ユンスティッド=シルバート
両手と両膝と地面につき、頭をがくりと項垂れる。
絶望を表すにはうってつけの体勢。
まさか自分がする日が来るとは思わなかったというのが、マーシャルの言である。
「大変申し訳ございません!!」
数分前からマーシャルは女性の蜂蜜色の頭しか目にしていなかった。傍から見ていて可哀そうになるほどおろおろとしながら、女性は三度目の説明と謝罪を繰り返した。
「完全にこちらの手違いです。剣師団で申し込まれたものを魔法師団の募集として処理しておりました。剣師団の方に変更できないかと掛け合ってみたのですが、すでに予定人数が埋まってしまっていて、これ以上は受け付けることはできないと……」
申し訳ございません!と泣きそうな顔で頭を下げる女性。少し前には、女性の上司だという立派な格好の男性が、同じように頭を下げに来た。
真実泣きたいのはマーシャルである。
待ちに待った王宮仕え。剣師団での生活。膨らんでいた期待が泡のように弾けていく。だが、それよりも深刻なのは、皆に何と説明しようかということである。
(あれだけ……一か月毎日毎日自慢したのよ?!親戚や街の友達にも言いふらして、一体なんて言い訳すればいいのよ。そのまま言ったとして、同情されるだけならまだしも、腫物扱いされた日には――)
―――兄のティリフォンについてだけは、腹を抱えて笑い転げる様子が容易に予想できた。
「次に剣師団見習いの募集があった時には、すぐにご連絡して優先的に採用いたします。本当に申し訳ありませんでした……!」
「次って、いつ頃になりそうなんですか?」
せめて兄や父が遠征から戻る前ならばと期待をかけるも、つづく言葉にそれも砕かれる。
「剣師団の見習いは元々募集が少なくて、数年に一度しかないんです」
あのでもっ、と女性が必死に付け加えた。
「公的な募集でなくて、隊長方が個人的に見習いをとられる場合もございますので、ディカントリーさんにはもっと早くご連絡できると思います。少なくとも、半年以内にはなんとか……」
半年。マーシャルは口内で呟いた。
「一カ月後と言うことはないんでしょうか」
「それは、難しいかもしれません……。すでに隊長方にお願いはしてきましたが、公的な募集のあと一月というのは中々……」
「そう、ですか」
怒りを抑えつけながら、マーシャルは頭が真っ白になっていくのを感じていた。ここで怒っても事態はどうにもならないだろう。マーシャルが北の塔に来てから、ゆうに三時間は経っていた。
見送ってくれた家族の顔が浮かぶ。ここで帰っても、彼らは――兄のティリフォンでさえも、きっと慰めてくれるだろう。励ましてくれるだろう。
(でもそれって――)
恥ずかしい。と言うのが、マーシャルの本音だった。
思春期の少女にとって、この事態を受け流すことは到底不可能で、ましてやその後のことを想像すれば、いっそ屈辱的だとさえ感じられた。
ぐるぐると思考が渦を巻く。諦めるという選択肢がちかちかと光り主張していた。そんなマーシャルの視界に端に、緑のローブの裾が入り込んできた。正確には、それを身にまとった高年の男性であるが。
「ミーネくん。少しいいかね」
「あっ、はい……」女性は、ちらちらとマーシャルを気にしながら曖昧に頷いた。
「エヴァンズの奴を知らないかい?こないだ出没した魔法生物について尋ねたいことがあるのだが」
「あ、エヴァンズさんなら先程隊舎にお戻りになりましたよ。見習いの受け入れの準備をしに図書室にいかれていたらしいです」
「そうか。行き違いだったのだな」
老人は礼を言って、その場を去っていった。その引きずるほど長いローブを着た背中を、マーシャルは食い入るように見つめる。
「あの、私って、魔法師団の見習いとして採用されてしまったんですよね?」
「!はい。こちらの手違いでとんだご迷惑を……」
再び謝ろうとするミーネを留めて、マーシャルは彼女の腕を掴んだ。その形相に、ミーネは思わずびくりとする。
「私を魔法師団の見習いとして雇ってください!できますよね?」
もうこれしかない!
