12話 DB試験(4) マトリックス神父
これ程までかというぐらいに、大がかりなトラップが仕掛けられた三階。マトリックスが罠を解除してあるが、飛び出す杭や、通路を転がってくるはずだった大鉄球。そんなものを見てしまうと、本当に合格させる気があるのか疑わしくなる。
それら凶悪な試験を横目に、自分たちがその餌食にならなくて良かったと、セリクたちは心から安堵しながら先に進んだ。
一番奥の通路に隠し扉があり、なんの変哲もない鳥を模した石像を半回転させると開く仕掛けになっている。
その隠し扉の中に入ると、本棚に囲まれた広い部屋にでた。高級な調度品が並び、外観から見た屋敷に相応しい内装といえるだろう。
今までが悪趣味の塊のような作りをしていたのだから、なおさらこれが普通なのだと感じられた。
「アハハ、ここは私邸でしてね。そこを試験場所に改造したんですが、おかげで自分の部屋に来るまで時間がかかるようになってしまいましたよ」
笑いながら、部屋の中央にある大きな椅子に腰掛ける。
「……自分の家こないにしてまうなんて。金持ちが考えることは解らんな」
マトリックスの脇にシャインが立ち、その向かい側にあるソファーに三人は座ることになる。
「まずは皆さんの自己紹介を聞きたいですが……その前に、シャインさん」
「はい」
シャインが胸ポケットから何かを取り出し、セリクたちに手渡す。
手の平よりも少し小さい金属製の紋章で、黒龍の頭上に長剣が刺さってるというデザインのものだ。
「おお! なかなか格好ええやないか!」
ギャンははしゃぎながら、それを胸元につける。内側にピンがついていて留められるようになっているのだ。
渡されて気づいたのだが、マトリックスやシャインも同じ紋章を肩につけている。セリクとサラも同じように左肩につけた。
「うん。いいですね。これがDBの証となります。帝国内外の活動において、これが身分証の役割を果たしますから。外さないようにお願いしますね」
それから、自己紹介を促されたので、左から順に名乗っていくこととなった。
「ワイはギャン・G・クックルや。ま、知っての通り炎の異端者やで。
入隊動機は……ま、自立のためと、龍王を倒してヒーローになりたいやからや!」
ボッと火を吐いて胸をドンと叩く。
マトリックスはコクコクと頷いた。その表情からは、本当に感心してるのか、もしくはただ聞き流してるだけなのかは判らなかった。
「わたくしはサラ・ミルキィ。没落貴族ですけれども、家庭教師に護身術は習いましてよ。それと雷を操る能力がありますわ。異端者……って名前は、あんまり好きになれませんけれど。
DBに入った理由は……やはり家の再興のためですわ。それには名誉とお金が必要ですからね」
ハキハキというサラからは、家が落ちぶれてしまったことへの負い目はほとんど感じられなかった。しっかりとした意思を持つ自分がいるからこそ、再興は当然と考えているのだろう。
「なるほど。異端者……いえ、“能力者”が二人も入るとは心強いですね」
そう言って、マトリックスの視線がセリクに向けられる。
「……セリク・ジュランドです。その、二人みたいに戦える特技はないですけれど」
「何を言っている。あれで戦えないと言ったら、私の立つ瀬がなくなる。戦技まで操れる剣士などそうはいない」
シャインがそう言うのに、セリクは照れた顔をする。
「ええ。セリクくん。君はとても若いですが、その力は本物です。成長が楽しみな力ですよ」
セリクはレイドの言葉を思い出していた。人に認められるだけの力は自分にあるのだという実感が少しだけ湧いてくる……。
「俺は……龍王を倒したいんです。龍王エーディンを!」
そう言うセリクに、マトリックスはわずかに顔を曇らせた。
「龍王エーディン。なぜ、君がその名を?」
「……会ったことがあるからです」
嫌な記憶を思い出し、セリクは唇を噛み締める。
「な、なんやて!?」
ギャンもサラも、シャインまでもが驚いた顔をしていた。
「……そうですか。まさか、エーディンくんの事を知っているとは思いませんでした。龍王といえば、だいたいがアーダンの事を思い浮かべますからね」
「? マトリックスさんも…エーディンを?」
「ええ。面識はあります。しかし、アーダンに息子がいることを知っている者はわずかです。また彼が独断で人類に敵対したこともね」
寂しげにそう言うマトリックスに、セリクは何か聞いてはいけないような悲しみを感じ取った。
「なんや。龍王ってのは一匹やなかったんか?」
「はい。息子といえど、その力は侮れません。決して油断のならない相手なのです」
エーディンの恐ろしさを間近に見たセリクは頷く。
「しかし、我々が力を合わせれば……きっと龍王を止めることが可能なはずです」
マトリックスは確信を得ているようにそう強く告げた。
「…せやけど、どないして教会の神父さんがDBの隊長なんや? 教会はお祈りするところやなくて、そんな厄介事まで引き受けるんか?」
ギャンの問いに、マトリックスは自身の顎を軽く抑える。
「とても良い質問ですね。……それを説明するには。えーと、そうですね。皆さんはこの神国ガーネット帝国の興りをご存じですか?」
当然だといわんばかりの顔で、ギャンもサラも頷く。セリクは一人知らなかったので、少し恥ずかしそうにうつむいた。
「ん? セリクはどこの生まれや?」
「え。あの……その、レノバ村なんだけど」
「レノバですって? 辺境も辺境。ほぼファルドニア領と言ってもいいぐらいの境界じゃないですの。とんだ大田舎から来たものですわね」
サラにそんなことを言われ、セリクはますます肩身の狭い思いをする。
「……そうですか。なら、お二人もおさらいのつもりで聞いてください。
