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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
18/213

17話 帝都での買い物

 軽くシャワーを浴びて特訓の汗を流し、廊下にでるとフェーナがニコニコとした笑顔で立っていた。


「ねえ、セリク。一緒に買い物に行こうよ!」


「買い物?」


「うん! サラさんが連れて行ってくれるって!」


 フェーナの後ろにはサラが立っていて頷く。


「そう…。だけど、お金は?」


 フェーナは渋い顔をする。村ではそんなにお金はいらなかったが、街で買い物となるとそうはいかないだろう。それはフェーナも承知していたのだ。


「俺もまだ給料もらったわけじゃないし…。買い物に行っても何も買えないんじゃしょうがないよ」


「で、でも……」


 話を聞いていたサラが肩をすくめる。


「別にわたくしが出してさしあげますわ。さすがに豪遊はできませんけれども、そこまで困っているわけでないですし」


 フェーナは嬉しそうな顔をするが、セリクは首を横に振る。


「そんなわけにはいかないです。フェーナ、買い物はちゃんと給料をもらってからにしようよ」


「えー」


「人のお金で買い物しても楽しくないと思うよ」


「うー。うん…。やっぱ、そうだよね」


 助け船を求めるようにサラをチラッと見やったが、しばらく唸ってから、がっくりと項垂れたようにして頷く。

 フェーナとしても、サラにお金をださせるのは本意ではないのだ。セリクと同じ考えを心の中では抱いてたからこそ、ここは反論しなかったのである。


「セリクくん」


「マトリックスさん?」


 サラの後ろからマトリックスが姿を現す。

 そして、セリクの側までやって来て、懐から何かを取り出した。


「はい。少ないですが、これを使って下さい」


 渡された茶封筒。中を見ると札が何枚か入っているのが解る。セリクは慌てて首を横に振って返そうとした。


「隊長である私が、君たちに渡すのならば何も問題はないでしょう?」


 マトリックスがサラに目配せすると、知った顔でフッと笑う。すでに段取りができていたのだった。


「でも…」


 納得できないといった顔のセリクを見て、マトリックスは顎に手を当ててわざとらしく首を傾げてみせる。


「んー、それなら支度金ということにしておきましょうか。これからバッチリ働いてもらうためのね」


「さすがマトリックスさん! 解ってるぅ!」


 フェーナが喜んで、マトリックスの腕にしがみついた。


「あ! なんや! 支度金って! ずるいで!! ワイも…イテッ!!!」


 ちょうど通りがかったギャンが騒ぎだしたのだが、シャインにゴツンと殴られ引きずられて行く。


「いいんですか?」


「ええ。本当なら、もっと前に渡すべきだったんでしょうけれどね。まあ、ちょうどタイミングが良かったですよ」


 フェーナに袖を引っ張られるままにして、マトリックスは笑う。


「たまには息抜きも必要ですよ。午後は楽しんでらっしゃい」


「ありがとうございます」


「ありがとー! マトリックスさん!」


 セリクとフェーナは、深々と頭を下げたのだった……。




 商業施設が集まっているA地区。城下町の一番入口側に位置し、工業施設中心のB地区とも近いため、労働者のほとんどがこの二区画に集まっていると言っていいだろう。

 城下町の入口には、自動車をレンタルできる店がある。外から馬車でやってきた商人は、ここで自動車に乗り換え、アスファルトで舗装された道路を行き交うこととなる。

 橙色の派手なボディをした車両。前にある四角い一人用の運転座席があり、その後ろに長方形の形をした荷台。前に二つ、後ろには四つの車輪がついている。

 荷台の中に座席があるかどうかで、旅客用か運搬用かに分かれるのだ。

 貴族が使う物は、金属盤で四方が覆われていて、ガラス窓がとりつけられる。その上に豪奢な飾りつけが施されるのだ。が、もちろん高額なので、レンタルとはいえ庶民に手が届くはずもない。

