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幕間―癒し手



 紫とオレンジで彩られた空の水平線が、遠くの山の尾根の上に横たわっていた。その下に一番星が燦然ときらめいている。ぽつぽつと街灯がともりはじめ、中央広場にある大きな噴水がぼうっと白く浮かび上がる。流水音は涼やかで、めっきり冬めいた今の時節には寒いくらいだった。あと二週間もしないうちに噴水の水は止められてしまうはずだ。放っておくと凍りついて、中央広場を訪れる人々が滑稽な喜劇のようにツルリツルリと滑って尻もちをつく光景が出来てしまうので。細い路地の奥で、野良犬の親子が身を寄せ合って寒さをしのいでいた。夜になれば、王都はさらに冷え込む。

 ユンスティッドは、灰色の堅牢な王宮への帰り道を歩いている所だった。昼は賑やかだった通りだが日が暮れはじめると人もまばらになる。夕焼け空に見下ろされて静かで穏やかな道のり、といきたいところだったが、そうはいかないのが世の常、いやユンスティッドの常だった。ひと気がないのをいいことに、通りのど真ん中でスキップを踏みながら鼻歌を歌っている奴がいる。赤の他人だと言えたらいいのに、そんな風に思って白いため息をこぼした。


「おい、そろそろやめたらどうだ、その歌」


 マーシャルはメロディを遮られるのが嫌なのか、ちらっとこっちを見ただけですぐに首を前に回して鼻歌を歌い続けた。聞くに堪えないほど下手というわけではなかったが、ユンスティッドは顔をしかめてぼそりと呟いた。


「耳障りだ」


『なんですって、失礼ね!』といういつもの威勢のいい返事はなかった。さっきの悪態が聞こえていないはずはないが、マーシャルは今、それさえも許してしまうくらいに機嫌が良かった。こう表現すると聞こえはいいが、ユンスティッドに言わせれば、調子に乗っていた。


(大体、どうして休みの日なのにディカントリー(こいつ)と一日外出しなければならないんだ)


 事の発端はマーシャルではないのだが、ついつい文句を言いたくなってしまう。新しい論文に目を通したかったし、連日マーシャルの勉強を指導して溜まった疲労を回復したかったというのに。

 途中まではまだよかった。普通に街を見て回っているだけだった。それが一変したのは、通りに現れた引ったくり犯をマーシャルが彼女の俊足と見事な剣さばきで捕まえた時からで、捕り物劇の一部始終を目撃していた街の人からやんやと喝采を浴び、被害者からは大げさな程に感謝され、この少女が有頂天にならないはずがなかった。仮にも(なりたてとはいえ)魔法師が王宮外で問題を起こしたらどうなるか、考えれば分かるだろうに。頭が凝り固まって働いていないのではないかと、時折感じる。

 それに……ユンスティッドは上下に揺れるマーシャルの体、その左腕に着目し、そっと目を伏せた。


 王宮に帰り着くと、丁度団舎の図書室から帰る途中だったエヴァンズ隊長と鉢合わせた。薄暗闇の中でも、金髪碧眼の容姿は目立った。大股で歩み寄ってきたエヴァンズは、二人が並んで歩いているのを見て、「仲がよろしくて結構けっこう」ガハハと笑ったが、マーシャルの左腕の怪我に気が付くと頓狂な声をあげた。


