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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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10話 DB試験(2) 副隊長シャインの試験

 二階に上がって行く途中、複数の大きな悲鳴が響き渡る。どうやら上で何か起きたようだった。


「な、なんや!?」


 ギャンが顔を上げると、階上に人の姿が見えた。


「じょ、冗談じゃねぇ!」


「なにが試験だ! 殺されてしまう!」


 教会のロビーで出会った屈強そうな男たちだ。ゴツイ顔を真っ青にして、慌てて駆け降りてくる。


「なんだ!? ガキども! こんなところまで来たのか!? 悪いことは言わねぇ! さっさと逃げろ!!」


 プロレスラーのような体格の男が、セリクたちを見て喚く。


「どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもあるものか! あんな化け物の相手などできるか!」


 騎士風の装備をまとった男が、自分の剣を掲げる。それは無惨にも途中でぽっきりと折れてしまっていた。


「化け物やって? なんや!? どないなのがおるんや!?」


「それは……うおおッ! そんなことを口に出来るか! 恐ろしい! に、逃げるぞ!!」


「ああ、同意だ! こんな恐ろしい試験、二度と受けるか!!」


 二人の男はブルッと身を震わせ、セリクたちの脇をすり抜けて階段を降りていってしまう。


「……どないする?」


 恐怖が伝染したらしいギャンが、苦笑いしながらセリクに問う。


「行くしかないよ」


 セリクは歯を食いしばってそう答えた。

 どんな恐ろしいものに出会うとしても、自分は龍王と戦うことを決意したのだ。いまさら引き返したとて行く宛などないのである。


「……せ、せやな!」


 ギャンはパーンッと両頬を叩いて気合いを入れ直す。


「正念場やな! いっちょ、やってみようや!」


 ボッと火の玉を一つ吐き出し、ギャンが親指を立てた。セリクは強く頷く。



 一階の迷路とは違い、隔壁のないただ広い空間。外から見えた窓から採光が入り、明るく床を照らす。

 奥には三階に通ずる階段が見えた。しかし、その行く手を阻まんと仁王立ちで立っている人物がいる。


「……シャインさん」


 セリクがその人物の名を口にすると、静かにシャインは目を開いた。


「なんや、姐さんやないかー。で、化け物のちゅうのはどこや? あれやろ。姐さんの前でその化け物をちょちょいと、いてこませば合格って寸法やろ!?」


 ギャンが辺りをキョロキョロと見回すが、いるのはシャインだけだった。


「ギャン。こういう場合は、一つしか考えられないんじゃないのか?」


 シャインから発せられる殺気を感じ取り、セリクはそう言う。ギャンがあんぐりと口を開いた。


「大の男どもが逃げ出し、残ったのは子供だけか……。やれやれ、だ。しかし、手加減してやるわけにはいかん。なにせ戦う相手は龍王だからな」


 そう言い、シャインは腰に下げていた刀をツラリと抜く。白刃が陽光を反射させ、美しく輝いた。


「……ウソやろ。あの連中が逃げた化け物って……シャインの姐さんやったんか。ただの受付嬢や……なかったんか」


「DBに必要なのは、知力だけでなく、力も兼ね備えた人物。私を倒すことも試験のひとつだ。全力で来い!」


 カチャリと鍔を鳴らせ、中段に構える。素人目にも、それが並大抵の相手でないことが解った。セリクも腰の剣を抜く。


「解りました。……やりますッ!」


 セリクは剣を持つ自分の手を見やる。不思議ともう震えることはなかった。怖さが全くなくなったわけではなかったが、レイドやデュガンの言葉がセリクに自信を与えていたのだ。


「ええい! やるっきゃないわけか! 手加減せえへんのはこっちだって同じや! そもそも二体一やで! 負けるわけあらへん!!」


「その意気だ。DB副隊長にして、ファバード刀術師範シャイン・ファバード。参る!!」


 ドンッという地面を蹴る音がしたかと思うと、一瞬にしてセリクたちの間合いを詰める。シャインの身体から山吹色をした戦気が立ち上った。


「せいッ!」


 気合いの入った中段突き!

