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幕間―『わたし』



――――そろそろ夏も終わりかけだなあ。

 窓の外の木々の緑は、一週間の間に大分色あせていた。風に揺れる姿も頼りなく、一枚二枚と地面に落とされる。昔はあれが赤や黄色に変わると、箒を手にした妻が庭に出て、うきうきと落ち葉をかき集め、その中の特別美しい色の葉っぱを窓辺に飾っていたものだ。鮮やかな紅葉は、丸っこいドングリと一緒に毎年冬のはじまりを楽しませてくれた。

 今は亡き妻は、小さな額に収まる肖像画となってテーブルの上から私を見守ってくれている。彼女の何か企んでいるような微笑みが私はとても好きだった。

 懐かしい思い出の回想は、不躾な声によって遮られた。


「おじいさん」


 私は視線を戻して、やれやれ空気の読めない奴だと首を振った。窓に平行になるように置かれたテーブルで、窓を背にして座っている相手は、神経質そうにピクリと瞼を痙攣させる。心なしか、いつもより不機嫌だった。私はわざとらしくため息を吐いたあと、先程手渡された手紙をひらいて、以前より随分上達した文字を追い始めた。



*****



 親愛なるおじいちゃんへ


 お久しぶりです。まだまだ暑さが残っていますが、この手紙が届くころには少しは涼しくなっているでしょうか。おじいちゃんが今年も炎天下で素振り千回を行っている様子が目に浮かびますが、年も年なのですし、そろそろ自重した方がいいのではと思います。私の方はというと、とても元気で風邪一つ引いていません。ご心配なさらず。


 さて、おじいちゃんには私がどうして最西の砦に出向くことになったのか、その理由を話していませんでしたね。父さんや兄さんたちから聞いているかもしれませんが、今年の冬の終わり、剣師団でお世話になっている隊長から長期遠征のお話がありました。最西の砦での一年間の遠征は、本来なら入団一年目に行われる訓練です。ですが、知ってのとおり、私にはいろいろとごたついた事情があったので、今まで遠征には参加させてもらえずじまいだったのです。それが今回、やっと参加させてもらえることになりました。上の方でどういうやり取りがあったのかは分かりませんが、父さんも兄さんもそういう贔屓はしない人たちなので、自分の努力が認められたのだろうと思うととても嬉しいです。まわりの皆も褒めてくれて(特にエヴァンズ隊長は昔剣士を志していたそうで、我がことのように喜んでくれました)が然やる気がわいた次第です。


 砦での生活はとても楽しいです。そうそう、遠征での仲間は新入隊員ばかりかと思いきや、以前から仲良くしていた友達が一人一緒に来ているんです。前に話したハロルドのことです。ハロルドは新入隊員の面倒を見る先導者として同行メンバーに選ばれたのですが、年下にも敬語を使うような礼儀正しい人なので後輩にも慕われていて、私はちょっぴり羨ましいです。でもこないだ、練習試合で打ち負かしてやって、私はちょっとしたヒーローになれました。

 砦での生活を簡単に書くと、早朝稽古、砦の掃除、昼食、国境付近の巡回、午後の稽古、締めの三試合、夕食、就寝、という感じです。

 砦は広くて、全員で掃除しても結構な時間がかかります。同行した先輩隊員の一人に潔癖症がいて、最初の頃は腰が痛くなるまで床を磨かされて泣きそうでした。皆、今ではその先輩につかまる前にさっさと逃げ出すことを覚えました。

 ご飯は自給自足で、班ごとに週交代で畑の世話をします。剣師団専用の畑で、毎年遠征しに来た団員が世話をつづけているらしく、傍には大きなザクロの木も生えていました。もしかしておじいちゃんの時代にもあったのでしょうか。今度教えてください。

 毎日の巡回は砦の外をぐるりと一周して、国境線になっている大河沿いを歩きます。今は夏で大河の水量も多く、国境を越えようとする人はほとんどいませんが、春ごろには何人かの違法者を捕まえました。噂には聞いていましたが、浮浪者や犯罪者がほとんどで、後者はともかく前者の対処には隊長たちも頭を悩ませているようです。ああ、でもそれ以外にも大河を渡って来る人がいました。しかも泳いで!その青年は大河と戦ってみたかったと、とんだ事を述べ、私たちの闘争心に火をつけていきました。一週間後青年は帰って行きましたが、しばらくの間川へ飛び込もうとする隊員が後を絶たず、罰則用の独房が人であふれかえりました。私がその独房に入ったかどうかは、ご想像にお任せします。

