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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
15/213

14話 幼なじみの少女フェーナ

 岩場の影に腰を下ろし、ナップザックから水筒をとりだして一口飲む。

 地図を開くと、目的の廃村まではもう少しのようだった。街道から真っ直ぐ南下するだけなので、方角さえ間違わなければ迷う道ではない。


「暗くなるまでには着けるな……」


 日の高さを見ながら、セリクはそう呟く。

 家出人の捜索に参加したのは、セリクただ一人であった。

 “セリクとならば付いて行く”と言ってくれた仲間たちであったが、タイミング悪く間をおかずして、緊急を要する哨戒業務がDBに舞い込んできたのだ。

 政府のある重要行事のため、DBにもその警備の一端を担わせるといったもので、優先度で言えば捜索よりも重要なものである。

 そんな立て続けの指令に、マトリックスも抗議したが、「遊ばせるために民間組織を支援しているわけではない」と冷たく一蹴されてしまった。

 そんなわけで、割ける人員も限られてしまい、結果的にセリクだけが家出人の捜索を行うことになったのである。


 セリクが目指している廃村の名前は、ゴーモラスといった。

 ガーネット南方領土に位置し、龍王エーディンによる宣戦布告を聞くやいなや、人々がすぐに村を捨てて逃げだしてしまったという。

 レノバ村ほどファルドニアに近いというわけではないのだが、尾ひれのついた噂を信じ、想像だけで龍王の脅威を強く感じて、いてもたってもいられなくなり、一人また一人と村を後にしていく。隣の家が逃げ出す準備を始めれば、どうしても落ち着かない気分になることだろう。

 それでもリーダーが上手くまとめられれば、廃村までにはならずにすんだのだろうが、ゴーモラスはレノバほど優れた村長が治めていなかったのだと窺える。

 不安や恐怖は連鎖しだすと、なかなか止まるものではない。皮肉にも、龍王そのものによってではなく、そんな目に見えない恐怖こそが村を潰す原因となったわけである。

 その村の名こそ知ってはいたが、セリクも行くのは初めてのことだった。

 なぜそのゴーモラスを目指していたのかと言えば、その村にある一つの噂を聞いたことがあったからである。

 内容とすれば、端的に言って“無くし物を見つけ出してくれる井戸がある”というものだった。見た目は普通の井戸なのだが、奥底を覗き込みながら、大声で無くした物の名を言うと、どうやってかその在処を教えてくれるというのだ。

 これで形見の指輪を見つけた、迷子の居場所を特定した、どこかにしまい忘れた祭り道具の締め縄を探しだした…など、そういった本当か嘘かも解らない噂話がレノバ村にまでも伝わっていたのだった。

 その噂の信憑性はともかくとしても、家出人の目的はその不思議な井戸にあるだろうとセリクは考えていた。実のところ、噂のことを楽しそうに話して、いつか見に行きたいと言っていたのが、家出をした当人であったからである。


 帝都から、ほぼ二日半がかり。ようやく辿り着いた村は、ほんの数ヶ月前まで、本当に人が生活していたのだろうかと疑いたくなるぐらい無惨な有様だった。

 どの家屋を見ても、ボロボロに朽ちた壁、剥がれた屋根材、ヒビ割れた窓。そして、ぼうぼうに生えた草が庭や畑を我が物顔に覆ってしまっている。

 人間が住んでいないというだけで、こうまでなってしまうのかと、セリクは何かもの悲しい気持ちになった。

 生活の中心となる井戸は、きっと村の中央にあることだろう。そう目星をつけて、歩みを早めていく。

 途中でやせ細った野犬が、壊れた桶の中にたまった雨水をペロペロと舐めていた。セリクの姿を見るや、寂しい鳴き声をあげて逃げ去る。きっと村を棄てる際に誰かが放した犬なのだろう。余計に気持ちが沈み、こんな寂しいところに長居はしたくないとセリクは思った。