 セリクはバックステップしてそれをかわす。


「ほう。見事だ! さっきの男どもは、これを見ただけで腰を抜かしてしまったものだがな!」


 シャインがニヤリと笑ってそう言う。それを聞いて、それが威嚇動作だったのだとセリクは気づいた。試されたのだ。


「丸焦げになったってしらんでー! 『フレイム・ブレッド!』」


 大きく息を吸い込んだギャンが、口をすぼめてブボッ! っと火の弾を吐き出す!

 さっきまで吐き出していた球状のものではなく、ちょっと細長い楕円形のものだ。速度もかなりの速い!


「そんなものが私に通用するか!」


 シャインが刀で火炎弾を弾き返す!

 打ち返された火炎弾は、綺麗な放物線を描いてギャンの頭に命中した!


「うあっちゃあああおッ!!!」


 トサカ頭に火がつき、ギャンは大騒ぎして走り回る。


「未熟者め。自分で出した炎に焼かれるとはな。……ん!?」


「やあッ!」


 セリクが放った横斬りを、シャインは鋼鉄製の手甲で受け止める。ガキンッ! という金属音が響く。


「仲間がやられても動じず斬りかかってくるとはな! いいぞ! そうでなければ、相手が龍王だったらとっくに死んでいる!」


 攻撃を弾かれ、シャインの片手上段斬りが炸裂する!


「うあッ!」


 バシンッと肩口を叩かれ、セリクは悲鳴をあげた。

 斬れなかったのは、シャインが峰を返しているからだ。


「ううッ! でやッ!!」


 痛みをこらえながら、セリクは攻撃を繰り出す。

 それをまたもやシャインは手甲で受け止めた。


「いい根性だ! おい、貴様はいつまで遊んでいるつもりだ!?」


 シャインはギャンに挑発的に言う。

 自分の頭をバシバシと叩いて消火し終わったギャンは、怒りに震えていた。


「も、もう、ゆるさへんで!」


 勢いよく走ってきたギャンが跳び蹴りを繰り出す!

 シャインは溜息をついてそれを難なくかわした。


「刀を持っている相手に飛び上がるとは! 斬ってくださいといわんばかりだな…。炎をだすしか戦いを知らんのか!」


 かわしたついでと言わんばかりに、裏拳をパチンと入れる。鼻っ面を引っぱたかれ、血が盛大に散った。


「うぎゃあ! 痛い! ホンマ痛い!!」


「ギャン!!!」


 助けようとして、セリクが踏み込む。

 しかし、シャインに阻まれ、斬り結ぶ! キーンッ! という音が広間に響き渡る!


「正確にして重い剣撃だ……。早いし、力も入っている。ただの世間知らずな子供かと思っていたが、どうやら良い師に恵まれているようだな!」


 剣の振り方など教わってもいない。ただデュガンの真似をしているだけだ。それでも、どこに力を入れるべきなのか、次はどういう攻撃をするべきなのか、身体が自然と知っているようだった。知らずうちに次の攻撃ができるのだ。それは自分でも不思議な感覚であった。


「だが、龍王と戦うには足りないな!」


 急に切っ先を反転させたかと思いきや、突き入れたセリクの一撃を下から掬い上げて弾く! バランスを崩したところに、上段に構えたシャインの刀が振り下ろされた!!


「ぜいよッ!!」


 顔に打ち込まれる瞬間、ピタリと鼻先で刀が止まる!

