過去の肖像
(あーあ、よく寝ちゃった。でも、大分疲れが取れたわ)
食卓に着いて目の前に並ぶ大皿を目にした時、マーシャルはこれが少し早目の夕飯に当たることを知った。食事に呼ばれてからはずっと町長が近くにいたため、ユンスティッドに町の人からの忠告を伝えることができなかったことを気にしてマクベーンの言動に注意を払ったものの、これといっておかしな点はない。むしろ町長手製の料理の美味しさに舌鼓を打ち、夕飯を大いに楽しんだ。きっとあの老婦人の誤解だったのだろう、と自己完結する。夕飯のあとには、町のワインで作ったグリューワインを杯になみなみと注がれ、遠慮するのも何なので、マーシャルもユンスティッドも注がれた分だけワインを飲み干した。
食事の最中、蔵書を見せてもらえるようユンスティッドがそれとなく切り出す場面があったが、マクベーンは困った顔をしつつも「申し訳ないですが」と、きっぱりそれを断った。そういえば、町長はかなりの収集家だと聞いたが、一体どこに本を収めているのだろうか、とマーシャルは疑問に思った。
強制するわけにもいかず気まずくなり、二人はそそくさと食事を終わらせて寝室に引き取った。ユンスティッドは、用意周到にいくつか文献を持って来ていて、少しでも情報が得られないか努めてみると、一心に机に向かいはじめた。寝室に備えられていた机は一つきりだったので、マーシャルは調べ物は彼に任せることにして、自分はさっさとベッドに入ることにした。外に出てもすることはないし、マクベーン町長とは気まずいまま、頼みの綱のユンスティッドは本に夢中とくれば、残るお相手はあたたかいベッドくらいなものだった。
ユンスティッドは夜遅くまで灯りをともしていたらしい。翌朝マーシャルが目覚めると、燃え尽きた蝋燭が燭台の下に溜まって白く固まっていた。少年はまだ眠りの世界の住人だ。裸足のまま床に足を下ろしたマーシャルは、一瞬凍った池でも踏んだのかと錯覚した。それほどにヒンヤリしていたのだ。靴下とブーツをはき、改めて部屋の外に出る。短く狭い廊下はひっそりと静まり返っており、マーシャルはすぐに異変を感じ取った。
「町長さん?」
そっと呼びながら、まずは唯一の居間の扉を開く。台所の方まで探しに行ったが、マクベーンの姿は見当たらなかった。室内は冷え切っていて、昨晩からこの部屋が無人だったことは確かだった。
マーシャルたちに与えられた部屋の隣は、マクベーンの書斎けん寝室ということだった。扉をノックしても返事はなく、罪の意識を感じながらもマーシャルは重い木の扉に片耳を押し当てた。
(誰もいない)
物音も、生き物の気配すらしなかった。かじかむ指でそっと扉を開け、隙間からのぞいたが、結果は変わらなかった。どこかに出かけているのだろうか。だけど、こんな朝早くに?まだ日が昇る前だ。念のため玄関の外を見てみたが、雪かきをした後はなく、夜の内に降った雪がうず高く積もっていた。足跡が消えてしまった可能性もあるが、それだったら一時間は前に外出した計算になる。すでに空からは粉雪がまばらにぱらつくだけになっていた。
町中をぐるり一周して、分厚い雲をかぶった山稜に黄色い太陽が顔を出すまで待ち、マーシャルはユンスティッドを起こしにかかった。
「ユンス、起きて」
夜更かしの多いこの少年は、大抵寝起きが悪く、起こすのは一苦労だった。容赦なく肩を揺さぶるのが秘訣だと分かっていたので、忠実に実行する。
「起・き・な・さ・いったら!町長がいないのよ」
「何だって?」
その一言で、ユンスティッドの目が覚めた。彼はやおらおき上がった。
「おはよう」とマーシャル。
「ああ、おはよう……ところで、マクベーンさんがいないって言ったか、今」
「ええ。家の中にはいなかったし、外も適当に探してみたけど影も形も見えないわ」