 庶民用の旅客車は、運搬用を改造した簡素な造りだ。運転席も荷台もむき出しで、雨天時には幌がつくようになっていた。

 細長いベンチが取り付けられた荷台に、セリクとフェーナ、その向かいにサラが腰掛ける。

 乗り込んだのは、運転手付の旅客車。タクシーと呼ばれた物だった。

 初めて乗る乗り物に感動して、セリクもフェーナもキラキラと目を輝かす。


「はー! すごい!! 帝国にはこんな乗り物があるんだね! 馬より早いし!」


 フェーナはなびく髪をかき上げ、勢いよく過ぎ去る風景をキャッキャッとはしゃぎながら見やる。見るもの全てが新鮮なのだ。


「ハッハ! 帝国の大科学者様々だ! そのうち海や空も行ける乗り物ができるそうだぜ!」


 タバコをふかしながら、前に座る運転手が笑う。


「海や空を? えー。そんなことできるわけ?」


「ああ。この自動車だって、ほんの十年程前は、誰も実現するなんて信じちゃあいなかった。地面を石でガッチガチに固めろなんて言い出した日には耳を疑ったもんさ。キードニアから亡命した科学者の言うことを真に受けるなんてどーかしてるってな。でも、実際にこうやって恩恵を受けちまうとよ。今じゃ、すっかりなくてはならねぇもんになっちまったってわけだな」


「ふーん。でも、こんな便利な乗り物があるのなら、帝都で独り占めなんてしないで、他の村とかでも使わせてくれればいーのに」


「そりゃ無理ってもんだ! こいつを運転できる技術者はそうはいねぇし、燃料は帝国が管理してやがるからな!」

 

 忙しそうにペダルを踏み換えたり、幾つものレバーを上げ下げしている姿をみていると、確かに運転は難しそうに見えた。

 商人たちも自分で運転できる者は少なく、こうやって運転手を雇うのが当たり前だった。


「もっと政治的なことを言うなれば、技術を他国に奪われるのを怖れているんですわ。目の届く範囲に置いておきたいってことでしょう」

 

 サラの説明に、運転手は鷹揚に頷く。


「ま、その点を言うなら、ガーネットだってキードニアから技術を奪い取ったようなもんだがよ」


「敵国の科学者を受け入れたのは、それが目的でしょうに」


 サラはなんだか不機嫌そうに言う。


「ああ、お前さんはよく勉強してるぜ。確かにちげぇねぇな。ま、俺ら民間人にゃ関係ない話さ。俺は生活が便利になりゃそれでいいしな」


 車は角を曲がり、A地区へと入っていく。


「帰りはどうする? 待機してるんなら、別途に一〇〇〇タッド。帰りの料金そのものは行きと同じで二五〇〇タッドかかるぜ」


「結構ですわ。帰りは歩きますから」


「そうかい。じゃ、気を付けてな。またのご利用を!」


 運転手は軽く帽子をあげて、サラから料金を受け取り、ブロロロッと音を立てて行ってしまった。

 セリクもフェーナも、なんだかちょっと名残惜しい気がした。


「良かったんですか? タクシー……運賃かなり高いみたいでしたけど」

 

 車を頼むと言い出したのはサラだった。半分料金を出そうとしたら、やんわりと止められる。


「ええ。わたくしのワガママですわ。早く商店街に着きたかったのと、ついでに二人を車に乗せてさしあげたかっただけですから。お気になさらず」


「もう! 優しい!! サラさん大好きー!」


 フェーナがサラの肩を揉みだす。完全に懐いてしまったようだった。


「時間がもったいないですわ。最初は服から見て回りたいんですけど。セリクのは後回しでいいかしら?」


「ええ。俺は……武器が見れればいいですから」


 サラの案内がなければ右も左も解らない。セリクも勝手に動き回りたいとは思わなかった。

 商業地区はズラッと大きなビルが建ち並び、通りは人でごったがえしていて、案内の看板すらまともに見えない状況だった。人々が並んでいるところが、果たして何の店なのかすらセリクには検討もつかない。

 勝手知ったる様子で、サラは人混みの間をズンズンと進んで行って、ある片隅にある店に入って行く。

 おっかなびっくりといった様子で、二人も慌ててサラに続く。

 村から出た経験がなかったセリクが初体験なのは無論のこと、フェーナも利用したことのある店といえば露天ぐらいなだった。だからこそ、建物の中に商品があるというのが奇妙に感じられる。