 尻餅をつき、驚愕の表情のままセリクは動けなくなった。


「……と、ゴホン! こういう返し技も剣刀技にはあるわけだ」


 セリクの顔を見て、シャインはちょっと苦い顔をした。


「手加減……」


「手加減などしてない!!」


 ギャンが呟こうとしたところを、物凄い勢いでシャインの否定に潰される。その様子を見て、ギャンはしたり顔をした。


「姐さん! 作戦ターイム!!」


「な、なんだと!? 作戦タイム?? これはスポーツではないのだぞ!!」


「ええやんか! ケチケチしてんと、セリクちゃんに嫌われるで!!」


「な!?」


 ギャンは四つん這いで、セリクの所に素早く移動する。そして小声で耳打ちした。


(おい、セリク。いつまで呆けておるんや!? しっかりせえ!)


「あれが本当の戦いだったら……。俺、もう殺されてる」


 ブルッと身震いし、セリクはガクリと項垂れた。

 剣の才能があるなんて言われていい気になっていたのだろうと反省する。ぜんぜん、シャインに勝てる気がしなかった。


(何言ってるんや。これは試験やで。殺されるわけないっちゅうねん!)


「で、でも……」


(ええから。聞けって……っとと!)


 真剣な顔をするギャンだが、両方の鼻から再び血が流れ出てきた。それをゴシゴシッと袖で拭く。


(ええか。どういうことか解らんが、あのシャインのオバハンはセリクにはメッチャ甘い!)


「え?」


 どういうことか解らずセリクは目を瞬く。

 シャインといえば、気まずそうに腕を組んでいた。怒ってはいるようだったが、ギャンの作戦タイムを許可したようだ。


(肩の傷を見せてみい。傷むか?)


 シャインに打ち据えられた肩を探る。

 強い衝撃こそ受けたが、そういえば凄く痛いという程ではなかった。


(やっぱりな。さっきの寸止めといい、セリクを傷つけることはできへんのやろ!)


「そんなこと……。たまたまじゃ?」


(んわけあるかい! ワイの頭をこんなにしくさった上、この鼻血やで!)


 チリチリになった髪の一部と、赤く腫れた鼻を指さす。

 髪はギャンの自業自得のような気がしないでもないけれども……と、セリクは思ったが口には出さなかった。


(……で、これからが作戦や。ワイとセリクが別々に攻撃しても勝てへん。やるなら、一撃必中や。そこで、セリクがオバハンの気をしばらく引き付けてくれ)


(……えっと、気を引く?)


 聞かれてはまずいとようやく気づいたのか、セリクも小声で問う。


(ああ。そしたら、ワイの本気の大技みせたる。これで決まりや!)


 ギャンが何をするのかは解らなかったが、セリクはコクリと頷いてみせた。確かに普通にやって勝てる相手ではなさそうだ。


「……作戦会議は終了か?」


 頷き合う二人を見て、シャインが組んでいた腕を解く。


「待たせたな! ほな、行くで!」


 ギャンはムクッと起き上がり、大きく息を吸いだした。そして、ブバーッ!! と、炎を広範囲に吹き出す!!


「ええい! この期に及んでそれか! 小賢しい!!」


 対するシャインは、大きく刀を旋回させ、その炎を掻き消した。


「でやッ!」


「むっ!?」


 炎の影に隠れていたセリクが飛び出してくる!


「それで不意をついたつもりか!」


 薙ぎ払おうとしたシャインの攻撃を、セリクは敢えて受け止める。


「なに? 私の攻撃に合わせた!?」


「さっきのお返しだ! これならどうだ!」


 全身の力を入れて刀を弾き、身体を反転させた勢いで斬りかかる! さっきシャインがやってみせた返し技のような形だ。

 それを手甲で防ぎきれない一撃とみたシャインは身を引いた。


「いまや! もらったで! こいつでもくらえ!! 『バーニング・ナックル!!』」


 口から吹き出した炎を両手に溜めて投げつける! その形状はその名の通り“拳”状だった。炎の拳がシャインを襲う!


「どんな作戦かと思えば安直な……。何度でも言おう! そんなものが私に通用するか!! 『流打りゅうだ!』」


 シャインの戦気が周囲に風を起こす! それを刀身に集めて振り下ろすことで、『バーニング・ナックル』はあっという間に掻き消されてしまった!