 それから、ノストラ神殿が近くにあるので週末には走ってお祈りに通います。時々神殿の神官さんたちがやって来て、厳粛な儀式を執り行ってくれるのですが、それが大抵夜なので、私たちは疲れ切っていつも居眠りしてしまいます。一日の終わりは三試合と決まっているのですが、負けっぱなしが嫌で、多いときは五、六回試合してしまう時もあるので、夕飯を食べる頃には眠気が最高潮になっているのです。


 ところで、この遠征に参加するにあたって、一つ自分の中で決心したことがあります。この一年間は、魔法の勉強には手を付けないということです。本も全て置いてきて、魔法剣もしばらく封印しました。やっぱり私は強い剣士にもなりたいと思うので、せっかくもらったチャンスをふいにしないよう、今はこちらに集中しようと思ったからです。


 この前、ママからの手紙で怪我をしていないか心配されましたが、大丈夫です。小さい傷は絶えませんが大したことはありません。というのも、魔法師団の知り合いが、律儀なことに毎月治癒魔法の薬を大量に送って来るからです。効き目は抜群で、仲間内でも大好評なのですが、私は少し不満です。だって聞いてください、治癒薬を送ってくれるのはありがたいのですが、毎回手紙の中身がそっけなさすぎるんです。私は何日もかけてお礼を添えた手紙を書いているというのに、返ってくるのは一行二行って酷いと思いませんか。酷いに決まってます。文句を書いて送りつけたら、先日届いた荷物からはついに手紙が消えていました。それだけでもムカつくのに、剣師団の皆からは「薬が届かなくなったらどうするんだ。さっさと謝罪の手紙を送れ」と怒られ、大変遺憾です。アイツはこうなることまで見抜いていたに違いないので、なおさらムカつきます。謝罪文は一応送っておきました。


 ……話がそれましたが、とにかく私は怪我も病もなく至って健康です。砦の中には大きな暖炉もあるので、冬も無事越せると思います。おじいちゃんたちも、くれぐれも体を壊さないよう気を付けてください。


 今年は豊穣祭も年越祭も家族の皆と過ごせなくて寂しいですが、私は精一杯頑張っています。この一年を無駄にせず、強くなりたいです。帰ったら次こそ兄さんたちに一矢報いてやりたいとも思います。まずはティル兄から、いつかはセト兄さんだって倒したいです。父さんには奇襲を掛けたらいけるかもしれません。でもあとが怖いのでやめておきます。

 今度また、稽古をつけてください。私の一番の目標はやっぱりおじいちゃんです。おじいちゃんがくれた赤い石のペンダントは、いつも私に勇気をくれます。たくさん話したいことがあるので、次の春には会いに行きます。

 あなたにポーミュロンのご加護があらんことを。

 それでは。


 あなたの最後の弟子であり孫であるマーシャルより


(追伸。冬のナザシュナゴ湖でのスケートは、もうやめた方が良いと思います。前に父さんがぎっくり腰を心配していたことを、お伝えしておきます)



*****



 どこかの枝に数羽のひばりがとまっていて、ぴーちくと声を合わせて合唱会をひらいていた。高音を難なく歌い上げ、終わっていく夏を惜しんでいるようだった。

 私は丁寧に便箋を二つ折りにして、封筒の中にしまい込んだ。文面にはゆっくりと二回目を通して、文末の追伸には二回ともくすりと笑わされた。ぎっくり腰になるようなやわな鍛え方はしていないが、かわいい末孫の忠告だ、なるべく耳に留めておこうか。息子には今度スケート勝負を挑んでこてんぱんに負かしてやろう。黙らざるを得ないはずだ。

 顔を上げると、テーブルの向かいに険しい顔をした孫の一人がいた。眉間のしわは銅貨を挟めそうな程深く、まさに「鬼隊長」の名にふさわしい。この子がそんな風にあだ名されているのを教えてくれたのは、二番目の孫だった。あまりにお似合いのあだ名に、二人揃って目尻に涙をにじませたことを思い出す。

