何の罰ですか?
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いであります。
公爵家の次男が、事故に巻き込まれた。
本人は無事だったが、近くにいた男爵令嬢が、重傷を負ってしまった。
「私を、庇ってくれたのです」
衝撃を受けた令息は、学園で起きたその事故の報告を受けていた公爵夫妻と共に、今後を話し合った。
数日後、件の令嬢の症状は思わしくなく、回復しても杖なしでの生活は難しいと、医師に告げられたと、男爵家より報告があると、次男は更に罪悪感で消沈してしまい、縋るように両親に訴えた。
「このままでは、あの御令嬢の将来は暗いものになってしまいます。私に、責任を取らせて下さい」
その案は、良案に思えた。
公爵は元々、伯爵位も持っている。
そちらを次男に継がせて、今回被害に遭った令嬢を娶れば、公爵の力で最新医療を受けさせてやれるし、必要以上に慰謝料を男爵家に出す必要もなくなる。
そう考えた公爵は先触れを出して、男爵家への訪問の約束を取り付け、家族全員で向かったのだった。
男爵家の応接室に通された公爵たちは、そこで詳しい男爵令嬢の怪我の症状を聞いた。
「二日前、意識を取り戻しまして、峠は越えましたが、この国の医療ではこの先、回復は見込めないとの事で、隣国での治療を受けたいと思っております」
男爵の神妙な決断に公爵も頷き、提案した。
「その治療費を、我が家で全額引き受けよう」
「っ、それはっ」
「うちの倅が、間接的に関わっているのは、そちらも承知しているだろう?」
男爵夫妻が、顔を伏せた。
公爵は目を細めて、静かに続ける。
「その様な事態では、縁談も進められないだろう。その責任を、取らせて欲しい」
男爵が、溜息を吐いた。
諦めの溜息ではなく、全く別な類のものだ、そう気づいたのは、直ぐ後だった。
「娘にこれ以上、罰を与えるおつもりですか?」
顔を上げた男爵の言葉は、丁寧だが棘があった。
「っ。そうではないっ。私には、彼女に怪我をさせてしまった責任があるんだっ」
思わず、公爵令息が話に口を挟んでしまったが、男爵は一瞥しただけで、直ぐに公爵に目線を戻す。
「公爵様。娘に申し訳ないと思われるのでしたら、どうか、法の規定通りの慰謝料を、お支払い下さい」
目を見開いた公爵に、覚悟を決めた男爵は言い切った。
「そうして頂けるなら、子息様が今まで、娘にして来た所業の数々を、公にしないと約束いたします」
「あの日の経緯は、学園の聞き取り調査の報告で、把握しております」
男爵の、静かな声が続く。
「これまでも、再三学園を通して抗議をしてもらっていました。いくら高貴な方のご子息の望みとは言え、過度な接触はご遠慮頂きたいと」
公爵の隣で、令息がこちらを睨むのに、男爵は気丈にも睨み返した。
「あの日娘は、階段を駆け降りようとして足を踏み外し、階下まで落ちました。目撃した生徒は、ご子息が後ろから追いかけて来ていたと、証言してくれました」
「なっ。それはっ、どこの……」
顔を険悪に歪ませた公爵に、男爵は冷静に答えた。
「王室及び学園が、その方々の身柄は保護しておられるとの事ですが」
口封じは、手遅れだった。
まあ、文句は多々あるが、終わりよければ、だよなと、王太子は思う。
本当は、事故も未然に防ぎたかった。
だが、自分も公爵家の嫡男も、既に学園を卒業していた上、当時信頼出来た在学生は、婚約者を含む数人だけだった。
巻き戻ったのがもう少し前なら、人材確保に動く事もできただろうに、王太子が巻き戻った時期は、事故が起きる僅か半日前だった。
「遅過ぎだああっっ」
王城の執務室で、突然叫んだのは、二人。
同じ部屋で仕事をしていた事務官たちが、血走った目をこちらに向けるのに構わず、王太子は同じように叫んだ者と、顔を見合わせた。
その時はまだ公爵令息だった、後の公爵で宰相が、目を見開いてこちらを見ていた。
「……公爵令息。もしや……」
「殿下。あの悲劇を、止められませんっ」
公爵令息の目から、涙が滝の様に落ちた。