「…井戸だ。あったけれど、これか?」


 とても奇跡が起こったとは思えないほど、みすぼらしい小さな井戸だった。

 レノバ村にあったものよりも作りは簡素で、ただ石を重ねただけのものだ。屋根すら付けられていない。

 ナップザックを置き、念のため腰の剣に手をかけながら、そろりと井戸の中を覗き込む。

 しかし、半ば予想していた通り、真っ暗で何も見えない。試しに小石を投げいれてみるが、数秒してポチャンという音が聞こえた。なんの変哲もない、ただの井戸だ。


「確か、無くし物の名前を言えばいいって話だったよな……。それって、人間でも大丈夫なのかな?」


 半信半疑でセリクは呟く。

 だが、物は試しだとばかりに、大きく息を吸い込み、口の横に手を当てた。


「フェーナ・ランドル!!」


 フェーナ・ランドル! フェーナ・ランド……フェーナ・ラン……フェーナ……フェー…………


 声は井戸の中で反響し、やがて水面や石壁の奥へと吸い込まれるようにして消えてしまった。そのあと、何事も起こる気配はない。

 やはりただの噂に過ぎなかったのかと、諦めて顔をあげようとした時だった。井戸の底で何かが小さく光った気がした。


『いるのよ。酒場の中…』


「え!?」


 それは小さな、本当にかすかな声であった。どこから聞こえたのだろうと、周囲を見回したが誰も側にはいない。

 誰もいないはずの村で、人の声がする……それは奇跡というより、ただ気味が悪いだけだ。


「酒場って…」


 井戸のすぐ側にある大きな木。その反対側に建っている家々の中、ある一軒の軒下に小さな看板がぶら下がっている。それは酒場を示すものだ。


「……怪しいけど」


 少し悩むが、他に当てがあるわけでもない。

 充分に警戒しながら、その建物に近づいていく。そして、壊れ落ちたスウィングドアを跨いで中へと入っていった。

 井戸の中と同じ真っ暗闇。目をこらすと、辛うじて輪郭が判ってくる。

 一番奥に細長いカウンター、天井にぴったりとくっつく棚には酒瓶がズラッと並んでいた。


「誰か……いる?」


 そう発した自分の声はあまりにも頼りなくて、あっという間に闇に消えていってしまう。

 しばらく待ってみたが、返事はない。緊張に身をこわばらせながら、一歩ずつゆっくりと進んでいく。

 ようやく暗さに目が慣れ、テーブルや椅子なども位置も解るようになった。まだわずかに外からの光が差し込んでいる。だが、じきに日が落ちたら本当に何も見えなくなるだろう。

 カウンターまであと数歩というところで、下に誰かが座り込んでいることに気づいた。まったく気配を感じなかったので、セリクはギョッとする。


「だ、誰? 大丈夫?」


 こんなところに誰かがいるなんておかしい。そうは思いつつも、見て見ぬふりはできず、膝をかかえてうつむいているその人物に近づいていく。

 なんだか生きているような気配がしない。得体の知れない恐怖をかんじつつ、再びセリクが声をかけようと口を開いた瞬間だった。


「キヒヒヒッ!」


 身の毛もよだつような嫌らしい笑い声が響き渡る。


「エモノ ダ!」


「ヒサシブリ ノ ゴチソウ ダ!」


 暗闇に紛れ、何かがセリクの周りをヒュンヒュンと飛び交う。


「うわッ!? な、なんだ!? 姿をみせろぉッ!!」


 恐怖に語尾がうわずる。冷静にならなきゃダメだと自分に言い聞かせながら、剣を抜き放ち、テーブルを盾にする。


「……? ナゼ ワレワレ ニ キヅイタ?」


「!? アカイメ オオ カミガミ ノ コドモ ダ!!」


「カミガミ……オオ マオウ サマ ノ テキ! アカイメ!」


 四方八方から、そんな呟きが聞こえてくる。

 相手の位置を特定しようと、顔をあげた瞬間、シュッ! と何かが飛んでくる気配がした。セリクはすぐに顔を引っ込める。ややしてからテーブルナイフが壁にドスッと突き刺さった。顔をだしたままだったら直撃していた。

