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終幕。


        終幕。



 打ち倒されたごろつきたちを尻目に進んで門を抜け。橘邸の中へ戻ってきた僕たちを迎えたのは、先のごろつきたちなど比べ物にならないほどの人数が地に伏せっている様だった。意識のある何人かがじろりとこちらを睨んだが、光衛門さんたちが居るのでは恐ろしくて手が出せないらしく、白へ何か危害を加えるとか、そういう動きは一切見せなかった。

 でも睨むことはやめない。催眠術に心を蝕まれての行動とはいえ、行動の引き金は彼らの根底にあったごろつきへの不満、白への恐怖だ。彼らは今日自分たちがしたことを悪いなどとは欠片も思っていないだろうし、これからも反省などしないのだろう。

 横を歩く光衛門さんは懐から取り出した印籠をじっと見ていたが、僕の視線に気づくと懐にそれをしまいこみ、へらりと笑った。

「ここでの逗留を伸ばさにゃならんな。新しい統治者を連れてくるまで何かと荒れるかもしれんが、俺が様子を見よう」

「その家紋を見せれば反抗されないでしょうし、荒れることはないんじゃないですか?」

「いんや、まだこれは出さねぇよ。今こんなもん見せられても戸惑うだけだろ。ヘタすりゃお上に手を出してしまったことに臆した連中が集団で妙な行動……自決とか……そういう行動に出ちまう。だからこれは隠しておく」

 光衛門さんの物言いに、僕は思うところ無いわけではなかった。

 むしろ自決に至るくらいの咎め、罪悪感、などがあってちょうどいいくらいだ、とさえ思っていた。そんな僕の目線と民衆の視線は見事なまでにすれ違い、互いを射ぬいてその場に足を縫いとめた。向こうはなんと思っているのだろう。たぶん、同じ町人という立場にもかかわらず、ごろつきの仲間と目される白に加担する僕を裏切り者とでも思っているのだろう。

 別段そこに思うところは無い。真実から外れたことについて向こうが怒りを覚えているだけならば、僕としては言動の全てを受け流せばいいだけだから。しかし、白のことは少し違う。僕に並ぶ白を見やる。頭から生えるくの字に曲がった角は、朝日を受けて微かな光を放っていた。ごろつきであっても、そうでなくても、白が白としてあの容姿を保つ限り、民衆の心の奥底には「あんな見た目の奴には何をしても構わない」という思いがこびりついているのだろう。

 そのことについてはくだらないなと思う反面、それでこそ人間だな、とも思う。僕も人間だったはずなのに、考えの違いに大きな隔たりを感じてしまうのが、妙な気分だ。

 先に視線を外して歩き出した僕の背にはその後もしばらく冷たい視線が張り付いているように感じられたが、僕がなんの反応も見せずに歩き続けたためか視線も次第に離れていった。裏庭の方へ回り込もうとしているのか、光衛門さんは歩みを止めない。やがて、じゃり、じゃり、と踏みならされていた玉砂利の音に、ぐじゃり、湿っぽい音が混じる。

 足下に血痕が混じる。だが光衛門さんはわずかの躊躇も戸惑いもなく、足を交互に動かすことを義務付けられたからくりのように、平然と踏みつけて通って行った。僕らも後に続き、けれど血を踏むことは避けて、歩幅を変えつつ進んだ。

 血の主は、勝手口に背をもたせかけて、うずくまっていた。僕らの足音が止まったことに気付いたのか、ゆっくりと頭を上げる。顔からも生気の失われた門左衛門、その両足の怪我には、切り裂いた袖を巻き付けて不格好な止血がしてあった。なおも出血が多いところを見ると、うまく止められていないらしい。

 放っておけば死ぬだろうし、運よく助かっても、骨ごと断たれた両の足は二度と使い物にならないだろう。頭を上げても視線は両足に落としたまま、唇を震わした門左衛門は、残った気力をつぎ込むように、一音一音をはっきりと喋った。