そんなマーシャルに向かって、しがない文官であるミーネは、こくこくと首を振り続けることしかできなかった。
本当によろしいですか?と、ミーネは再三確認をした。彼女の顔色は青いままだ。
「はい。見習いって、仕事は主に雑用なんですよね」
「それは、その通りですが。剣師団をご希望でしたのに、魔法師団の見習いとしてなんて……。なるべく早く手筈を整えますので、お待ちいただいた方がよろしいのではないでしょうか」
マーシャルは、あくまでも笑顔を保ったまま、魔法師団で良いのだと主張した。とりあえず家族にこのことがばれない様にしたかった。
「でも、剣師団の見習い希望は変わってませんから。募集があったら真っ先に教えてくださいね」
「それは勿論です」
ミーネにそれを確約させ、何度も頭を下げる彼女に見送られながら、マーシャルは塔を出た。王宮の北西には城壁を隔てて森が広がっており、魔法師団の各隊舎はそこから程近いところにある。歩きながらマーシャルは思案した。
(とりあえずこれで一カ月は誤魔化せるわ。父さんたちの仕事が長引いてくれればいいんだけど。剣師団に移動する前に帰ってきちゃったら、どうすればいいかしら)
不安に揺れる心を慰めるように、今朝贈られたばかりのペンダントを握りしめる。普段はあまり使わない頭を捻ったものの妙案は浮かばず、その間に目的地が近づいてくる。一番手前の隊舎が見えたところで、マーシャルは考えることを放棄した。その時になったらまた考えればいいかと、極めて楽観的にとらえる。それよりもマーシャルの関心は、初めて目にする魔法師団の本拠地に奪われていた。
王国が誇る二師団。その片翼を担う、王宮魔法師団。その素晴らしさについては、剣師団と並んで、詩人たちがこぞって歌物語に仕立て上げていた。代々の魔法師団団長は、例外なく『賢者』としてその名を歴史に刻まれる。
しかし、マーシャルは魔法師団についてほとんど知識がなかった。詩人を呼び集めてパーティーを開くような家ではなかったし、父も兄も魔法師団についてはあまり触れない。尋ねれば答えてくれたかもしれないが、マーシャルの方もとんと興味がわかなかった。
魔法と言ったら、火柱が派手に上がったり、濁流で敵を押し流したり――。漠然と想像していたマーシャルは、眼前の閑散とした本拠地の様子に足を止めた。
(え…、今日って公休なの?)
そんな考えが浮かぶほど、隊舎の外には人気がない。十三もある平屋は、随分とひっそりしていた。左手に隊舎より少し高い正方形の建物がそびえていたが、そこにも人影は見当たらない。父に強請って剣師団の見学をしたことがあるマーシャルは、その落差に言葉も出ない。剣師団の隊舎には、青さの残る少年から屈強な中年の男まで数十人は隊員がいた。
―――剣師団と比べるわけではないが、人が少なすぎる。
マーシャルは、物珍しげに辺りを見回しながら奥の方――森に近いところだ――に向かって行く。城壁に突き当たったところで、壁越しに巨木が枝を広げていた。その内の一本が王宮側にも伸びてきて、枝葉が大きな影をつくっている。夕暮れが近づいて濃さを増した木陰の中に、マーシャルが生活する七番隊の隊舎がひっそりと立っていた。
しげしげと眺めていたマーシャルは、不意に後ろを振り返った。誰かが近づいてくる。背の高い金髪の男性だった。年の頃は三〇代前半と言ったところだろうか。大股でマーシャルに近寄った彼は、にっと人好きのする笑みを浮かべた。
「あんたがマーシャル=ディカントリーか?」
「はい、そうです」
男は、エヴァンズと名乗った。
「あんたを預かることになる、七番隊隊長を務めている。ミーネから事情は聴いているよ。今回のことは申し訳なかったな」
「いえ……隊長さんが悪いわけではないですから」
申し訳なさそうに眉尻を下げていたエヴァンズは、マーシャルが否定するなり表情を明るくした。日に焼けた肌に金髪碧眼という容姿は、彼の快活な性格を如実に映し出したようである。
「そう言ってもらえるとありがたい!剣師団に移るまでの間だけということだが、せっかくだし楽しく働いてくれよ」