 そこは沢山の綺麗な衣服が並ぶ高級そうな店だった。ランタンよりも強い光を放つ照明が、商品をよりきらびやかに映し出している。 


「いらっしゃいませ」


 ヒゲボーボーのターバンを巻いた怪しいオヤジ……などではなく、スーツに身を包んだ綺麗な女性が笑顔でお辞儀をする。

 最初、セリクもフェーナも大富豪か何かと思った。それだけ身なりがしっかりしていたからである。しかし、それが店員だと知って驚いた顔をする。


「サラ様。今日はどういったご用件で?」


 女性店員はサラと顔なじみのようだった。親しげな笑みを向け、セリクとフェーナをチラリと見やる。

 田舎まるだしの小汚い格好なので、セリクもフェーナもちょっと気まずくなった。サラも冒険者の服装だが、パッと見てドレスなので、この店の雰囲気を壊すことはない。


「この二人の服を買いに来ましたの。あまり高いものでなくていいですわ。着回せるものを何着か」


「はい。かしこまりました。冒険者でいらっしゃいますか?」


 女性店員の目が、腰にある剣を見ていた。

 セリクは慌ててコクコクと頷く。あまりに挙動不審だったので、それをフェーナが肘で小突いた。


「なるほど。では、丈夫なものがよいですね」


「ええ。セリク……男の子の方はそちらにお任せするわ。わたくしはこのの服を選ばせてもらうから」


「かしこまりました。では、おぼっちゃま。こちらへどうぞ」


「お、おぼっちゃ……」


 セリクが眼を白黒させる。フェーナがプッと吹き出した。

 なんだか解らないうちに、その店員に奥へと案内されてしまう。

 そして、更衣室に放り込まれ、あれやこれやとシャツやズボンを持ってこられ、着替えるように言われる。

 まるで着せ替え人形のようになった気分で、セリクは指示されるがまま、着たり脱いだりを繰り返した。


「うーん。顔立ちがよいので、何を着ても様になりますね」


「剣士としてならば、もっとシックな方が良いんじゃないからしら?」


「ジャケットは黒髪に合わせた方が……」


「でも、綺麗な紅い眼はアクセントで引き立たせたいですし」


「細身だから、ズボンは女性用のがシルエットが綺麗に…」


「ちょっと髪が長すぎですね。切るか髪留めをしたほうが。あ、それ系統の服なら帽子って手もありますね」


 いつの間にか、他の店員たちも集まって来て勝手に相談し合う。

 内容が服の話だけでなく、髪の長さまで指摘するに至るほどで、かなり熱が入っていることが窺わせられる。


「あの、俺……いま着ている服で……別にいいんですけど」


 セリクとしては龍王城でもらった服一着で上等かつ充分だった。洗濯したとしても、ギャンの出す火ですぐ乾かすことができたので、特に不便を感じるわけではない。

 だが、振り返った店員全員が、ギッ! と怖い顔してセリクを見やった。戦闘態勢だ。眼が血走っている。


「やっぱり……はい。お任せします」


 再び、店員たちは服を持って来ては、あーでもこーでもないとやりだし、セリクはげっそりとなるまで翻弄され続けたのだった……。


 小一時間かけて、フェーナとサラは店の中をひっくり返すんではないかという勢いで服を見て回った。

 ときおり笑い声があがったり、歓喜の声があがったことから、それなりに楽しい品定めだったことが解る。


「うん。ダボついたローブより、そっちの方が似合いますわ」


 頭にピンクのカチューシャ、薄桃色のカーディガンのような上着、白いインナーシャツ。青いハーフパンツに茶色のショートブーツという姿となった。

 決して派手ではないが、可愛いという感じのフェーナにはよく似合う格好であふ。


「動きやすいですけれど。でも、防御力とかは……」


「いいんですのよ。わたくしみたいに前衛で戦うわけじゃないんですから…。見た目も大事ですわよ。実用だけ考えるなら、それこそ全身に鉄板でも着ろって話しですこと」


 サラの改造ドレスは、わざわざ元のスカート状の形を維持している。動きやすさだけを考えるならば、ズボンのほうがはるかに効率が良いだろう。だが、実用性よりも、まずはおしゃれを意識しているのだ。


「さて、セリクの方は……」


 サラが振り返ると、額に汗した女性店員が満足そうな顔でコクリと頷いてみせた。

 シャーッと更衣室のカーテンが開かれる。

 黒いレザーのライダースジャケット、それに合わせるかのような細身の黒いパンツにロングブーツといった格好だ。

 なぜか髪型までいじられ、無造作におろしていただけの髪も外ハネしている。


「うわー! セリク、かっこいいー! なんだか別人みたいだね!!」


 フェーナが手を叩いて褒めるので、セリクはなんだか気恥ずかしくなって頭をかいた。


「ちょっと派手すぎませんこと? それに、上は軽鎧ライトアーマーでもよかったですのに」


 サラが眼を細めると、女性店員はわたわたと慌て出す。


「い、いえ! かなり丈夫な上着ですし! 上下ともに、帝国儀礼用ローブと同じ素材を使っていて、防刃防火加工もしっかりほどこされています! ちゃんと戦闘用ですから……。もし必要でしたら、この上からでも鎧はつけられますけれども……」