「遠くに出かけている、ということはなさそうだな」
窓の外の銀世界を目にして、ユンスティッドは言った。
「置手紙とかなかったのか。何も言わずにいなくなるなんてことはないだろう」
「居間の方にはなかったけど。隣の書斎は、まだちゃんと探してないわ」
「じゃあ見てこよう」
ベッドから降りようとしたユンスティッドが、少し前のマーシャルと同じように驚き、はじかれたように足を引っ込める。その動作がおかしくて遠慮なく笑い飛ばすと、ただでさえ低い気温がさらに低下した。
「まさか家中この寒さか」
「当然。勝手に暖炉に薪を入れるのもどうかと思って」
ユンスティッドは無言で靴下と靴をはき、防寒具を着込み、今度こそ立ち上がった。二人で寒さに震えながら隣の部屋に移動する。マクベーンの書斎は、さっきまでいた部屋より多少大きいだけで、さほど変わらない間取りだった。家具はベッドと小さな棚、そして机と椅子が一組置かれているだけ。あの町長がいかに最低限の質素な暮らしを送っていたかが分かるというものだった。
手分けして机やベッドの脇を覗いてみたが、置手紙らしきものは見つからない。日の出から一時間経っても町長は一向に戻らず、マーシャルとユンスティッドは途方に暮れた。
「どこ行っちゃったんだろ……」
口ではそう呟きながら、マーシャルの脳内では昨日老婦人にもらった忠告がまざまざと蘇ってきていた。『マクベーンには関わるな』これって、どういう意味だったんだろう。もしかして、今の状況と関係があるのかしら。不思議な失踪をとげた町長の面影が、だんだんと黒く濃くなり、怪しげな雰囲気をまとい始める。気弱そうな顔の裏には、別の恐ろしい面が隠されていたのだろうか。
(ユンスに言った方がいいわよね)
だが、今告げれば確実に、何故昨日教えてくれなかったのかと責められる。パートナーにぐちぐちと小言を聞かされるのはうんざりだった、しかも王都から遠く離れた旅先で。
でも、しかし、だけど。迷っているうちに、ユンスティッドはさらに部屋を探し回っていた。あとで謝ればいいと思っているのか、棚の中や引き出しの中まで漁っている。このままでは、町長が帰ってきた場合、怒りを買って即刻家を追い出されかねない。
「そこら辺にしときなさいよ。そんなところまで探しても、何も出てこないに決まってるじゃない。それとも何?秘密の通路を開けるスイッチでもあると思ってるの?」
「その通りだ。今日は勘がいいじゃないか」
マーシャルは仰天して、しばらく口がきけなかった。
「ユンス、アンタ昨日の夕食に薬でも盛られたの?正気じゃないわよ、その発言」
「正気も正気、大真面目に言ってるよ。……ここにはないか。だとしたら、あとは下だな」
屈みこんで机の下や、棚の裏を調べ始めたユンスティッドに、マーシャルは本気なのだと悟った。よく分からないが、一緒になって探し始める。床板の継ぎ目に目を凝らしたりして、不自然な場所を探した。
「ねえ、さっきの話……秘密の通路があるって本当?」
「通路か部屋かは分からないが、隠された空間があることは確かだろうな。マクベーンさんはここ以外に私有地を持っていないはずだ。ここから馬で行ける距離に彼名義の農場があるが、実質遠い親戚に譲り渡している。町中や山のどこかに隠し持っている可能性もなくはないが、北部の冬は長いからな。あの蔵書量が本当なら、自分で管理できるよう手近な場所に置いておくはずだ」
「なるほどね」
至極なことと納得して、マーシャルも秘密の空間探しに本格的に取りかかる。小さな部屋だったため、発見は早かった。ベッドの下を覗き込んだマーシャルが、不自然に浮き上がった床板に気が付いたのだ。ベッドは軽く、動かすのは簡単だった。現れた正方形の扉を見下ろして、どうしようかとお互い視線を交わす。他の床と同じように見せかけた小さな扉は一辺が一メートルもなく、角ばった黒い金属製の取っ手がついていた。