「ありがとうございます、隊長さん」
「堅苦しいのはなしだ。気軽に呼んでくれ」
「ええっと、それじゃあエヴァンズ隊長。短い間だと思いますが、精一杯頑張ります。勉強は苦手ですが、体力と腕っぷしにはそれなりに自信がありますから!」
「素直な奴は好きだぞ。うちの団は万年人手不足だからな」
エヴァンズはマーシャルに手を出した。その分厚い手を握りながら、マーシャルは内心安堵していた。魔法師団に剣士志望の自分が受け入れてもらえるか若干不安だったのだが、杞憂だったようだ。
エヴァンズの斜め後ろを歩くマーシャルは、疑問を投げかけた。
「人手不足って言ってましたけど、今日はお休みが多いんですよね?まさかこれだけってことは―――」
「いんや。他の隊は知らないが、うちは今日全員揃ってるぞ。魔法師団は研究者の集まりみたいなところがあるからな。休みの日でも隊舎にこもって研究に没頭している奴も多い」
「ええ?!」
「まあ、剣師団を目にしてるなら驚くだろうな。ここ百年ほど大きな戦はないが、やっぱり剣師団の方が人手は必要だからな。警備とか取締とか……。マーシャルもディカントリーの姓を持ってるってことは、家族は剣士ばかりなのか」
「シャリーで構いません。家族どころか親族も剣士ばかりですよ。たまに槍遣いとか射手とかはいますけど」
「へえ、やっぱすげえよな。魔法師団にいると剣師団の噂はあまり入ってこないけどよ、あそこの家の武勇伝はちょくちょく耳にするしな。現当主が団長で、息子二人も隊長と副隊長だっけか」
「ええ、まあ」
身内を褒められたマーシャルは、気まずくなって顔を俯けた。社交パーティーにはまだ出ていないので、第三者に褒められるという経験はほとんどなかった。エヴァンズが、マーシャルが本家の娘だと知らないだろうことだけが救いである。
「っと、ここが入り口だよ。裏口とかはないから、出入りは基本ここからだな。前、薬物を爆発させて壁に穴開けた奴がいたけど、シャリーは剣士だし大丈夫だな」
「爆発……」
何の実験をしていたのだろうか。扉の手前で思わず足を止める。
「研究とかよくわからないので、そういうことはないと思います。まあ、扉蹴破ったことならありますけど、ここでは弁えますから」
「そうかー。まあ、常識の範囲で動いてくれよ」
エヴァンズの口許が一瞬引きつったが、マーシャルは全く気付かなかった。
「それじゃあシャリー。ようこそ七番隊へ」
エヴァンズが扉を開いてマーシャルを導いた。全体を木材で作られた建物は、人をほっとさせる温かさを持っていた。横に長い隊舎は扉を中心に左右に広がり、東西に延びる廊下を境に左右に部屋が並んでいた。廊下は殺風景なもので、窓から差し込む赤い夕の光以外は、花瓶ひとつなかった。
エヴァンズは、扉から入ってすぐ右隣りの部屋を指さした。
「ここが、隊長室兼会議室。基本朝一でここに集合になってるが、時間は特に決めてないからな。午前中ならいつでもいい。それから、この一つ向こうの部屋が談話室。でっけえ暖炉があるから、冬場はここに集まる奴らも多い」
マーシャルは二つの部屋を覗き込んだ。談話室では二人の男性が話し込んでおり、マーシャルは軽く会釈をしておく。エヴァンズは、つづいて反対に廊下を進んで、突き当り一歩手前で立ち止まった。簡素な木戸の後ろには地下へと続く階段があった。幅が狭くて段差が大きい。
「各隊舎には小さいが地下書庫が置いてある」
「皆さんそこで勉強を?」
「いんや。地下書庫は辞書とか簡単な本しか置いてないからな。大抵は、団舎の図書室に行っちまうか、自分の部屋で読みふけるって感じだな」
「団舎?」
「ああ。隊舎の手前に大きめの建物があっただろう。三階建てで、真四角の」
「ああ」思い出して手を叩く。「あの灰色の」
「そうそう。多分シャリーがあそこを利用することはないと思うけどな。王宮図書館と違って魔法に特化した図書室があるんだ。あとは、団長と隊長の会議が週一で開かれる。緊急会議もあそこだな」
頭の隅にとどめるくらいでいいぞ、とエヴァンズは言い、階段の向かいにある部屋の扉に手をかけた。