 普通の防具屋から先に行くべきだったかと、サラは少し後悔した。しかし、セリクの戦いぶりを見ていれば、変に鎧を着せてスピードを殺すのは得策ではないし、それに少年の体格にあった鎧もなかなかないことだろうとも考える。


「……でも、金額が」


 セリクはチラリと、ジャケットの値札を見やる。マトリックスから渡された金額をかなりオーバーしてしまっていた。


「うーん。やはり別な服にしましょうか?」


「はい。選んでもらったのに悪いんですけれど…」


 女性店員がハッとして、他の皆を呼び寄せて何やらコソコソと耳打ちしだす。


「……大幅勉強させてもらいます!!!」


 店員が一同揃って頭を下げた。余程、自信を持って提供したコーディネートなのだろう。


「あー、そう。予算以内に収めてくれるなら別にいいかしらね」


 安くなったので、サラは嬉しそうにウインクしてみせる。なんだかよく解らないが、セリクはただ頷くことしかできない。

 ついでに、いくつか肌着と寝間着なども買い、セリクたちは洋服店を後にしたのであった………。


 次に武器屋に向かう。

 店内は先ほどのお洒落な感じに比べ、戦う武器が置いてあるだけあって無骨な雰囲気だ。

 棚の上に無造作に武器が並べてあり、殴り書きの値札が貼られていた。


「らっしゃい。……っと、おいおい! 女子供が来るところじゃねぇぞッ」


 いかにも腕っ節にも覚えがありそうな、筋肉隆々とした店主が、入ってきた途端にセリクたちを睨み付ける。

 当然と言うべきか、さっきの洋服店とはえらく対応が違っていた。


「それなら入口に『女子供厳禁』とでも書いておきなさいな。冷やかしできたんではありませんから、品物を見させてもらいますわよ」


 腰に手を当て、偉そうにサラは言う。どうやらこういう状況は慣れているようだった。少しも物怖じした様子はない。


「…チッ。言うじゃねぇか。勝手にしやがれ」


 しばらく睨みをきかせていた店主だが、肩をすくめて武器の手入れをしだす。

 それ以上のことを言わなかったのは、本当の客かどうかを試したのだろう。冷やかしの一見さんはお断りということである。


「さあ、セリク。心置きなく、じっくり見ていいですわよ」


 商品を見ていた剣士を押しやり、剣の並んでいるコーナーを陣取る。やり過ぎな気もしたが、誰も何を言うでもない。むしろ、場違いな女子供を面白そうに見やるだけだった。

 もちろん、逆らう者がこの場にいたとしたら、電撃がお見舞いされるのは予想できるので……何も問題が生じないのはセリクたちにとっても、相手にとっても良いことだった。


「うーん。えっと……」


 セリクは端から順に剣を見ていく。つい値段から見てしまうのは、懐具合がかんばしくないからである。


「あんまり長いのは使い辛いわよね。シャインさんみたいな刀はセリクには似合わないし…」


 刀に似た曲刀を指さしながらフェーナが言う。その剣も確かにセリクが腰につけていたら、鞘が地面を引きずってしまいそうに長い。抜き放つのにも苦労するに違いなかった。


「ちょっと! ショートソードかダガーの類はないんですの?」


 サラが店主に問う。うるさそうにしながらも、店主は親指で自分の横の棚を指した。どうにもカウンターの側に並んでいるようだ。


「んー。なんか派手なのばっかりだね」


 フェーナが口をとがらせる。金や宝石で彩られた小剣が多かったからだ。なぜか、全てがみんなケースに入っている。値段もかなり高い。

 何本かは実用的そうなダガーもあったが、セリクの持つ剣に比べると短すぎだったりする。


「うちのは儀礼用が多いからな。貴族のような金持ちが観賞用として買っていくのがほとんどだ。刃も脆いし、実際に戦闘に使うにゃ不向きだな。護身用ならともかく……」


「えー! 戦いに使わない剣なんて意味ないじゃない!」


「…戦う剣なら、ロングソードとかクレイモアのような大剣の方がいい。素人で技術がなくとも、ブン回せれば重さで敵を砕ける。もしくは“スルガ”、“ヒサラメ”といった道領国発祥の"和刀わとう"だな。何を置いても斬れ味が鋭い。扱いこそ難しいが、触れるだけで斬れちまうって攻撃力は魅力だ。あとはそうだな…。細身のだったらレイピアなども置いてはあるが、帝国じゃあまり人気はねぇな」


