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RUIN【破滅】  作者: シギ
プロローグ
1/213

破滅の扉

  いま、破滅への扉が開かれた……



 ひっそりと静まりかえった森の中、いくつもの木漏れ日がその神聖な湖を照らしていた。


 湖のほとりで、一人の少女が柔らかな微笑みをたたえて佇んでいる。

 長く美しい髪は湖の蒼よりもさらに濃く、瞳は琥珀を思わせる。その端麗な容姿は完璧すぎて、まるで精密に作られた人形のようだった……。

 

 緩やかに流れる時間を経て、彼女の心は湖と同化していた。その美しい心が、キラキラと光を透き通す水面に現れているかのようだった。

 彼女は寛容と慈悲に溢れていた。無私公平な彼女だったからこそ、森は彼女を受け容れ、ここに住む繊細な住民たちの信頼と敬意に値した。

 少女の邪魔をするまいと、森は沈黙を保ち、住民たちは足を忍ばせて急ぎ足に立ち去っていく。

 彼女は森にとって“命”だった。誰も何人もそれを穢してはならないというのは、森と住民たちの不文律の約束事であったのだ……。


 だが、その空気が一瞬にして凍てついた。

 風が慌ただしく吹き抜け、住民たちはざわめきだし、森は動揺して木の葉を散らす。


 誰だ? 誰だ? 誰だ?


 部外者が入ってきたことに、森は警鐘を鳴り響かせる。

 彼女も眼を細め、顔を上げた。唇に指をそっと当て、“大丈夫。心配しないで”と目配せした。住民たちは一瞬だけ静まりかえったが、それでも緊張が消えるわけではなかった。


 少女は、部外者……その気配のする方にゆっくりと向き直る。

 一瞬だけ驚いた顔をした。だけれども、それは予期できぬことではなかったのだと、少し寂しげな表情となる。


「……あなたは私に大きな渇望を見ていますね」


 凛としてはいたが、優しく心に響き残る声で彼女はそう言った。

 少女の眼が捉えていたのは、一人の痩せこけた男だった。

 眼は言いしれぬ深い悲しみを湛え、今にも消えてしまいそうな程に存在感がなかった。

 

 森はこの部外者の存在を強く警戒するように彼女に伝える。決して油断してはならぬ、と。

 だが、言われるまでもなく、彼女はこの男の本質を見抜いていた。

 その特筆するに値しない男の底にある、高潔で高貴な輝く力。自分とは異質の存在。

 気付いた時には、先の台詞を思わず口走っていたのだ。


 男はいきなりの台詞にも動揺することなく、薄い口髭をわずかに上下させながら答えた。


「……ご存じでしたか」


 彼の声も、その見かけ通りで、消え去りそうな程に小さかったが、不思議と彼女の耳にまとわりつくようだった。何度もその言葉がエコーしているように感じる。


「あなたが何者なのかは知りません……」


 その言葉の先を、彼女はためらう。言うべきか言わざるべきか……。悩んだ末、彼女は続けた。 


「ただ、私の“力”が……欲しいのでしたら……」


 彼が切り出す前に、彼女は先にそう告げた。

 だが、最後の部分はほとんど言葉になっていなかった。目的は解っていても、確信がなかったからである。少女は、具体的にはどうなるのかまでは解らなかったのだ。

 少し不安気に彼を見やると、彼は皮肉めいた笑みを浮かべて首を横に振った。


「……滅相もない。私の方が“壊れて”しまいますから」


 次の瞬間、大きな一陣の風が、二人の間を吹き抜けていったのだった…………。

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