「じゃ、シャリーの部屋のお披露目と行こうか」
「わ、私の部屋…?」
マーシャルは驚きに目を見開いた。
「見習いも部屋をもらえるんですか?」
「ああ、好待遇だろ!……と言いたいとこだがな」隊長は苦く笑う。「実際のところ部屋が余ってるんだよ。隊舎にある部屋は十四だが、うちの隊員は全部で十人だ。俺合わせてだぞ」
「すっ」くない、と言いかけて、マーシャルは口をつぐんだが、エヴァンズは容易くそれを察する。
「少数先鋭といえば聞こえはいいけどな。実をいうと猫の手も借りたい状態なんだよ。今年の入隊も少なくて、見習い募集をかけても毎回空振りだし。今回は二人応募が来たが、それだってマシな方だ。手違いとはいえ、少しの間でも人手が増えるのは嬉しい」
「そうだったんですか」
多少の悲哀を含んだため息に、マーシャルは同情する。だがエヴァンズは、次の瞬間にはからりと笑って見せた、青い目がきゅっと細められる。
「だから、軽い手伝いの気持ちで働いてくれればいいからな。剣師団から募集がかかったらミーネから知らせが来ることになってるから、そしたらすぐに教えに行く」
自分が気を楽にしようとしてくれているのだと察して、マーシャルは今日溜まっていた不安や焦りが抜けていく気がした。自分で言い出したこととはいえ、見も知らぬ魔法師団の中に入っていくことには緊張を強いられていた。それが、エヴァンズの気遣いによって解かれていく。
(エヴァンズ隊長って、すごくいい人だわ。剣師団に移るまでどう過ごそうかと思ってたけど、予想よりずっと良いのかもしれない)
穏やかな、そしてどこかわくわくとした気分で、マーシャルは仮住まいに足を踏み入れた―――。
「―――――っっ?!」
声にならない悲鳴が少女の口から飛び出した。先ほどまでの期待に満ちたにこやかな顔はどこへやら、マーシャルは全身の毛を逆立てた猫のようだ。
背後から入ってきたエヴァンズがその様子に首を傾げた後、マーシャルの視線の先を追って声を上げた。
「あれ、ユンス。何でここにいるんだ」
「隊長が仰ったんですよ。見習い仲間が来るから、ここで待機しているようにと」
「そうだったか。すまんすまん」
エヴァンズの悪びれない態度にも顔色を変えずにいる、マーシャルの自室にいた先客は、幼さの残る少年だった。黒炭のような髪に、お揃いの黒い瞳。見つめられると、夜の暗い海を連想させるような静かな色をしていた。彼は視線をずらし、そこに立ちすくんでいた人物に眉を上げた。
「お前……」
「あんた、さっきの性格最悪男―――!!!」
少年の呟きに被せるようにして、マーシャルは絶叫した。彼女の人差し指が、ぶるぶると震えながら少年を指している。
「なんでここにいるのよ!」
敵意むき出しのその態度に、エヴァンズは困惑し、少年は顔をしかめた。
「何故って、それはこっちこそ聞きたい。エヴァンズ隊長、まさかこの女が例の?」
「あ、ああ。しばらく一緒に働いてもらうことになる。お前と同じ見習いのマーシャルだよ」
マーシャルはエヴァンズに詰め寄り抗議した。
「こんな奴が同僚なんて嫌です!」
「いや、そういわれてもな。ていうかお前ら知り合いだったのか」
「いいえ、先程少しすれ違っただけです」不機嫌なまま答えるユンスティッドに、エヴァンズが呆れた顔をする。
「なんで初対面でそこまで嫌われたんだ……」
「さあ、僕はその人に常識を教えてあげただけです。そちらが一方的に嫌っているのでは?まあ、僕もこの女のことは好きませんけど」
マーシャルはぎろりと少年を睨んだ。エヴァンズから離れて少年と向き合う。マーシャルの鋭い視線と、少年の嘲るような冷たい視線がかち合い、静かに火花を散らす。
向き合えば向き合うほど、話せば話すほど、相手のことが嫌いになる気がするのは何故だろうか。マーシャルは普段ここまで人を毛嫌いすることはなかったし、少年も人当たりは良い方だった。不思議なことに、初対面で芽生えた気持ちが双方ともに確信に変わっていた。
―――こいつとは気が合わない。とてつもなく気に食わない!