 敵は確実にセリクの位置を把握しているのだ。この不利な状況に背筋が凍る。


「クソッ。明かりがないと…」


 松明と思ったが、そういえばそれが入ったナップザックは井戸の側に置いたままだったのだ。この建物に入る前に戻っていればと、自分の間抜けさを悔やむ。


「アカイメ! アカイメ!!」


「アカイメ! チョウダイ!!」


 得体のしれない敵は、旋回しつつセリクの目を執拗に狙って攻撃をしかけてくる。暗闇の中じゃ、光っているセリクの目は格好の的だろう。


「どうすれば……」


 

『敵の姿に惑わされちゃダメだよ。…仕掛けてくる瞬間を肌で感じるんだ』



 セリクの脳裏に、あの夢の中の少年レイドの声が響く。


「…肌で?」


 そんなことできるわけないと思いつつも、皮膚の感覚に意識を向ける。すると、ヒュン、ヒュンと、敵が動く度に部屋の空気が動いてるのが感じられた。

 さっきまでなんとか敵を視認しようと眼を凝らしていたのと、極度の緊張のせいで気づかなかったのだ。

 途端、敵の動くパターンが頭の中に浮かび上がった。闇を走る白い三本の軌跡、それらがセリクに向かって走っているのがハッキリと見てとれた。

 その先にいるのは、三体のクラゲのような形をした不定型の怪異だった。暗闇に同化しているので、眼に頼っていては決して見つからなかったであろう。


「『衝遠斬!』」


 ほとんど無意識のうちに、セリクは剣に溜めた力を放っていた!


「ギャ!」「グァッ!」


 真紅のエネルギーが、二体を叩き潰す! 半透明のゼリー状の液体が壁に飛び散った。


「オノレッ!!」


 残った一体が、セリクに向けてカギ爪のような触手を振り上げた! しかし、戦技を放ったばかりで防御が間に合わない! 

 やられると思ったセリクは思わず目を瞑った。


「ゴアッ?! ナ、ナンダ……コレハ!?」


 いつまでたっても衝撃が来ないのを不思議に思い、目を開くと、敵が目の前で動けずに固まっている。


「え?」


 半透明の体に、まとわりつくように紅い光が生じている。

 それは戦気のようだったが、敵から放たれているものではなく、セリク自身の身体から流れでているものだった。それが帯状に延びて、敵を包み込むようにして動きを封じているのだ。

 デュガンや、シャインが放つ戦気にそのような力はなかったように思う。自分自身の周りに生じてはいたが、敵をすっぽりと覆うような性質のものではなかった。


「カミガミ ノ コドモ……」


 頭部についた緑色の目が、セリクを見つめて怯えたように点滅する。


「神々の子供…?」


「ウッ! ギョウァアアッ!!」


「あッ!?」


 敵の言った意味を考えている間に、紅い光が敵を押し潰していく。まるで飲み込まれるように、ゼリー状の体は強いエネルギーの渦にかき消されてしまったのだった。それはセリクが意図してやったことではなかった。

 そして、敵の消滅とともに、その紅い光はセリクの身体の中へと戻って来た。それ自体が意識を持っているような動きだ。

 自分の身にまとっている時は戦気のように見えるが、その挙動はまるで異質なものであった。


「…なんなんだ、これ。俺は……いったい」


 手を見てブルッと震える。得体の知れない力が自分にある。この力はとても恐ろしいもので、誰かを傷つけ、破壊してしまうものだ。そして、それは決してコントロールできるものではないように思えた。

 初めて見るもののはずだったのだが、セリクは自分でこの力を昔から知っていたような感覚を覚える。なぜそう感じるかまでは解らなかったのだが、それが余計に得体の知れない不安となって恐怖を煽る。


