギラと獲物を探す肉食動物のように光っていた。

 薄ら笑いを浮かべている口からは、鋭い牙が見え隠れしている。

 服装も紫色と白色であしらった奇抜なローブを着ていて、道領国どうりょうこくの物と思われる東洋風のデザインであった。


 姿や物腰であれば、ルゲイトの方が明らかに品格があるだろう。


「ほーう。あれか?」


 エーディンは顎を撫で、橋の中央にある馬車を指さす。その動作はやけに人間臭さを感じさせるものだった。


「で、人間が龍王に物くれるたぁ……。どんな了見なわけかねぇ?」


 茶化すかのように、エーディンが二人の男に尋ねた。

 一瞬、二人の男は小馬鹿にしたような顔をしたが、エーディンの瞳孔が菱形なのを見てすぐに考え直す。相手がどんな珍妙な姿であれ、この男は龍王の息子なのだ。侮って、下手を打つわけにはいかない。龍王の恐ろしさは、村の教会で嫌というほど聞かされてきたのである。


「お持ちしたのは、ワシらの村で生まれた悪魔の子でして……。生贄にお捧げすることで、その……龍王アーダン様のお怒りを鎮めてもらえないかと思った次第でして」


 本人に出来る限りの丁寧な言葉を選び、大男が説明する。

 ルゲイトは小さくフッと笑い、エーディンの方は一瞬だけ眼を丸くして、それから腹を抱えて大笑いしだした。

 その予想外の反応に、男たちは戸惑う。


「生贄かぁー。イッヒッヒッ。人間ってヤツは……どうしてこうも面白いことを考えつくもんかねぇ」


 エーディンは肩をすくめながら、頭を左右に振る。やはり、その動作は兵士たちよりも人間らしい。

 サングラスをかけているルゲイトはどうかは解らなかったが、少なくともこのエーディンという男は龍族のはずだ。なぜこんなにも違うのかと、男たちは不思議に思う。


「……せっかく来て頂いてなんだが、残念なことを伝えなきゃならねぇな。実はな、龍王は人間は喰わねぇんだよ。親父も…もちろん、俺もな。ま、他の龍共はどうだか知らんが」


 二人の門兵を見やると、慌てたかのように手を上げ下げする。どうやら否定しているようだった。

 エーディンは再び首を横に振り、それからニイッと残忍な笑顔を浮かべた。


「それに勘違いしているようだが……お怒りになってんのは、親父じゃなくて俺なんだよ」


「へ?」


 二人の男は心底驚いた顔をする。驚きのあまり言葉も出ず、ただ口をパクパクとさせた。

 エーディンはスッと前に進み出て、二人の肩をガシッとつかむ。


「いいことを教えてやる。ついでに言うとだなぁ、誇り高き龍族は、生贄とか、そんなものを捧げて助けて貰おうとかな! そういう人間の浅はかで、姑息な手段をとてつもなーく、嫌うッ!」


 エーディンの顔から笑みが消え、額に血管が浮き出る。そして、両手を軽く握りしめた。 それだけで、二人の身体がガクンと下に落ちて、身動きがとれなくなる。

 この小柄な身体に、どれほどの力があるというのだろうか。全力で大男がその束縛から逃れようとしても、巨石を相手にしているかのようにビクともしない。


「ヒ、ヒイィイイイ!! お赦しくだせぇ、お赦しくだぇせぇませッ!! オラ、本当はこんなことしたくなかっただッ! 村長が、生贄を捧げれば、龍王様のお怒り鎮められると言ったから…オラたちは、オラたちはッ!! お命ばかりは赦してくだせぇッ! すんません! すんませんだぁッ!」


 小男が、涙や小便を垂れ流しながら命乞いをする。大男もそれを見て、同意して激しく頷いた。

 厳しい顔をしていたエーディンの顔が、それを聞いてフッと柔らかくなり、二人の肩からスッと手を離した。

 ガクッと地面に倒れこみ、青ざめた表情でエーディンの顔色を伺う。


「……龍王は寛容だ。手前らにチャンスをやろう。俺の目の前からさっさと消えたら命だけは助けてやる。さあ、行けッ!」


 エーディンがそう言うと、二人は転けそうになりながら、我先にと駆けだした。馬も馬車も捨てて全速力で走る!


 二人が馬車の荷台を通り過ぎようとした時、エーディンは溜息をついた。

 おもむろに人差し指を前に突き出す。そこに青白い光が集まり、眼にも止まらぬ勢いで、

ギュアーンッ!  という音と共に、青白い衝撃波が飛び出した!

 必死で走っていた二人を、その光がパッと照らしたかと思った瞬間、腰から上の部分がすっぽりと消えてなくなる。

 残った下半身だけが、惰性でしばらく走り続け、そして血を噴きだして、ドサリと横向きに倒れた。


「ざんねーん。もし、その馬車も一緒に連れて帰ったなら見逃してやったんだけどなぁ」


 小馬鹿にしたような顔で、エーディンは小さく笑う。


「……で、これはどうするのだ? エーディン」


 男たちの死は少しも気になっていないようで、ルゲイトは馬車に視線をやる。このまま橋の上に置かれては迷惑と言いたげだった。


「んー?」


 エーディンは、頭をガリガリと掻いて面倒くさそうにアクビした。


「面倒だから始末しちまってもいいんだがな。だが、悪魔の子とやらには、ちぃと興味あるな」


「……まあ、中身を見てからでも遅くはないだろう」


「ああ。そうだな。よし、すぐに俺の部屋に運べ!」


 指示を受け、門兵たちは槍を掲げて敬礼したのだった…………。

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