剣術大会、開幕
パン、パンと乾いた鉄砲の音が鳴り、つづいて空をつんざくようなトランペットの高音が鳴り響いた。指揮者が指揮棒を振ると、盛大なセレモニー音楽が奏でられる。三六〇度ぐるりと囲んだ民衆が、立ち上がってやんやと喝采を浴びせかける。割れるような拍手の音は彼らの熱狂ぶりを表している。
音楽が止んだ後、二階のバルコニー席に国王が現れ、開会のあいさつを述べた。
「記念すべき第五十五回目の王宮剣術大会の開催を、ここに宣言する。若き剣士たちよ、日ごろの成果を競い、王宮剣師団ここにありと存分に見せつけるがよい。海と我らの父たるポーミュロン、我らが貴方を愛し敬い恐れるように、貴方も我らをお慈しみください。昨日と今日と明日に祝福を!」
祝福を!祝福を!
そしてまた、割れるような拍手。「ポーミュロンばんざい!陛下ばんざい!剣術大会ばんさい!」と叫ぶ声がそこかしこから聞こえた。
天気は快晴。春のうららかな空気の中、王都の南にある闘技場で剣術大会の一日目がはじまった。
正確な円の形をした建物は、真ん中に戦士たちが戦う円形の空間、その周囲を取り囲むように観客席を設けている。観客席は急な階段のようになっていて、一番上の席となると登るのが怖いくらいだった。王宮がある南の方角に、王族の座るバルコニー席がある。
競技場の西側には、背の高い時計台が顔を見せており、一時間ごとに鐘を鳴らして知らせてくれる。鉄砲の音が鳴る数秒前にも、九つの鐘が鳴っていた。
人気のイベントだけあって、闘技場は満席、建物の外にも興奮を味わおうと人が溢れかえっていた。
時計台と向き合うようにして、闘技場の外壁から銀色に輝く太い棒が伸び、ベッド三台分ほどはある大きな赤い旗がはためいている。王国の紋章だ。
それを下から仰ぎ見るような位置で、マーシャルは第一仕合を覗こうとしていた。闘技場の一階――――戦いの場所では、出場者たちが入退場するための通路が南北に設けられている。途中には仕合を控えた出場者たちのための控室が、左右に二つずつ並んでいた。出番が近い者たちはそこで待ち、出番が遠い者たちは、暇を持て余すために通路から他の仕合を覗き見る、それが毎年の習いだ。
(うわあ、何度見てもすごい人の数。ママとマリア、押しつぶされてないといいけど……)
前方の席を見渡してみたが、見に行くと約束してくれた母たちの姿は見つからなかった。まあ当たり前か、とすぐに探すのを諦めた。
大会に出場できるのは、王宮剣師団団員の中でも、副隊長以上の階級の者を除いた二十五歳未満の剣士だけだった。また、昨年度の優勝者は、予選や準決勝に出ることはなく、決勝で挑戦者を待ち受けるという構図を取っている。
その他にも、剣術大会には細々とした規則がたくさんあった。服装から、制限時間、攻撃する場所(首から上は攻撃してはならないなど)まで定められている。兄のティリフォンなどは、規則が覚えられず三回ほど反則負けをとられていた。あの時は家族全員ががっかりしたものだ。
マーシャルの去年の成績は五位入賞。出場者が毎年百人前後であることを考えると、まずまずの成績だった。
予選仕合は午後からなので、午前中はのんびりと観戦を楽しむこととする。
(お、はじまった)
剣の刃と刃がぶつかりあう音が鳴る。
予選仕合の制限時間は十分。それまでに相手の剣を奪うか戦意を喪失させるかして、審判に勝利判定を下してもらわなければならない。十分が経過しても決着がつかなければ、どちらも敗退することになる。この方法により、一日目だけで人数は三十人ほどまで減らされ、二日目にはさらに減って八人となる。
マーシャルたち出場者が見守る先で、一試合目は制限時間内に決着がついた。ガッツポーズをしている剣士の向こう側で愕然としているのは、昨日マーシャルに「魔法師かぶれ」と吐き捨てた剣士だ。ちょっといい気味ね。