「……ふにゃ?」


 人の声がして、セリクはビクッとして振り返った。カウンター前で、うつむいていた人物が声をあげたのだった。


「ちょっと待ってて!」


 テーブルの上にランタンを見つけ、セリクは慌ててそれに火を灯す。辺りを優しく炎の光が照らした。


「フェーナ!!」


 甘栗色をしたミディアムヘアー。田舎では美容室がないので、自分で手入れするか、友達の女の子にセットしてもらっているものだと聞いていた。その頭が左右に揺れていた。

 小柄なその少女は、自分の膝をかかえたまま寝ぼけ眼を擦る。


「しっかりして、フェーナ。ああ、大丈夫?」


 大きなアクビをするフェーナの肩を軽く揺する。呑気な様子からしても、どこか怪我をしているということはなさそうだ。


「んー? もう、朝? ……あ、セリクッ!!!」


 ようやく眼を開いたフェーナは、セリクの姿を見るやいなや、思いっきり抱きついてくる。いきなりのことだったので、セリクは尻もちをついてしまった。それでもお構いなしに、フェーナは頬をすり寄せる。


「セリク!! セリク!! ああ、良かった。やっと会えた。本当に、本当に良かった! 心配……心配したんだからねッ!!」


「うん。ごめんね、フェーナ。……俺を捜して、村をでてきたの?」


 セリクの問いに、フェーナは大きく頷く。その時、手の甲に温かい滴のようなものが落ちたのに気づいた。泣いてくれているのだ。

 セリクは何とも言えない気持ちになる。自分にだって、こんなに心配してくれる人がいるのだ。なぜ、そんな大事なことをすっかり忘れていたのか我ながら不思議に思う。


「あのね! 私、あの後、すぐにセリクの乗った馬車追ってね、ファルドニアに向かったんだけれど……子供だけじゃダメだって、関所の兵士が通してくれなくって……グスッ! この村に来て、関所通らなくても、龍王城いける方法を探そうと思ったの! それで、あのウワサの井戸を使えば解るかもって! でも、井戸の中に声かけた途端に眠くなっちゃって……起きたらね、セリクがいたの!!」


 フェーナは、泣きながらも早口でそう説明する。要点がまとまってない上に、まくしたてるよう一気に話したものだから、内容を理解するだけで一苦労だった。

 だが、状況から察するに、きっとさっきの魔物たちに捕らわれていたのだろう。無くしたものを見つける井戸っていうのは、あの魔物たちの罠だったのだろう。

 あえて怖がらせることもないだろうと、セリクは魔物のことは伏せて置くことにした。


「もう大丈夫だから。……フェーナ。帰ろう」


 やんわりとフェーナを離す。そして安心させようと微笑みかけると、涙を拭き、フェーナも笑顔になる。

 小動物を思わせる、愛嬌ある大きい瞳と長いまつげ、笑顔がよく似合い、誰にでも好感をもたれるような顔をしている。事実、村でも人気者だったことをセリクは思い出した。


「セリクの顔。ホント、久しぶりに見た気がする」


「うん。まだ三週間位しかたってないけど……そうだね」


「セリクは今までどうしていたの? 龍王は……大丈夫だったの?」


 生贄に捧げられたのだから、ただごとではない。不安気な表情を浮かべてフェーナは首を傾げる。


「うん。色々あったんだけれど……。なんとか逃げ出せたんだ。そして、今は帝国の方で仕事をしながら生活してる」


「仕事?」


 セリクはちょっと困った顔をした。

 正直に龍王と戦うなんて言ったら、もっと彼女を心配させるだけだろう。むしろ反対される可能性もある。


「うん。その……いわゆる、何でも屋さんかな。フェーナみたいに迷子になった人を捜したりする仕事もやるんだよ」


 騙してるようで気が咎めるが、事実は雑用ばかりの仕事なので、まるっきりの嘘というわけでもないだろうとセリクは心の中で言い訳した。


「むッ! 私は迷子じゃないもん!」


 頬をふくらませて怒るフェーナを見るのも久々だったので、セリクはつい笑ってしまう。


「さあ、送っていくよ。歩ける? 今日はテントはって……頑張れば、明後日の夜までには着くと思うけど」


「着く? どこに?」


 フェーナの反応に、セリクは眼を丸くした。


「どこって、レノバ村だよ。俺は村の中までは行けないけれど、入口までだったら…」


「セリクッ!」


「えっ?」


 フェーナは怖い顔をして、セリクの袖を引っ張った。


「イヤよ! あんな村、二度と帰るもんですか! お父さんもお母さんもいない。お兄ちゃんだって出ていっちゃった。それでセリクまでいなくなったら……あの村にいる意味なんてないもん!」


