第8話 その一言で、依頼は終わる
朝のギルド前の石畳に立って、アタシは空気の温度を確かめた。
昨日より少し暖かい。風の向きが変わっている。市場の方から荷台を引く音が聞こえて、街が今日も動き始めているのが分かる。こういう、生活の始まりの音が、なんとなく好きだった。前世でも、早起きした朝に窓を開けた時の感じに似ている。
「はぁ……中世って感じ」
ぼやきながら、ギルドの扉を押し開けた。
中はざわついていた。アタシが入った瞬間、その質が変わる。「来たぞ……」「言葉で盗賊団を壊滅させたって……」という声が聞こえた。昨日より噂の輪郭が具体的になっている。人づてに情報が広まる速さというのは、中世でも案外侮れない。
受付のセリナが駆け寄ってきた。
「みるくさん。至急依頼です。北街道沿いの廃砦にて、残党と思われる武装集団が確認されました」
「残党?」
「はい。先日壊滅した盗賊団とは別系統ですが……共通点が一つ」
セリナが小声で言う。「言葉に異常な恐怖反応を示すとの報告が」
アタシはそれを聞いて、少しだけ止まった。
あの盗賊たちの話が、別の集団に伝わっているということだ。怖い話というのは、どこの世界でも早く広まる。それも尾ひれがついて。
「で、人数は?」
「十数名。近接武装あり、簡易魔法使いも確認」
「バランス型ね」
アタシは軽く息を吐いた。十数名。昨日の4人とは規模が違う。でも怖いという感情より先に、この職業がどこまで通用するか、試してみたい気持ちの方が来た。
「受けるよ」
北街道の外れ。崩れかけた石造りの廃砦は、不穏な静けさをまとっていた。
門の前に見張りが2人立っている。アタシが近づくと、すぐに気付いた。
「……女だ」「1人?冒険者か?」
剣を構えた男が鼻で笑う。「ここは通行止めだ。帰れ」
アタシは足を止めなかった。
「ねえ」
声の音量は変えていない。でも空気が重くなるのが分かった。
「通行止めってさ、誰が決めたの?」
見張りの喉が鳴った。「お、俺たちのボスが――」
その「ボス」という言葉が出た瞬間、アタシは動いた。
魔力強化による瞬間加速。男の背後に回り込んで、ダガーの柄で首筋を軽く打つ。ゴン、という音。
「はい、1人目」
もう1人が剣を振ってきた。金属音。アタシはダガーで受け流して、最小動作で距離を詰める。足払い。転倒。喉元にダガーの先端がぴたりと止まる。
「ねえ、質問」
にこり、と笑った。こういう時の笑い方は、怒鳴るより全然怖い、と前世で先輩に教わったことがある。「本気で怖い時は声が低くなるか笑顔になるかのどっちか」って。
「中にいるの、全員強いって思ってるタイプ?」
男の顔が青ざめた。
砦の奥から複数の気配が来た。「侵入者だ!!」
十数名が一気に出てくる。剣士、弓、魔法使い。戦闘布陣を作ろうとしているが、動きがばらついている。統率が取れていない。
アタシは一歩前に出た。
「で?」
その一言で、前列の数人の足が止まった。
「全員で来る?それとも、1人ずつ心折られに来る?」
魔法使いが詠唱を始めた。でも声が震えている。魔力が揺れているのが分かる。
「火球――!」
アタシは指先で魔力に軽く干渉した。詠唱が途切れた。
「……え?」
「恐怖で魔力、揺れてるよ」
にっこり。
「バレバレ」
場の空気が、完全にアタシの方に傾いた。
前世で、コミュニティのトラブルを止める時にギャルの先輩がよく言っていたことがある。「場の流れに乗るんじゃなくて、流れ自体を作る方が早い」って。当時は格好いい言葉だと思っていたけど、今ここで初めて体で分かった気がした。
「ねえ……」
ゆっくり、全員を見渡した。
「あんたたち、強いって思ってるよね?」
誰も答えない。
「でも見張り2人、もう無力化されてるのに気付いてなかった時点で」
声が、冷たく低くなる。
「連携なし。統率なし。恐怖で判断が遅れてる。魔力制御が不安定」
一歩踏み込む。石畳がコツ、と鳴る。
「その状態で、戦う側に立ってるつもり?」
数人が後退した。
「現実見なよ」
声は静かだった。怒鳴っていない。でも確実に届いている感触がある。言葉に魔力が乗っているからだけじゃなくて、全部が本当のことだから、ちゃんと刺さる。
「今この場で、アタシちっとも本気出してない」
誰かの剣がカタカタ震えた。
「近接、魔法、干渉、威圧、ぜーんぶ片手間。それでも、もう戦意崩れてるじゃん」
ガシャン。弓が落ちた。次に剣。杖。一人、また一人と武器を手放していく。
「……む、無理だ」「この女……ヤバい……」
最後に残った男が、膝をついた。「降参だ……」
アタシはふっと圧を解いた。空気が一気に軽くなる。
「はい、依頼完了」
くるりと背を向けながら、一言だけ残した。
「ちゃんと更生して。次やったら、言葉だけじゃ済まないから」
帰り道、夕陽の中を一人で歩いた。
口撃だけで終わった。近接も魔法も、ほとんど使わなかった。それが楽だったかというと、そうとも言い切れない後味だ。
前世で先輩に言われたことを思い出す。「空気を作れる子は、その分責任もあるから」って。あの時はよく分からなかったけど、今少しだけ分かる気がした。
ダガーを軽く握る。
「万能型ギャル、か」
ふっと笑った。
まだ全部が分かったわけじゃない。この職業がどこまで通用して、どこで限界が来るのかも知らない。でも今日1日で、少しだけ輪郭が見えてきた。
それで、十分だった。




