第7話 ギャル、前例なしになる
冒険者ギルドへ戻る頃には、陽が傾き始めていた。
扉を開けた瞬間、昨日や今朝とまた違う目線が来た。噂が回っている、という密度の空気だ。新人が単独依頼を受けて確認班同行で戻ってきた、という事実だけで、ここにいる人たちの中でアタシの輪郭がまた少し変わったのが分かる。こういう空気の変わり方が、なんか面白いと思う。人の認識が更新される瞬間の、あの独特のざわつき。
アタシはいつも通りの歩幅でカウンターへ向かった。
「確認、終わったよ」
セリナが顔を上げる。その隣には記録用の台帳。一歩後ろに立つレオニスが、簡潔に告げた。
「北街道の盗賊団4名。全員戦闘不能。外傷はほぼ無し。武装解除済み。再犯行動の可能性は極めて低い」
セリナの筆が止まる。「……外傷が、ほぼ無い?」
「精神的制圧だ」
ギルド内のざわめきが一段階強くなる。「精神魔法使いか?」「いや、詠唱は見てないって話だぞ」という声が聞こえた。
「詠唱してないよ。口撃だから」
再び、沈黙。
セリナがゆっくりと視線を上げた。「……口撃、とは?」
「言葉に魔力が乗るタイプの精神干渉。格下なら即戦意崩壊、同格でも大幅弱体化って感じ」
セリナは台帳に記入しながら、小さく「前例、無し……」と呟いた。
レオニスが補足する。「加えて、帰路に出現した牙狼2体を即時討伐。1体は近接戦闘、もう1体は魔力爆発系の魔法使用」
「魔法も、ですか……?」
「高水準だ。しかも状況に応じて即座に使い分けている」
ギルド内の空気が、静かに張り詰めていく。
セリナが1度深呼吸してから、正式な声色に切り替えた。「依頼達成を正式認定します。報酬は銀貨8枚。危険度補正により追加で銀貨2枚、合計銀貨10枚です」
小袋が差し出される。アタシはそれを受け取った。
その瞬間、ギルド奥の扉が静かに開いた。年配の男性が出てきて、まっすぐアタシを見た。
「君が、新人冒険者みるくだな」
「そうだけど?」
「職業は」
「ギャル」
支部長の眉がわずかに動いた。「……職業判定時、前例無しと記録されている」
「世界に存在しないらしいしね」
支部長は台帳とレオニスの報告書を照合しながら、静かに読み上げた。「言葉のみで戦闘不能。近接戦闘可能。魔法適性高。被害最小で依頼完遂」
顔を上げて、一言。
「……合理性が異常に高い」
「無駄が嫌いなだけだよ」
その時、近くの冒険者が半信半疑の声を漏らした。「たまたま相手が弱かっただけじゃないのか?」
場の空気が揺れた。
レオニスが何か言いかけたが、アタシは一歩前に出た。
その声が、嫌だった、というより、もったいない、と思った。せっかく全員がちゃんと見ようとしている場所で、根拠なく水を差すのは、その場にいる全員への失礼だと思う。
「ねえ」
声は低く、静か。
「根拠なしで評価下げるの、合理的じゃなくない?」
一歩、前に出る。
「実績は出てる。確認班も見てる。それでもたまたまって言うなら――」
瞳が、淡く光った。
「現実、見れてないのはそっちじゃない?」
発言した冒険者の顔色が変わった。呼吸が乱れ、膝がわずかに震えた。
アタシは視線を外した。それだけで圧が霧散した。
支部長が静かに言う。「……今のが口撃か」
「軽めのね」
レオニスが小さく呟いた。「軽め、だと……?」
支部長は深く息を吐いた。
「新人冒険者みるく。本日付で危険度評価を"特例監視対象"に指定する」
ざわめきが起きた。でも敵意じゃない。警戒と評価が混ざった、さっきよりずっと真剣な空気だ。
「これは制限ではない。むしろ逆だ。通常の新人として扱うと、周囲の安全基準と乖離する。よって、君の依頼選定は個別判断とする」
「了解。やりがいのある依頼なら何でもやるよ」
支部長は一瞬だけ口元を緩めた。「……頼もしい新人だ」
その横で、レオニスが静かに言った。「支部長。彼女の戦闘適性は単一系統ではありません。近接・魔法・精神干渉の三系統を状況最適で切り替えています」
「万能型、か」
「いえ」
レオニスははっきり否定した。
「最適化型です」
ギルド内の空気が、静かに変わった。
アタシは銀貨の入った袋を軽く持ち上げながら、ギルド内を見渡した。さっきまで半信半疑だった目が、今は違う目になっている。「どういう存在なのか」を考え始めている目だ。
この感じ、嫌いじゃない。誰かがアタシをどう見るかが変わっていく瞬間の、あのグラデーション。
「……この世界、思ったよりやりやすいかも」
小さく呟いた。