「ええっ!? で、でも、村長や……。その、皆、きっと心配しているよ。帝国にまで捜索届を出すぐらいだしさ。織物屋のメーイや、いつも酒樽に隠れているクィエとか……他にも。独りの俺とは違って、フェーナにはいっぱい友達だっているじゃないか」


 村にいた時、ほとんど外に出たことのないセリクは、フェーナにどれくらい友達がいるのかを正確には知らない。いつも、そういう友達がいるって話を本人から聞くだけだった。メーイやクィエも、名前こそ知ってはいても喋ったことすらない相手であった。


「……セリクが大事なの。私にとってはそれが一番なのよ。解らない? だから、私は村を出たの」


 俯き加減のセリクの顔を、自分に向き直させ、フェーナは強い眼をして視線を合わせる。


「……でも」


「でも、じゃないの! もう! セリクはさ、女の子にここまで言わせておいて! まったく気づかないの!?」


 何を言われているのか解らず、セリクは首を傾げる。フェーナは一瞬だけ不満そうにしたが、「まあ、いいわ」と、すぐに笑顔になった。

 こう泣いたり、怒ったり、笑ったりと、表情がコロコロと変わるフェーナに、いつも翻弄されっぱなしだったと思い出す。


「はぁー。セリクは昔からボーッとしてるんだから。これは“恋人”の私がしっかりしなきゃダメよね!」


 腰に手を当てて、恋人という言葉を強調してフェーナは言う。


「え? 恋人……って?」


「少し痩せたでしょ!? ちゃんと三食たべてる!? 村にいたとかは私が見ててあげられたけど…。都会に行って、不摂生な生活してない!?」


 こちらの問いには答えず、フェーナは矢継ぎ早に尋ねてくる。セリクは眼を白黒させて、首を縦に振るだけだ。


「…ということで、私もガーネットにいきまーす♪」


「あ。うん。…え? ええッ!? な、なんで!?」


 一方的な話に流されそうになったが、セリクは慌てて首を横に振る。なんでそういう事になるのか、さっきまでの話と脈絡がなさすぎて解らなかった。

 勢いで誤魔化そうと考えていたのか、フェーナはチッと小さく舌打ちする。


「私はセリクと一緒にいるの! イヤだなんて言わせないんだから! あ! もしかして、都会で別に彼女できたとか!? そうね!? そうなのね!?」


 フェーナの顔が次第に険しくなる。

 なぜかセリクの脳裏に、一瞬だけシャインが浮かんだ。だが、すぐに考え直して、強く首を横に振る。


「ない! そんなことないよ!」


「……ホントね?」


「う、うん」


「なら問題ないでしょ。さ、ガーネットに行きましょ♪」


 強引な理屈でねじ伏せられるが、フェーナはもともとこういう性格だった。こうなると、セリクが何を言っても通用しなくなる。


「で、でも、フェーナ。俺、教会に居候させてもらってるから……」


 なんとかフェーナを思いとどまらせようと、セリクは必死に考えを巡らせる。

 教会という言葉に、フェーナは眼をパチクリとさせた。


「へえ。聖教会で住み込みで、何でも屋さんをやってるってこと?」


「あー、うん。その教会の神父様が……なんていうか、その雇い主で……」


「大丈夫よ。私、料理だって洗濯だってできるし。その神父さんの肩もみだってしちゃうわ。問題なし! うまーく取り入って、私も何でも屋さんの仕事を手伝うから! 私一人ぐらい居候が増えても平気でしょ!」