「なんだ、シャリー。怪我してるじゃねえか!」

「えっへへー、実は引ったくり犯をとっつかまえてやったんです!」えっへんと胸を張るマーシャル。

「へえ、そりゃすごい。だが、はええとこ手当てしねえと……とりあえず医務室に行って来い」

「はーい」


 腕に血をにじませながらもスキップで団舎へと向かうマーシャルの背中を、エヴァンズとユンスティッドが半ば呆れ半ば感心して見送る。エヴァンズが「いやはや」と言った。


「シャリーはいつでも元気いっぱいだな。圧倒されるぜ」

「連れまわされる身としては勘弁してくれという感じですが」

「はは、そりゃユンスからしたらそうかもしんねえな!」


 自分の苦労を一笑に付されて、ユンスティッドは憮然とした。疲労がどっと重みを増した気がする。


「でも、ちっと厄介だよな」


 エヴァンズが髭の生えた下あごを掻き掻き付け加えた。ユンスティッドは素早く頷き、


「そうですよね」


 らしくなく語気に力が入った。余程お転婆パートナーに手を焼いているらしいユンスティッドに、エヴァンズは苦笑を隠せなかった。


「ちがうちがう、元気なのはいいんだ。そうじゃなくて、こうも毎度生傷をつくってこられると、心配になるって話さ」

「灸をすえるにはそれぐらいで丁度いいですよ」

「ばっか、シャリーだって一応女の子なんだ」


 エヴァンズもユンスティッドも、その台詞がマーシャルに対して大変無礼であることにはてんで気付かなかった。大真面目な顔でエヴァンズはつづける。


「顔に傷でもつくらせたら、親御さんに申し訳が立たねえだろう」

「自業自得の怪我ですよ?」

「それでも今はうちの隊の管轄下にあるんだ。いつ大怪我するかも分かんねえ状況は芳しくねえな」

「はあ」と気のない返事をする。


 エヴァンズが、ちっちっちと人差し指を振って、ユンスティッドの肩にごつごつとした筋肉質な腕を回してきた。膨らんだ上腕がうなじの辺りをぐいぐいと押してくる。見習い時代はこの馴れ馴れしい接し方に多少の戸惑いを見せたものの、今ではユンスティッドも慣れてしまっていた。動じることなく、横目でエヴァンズを見た。


「ユンス、お前、今少し手が空いてるって言ってたよな」

「はい……」頷きかけてユンスティッドは不穏な趣を感じ取った。これは何だか危ない予感がする。「ですが、新しいテーマが浮かんだところで」不自然にならない程度に言い訳して回避しようとしたが、その文句を最後まで言い切ることは出来なかった。


「暇だよな、な?」


 にっこり満面の笑顔でエヴァンズが左横から覗き込んできた。「……はい」上司からの無言の圧力にユンスティッドは屈した。普段から角が立たないよう八方美人に接しすぎたかもしれない。こういう時にきっぱり断りづらいのは困りものだ、と内心呻いた。


「よし、隊長命令だ」

「何ですか?」

「治癒魔法を習得してこい――――シャリーの怪我を直せる程度の、な」


 エヴァンズの白い歯が、太陽光を反射してキラッと輝いた。ユンスティッドは笑顔をつくる努力を放棄し、感情の抜け落ちた顔で渋々頷いた。厄介事を押し付けられたことは間違えなかった。




 目的の部屋は、ユンスティッドの自室から一番離れたところにあった。ノック音三回で来訪を知らせた後、気の抜けたビールのような返事を確認して扉を開ける。ギイイッ――――さびついた蝶番が耳障りな音を奏でたので、それ以上扉を動かすことはせず、狭い隙間から室内に体を滑り込ませた。

 細かく仕切られた棚の上にはラベルの張られた小さな瓶が所狭しと並んでおり、平べったい円柱型のコルクで栓をされていた。窓は全開にされていたが、医務室を思わせる薬草臭さが部屋に充満している。鼻を抜けていったのは何かのハーブのにおいだ。足元には本と紙切れが散乱していた。ユンスティッドは扉のすぐ前に突っ立ったまま、部屋の奥にデンと構えた四角い机へと視線を送った。

 机の向こうに、椅子の背もたれ部分が覗いており、茶色い皮がテカテカと照り光っていた。机と背もたれの間で、白い塊がもぞりと動く。重たそうな頭がのそりと持ち上がった。


「キルシュさん、また徹夜ですか」

「んん……、そうなのよー」


 白衣をまとったキルシュ=カーズが、両手を突き上げて大きく伸びをした。白い人差し指が寝ぼけ眼を擦っている。ユンスティッドは、彼女のよれた服とぼさぼさのハニーブロンドの髪をしげしげと見つめて呆れた。


「いい加減にしないと、また息子さんに叱られますよ」

「そうねえ……って、ユンス君?!」


 勢いよく椅子から飛びあがったキルシュは、後ろの棚に頭をしたたかに打ち付けた。ガンッ、と鈍い音が鳴り、ふらつきうずくまる。その頭の上に、丈夫なガラスの小瓶が降ってきた。いたっ!と情けない悲鳴が上がった。しばらく待っていると、よろよろとキルシュが立ち上がり、頭をおさえながらユンスティッドを睨み付けた。


「もう、ユンス君。入る前にちゃんと名乗ってよ。後輩にこんな格好悪いところ見せたくないわ」


 ぶつくさと言い訳じみた文句が続く。勿論、ユンスティッドはきちんと入室前に名乗っていたし落ち度は全くなかったのだが、そこは上司を立てて口を閉じておいた。


「本当にもう……まあ、別にいいわ、大して気にしてないから。それで、えーと。治癒魔法の手ほどきをすれば良いのよね?隊長から大体の話は聞いてるわ」

「はい、よろしくお願いします」


 キルシュ=カーズは学界きっての治癒魔法のエキスパートだ。彼女に教えを乞えば間違えないだろうと、エヴァンズがわざわざ話を通してくれた。ユンスティッド的には「余計なことをしてくれなくてもいいのに」という感じだが。これが、自分から積極的に治癒魔法を学びたかった場合ならば、もろ手をあげて喜ぶところだが、なんせ治癒魔法を習得する理由が……