そのあとも、第二回戦、第三回戦と、どんどん人が入れ替わっていく。圧勝する強者もいれば、均衡したまま決着がつかずに両者敗退となる場合もあった。
午前の部は、大変なにぎわいを見せて終了し、短い昼休憩が設けられた。出場者には王宮から昼食が支給される。これがなかなかに美味しいので、すでに今日の仕合を終えた者たちは腹十二分目まで詰め込んでいた。
「これ、うまいぜ!お前ももっと食べろよ」
顔見知りの剣士がにやついた顔で言ってきた。両手につかんだサンドイッチを見せつけられて、マーシャルはそいつの向う脛を思いっきり蹴ってやった。「いってええ!」とわめく声が控室中に響いたが、無視してやる。マーシャルが満腹まで食べられないことを知っていてわざとやったのだ、腹立たしい。出番が迫っていたため、先程成敗してやった剣士を睨み付けながら、サンドイッチ二つという苦渋の決断をした。野菜とオニオンソースがたっぷり入っている。あまりに美味しいので、こっそり持ち帰れないかなあ、と思わず画策しそうになった。
午後の部は、一発の銃声とともに再開された。
マーシャルの出番は、午後の四番目だ。控室に座っているのは、皆出番をもうすぐに控えた剣士たちで、緊張した面持ちをしている。リラックスしてのぞむつもりが、なんだかマーシャルまで手に汗をかいてきてしまった。
唐突に控室の戸をくぐり、文官の制服を着た係が顔を出した。
「五十九番、マーシャル=ディカントリーさん。通路で待機してください」
「はいっ」
出番だ!ごくりとつばを飲み込んで、立ち上がって入り口まで歩いて行く。その様子を、部屋の中にいた剣士の何人かがじっと見つめてきた。だから緊張するからやめてって!
(服は……既定の重さ以上の鎧だし、兜もかぶった。あとは、とにかく首から上を狙っちゃダメ、それから先手必勝、さっさと勝負を決める)
いつもは身につけない兜と軽鎧のせいで、視界が狭く体が動かしにくい。ティル兄は、わずらわしいからって兜とったままにしたのを忘れて入場してきたんだったな……勿論反則をとられていた。あれはちょっと他人のふりをしたかった。
「それでは、第二十六予選仕合をはじめる」マーシャルの背が、自然にピシッと伸びた。「五十八番と五十九番、入場!」
通路を抜けると、暖かい日差しと、観衆の大喝さいが一気に降ってきた。どこを見ても、人、人、人!カーテンに隠されたバルコニー席を見上げると、ちらりと金の冠が見えた気がした。
マーシャルと同じくらいの歩調で、向かい側から男の剣士がやって来る。何度か会話したことがある、いくつか年上の剣士だ。
(これが、ハロルドとの賭けに勝つための第一歩)
長剣の柄を握りしめる拳に力が入り、反対に肩からは力が抜けて行った。沸き上がる興奮に、無意識のうちに笑みが浮かぶ。
「それでは、はじめ!」
マーシャルは、何の迷いもなく真っ直ぐに突っこんでいった。
――――結果として、マーシャルは無事、二日目に駒を進めたのだった。
仕合を終えて、控室で一息ついた。午後の仕合も終盤に入り、明日に備えてすでに闘技場を去った出場者も多い。観客の中にも、目的の仕合を見終えると席を立つ人がいるため、午前中のほとぼりも少しは冷めたようだった。
控室を出て、威勢のいい声が聞こえる方に歩いていると、向こうから歩いてきた剣士に声を掛けられた。
「あれ、ディカントリー、帰らないのか」
「ええ、もう少し見て行こうかなって」
「目当ての仕合でも?」
「まあ、そんなところ」
返事を濁したが、ありがたいことに彼はそれ以上追及してこなかった。「明日も頑張ろうな」と、互いの健闘を祈って別れる。マーシャルの足は、再び試合が行われている方を向いて歩を進めた。歩きながら、少女の口からは悩ましげなため息がこぼれ落ちる。