エヴァンズは、突然のぴりぴりとした空気に戸惑いながら、何とか二人の仲を取り持とうとする。
「まあまあ、どうどう。二人とも落ち着けよ。何があったかしらんが、これから一緒に働くんだから仲良くしてくれ」
エヴァンズは、己より頭二つ分は背の低い少年の方を掴み、無理やりにマーシャルの前へと押し出す。マーシャルは身を引くどころか、受けて立ってやるとばかりに身構えた。
「こっちはユンスティッド=シルバート。シャリーと同い年だ。ユンス、この子はマーシャル=ディカントリー。二人ともこれからよろしくな」
低く唸るマーシャルを余所に、少年――ユンスティッドはふっと考え込んだ。顔を上げてエヴァンズに問いかける。マーシャルをまるで無視した態度が、彼女の神経を更に逆なでした。
「ディカントリーと言うと、もしかしてあの有名な一族ですか?」
「ああ、有能な剣士を輩出してるとこだな」
「ディカントリー家は一族皆剣士だと聞きましたが、なぜこの女はここに?」
エヴァンズが答える前に、ユンスティッドは厭味な調子で言った。
「ああ、落ちこぼれて魔法師団に来たのか?剣師団に身の置き場がなくて?」
「おい、こらっ。ユンス、火に油をそそぐようなことを――」
エヴァンズが慌てて嗜めるも、マーシャルの怒りの炎は既に燃え上がっていた。
「なんですって?!私が、落ちこぼれ?!」
屈辱に身を震わせるマーシャルを抑え込み、エヴァンズは必死に事情を説明した。
「そういうわけで、剣師団に移るまでの間こっちで働くことになったんだよ」
「へえ……」
ユンスティッドが、すうっと目を細めた。吊り気味の目は聡明さを示す反面、マーシャルへの嫌悪も含んでいる。厭味を連発していた口が閉じ、エヴァンズはひとまず胸を撫で下ろした。
マーシャルは、唐突に牙を収めた相手を警戒する。少年が口を閉じたのは、マーシャルを受け入れたからではないことは感じ取っていた。彼の黒い瞳は、初めて会った時よりもずっと冷やかなものだったので。
微妙な空気を保つ二人を困ったように見比べ、エヴァンズはがしがしと頭をかいた。
「何があったかしらんが、早く解決するように。うちの見習いはお前ら二人だけだからな、必然的に二人で動くことが多くなる。仕事に私情は持ち込まないように!」
マーシャルは渋々と、ユンスティッドは淡々と了承した。
「足りないものがあったら、物置にあるものは好きに取って行っていいからな。分からないことはユンスに聞いてくれ。それから、明日の朝は二人で俺の部屋に来るように。――今日はゆっくり休んでおけ」
そう言って、エヴァンズは去って行ってしまった。あとには残されたのは嫌悪感を露わにする二人。
マーシャルはざっと部屋を見渡した。服は何枚かもってきていたし、元々あまり物を必要としないので、足りないものは特になかった。
「洗濯物は編みかごに入れて、日が昇るまでにドアの外に置いておけば回収してくれる。夕方には戻ってくる。シーツの替えは反対側の突き当りの物置にあるから自分で取り替えろ。食事は自分で調達するか、団舎で出される定食。水を使いたいときは、裏の甕から汲んで使え。以上、何か質問は?」
マーシャルが否定しようとすると、それよりも早く「ないな」と断定して部屋を出ていく。
きちんと閉められた扉を睨みつけて、マーシャルは悪態をついた。
「なによアイツ!本当ムカつく!根性ひん曲がってるんだわ」
あんな男と明日から一緒だなんて、やはり今日は最悪の日か。
「ううん、今日だけじゃないわ。これからしばらく、毎日よ!」
苛立たしげに壁を蹴ると、爪先からじわりと痛みが伝わってきた。