「……お前たちが、止めたのかね?」

「ああ。俺たちが、お前と、お前の町の連中を止めた」

 光衛門さんが答えると、門左衛門はそうか、と呟き、うなずいた。なにか考え込む素振りをみせるが、彼の心中に去来する思いがなんなのかは、僕にはわかりたくない。

「時路は、敗れ……お前たちは〝それ〟を助けたのだな」

「それとか言われても誰だかわからんぞ。それってのァどれのことを言ってんだ」

「……そこの白き鬼のことだ。此度も生き残ったか、相も変わらず悪運のみ強い奴め」

 後ろを歩んで来ていた白が門左衛門の言葉に反応する。今更隠しても無駄と思い、角をさらしたままの姿で進んできたが、この言葉でひどく気になりだしたのか片手で角を押えた。白を隠すべく、門左衛門との間に僕は身体を割り込ませた。

「此度、ってぇのはどういう意味だ?」

「この人は以前にも白を殺そうとしたことがあるんですよ」

 すかさず僕が説明を入れる。門左衛門は僕のことも、白のことも、視界に入れず無視した。それならそれでも、構わなかったが。僕は言いたいことを言う。

「生まれた時に一度。成長してからもう一度。この人は、結局最後まで失敗したわけです」

 光衛門さんは眉をひそめ、そのまま表情を硬くし、「二度も失敗しといて、学ばねえ奴だ」と呟いて鼻を鳴らした。門左衛門は光衛門さんに続いて鼻を鳴らし……いや、笑ったのか。ともかくも息を吐いて、ようやく僕らに目を向けた。くまのせいで落ちくぼんで見え、濁りきった目。先ほどよりくっきりと表れた死相はいまわの際に居る者の、最期の時が近づく顔だった。

 僕は目を逸らさない。門左衛門は、再びうなだれた。僕は光衛門さんより一歩先へ踏み出して、門左衛門の視界に、つま先だけでも押し込んだ。反応は、ない。

「殺そうと心で数えた回数ならば、二度や三度では済まぬがね」

「でも、実行出来なかったんだろう」

「二度の失策が想起されたせいでな。此奴はあり得ぬはずの偶然で、二度も黄泉路を引き返してきおったのだよ」

 生まれて間もなき赤子の折は、桶の水に沈める最中、どこからか刀が落ちてきて腕を斬りつけた。七つの折に刀を向ければ、天性の剣才か、脇差で以て切り返されそうになった、という。

「奴は私を苦しめるために生を受けたのかと疑った」

「だからこの騒ぎにかこつけて今度こそ殺そうと思ったのか」

「結論を急くなよ、小僧。物事はそうそう単純に出来ておらん。……私はな。時路の言う等価値、とは少し違うが、平等な世を欲しておった。いや、そこまで大仰なものでなくともよい。この町に住まう人々が、平等であることを望んだ。平穏な町にしたかった」

「それがどう今回のことに繋がるんだよ」

「今回の件も同じ。私が、また民衆が、ごろつきに優位に立たれず害されることなく過ごせる環境を望んだが故に起きたことだ。そのような環境が平等でなくて、なんだというのかね」

「白が害される理由がない。白だけが平等じゃない。白は、こんなの望んでない」

 僕の物言いが激しくなる。反対に門左衛門の物言いは静かに、聞き取りづらいものとなっていき、困惑した。まだ言いたいことは言いきれていない。白に向けてきた数々の非道な行い、それを糾弾出来る場は、もうここにしかないのだから。

 なにか吹っ切れた様子で、門左衛門は背筋からゆっくり、と、力を抜き始める。

「平等には犠牲がついて回る。私は私怨でなく、平等を期すために此奴を捧げたのだ」

「そんなの、犠牲になる奴にとっては平等じゃない」

「そう言って犠牲となることを逃れるならば他の者へとそれが回るだけだ。私は、己に出来ることは全てやるべきだと考えたのだ。故にこそ白を残し、いずれこうした時、つまりは人々が捌け口を求めし時に、自らこの子を差し出すことで平等を築くべきと思った」