「シャリーちゃんのために治癒魔法を覚えたいだなんて、偉いえらい。男の子はそうでなくっちゃね」


 キルシュがほがらかに笑った。ユンスティッドは引きつった笑みを浮かべた。隊長はどうやらかなり曲がった情報を教えてくれたらしい。今の言い方では、まるでユンスティッド自らが進んでマーシャルのために献身的になろうとしている、みたいではないか。内心憤然とした。

 床に転がった小瓶を棚に戻し、キルシュは別の棚の前に移動した。たくさんの本が、背表紙の高さで背の順に並べられている。そのうちの何冊かを引き抜いて、ぺらぺらとめくった。そよ風が起こり、ほつれた髪の毛が微かに揺れている。


「治癒魔法の基本は学院で習ってるわよね?」

「はい、初歩の魔法は使えます」

「じゃあ基本理論とかはいらないわね。ユンスくん優秀だし、すぐ応用に入っても大丈夫かしら――――ところで、治癒魔法って一口に言ってもどの程度まで学びたいの?」

「程度、ですか?」


 ええ、とキルシュは目線をページの上に落としたまま頷いた。


「初歩的な止血魔法から、最上級の蘇生魔法までいろいろ揃ってるわよ。どこら辺まで学びたいのかしら」

「そうですね……」


 ユンスティッドは顎に手を当てて考え込んだ。渋々了承したこの件だが、やると決めたら徹底的に学ぶつもりだった。専門家直々に学べる機会をふいにするつもりはさらさらない。エヴァンズは、マーシャルの怪我を治せる程度と言っていたが、それはどの程度までを指すのだろうか。キルシュにさらに詳しく尋ねてみた。


「上級の治癒魔法には、蘇生の他に何があるんですか」

「そうねえ。例えば、切断された腕を元通りにくっつけたり、破損した臓器を再生させたり、あと、上級魔法を使えば骨折なんかは数秒で治せるようになるわね」


 ユンスティッドは黙り込んだ。

 何ということだろう、どれも必要になる気がする。


「……とりあえず、時間の許す限り突き詰めてみようと思います」

「あら、素敵な心がけね。先輩としては嬉しい限りだわ」


 シャリーちゃんも喜ぶと思うわよ、と言われて、ユンスティッドは想像した。血だまりの中、腕を切断されているのに笑顔のマーシャル=ディカントリー。悪夢のような光景だが、有り得ないと言い切れず、背筋をうすら寒いものが走っていった。本当に、厄介な事を頼まれてしまったものだ。どこからか、パートナーの憎たらしい高笑いが聞こえてくるような気がした。



 キルシュにいくつか治癒魔法の教本と研究書を借りると、ユンスティッドは自室に戻り、早速机の上に一冊の本を広げた。まずは基礎的事項をさらっとでもおさらいした方が良いはずだ。頬杖をついて文字列を目で追いながら、学院の教科書を頭の中に蘇らせて抜けていた部分を補完していく。

 知識を増やすのは好きだ。新しい魔法を覚えるのも。

 だが、きっかけがあの小憎らしいパートナーである以上、治癒魔法にはあまり好意的になれそうにない。てっとり早く習得して、手を引こう。それがいい。


(隊長に頼まれなければ、この間にも魔法生物学について新しく学べたかもしれないのに。時間の浪費以外の何物でもない)


 知識を入れる代わりに心の中で不満を垂れ流す。しみじみと後悔してユンスティッドはため息を吐いた。机に立てた燭台の蝋燭が、煌々と木目の模様を照らし出している。いくつもの渦巻き模様が、机の上に散らばっていた。やわらかな光は窓の外にも漏れ、夜闇に支配された地面を明るく切り取った。寒風に吹き寄せられた木の葉が隊舎の外壁と地面の間のくぼみに溜まり、カサカサと音を立てる。部屋の中でその音を耳にして、ユンスティッドは身震いした。冬が深まろうとしていた。



*****



 今日もマーシャルは出かけていた。朝っぱらから騒がしく準備して、朝日が昇った頃には剣師団のある南の塔を目指してご機嫌に駆けていく。夜遅くまで起きていて朝が遅いユンスティッドには、隣室の少女の生活リズムが煩わしくてしょうがない。苦言を呈したところで、健康的な生活を送って何が悪いと返されるのがオチで、ユンスティッドはほとほと困り果てていた。目の下にはどす黒い隈を作っている。


「ねえ、こうしたらどうかしら」


 心配したキルシュが紅茶を一口啜ってから、こう提案してきた。


「シャリーちゃん、最近は一日中剣師団にいることが多いでしょう?いっそ日が落ちてすぐに寝てしまったらどう?早く寝て、早く起きる生活リズムに切り替えれば、寝不足になることもないわ」

「駄目ですよ」ユンスティッドは悲しげに首を横に振った。つづけて表情を険しくする。「あいつが剣師団から戻って来るのって、わりと遅いじゃないですか。少なくとも、それまでは起きていないと」