 そっぽを向きながらも、かなり詳しく説明してくれる。


「困りましたわね。帝都で良い武器屋と言えば、この店ぐらいしか噂を聞いたことがありませんのに……」


 サラが頬を当てながらそんなことを言うと、店主はちょっと意外そうな顔をして、照れくさそうに頬を擦った。


「そうだなぁ…。実際、帝都で習える剣刀術といやぁ、復刻ロギロス流、ファバード流、ガイエン流、レソニック流…だが、いずれも長剣か和刀を使った流派ばっかなんだ。鍛冶師も売れないものは作りたがねぇからな。ショートソードが欲しいなら、ラーム島に俺の親戚が……」


 そこまで言って店主がピタッと動きを止める。その視線はセリクの剣に注がれていた。


「……おい、ボウズ。その剣、ちょっと見せてくれないか?」


「え?」


 武器を手放すことに、セリクは躊躇する。

 しかし、あまりに真剣な目つきだったので、結局は断ることができず、鞘ごとベルトから外して店主に手渡した。


「なんですの?」


 両手で丁重に受け取り、ゆっくりと剣を引き抜く。光り輝く白刃を見て、店主は眼を見開いた。


「……すげぇ業物だな!」


 感嘆の溜息と共に、震える唇でそう言う。


「そうなんですか?」


「はあ? 何の面白味もない、ただの剣じゃないですの」


 サラの言葉に、店主はちょっとムッとした顔をした。


「何を言ってやがる。決して無駄のない作りだ。オーダーメイドだってのは一目で分かるが、これを注文したヤツも、作ったヤツも大したもんだぜ。いいか。“一切の無駄がない”んだ。…解るかっ?」


 熱く語られても、セリクには何がなんだか解らない。


「敵を倒すため、敵を殺すため……それだけを意識した剣だな。ただシンプルなだけじゃねぇ。単純に簡素な作りにしたって、汎用品みてぇなつまらねぇ代物になっちまうもんだ。かといって、下手に欲かいて斬れる剣を作ろうともしてねぇ。そんなことすりゃ、どうしても作り手の悪い癖ってのが現れる。だが、こいつはどっちでもない。目的がはっきりしてながら、作り手の余計な思惑が少しも入ってねぇんだ」