何かあった時に反応できるようにマーシャルが構える横で、ユンスティッドが取っ手に手をかけて引き上げる。傍らのマーシャルが手伝おうかと思うくらい、扉は重いようだった。木でできていると思ったのだが、鉄製だったらしい。ユンスティッドが持ち上げた扉を適当な場所に置き、入り口を覗き込む。マーシャルもそれに倣った。暗闇を燭台の明りで照らすと、ぼんやりと広い地下室の全貌が浮かび上がる。入り口から床にかけて古びた梯子が伸びていた。立ち止まっていてもどうしようもないので、ユンスティッド、マーシャルの順番で地下へと下り立った。
地下室は書斎より一回りは大きく、四方の壁に本棚が据えつけられ、床にも金属の箱が並べられていてぎっしりと本が詰まっていた。
「すごい」と感嘆の声を上げたのはマーシャルだ。
貴重書などについては詳しくないが、王宮で見たことのあるタイトルがいくつもあるということだけでも、マクベーンの収集癖が並大抵のものではないことを知らされた。ユンスティッドなど目を丸くして見入っている。言葉も出ない程感動したのだろうか、とマーシャルは微笑ましく思った。彼はおそるおそるといった様子で棚に手を伸ばし一冊の本を抜き取り、紺色の装丁がなされた魔法の入門書のように薄っぺらい本を食い入るように読み始めた。
マーシャルも何か手に取ってみようと地下書庫内に視線を巡らせた。すると、金属製の箱の中に、一つだけ本以外のものが仕舞われていた。指を潜り込ませて傷つけないように取り出せば、それは木製のフレームに入った家族の肖像画だった。中年の男女と凛としたたたずまいの若者、それからまだ幼い少年が笑顔で写りこんでいた。父親らしき人の慈愛に満ち溢れた瞳を見つめているうち、マーシャルはその男が今より若いマクベーン町長であることに気が付く。だとすれば、隣の女性は町長の妻、二人の子どもは彼らの息子だろう。二人の子どもは母親似なのか、薄い茶色の髪にブルーの瞳をもっており、女性と幼子はそっくりな柔和な笑みを浮かべている。子どもたちはお揃いの手編みのセーターを着用しており、胸元には大文字のアルファベットが刺繍されていた。
(K、とR。イニシャルね、きっと。何ていう名前だろう)
常に鬱々とした雰囲気をまとうマクベーンだったが、彼にも優しい視線を注ぐような家族がいるのだと思うと、心が温かくなった。
(でも、今は一緒に暮らしてないみたいね。どこかに別荘でもあるのかしら……)肖像画の隅に目を留めて、マーシャルは自分の考えに苦笑した。(なんだ、これもう三〇年も前のものじゃない。そりゃあ、子どもたちも家を出て行ってるはずだわ)
丁寧な手つきでそれを元の場所に戻し、向かいのパートナーはしばらく本に没頭しているだろうと予想して、棚の物色を再開した。マーシャルと背中合わせになるようにして本を読んでいたユンスティッドは、既に幾ページかを読み終って新たにページを繰ろうとしているところであり、親指と人差し指が薄い紙を挟んでいた。ところが、いつもは滑らかに行われるはずの動作は途中で止められ、本は乱暴と言えるほどほすばやく閉じられた。後ずさって振り返ったユンスティッドの顔から、ざあっと血の気が引いた。
「逃げるぞ!」
「え?」
マーシャルはポカンとした。自身も、目についた本の一冊を手に取ったばかりだったからだ。その手から本をはたき落とされる。本が床に落下した瞬間、ユンスティッドが読んでいた本と時を同じくして、二冊の本が一斉に発火した。ボウっと音を立てて、勢いよく燃え上がる炎にマーシャルは身を強張らせる。
(なに?本が、燃えた……?!)
