死の商人
因果な商売を選んでしまったものだ。俺はつくづくそう思う。
銃弾が耳元をかすめた。
いや、多分本当はかすめていない。そう思ってしまう程、いつ聞いても弾の音は俺を震え上がらせる。
ある日始まった敵対勢力との縄張り抗争。今時はやらないとは思いつつも、一度ボタンをかけ間違ってしまえば後はどうしようもない。手打ちになるまで弾の応酬をするまでだ。
抗争が始まったあの日、俺は拳銃を手渡された。これで相手の命を取ってこいと言う訳だ。
拳銃が違法のこの国で、俺達のような下っ端はろくに撃ち方も分からない。初めて見るその鉛の塊に、俺が困惑の表情を浮かべていると不意に声をかけられた。
これの使い方はこうですよ――
それは黒ずくめの女で、ぞっとする程冷たい笑顔を浮かべていた。女は俺の手に自分の手を添えた。やはりぞっとする。魂から凍えそうになる程の冷たい手だ。
冷たい手の女が俺の手を事務的に包み込んだ。俺はそれだけでもうその手の銃の使い方が分かったような気がした。実際細かく教えられることもなく、抗争が始まると俺は瞬く間に抗争相手を撃ち殺していった。
だが俺が倒す以上に、仲間が相手にやられていく。そして仲間がやられる方が多い。しかもその差は日を追うごとに増していく。
特に相手との撃ち合いの際、その銃の性能の差が痛感させられた。相手の方がより効率よく俺達を倒していくのだ。
もっと強い武器があれば。
ある日、ビル陰で行われた銃撃戦。変わらぬ劣勢に俺が思わずそう呟くと、何処からともなくまた声がかけられた。
これの使い方はこうですよ――
それはやはり冷たい声。
俺はいつの間にか新しい銃を手に握っていた。今までよりも明らかに強力な銃だ。
そして女がやはり事務的に俺の手に手を添えていた。今回も俺は一瞬でこの銃の使い方を理解する。
俺が驚きに女に振りかえると、その女の姿をかき消すかのように相手から銃弾が浴びせられた。
実際女の姿は煙の向こうへと消えていた。敵の銃弾は止むことを知らない。味方はあらかたやられている。
俺は状況も理解できないまま、この不利を打破すべく、新しい銃で相手を片端から撃ち殺していった。
この抗争は手打ちにはならなかった。
それどころが止まることを知らなかった。
俺は今度も新しく手に入れた兵器で、相手の陣地に攻撃をくわえるべく仲間に指示を飛ばしていた。
そう、俺達が手にしている武器。それはもはや銃と呼ばれるような単純な武器ではなくなっていた。
ただの縄張り争いだったはずなのに、その縄張りであったはずの街すら破壊して俺達は抗争に明け暮れた。
俺達が手にした武器。それは少しずつ進化していった。
相手が武器で優位に立つと、何処からともなく女が現れて新しい武器を置いていく。
そして俺達が優位に立つと、相手もいつの間にかより強力な武器で応酬してくる。
あの女のせいだ。あの女が両方に肩入れをしているのだ。俺は相手側の現場は見ていないがそう確信している。
だがもはやどうしようもない。女から武器を手に入れなければ、俺達は武器の性能差のせいでみすみす殺されてしまうのだ。こちらから降りる訳にはいかない。
死の商人というやつか。
ただひたすらに、敵対する両方の勢力にその抗争を煽るように武器を供給するそのやり方。
殺戮のシーソーゲームを演出し、シーソーの両側に少しずつどっしりとした武器を乗せていくのだ。
どちらか一方に傾き過ぎないように。いつまでも両者の戦力のバランスがとれるように。
幾つでも武器が乗せられるように。武器の需要と供給のバランスがとれるように。
だが俺は女が何故そんなことをするのか分からない。女は一度も武器の料金を請求しにきたことがないからだ。
そろそろ回収にこないと、取りっぱぐれるぞ。
俺は薄れいく意識の中でそう思う。
今まで奇跡的に生き残ってきたが、都市そのものを壊滅させられるような爆弾を落とされては流石に無理だった。
まあ、いい。こちらも。同じものを撃ち込んでやった。向こうも全滅しているに違いない。
冷たい女がいつの間にか俺の前に立っていた。もうその現れ方の不思議を思うこともない。
手にまだ武器を持ってやがる。随分と原始的な武器だった。
今さらそんな武器を売りつけるつもりか。
俺がそう言ってやると、女はやはり冷たく笑う。
これの使い方はこうですよ――
商品ではなかったらしい。
女が持っていた大鎌を軽くふるうと、俺は魂を刈り取られたように全ての意識を失った。