かつて、遙か昔に神々と龍王との激しい戦いがありました。神界セインラナスを欲した龍王アーダンが、神々に対して戦いを挑んだのです。長い戦いの末、神々が勝利し、龍王アーダンは自らの行いを恥じて不毛の地ファルドニアに身を隠しました。
そして悲劇をもう二度と起こさぬようにと、神々は神界セインラナスの扉を固く閉ざすのです。これを、『神界凍結』と呼んでいます。そして、ファルドニア以外の地上は、神の民である人間に与えられました」
「審判の書の内容やな。そないなことは、信者じゃなくても絵本で何度も聞かされたわ」
絵本を読んでもらった経験のないセリクは、少し複雑な気持ちになる。
「そうですね。しかし、この先はあまり知らないでしょう……。神界凍結により、この地上フォリッツアへ、神々が干渉する力はほとんど封じられてしまっているのです」
ギャンもサラも初耳らしく、互いに顔を見合わせる。
「……それじゃ、神様は……俺たちを助けてくれないの?」
セリクはひどく悲しそうな顔でマトリックスを見やる。
「そうですね。現状は難しいでしょう。ですが、神々は再び邪悪な者が現れることを予期されていました。そのため、神々の使者たる聖イバン・カリズムが地上に遣わされたのです。
そしてイバンは審判の書を記し、今の帝国城のある場所に『神々の大水晶柱』を置きました。これが神国ガーネット帝国の礎となったのですよ」
「大水晶柱?」
「はい。大きな紅い水晶です。これを通し、帝王が神々から啓示……解り易く言えば、アドバイスがもらうことができるのです」
マトリックスの説明に、ギャンは渋い顔をする。
「あんな、神父はん。ワイらは別に信者になりたくて来たんやないで。神話の類だったら教会でしてくれや」
「いえ、そういうつもりはないですよ。ただ、この神国ガーネット帝国が宗教国家であることをまず知っていて頂きたかったのです」
セリクは解ったと頷く。マトリックスは満足げに微笑んだ。
「聖イバン教会と、神々を直接信奉している国家で教義が異なる部分もありますが……。
いずれにせよ、神国ガーネット帝国では、龍王攻略の鍵は神々にあると考えています。その上で、イバン教会の膨大な資料の中にも対抗手段があるかも知れない、と。そう考えたわけですね」
「で、聖教会……マトリックス神父が、政府公認の対龍王組織DBの指揮をとることになった……ってか?」
ギャンが難しそうな顔で頷く。
「なんだか帝国の考えも安直ですわね」
「それだけ状況が切迫しているということだ。教会ならば、民間の情報も集まりやすい。兵隊よりも警戒されにくいので、自警団の活動をする上でも効率が良いしな」
「なるほどね…。でも、なんだか信者を利用しているみたいで、あまり気分はよろしくない話ですわね」
サラの言葉が図星だったのか、マトリックスは苦笑いする。
「だけれど、帝国は神様からアドバイスがもらえるんでしょう?」
「せやな。神々の大水晶柱ってやつで連絡とれるんちゅうなら……。龍王やっつけたっちゅう神はんから直に話を聞いた方が早いわな。イバン教会をわざわざ利用する意味が解らへんのや」
その問いに、マトリックスは少し考える仕草をする。
「大水晶柱からは、神々から一方的に啓示が下されます。与えられる時期は決まっているそうで、自由にはやり取りはできないと聞いたことがあります。
それと、さきほど言いましたように、神々は敵対者が再び現れると予期していました。ですから聖イバンは、救済者の存在を後世に伝えているんですよ」
「救済者?」
うさんくさそうに、サラは眉を寄せる。
「ええ。第一の救済者はかの老剣豪バージル・ロギロスとされています。一〇〇〇年前に魔王なる存在を倒して帝国を護った英雄ですね。これは、聖教会も帝国も認めています。
古い聖教会の教義では、第一救済者をイバン、第二救済者をバージルとする例もあるみたいですが。まあ、今では一般的ではありませんね」
「……で、お次の英雄はいったい誰なんや?」
「それはまだ明らかになっていません。ただ“破滅をもたらす呪われた救済者”と審判の書には書かれています」
マトリックスの言葉を聞いて、セリクはドキンと胸が大きく高鳴ったのを感じた。なぜか、夢の中の少年レイドが微笑んだ気がする。
「破滅……呪われた……って、大丈夫なんか、それ?」
「それはなんとも……。教会本部も調べてはいますが、それがどういった存在なのかまではまだ解っていません」
「ともかく、神や救済者の話は置いてもだ。我々も、我々のやり方で龍王を止める。実際、すでに龍王エーディンによる被害がでているのは事実だからな」
シャインの言葉に、マトリックスは小さく頷く。
その態度からしても、シャインもマトリックスの話を全部信じているというわけではなさそうだった。
「まあ、神父はんがDB作った理由は納得したわ。ワイとすれば、教義がどうのこうのいうより、龍王倒してちゃんと給与がでればそれでいいんやしな」
「…この方とかぶるのは気に入りませんが、わたくしも同じ意見ですわね」
「わざわざ気に入らないなんて言う必要あるんか!? 同じ意見だけでええやんか!!」
ギャンとサラが視線から火花を出してぶつけ合う。これから先のことを考え、シャインは溜息を漏らした。
「では、今日はこれくらいにしましょうか……詳しいことは、おいおいに」
まだ話したりなさそうであったが、マトリックスはゆっくりと立ち上がる。
「DBの任務は過酷なものとなります。今日は試練でお疲れのことでしょう。ゆっくりと休養をとって、明日からに備えてくださいね。さっそく仕事となりますから。よろしくお願いいたします」
その言葉を締め括りに、簡素な入隊手続きは終えたのであった…………。