 急に低く笑い出した私を、孫は怪訝そうに見た。


「おじいさん?どうかしましたか?」

「ふっ、いいや何でもないんだ、セトラー。シャリーからの手紙が面白くてね、なかなか腹筋にきく」


 くつくつと笑い続けて、私は言った。


「あの子にそんな気の利いた手紙が書けるとは思いませんが……」


 セトラーの濃灰色の視線が白い封筒の上に動いた。読みたそうにちらちらと気にしているが、勿論読ませてやる気はない。かわいいシャリーが私だけに宛てて書いてくれたのだから。

 今日のセトラーは、わざわざこの手紙を届けるためだけに王都からはるばるやって来たらしい。


「私に直接送りつければ良かっただろうに」と言ったら、

「シャリーが切手代をケチったんですよ。まあうちから送っても良かったんですけど、最近ご無沙汰していたので、顔を出すついでにお渡ししようかと」

「ティリフォンは一緒に来なかったのか」

「アイツの隊は今、隣国まで出向いているので」

「それは残念だ。今度顔を見せてほしいと私が言っていたと伝えてくれ」


 セトラーはしかめ面のまま頷いた。怒っているわけではなくこれが普通の表情なので仕方がない。シャリーの前だと少し和らぐのだがな、と苦笑する。

――――シャリー……お転婆な、可愛い末の孫娘。

 はいはいを覚えた途端、昼も夜も構わずにゆりかごから脱走を図って、戦争中の敵将軍より私を手こずらせた。

 あの小さかった女の子が、今は遠い西の土地で頑張っている――――

 最西の砦といえば、なじみ深い。先の戦争で私も剣を振るった場所だ。建て直されてからは王国の所有施設として外観美しく保たれているが、戦時には血なまぐささが絶えない場所で、壁にはことごとく赤黒い染みがついていた。横たわる大河には敵味方の死体がうず高く積もり、淀んだ川の水が赤く染まっていた。心臓と喉を貫き、手足を切り落とし、臓腑を叩きつぶし、目玉を抉り出す。血と汗と絶叫に満ちた頃を思い出すたび、私の心は興奮に震え上がる。懐かしく恋しい。だが一方で、孫たちが生まれる前にあの凄絶な時代が終結して良かったと考える自分もいる。この矛盾を抱えてすでに数十年が経つ。


(あの頃は考えもしなかった。うちの血を引くものから、魔法師が出るだなんて)


 片手の甲に顎を乗せ、もう片方の手の人差し指でこつこつとテーブルを叩きながら、一番目の孫を上目で見る。セトラーの背筋は、滅多に曲がることを知らない。


「なあセトラー、シャリーが魔法師団に入りたいと言った時のことを覚えているか」


 セトラーは虚を突かれた顔をした後、口をぎゅっと引き結んだ。


「忘れるはずがありません。ここ十年の間で一番驚いた事件でした」

「驚いた……確かにそうだな。剣一筋で私たちと同類だと思い込んでいたシャリーがまさか、と思った。一時の気の迷いに違いないと家族全員が引き留めたな。義娘まで止めなさいと言ったのは意外だったが。まあ、シャリーが勢い任せなところは否めんし、当然の反応というところか」

「ですが、おじいさんだけは反対しませんでしたね」


 セトラーはじっとわたしを見つめた。真ん中で分けた長い前髪の間で、鷹を思わせる切れ長の瞳が強い疑問の光を宿していた。


「前々から気になっていたんです。どうして一度も反対せず、あっさりシャリーの願いを聞き入れたんですか?今でこそその判断が正しかったと認めますが、おじいさんには当時からこうなることを見抜けていたと?」

「そんなわけがあるか、私は予知者ではない」


 軽くおどけてみたが、


「では何故ですか」


 追及の手が緩まる気配はなく、諦めて真面目に答えることにした。


「確かにシャリーが魔法師団への入団を言い出した時は驚いた。だが、私の中では驚きより納得の方がまさったのだ」


 毎朝整えている顎ひげをなでて、考え考え話していった。


「何と言えば良いか……そう、時代の流れをそこで感じたんだ。そもそも、戦火の絶えなかった私以前の時代ならともかく、お前たちのように安寧の中で暮らせる世代が剣術だけに生きていくのは不思議で不自然なことなんだ。私からすれば、侵略者もなく内紛もない今の王の時代は何とも味気ない。