 つい最近、数年間仲違いしていた友人と友情を復活させたマーシャルは、すっかりはしゃいで剣師団に連日通い詰め、朝から晩まで入り浸っていた。その分魔法研究がおろそかになっているが、少女が随分と悩んでいたことは知っていたので、ユンスティッドも隊長も特に口出しはせず、大目に見ていた。しばらくすれば気持ちも落ち着いて、元のように戻るだろうと考えていたからだ。


「でもその日が来るのを待ってたら、ユンス君の方が体壊しちゃうし、別に張り合ってる訳でもないんだから早めに寝てしまえばいいんじゃないかしら。それとも本当に勝負でもしてるの?」

「まさか」


 ズボンのポケットを引っ張って、冷たい声で返した。


「そんなくだらないこと。そうではなくて、あいつ……ディカントリー、剣師団に行く度にずたぼろになって帰って来るので。特にこの間の剣術大会が終わってからは、生傷が絶えた試しがありません」

「じゃあユンス君が毎回治してあげてるんだ。シャリーちゃんのために覚えた魔法だものね」

「いえ、見てるこっちが痛々しいというだけです」

「結局シャリーちゃんのためにもなるんだから、変わらないわよ」


 否定の言葉を探そうとしてしばらく足掻いたが、最終的には諦めて極小さめに頷いた。実際のところ、自分のために治癒魔法を使うことは稀であり、マーシャルのための魔法といっても過言ではない。マーシャルも一応遠慮という言葉を知っているのか、小さな切り傷程度では治癒を頼んでくることはなかったが、あちこちにある青あざは目を背けたくなるほどであり、切り傷も治りきる前に上から重ねていく一方なので、見ていられなくなったユンスティッドが結局全て治してしまうのだ。

 ユンスティッドとキルシュが向かい合って話していた談話室に、陽気な挨拶と共にエヴァンズが入ってきた。中央のテーブルの上には湯気の立つティーカップが二つ置かれているだけだったため、ユンスティッドは立ち上がってもう一人分の飲み物を入れに行く。エヴァンズは決まってミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいた。暖炉に近い方に座っていたキルシュの隣に腰掛け、何だ、何を話してたんだと気軽な調子で聞いている。話題を逸らすチャンスだったが、ユンスティッドが席に戻る前に、キルシュがさっさと答えてしまった。


「ユンス君と治癒魔法の話をしていたんです。まだはじめて数年なのに、もう上級魔法まで使いこなせるなんて、さすがですよね」


 するとエヴァンズは不思議なことを口にした。


「ほらな、だから昔言ったろ。ユンスはすぐに治癒魔法をものにしちまうぞ、キルシュよりずっと覚えも早いだろうってな」

「ええ、その通りでした」とキルシュ。


 突然の褒め言葉に戸惑いながらも、縁ギリギリまで入れたコーヒーをこぼさないよう、カップをエヴァンズの前に丁寧に置く。黒い液体の表面が外へ逃れようと四方へ揺れたが、一滴も零れることなく静かにおさまった。礼を言ってカップの取手に指を掛けたエヴァンズは、飲み物を口に運ぶ前に、唇の端を片方だけ器用に吊り上げて釘を刺してきた。「別にお前がキルシュより優秀だとか、そういう理由から言ったわけじゃねえからな。うぬぼれんなよ」と、軽く額を小突かれる。ユンスティッドが自己能力を過大評価したりしないと知った上での発言だったので、冗談として軽く受け流す。どうして急にそんなことを、と聞くと、エヴァンズは副隊長と意味ありげな目配せを交わした。


「聞きてえか」

「興味はあります」

「聞くと多分、不愉快そうな顔をするぞ、お前」

「それなら聞きません」


 途端にエヴァンズは口をすぼめて、不満げにぶーたれた。


「つれねえこと言うなよ。まあ聞け聞け」

「はあ」自分から言っておいてこの人は。

「俺がお前の覚えが早いだろうって予想した理由はな」ここでエヴァンズはユンスティッドの耳に口を寄せ、何か大事な秘密を打ち明けるかのように囁いた。

「シャリーだよ。お前が治癒魔法を覚えようとしたのはシャリーのためだっただろう?(いいえ……と首を横に振りたい思いをユンスティッドはぐっと堪えた)だから、俺はお前の覚えが早いだろうと思ったってわけ」

「……要するに、他人のために学習を進めた方が覚えが早いと、そういうことですか」

「ずばりそういうこった!ちゃんと比較検証したんだぜ。勿論こいつとな」


 親指をぐいと立てて、泡を食って慌てている部下を指す。


「キルシュは今でこそ治癒魔法のエキスパートとか呼ばれてるけどよ、若い頃はひでえもんだった。魔法の腕も今より随分劣ってたし、それにもまして酷かったのは生活態度よ。いろんな男を追っかけまわしては振られたとかわめいて酒を飲んだくれて、研究にも勉学にもちいっとも本腰入れなかったんだ」

