表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

騎兵戦線

騎兵戦線「草原の丘」

作者: あると
掲載日:2010/11/08

平原に国境線はない。

目印も何もない広大な草地である。情勢によって、いくらでも動く国境を明確にしておく意味などなかった。

それをいいことに、賊徒は国の狭間を往来していた。国境付近の村を襲い、隣国に逃げ込む。守備隊による他国領への追跡は、侵犯問題に発展する可能性があることから、手を出しにくい。

そんな折、ある村が十数人の無頼漢に襲われた。一年前の同じ頃にも、襲撃されていた。二度目の不運に見舞われたことになる。以前にも増して鮮やかな手並みだったのは、勝手知ったるところだったからだろう。比較的、富裕な家々が標的にされた。

警戒にあたっていた守備隊は、知らせを受けると、直ちに追跡を開始した。見通しの良い平原で、賊徒の集団はすぐに見つかった。

「まだ行ける」

緩衝地帯に入っていた。追跡隊の馬の質は悪くない。賊徒に追いつくのは時間の問題だった。その時間から導き出される距離が、どのくらいであるのか。緩衝地帯の中で、どこまで隣国寄りになるのかが問題だった。馬を駆りながら、追跡隊を預かる分隊長は慎重に測った。

賊徒に近づいてきた。いや、速度を落としている。

分隊長は、疑念に揺れた。

戦うつもりか。

今まで賊徒たちは戦闘を避けてきた。矛を交えてしまえば、双方共に犠牲者が出る。そこまでして略奪はして来なかった。危うくなれば、戦利品を投げ捨てて逃走していたのだ。

逃げられないと知ったのか。

あるいは、追う側が少数と見て、殲滅しようとでも思ったのか。

侮られている。怒りが身体を駆け巡った。

「皆殺しにするぞ!」

部下に号令をかけ、緩やかな丘を駆け上がった。

息を呑むとはこのことだった。思わず手綱を引き絞った。部下たちも同様に停止する。

自分の目が信じられない。まだ緩衝地帯の中程である。あり得ない光景が眼下に広がり、そして埋め尽くしていた。

銀色の軍勢だった。

数百、数千と思える人馬の目が、彼らの顔を貫いていた。

「騎乗!」

賊徒――囮にして斥候を内懐に招き入れた戦闘集団が一斉に騎乗した。甲冑と鐙が立てる音がやけに大きかった。

分隊長は、自分たちが皆殺しにされる未来を否定したかった。


馬厳は愛用の戟を鞍にくくりつけ、常歩なみあしで馬を進めていた。

単独行である。仲間の目がないことで、のびのびと草原を駆っていた。近頃、国境付近の村々が賊徒に荒らされることが多く、調査のために派遣されていた。

水平線を眺めていると、国と国との決まり事など馬鹿馬鹿しく思えてくる。国境などなくてもいい。やられたらやり返せばいいのだ。その勢いで領地を広げることもできる。あえて、隙を見せて襲わせれば、侵略のよい口実になると、物騒な考えを持っていた。

昼過ぎには、村が見えてくるはずだった。しかし、建物が見える前に、空へと伸びる一筋の煙が目に入った。燃えている。

「先を越されたって、わけじゃねえだろうな」

大地の振動が馬厳の想像を肯定していた。

愛馬の歩みが疾駆に変わった。


銀色に光る鎧が悠然と進行する。隊列が横に広がり、大きな陣となっていた。

そこに、守備隊らしき集団が密集体型で突っ込んだ。数は二百といったところだ。多勢に無勢だった。無謀すぎる。

「待て!」

馬厳の声は届かない。

銀色の翼が閉じようとしていた。鶴翼の陣である。両翼が、中央突破を狙った守備隊を抱擁する。

怒号と剣戟が戦場に溢れた。悲鳴は、ない。

閉じられた翼の中で、もがくことなく散った。そう思えたとき、片翼がもぎ取られた。銀の羽根が散る。

「破ったか」

血塗られた騎馬武者が抱擁から脱してきた。その後に騎馬が続いた。

馬厳は戟を手に取った。仲間を救うべく、ひたすら駆けた。

先頭の騎馬が彼に気づいた。馬厳は戟を立てて合図を出した。

「馬厳か」

「馬孫、お前か」

顔を赤く染めた男は、知り合いだった。国境守備隊の中隊長だ。

一騎と一隊は交錯し、弧を描いて併走した。

「無茶しやがる」

「国境侵犯だ。捨て置けまい」

馬孫の言うことももっともだった。守備隊が逃げ出したら終わりだ。敵の侵攻を警戒するだけでは意味がない。殲滅するのが任務だ。それが難しければ遅らせ、近くの部隊に知らせを送る。