 ディカントリー家の起こりを聞いたことがあるか?嘘か真か分からんが、血に飢えた農民の男女二人が農具を手に戦場に飛び込んで敵を滅多切りにしたそうで、以降数世代にわたって上げた戦功は数限りない。だが、その間にディカントリー家はあまたの人間と出会い、血を交わらせた。一つのことばかりにしばられている今までの方がおかしかったのだ。時代は変わり、血も変化したならば、その血の流れる人間の性質も変化して然り。シャリーがそのはじめの一人だったとしても、不思議には思わない」


 私は目尻を下げて、にっこりと笑った。


「それにな、シャリーは勢い任せでおっちょこちょいな所はあるが、自分で決めたことには責任を取れる人間だと私は信じているよ。だからあの子が真剣に頭を下げてきたことを、端から突っぱねるなんてことはしない」


 セトラーの口許がひん曲がった。


「それは、俺たちがシャリーのことを信用していなかったと……そういうことですか」

「それがシャリーのためだと思っての行動なら、私は責めない。その程度の反対ですごすごと引き下がる程度なら、私もそちら側についただろうしね。結局あの子が今の道を歩んでいるのは、あの子の熱意や勇気によるものだよ」

「楽な道ではなくとも?」

「うちの人間で、平坦で先の見え切った道を選ぶ奴なんておらんだろう。茨の道こそ我が道と心得たり」


 にやり、と口の両端を吊り上げた。

 ついにセトラーは反論の言葉を失い、押し黙ったあと、苦りきった顔で苦いコーヒーを啜った。その眉間のしわを見ていると、いつも親指でぐりぐりと押し伸ばしたい気分に駆られる。幼い頃はまだ可愛らしいしかめっ面だったのに、すっかり板についてしまった。本人は鬼隊長という名称が不服らしいが、それなら笑みを張り付ける努力でもしたらいいだろうに。


(私の「戦場の死神」や、息子の「血みどろ鬼神」なんていう渾名よりは随分マシだと思うんだがな)


 いっそ可愛らしささえ感じるが、本人に取ったら甚だ許しがたい事態なのだろう。面白いので知り合いに広めた事実は笑顔の裏に巧妙に隠しておく。ばれたらヴァヨント火山の噴火のごとく怒るに違いない。

 セトラーの不機嫌はコーヒーを飲み終えても一向に良くなる様子がなかった。さながら、今から獅子でも狩りに行くのかという剣呑な雰囲気に、こっちまで疲れてくる。私にやり込められたことだけが原因ではないようなので、理由を打ち明けてみろと笑顔で脅してみた。


「実はですね」セトラーは不承不承口をひらいた。「これから王都に戻ったあと、仕事に戻る前にやらなければならないことがありまして」

「ほう、余程憂鬱な用件と見た」


 だから剣師団の制服を着ているのか。てっきり仕事中毒にでもなったかと思っていたので、一安心して先を促した。


「はい、それはもう。シャリーが切手代をケチったって言ったでしょう?それでアイツ、家族以外に宛てた手紙もうちにまとめて送って来たんですよ。宛先まで届けてくれって一言だけ添えて。それで、今日届けるつもりなんですが……」


 そう言って、鞄から紐でまかれた手紙の束を取り出す。王宮の魔法師団と剣師団の上司や同僚に向けた手紙が大半で、あのお転婆娘にこんな気遣いができるようになったのかと感慨深く思った。妹の成長を喜べないとは何事かと、むしろ憤然とする。