「だったら自分がその役目を担えばいいんだ。あんたが死ねばそれでいい」

「あいにくと私は死して為せることより生きて為せることの方が多かったのでね。私には力があり、そして土地を治める職務があった。これは死しては為せないことだ」

「力に、責任や義務があると?」

 ついさっき、時路が言ったのと似たことだ。自分のことを言われたようで頭に血が上って、語気を荒げる。門左衛門はますます背を丸めて、一息吸い、吐くだけでも、大きく体力を減じていくように思われた。

「馬鹿言え、力に責任や義務なんて無い! そんなもの、態度と行動だけで示せよ!」

「ならばお前は己の飯のため以外では医術を使わぬのか? だとすればお前に義は無いな、小僧。大義の為には小さき人間の態度と行動では足りぬのさ。だからこそ使えるものは全て使い、足らぬ分は補う他あるまい。己のみでは足りぬなら、次に差し出すのは己に最も近き者でなくてはならない。そうでなくては、平等ではない」

「白の意志は無視してでも、か?」

 背後に居る白は何も語らない。僕の叫びは、微かな門左衛門の嘲笑でかき消された。

「何を捨て、何を取るか。正しき判断がより良き世を作るのではないかね? お前のそれは単なる感傷だよ」

 また門左衛門は笑った。感傷、というなら確かにそうだろう。僕は白に同情していて、きっとその同情は、過去の自己を投影した結果なのだろうから。自分の独善は、たぶん否定できない。口ごもる僕は、うつむいて、門左衛門の足を見た。

「……おおむね正しい」

 後ろから光衛門さんの声がして、僕の肩に手が添えられた。引き戻されて、位置が入れ替わる。光衛門さんは屈んで、おそらくは門左衛門をにらみつけた。

「しかし、悪ぃがその判断を下すのはお前じゃねぇ。正しき判断を下す役職はあるんだぜ」

「現行の幕府には判断など出来まいよ」

「テメエのその考えが自己満足の感傷でないと、誰が言い切れる。この町が犠牲無しに団結出来なかったように、幕府にだって多少の不具合はあらァな。でも不具合程度なら壊すこたねぇ、直せばいい。ンなことすら考えられねぇほど重症な感傷なら、迷惑だからその辺に捨てちまえ」

 もしくは、と言葉を切り、立ち上がり門左衛門に背を向けた光衛門さんはなぜかこちらを見た。不思議に思ったが、理由はすぐにわかった。


「――己の感傷を否定する全てをねじ伏せる力を持て。出来ねぇなら、所詮その程度だ」


 僕にも、考えさせる言葉だった。眼前の光衛門さんを静かに見据える門左衛門は血だまりに目を落とし、次いで白の方を見た。おもむろに上げられた顔はこわばり、苦しげに血と何かの混ざり物を吐く。朱色の血は、砂利に染み込んで消えた。ぬらりと血に濡れた口の端を、ひん曲げるように傾けて、門左衛門は笑った。

「くく、青いぞ、若造。理想論もほどほどにな。きっと、自分なら出来るはずだ、と、思っているのだろう? 私もかつては、そうだったさ。道半ばにして、出来ないことに気付いてしまったがな。……誰もが、感傷を貫き通せる力を持つわけでは、ない」

 その目から、少しずつ光が失われていった。白が身じろぎしたのか、ぐじゃ、砂利が踏まれる音がして。

「全ては時路に指示されてのことであったが、奴の指示に逆らう気が起きなかったことも事実。だが私は後悔など、しておらぬよ。私は己では為しきれず貫けぬことを、時路に託し、委ねたのだ。全てを蹂躙する力、たしかに素晴らしいが得ることは叶わんぞ。誰にも、な」

 力の抜けた門左衛門の背筋が、勝手口に沿ってずるずると滑り落ちていく。とうとう、身体を支えるだけの力すらなくなったらしい。

「……結局私は、この町ひとつを守るにも足らぬ、矮小な存在だったということ。操られようとも、私の意思が介在することなくとも、この町さえ守れれば……私には、十全だったというのにな。ただそれだけすら、ままならぬ。奴に限りなく近付いた私でさえ、このような体たらくでは。時路も大義に届かぬこと、当然の帰結と言えたのであろうな……」