二冊の本から生まれた炎は、次々と近くの本に飛び移っていき、あっという間に一つ目の棚が轟々と音を立てて燃え出した。
頭上でガコンと何か重いものが嵌る音がした。ハッとして見上げると、開いていたはずの木の扉が何者かによって閉められていた。
「ユンスティッド!」
梯子に飛びついて扉を目指しながら、マーシャルが鋭く叫んだ。それにいらえるように「アックア」と水の呪文が唱えられ棚は鎮火されたかに思えたが、水分を蒸発させる勢いで再び本が発火した。
「くそっ、消せないようにしてやがる。マーシャル、扉は?!」
「今開けてる!」
しかし、歯を食いしばって渾身の力を込めても、鉄の扉はビクともしなかった。上から重石で押さえつけられているようだ。ユンスティッドが梯子の下からハラハラと見守っている。すでに三つ目の棚に火の手がかかったところで、地下室が火の海になるのも時間の問題だった。
「一旦どけ。俺が魔法で……」
「ちょっと梯子抑えてて!」
マーシャルは両足を梯子の段にかけ踏ん張ると、持てる力の全てで扉を押し上げた。
(このっ、開きなさい!)
梯子の段がぎしぎしと軋み、抜け落ちそうなほどにたわむ。必死になったおかげか、扉と床の間に若干の隙間があいた。その一瞬を見逃さず、一気に扉を持ち上げてそのまま乱暴に放る。上に乗せられていた椅子と机も一緒に転がっていった。下の方でユンスティッドが何やら呟く声が聞こえたが、一切合切無視した。
マーシャルは身軽な動作で飛びあがり、書斎に戻ると、ユンスティッドが下から上ってきていることを確かめてから書斎の扉に突進した。予想通りというべきか、ご丁寧にも外から扉に鍵がかかられている。迷う余裕など持ち合わせておらず、振り返って走り出した勢いのまま、マーシャルは太腿から抜いた短剣を突き刺し、窓をぶち破った。細かいガラス片が飛び散ったので、両腕で顔を庇う。頬と腕に小さな赤い線ができる。窓の外は雪で埋まっていたが、それはユンスティッドがすばやく魔法で溶かしてくれた。小さい窓をやっとのことですり抜け、二人は傷だらけで家の外に逃げ出す。脱出したあとの部屋は、地下から伸びてきた火の手に絡め取られて燃え盛る炎の海と化した。
家の前には町の人々が集まってきて、大きくざわめいている。そことは別の安全だろうと思われる場所まで避難して、二人は雪の上にへたり込んだ。服の端が雪に埋まってジュウッと音を立てたのを聞いて、マーシャルは冷や汗をかいた。火の粉が燃え移っていたらしい、大事なくてよかった。
「おい、怪我は」
ユンスティッドがマーシャルの腕をとって、治癒魔法をかけてくれる。頬の傷にも気付いて、さっと元通りの肌に治してくれた。焦げた髪は諦めるしかなく、マーシャルの手当てを終えたユンスティッドが自分の治療に取り掛かるのを、何をするわけでもなく眺めていた。
(一体全体、何が起こったの)
今さっきの脱走劇が悪い夢のように思えたが、焦げた髪や服に触れると指に黒いすすが付着して、これが疑いようのない現実なのだと伝えてくる。一昨日に続いて、自分は――今度はユンスティッドまでもが殺されかけたのだ。人為的な火事に、周到にふさがれた逃げ道、殺意がないとは嘘でも言えない。魔法師でなければ、死んでいたかもしれない。いや、自分たちだって運が悪ければ……
慄然としたマーシャルは、すぐに頭を切り替え、機敏な動作で立ち上がると辺りを鋭く見まわした。犯人がまだ近くにいて、成り行きを見守っているかもしれないと考えたのだ。町の住人の群れや建物の影を観察し、気配を探ってみるが、思うような成果は上がらなかった。たとえ犯人が潜んでいるとしても、町人の顔を全員分知らなければ見つけようがないということに今更思い当たる。ユンスティッドに意見を聞こうとしたが、彼は彼で下向きがちになって考え込んでいる。
仕方なしにマーシャルは、町人たちが群がっている方へと寄って行った。皆口々に騒いでいるが、火事を前にしているにも関わらず他人事のような話し方なのが気になった。
「早いとこ鎮火しないとねえ、男衆はまだ戻ってこないのかい」