 やはりこんな説得では納得させられなかった。セリクはガックリと肩を落とす。こうなんでもポジティブに捉えられるというのは、もしかして無敵なのではないかとも思った。

 フェーナだったら、本当にマトリックスに取り入ってしまいそうだ。居候とすら思わせないぐらいの働きをしてもおかしくない。

 もう何を言っても無駄だと、セリクは観念して頷く。


「……解ったよ。でも、これだけは約束して。神父様の言うことは必ず聞くこと。あと、仕事には危ないこともあるけど、フェーナはそれには参加しないって」


「危ないこと?」


 龍王と戦うことであると伝えたかったが、それをここで説明するわけにはいかなかった。

 だが、ここだけは決して譲れない部分だとセリクは思う。フェーナを龍王と戦わせるなんて絶対にできないことだ。


「なんだろ。セリク……やっぱ男の子だね」


 セリクがさらに念を押そうと口を開く前に、フェーナは自分からそう言った。


「どういうこと?」


 まだ何も話してないのにも関わらず、フェーナは何か知った風な様子だったので不思議に思われた。


「なんでもなーい。解ったわ。神父さんの言うことは聞く。これは雇い主なんだから当然よね。そして、危ないことはしない。…それでいいんでしょ?」


「う、うん」


「なら、私からも条件ね。セリクも無茶だけはしないこと!」


「え? あ、うん…?」


 こちらから条件を出したはずなのに、なぜか立場が逆になってしまった。上手く化かされたような気持ちになる……。



 外にでると、辺りはずいぶんと暗くなっていた。山の陰にもう少しで太陽が沈む。わずかな夕日が辺りを赤く染めていた。

 魔物が巣くっていた以上、この村に留まるつもりはなく、少し離れた場所にテントを張って、今日はそこで一泊してから、朝早くには帝都に発つつもりだった。

 井戸の側にあったナップザックを拾うと、テントの部品になりそうな骨組みとなる木材や、丈夫な布などを集める。もともと足りないものはこの村で調達するつもりだったのだ。

 フェーナもすぐに移動できる状態だった。荷物はセリクよりも少なく、旅支度というよりは、隣村に遊びにでかける時の格好のようだ。慌ててセリクを追いかけて来たので、きちんとした用意もできなかったのだと本人から聞く。

 いざ村を出ようと荷物を背負ったとき、後ろでフェーナがジッと背中を見ていることに気づいた。


「どうしたの?」


 フェーナはセリクの腰のあたりを指さした。


「剣……持ってるんだなあって」


 セリクは自分の剣を見やる。最初は違和感があったのに、今では無い方が変な感じがする。

 シャインから、四六時中、片時も離さずに身に付けていろと言われていたせいで、もはや身体の一部になったような感じがしていた。


「うん。護身用だから」


「ふーん。やっぱりセリク。ちょっと変わったよね」


「そうかな?」


「うん。今まで私がセリクを守ってきたつもりだったけれど。今度は……反対に、私を守ってくれるのかなぁ? なーんて」


 冗談っぽく舌をだすフェーナを見て、セリクは眼を伏せる。

 デュガンに問われた、『自ら命が危ういとき…。大事なものが失われるとき…。お前は剣をとって戦わないのか?』という言葉をふと思いだした。


「俺は……フェーナを守るよ」


 セリクがそう言うと、フェーナは「えっ?」と驚いた顔をする。そして、ややしてから、ボッと火がついたかのように顔が真っ赤になった。赤くなったこと自体は、夕日の色のせいもあり、セリクは気づかなかった。