(困ったことに、そのお目当ての仕合が、いつやるか分からないのよねえ。午前中にはなかったはずだし、まだやってないとは思うけど……)
もし見逃してしまっていたら、ショックだわ。
控室を覗けば目当ての人物がいるかどうか分かるかもしれなかったが、八つある部屋を順繰りに覗いていくなんて怪しすぎる。不審者だと思われるのは嫌だ。どうか終わってませんように!と心の中で祈りながら、丁度はじまった仕合に視線を向けた。
マーシャルの渾身の祈りは、どうやら通じたようだった。
一日目の最後から二番目の仕合で、待ちわびていた名前が呼ばれた時、心の底から安堵した。
「百番と百一番、入場!」という声と共に、向かい側の通路からすらりとした長身の少年が現れた。ハロルドだ。
すっかり見違えて、少なくとも外見は逞しくなっている。鎧姿も様になっていた。颯爽と歩く姿からは、以前の気弱な性格やマーシャルにやられてばかりいたことなど想像もつかない。円形の闘技場の真ん中で、一定の距離をあけて、ハロルドと対戦相手は立ち止まり、めいめいに剣を構えた。
――――戦う彼の姿を見るのは、いつ以来だろう。
少なくとも一年以上は見たことがない。
見かけたとしても、鉢合わせるのが気まずくて、そそくさと逃げてしまっていたから。
マーシャルとハロルドの間には、五十メートル以上の距離があったけれど、彼の纏う雰囲気が拳を強く握らせた。
そして、仕合が始まった。ハロルドの対戦相手は見るからに腕っぷしの強そうな男で、一見好青年ふうのハロルドは不利に見えた。だが、それは大きな見当違いだと気付かされる。ハロルドは強かった。マーシャルが、思わず不安になるほどに。
(私、勝てるんだろうか)
そう考えた自分に戸惑い、片足を一歩後ろに引いた。
戦いにおいてこれほど不安を感じたのは、はじめてのことかもしれない。剣を握って戦う瞬間は、マーシャルの生きがいだと言うのに。楽しいと、胸が躍るような感覚を覚えることはあっても、勝敗を気にして不安に駆られることなどなかった。向かい合う相手が強ければ強いほど、興奮と歓喜が沸き上がった。
(でも、今回は違う)
負けてしまったら、大切なものを一生失うことになるかもしれないのだ。
ハロルドが、相手の剣をはじきとばした。遠くてよくは見えないその顔には、どんな表情が浮かんでいるのだろう。笑っているのだろうか、それとも……。
そんなことさえ分からなくなるほどに、今のマーシャルとハロルドの心の距離は遠い。
ふいに疑問が浮かんできた。
ハロルドは、私に勝ちたいと思っているのだろうか。
剣士ならば当然、勝利を望むだろう。だけど、今回の二人の勝負は、純粋な力比べだけではない。少なくともマーシャルにとっては、大事な賭けをしている。
勿論、ハロルドがわざと負けるなんて、そんなことをするとは思っていない。それでも、考えざるを得なかった。彼は、ちらりとでもマーシャルに負けることを――――マーシャルと話し合うことを思い浮かべてくれたのだろうかと。
この賭けが、マーシャルの独りよがりな想いによるものだとすれば、これほど辛いことはなかった。
不安な心を抱えたまま、のろのろと大通りを歩いていたマーシャルは、王宮に一番近い角にあるベンチに腰掛けた。
西の方角を見ると、堅牢な面持ちの城がどんと構えている。その灰色の建物の背中に、卵の黄身のような太陽が、まぶしいからだを隠して行く。空はあかがね色に染まり、やがて夜が近づいた証に、雲の周りが赤紫色に変わっていった。
もうすぐ、王宮と街をつなぐ跳ね橋が上がってしまう。その前に城内に入らなければ。分かってはいるが、二本の足はどちらも突然の反抗期を迎えたように動かない。