「隊長!」


 顔を赤らめたキルシュが、恥ずかしそうにエヴァンズの言葉を遮った。それでもまだつづけようとした男を、鋭い視線で制す。ユンスティッドがその様子を意外な思いで眺めていると、ゴホンと咳払いをして居住まいを正した。


「その、当時は少し荒れていたのよ、私。自分には才能なんてないって、腐っていたのね。エヴァンズ隊長の言うようなことも、否定できないわ。隊長にはいろいろとご迷惑をかけてしまったもの……」

「まったくだ、と言いたいところだがな、実際俺がやったのは孤児院にいた子どもをキルシュに一時預けることぐらいだ。当時俺は副隊長でよ、キルシュを更生させろって言われてもどうしていいか全然分かんなくて、とりあえず環境を変えて荒療治してやろうって、ほとんど無理やりジュレインを押し付けたんだよな」


 いやあ、俺みたいなのに女心は難しい、と頭をかく。「でも、そのおかげで今の私があるんですから、あの時の隊長の御判断には感謝することしかできません」キルシュはティースプーンで透明なオレンジ色の液体を掻き混ぜながら、過去を懐かしむように目を細めた。ゆったりとした口調で、ユンスティッドに語りはじめる。


「私、その頃から治癒魔法が得意と言えば得意だったんだけど、とくに面白いと思ったことはなかったの。それどころか、怪我人や病人の前に引っ張り出されるのが嫌で、デートを優先して任務をすっぽかした日もあったわ。そんな折にね、隊長に言われたのよ。『お前の治癒魔法は痛い。俺の嫁は魔法なんか使えねえけど、アイツが巻いてくれた包帯の方がよっぽど効き目がある』って。最初はひどい惚気かあてつけかと思ったわ。でも違った――――ジュレインを預かって、育てるようになってようやく理解できた。ジュレインのこともね、最初は押し付けられたんだと思って、すごく嫌だった。あの子は心を開いてくれないし、ちっとも懐かない。研究やデートに当てる時間を削られるばかりで、何度も癇癪を起しそうになった。いっそ魔法師団なんてやめてやろうかとも思いつめた。そうすれば、ジュレインともお節介な先輩とも縁が切れるし、自分の才能のなさに落ち込まなくて済むと思ったのね。でも、」


 スプーンがキルシュの指から離れて、カップの淵にぶつかり甲高い音を鳴らした。思い出すと未だに恐怖に身がすくむ、とキルシュはきつく目を瞑った。


「ジュレインがね、足に大けがをして帰ってきたことがあったの。ひどい痛みにまともな言葉も発せられないくらいで、発熱も酷くて、私、その時はじめて全身全霊で治癒魔法を行ったわ。ジュレインがよくなることだけ願ってた。あの子が死んでしまったらと思うと恐ろしくて体が震えて、魔法を止めた瞬間に取り返しのつかないことが起こるんじゃないかって、一睡もできなかった。

 三日後に無事回復して、泣いてすがりつく私にあの子、開口一番にこう言ったのよ。『ありがとう』って。私、その時はじめて治癒魔法を覚えていたことに感謝したわ。そして治癒魔法を極めようと思ったの。才能がないなら、努力で補おうって。たくさんの魔法師がたくさんの大切な誰かを救えるように……でも何より、あの子が苦しくて痛い思いをしなくて済むように」

「まっさかホントに養子にしちまうとは予想外だったけどな」


 エヴァンズの笑い声を後ろに、キルシュはテーブルの上に投げ出されていたユンスティッドの骨ばった手を取ると、やさしく握った。滑らかな肌とあたたかい体温にじんわりと包み込まれる。そのあたたかさは、ジュレインと出会ってから手に入れたものなのだろう。こちらを見上げる金茶色の瞳は、カップに満たされた紅茶のように透き通っていて琥珀を閉じ込めたようで、少しドキリとした。


「だから、シャリーちゃんのために治癒魔法をはじめたユンス君は、私なんかよりずっと魔法を覚えるのが早かったのよ。治癒魔法を覚えて良かったって、思うでしょう?」

「いえ、別に……」


 また首を振ろうとしたユンスティッドは、強く手を握られて言葉を途切れさせた。キルシュは確信に満ちた声音で予言した。


「いつか、必ず思うわ」


 ぐっと狭まったユンスティッドの眉間に、キルシュは美しい微笑みを投げた。



*****



 整ったリズムで扉が叩かれる音に、ユンスティッドは目を覚ました。腕を枕に机の上に突っ伏して寝落ちてしまっていたらしい。顔を上げつつ頬を撫でるとはっきりと寝跡がついていたので、ゴシゴシと擦って元に戻そうとした。再びリズミカルなノック音が聞こえる。立ち上がった拍子に、肩掛けが床に滑り落ちる。自分ではかけた覚えがなかったので、少し不思議に思ったが、外から名前を呼ばれてそちらに気を取られてしまう。こわばる肩を軽く回しながら、返事と共に扉を開けた。