「犠牲は」

「約二十です」

馬孫の副官らしき男が答えた。一割ほどが戻ってこなかった。圧倒的な数の差の鶴翼に突撃したにしては、少ないとも言える犠牲である。

「次こそ、大将を潰すぞ」

敵将は鶴翼の中心に位置するのが通例だった。馬孫は当初それを狙ったが、思いのほか厚い壁に阻まれ、脇の翼から離脱したのだった。陣形が乱れている今なら、再度狙う良い機会だった。

「付き合うぜ」

馬厳は戟を手挟み、にやりと笑った。

「ありがたい。――お前ら、三騎兵の馬厳が力を貸してくれるぞ!」

馬を寄せてきた見知らぬ騎兵が、三騎兵の一人であると聞き、守備隊の面々は歓喜の声を上げた。

三騎兵の名は、数々の武勲と共に語られていた。

一軍を率いれば、弱兵も精強な部隊へと代わり、一騎打ちでは負けを知らない。たった三騎で一国を陥落させたこともあるという。

「煽るなよ」

満更悪い気がしない馬厳は、先頭に躍り出た。

「敵将の首は早い者勝ちだ。俺より先に奪えば、末代まで語れるぜ!」

その言葉で守備隊の指揮は最高潮に達した。

猛然と襲いかかってくる騎馬に、銀色の兵たちは怯みを見せた。それが命取りだった。陣に騎兵の鉄槌を打ち込まれ、軍馬の壁が崩れた。

馬厳の戟が瞬く間に命を刈り取る。守備隊も今や鋭い穂先となり、敵兵を突き崩していった。

「そこだ!」

馬厳が戟を振るいながら、ひときわ勇壮な騎馬を指し示した。

「もらった」

躍り出たのは馬孫だ。指揮官を守ろうと、前に出てきた戦士に短槍を突き入れ、もう片方の槍で将の首筋を横合いから貫いた。どちらも鎧の合わせ目を狙っていた。

「中隊長が奪ったぞ!」

「おお!」

自分たちの指揮官が敵将を倒したことで、騎馬たちはさらに勢いを増した。それに対して、銀の鎧の部隊は、動揺の色を隠せない。

「退却!」

誰かが言った。賢明な判断だった。

「追撃はいらん」

背を見せた相手に振るうものはなかった。撃退したことでよしとした。


何かがおかしかった。

馬厳は甲を取り、戦場を見渡した。国境を侵してくるにしては、敵兵の数が少ない。将が倒れたとはいえ、あっさりと引き上げてもいた。瀬踏みかと思う。だが、今更、長年戦ってきた相手の力量を測る理由がない。

何よりも不可解なのは、銀色の鎧だった。遙か西方で使われていると聞いたことがある。草原では馬が第一である。馬の負担になるような重い鎧を着込む慣習はなかった。

念のため、死体の兜を剥いでみたが、顔の出で立ちも黒い髪の色も、隣国の人間のそれだった。

馬厳は、視線を感じた。追うと、丘の上に騎馬が一騎佇んでいた。

銀の鎧姿ではなかった。革のベストとズボンという、およそ戦場には不釣り合いな出で立ちだ。それ以上に目を引いたのが、見目の良い顔だった。金色の髪をしている。遙か西の国の人種だ。

「何者だ」

呟いた言葉から逃げるように、騎馬は踵を返した。

馬厳は追うことを考えたが、思いとどまった。

誘われている。

そう感じたからだ。追撃をかければ、伏兵が躍り出て来るおそれがあった。馬孫が追撃を取りやめたことに反する行為にもなる。

「帰投!」

馬厳は後ろ髪を引かれる思いで手綱を引いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