 少しずつまぶたが下りていく。切っ先のように鋭く細められた隙間からの眼光が僕を、おそらくは後ろの白をも、射抜いていた。そして虚ろに揺らいでいた焦点が、僕に合わせられる。

「お前の……判断は……」

 ふ、という音は笑声か嘆息か。

 うつむき、力を失った門左衛門の表情は窺えない。


        ◇


「あの人、最期になんて言ってたの?」

「いまわの際の世迷言」

 屋敷の中を捜しまわって。ようやく見つけた僕の商売道具は白の刀と一緒に蔵の奥に放り込んであった。風呂敷包みのそれを肩にかけ、僕と白は勝手口の外へ出る。日が昇り、人々が動きだす時間になる前に、町を出ていくつもりだった。

 あれから五日が経ち、光衛門さんに呼ばれて来て今回の一件を調べ上げた同心たちから「無罪放免」のとのお言葉をいただいた僕らは、翌朝には町を出ることに決めていた。町の人々はこの一件で白に対しての不信をいっそう強め、こいつの肩を持つ僕のことも敵視する風潮が見受けられていたからだ。薄く水面下に漂う程度の風潮だったが、顔を見ると、なんとなくわかった。だから、早め早めに出ることにしたのだ。

「ふうん。まあ、興味ないんだけどね」

「だろ。じゃあ出発するか。最初はどこ行くかな」

「八兵の行きたいところに」

 いつもどおり布をかぶった白はまだ歩き方がぎこちなく、身体の疲れが取れていないように見える。僕は行きたいところ、と言われていくつか思い浮かんだ土地の中から、なるだけ早く着けて宿が取れそうなところを選び、白に提案した。地名だけではよくわからなかったのか、白は首を傾ける。

「……えっと、それって下野の方向?」

「そういうことになるな。温泉地を目指したほうが、鍼灸とか指圧の仕事にありつけそうだからさ」

「なるほどね」

「とりあえず那須を目的地に。路銀が尽きないように移動しよう」

 うなずいた白と一緒に、一歩目を踏み出す。朝早くなので大通りにも未だ人は少なく、早くも仕事をはじめているのは豆腐屋くらいで、彼は僕らを見て、嫌な顔をした。気にせずに、彼から遠く、道の端を歩く。

「あの変な人たちは、お金どうしてるのかな」

「あ、白には言ってなかったっけ。光衛門さんは水戸の藩主らしいよ。だから路銀にはそこまで困らないんだとか」

「世も末だね」

「……僕らは助けてもらったんだからさ。そこまで言うのは無しだろ」

 少し立ち止まり、振り返る。橘邸の中には、事後処理のためにあと数日はここに留まるという光衛門さんたちが、眠っているはずだ。ここまでしてくれたことに改めて僕がお礼を言うと、「これが仕事だ、俺は世直しのために旅をしているのさ」などとうそぶいていた。最後まで、なんだかよくわからない人だった。

「それにあの人は、白の見た目についても何も言わなかった」

「うん、そうね」

「……わかってるなら。僕じゃなくて、光衛門さんについていったらよかったんじゃないか?」

 半ば以上本気で言うと、布の奥で赤い輝きがぎらついた。

「光衛門さんにはいろいろ利点が多いから、って、八兵はそう言うんだろうけど。わたしはお金のあるなしも地位も安全も、全部度外視して八兵を選んでるんだよ」

 輝きに、どこか儚げな色が混じる。ばつが悪くなって、僕は目線を斜め下に逃しつつも、素直な感想を述べた。

「僕には一生理解出来ないな。お前が、どういう考えの元に不利な方を選ぶのか」

「わたしの考えは理解しなくても、いいよ。ひょっとしたら――理解する日がきたら、八兵はわたしのところから離れちゃうかもしれないから」

「理解する日がきたら、って、なんだそりゃ」

「ただの予感」

「予感っていうより、予言、みたいに聞こえるんだけどな」

 どちらにしろ、当たることはまずないだろうが。からかう僕の口調に気分を害したのか、すたすたと歩き出す白の歩調は速かった。慌てて追い付き、追い越し、白に背を向けながら僕は、一言だけ付け加えておいた。

