表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第5話 ギャル、核心に触れる

3人が地面に崩れているのを確認してから、アタシは踵を返そうとした。


 その瞬間、背後で枝の折れる音がした。


 振り返る。


 林道の奥から、男が一人出てきた。


 3人とは違う、と体が先に感じた。


 装備の質、立ち方、足の置き方。それより先に、この人の出てくる間合いの取り方が違った。急がない。焦らない。状況を全部見てから動いた人間の動き方だ。


「……面白いな」


 低い声だった。余裕があるというより、場を楽しんでいる。


「言葉だけで、あの3人を潰したのか」


 アタシはダガーの柄に手を戻した。


「いつからいたの?」


「最初から」


 男は一歩進んだ。「試していた。あの3人じゃ歯が立たないと分かったら、俺が出る。そういう段取りだ」


 要するに、3人は捨て石だ。


 アタシはその事実を飲み込んだ。あの若い男の泳ぐ目。大柄な男の力の入りすぎた肩。後ろでほとんど動かなかった3人目。それぞれが違う怖がり方をしていたのは、その怖さの種類が違ったからだ。戦うことへの恐怖と、こいつに捨てられることへの恐怖と、全部終わることへの恐怖。


 嫌な気持ちが来た。


「……そういうやり方、好きじゃない」


 思ったより冷たい声が出た。


「好き嫌いで生き死にが決まるなら、俺はとっくに死んでる」


 男が剣を抜いた。重い音だった。質の良い剣は、抜く音も違う。


 アタシもダガーを抜く。


 男の目が一瞬だけ細くなった。体格差があっても短剣一本で正面に出てくる相手を、ちゃんと警戒している。


「強そうだな」


「そっちもね」


 男が動いた。速い。踏み込みの深さと、剣を振る軌道が無駄なく繋がっている。アタシは半歩下がって躱した。刃が空気を裂く音が耳の横を通る。近かった。


 男が体勢を戻す前に、アタシは口を開いた。


「アンタ、さっきの3人。捨て石にするって、いつ決めた?」


 動きが、一瞬だけ止まった。


「最初から?それとも、アタシが来るのを見てから?」


「……何が言いたい」


「どっちでも。あの3人はアンタを信じてここに来た。そういうことでしょ」


 男の目の色が変わった。怒りじゃない。もっと深いところの何かが動いた。


「黙れ」


「嫌」


 アタシはダガーを正面に向けた。


 前世で、人の核心に触れてしまう瞬間というのを、何度か経験したことがある。ギャルのコミュニティにいると、そういう場面が来ることがあった。誰かが強がって笑っているのに、何かの拍子にその笑いの裏側が透けて見える瞬間。そこに触れるかどうか、触れ方をどうするか、という選択。


 今、アタシはそこに手をかけている。


「アンタが一番よく知ってるはずだけど。その剣を誰かに向けるたびに、何かが削れてく感覚」


 声に、じわりと魔力が乗った。意図してではない。言葉に確信があるから、そのまま乗る。さっきより深い。確信の重さに比例して、乗り方が変わる。これが口撃の本質なのかもしれない、とどこかで思った。


「それが積み重なって、今のアンタがある。違う?」


 男の呼吸が、乱れた。剣を持つ手が、1度だけ震えた。


「うるさい」


「アタシの言葉がうるさいなら」


 一歩、踏み込んだ。


「それはアンタが自分でも気付いてるから、うるさく聞こえるんだよ」


 男の膝が、折れた。剣が地面に刺さる。膝をついたまま、呼吸が荒くなっていく。


 アタシはその場に立ったまま、しばらく動かなかった。


 男はずっと、頭を垂れたままだった。肩が、細かく震えている。


「……俺は」


 掠れた声だった。


「どうすりゃよかった」


 アタシには、その答えが出ない。出せるとも思わない。でも、前世でそういう言葉を向けられた時に何が正解だったか、ぼんやり知っている気がした。


 答えを渡すんじゃなくて、問いをそのまま持たせる。


「それは、アタシに聞いても出ない答えだと思う」


 男は、それきり何も言わなかった。


 アタシはダガーを納めて、林道を引き返し始めた。振り返らなかった。


 木の間から差し込む光が、午前の角度でまだ低い。ギルドに戻るには十分な時間がある。


 歩きながら、さっきの感触が手に残っていた。


 強さを確認した達成感とは、全然違う後味だ。言葉で人の核心に触れるというのは、斬るのとも、殴るのとも、まったく異質な感覚がある。前世でも、誰かの核心に触れてしまった後はこんな感じだった。正しいことをしたのかどうか、しばらく分からなくなる。


 これが、ギャル職の本質なのかもしれない、とは思わなかった。まだ、そこまで整理できていない。


 ただ空を見上げると、林の隙間から青がのぞいている。


「……次は、もう少しシンプルな依頼がいいかも」


 誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