第5話 ギャル、核心に触れる
3人が地面に崩れているのを確認してから、アタシは踵を返そうとした。
その瞬間、背後で枝の折れる音がした。
振り返る。
林道の奥から、男が一人出てきた。
3人とは違う、と体が先に感じた。
装備の質、立ち方、足の置き方。それより先に、この人の出てくる間合いの取り方が違った。急がない。焦らない。状況を全部見てから動いた人間の動き方だ。
「……面白いな」
低い声だった。余裕があるというより、場を楽しんでいる。
「言葉だけで、あの3人を潰したのか」
アタシはダガーの柄に手を戻した。
「いつからいたの?」
「最初から」
男は一歩進んだ。「試していた。あの3人じゃ歯が立たないと分かったら、俺が出る。そういう段取りだ」
要するに、3人は捨て石だ。
アタシはその事実を飲み込んだ。あの若い男の泳ぐ目。大柄な男の力の入りすぎた肩。後ろでほとんど動かなかった3人目。それぞれが違う怖がり方をしていたのは、その怖さの種類が違ったからだ。戦うことへの恐怖と、こいつに捨てられることへの恐怖と、全部終わることへの恐怖。
嫌な気持ちが来た。
「……そういうやり方、好きじゃない」
思ったより冷たい声が出た。
「好き嫌いで生き死にが決まるなら、俺はとっくに死んでる」
男が剣を抜いた。重い音だった。質の良い剣は、抜く音も違う。
アタシもダガーを抜く。
男の目が一瞬だけ細くなった。体格差があっても短剣一本で正面に出てくる相手を、ちゃんと警戒している。
「強そうだな」
「そっちもね」
男が動いた。速い。踏み込みの深さと、剣を振る軌道が無駄なく繋がっている。アタシは半歩下がって躱した。刃が空気を裂く音が耳の横を通る。近かった。
男が体勢を戻す前に、アタシは口を開いた。
「アンタ、さっきの3人。捨て石にするって、いつ決めた?」
動きが、一瞬だけ止まった。
「最初から?それとも、アタシが来るのを見てから?」
「……何が言いたい」
「どっちでも。あの3人はアンタを信じてここに来た。そういうことでしょ」
男の目の色が変わった。怒りじゃない。もっと深いところの何かが動いた。
「黙れ」
「嫌」
アタシはダガーを正面に向けた。
前世で、人の核心に触れてしまう瞬間というのを、何度か経験したことがある。ギャルのコミュニティにいると、そういう場面が来ることがあった。誰かが強がって笑っているのに、何かの拍子にその笑いの裏側が透けて見える瞬間。そこに触れるかどうか、触れ方をどうするか、という選択。
今、アタシはそこに手をかけている。
「アンタが一番よく知ってるはずだけど。その剣を誰かに向けるたびに、何かが削れてく感覚」
声に、じわりと魔力が乗った。意図してではない。言葉に確信があるから、そのまま乗る。さっきより深い。確信の重さに比例して、乗り方が変わる。これが口撃の本質なのかもしれない、とどこかで思った。
「それが積み重なって、今のアンタがある。違う?」
男の呼吸が、乱れた。剣を持つ手が、1度だけ震えた。
「うるさい」
「アタシの言葉がうるさいなら」
一歩、踏み込んだ。
「それはアンタが自分でも気付いてるから、うるさく聞こえるんだよ」
男の膝が、折れた。剣が地面に刺さる。膝をついたまま、呼吸が荒くなっていく。
アタシはその場に立ったまま、しばらく動かなかった。
男はずっと、頭を垂れたままだった。肩が、細かく震えている。
「……俺は」
掠れた声だった。
「どうすりゃよかった」
アタシには、その答えが出ない。出せるとも思わない。でも、前世でそういう言葉を向けられた時に何が正解だったか、ぼんやり知っている気がした。
答えを渡すんじゃなくて、問いをそのまま持たせる。
「それは、アタシに聞いても出ない答えだと思う」
男は、それきり何も言わなかった。
アタシはダガーを納めて、林道を引き返し始めた。振り返らなかった。
木の間から差し込む光が、午前の角度でまだ低い。ギルドに戻るには十分な時間がある。
歩きながら、さっきの感触が手に残っていた。
強さを確認した達成感とは、全然違う後味だ。言葉で人の核心に触れるというのは、斬るのとも、殴るのとも、まったく異質な感覚がある。前世でも、誰かの核心に触れてしまった後はこんな感じだった。正しいことをしたのかどうか、しばらく分からなくなる。
これが、ギャル職の本質なのかもしれない、とは思わなかった。まだ、そこまで整理できていない。
ただ空を見上げると、林の隙間から青がのぞいている。
「……次は、もう少しシンプルな依頼がいいかも」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。