「さっきため池に向かったばかりじゃあないか。それにこの家は他の家と距離があるから、多少時間がかかっても大丈夫さ」
「しかしのお、いつかは何かやらかすと思っていたが、まさか火事とは」
「あーら、でも私たちに迷惑がかからないようでよかった。家が全焼してしまえば、片付けるのは楽だものね。ねえ、アイツ死んだのかしら。それなら、ようやく新しい町長を迎えられるわ」
「次の町長はここの町民から出るのかね」
「さあ、多分お偉いさん方が決めるんでしょ。アタシゃ、知らないよ。ただ言えるのは、マクベーンよりは断然マシになるだろうってことさね」
「ああ本当、マクベーンの野郎もこの火事でくたばってくれればよかったのに!」
「皆そう思っとるよ、あれは薄気味わるい男じゃったで。だがきっと、死んではおらんじゃろうな……」
マーシャルはたじろぎ、そっと町の衆から離れるとユンスティッドの元へと戻った。へなへなと座り込むと、手袋をしていない手が雪に沈み指先が濡れるのを感じながら、今耳にした話を信じられない思いでいた。
「ねえ、やっぱり変よこの町」
「そうだな。だがおかしいのは、町というよりあの町長だ」
マーシャルは声を潜めた。「私たちを殺そうとしたの、町長だと思う?」
ユンスティッドが小さく首肯する。「それ以外考えられない、が……」
ユンスティッドが言いよどんだところで、マーシャルは人が近づいてくる気配を感じて顔を上げた。雪を踏んで、音もなくやって来たのは昨日忠告をくれた老婦人だった。楽観的にどちらかといえば明るくさえある町民たちとは違い、彼女は険しい表情を浮かべていた。
「私の忠告を聞かなかったからだ」
その通りだったのでマーシャルは俯いたが、心の中ではやるせない気持ちが渦巻いていた。
「でも、殺されるだなんてまさか思わないわ。あなたもそこまでは教えてくれなかったじゃないですか」
「あの男が何をするかなんて、私らにはとんと分からない。ただ、ある時を境に、あの男と親しくしていたものは皆死ぬか行方知れずになった。不幸を呼ぶ男だよ、あれは」
「ある時って……」
老婦人の角ばった顔が、急に物憂げな雰囲気を漂わせた。
「マクベーンの最愛の妻が亡くなった時さ。あれからあの男は見るからに元気をなくし、家に引きこもるようになった。子どもたちもいつの間にか家を出ていっていた」
婦人はまるで黙とうをささげるかのように目をつむり、ぶつぶつと神への祈りを呟いた。その瞼の奥の目は、過去の輝かしい思い出に浸りきって抜け出せず、その心を遠い昔に置いてきてしまったようだった。マーシャルには、踏みつけられた灰色の雪が、老婦人やこの北の町全体にからみつく魔物のように見えた。
「これで身に染みただろう。さっさと王都へ帰りな。二度とこの町を訪れる機会がないことを願うんだね」
老婦人は一方的に言葉を吐いて、来た時と同じように雪を踏んで町民の中へと紛れ込んだ。枯れ木のように細く小さな身体は、人ごみに紛れて分からなくなる。誰もが同じような地味な色のフードをかぶっていたからだ。
「今のご婦人は?」
それまで黙って会話を傍聴していたユンスティッドが尋ねた。マーシャルは黙っていたことを後悔しつつ、正直に昨日の出来事を打ち明ける。老婦人の口にした忠告を聞いて、ユンスティッドはまた俯いて考え込んだが、今度は早々に顔を上げ立ち上がった。コートについた雪を払いながら、彼は決然とした光を宿した顔で言った。
「地底湖へもう一度向かおう。町長はおそらくそこにいる、急げば間に合うかもしれない」
何もかもを見通そうとする強い眼差しを、マーシャルは信じた。
「うん、分かった。行こう」
迷いなく首を縦に振る一方で、心の中で忠告をくれた老婦人に謝った。だが、今や心は真実を求め、どうして自分たちが狙われたのか、町長の隠された秘密の地下書庫の正体は何なのか、そして町長本人の正体は――――それを知らなければ王都には帰れないさえと思っていた。秘密が雪に埋もれて、二度と手に入らない場所に隠されてしまう前に。二人は地底湖への道のりを急いだ。