ぼーっとしていると、王宮の方から小さな人影が早足でやって来た。真っ直ぐにマーシャルを目指している。目を凝らして、あっと声を上げた。
「ロッソくん!」
「ロッソでかまわない」
赤いキノコ頭の少年は、細い手足をせかせかと動かしてこちらに近寄ってきた。モスグリーンのTシャツに、茶色いズボンをはいている。どちらもサイズが合わないようで、ズボンは黒いベルトでぎゅっと締め付けられていた。片方の手には、青い布がかかったバスケットをたずさえている。
「座るよ」と、ロッソはマーシャルの隣に腰掛ける。元々一人分の余地はあったが、マーシャルは慌てて端に寄った。結果的に、二人の間に小さな子ども一人分の微妙な距離があいてしまう。
「こないだは、挨拶が途中になって済まなかったね。ディカントリーさん」
金縁の眼鏡の奥から、赤茶の瞳がぶしつけな視線を注いできた。ばっちりと目が合ってしまったことを気まずく思う。不自然にならないように気を付けて、彼の視線から逃れた。
「別に、気にしてないわ。それからシャリーでいいわよ」
「それじゃあシャリー」
遠慮も躊躇いもなく呼び捨てにされたことに戸惑い、マーシャルは笑顔を保つのに苦労した。はっきりした人は好きなはずなんだけど、なんだろう、ちっともこの人を好きになれそうにない。
「君に渡し損ねたものがあったから、持ってきたんだ。他の人たちにはもう配り終わって、あとは君だけだから」
ロッソはバスケットを膝の上に置くと、青い布を取り去った。微かなふくらみの正体は、丸くふくらんだマフィンだった。
「どうぞ、ボクはあまり甘いものが好きじゃないから、おいしいかどうかは分からないが。ビアンが作ったんだ」
(それって、どうなのよ……。好意でくれてるのよね?)
どうしてそんなことを言うのだろうか。素直にお礼を言い辛くなり、「ありがとう」とぼそぼそと呟くにとどめた。
マフィンは美味しかった。キツネ色をしていて、バターをたっぷり使ったのが分かる、濃厚な味だった。明日と明後日のことばかりを考えて落ち着かない心を慰めてくれる気がする。ビアンが作ったと言っていたが、なかなかの料理上手らしい。しかしマーシャルは、実際のところ美味しさの半分も味わうことが出来ていない気がしていた。観察するように注がれた視線に、嫌でも気を取られてしまうのだ。
ロッソは、立ち去るでもなく、話しかけるでもなく、その場にじっと座り込んでいる。
(もしかして私が食べ終わるのを待っているのかしら?さっさと行ってくれればいいのに……)
痛いほどの沈黙に耐えきれず、半分ほど食べ終えたマフィンを手に、マーシャルは話しかけた。
「ねえ、ロッソはシルバートの同級生だったのよね」
「ああ、王立学院のね。入学して三年目に同じクラスになって、それからよく話すようになった。なかなか興味深いよ、あの男は」
仲がいい、とか、友達、という言葉を決して使わないのが、ロッソの一筋縄ではいかない性格を思わせた。
マーシャルは言った。「ねえ、何か思い出話でもしてよ。学院時代に、面白いこととかなかったの?例えば、シルバートの失敗談とか」
赤毛の少年は、三回、目をしばたたかせた。「失敗談?そんなの数えきれないほどあるが。それとも、ユンスはこちらに来てからは失敗を犯していないとでもいうのか」
「え?……まあ、私が見ている限りは、あんまり」
マーシャルは口ごもった。なぜだか、これ以上この話題をつづけたくないという思いに駆られる。だけれど、ロッソにそんなことを望むことは、はなから出来ない相談のようだった。
「いろいろあって全ては挙げきれない」そう言いながらも、ロッソは親切なことに話をしてくれるつもりのようだ。自分でも不思議なことに、マーシャルにとってはありがたくも何ともなかったが。