 ただの剣だとばかり思っていただけに驚く。デュガンがくれた剣はそんなに凄いものだったのか、と。


「……悪いがボウズ。これ以上の剣は、この店にはねえ。他の刀剣だとしてもそいつには見合うだけの物はねぇな」


 刃を慎重にゆっくりと鞘に納めてセリクに返す。


「もし、よければその剣を買い取らせてくれねぇか? そうだな。一〇〇万……いや、二〇〇万テッドならどうだ?」


 金額を聞いて、三人とも眼を丸くする。

 この店の中で一番高い剣でも、五〇万テッドぐらいなのだから、破格の買い取り価格である。


「お、オホホ。せ、セリク…ど、どうします!? その剣を売れば、もっと良い武器が買えますわ!」


 サラの声がうわずり、眼の焦点があってない。完璧に金に眩んでしまったようだった。


「…いえ。すみませんけれど売れません」


 セリクは少しも迷うことなくそう答える。サラはピキピキッと固まる。


「ええ!? で、でも! セリク、もう少し考えて……」


「これは大事な人から、命の恩人とも呼べる人からもらったものなんです」


 店主は残念そうに頷く。サラは地に落ちるんではないかというぐらいに肩を落とした。


「そうか。ならしかたねぇが……。しかし、その人ってのは、さぞかし凄腕の剣士なんだろうな……」


「はい」


 なにせ龍王を一人で倒そうとしているような剣士なのだから、それがすごくないはずがないだろう。セリクはなぜかちょっと誇らしい気がした。


「……むぅ。セリクがなんか隠し事してる」


 フェーナがプーッと頬をふくらませる。


「え? いや、そんなことないよ」


「そのすごい剣士って……シャインさんみたいに、おっぱいの大きい美人なんでしょ!?」


「はぁ!?」


 ドガシャンッ! と、店の入口付近で何かが落ちた音がした。


「な、なんだ?」


 驚いて振り返ると、誰かが慌てて店を出て行ったようだった。後ろ姿すら見えなかったので、その正体までは解らなかったが……。


「そんなことよりも! ねえ! セリク! その剣くれたの、美人の剣士なんでしょ!?」


 セリクがキョトンとしていると、フェーナの機嫌がさらに悪くなっていく。


「まさか! 男の人だよ!」


 何を言っているんだと、セリクは肩をすくめた。


「ホント?」


「本当だって。なんで女の人だなんて思うんだよ。俺が嘘を言ってどうするのさ…」


「……その人のこと思い出してニヤニヤしてたから。怪しかったの」


 フェーナはモゴモゴと口を動かす。

 デュガンのことを自慢に思ったとき、少し笑みになったのを勘違いしたようだった。


「ワッハッハ! お嬢ちゃん。安心しな。ボウズの言っていることは嘘じゃねぇよ!」


 店主が腹を抱えて笑う。最初の態度からは考えられないことだ。


「ふぇ?」


「剣を見りゃ、元の使い手が男か女かぐらいは解るさ。俺はこの道、十数年のベテランだぜ。保証してやるさ」

 

「ホントに? うーん……うん。オジサンまでそう言うなら解った。信じるわ」


 店主が自信満々にそう言ったので、フェーナはコクリと頷く。

 ホッと胸をなでおろしたセリクに、店主がセリクにだけ軽くウインクしてみせた。ちょっと気持ち悪い……。

 だがそれで、店主がわざとそんなことを言って助けてくれたのだとセリクは知る。剣だけを見て、その使い手が男か女かなんてまず解るはずもない。


「…でもね、セリク。シャインさんと修行する時に胸を見るのは禁止だからね」


 口を尖らせて、フェーナがポツリと言う。


「え? また、何を言ってるんだよ」


 再びセリクは慌て出す。

 さっきから、なんでシャインが引き合いにだされているのかセリクにはさっぱり解らない。


「セリク。ずっとシャインさんの胸元を見てるんだもん。私が気づかないわけないじゃん!」


「いや! 見てないよ!!」


「……あー、それたぶん、フェーナの勘違いですわ」


 サラが何かを思い出したかのように頭を振る。


「勘違い? 私の?」


「ええ。シャイン副隊長の身長が高すぎて、セリクの目線がちょうど胸にあるってだけじゃないですの?」


「あ……そっか!」


 すぐに納得して、フェーナはポンと手を叩く。セリクも店主も、思わずその場で「はぁ?」という声を上げた。


「そっか~、セリクが小さいからそうなっちゃうんだね!」


「そうですわ。仕方ないことです。背さえあれば、ショートソードでなくても装備できましたのに」


 小さい小さいと連呼され、セリクはがっくりと肩を落とす。


「…なんだよ、それ」


「……大変だな。負けるなよ、ボウズ」


 気の毒そうな顔をした店主が、セリクの背をポンと叩いたのだった……。




ーーー




 買い物がようやく終わり、カフェテリアで一休みすることとなった。

 赤い煉瓦で作られた洒落た建物を前に、外に椅子と机が並べてあり、そこで飲食できるようになっている。

 レノバ村では見たこともない菓子。甘く味付けした薄焼き玉子に、ホイップクリームとラズベリーをくるんだもの……クレープを頬張る。

 フェーナのとろけるような笑顔の周囲には、ピンク色の花がフワフワと舞っていた。


「おいしーい♪ 買い物も楽しかったし、サイコー!! こんなに幸せすぎていいのかしら~」


「楽しんでもらえてよかったですわ。わたくしも必要なものは揃えられましたし…」


 武器屋を出た後も、帽子、化粧品、アクセサリーだのを散々に見て回ったのだ。これで満足してなかったとしたら問題である。

 セリク自身は、女性の買い物がこんなにも大変だと身をもって知った。シャインの特訓よりも、ある意味厳しいものがある。

 なにせ、ほとんどの荷物をセリクが一人で持っているのだ。完全に女性二人の運び屋だった。もしかしたら、セリクが誘われたのもこれが目的だったのではないかと勘ぐりたくなる。