「やっぱり僕にはさっぱり理解できない、けど。不利にさせてる分その間は、せめてお前を大切にするよ」

「……なに、それ」

「ただの、口約束」

 返すと白は黙って、少しだけ歩く速さを増して、僕の横にぴったりとつくように歩き出した。

 理解したのだろうか。僕の本意を。どちらにせよ、これ以上突っ込んで聞いてくることはないだろうから、関係ないが。

 ちなみに僕は、白の考えを理解出来ていた。聞き返してみたりしたけど、本当はわかってた。我ながら性格のねじれた嫌な奴だと思わんでもないが、要するに、こいつは僕のことが好きなのだろう。その感情の細かい分類、つまりは友情なのか、愛情なのか、そこまではわからないが、ある程度の好意がなければいくつもの利点を蹴ってまで僕と行く理由などないはずだ。

 そして考えが理解出来ているから、いつか離れるかもしれない、という白の言葉の意味も、わかる。

「じゃあ」

「ん?」

「大切にしてくれるなら、口約束、も少しだけ追加していい?」

「なんだ、どんな約束だ?」

「死ぬまでそばにいて」

 ……まっとうな人間は、見た目で白のことを判断している。しかし、逆に言えば見た目さえどうにかなれば、誰も白に文句は言わないはずだ。……僕も、同じだ。見た目で、白のことを判断しているという点で。そのことを白は言いたかった、けど言わなかった、のだろう。

 白を白たらしめているのはあくまでも美しくおぞましいあの外見だ。残念ながら、姿がまっとうになってしまった白には、僕は同情も覚えず、特になんとも思わなくなるだろう。他の人と比べて等価値ではなく、むしろ価値を減じている白だからこそ、僕にとっては特別という枠に当てはまる。哀れだからこそ最優先する。

「も少し妥協しろよ。長いし、重い」

「まからない。妥協しない。もうわたし、十分妥協してるもの」

 言われて、僕は何も言えなくなった。

 僕はこの〝述懐〟を改めることが出来ないし、そうやって生きていくしかない。白はそのことに気付いている。けれどそれでも折り合いをつけて、なんとか僕と生きていく。僕と居るために不幸を選び、高望みを一切しない。それは幸せからは一番遠い場所だけど、白が感じてきたこれまでの〝不幸〟からは数段高い位置である。彼女は、そこで諦めてしまったのだ。

 僕も妥協を重ね、溜め息うずまく肺腑に封をして、白の言葉にうなずいた。

「……わかった。口約束でいいなら。大切にして、死ぬまでそばにいるよ」

「ありがと」

 白はこれ以上を望んで、しくじって、僕をすら失って再び不幸の淵へ戻ることを恐れている。つまり結果から言うならば、僕こそが白を縛っている。幸せになりたいと願う白を現状に縛り付け、これ以上先へと進めないようにしている。だけど僕もまた、白を失えば生きてはいけない。

 失えば、自分より不幸な者と己を引き比べて作っている〝幸か不幸かの基準〟が再び曖昧模糊とした流動するものへと代わり、安心は無く、永遠に不幸。白はきっと、そのことにも気づいている。

「これからもよろしく」

「どこまでもよろしくね」

 傷つけあっていても、妥協して許すことにより僕らは寄り添う。互いを認めるための傷つけあいだからやめることが出来ず、際限なく続いてゆき、もはや傷と承認の間にある〝妥協〟の過程が存在しない。傷つけることでしか世界を、互いを認められないから、互いに妥協し許された状態で傷つけあう。傷つけることは認めることだから、僕らは嬉しそうに傷つけあう。傷と承認の判別がつかなくなって、判断を放棄する。

 結局僕らはこうして、互いに互いを食いつくすまで止まることは出来ないのだろう。でも他に方法は、思いつかないから。

 だから僕らは次を探す。探すための、旅を始める。

 互いが互いを奪いつくすことなく済むように。他の何かで、自分を埋めることが出来るよう。


 ……今日も、僕らは生きている。

 けれどその実感はとても希薄で、僕らは今日も、昨日のことを悔やんでいる。


 明日の、ために。


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