「おはようございます」


 扉の前に背筋を正して佇んでいたのは、銀色の尻尾をもつ少年だった。長い三つ編みを揺らしながら、ジュレインはペコリと挨拶する。ようやく眠気の覚めてきたユンスティッドは、廊下の奥にある窓を横目で見た。外には薄い夜のべールが幾重にも下りていて、扉の取手は氷でできているように冷たかった。春一番が昨日ふいたばかりで、早朝は未だバケツに氷の張る冬の寒さだった。


「おはよう、ジュレイン。やけに早いな」

「ユンスさん、どうせ夜更かししたんでしょう?もし寝坊でもしたら大変だと思ったんです」

「そうか、ありがとう」


 ジュレインは母親によく似た綺麗な笑みを浮かべた。


「いえ。それからさっき、郵便が届いていたんで渡しに来ました」

「郵便?」

「はい、お手紙です」


 ジュレインから白い封筒を受け取る。赤色の蝋で封がされていた。蝋に押された紋章に目を留めて、ユンスティッドは眉を跳ね上げた。何とも珍しい人からの手紙だった。あとからゆっくり読もうと、机の引き出しにしまっておく。ジュレインを招き入れて、後ろ手に扉を閉めた。廊下から流れ込んできていた冷気が閉め出される。燭台の蝋燭を付け直している間、ジュレインはじっと机の上を眺めていた。机の上に乗っかっている、両手で持てるほどの小さめの木箱を。蝶番が片側に二つ付いていて、もう片側は簡単な錠前で封じられている。蓋には同じ木材でできた輪っかを半分に切ったような持ち手がついていて、楽に持ち運びできるようになっていた。


「シャリーさんにですか?」


 蝋燭の炎の大きさを調節したユンスティッドは、ちらりとジュレインを見た。黄緑の目がきらきらとこちらを見つめている。視線を逸らして蝋燭の炎に戻す。オレンジと赤と黄色と……その下で白濁した液体が窪んだ蝋の中央に溜まって、あふれ出した分が流れ落ちていた。


「そうだ、餞別にな」

「寂しくなりますね」

「騒々しさは激減するだろうな」

「僕、護身術の稽古してもらえなくなるので、すごく残念です。シャリーさん、今からでも行くの止めてくれないかな」

「今更だろう」

「だって寂しくて……今日行ってしまうんですよ?」


 ジュレインが拗ね気味に口にした言葉が、朝の静けさに満ちた部屋の中にワンと響いた。音の波が広がって、鼓膜を通り抜けて耳の奥から脳髄へと到達する。とっくに理解していたはずの言葉が、まるで未知の言語をはじめて聞いた時のように新鮮に感じた。

 この箱、開けても良いですか?と聞かれて、ユンスティッドは一つ頷いて返事に代える。蓋を開けて中身を見た少年は、わあ!と驚きと称賛の声を上げた。四角いスペースには、所狭しと治癒魔法のスペルを書いた湿布や包帯が敷き詰められ、右端に置かれた瓶の中には乾燥した薬草が満杯に詰まっていた。


「こんなにたくさん……それは連日徹夜にもなりますね」

「突然の話だったからな。まったくはた迷惑なことに」


 ジュレインは開けた時よりも丁寧な手つきで慎重にふたを閉めて、金具をはめ込んだ。


「きっとシャリーさん、喜びますよ」

「そうじゃないと困る」

「絶対喜びますよ」


 やけに確信的に言うので、不思議に思って見つめ返すと、少年は恥ずかしそうに染めた頬をかいた。「僕、キルシュの治癒魔法、大好きだから。優しくって思いやりがあって……これ、キルシュには内緒ですよ」人差し指を立てて口許に当てると、ジュレインは真面目な顔でそう言った。相変わらず仲の良い親子だと、ユンスティッドは微笑ましく思った。笑われているのが分かったのか、ジュレインはもじもじとして、居心地悪げに身じろぎした。


「そのですね、自分のことを思ってくれた魔法って嬉しいんです。だから、シャリーさんが喜ばないはずありません」

「――――そうだといいな」


 表情を和らげると、ジュレインが目を皿のように開いた。まじまじと見つめられてたじろぐ。どうしたんだと聞いても、彼は首を振るばかりで答えなかった。


「それより、早いとこ行かないと、日が昇ったら出発してしまうって言ってましたから。さあ、これも持って、ちゃんとお別れしてきてください」


 ぐいぐいと背中を押されて部屋から押し出され、上着と木箱を無理やり持たされる。ジュレインは部屋の中から手を振って、バタンと扉を閉めた。俺の部屋のはずなのに、と思ったが、確かにそろそろ見送りに行かなければならない時間だった。上着の袖に腕を通して羽織ると、片手に木箱をぶらさげながら七番隊の隊舎を出た。