 というのは、特にサラの荷物が重い、重すぎる。女性にとっての必需品だけでなく、爆薬など明らかに危険な物から、パッと見て素人には用途が解らないような骨董品のような類まで買い占めていた。持っている紙袋から中身が溢れ出んばかりだ。ここぞとばかりに買った感じがしてならない。

 これだけの荷物を運ぶんであったら、多少、セリクやフェーナの物を買ってあげてもいいとぐらいに思うのではないだろうか。疑ってはいけないのだが、セリクはなんだかサラの計略に上手くはまってしまった感じがしてならなかった。


「……さてと。で、一息ついたところで、この機会にお聞きしていいかしら?」


「はにゅ?」


 クレープの残りをモニュモニュと口に入れていたフェーナが、眼をパチパチとさせる。

 サラは、セリクとフェーナを値踏みするかのように交互に見比べた。


「二人は恋人同士なんですの?」


「え? い、いや! ただの幼なじみで……」


「はい♪ そーでーす!」


「フェーナ!」


 セリクが慌てて否定するのに、フェーナはあっからかんとしていた。


「なるほどねぇ。セリクが家出人捜索に乗り気だったわけが解りましたわ」


 サラはニヤッと笑って、セリクの顔を見やる。


「別にそういうわけじゃないです…」


「まあ、聞いといてなんですけど、それはどちらでも別にいいですわ」


「え?」


「なんでこんなことを聞いたのかと言えば、セリクにはどうにも隠し事が多いようなので。……この後の質問には正直に答えてくれればいいんですのよ」


 まるで嘘つき呼ばわりされてるようで、セリクは居心地が悪くなる。


「隠し事? 俺、別に隠し事なんて……」


 決して自分が悪いわけでもないのに、セリクは動揺して眼を左右に動かし始めた。


「あら。どの口が言えて? フェーナのことだって、連れてくるまで説明なしだったんですしね」


 まるで責めるような口調に、フェーナの方が口を開きかけたが、サラは眼でそれを軽く制した。


「フェーナのことは……そもそも村に帰ってもらうつもりだったから…」


「それだけじゃありませんわ。龍王エーディンと出会った経緯……セリクから聞いてませんでしたね」


 ようやくサラは核心を尋ねる。

 あえて最初にどうでもいい質問などを仕掛けて揺さぶり、確実に聞きたいことを話すようにサラは誘導していたのだった。

 本人の良心に訴えるこの作戦は、セリク相手には見事なまでに効果的だった。


「サラさん……」


 フェーナは“まずいんじゃない?”と目で訴えたが、サラは頷き返して、“わたくしに任せて”と伝える。

 セリクはひどく悩んでいた。出来れば話したくはなかったのだ。聞かれさえしなければ、別に答えなくていいことなのだと思っていた。決して隠していたつもりはないが、それでも話さなかったことそのものがいけなかかったことのようにも思えてくる。そんな風にまんまとサラの術中に陥っていた。

 フェーナはセリクの顔色を窺い、ただ不安そうな顔を浮かべた。


「なんだかギャンはセリクのことを強く信頼しているようですわね。マトリックス隊長もシャイン副隊長も、セリクが話し出すのを待ってあげようなんて甘い考えなんでしょう」


 口調を柔らかくし、サラは諭すように続ける。


「ですけれど、わたくしはセリクをそこまで信用できませんわ」


 その言葉にズキリと心が痛くなる。しかし、それは当然のことだろうともセリクは思った。

 龍王エーディンの存在を知っていたということ、そしてセリクがそれについて黙りを決め込んでいることに、サラは強い不信感を抱いていた。

 マトリックスがエーディンのことを知っていたのは、聖イバン教会の神父という立場もあり、神々に敵対する龍王について詳しい情報を持っていたとしても不思議はないだろう。だが、それがただの田舎の少年であれば話は別だ。セリクがエーディンと面識があるというのは、普通に考えればあり得ないことである。


「そもそも動機も不明瞭ですのよ。なぜ龍王をあなたみたいな子供が倒したいと思って? 英雄に憧れてのことかしら? いいえ、あなたみたいな……大人しい少年がそんな望みを抱くのも不自然ですわ」