「ダメかな? 自分勝手な理由かもしれないけれど…俺は守りたいと思う」


「ううん。ダメなんてことない。嬉しいよ。……セリク」


 赤らめた頬のまま、フェーナはセリクに近づいていく。

 そして、後ろ手になりながら、顎を上げて眼を瞑った。


「よし。さあ、行こう」


 そう言って歩き出すセリクに、フェーナは思いっきりその場でずっこける。


「え? この雰囲気で!? あ、ありえないし……」


「なにが?」


「ううーッ! もう知らない! セリクなんて知らない!」


「な、何を怒ってるの?」


「いい! もう!! ふんだッ!!」


 プイッと顔を背け、フェーナは先に歩いて行ってしまう。

 怒られている意味がわからず、セリクは慌ててフェーナを追いかけていく。


「キャホホホ!!」


「えっ!?」


「なんだ?」


 いきなり木霊した笑い声に、二人は驚いて立ち止まる。


「人間面白い。あれを無くした、これを無くしたと大騒ぎ。でも、見つかれば大歓喜よ。昨日は仲良かった二人、次の日には大喧騒ね。見飽きない。本当、本当」


 声の方をみやると、今にも折れそうな村看板の上に、何かがチョコンと乗っていた。

 それは両手を合わせたよりも一回り大きい蝶々だ。半透明のキラキラと光る羽根をゆっくりと開け閉めしている。


「……魔物?」


 セリクが剣に手を伸ばそうとするのを、フェーナが止める。


「ううん。違う。あれは『妖精』よ。自然界の住人が具現化した姿なの。悪い子じゃないわ」


「無事、無事? 男の子は、無事に女の子を救出したね? 魔王の手下が、ワチキの縄張り強奪よ。困惑、困惑。チミたちに感謝よ」


 螺旋を描くノズルのような口を、前後に伸び縮みさせながら言葉を発した。


「?? 何を言っているんだ?」


 普通の喋り方でないので、セリクは怪訝な顔をした。支離滅裂なことを話しているように聞こえたのだ。


「妖精の話してることって解りずらいって聞いたけど、本当だったのね」

 

 フェーナは妖精の話す断片的な説明を懸命に聞き取る。


「うーん。たぶんだけど、あの妖精がいた場所が悪いヤツらに取られてたってことなんじゃない? なんだか、セリクがそれを解決したみたいなこと言ってる感じだけど…」


「そうなのよ。酒場よ」


「あ! この声…」


 セリクはハッとする。そういえば、井戸に向かって質問したときに、どこからともなく答えてくれた声と全く同じだったのだ。

 もしかしたら、あの魔物たちの罠ではなく、この妖精がフェーナの居場所を教えてくれたんではないかとセリクは思った。


「この子、人間が好きなのかな? うーん。妖精って、普通は人間が何よりも大キライで、姿を見せるなんてまずないって聞いてたけど…」


「人間好きよ。ここ誰もいないのね。不在、不在。ワチキ、寂しいのよ。誰も話しかけてくれない。いっぱい来たのに。井戸来なくなったわ。ワチキ、たくさん知ってるのに。でも、来てくれたね。とても感謝よ」


 この言葉を聞いて、ここの村人に、無くし物の所在を教えてくれていたのは、きっとこの妖精だったのだろうとセリクは理解した。

 きっと本人とすれば遊びの一環だったのかも知れない。自分に話しかけてると思って、問いかけに答えていたのではないだろうか。それが不思議な井戸の正体だったわけだ。


「こちらこそ。フェーナの居場所を教えてくれてありがとう」


 セリクが頭を下げると、妖精はキャホホと笑う。


「良い子。チミたち良い子。だから、『ブフの森』に招待よ。チミたち困ったらね。相談、相談。ワチキの同胞に話してみるね」


 妖精が触手の先をクルクルと回す。すると、そこからポーンと何かが飛んできた。

 セリクがそれを受け取ってみると、茨を束にして編んだような物だ。鍵のような形状をしている。


「これは?」


 それには答えてくれず、妖精は背を向け、羽ばたいて飛び上がる。そして、キャホホという笑い声を響かせながらどこかへと消えていってしまった。


「あ。行っちゃった」


「きっとお守りか何かよ。いいじゃない。なんだかよく解らないけれど、もらっておきましょ」


「うん。そうだね」


 セリクは頷き、それを大事そうにポケットにしまったのだった…………。

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