 春にむけて蘇りはじめた緑の芝生を踏みながら、北の塔と団舎の間を通り抜けて、両側を柱に囲まれた渡り廊下を闊歩する。こんな朝早くでは、すれ違う人もほとんどいなかったが、王宮から伸びてきて渡り廊下と交差する廊下の奥の方では、下働きの者たちが忙しく働く音がしていた。

 王宮の中央を通り過ぎた頃、前方から歩いてくる人影がぼんやりと見えた。先程まですれ違っていたメイドたちのお仕着せとは違う服装だ。その人は急にピタリと歩みを止めて、一旦後ろを向き、そうかと思うと再びこちらに向き直って早足で歩み寄ってきた。


「ユンス!」


 最後は肩を揺らして走ってきた。ユンスティッドの目の前で、マーシャルは立ち止まる。既に剣師団の制服を着こんで、出発の準備は万全のようだった。足元だけはいつもと同じ履きなれたブーツだった。


「見送りに来てくれたの?」

「ああ。向こうにいなくていいのか」

「うん。だからさっきも……」


 何故かそこで言葉を切って、「何でもない」と言い直した。


「えっと……やることは昨日までに済ませちゃってるから」

「そうか」


 ユンスティッドはマーシャルの前にずいと木箱を差し出した。


「何これ」

「餞別」


 受け取った木箱を軽く振って、首を傾げながら蓋を開けるマーシャル。その顔がみるみる輝き、ぱっとはじかれたようにユンスティッドを見上げた。


「ありがとう!」箱の中身を眺めては、嬉しそうにする。その様子にユンスティッドは満足した。

「うわあ、こんなにたくさん。一月は怪我の心配することなく済みそうね」

「他の人たちと分け合ってな。迷惑料だと思って、惜しみなく配れよ」

「どういう意味よ」

「そのままの意味だ」


 眦を吊り上げて食って掛かろうとする気配を見せたマーシャルだったが、何故かそのままの状態で固まって、最後にはしおしおと項垂れてしまった。珍しすぎる事態に、ユンスティッドはびっくりして、明日は雪か槍でも降るのではないかと本気で心配になった。


「どうしたっていうんだ。こないだまであんなに張り切ってただろう?」

「そりゃあ、今だって張り切ってるわよ。でも、今日でアンタとお別れかと思うと、寂しくないこともないっていうか、ほんの少し寂しいというか……」むにゃむにゃと呟いたあと、マーシャルは恨めし気にこちらを見上げた。「だって、仮にも四年近くデュオを組んできたのよ。アンタは何にも思わないわけ?」

「アホか」


 反射的にそんな言葉が口をついた。ユンスティッドが何のために徹夜までしたのか、マーシャルはいまいち理解しきっていないらしい。唇を突き出して微かに頬を膨らませている。リスのように丸くなった片頬をつねって、意識的に厭味をたっぷり舌にのせてやった。


「しみったれた顔してるなよ、脳筋馬鹿女」


 マーシャルは面白いように反応した。


「はあっ?!」茶色い眉が跳ね上がり、眉間にしわが寄せられた。しょんぼりしていた肩を怒らせたマーシャルからは、先程までの陰気くさい雰囲気は飛び去っていた。

「しっつれいね!アンタこそ、軟弱仏頂面男のくせに!」


 剣師団の体力を比較対象にする奴があるか、と難癖付けたくなるのを堪え、あくまで余裕を保って言い返す。


「昔みたいにチビとは言わないのか」

「う、ウソは吐かない主義なのよ」

「嘘は吐けないの間違いじゃないか」

「ウソを吐くほどの頭脳が私にないってこと?!アンタその陰険な性格どうにかしないと、いつか誰かに刺されるわよ」

「お前の短絡さよりは、数倍マシだと思うぞ。とんちんかんな勘違いして突っ走って反省文書かされたことが何度あったことか」

「そういうところが、陰険だって言ってるの!このモヤシ!!」


 大声で叫んだマーシャルは、はっと両手で口を押えた。言い過ぎたことを反省しているのかと思いきや、何やら様子が変だ。頬を膨らませて、やがて盛大に噴き出した。


「モ、モヤシ!あはははは、ぴ、ぴったり!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げた。自分の発言が余程ツボにはまったのか、ひーひーと悶えている。むっつりと黙りこんで腕を組んだユンスティッドは、不機嫌を露わにして、しゃがみ込んで肩を震わせる少女に眼を付けた。


「前々から言ってるが、お前と周りの奴らが規格外なだけで、俺は至って普通だ」

「ええー、そう?」


 にやついて下から覗き込んでくるマーシャル。まったく。懲りない奴だとユンスティッドは半ば呆れた。侮辱されまくった気もしたが、しんみりした空気を払しょくできたので良しとしよう。