「ボクが覚えている限りで、ユンスが犯した一番の失敗は、裏山に魔法薬学の材料を取りに行った時のことだ。ボクたちが十歳の時のことだ。集めなければいけない実の数が多く、しかも採取の方法が特殊だった――――熱湯で実と枝の境目を少しずつあたためながら取るという、手間のかかるものだったんだ。ボクは教師に言われたとおり手順を守っていたが、日が暮れてきたころにユンスの面倒臭がりな性格が出てしまった。なぜあんなことをしたのか未だに理解できないが、炎魔法の熱気で直接実と枝の境目をあぶろうとしたんだ」
「――――それで、どうなったの?」
「燃えた、実や枝葉だけでなく、木丸々一本が焼失した。教師は詳しく説明していなかったんだが、実と枝には発火性の成分が含まれていたんだ。ボクたちは薬草には疎くて、それを知らなかった。危うく山火事になりかけたよ。そのあと、ユンスは反省したのか魔法薬学の猛勉強をしていたな」
「それから、ユンスが実験に使って魔力もちになった鳩たちが理事長の立派な服をびしょぬれにしたこともあった」
ロッソは次々と学院時代の思い出を語ってくれた。マーシャルは、開いた口がふさがらなかった。そんなおまぬけなパートナーの姿は想像がつかず、ロッソの冗談なのではないかと疑ってしまう。
「シルバートって天才魔法師って呼ばれてたんじゃないの」
そう尋ねると、赤茶色の瞳がまじまじと見つめてきた。まるで、君は本当にそう思っているのか、と聞き返すように。目は口よりも雄弁だ。
「確かに〈天才〉という言葉はユンスにふさわしいだろう。ボクらと比べて――――いや、学院の全生徒と比べても、実技も知識量も飛びぬけて優秀だった。勤勉だったしな。でもその分好奇心旺盛で、性格的には完璧とは言い難かった」
喋り終わったロッソは、そこで首を左に回してマーシャルを見た。彼の口許がふつうに微笑んでいることにびっくりする。
「もっとも、今は君の方がよく知っていると思うが」
それを聞いて、マーシャルは、かっと顔が赤らむのを感じた。からかわれていると思ったからだ。
何て事を言うんだろう。この人はたった今、この人自身とユンスティッドの仲の良さを聞かせてくれたばかりだというのに。マーシャルの方がユンスティッドをよく知っているなんて、あるわけがないじゃないか。
しかし、それは勘違いだったとすぐに気が付いた。「ユンスは上等の上面を持っているが、上手くやれているか心配だったんだ」と、ロッソが付け加えたからだった。表情には友人を案じる優しさがにじみだしていた。
マーシャルはすっくと立ち上がった。
「ごめんなさい、もうそろそろ行かないと。楽しいお話ありがとう」
「礼を言われるほどのことではない」
「でも、本当に、ありがとう」
言葉が嫌味っぽくならないよう、精一杯気を遣って言った。そうしないと、わけの分からない怒りがこみあげてきて、感情のままにロッソをなじってしまいそうだった。
(ありがとう、で合っているわ。だって、この人が話してくれなきゃ、私は一生そんな話知らなかったもの。大体、私の研究をシルバートに手伝ってもらうことはあっても、その反対って滅多にない。実験中に部屋に入ると怒られるし)
さようなら、とやけくそ気味に言ったマーシャルに、ロッソは淡々と挨拶を返した。「さようなら、また今度」その態度さえ癪に障る。そんな風に感じてしまう自分が、一番嫌だった。
足早にその場を立ち去りながら、このムカつきをどう収めようか考える。ただでさえハロルドのことを考えると不安になるというのに、心の川は今にも氾濫を起こしそうだ。ロッソを“嵐”と例えた一週間前の自分は、どうやら正しかったらしい。まさに嵐のような少年だ。ハロルドに負けず劣らず、私の心をかき乱さないでほしい。明日も大会があるっていうのに!
ロッソを好きになれそうもない、という思いは、ほとんど確信に変わっていた。