「? ? どうされましたかっ?」
隣にいた公爵令息の婚約者が、慌てて入浴用の布を出す様を見ながら、王太子も泣きたくなった。
遅いのだ、本当に。
日はもう、落ちている。
明日は、卒業試験最終日で、試験結果よりも、出席する事の方が、合格の優先順位が高く、件の令嬢を休ませる訳にはいかない。
なぜなら、公爵家の次男は、留年が決定していた。
幾多のやらかしで、本当ならば退学のところを、公爵家の横槍で、減刑された形だ。
そして前の人生では、これから起こる事故も、公爵家の威光で揉み消された挙句、男爵令嬢は五体不満足のまま、憎い相手に嫁がされる事に、なってしまった。
王太子が事故を知ったのは、事務処理の段階で、公爵夫妻と次男が男爵家に、例の提案をしに行く日だった。
同じように執務室で作業していた公爵令息が、疲れた顔で言っていた。
「反対しても、無駄なんです。ほら、出来の悪い子ほど、可愛いと言うでしよう? まあ近い将来、うちの伯爵位が無くなる未来しか、見えませんがね」
「あー。その事務処理は、適当に出来そうだな」
投げ槍な説明に、投げ槍で返したその翌日、事態は一変した。
男爵令嬢が早朝、自室で首を括って自死しているのが、見つかったのだ。
余程嫌だったのだなと、王太子は思ったが、事態はそれだけではすまなかった。
その年卒業予定だった側近が、心の病を理由に領地に引っ込んだ。
そして、伯爵位だけはちゃっかりと貰い、その翌年卒業した公爵家の次男を、徐々に破滅に追い込み始めた。
それは、完全に共倒れの方法で、側近候補だった令息らしくない、荒い追い込み方で、仕掛けた家も没落してしまった。
罪人として王太子の前にやって来た元側近候補は、動機をあっさりと答えた。
「……あの日、無事試験を終えて卒業したら、あの御令嬢に釣書を送る予定だったのですっ」
「…..何故、在学中に、それをしなかったっ?」
彼の家は、侯爵家だ。
公爵令息とは言え、次男と侯爵家の嫡男では、縁談相手としては雲泥の差だ。
当然の詰問に、侯爵令息は涙ながらに答えた。
「しがない事務官では、いくら爵位が高くても、魅力がないじゃないですかっ」
「私の側近では、魅力はないかっ?」
衝撃的な告白に、王太子も感情的に返してしまった。
その言葉で涙が引っ込んで、侯爵令息がぽかんと自分を見た。
「お前は、私の腕の一人として、執務を行なってくれる人材だと思っ……」
「殿下……」
「つまり、意思疎通を忘れた、殿下の落ち度で、側近候補が闇落ちしたと」
公爵令息が冷静を装って、痛いところをついて来たが、元はと言えば、公爵家の甘ったれのせいだ。
その責を受け、公爵令息は漸く両親を蟄居に追い込み、爵位を継いだ。
伯爵位は次男に押し付けたまま没落させ、その原因の真相は、闇に葬った。
そして、侯爵令息を改めて側近として、招き入れたのだった。
王太子が国王となり、晩年を迎える頃には、侯爵令息は爵位の継承を辞退し、平民の事務官として働いていたが、私念を欠片も挟まない、冷酷な事務官として、王城の名物になっていた。
国王の死の床で、久しぶりに顔を合わせた時、結局こいつは、昔の叶わぬ思いを抱えたまま、鬼事務官としてしか、歴史に名を残せないんだなと、つい思った瞬間、目がはっと覚めた。
事故が起こる、半日前。
「……侯爵令息を、呼べ」
「はっ」
一頻り取り乱した王太子は、衝撃を納めると、迷わず命じた。
まずは、奴と男爵令嬢を無理にでも、今日の内に縁付ける。
そして、これまで事務的な対処しかしていなかった、公爵家次男の蛮行を、次々と公にして、公爵夫妻も早急に、領地に引っ込ませよう。
寝る間を惜しんだ対策の数々が、功を奏した。
男爵家も、しっかりと拒絶してくれた。
これは、後ろ盾が出来たお陰だろう。
問題は、男爵令嬢が、侯爵令息を受け入れてくれるかだが……。
もし、拒絶されても、今度こそは、逃さないからな。
庇われた相手に、庇った人が嫁ぐって、と考えて? となったのに、別物になってしまった話でした。