 ユンスティッドは、これで最後だと菫色の瞳をひたと見つめた。


「頑張れよ」


 と声をかける。マーシャルがふっと真顔になった。


「ええ、勿論よ」


 答えには真摯な思いがこもっていた。体と曲げた膝の間に挟んだ木箱を見つめてから、それを手に持ち、思い定めたかのように起き上がる。丸く開いた口、一度唇をかみしめ、それからこう言った。


「ユンスティッド、ありがとう。いつもありがとう。アンタの魔法はどれも綺麗で素敵だけど、治癒魔法は特別」


 ユンスティッドは、ゆっくりとした瞬きをだけ返した。

――――特別、なんて当然じゃないか。マーシャルのために覚えた魔法なのだから。

 けれど、胸の内には今までとは比べ物にならないほどの嬉しさと満足感が込み上げていた。感動とすら呼べたかもしれない。ジュレインはキルシュの魔法が優しいと言っていたはずだが、俺の魔法はお前にはどう感じられるのかと、そう尋ねてみたかった。

 その時ユンスティッドは、はじめて思った。治癒魔法を覚えて良かったと。このお転婆なパートナーのために魔法を覚えて、そのことに一つの後悔もなかった。治癒魔法の習得を命令してくれたエヴァンズに深い感謝の念を抱きさえした。あんな風にでも言われなかったら治癒魔法に手を出す時期は大幅に遅れていただろうから。あの時の自分は、何に変えたってこの魔法を覚えるべきだったのだ。


 そろそろ行かないと、と言って、マーシャルが眉を八の字にした。名残惜しげに、白んでいく暁の空を仰ぐ。薄闇と同化していた王宮の壁も、だんだんと輪郭をはっきりさせていった。

 はじめて会った頃よりずっと低くなったマーシャルの茶色い頭に手を置いた。別れにふさわしい言葉は何だろう、と考えるまでもない。今まで何度も繰り返してきた言葉を、とくと噛み締めた。


「無茶は、ほどほどにな」


 無茶するなよ、とは言わなかった。マーシャルは彼女の頭の上に置かれていた手を掴んで握り、ユンスティッドのもう片方の手も取った。一度だけぎゅっと、痛いほどに握りしめた後は、何の未練もないというようにあっさり離す。そして、にかっと白い歯を見せた。


「よーく分かってるじゃない!」


 大きく手を振りながら、ユンスティッドのパートナーは彼女のもう一つの居場所へと走り去っていった。



 ユンスティッドは眩しそうにその背中を見送った。実際、薄暗さに慣れた瞳には白んだ空は眩しかったのだけれど。マーシャルの姿が小さくなったところで、踵を返して魔法師団の敷地へと帰り道を歩きはじめる。来た時とまったく同じ道順を辿った。渡り廊下の端の小階段を下りて、北の塔と団舎の間を抜け、隊舎同士の間の広場を斜めに横切って、王宮の一番端の七番隊の隊舎までたどり着いた。オークの森から城壁を越えて伸びてきている枝は、まだ丸裸だった。来たるべき春に向けて、幹の中で着々と新しい緑の服を編んでいる最中だろう。

 隊舎はいつもと変わらない静かな面持ちで居座っていた。

 夜更かしぞろいの魔法師たちは、寝静まっていて、ひっそりとしている。誰かが開けっ放しにした窓がガタガタと鳴る音だけが響いていた。


(いつもと変わらない……)


 瞬きして眼前の景色を確認する。変わらないと、何人かの目にはそう映るのかもしれない。ともすれば自分もそうなのではないかと考えていた。けれど、今日を迎えたユンスティッドの黒曜の目には――――


(変わらないなんてこと、あるわけがないか)


 朝焼け空から贈られた冷たい風は、袖を通って肺の奥にまで浸みこむ。胸をよぎっていったのは、確かに寂寥感だった。


 明日からマーシャルのいない日々がはじまる。そしてマーシャルの傍にも、ユンスティッドはいないのだ。





 マーシャルは最後にもう一度だけと決めて振り返った。

 手を振り返してくれていたはずのユンスティッドは、すでに背中を向けていて、魔法師団へと帰っていくところだった。

 胸元で拳を握りしめる。もう片手には、贈られた木箱があった。

 ああ、しまったな。と少し後悔する。


(もうちょっと長く、手を握っておけばよかった)


 そうしたら、旅立つ前にこんなに寂しい気持ち、ならなかったろうにな。


 指を開いて腕を伸ばし、ユンスティッドの背中を隠す。目をつむって真暗な視界で振り向くと、マーシャルは明け方の道を南へと歩いて行った。





*****

ユンスティッドの名誉のために言っておくと、彼は別にモヤシなわけではなく、マーシャルの周りが規格外なだけです。生物学はフィールドワークも必要なので、並みの身体能力のはずです。

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