 サラは“著しく自信の欠如した少年”と言いそうになったのをあえて止めた。セリクの沈痛な面持ちを見てのことである。

 (ナイーブすぎですこと。まるでわたくしがイジメてるみたいじゃないですの)と、サラは苦虫を噛み潰したような表情になった。


「コホン! ……となると、龍王側のスパイとして疑われても仕方ありませんことよ。DBを混乱させるために仲間に忍び込んだ、とか。ま、ありきたりで陳腐な設定ですけれど」


「サラさん! セリクはそんなこと!」


 サラは解っていると肩をすくめてみせる。

 それは本心ではないし、それがありえないということはよく解っているのだ。そもそも理由となるであろう内容はフェーナからすでに聞いている。


「……まあ、いますぐ話してもらいたいことでもありませんが」


 サラは腕時計をチラリと見て、紅茶をすする。これ以上待ってもセリクは何も話さないのだろうと思ったのだ。


「ただ、仲間だからこそ知りたいということもありますわ。背中を預ける以上は隠し事は無しの方がいいでしょう」


 サラはなぜか、“仲間”という言葉を言うときに少し気恥ずかしそうにした。


「……仲間」


 セリクはポツリと呟く。

 そういえばギャンやサラは仲間なのだ。どこかで、自分がそれを拒否していたのではないかと思う。

 龍王を倒せるのはセリクだけ……と、レイドは言った。だからこそ、戦うのは自分だけなんだと感じていたせいかも知れない。

 倒す理由は明確だ。龍王という脅威を人類から取り去ることで、自分が必要な人間とされたいから…。改めて自分で考えてみても、とても恥ずかしく身勝手な理由なのだ。

 生贄にされた経緯云々ではなく、そのことがどうしても後ろめたい気がして、話せなかったのが本音なのだろうとセリクは自分で気づかされる。


「ごめんなさい。どう話すべきか解らなくて……。今はまだ待って下さい。でも、龍王エーディンを倒したい気持ちは本当です。それに嘘はないです」


 セリクはそう言うので精一杯だった。

 生贄の話をしたら、身勝手な理由についてまで話さざるをえない気がしたからだ。それを話してサラやフェーナに嫌われたくはなかった。


「……そう。解りましたわ。わたくしとしては、龍王と通じてないことを確認したかっただけなのです」


 サラはちょっと思案するようにしたが、やがてコクリと小さく頷く。だが、その表情は明らかに得心がいったという感じではない。


「問いただすような真似をしたことはお詫び致しますわ。……これでこの話は終わりにしましょう」


 サラがそう言うと、フェーナは少し安心したように頷く。

 セリクはなんだかわだかまりが残ってしまった気がしたが、サラはすでに気持ちを切り替えているようだ。


「さて、ぼちぼち帰りましょうか……。あ!」


 立ち上がったサラが、大声をあげて固まる。側を通りがかったウェイトレスが驚いて、持っていたトレーを危うく落とすところであった。


「ど、どうしたんですか?」


「……わたくしとしたことが。買い忘れがありましたわ」


 チッと舌打ちして、サラは眼を泳がす。


「あれはあそこでしか手にはいらないし…。今日逃せば、次はいつ手にはいるか……うーん」


 ブツブツと独り言を言いながら、ポケットからスケジュール帳を引っ張り出して手早くめくる。


「二人とも大変申し訳ないんですけれども……。先に帰っていてくださらない?」


「それは構いませんけど。買い物に戻るなら付き合いますが……」


 セリクが目配せすると、フェーナもコクリと頷いた。ここまで案内してもらったのだ。今度はこちらが付き合う番だろうと思ったのだ。


「いいえ。今から行ったら夜中になってしまいますわ。わたくしであれば、買ったらそのまま家に帰るだけですから」


「え? でも、この荷物は…」


 山積みになったサラの戦利品を、セリクは指差す。


「それは教会で預かって置いてもらえます?」


 ということは、一人でまた運ぶことになるのかと、セリクは苦い顔をしたのだが、そのまま頭だけは頷く。


「じゃあ、頼みましたわ! また明日に!」


「あ、はい。今日は本当にありが…」


「サラさん! また明日…」


 セリクとフェーナが言い終わる前に、サラは猛ダッシュして行ってしまった。後にはヒラヒラと札だけが舞い、レジの上にきちんと落ちる。


「行っちゃった」


「うん」


「…じゃあ俺たちも」


「帰ろっか」


 セリクとフェーナは二人並んで教会へと向かって歩き出したのであった…………。

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