「な! ワイの最強の技が!!」


 せっかくの作戦も必殺技も敗れ、戦意喪失してギャンは膝をついた。


「……見込みがあると思ったのだが。この程度か」


「まだだ!!」


 セリクは諦めずに打ち込む! が、軽くいなされ、ブンッと鋭い反撃が振り下ろされた! 慌てて体勢をかえてそれを受け止める。


「なんて力だ……。ううっ!」


 女性とは思えない腕力に、ジリジリとセリクは下側へと押し付けられていく!


「さあ! 後がないぞ! どうする!? セリク・ジュランド!!」


 このまま押し潰されるかという瞬間、セリクはわざと力を抜く。予想していなかった動きに、シャインは僅かに目を見開いた。


「馬鹿な!」


 セリクはわざと剣を手放し、シャインの懐へグイッと押し入ったのだった。

 力のかかっていた剣は地面を勢いよく転がっていき、シャインの刀は空を押しやる。


「力負けすると解った瞬間……自らを守る武器を手放すだとッ」


 自分の胸元で、荒い息をつき、紅い瞳を光らしている少年に戦慄を覚えた。

 これが本当の戦いであれば……もしセリクがナイフでも持っていたとしたら、懐に入った胸の一突きで勝負はついていたかも知れないのだ。


「グッ! 一歩、間違えれば……自分が叩き斬られているのだぞ!」


「……あのままでも、斬られていたと思います」


 冷静にそう答えるセリクに、シャインは驚く。そして、バッと飛び退いた。


「そうだな……。その判断は正しいが、玄人でもなかなかできる行為ではないぞ。私は貴様を子供だろうと侮っていた。その非礼を詫びよう。これよりは、一介の刀術士として本気で挑もう!」


 シャインが上段に刀を構える。戦気がユラリと縦一直線に迸る。

 その本気を見てとるや、セリクは転がっていった剣をすぐに拾った。


「………力じゃ絶対に勝てない。なら、デュガンさんに教わった技しかない」


 まだ扱える自信はなかったが、通用しそうなのはもはやそれぐらいしかないだろう。本当にいちかばちかの賭けに近かった。

 セリクも戦気を高める。ユラユラとセリクの全身から光りが立ち上る。それは瞳と同じ深紅の色をしていた。


「な、なに……? 貴様も、戦気を操れるのか。信じられん。武の達人でも扱えるのはごく一部だというのに!」


「な、なんなんや。いったい……」


 二人の戦いをギャンは唖然と見やる。


「いくぞ!」


「ええ!」


 二人の戦気が頂点に達した時、お互いに必殺の構えをとる。そして、両者が今まさにその技を繰り出そうとした瞬間だった。


 ガシャーンッ! と、二階の窓が割れて何かが飛び込んできた!


「え!?」


「なんだと?!」


 ゴロゴロと、何かが転がりながら着地する。

 そして屈んでいる姿勢から、ゆっくりと起きあがった。


「フーッ。まったく。なんだってこんなに二階の位置が高いんでしょうか。苦労させてくれますわね!」


 服をパッパッとはたいて、肩を竦めてみせる。

 金髪の縦巻き毛に、長い睫に勝ち気な目。それはギャンとそう年の変わらぬような美少女だった。

 いかにもお嬢様を思わせる金白色のドレスを着ているのだが、ポケットの数がやたらと多かったり、スカートの丈が短く中にレギンスを履いていたりと、なんだか機能性を重視したような動きやすそうな服装である。

 全体的に上品な感じではあるのだが、普通にお屋敷で佇んでいるタイプのようには見えない。


「さあ、いっちょ試験を軽々クリアさせてもらいますわ!」


 そんな突如乱入してきたお嬢様は、呆気にとられている三人を指差して居丈高いたけだかとそう宣言したのだった!

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