「これの何がいけないんだ。シャリーが立派になって素晴らしいことじゃないか」

「それはいいんですよ、それは良いことだと思いますとも、ええ。俺が嫌なのは、この手紙だけです」


 触るのも嫌なのか、顎をしゃくってぞんざいに示される一枚の手紙。見た目は他と変わらない白い封筒に入れられている。


「何々……『王宮魔法師団第七番隊所属、ユンスティッド=シルバート様』ああ、シャリーの……」

「そうです、デュオのパートナー」


 セトラーはそこでふっと言葉を途切れさせて、「いや」と冷たい声で言い直した。


()パートナーと言った方が正しいですね」


 無慈悲にさえ聞こえる言葉を、私は嗜めた。


「……そう目の敵にするな。この少年が何をした訳でもあるまいに」

「だって、おじいさん。シャリーが魔法師団に入団してこの方、俺たち家族より圧倒的にコイツの方がシャリーと過ごす時間が多かったんですよ」

「デュオなんてそんなもんだろう」

「無理です、許せません。偶の休みに久々に会えた妹の口から他の男の名前ばかり聞かされた兄の気持ちが分かりますか?この上ない屈辱ですよ」

「少なくともティリフォンは『上手くやっているようでよかった』と、まともな感想を抱いていたぞ」

「ティリフォンは事の深刻さを理解していないだけです」


 深刻なのはお前の頭だろう。

 セトラーの(マーシャル)好き病は年々悪化する一方だった。息子夫婦は一体どこで育て方を間違えたのか。

 この場にシャリーがいたならば、セトラー、お前は一瞬のうちに兄妹の縁を切られていただろうよ。

 親戚一同に「化け物のように元気」といわれる体だが、この時ばかりは頭が痛む思いがした。


「……シルバート公爵の御子息だろう?最初は仲が悪いようで心配していたが……セトラー、お前と元パートナーの件もあったしな」

「ノーノのことですか?あの女好き軟派野郎と分かり合えと言う方が無茶な話です」

「しかしなあ、建物の一画を倒壊させるほどの大喧嘩繰り広げてデュオ解散など、滅多にない事例だぞ」

「疲れ切って部屋に帰ったところで、同室の奴がベッドに女連れ込んでいたら、堪忍袋の緒も切れるというものです」

「嘆かわしい。これが女を取り合っての喧嘩だったら、まだ色気もあったというのに」

「色気が何の足しになるっていうんです」


 真顔で言うか、この唐変木が。そろそろこの孫には、独身街道をまっしぐらに走っていることを自覚させねばならん。

 悲しいことに、いい年した孫息子は、爺の悩みなど知ったこっちゃないとでも言いたげであった。あっさり妹談義を再開する。


「話を戻しましょう。俺のことなんてどうでもいいんです。シャリーの奴、せっかくデュオを解散したのに、元パートナーに手紙なんて送って……」


 後半、ただでさえよろしくない目つきが、さらに凶悪なことになっていった。

 ああ、セトラーが怒っていたのはそこだったのかと理解する。言いがかりのような理由で恨まれて、さぞかし迷惑な事だろうと、顔も知らない少年に同情した。


「嫉妬は見苦しいぞ、セトラー」

「ですが……」


 視線と声音を厳しくして、私は孫息子に言い聞かせた。


「どんなに足掻いてもお前が今更魔法を使えるわけでもあるまい。自分にないものを羨み、恨むばかりではディカントリーの人間として情けない。そんな暇があるならば、少しでも自分の選んだ道に精進しなさい」


 押し黙ったセトラーは、悔しげな表情をちらつかせ、やがてはテーブルの上に視線を落とした。


「――――はい」


 がっくりと肩を落とす孫に、私は声を和らげた。落ち込ませるつもりはなかったのだ。


「それにな、たとえお前が手紙を届けるのを止めて妨害したとしても」言い返そうとするセトラーの口を視線で封じ、つづける。

「たとえそうしたとしても、人と人の絆は強く、そう簡単には千切れたりしない。お前たち兄弟の絆だって、そうだろう?」


――――切ろうと思って切れるものではないし、深く結ぼうと思って結べるものでもない。


 セトラーの眉間から、ふっと力が抜けた。そうですね、と神妙な面持ちで呟く。

 うん、しかめっ面よりずっと良い表情だ。私は口角を上げて、唇の両端に深い皺を刻んだ。

 

「とにかく、次にシャリーに会った時は、楽しい話が聞けそうだ」

「俺と戦えるくらい強くなっているといいのですが」

「どうだろうなあ」


 油断していると負けるかもしれないなあ、とからかうと、セトラーは真面目な顔をして「弟妹に負けるつもりは一生ありません」と宣言した。しばらく会話を楽しんだ後(主に私がからかっているだけだったが)、セトラーは辞去し、慣れた動作で馬にまたがると、王都への道を帰っていった。その真っ直ぐな背中を見送って居間に戻った私は、テーブルの隅に静かに佇んでいた妻に、そっと微笑みかけた。


「春が待ち遠しいなあ」


 窓から差し込んだ陽の光を反射して、妻のすみれ色の目が楽しげにきらめいた。そうですね貴方、と頷いてくれたのかもしれない。





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